ブラ豆劇場 ─6─

 

支配人自らに店内を案内されながら、ブラッドは、おやっと、思った。

ブラッドは、少し前にも、この店で海老を食べた。

監督との打ち合わせをかねた食事会だ。

だが、今日通されたのは、この間、監督に誘われて食事に来た時とは、別の部屋だった。

一番眺めのいい部屋をと、ブラッドは頼んだ。

この間と、部屋の調度は殆ど変わらない。

だが、眺めが違った。

ここが、庭の正面だった。

この前の景色も美しかったが、ここから見る庭は、一枚の絵として完成されていた。

ここが、最高級の席だ。

ブラッドは、無理な予約を受け入れてくれた店の配慮に感謝した。

 

「すごい景色だな」

ショーンが嬉しそうな声を上げた。

「だが、大丈夫なのか?こちらの姿が向こうに見えない?」

中庭を緩い四角形に囲む形で、ここの席は全て用意されていた。

庭に面するの壁面がほぼ、ガラスという状態に、ショーンは、ブラッドの心配をした。

ピーター・オトゥールに椅子をサーブしていた支配人が目配せをした。

ブラッドは、小さく肩をすくめ、促す。

「大丈夫です。全部が反射ガラスとなっておりますので、こちらの姿はまったく向こうからは見えません。もう少し、しましたら、庭に炎を灯します。そうしますと、四方のガラスに炎が反射して、また違った光景を楽しんでいただけます」

ショーンが嬉しそうな顔をした。

にやりと笑いながら窓に近づく姿はとても決まっているというのに、行儀の悪い子供のようだ。

そこまで喜んでもらえたことに、ブラッドは満足した。

自分自身で予約の電話を入れ、席の交渉を行った行為の代償としては十分だった。

支配人がさり気なくメニューを配る。

ブラッドのものには値段が書いてあった。

勿論、ショーンとピーターのものには書いてない。

ブラッドは、すぐにメニューを閉じると、シェフのおまかせで。と、言った。

ピーターとショーンは、楽しそうにメニューを眺めている。

「ついでに、シャンパンと、軽いものを2,3皿。この二人はじっくり決めるみたいだから、また、覗いてくれ」

支配人は、ピーター・オトゥールにお勧めの海老料理を何点か説明すると、姿を消した。

「どうせ個室だ。好きなだけ、好きなように頼んでくれていいぞ」

ブラッドは、ピーターと額をつき合わせているショーンに、にやりと笑った。

ピーターがメニューから顔を上げる。

「メイン料理ばかり頼むような行儀の悪い真似をしてもいいかね?」

それは確かにみっともない。

だが、ブラッドは鷹揚に頷いた。

「お好きなように。それと酒でしょう?」

ピーターの柔和な顔は、好きなことを好きなようにしてきたからこそ作られたものだ。

満足のいく人生は、人の顔に余裕を作る。

それが例え、人の眉を顰めさせるようなことの積み重ねでも。

ピーターが満足そうに笑った。

もう、酒をチョイスし始めている。

「ショーン、我々はすばらしいスポンサーを見つけたようだな」

ショーンも、何本かリストの中から好きな酒を選んでいた。

「ピーター、素敵な財布が手に入ったと言ってくださっても構いません」

早速届いたシャンパンを注いでもらいながら、ブラッドは、テーブルの中央にサーブされた皿を、二人の方へと押しやった。

 

食事の後、カードで支払いを済ませるブラッドの側にあった椅子に座って、それはもう礼儀正しく待っていた二人は、さすがにドアを開けるボーイの邪魔をする事無く、レストランの扉をくぐった。

庭の情景はすばらしかった。

炎が池に反射をし、それがまた四方のガラス面に反射をした。

支配人がさり気なく自慢するだけはあった。

あの席から見る景色は、神秘的ですらあった。

ピーターも、海老に満足していた。

今日は、古い映画の話ではなく、今、撮っている映画の話をした。

ショーンが立ち位置に拘る話だ。

「どうして、テイクの途中で立ち位置を変えるんだ?」

ブラッドは、不思議に思っていたことを聞いた。

リハーサルを終え、3テイクを越える取り直しをする場合、全ての動きが完璧だというのに、ショーンは、よく位置を変えたいと監督に申し出た。

それは、大きく場所を変えることもあれば、本当に、半歩分位置を変わるだけのこともあった。

血色のいい顔をしたピーターが、顔をくしゃくしゃにして笑う。

ショーンは、少し困ったように頭をかいた。

「仕方が無いだろう?本当の位置がそこだったんだ」

ブラッドは、リハーサルの時点で、選び出した位置を殆ど変えなかった。

その位置で演技を研ぎ澄ましていった。

ショーンとは、やり方が違う。

だが、ブラッドはショーンの勘のよさを認めていた。

ショーンが立ち位置を変えると、出来上がった絵の完成度がまるで違っていた。

 

「ピーターもくれば良かったのに」

ショーンは、上機嫌に酔い覚ましの散歩をしていた。

ブラッドは、ショーンの後ろを半歩送れてゆっくり歩いていた。

「満足したか?」

「何に?料理?酒?それとも、景色?」

ショーンが嬉しそうな顔でブラッドを振り返った。

酒の酔いで、ほんのりと頬が赤くなっていた。

「全部満足した。でも、ピーターが美味そうにしてたのに、一番満足した。ブラッドのお陰だ」

ショーンは、よろけた振りで、ブラッドに寄りかかり、さり気なく肩を抱き寄せると、一瞬だけ唇を合わせるキスをした。

降るような星が、夜空を覆っていた。

「お礼」

嬉しそうに、にっこりと笑う。

ブラッドは、苦笑交じりにそのお礼を受け入れたが、まだ、寄りかかっているショーンから身体を離した。

ショーンの目がブラッドを追った。

「ショーン、ピーターのようになりたいのなら、自分のしたいことと、したくないことをきちんと区別しないとだめだ。プライベートにおいてまで、妥協を許すようになったら、あんたの魅力的な笑顔は、威力を半減するぞ」

ショーンは立ち止まってしまった。

ブラッドは、ゆっくりと先へと足を進めた。

10歩進んでもショーンは動かない。

「ショーン、したくないことは、しないほうがいいと言っただけだ。さぁ、そろそろ帰ろうか。明日も朝から撮影だ。一番飲んだピーターが絶対にけろりとしているに違いないんだから、俺たちも早く寝て、明日に備えようぜ」

ブラッドは立ち止まり、ショーンを待った。

のろのろとショーンが動き出した。

ブラッドの方へだ。

ショーンはしたいことを選んだ。

気まづさから、ショーンが何かを口にするようなら、ブラッドは、上手く誤魔化されて先に帰ってやるつもりだった。

 

ショーンが、唇に小さな笑いを浮かべブラッドに近づく。

 

ブラッドは、ゆったりとショーンを待った。

 

 

       END

 

 

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