バナ豆劇場 ─2─

 

エリックは、せわしなく帰る用意をし始めたショーンを笑った。

「忙しそうだな、ショーン」

エリックは、まだ、裸のまま、ベッドの中で、のんびりとショーンのヌードを鑑賞だ。

「どっかの馬鹿が、いつまでもしつこいからな」

ショーンは、ジェルで濡れた体を乱暴に拭くと、もう、下着に手を伸ばして、履き始めていた。

エリックが舐めた胸もそのままに、Tシャツを頭から被り、くしゃくしゃの髪のまま、ジーンズを履いている。

「ここで、見ていけばいいのに」

エリックは、ショーンが急いでいる理由を知っていた。

「ダメだ。お前、見てる最中に、変なことばかり言って笑わせようとするから、試合に集中できない」

ショーンは、自分の二の腕に鼻を近づけ、くんくんと匂いを嗅いだ。

ショーンの体からは、ショーン自身の匂いだけでなく、エリックの匂いも嗅ぎ取れるはずだった。

「なぁ、エリック、俺、大丈夫か?」

「気になるんなら、シャワーを浴びていけばいいだろう?」

「その時間が惜しいから、聞いているんだろうが」

エリックは、シーツから抜け出して、ベッドの上をショーンまで這った。

ショーンの腰の辺りに鼻を近づけ、匂いを嗅ぐ。

「ショーンの匂いがする。でも、俺、さっきまで、ずっとこの匂いばかり嗅いでたからな、これが、ダメなのかどうかは、全然わからん」

「…役に立たない」

ショーンは、慌ただしく、手櫛で髪を整え始めた。

「時間が無い。大丈夫、ホテルのロビーさえ通り抜ければ、問題ないんだ」

セックスの匂いが気になっているのか、ショーンは、自分に言い聞かすようなことを言いながら、目で、荷物の場所を探した。

 

エリックは、にやにやと笑った。

「ショーン。さっきは、すごくうまく女の子を追っ払ってたのに、俺のこと追っ払えなかったもんだから」

エリックの言う、さっきとは、撮影所での話だ。

「さっきのショーンときたら、スタッフのコネを頼りに、わざわざ飛行機に乗ってまで、会いに来てくれたファンだっていうのに営業以上の笑顔を絶対に浮かべなくて、こんな冷たい態度取る人なんだって、きっと彼女達、がっかりしてたんじゃないか?」

「今日は、忙しかったんだ」

ショーンは、腕時計を探して、部屋の中をうろうろとした。

「でも、ああいうクールな態度も冷たいショーンの顔立ち似合って素敵って、あんたのファンは、夢中になるんだろうな。氷に触って、低温でするやけどみたいに、胸に痛みが残って、でも、それが、彼女達の大切な傷跡になるわけだ」

「エリック、たわごとは、いい。それより、俺の腕時計だ。どこで外したか、憶えてないか?」

エリックは、枕の下に手を突っ込み、ショーンの腕時計を取り出した。

からかうように、時計を振るエリックに、ショーンは、眉を顰める。

「知ってるんなら、直ぐ出せよ」

「ショーンが時計を探してたなんて、いま、さっき聞いたばかりじゃないか」

ショーンはベッドへと膝を付き、エリックから時計を取り上げようとした。

「ショーン。でも、俺もさ、あんたといると、低温やけどしそうだよ。でも、冷たいほうじゃなくて、ぬるい温度で、いつのまにかやけどしてる、あっちの方。あんたときたら、気に入ったと思った人間に対しては、どうして、そこまで自分のことを預けちまえるのかってくらいに、開けっぴろげでさ。おまけに、多少のことなら、無理してでも、叶えてくれようとするもんな」

エリックは、ショーンを抱きしめ、Tシャツの胸へとキスをした。

「今日、本当は、一目散に、ホテルに帰りたかったんだろう?なのに、俺のこと断れなくて。あんた達、試合が始まる前にも、情報交換したりするんだろう?」

「エリックが強引に誘ったんじゃないか」

ショーンは、あまりに嬉しそうな至近距離のエリックの黒目に、落ち着かなさそうに視線を動かした。

「ショーンは、ずるいよな。顔中に俺のことが気に入ったって書いて俺にアピールして、気がついたら、俺は、すっかりショーンのことが好きになって。

じわじわ、じわじわ、あんたが、俺に近づいてくるから、俺の気持ちは、いつのまにか、温度が高くなっちまっててさ。ショーン、あんた、知ってるか?ぬるい温度で知らないうちにしてしまった低温やけどは、治りが悪いんだぞ」

「俺は、別に、エリックこと、落とそうとか、そういうことはしなかった」

「しなかった?じゃぁ、ショーン。あんた、いつも、ああいう態度で、人に接するのか?恥かしげもなく、顔にエリックが好きって書いて、いつもにこにこ笑ってて」

エリックは、ショーンの目を見つめて、じわりじわりと追い詰めた。

「あれは、誰が見たって、俺に対して、好意を持っていると受け取れる態度だったぞ」

「…お前が面白いことを喋ってるから、側に行って笑っていただけだろうが」

ショーンは、口を曲げた。

「誰も、そういう意味で、エリックが好きだとアピールしていたわけじゃない。お前がいろんなことをよく知ってて、おまけに喋りも上手いから」

「おまけにセックスも上手そうだったし?」

ショーンは、ため息を付いた。

「……それは、認めるけどな。エリック」

こんな時間ぎりぎりまで、ベッドにいるはめになったのは、エリックのセックスに、ショーンが夢中になっていたせいだ。

ショーンは、エリックの頭を抱き、小さくキスをした。

「でも、あまり、そうやって、自分をアピールするな。まるで俺が、それ目的でお前と付き合っていることになっちまうじゃないか」

エリックは、抱きしめていたショーンから、腕を離して、バタンとベッドに倒れ込んだ。

「そういうとこ。ショーン。あんたのそういうとこが、俺にやけどを作らせるんだ。どうしてくれるんだ?こんなにいっぱいやけどを作ったら、俺は、一生直らないじゃないか」

ショーンは、エリックの手から、腕時計を取り上げた。

腕に嵌めながら、エリックを見下ろす。

「一生でも、ニ生でも、好きなだけ治療に専念していてくれ。おっ、やばい、本当に、間に合わないじゃないか。じゃぁな。エリック。お前、明日も、朝から現場だよな。また、明日会おうな。じゃぁ」

ショーンは、言いたいことだけ言ってしまうと、エリックに挨拶のキスもせずに、部屋を飛び出した。

勿論、エリックの匂いをつけたままの体でだ。

氷のように冷たい美貌の、ぬるくあたたかな愛情で、すっかり大やけどをしているエリックは、ベッドの上で、治療に専念することにした。

ベッドには、まだ、ショーンの匂いが強く残っていた。

 

END

 

 

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