ブラ豆劇場 ─4─
ショーンは、新しい雑誌を広げて、椅子に座っていた。
「全方位を包囲された気分だ」
ショーンお気に入りの椅子は、ブラッドの隣へと運ばれていた。
その場所は、ブラッドのパソコンに一番近く、そして、トレーラーに一番近かった。
いつのまにか、ブラッドから、トレーラー内のビールを取ってきてくれと頼まれる関係だ。
「気に入らない?」
「いや、まぁ、撮影が済んですぐ飲み物を渡してもらえたり、とてもありがたいんだが、だけど、向こうの気持ちはどうなんだ?あんたに雇われるってことが重要なんじゃないのか?」
雑誌から目を上げたショーンが、少し離れたところに立つ、二人組を見る。
「大丈夫だろ?あんたはそんなに我儘を言わない。俺に使われてるより、ずっと過ごしやすくてラッキーだって思ってるさ」
熱を出して倒れたショーンが翌日現場入りしたら、ブラッドのボティーガードが一人、近づいて来た。
「しばらく、ご一緒させて頂きます」
ショーンは、ブラッドのトレーラーに入り込んだ自分が、身元調査されるのだと思った。
これだから、大スターという奴は…なんて思ったのだが、彼は、ショーンについてさり気なくフォローするだけだ。
「どうして?」
「体調が本調子になるまで無理しないように見ててくれとのことなんですが」
カットの声が掛かると、すかさず飲み物が渡される。
涼しい日陰へと誘導されてしまう。
「ブラッド氏が探していらっしゃった資料を発見されたんでしょう?そのせいじゃないですか?随分喜んでいらっしゃったようだし」
ショーンが、ベッドの上からばさばさと落とした資料の中に、ブラッドがいくら探しても見つからなかったという、小さなメモが挟まっていた。
いくつかの時間がかかれていた。
1分31秒とか。25秒とか。2分7秒とか。
そんな数字の羅列ばかりだ。
「やった!こんなこんなところにあったのか!ショーン、サンキュー。探してたんだよ。これ!」
それは、ショーンが全く知らない映画の特殊効果が使われていた時間をメモしたものらしい。
その価値は、ブラッドにしかわからない。
しかし、ブラッドは、本気で喜んでいた。
「今回のベッドレンタル料は、これを見つけてもらったんじゃ、お釣りがでるな」
その釣りというのが、ボディー・ガードの貸し出しらしい。
「なに?ショーン、こんな風にされるとうっとおしい?」
「いや、別にそんなわけじゃないけど」
「じゃぁ、椅子を元の位置に戻して欲しいのか?」
「いや、それも、ここの方が風のとおりがいいから、こっちの方がいい」
ブラッドは、パソコンから顔を上げて、肩越しにショーンを振り返った。
「じゃ、何が嫌なんだ?俺は、あんたが雑誌を読むのを邪魔したりしないだろう?」
ブラッドは、長時間モニターを覗き込んでいたせいで凝ってしまった首を回して音を鳴らした。
ショーンは、雑誌の端を少し口で噛むようにしながら、ブラッドの青い目を子供のように睨んだ。
「…もう少し、話をしてもいいんじゃないか?」
ショーンは、ぼそりと言った。
ブラッドはビックリして、回そうとしていた肩を止めてしまった。
「淋しいのか?ショーン?」
ブラッドは、思わず眉を寄せて、ショーンに向き直った。
ショーンは、軽く視線を外しながら、何でもない振りを装いながら、ブラッドを責める。
「だって、ブラッド、あんた、こんなに近くにいるのに、ずっとモニターを覗いてるばっかりで、全然俺と口を利かないじゃないか」
「朝、打ち合わせはしただろう?」
「…必要なことだけな!」
ショーンは、足を伸ばして、ブラッドの椅子を蹴った。
「ショーン、あんた、雑誌を読んでる時に、オーリに邪魔されたりすると、ものすごく不機嫌な顔になるじゃないか」
「あれは、タイミングが悪い。人がやっと椅子に座って読み始めようかというところで、飛び掛ってくるからだ」
「…勝手だな」
ショーンは、そうでもないという顔をした。
「あいつは、もう、慣れてるからいいんだよ。それより、お前だよ。ブラッド。人のこと、完全包囲で囲い込んでおきながら、その作戦を立てた本人が、俺を無視するなよ」
「じゃぁ、どうされたい?」
ブラッドは、自分でも自信のある角度でショーンに向かって視線を流した。
ショーンは、不機嫌に口を尖らせた。
「…ビールを取ってこい。ブラッド」
こんな風にブラッドに向かって命令する人間は、ここ数年すっかり姿を消していた。
ブラッドは、ショーンの頬を撫でた。
逃げようとする前に、頬にキスをした。
ショーンが、ブラッドを押し退けた。
「ガキじゃないんだから、ただで俺が動くわけ無いだろう?」
ブラッドは、立ち上がってトレーラーに向かった。
冷えたビール。
それから、何を話せば、ショーンのお気に召すだろう?
背中で文句を言っている俳優が、嬉しそうな顔をして笑うのがブラッドは好きだ。
…まぁそれ以外の顔にも興味があるが。
ブラッドは、トレーラーのタラップを上りながら、口元が笑ってしまうのを止めることが出来ずにいた。
END