ブラ豆劇場 ─13─

 

「海岸沿いにあるレストランが、美味いロブスターを食わせるらしいぞ」

「いいねぇ。いいねぇ」

「じゃぁ、今晩食いに行かないか?」

エリックと、オーランド、そして、ショーンの3人は盛り上がっていた。

いい雰囲気のまま、話は纏まる。

すると、ショーンは、いきなり後ろを振り返った。

「ブラッド、お前、車を出すだろう?」

ブラッドは、まだ、撮らなければならないシーンの台本に目を通していた。

エリックは、慌てて申し出た。

「ショーン。よかったら、俺、運転するよ」

「…エリックの運転は嫌だ。お前は、オーリでも乗せて行けよ」

ショーンは、盛大に顔を顰めた。

「でも…」

エリックが、困ったように、そこにいる全員の顔を眺めた。

ブラッドが、髪を掻き上げながら、顔を上げた。

「大丈夫だ。そんなにかからずに、終ると思う。なんだったら、先にエリックと、オーリだけ行って貰っていればいい」

「店、知ってるか?」

ショーンは、遠慮なく、ブラッドの助手席に座る気でいた。

当然の顔で、場所を知らなきゃ、今、聞いておけと、ブラッドに言っている。

「海岸沿いって、あそこだろう?この間、監督が美味かった。美味かったって騒いでた」

「そう。ブラッド。場所、わかる?」

エリックは、すまなさそうな顔で、ブラッドに聞いた。

ブラッドが頷く。

「大丈夫だと思う。分からなかったら、電話する。心配するな。我儘者は、俺が連れて行くよ」

ブラッドは、台本に目を戻した。

オーランドは、肩を竦め、エリックを見た。

ショーンは、そんなオーランドの顔を見て、なんだよ。と、肩をこずいた。

 

「ショーン。どうして、エリックの車じゃ嫌だったんだ?」

夕暮れの海岸線で、ブラッドは、ハンドルを回しながら、ショーンに聞いた。

店までは、あと、20分といったところだった。

気持ちよさそうに海風に吹かれていたショーンは、驚いたように、ブラッドを見た。

「ブラッド。お前、エリックの車に乗せてもらったことがないのか?」

「エリックは、さすがに、趣味だけ合って、すごいスポーツカーに乗ってるじゃないか」

ブラッドは、サングラスの端から、ショーンの顔を伺い見た。

ショーンは、思い切り顔を顰めた。

「いくら、すごいスポーツカーでも、あれは、乗り心地が最悪だ。サスが固過ぎて、がんがん路面の振動がくるし、ハンドルからの反射がいいとかなんとか、エリックは自慢していたけどな。あいつ、ひんぱんに追越をかけるから、急に曲がって、びっくりするんだ。おまけに、あいつ、飛ばし過ぎ。いくら、スピードが出るって言っても、隣りに乗ってると生きた心地がしない」

「…まぁ、そんなことだとは、思ってたよ」

ブラッドは、唇に苦笑を浮かべた。

ショーンは、すこし小首を傾げて、ブラッドを見た。

車は、太陽の名残で光る海沿いの道を走っている。

ショーンが、急に、身じろぎした。

ごそごそと自分の尻ポケットをさぐり、あっ、と、顔色を変えた。

「しまった!」

「どうした?ショーン」

ショーンは、ブラッドに返事もせず、携帯を取り出すと、かけ始めた。

 

「おい、俺だ。なぁ、オーリ、もう、店に着いているか?」

事情がわからず、焦っているショーンを見守るしかできないブラッドは、仕方なく、車のスピードを落としながら、運転を続けた。

ショーンは、酷く焦っている様子だ。

「え?まだ、着いてない?今、まだ、エリックが運転してるのか?お前達、ずっと前に出たじゃないか。何をしてたんだ」

ブラッドは、いい停車場所を探しながら、車のスピードを落とした。

「ああ、いいよ。わかった。買い物したんだな。わかった。それは、いい。それより、エリックに、スピードを落とすように言え。今、掴まったら、スピード違反だけじゃなく、免許不携帯もついてくる」

