The Dance of Light and Darkness

第四部 : 炎の国フェイカン(2)




 タナンド・カルカは二十代終わりくらいの年頃で、逆だった赤い髪と、彫りの深い小さな黒い目、そして大きな鼻の、背の高い男だった。いきなり訪ねてきた様々なディルト集団、十二人にかなり驚いたような表情で、「あんたたちが、いったい俺に何の用があるって言うんだ」と、眼をしばしばさせながら、少し怒ったような口調で問いかけてきた。
「この女性を知っているね」
 ブランが進み出、紙片を差し出した。それは国境でパルナエという女性に書いてもらった、彼女に関する情報だった。男はのろのろと不審げに手をかざし、その内容を読み取ると、少し赤い顔の色がより濃くなった。
「パルナエ……か。なんだってんだ?」
「俺たちがフェイカンに入国する時に、知り合ったんだ。彼女はここには入国させてもらえなかったが。赤ん坊がいた。あんたの息子らしい」
 ディーがそう告げると、怒ったような困ったような表情が、相手の顔に現れた。
「彼女は家を追い出されて、あんたの所に行けと言われたらしい」
「パルナエはともかく、赤ん坊なんぞいらん。ディルトの男か。工場で働かせるにしても、十年はモノにならないだろうしな」
「あんたの子だろうが! それをまだ子供のうちから工場で働かせるだと?」
 フレイが怒りを含んだ声を上げた。
「ディルトなんぞ、俺の子じゃない。そもそも子供なんぞ、欲しくはなかった。ロッカデールの奴との間にはな」
「じゃあなぜ、そんなことになったんだよ!」
「パルナエは可愛かったからな。それだけだ。あいつ一人ならまあ、この家で奴隷として使ってやってもいいんだが」
 ロージアが後ろの方から、前に進み出てきた。無言で。そして男の前に立ち、手を上げてその顔をひっぱたいた。彼女の頬は微かに銀色と緑が混じった色になっていた。
「最低男!」ロージアはそう言い捨て、くるっと踵を返した。
「何をするんだ! よくもディルトの女の分際で、俺を殴ったな!」
 男は赤に近い顔色になった。が、フレイも同じような表情になり、こぶしを上げて殴る。
「じゃあ、あれか! 同じ火の男ならいいのか! だから俺はフェイカンも、その民も大嫌いなんだ!」
「まあ、暴力はよせ。ひっぱたきたくなる気持ちはわかるがな」
 ディーがその間に割って入った。騒ぎを聞きつけたのか、相手の家族たちもやってきている。父親らしい男が、「いったい何の騒ぎなんだ。おまえたちは誰なんだ。警備兵を呼ぶぞ!」と声を上げていた。
「あいにくだが、その警備兵に案内してもらって、俺たちはここに来たんだ。ちょっとあんたの息子の対応がひどいんで、頭にきて一、二発手が出てしまったようだが、まあ、許してくれ。俺たちはロッカデールからフェイカンに来る途中、あんたの息子さんが捨てた女の人とその子供に出会ってな」
 ディーは相手家族に目を向け、もう一度説明を繰り返した。
「で、あんたたちは、どうしろって言うんだ」
 父親は息子に困ったような、怒ったような目を向け、唸るように言う。
「彼女は困っているらしい。だからちゃんと子供を育てていかれるように、援助してやってくれ。あんたたちは裕福らしいしな」
 ディーは大きな家に目をやりながら、続けた。
「俺たちは彼女に連絡鳥を飛ばして、ここの場所とあんたの息子の正式な名前を教える。いずれ彼女から、ここに連絡が来るだろう。そうしたら、しかるべき額を渡してやってくれ」
「知らんぷりはしない方が良いぜ。俺たちの仕事がもし成功できたら、精霊様にお願いができる立場になるわけだしな。ディー、あれを見せてやれよ」フレイがそう言い添え、
「また見せるのか」一行のリーダーは苦笑いしながら、オレンジの金属片を見せる。
「用はそれだけだ。邪魔したな」
 顔色を変えた相手家族を平静な目で見ながら、ディーは踵を返した。残りのみなも、それに続く。帰り道ではまた、同じようなことが起きた。道を行く人々から「どうしてここにいるんだ、帰れ!」「ここには入れないんだぞ!」と罵声を浴びせられ、やってきた警備兵に「話は聞いている。バギタまで先導する」と、苦り切った表情で導かれた。

