ブラ豆劇場 ─3─
休憩の声が掛かって、ブラッドは、ショーンの腕を掴んだ。
撮っていたシーンの中では、反対にショーンがブラッドの腕を掴んでいた。
それを、今度はブラッドが掴む。
触った肌が熱い。
カメラが回っていた間は、まったく平然としていたショーンの目が力なく空ろになっていた。
「…熱があるだろう?」
ブラッドも、ショーンの手が自分を触れるまで彼に熱があることなど全く気付かなかった。
あまりに平然とした顔をしているせいで、最初のカットの時は、いやに熱いショーンの手のひらの温度も、気温のせいかと思ったくらいだ。
「…わかる?」
ショーンが、口元をにやりと曲げて笑う。
かなり高い熱があるのだろう。
俳優と言う顔を脱ぎ捨てたショーンは、ぐったりとしていた。
ブラッドが日陰へと引きずっていくのに、そのまま引きずられている。
「風邪か?」
ショーンの額に噴き出した汗をブラッドは拭った。
巻き毛の額に小さな汗の粒が、びっしりと噴き出していた。
「いや…多分、気温が高すぎるせいだと思う。体温のコントロールが利かなくなってるんだ」
「…薬を飲むか?」
ブラッドは、ショーンの顔を覗き込んだ。
ショーンは、唇を開けて苦しそうに息を吐き出しているくせに、いいやと、首を振る。
「後、ワンシーン撮らなくちゃいけないだろう?薬を飲むと、どうしても表情が鈍くなる。この位の状態だったら、なしで乗り切ったほうがいい絵が撮れる」
確かに、カメラが回っている最中のショーンは、汗すら押さえてみせた。
カメラがない今は、熱のせいで肌が腫れぼったい。
「見上げた根性だ」
「…そうか?絶対ブラッドだってそうするだろう?」
ブラッドにもたれかかったショーンは、大きなため息をついた。
「なぁ…ブラッド、悪いんだが、休憩の最中、あんたのトレーラーで横にならせてくれないか?」
主役であるブラッドのトレーラーが一番撮影現場に近い。
ショーンは、限界ぎりぎりなのだろう。
これだけ熱が高いと、クーラーの利いた場所でもなければ、休むこともできない。
確かに、ブラッドのトレーラーの外にあるターフの部分は、パブリックなスペースとして誰にでも開かれていた。
だが、トレーラーの中は、プライベートな部分だ。
位置口で飲み物の受け渡しをしたことはあるが、ショーンほど、長く時間を過ごす仲間といえど、中へは足を踏み入れたことがない。
「ほとんど寝るスペースなんて無いがいいか?」
ブラッドは、もう足を進めていた。
ショーンに肩を貸して、自分のトレーラーまで責任感の強い俳優を運んでいた。
濡れたタオルと、冷たい水。
クーラーの利いた室内。
安心したようなため息をついて、簡易ベッドに横になったショーンは、目を閉じると同時くらいに意識を手放した。
殆ど寝るためには使われない場所なだけに、ブラッドのベッドは資料置き場となっていた。
気になっていた映画のコンテ。人づてに貰い受けたシナリオ。
面白かった話の原作。
ここにいる誰も知らないだろう無名映画の資料。
その中にショーンの体が、押し込まれていた。
窮屈そうだ。
ブラッドは、自分がワンシーンこなす間に、ずいぶん落ち着いた顔色になったショーンを驚かせないようゆっくりと名を呼んだ。
「…ショーン」
ショーンが身じろぎする。
身体の下敷きになった雑誌がくしゃりと音を立てる。
「ショーン…大丈夫か?あんたのシーンは、明日の撮りになったから、ホテルの部屋に帰って休んだ方がいいぞ」
ショーンは、いきなり目を開けて、びっくりしたようにブラッドを見た。
顔を振った拍子に、額のタオルがずり落ちて、コピー用紙を束ねた資料の上に落ちた。
「なんで?明日?」
ブラッドが慌ててタオルを拾い上げると、殆ど乾いている。
どれだけ熱が高かったのかと、ブラッドはショーンに呆れた。
「自分の演技に納得いかなかったんだ。だから、撮り直しを要求した」
ブラッドの答えに、身体を起こしたショーンが顔を顰めた。
ブラッドはにやりと笑う。
「あんたのために時間を稼いだわけじゃない。この俺が出る映画を良くするためだ。…思い上がるな、ショーン」
ショーンは、唇を尖らした顔をして、山積みになっているコピー用紙をベッドの下に放った。
「…ここ、片付けた方がいいぞ。すごく寝心地が悪い」
ブラッドは慌てて散らばったコピー用紙をかき集めた。
人からみたらゴミでしかないだろうが、ブラッドにとっては大事な資料だ。
ショーンは、ベッドの足もとに蹲るブラッドを見下ろしていた。
「夢見が悪かった」
不機嫌な声だ。
「拗ねるな!あんたが頑張れたのは、ちゃんと知ってる。今度はカメラが回ってる最中にぶっ倒れたとしても放っておいてやるから、俺のコレクションをかき混ぜるのは止めろ!」
ショーンは面白がるように、次々とベッドの上から落としている。
もう、すっかり調子はいいようだ。
ブラッドは、ショーンに覆い被さるようにして、ショーンごと資料の落下を防いだ。
「ベッドのレンタル料を取るぞ…」
ブラッドは、ベッドにショーンを押し付けて耳元で囁いた。
もうすっかり元気になった目のショーンが笑う。
「残念。衣装を着てるんでね。財布なんて持ち歩いてないんだ」
まるで警戒心がない。
ブラッドは、ショーンの巻き毛をかき混ぜて、仕方のない年上に苦笑した。
END