HEMISPHERES

Released 10/1978


CYGNUS X-1 BOOK U: HEMISHPERES

CIRCUMSTANCES
THE TREES
LA VILLA STRANGIATO



シグナスX−1 第二巻:神々の戦い


  T プレリュード

僕らのこの疲弊した世界が
まだ若々しかった頃
古代の戦いが最初に始まった
愛の神と理性の神が
お互いに一人だけで、人類の運命を導く術を
模索していたからだ

彼らは時代を超えて戦い続け
お互い、決して相手に屈そうとはしなかった
彼らの民は分かたれ
人々の心の中も、戦場と化した

  U アポロ:知恵を授ける神

「我は真実と理解を授けよう
 機知とまったき知恵を授けよう
 比類なき、貴重な贈り物だ
 我らは素晴らしい世界を築ける
 我はおまえたちを目覚めさせてやろう

 食物と安全な住処を、与えてもやれる
 終わりなき冬の嵐の間
 おまえたちを暖めてくれる火を授けてやろう
 おまえたちが変革していくこの世界で
 優雅に、快適に暮らすことができるのだ」

 人々は喜び
 褒賞を求めて殺到した
 彼らは街の建設に精を出し
 賢者たちは語り合った

 しかしある日、通りは静まり
 人々はそれでも、何が悪かったのかがわからなかった
 素晴らしいものを作り上げたいという欲求は、
 それほど強くはなかったようだ

 賢者たちは意見を仰がれ
 死への橋が掛け渡された
 ディオニソスを求めて
 彼らが失ったものを探し出すために

  V ディオニソス:愛を授ける神

 「私は、おまえたちに愛を授けよう
  それは夜の暗闇の中でも
  心に永遠に輝く光のように
  慰めを与えてくれるだろう
  おまえたちはただ、自分たちの感情を信じればよい
  愛だけが、おまえたちを正しく導いてくれるのだ

  私は笑いを授け、音楽を授ける
  そして喜びと、涙をも授けよう
  おまえたちの根源的な恐怖をなだめてやろう
  理性の鎖など、投げ捨てることだ
  そうすれば、おまえたちの牢獄は、消え去るだろう」

 都市は打ち捨てられ
 森には歌声が響き渡った
 彼らは兄弟のように踊り、ともに暮らした
 そして愛は決して間違いを犯さないことを知った

 食べ物もワインもふんだんにあり
 彼らは星の下で眠った
 人々は満ち足りて
 神々は遠くから見守っていた

 しかし冬が訪れた時
 彼らはあまりに無防備だった
 狼と寒さ、そして飢えの中で
 人々の心は絶望に沈んだ・

  W アルマゲドン:心と精神の戦い

 心と精神が衝突したように
 宇宙は分裂し
 人々は導き手のないまま取り残された
 こんなにも多くの困難な年月の間
 猜疑心と恐怖の雲に覆われて
 私たちの世界は空虚な半球へと
 引き裂かれてしまった

 自らと戦った人もいた
 お互いに戦った人もいた
 ほとんどはただ、お互いに追随しあうだけだった
 他の仲間たちのように、道に迷い、目的を失って
 彼らの心は濁り、真実は見えなくなっていたから
 その精神は愚かな半球に分かたれてしまった

