ブラ豆劇場 ─14─
ショーンは、随分と困った顔をしてエリックの袖を引いていた。
いつの間にか、今日、エリック主催で行われる、ある集会に参加することが決まっていた。
「なぁ、エリック、やめよう。絶対に恥をかくだけなんかだから」
エリックは、記憶もなければ、策なしと言いだけなギリシャ軍の軍師の顔に笑いそうになりながらショーンを軽くあしらった。
「大丈夫。ショーンだったら、一番高額落札なのは間違いない」
「それは思い違いだ。オーリにしとけよ。あいつ辺りが一番・・・」
「昨日の約束を忘れた?ショーン?」
エリックは、ショーンの肩を抱きこみ、情けない顔をした軍師をぐいっと引き寄せた。
「俺に出来ることなら、何でもやってやる。まかせとけ、エリック!・・・勇ましかったよなぁ。昨日のショーンは」
エリックは、どうしてもショーンに手伝って欲しいことがあって、夕べショーンを酒場に誘った。
緑の目のイギリス人は、予想通り、すばらしい酒飲みで、酔いが回るにしたがって、エリックの善意溢れる企画に大いに賛成し、助力を惜しまないと断言した。
勿論、酔いの回った頭でだ。
「あれは、酒も入っていたし・・・」
「まぁ、いいじゃないか。ちょっとしたお遊びみたいなものなんだし、ショーンが、一番高額を出しそうな人物を引き寄せそうなことは絶対だし」
ショーンは、内緒話をするために、見上げる高さにあるエリックの耳元に唇を寄せた。
まだ、少し酒臭い息だ。
「・・・なぁ、もしかして、ブラッドに出させようかと思ってるのか?」
「当たり前。持ってる奴に出してもらうのが、一番いいだろう?」
「出さない・・・と、思うぞ?」
ショーンは、日常、あれだけブラッドを引きずり回しておいて、自信のなさそうな物言いをした。
エリックは笑ったしまいそうになった。
「だったら、ショーン、今からでも愛想を振りまいてきてくれよ。ああ、別に、オーリにでもいいぞ?俺の予想では、ブラッドと、オーリで、一騎打ち。そして、額は天井知らずって奴だ」
「エリック自身が商品になれよ」
「じゃぁ、ショーン、その時は、あんたが高値で落札してくれる?」
エリックは、楽しそうに笑った。
ショーンは、口元を曲げて、エリックの足を蹴った。
「嘘?エリック。本当にオークションの商品にショーンのことを引きずり出したの?」
オーランドは、楽しげな顔をしてチャリティーオークションの招待状を配っているエリックを見上げた。
招待状といっても、ただのコピー用紙だ。
「任せとけよ。俺の弁舌に叶う奴なんてそういない」
「そんなこと言って、昨日まで俺に商品になれって、命令したの誰だよ?」
「ショーンがなかなか一人にならなかったんだから、仕方がないだろう?」
「いいんだけどさ。ねぇ、エリック。こういうことに興味のありそうな人をもう一人だけ誘ってもいい?」
面白そうな顔をしてねだるオーランドの質問に、エリックはすこし渋い顔をした。
「この業界の関係者?こういうのが遊びだって、ちゃんとわかってくれる人物じゃないと困る」
「それは平気。身元は保証する。それに、ショーンとも知り合いだから、ショーンだって困らない。もし、参加するってわかったら、ショーンの方が懐かしがって喜んじゃうかも」
「前の映画の?」
「そうそう。電話してみる。きっと参加すると思うんだ。まず、そういう活動ってものに、興味持ってるからね」
オーランドは、自分の思いつきに楽しそうな顔をした。
ミーティングが済んだ。
その場には、エリックの考えに賛同する者、そして、今日出品される商品に興味もあるものが残った。
ここからは、遊びの時間だった。
「では。このオークションを始める前に、くどいようですが、もう一度だけ繰り返させていただきます。このオークションは、我々が手がけている偉大な映画、この映画を支えてくださっているマルタ島の皆さんのお手伝いをさせていただくよう、こちらの病院に難病治療用施設を建設するためのチャリティーです。まずは、私の考えを受け入れてくださり、ミーティング後に時間を下さった監督に、拍手を。そして、この会場に来てくださっている皆様の温かい心に感謝の拍手を。それから、今日のチャリティーにただでさえ持ち込めていない自分の数少ない衣類など、提供くださった俳優の方々に、拍手を!」
会場の中は、この映画にかかわる人間しかいなかった。
ダイアンが用意したカクテルドレスなど、もし、一般の人間も参加したならば、今の10倍の値段は付くだろう代物が、極常識内の値段でメイクスタッフなどに落札されていく。
この企画を、立てたエリックは、遊び心も存分に備えていた。
一般人を入れないことによって、仲間内の交流を深めるという楽しさを、オークションの落札価格より優先した。
「次、オーランドが出したボード。これは、殆ど新品だけど、オーリがおぼれかけたといういわくつきの商品です。さて、いくら出します?」
最初に手を上げたのは、オーランドだった。
「酷い!エリック!それは、俺が友達の弟にやる約束になってるって、言った奴じゃん。返してよ」
「お前がその辺にあるのを持っていっていいって言ったんじゃないか。いるんだったら、オーリ。じゃぁ、お前が落札しな」
失笑が辺りを包んだ。
その笑の中、表情を緩めずにいる人物が二人いた。
一人は、商品として、エリックに呼ばれるのを待っているショーンで、もう一人は、その商品を買えと、エリックにたきつけられ、ここへ呼び出されたブラッドだった。
順調にオークションは、進んだ。
残るは、本日の目玉。
朝、エリックにすがり付いて、ショーンがなかったことにしてくれと頼んでいたショーンとのデート権だ。
