ブラ豆劇場 ─11─
「ブラッド、何してるんだ?」
ショーンは、ブラッドの手元を覗き込んだ。
ブラッドは、ショーンへと顔を上げた。
ブラッドの手は、記事内容に訂正を入れていた。
「大したことはしてない。ただインタビュー記事の確認をしているだけだ。何だ?ショーン」
「そんなことまでするのか?ブラッド」
ショーンは驚いた顔をした。
「たまにね。大抵は、他の奴が目を通して、それで終わりってパターンだが、インタビュアーがいい奴だったりした時は、俺も熱心に話をしているし、そういう時の記事は、気をつけないとこちらが意図していたものと違う記事になりやすい」
ブラッドは、手にペンを持ったまま、ショーンに答えを返した。
ショーンは不思議そうな顔をした。
「インタビュアーがいい奴で、お前が熱心に話してるのに?それで、なんで、記事の意図が変わるんだ?」
「なんでって、ショーンも経験があるだろう?映画の宣伝の記事を書いてもらうためにインタビューを受けたのに、つい、乗せられて違う話をしてること。今回俺は、トロイの宣伝のためにインタビューを受けたのに、自分が好きな映画の話ばかりしてたんだ。相手が映画の話題が豊富だったから、乗せられた。楽しかったが、でも、その部分は大幅に削ってもらわないとだめだろう?」
ブラッドは、完全に原稿から視線を離した。
ショーンの顔を眺め、ペンを放り出した。
ショーンは、とても楽しげな表情をしていた。
「ショーン。何が言いたい?何の話がしたくて、俺に話し掛けたんだ?」
ショーンは、何かを話したくてうずうずしているのが、一目でわかる顔をしていた。
ブラッドが話を振ると、くしゃりと表情を崩し、蕩けそうな顔で笑った。
やはり、話したくて仕方がなかったのだ。
実はブラッドがしていたことなど、興味が無かったに違いない。
「チームの公開練習を見に行っていた仲間が、連絡してきたんだ。すごく調子がいいそうだ」
サッカーの話になると、ショーンには、まるで垣根がなくなった。
あけっぴろげで、無防備で、聞いているほうは、またか。と思いつつも、つい、話を聞いてしまった。
「それで、ここのメンバーで作ったファンクラブに言って回るだけでは気がすまなくて、俺にまで教えに来てくれたって訳?」
こういう顔をしているショーンは、多少の嫌味などまるで気にしなかった。
それを上回るパワーで、自分の幸福を他人に分け与えた。
「ブラッドは、俺の機嫌のいい顔が好きだって言っただろう?」
目尻の皺を刻んだ顔で、本当に嬉しそうにショーンは笑った。
ブラッドは、その皺を指で伸ばしてみたい欲求に駆られたが、我慢して、もう一度小さな嫌味で、チームのことだけでパンパンに膨れ上がったショーンの幸福な心に刺を差した。
「俺は、ショーンの機嫌の悪い顔だって嫌いじゃないぞ」
ショーンはにこりと笑った。
「俺は、ブラッドの機嫌のいい顔が好きだ」
ショーンの方が、ずっと上手だ。
ブラッドに、話の腰を折らせない。
「どうぞ。機嫌よくお話を聞かせてもらうから、好きなだけ、どう調子がいいのか語ってくれ」
ブラッドは、ショーンのために椅子を引いた。
電話で聞いたという情報も含め、散々、サッカーの話を語ったショーンは、ブラッドの手元に置かれたままの、記事に目を留めた。
記事は、トロイの共演者、特に、オーランドについてブラッドが語っていた。
視線が、文字を追い、にやりとブラッドに笑いかけた。
「ブラッド。いくらなんでも、言い過ぎじゃないのか?」
サッカーについての話は、気が済んだのか、ショーンの顔は満足げに輝いていた。
「なんでだ?前評判は煽っておくもんだろ?彼は宝石のように美しい。すばらしい誉め言葉だろう?」
「いいや。そこじゃない。子供のようにかわいらしい。の方。確かめたこともないのに、そんなこと言って平気か?」
ショーンの指が、意味深に文章をなぞった。
「…ショーン…」
ブラッドは、ショーンが言いたがっていることがわかって、げんなりとした。
ショーンが、やっとわかったか。と、口元に大きな笑いを刻んだ。
「なぁ、ショーン。そういうこと言ってると、娘達に嫌われないか?」
「娘の前では、言わない」
「共演者の前でも言わないほうがいいんじゃないか?」
そんなつまらない。と、機嫌のいいショーンの顔は雄弁に語っていた。
「だって、ブラッドが答えたんだろう?ほら、ここにある。オーランドは、子供のようにかわいらしいんだ。でも、本当の子供じゃない。…って」
「続きまで、ちゃんと読め。彼は、子供ような魅力的な笑顔と演劇人としての大人の顔と両方を持ち合わせている。彼は、人間としても、役者としても魅力的だって、ちゃんと書いてあるだろう」
「でも、子供のようにかわいらしいんだろう?」
「だから、誰もアレの話なんかしてない」
ブラッドは、呆れて、笑ってしまった。
ショーンは、うそぶく。
「俺も、アレの話なんてしない」
「ショーン。あんたは、してるだろう?じゃぁ、他の何について話してたってんだ」
「オーリの……」
ショーンは言いよどんだ。
手が、顎と唇を撫でた。
ブラッドは、笑みを浮かべた。
「ほら、さっさと思いつけよ。ショーン」
ブラッドは、椅子に反り返って、ショーンに流し目を送った。
じっくりと待つ体勢のブラッドに、ショーンは、口を尖らせた。
「ブラッドがそう言ってたって、オーリに言ってやる」
子供のような言い分だ。
ブラッドは、くすりと笑った。
「そんな事、言いに行くと、本当にそうか確かめさせられるんじゃないのか?ショーン」
「あいつなら、やるな」
少年の目をして、ショーンが楽しげに笑う。
「ついでに、ショーンも確かめられるぞ。なんなら、俺が先に確かめてやろうか?」
ブラッドは、ショーンの腰のあたりに視線を止め、にやりと笑った。
ショーンの顔が顰められた。
ブラッドは、やっとチームの好調にやたらと機嫌のいいショーンに一矢報いた。
「俺、ブラッドのそういう機嫌のいい顔は好きじゃない」
ショーンは、また新たな聞き手を探しに、ブラッドの隣りから立ち上がった。