ブラ豆劇場 ─12─
エリックの冗談に、ターフの下では、爆笑が起こっていた。
中でも、オーランドは、笑い転げていた。
ひとしきり笑って、目尻に浮かんだ涙を拭くと、エリックに向かって文句を言う。
「もう、そんなに笑わせないでよ。近頃、笑いジワが凄いって、人に指摘されてるんだから!」
ショーンも、目尻に笑い皺を刻んで、オーランドをからかった。
「そういや、この間、雑誌に載ってた写真、すごかったな」
「ここさ、日差しも強いし、そのうち目尻のところが、まだらに日焼けするんじゃないかって心配」
オーランドは、自分の目尻を引っ張ってどう?っと、ショーンに見せた。
ショーンは、それを無視して、エリックへと振り返った。
「オーリより、エリックの方が心配だよな。今日、オーリのせいで、何テイクさせられたんだっけ?その間、ずーっと、眉間に皺を寄せた顔のまんまで、エリック、お前、絶対に眉間がまだらに日焼けする」
エリックは、心配そうに眉間を撫でた。
ショーンが手を伸ばして、エリックの眉間に出来た皺を広げた。
うん?と、顔を顰め、わざわざ椅子から立ち上がる。
「嘘だろう?ショーン、本当に、皺の間が白くなってるのか?」
「どれどれ?」
顔を寄せたショーンに、エリックは神妙な表情になって視線を向けた。
ショーンは、ずいっとエリックへと顔を寄せた。
オーランドと、ブラッドが見守る中、ショーンは、深く刻まれたエリックの皺に、チュッっと、音を立てるキスをした。
「かわいそうに。エリック。オーリに迷惑ばかりかけられてるもんだから、こんなに深い皺になってる!」
先ほどの爆笑の余韻を残して、ショーンは、エリックの頭を抱いた。
胸の中にぎゅっと抱き込み、エリックの髪を撫でながら、楽しげに笑った。
しかし、キスされた方と、それを見守るギャラリーは、はかばかしい反応をみせない。
困惑も露なエリックの表情と、目を見開くオーランド、そして、ただ、その光景をじっと見ているブラッドの視線に、ショーンは、困ったように頭を掻いた。
「…悪い。エリック。嫌だったか?」
「いや、そういうわけじゃなく…」
不自然な間が開いた。
ショーンは、すまなさそうな顔をして、エリックの頭を腕の中から解放した。
すこしばかり緊張感を含んだ沈黙をオーランドが破った。
「ショーン。俺は、俺は?俺の額も、まだらになってる?」
無理にはしゃぐようなオーランドの言葉を受けて、ショーンは、感謝するような視線を向けた。
だが、口調はいつもの毒舌だ。
「今日のオーリは、すごい数の取り直しだったからな。まだらに焼けるくらい長く、神妙な表情をしててくれ」
「ひっどいなぁ。俺が、太陽に焼かれてる間中、ショーンはここでブラッドとずっと遊んでたんだから、いいじゃん」
「そういう反省のない態度ばかり取ってるとだなぁ…」
ショーンは、オーランドの額に手を伸ばして、ぎゅっと額の皮膚を寄せた。
「すごいぞ。オーリ。じーさんみたいな皺ができる」
「ショーン。やめてよ。ちょっと、俺、本当に近頃皺の出来具合がすごいって」
「それだけ、表情が豊かだってことだろ」
ショーンの手を払いのけようと奮戦中のオーランドに、ブラッドが声をかけた。
エリックが露骨にほっとした表情を浮かべた。
オーランドも、ブラッドが口を利いたことに安心したのか、ショーンに向かって手を伸ばし、口の周りの皮膚を大きく引っ張った。
「ショーンだって、ここ、凄いことになってるんだから!」
オーランドは、柔らかく伸びるショーンの頬の肉を引っ張り、ショーンに、痛ててっと、言わせた。
顔を顰めたショーンの目尻に大きな皺が寄っている。
「ねぇ、ブラッド、ショーンの方が、絶対先に、目尻にまだらの日焼けが出来るよね」
ブラッドは、苦笑しながら頷いた。
リハーサルため、ブラッドは、ターフの下から歩き出した。
一緒のシーンに入るショーンは、少し遅れ、ふざけあっていたオーランドの頭を軽く叩くと席を立った。
ブラッドに追いつくと、小声で声をかけた。
「おい、ブラッド。お前、エリックと、オーリに気遣われてないか?」
ブラッドは、肩を並べたショーンへと視線をくれた。
「おかげさまで、大スターなんでね」
「……そういうことじゃなく」
ショーンは、真面目に取り合おうとしないブラッドに冷たい視線を送った。
それでも、ショーンは、足早に進むブラッドに、懸命に歩調を合わせた。
「なぁ、ブラッド、あいつらに、何か言ったのか?」
「何を言うって言うんだ。ショーン?」
「いや、その、なんていうか…」
ショーンは、言葉に困ったように、歩くたび自然に蹴ってしまう砂を見た。
ブラッドは、少し、歩調を緩めた。
「あいつらに報告できるような事実があればいいんだが、生憎、お部屋へのお招きもないし」
ブラッドは、ショーンが顔を顰めていく度合いを確かめながら、言葉を続けた。
「俺は、あんたのことを何度か食事に誘っている。それに、あんたの椅子の位置を変えさせた。目端の利く人間なら、それだけで、十分俺に気を使ってくれる」
ブラッドは、ショーンへと含みのある視線を向けた。
ショーンは、眉間に皺を寄せたまま、ブラッドを見返した。
手が、口の辺りを無意識に撫でている。
「…俺は、お前に気を使っていないと言いたいのか?ブラッド」
ブラッドは、苦笑を浮かべた。
「そう聞こえたなら、すこしは、俺に悪いとか、なんとか、思ってるってわけだな、ショーン」
ショーンの足が、砂を蹴った。
小さな声だが、はっきりと毒づく。
「…それ以外の、どう聞こえるってんだ」
ますます眉間の皺をきつくしたショーンに、ブラッドが手を伸ばした。
「ショーン。そんな顔をしていると、あんたも、ここの皺がまだらに日焼けするぞ。エリックはともかく、あんたの場合、ここの皺はまずいだろう?あんたは、そうそう苦悩するような表情をするわけじゃない」
ブラッドは、ショーンの眉間に出来た皺を伸ばした。
「天才肌のオデッセウスは、そうそう簡単に悩んだりしないんだろう?うん?」
ブラッドは、ショーンを引き寄せた。
刻まれた眉間の皺、そして、引き結ばれた口元にできた皺の両方へと軽いキスをした。
唖然としているショーンに向かってにやりと青い目が笑った。
「さて、エリックと、オーリに報告する事実ができた。まだら焼けしないように、さっさとテイクを決めような。ショーン」
ショーンは、ブラッドの足を蹴り上げた。