 戦いに加わらなかった者たちが
 古代の物語を伝えてくれた
 僕の『ロシナンテ号』は夜の中を渡る
 これが最後の航海

 シグナスの中心部にある
 恐ろしい力に向かって
 僕らは進路を取る
 時間のない空間を回りながら通り抜けて
 この滅びのない場所へと

  X シグナス:調和を授けるもの

 僕には記憶と意識がある
 でも、姿や形はない
 肉体を離れた魂として
 僕は死んでいる、そして、まだ生まれていない

 僕はオリンポスへと入っていった
 いにしえの物語に伝えられたように
 白い大理石と混じりけのない金でできた
 不老不死のこの街へと

 神々が猛り狂い、争っているのが見えた
 空にひらめく稲妻も
 僕は動けない、隠れることもできない
 心の中から、声なき叫びがこみ上げてくる

 次の瞬間、まったく突然に
 混乱は収まった
 そして静寂と、突然の平和が訪れた
 戦士たちは僕の声なき叫びを感じ
 戦いを止め、不思議に思ったのだった

 アポロはひどく驚き
 ディオニソスは僕が狂っていると思っていた
 でも僕が詳しい話をすると
 二人は驚き、そして悲しんだのだった

 オリンポスから見下ろすと
 疑いと恐怖に満ちた世界が見えた
 その表面は真っ二つに分かたれ
 惨めな半球となっていた

 彼らはしばらくの間、黙って考え
 そして、ついに僕のほうを見た
 『我らはおまえをシグナスと名づけよう
  おまえは調和を司る神となるがいい』

  Y 天球 : 一つの夢の形

 もしも僕らの目指すゴールが同じなら
 同じ道を、一緒に歩いていってもいい
 お互い違う目的を追いかけるなら
 一人で、自由に走っていってもいい

 愛の真実に光を与え
 真実の愛を明るく輝かせよう
 分別と自由な感覚を備えた感性で
 心と精神を一つに統合し
 一つの、完全な球としよう




サーカムスタンシス

独りぼっちの少年、故郷から遠く離れて
窓から見えるのは、どこまでも続く屋根
雨の日の午後
僕は空っぽの部屋の陰鬱さを感じた

時には混乱の中
僕は途方にくれ、幻滅を味わった
なにも知らないでいることだけが
現実に立ち向かう自信を与えてくれた

 それでも、まったく同じように
 僕たちはチャンスを乗ろうとしてしまう
 時代にあざ笑われ
 環境に欺かれて

 『変化すればするほど
  それは同じであろうとする』
 物事は変化すればするほど
 同じ状態に留まろうとするのに

今、僕たちが見ている、このたった一つの世界について
僕はいくらか理解することができた
かつて夢見たことが
現実のものにもなった

でもこの壁は、まだ僕のまわりにある
昔のままの僕を閉じ込めている
もう一度、世界のあるべき姿を
探そうとしている僕を




トゥリーズ

森の中には不穏な空気が流れています
木々たちに、もめごとが起こったのです
楓たちは、もっと日の光が欲しかったのですが
楢の木たちは、その訴えを無視したのです

楓たちは困っていました
(そして自分たちは正しいと、固く信じていました)
楢の木たちは、あまりに高くそびえすぎて
日の光をみんな吸い取ってしまうと言うのです
でも楢の木たちは、思わずはいられません
自分たちはこの状態を気に入っているのだと
そして、なぜ楓たちが楢の木の影で満足していられないのかと
不思議に思うのでした

森の中で、ケンカが始まりました
そして森の生き物たちは、みんな逃げ出してしまいました
楓たちは『横暴だ!』と叫び
楢の木たちはただ、首を振るだけでした。

そこで楓たちは組合いを作り
平等の権利を要求しました
『楢の木たちは、本当に欲張りすぎだ
 僕らにもっと光をくれるようにさせよう』
そして今、もう楢の木の横暴はなくなりました
素晴らしい法律ができたからです
木たちは、みんな平等でいられます
まさかりと斧と、のこぎりによって‥‥




ラ・ヴィラ・ストランジアート

 インストゥルメンタル


あくまで私的な解説


CYGNUS X-1 BOOK TWO : HEMISHPERES

 前作『A FAREWELL TO KINGS』の『CYGNUS X-1 BOOK T』の続編です。
ロシナンテ号にのって、シグナスX-1(ブラックホール)に飛び込んだ主人公は、どうなるのか──『続く』と記してしまったために、 この続編作りにNeilが思いっきり悩んだというのは、有名な話です。まあ、たしかにブラックホールの中は入ったら二度と出てこられ ないということがわかっているだけで、本当に入ってしまったらどうなるのか、様々な諸説がありますが、どれも仮説の域を出ていません。 それゆえ想像を働かせる余地も出てくるわけですが、言ってみればなんでもありな感じなので、逆にイメージが絞りこみづらいのかも しれません。

 1981年、『EXIT STAGE LEFT』が出た頃のインタビューで、『Hemispheres』の製作について『悩みながらウェールズの木々を見ている うちに、この葛藤をそのまま表現してみようか、と思いついた』と、Neilは言っていました。

 アポロとディオニソスの戦い、と言うと、ギリシャ神話のイメージでは、あまりピンと来ないかもしれません。アポロは太陽と音楽の神 で、ディオニソスはお酒の神様ですから、あまり対立点はなさそうです。ギリシャ神話において、アポロが他の神様と戦ったことといえば、 牧羊神パンと音楽比べをしたくらいでしょう。(この時にはアポロが勝って、審判をした王様はパンの不興を買い、ロバに耳にされた。 有名な『王様の耳はロバの耳』です)

 この曲のコンセプトのもとは、アダム・スミスの「POWER OF MIND」という本だそうです。その本では、人間をアポロ型(勤勉で理知的)と ディオニソス型(快楽主義で感覚的)とに分類しています。この曲のアポロとディオニソスは、まさにその象徴であり、ギリシャ神話本来 のキャラクターではなく、スミスの概念を象徴する神様に作り直されているようです。(私個人的には、アポロがスーツを来ている姿は 想像できませんが)

 アポロに象徴される理性の神と、ディオニソスに象徴される感情の神が、 お互いそれだけで民を支配しようとして、長い間争っていた。そのため人々は極端から極端へ揺れ動き、混乱状態に落ちいっていた。 そこへ主人公が、ブラックホールを抜けて登場し、『戦いを止めて、現状を見てくれ』と、二人の神に声なき叫びで訴えるのですね。 アポロとディオニソスはお互いの過ちに気づき、主人公をシグナスと命名して、理性と感情のバランスを司る神にするわけです。 (おお、一介の宇宙飛行士が神になってしまった!)

