ブラ豆劇場 ─2─

 

「なぁ、それ、どっちが自慢したいんだ?」

「はぁ?」

ブラッドと、エリックのトレーラーの間に張られたターフは、俳優たちの格好の溜まり場だった。

調度よく日が翳り、おまけに風が抜ける。

飲み物を取りに行くにも直ぐ近くで、おまけに閉塞感もない。

トレーラーから電源を持ち出した簡易机の上に、数台のパソコン。それから、沢山の椅子。

パソコンが置かれていない机には、つまみになりそうなお菓子が袋ごと置かれていた。

ショーンは、デッキチェアーを占領して、すっかり背を倒すと、うつらうつらと居眠りをしているはずだった。

腹の上には、あいも変わらずサッカー雑誌が広げられている。

まず、台本は広げられない。

しかし、放りだされている台本は大抵汚れるほど読み込まれていて、一体いつ読んでいるのかブラッドは知らない。

ショーンは、大きくあくびをしながら、緑の目だけで悪戯にブラッドを見た。

「だから、その剥き出しにして、見せ付けている体と、山と積まれた台本と、どっちがブラッドにとって、人にアピールしたいものなんだ?」

体が剥き出しなのは、とにかく暑くて我慢が出来なかったせいだし、山と積まれた台本は、別に出演依頼のためのものではない。

ブラッドが個人的な興味で集めた過去のものだ。

「そういうショーンが、アピールしたいのは、サッカー好きだけ?」

ブラッドは、ショーンの腹の上に乗った雑誌を見た。

また、表紙が違う。一体、いくつ雑誌がでているのか知らないが、発刊されている全部を購読しているのか?と、ブラッドの頭には、フリークという言葉が浮かんだ。

だが、ブラッドにも同じ血が流れている。

映画に関することとなったら、ブラッドも全く譲れない。

 

ブラッドは、ショーンに向かって、おいでおいでと、手を振った。

ショーンは、首を傾げたが、ひょいっと起き上がってブラッドに近づく。

どんなにシャープな動きだってしてみせるくせに、普段はどことなく動きが子供じみていた。

ブラッドは、ショーンのこういうところが気にいっている。

「あんたの贔屓チームの選手がコメントを出してたけど読んだ?」

ブラッドがマウスを動かすと、ショーンの目が画面に張り付いた。

「読んでない。雑誌にインタビューの全文はネットで。って、書いてあったから、あとで、エリックにでも頼もうかと思っていた」

返事を返しているが、使っているのは頭の100分の1程度だろう。

緑の目が忙しく動く。

集中力が凄い。

「ショーン、俺さぁ、ショーンにだけなら、アピールしてみたいことがあるんだけど」

「…そう…」

ショーンは、懸命に字を追っている。

さっきブラッドも目を通したが、リーグ戦後期にかける意気込みやら、自分の怪我の調子についてなんて、興味がないものには、勝手に頑張ってくれといいたくなるような似たりよったりのコメントばかりだった。

だが、ショーンは、ブラッドの言葉も耳に入らない勢いで画面を追っている。

「なぁ、ショーン、今晩、一緒に食事に行かないか?」

「…ああ、わかった。…そうか、大丈夫なのか。よかった。よし、大丈夫だな。なるほど、これのことを言っていたのか。おし。調子よさそうじゃないか。よかった。後で電話しないとだな」

ドサクサに紛れて、ブラッドは、ショーンとの食事の約束を取り付けた。

だが、やはり、それは、ドサクサ紛れの約束でしかなかった。

 

「ブラッドも一緒かね。これは、おごりを期待していいな」

にんまりと笑う偉大な俳優。

その隣の嬉しそうな顔のショーン。

「俺こそ、ご一緒できて幸いです」

ブラッドは礼儀正しく車から降り、ピーター・オトゥールのためにドアを開けた。

青い目がくりくりと動きながら笑う。

「残念だったな。ブラッド。だが、ショーンの憧れの人は私でね。だから、私との約束以上に優先されるものなんてないんだよ」

ブラッドは、顔色一つ変えず、ドアを閉めた。

ショーンが楽しそうな顔で、開けてもいいかと、ドアに手をかけている。

「勝手に乗れ。ったく、デートなら、デートだって言えよ。邪魔したって、後で怒るなよ」

 

映画に関することなら、ショーンよりも、ブラッドの方が熱くなる。

ピーターが話すお蔵入りした名作の話など、ショーンをそっちのけに盛り上がり始めたブラッドに、ショーンはテーブルの下の足をひとつ蹴飛ばした。

「俺にアピールしたいことって、何だよ」

その小さな呟きが、ブラッドには聞こえていた。

だが、ブラッドは、自分をアピールするために、あえて聞こえなかったふりで、ピーターとの話を続けた。

 

 

END

 

       BACK           NEXT