「おい、ショーン?」

ブラッドは、ショーンに声をかけた。

ショーンは、尻ポケットから取り出したエリックの免許証をブラッドに見せた。

だが、視線を向けることもせず、必死になってオーランドと話をしている。

「オーリ、お前、エリックと運転を変われ。免許証を持っているだろう?」

ショーンが、電話口で呆れた声を出した。

「何?持ってきてないのか?え?検問してる?止まれよ。すぐ、止まれ。そこで、車をとめて、待ってろ。万が一にも、エリックが掴まったら、面倒なことになる」

ショーンは、電話を切ると、ブラッドに向かって、方向を変えるよう言った。

ブラッドは、とりあえず、路肩へと車をとめた。

「エリックは、どこにいるって?…なんで、ショーンが、エリックの免許証なんか持ってるんだ?」

「今日、オーリと、エリックは絶対に子供の写真を免許証の中に入れて持っているはずだって、バックの中を漁ったんだ」

ショーンは、ふうーっと、ため息を付いた。

ブラッドは、呆れた。

「趣味の悪い遊びをしているな」

「かわいいって、やたら自慢してたから、ちょっと見てやろうと思っただけだ。でも、そこにエリックが帰ってきたから」

「…思わず隠したと」

「まぁ、そんなとこだ」

ブラッドは、Uターンをして、来た道を戻りだした。

「エリック達、どの道を使ってるって?」

「市街地からこっちへ抜けようとしていたらしい」

「ちゃんと、免許証を隠したこと謝れよ」

「……わかってる」

機嫌よく海風に拭かれていたショーンは、口を曲げたまま、エリック達が待つ場所へと向かった。

 

「遅い!」

オーランドが怒っていた。

エリックの隣りには、制服警官が立っている。

ショーンは、ブラッドの車から降りると、2人に向かって走り出した。

「やばいことになってるのか?」

「違う。でも、こんなとこで、この派手な車を止めたから、悪目立ちしちゃって…」

臨時の検問が引かれている場所から、エリックの停車場所まで、100メートルもなかった。

急停車したスポーツカーに警官が興味を持っても不思議は無い。

「一応、運転手が、急に降りちゃって、って、言ってあるんだけど」

オーランドは、上目がちに、ショーンを見た。

エリックは、楽しげに、警官と話をしている。

2人とも、免許書がないからさ。やっぱり、他に運転していた人がいるだろう?」

オーランドは、ショーンを見た。

ブラッドも車から降りてきた。

グラサンのままのブラッドは、なんとか人相が誤魔化せている。

「でさ、警察には、ショーンが、いきなり車を止めて、降りちゃったことにしてあるから」

オーランドは、ショーンに向かってにこりと笑うと、エリックを振り返った。

エリックは、警官相手に、「そうなんですよ。ショーンっていうんですけどね。ちょっと気紛れなところがあって、待っててくれっていうなり、車から降りてしまって」と、言っている。

警官は鷹揚に頷いていた。

この小さな島では、映画の撮影のため、有名な俳優が集まっていることなど、誰だって知っていることだ。

「困った方ですね」

「そうなんですよ。我儘なとこがある奴で」

ブラッドは、ショーンの腕を肘で突いた。

「おい、エリックが、本当のことを言っているぞ」

「うるさい。ブラッド」

ショーンは、眉間に皺を寄せた。

「今日はどちらへ行くはずだったのですか?」

警官は、普通では話などできない、俳優に興味津々の様子だ。

エリックは、笑顔を崩さなかった。

「それも、ショーンが言い出したんですよ。今日、急に、どうしてもロブスターが食べたいって、休憩中に言い出して。ねっ、こまった奴でしょう?」

警官は、エリックにつられ笑っていた。

ブラッドが、ショーンに言った。

「ショーン。お前、これから、酒場で暴れたりするなよ。今日のことで、警官の印象が随分悪くなっただろうから、下手なことしたら、泊っていけって親切にされることになるぞ」

ショーンは、顰め面のままブラッドに向かって手を伸ばした。

「おい、鍵」

「なんでだ?ショーン」

「俺は、あの車が嫌いだって言っただろう?だから、ブラッドの車を俺が運転していく。形が変わらずに店までたどり着けることを祈ってろよ。ブラッド」

ショーンは、ブラッドの尻ポケットから鍵を取り上げ、勝手に車に乗り込んだ。

音も高く、ドアを閉めている。

ブラッドは、隣りに立つオーランドに言った。

「オーリ。お前、保険のために、俺の車に乗って行ってくれ」

「やだよ。ブラッド。俺、世界中の女の子に愛されてる大事な、大事な体なんだよ」

オーランドはにべもない。

ブラッドは、車の脇に立つ、エリックに声をかけた。

「エリック。今晩の飯代は、全部俺が出すから、お前、俺の車で行ってくれ。ショーンが、また、我儘を押し通そうとしている」

警官の目と、エリックの目が、車を発進させようとしているショーンを見た。

ショーンは、中指を立て、思い切りウインクをかますと、そこにいる全員を置いて、車を発進させた。

 

 

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