ブラ豆劇場 ─5─

 

「今晩、食事に行くんだが、ブラッド、行くか?」

ショーンが、ブラッドの背中を突付いて聞いた。

ブラッドは、モニターから振り返りながら、ショーンに尋ねた。

「他に誰が行くんだ?」

珍しくショーンが台本を広げていた。

真剣に読み込んでいるようだったから、ブラッドは邪魔しないよう、モニターに向かい続けていた。

だが、多分、ブラッドが何をしていたところで関係なかっただろう。

ショーンは、台本を捲る音と、小さく繰り返すセリフ以外に音を立てなかった。

セリフは、必ず5パターンほど調子を変えて繰り返された。

そして、1つを選び取る。

昼食の後、ずっとそれを繰り返していた。

すごい集中力だ。

ショーンは、数時間ぶりに顔を見合わせたブラッドに視線を合わせた。

「なんで、他にメンバーがいることが分かったんだ?」

すこし、驚いた様子だ。

「…なんでだろうなぁ。で、誰だ?」

ブラッドは、軽い嫌味を織り交ぜて答えた。

ショーンは、とても嬉しそうに笑いながら答えた。

「ピーター・オートゥールなんだ」

ブラッドは、薄笑いをした。

「オーケー。で、俺は、どこへお迎えに上がればいいんだ?」

またか。と、今度のブラッドは、はっきりと嫌味に聞こえるよう口にした。

だが、ショーンは鈍い。

「迎えはいいよ。ホテルの近くに美味い海老を食わせてくれるレストランがあるって話だろう?あそこがいいかなぁって」

「なるほど。…あそこは、いい酒も揃ってるよ。で、俺は、予約を入れることと、財布をもって行くってことのほかに何かすることがある?」

ショーンは、やっと少し困った顔になった。

「…なんで分かった?」

「ピーターに入れ知恵されただろう?あの人は本当に仕方のない。…前もって予約しておけば、自分の名前で予約を入れたって、間違いなく最高の席を用意されるってのに、どうせ、今日、急に海老が食いたくなったとか、そういう無茶なことを思い立ったんだ」

「すごいな、ブラッド」

「…こんなことで、感心するな」

ブラッドは、長すぎてうっとおしい髪をかきあげた。

「どうせ、あんたにいい場所で、いい酒を飲ませたいだけだ。ついでに、俺にたかってやろうって腹なのさ」

「…ほんとにすごいな。ブラッド」

ブラッドは、ショーンに苦笑いをした。

「ピーターのあの顔で、美味かったよ、ブラッド。って言われて、出さずに済むと思うか?…ショーン、あんたも将来有望だよ。ピーターの後継ぎにぴったりだ。テーブルでにこりと笑われたら、もう、こっちは、支払い以上のものを貰った気分になるからな。…全く、あんた達には適わない」

ショーンは、困った顔のまま笑った。

「そりゃ、悪かったよ。じゃ、今日のテーブルでは笑わない」

ショーンは、唇を引き結んで、目だけ笑った。

ブラッドは、その顔を見つめた。

勿論、ショーンのそんな表情も悪くない。

だが、ブラッドの好きなのは、もっとくしゃくしゃに顔を緩めて笑う顔だ。

そうでなければ、いっそ、冷たい顔をした時がいい。

あの顔は、征服欲を刺激する。

ブラッドは、自分の表情を緩めた。

ショーンもつられたように笑う。

「店中の酒を持ってこさせることになってもいいから、笑ってろ。あんたと、ピーターが食う分くらい、幾らでも持ってやるし、悪名高くなるような予約だって入れてやる。そんな努力を惜しまない俺のために、せめてあんたは、笑っていてくれ」

ショーンが、くるりと目を動かした。

「…すごいぜ、ピーター…」

小さな呟きが聞こえた。

「なんだ?」

ブラッドは、眉を寄せてショーンを睨んだ。

大体、予想がついた。

あのピーターは、見かけよりずっと曲者なのだ。

エメラルドグリーンの靴下の逸話は有名だ。

お気に入りの靴下を履いたまま、にこりと笑って、画面に入ろうとした。

監督が必死になって説得していた。

「…いや、べつに」

「隠すな。ショーン。どうせ、ピーターに言われたんだろう?『ブラッドに笑いかけるんだ。ショーン。そうしたら、美味い酒と最高の眺めが手に入る』」

「…似てるな」

ショーンは、ピーターの笑い顔を真似したブラッドに感心した。

コツは、まったく人良く笑うことだ。

少しも腹の底を覗かせない。

「この間、じっくり昔の映画の話を聞いたからな。いいぜ?なんでもしてやるとも、ショーン。ただし、今晩も一人蚊帳の外になったとしても、泣くなよ」

ショーンは、いきなりブラッドの頭を撫でた。

ブラッドの頭を引き寄せ、頬にキスした。

ものすごく楽しそうに笑っていた。

「これで、いい?ブラッド?ブラッドは、タダじゃ、動かないんだろう?これで、予約を頼めるかな?テーブルで仲間外れにされて、不貞腐れていたら追加請求をされそうだからな。先払いしておくよ」

ショーンは、つい、この間、ビールを取りに行くよう言いつかったブラッドが取った行動を当てこすっていた。

だが、そんなのは、ブラッドにとってありがたいだけだ。

ブラッドは、もう少し、唇に近い位置を指差し、請求した。

「ショーン、飲み食い代は?」

ショーンは仕方がなさそうに笑った。

ブラッドが指差していた、正に、その位置にキスをした。

それから、反対側の頬にも。

ピーターの分なのか?

「後は、店を出る時にドアを開けてやるよ。それで、いいだろう?」

ショーンは笑っている。

「…支配人が嫌がるぞ」

ブラッドは、思わずキスされた頬を撫でた。

「悪名が高くなってもいいんだろう?」

マルタ島を賑わせている有名俳優3人が自分で開けたドアをくぐる。

ブラッドは、慌てる顔の店側を思い、小さな苦笑を漏らした。

 

 

END

 

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