「ショーン。こっち」
むっつりとした顔のショーンがエリックに呼ばれ、隣に並んだ。
「さて、皆様、先にお断りしておきますが、本日のオークションは、明日行われるチャリティー講演会に先駆けて、あくまで善意ある一団体として、我々も寄付金を出そうという目的で行われています。
繰り返しますが、我々は、あくまで善意ある個人が集まった一団体です。
ですから、この非人道的行為である人身売買に対して、皆さんの善意を信じております。
ショーンは、私の考えに賛同し、自ら商品になることを望んでくれました。
この好意を忘れず、・・・・・・さぁ、皆さん、好きなだけ、値段を吊り上げてください!ショーンには、一日デートの相手の言いなりなるという約束を取り付けてあります!」
苦虫を噛み潰したようなショーンに対し、エリックは、とても楽しそうな顔で、スタートを宣言した。
冗談交じりに、まず低い値段から、声がかかった。
「ショーン、うちの子供と一緒に遊んでくれるか?」
「キャッチボールじゃなくて、サッカーだったらな」
プロデューサーが、ベビーシッターを一日やとう値段の3倍を提示した。
「買い物をしたら、荷物を持ってくれる?」
脚本家は、そこに、あと、2日分、追加した。
「ドライブに連れてって欲しいわ」
俳優達も、声を出し始め、値段は、最初の20倍ほどになった。
オーランドが、更にそれを上回る額を提示した。
「俺さぁ、一緒に海行きたい」
「絶対に行かない」
ショーンが、そっぽを向いた。
ショーンは直前まで、オーランドが商品になるようごり押ししていた。
「じゃぁ、ショーン、俺だけじゃなくって、ヴィゴも一緒だって言ったら?」
「なんでだ?」
突然現れた懐かしい名前に、ショーンは驚いた顔をした。
「こういうことに理解がありそうじゃん。オークションのこと、チクっちゃった。ヴィゴ、金額は俺に任せるってさ」
ショーンの顔に懐かしそうな表情が浮かんだ。
値段は、次々と跳ね上がり、夕食を供にと望んだ人物で、30000ドルを越えた。
もう、そこまでくると、気楽な遊びとして参加していた人間は、脱落してしまう。
「ショーンが、30000ドル?安すぎるだろう。35000ドル。ほら、もっと出せよ。オーリ」
エリックは、自分が噛むことによって、値段を吊り上げた。
オーランドは、40000ドルを提示した。
エリックは、ブラッドが参加してくるのを待っていたが、主役は、まだ、一度も声を出さなかった。
「ショーン。一緒に海行って、ご飯を食べよう」
「ヴィゴとだったら行く」
「じゃぁ、ヴィゴと共同じゃなく、俺だけで、45000ドル」
オーランドは、いつまでも、乗ってこないブラッドを不気味に思っていた。
ブラッドが、とんでもない高額を言い出しそうな気がして、オーランドは無理をしてヴィゴとの共同戦線まで取り付けたというのに、この調子だったら、オーランド一人でなんとかなりそうだった。
ショーンは、じろりとオーランドを睨んだ。
「ずるくないか、お前?ヴィゴに、任されたんだろう?」
「任されたからこそ、こういうことができるんじゃん」
「とことん、友達がいのないやつだな」
ショーンも、ブラッドの出方を待っていた。
ブラッドの場合、金を惜しむということがあり得ないだけに、自分がブラッドにとって金を出す足らない存在になりさがったのかと、ショーンといえども不安になりつつあった。
エリックは、とうとう、ブラッドに聞いた。
「どうするんだ?ブラッド。お前は参加しない?」
ブラッドは身構えた様子もなくエリックの顔を見た。
「してもいいが。・・・エリック。お前の新しい友達は、本当に高額な寄付金を期待してるのか?気の毒な話だが、もう、息子さんは亡くなっているんだろう?金銭的な問題も、勿論重要だろうが、そういう活動に取り組んでいる人間がいることを知ってほしいと思って明日の講演会を開くんじゃないのか?」
エリックがこのオークションの趣旨を説明していたとき、一番熱心に話を聴いていたのは、ブラッドだった。
エリックは頷いた。
ブラッドは、正式に手を挙げ、入札に参加した。
「俺は、45001ドル。そのほかに、明日の講演会が終わる頃、募金箱を持って廊下に立ってやる。それで、ショーンのことを落札する。いいだろう?エリック」
まだ、十分勝負する余裕のあるオーランドが抗議をするために席を立った。
だが、エリックは、ハンマーの代わりに、手を打ち鳴らした。
「本日最終の商品。ショーン・ビーンは、ブラッドに落札されました」
周りから、拍手が起こった。
人気者であるショーンに対して、好意的なくすくす笑いが会場を埋め尽くしていた。
「ショーン、ショーンもブラッドとのデートは明日だから、ロビーで、募金箱を持つボランティアに参加だ。オーリも、ブラッドの邪魔がしたかったら、自由意志で、ボランティアに参加してくれていいぞ。歓迎する」
エリックは、ブラッドの頭のいいやり方に満足して笑った。
有名な俳優が集まった講演会場は、きっと多くの取材を受けることになるだろう。
そうすれば、エリックの新しい友人、それは、この間、ショーンがエリックの運転免許書を隠したときに知り合った警察官なのだが、は、沢山の人に向かって、難病と戦う小さな命のことや、それを支える家族の話をすることが出来る。
オーランドは、悔しそうな顔でエリックに「何時?」と、聞いた。
そして、ブラッドは、45001ドルの値しか付かなかったことに、どことなく不満そうな顔をしたショーンに対して、すこしばかり笑った。
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