 これは結局、壮大な比喩です。神々の戦いが展開されている宇宙とは、私たちそれぞれの心の中なのです。この比喩は、社会についても 当てはまると思います。『己を殺して国家のために尽くすことこそ美徳』という戦前の教育から、『個人こそ大事だ。生きたいように 生きることがかっこいい』と言う今の価値観が引き起こしている社会のひずみまで、自分を殺しすぎて自分というものがなくなってしまう 状態から、自分を大切にしすぎるあまり、他者への思いやりをなくした状態まで、極端から極端へと走って、社会も個人も混乱している ように思えます。やっぱりバランス感覚が大事なのですね。理性も感情も、両方なくてはダメで、理性だけでは心が干からびてしまうし、 感情だけだと水っぽくなりすぎる。なにごともほどほど──これは、すべてに言えると思います。

 最後の『THE SPHERE』のパートに、この曲の主張が集約されていると思えます。理性と感情を調和させ、二つの半球を一つの完全な珠に する──珠は心、魂の象徴でもあるといいます。
 感情と理性、両方の調和とは、双方ともに必要で、重要なものだということを認められる、アンビバレントな、もしくは柔軟な心を持つ ことなのだと思います。あたりまえといえば、あたりまえのことなのでしょうけれど。



CIRCUMSTANCES

 孤独、疎外感、単調な毎日に対する憂うつ、理想と現実とのギャップに対する苦悩──青春時代、そんな思いを感じたことはありません か? 冒頭のフレーズでは、家から離れ、下宿している部屋で、窓に頬杖をついて、雨の中どこまでも続く灰色の屋根の海を見つめている 少年の姿が浮かんできます。

 コーラスでフランス語のフレーズが入ってきますが、その直後の英語と意味はほとんど同じです。感覚的には、日本の歌のサビに英語の フレーズが入ってくるのと、同じようなものでしょうか。カナダはフランス語も国語ではありますが、RUSHのメンバーが普段フランス語を しゃべっているとは思えませんし。

 『少年の純粋さとそれゆえの苦悩』をテーマにした曲では、『THE ANALOG KID』とこれが秀逸だと思います。私も以前、若かりし頃、 ひどく共感を覚え、感動したものでした。 (少年じゃないけれど‥‥)



THE TREES

 木を擬人化して、おとぎ話風に語った歌詞なので、訳もそれっぽくしてみました。
 楢(オーク)はイギリスの象徴で、楓はカナダの象徴だから、背の高いオークに光を遮られて困っている楓の木が抗議の末、みんなで組合を作り、平等の権利を認めさせた。と言うストーリーは、そのまま英国連邦の一員だったカナダがイギリスの支配から脱したこと、さらにはカナダ出身のRUSHがイギリスで成功を収めたことの比喩なのかどうか、いろいろと論議が交わされてきました。Neil自身は深い意味はないと言いますが、それもまた正直に言ってはいないのではないか(Neilは一時、マスコミ不信に陥っていたそうです。特にイギリスのマスコミには)と、実際のところは、あまりはっきりしません。

 楓はたしかに国旗にあるくらい、カナダを象徴する木と言えますし、(実際、国内に楓の木は多い) オークはイギリスの代表的な木です。在日建築家C・W・ニコル氏の本、「TREES」に、氏の育ったウェールズの伝承として、友達の木を選び、その木に元気を分けてもらうという ものがあるそうですが、この時氏が選んだのも、オークでした。

 背の高い広葉樹(針葉樹だと、日を遮られて困ると言うほどの日陰はできなさそう)はオークだけではないし、背の低い木も楓だけではありません。あえて楓とオークなのは、たんに最初に思いついただけなのか、それとも意図的なものなのかわかりませんが、私個人の印象では、それほどその象徴に深い意味はないのではないかと思います。

 THE SPHEREの掲示板でも以前議論されていましたが、この歌詞の最大のミソは、最後のフレーズでしょう。楓たちは平等の権利を勝ち取りますが、それは決してハッピーエンドではないのです。十分な光を森の中に入れるため、木々は伐採されたり、枝を払われなければならない。オークだけではなく、楓も同じようにその脅威にさらされるのです。自由とは、平等とは、結局そう言うものなのでしょうか。

※オークは樫と訳していましたが、ご指摘を受けて調べたところ、とくにヨーロッパ系では楢の方が近く、「楢の木」の方が適切なようです。それに沿って、訳詞を修正しました。 (2009年4月6日改)



LA VILLA STRANGIATO

 直訳すると、「奇妙な町」なのだそうですが、STRANGIATOと言うスペイン語は厳密にはないそうで、スペイン語と英語が混ざってできた 造語ではないかと、RUSH FAQにありました。ALEXが見た夢とか、(“Lerxst In Wonderland"なんて、まさにそうですよね)マンガや 映画のシーンをテーマにしたというインストです。RUSH最初のインスト曲でもあり、YYZと並んでインストの代表曲とも言えます。



アルバムについて

 いわゆる「SF三部作」といわれる、RUSHがSFや神話のテーマをモチーフにした大作主義に傾倒していた時代の、最後のアルバムです。 「RUSHの影響を受けた」と言われるアーティストたちも、この時代──『2112』からこのアルバムまでのRUSHに非常に衝撃を受けたと 言っているのを、インタビューなどで読んだことがあります。

 製作には苦労したらしいですが、プログレRUSHの集大成とも言えるアルバムでしょう。完成度は非常に高いと思います。




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