「ごめんなさい。すっかり頭に血が上ってしまったわ」
 バギタ地区まで来て、再びぼこぼこになった道を歩きながら、ロージアが少しきまり悪そうにそう言いだした。
「俺もな」フレイも続く。
「そういう反応になることは、わかり切ってはいたんだがな。ここの奴らはそうだ。みんな腐った誇りを持っているんだ。そして他を見下す。いやな奴らだ」
「腐った誇りか。そうかもしれない。フェイカンとマディットは似たようなものかもしれないという印象はあったが、ここの連中はすぐ怒るな。いや、おまえたちの怒りは納得できるが、ここの連中の怒りは、その腐った誇りや選民思想に根差しているようだ。マディットの民は、どちらかというと冷酷な感じが多いが。そこはフェイカンと違いそうだ」
 ディーは微かに首を振り、そして赤髪の若者に目をやった。
「でも、おまえがいるからな。フェイカンの民全員が、とは言えない気がする。おまえのような奴も、探せばきっとどこかにいるのかもしれないな、この国も」
「そうか……? 俺は知る限り、同じような奴には会ったことがないがな。むしろミディアルに行って、みんなと会ってからの方が、同類に出会えたと思うぜ」
「おまえもかっかしやすい点は、フェイカンの民だと思うがな」ブルーが呟いた。
「うっせえな!」そう声を上げてから、フレイは再び苦笑いをしている。
 宿に帰ってから、ディーはみなを見回し、告げた。
「さて、一日余分な用に費やしたが、明日は早くに出発して、ダヴァルまで行こう。タンディファーガとやらに会いに行かないとな」
「本当に、みなさんにはお世話になって、ありがたい。よろしくお願いする」
 ローダガンは神妙な表情で言い、
「いちいちお礼はいいって。あなたもそう言っていたわよね」リセラが少し笑って返す。思い出してサンディも笑みを浮かべ、ミレアも小さく笑っている。
「そうだ。成り行き上のことだから、君が恩義を感じる必要はない、ローダガン。今日はゆっくり寝ておこう。明日はまた一日車の上だ」
 ディーの言葉に一同は頷き、六人ずつに分かれて部屋に引き取っていった。
 
 その日一日、車は駆動生物に引かれて、赤い土の街道を南に進み続けた。夕方遅くになって、小さな町の宿(あいかわらず、隔離地区のものだが)に一泊した後、さらに進んだ。その間の景色は、それほど変化はない。少し赤みがかった灰色の空、赤っぽい土の広がった大地、すだれのように葉が広がった灌木と、丈の短い赤みがかった草、そして火山。道中で二度ほど、一行はナンタムの群れを見かけた。この国のそれは体毛が赤く、比較的落ち着きのない動作で、活発にぴょんぴょんと動き回っているものが多かった。
「あのナンタムたちは、普段より色が濃いようだ」
 フレイは指示席からその生き物たちに目をやり、そんなことを言った。
「それは、レラの力が多いということ?」リセラが問う。
「まあ、そうだろう。でもだからと言って、それがいいわけでもない。ないと活気がなくなるが、過剰になるのも、そんなに好ましいことじゃない。だからあいつら、やたらと動き回っているだろう。落ち着きがなくなっているんだ」
「行き過ぎても、良くはないということだな」
 フレイの説明に、ディーもその生き物に視線を送り、頷いていた。
「ということは、フェイカンはレラが過剰ということ? ロッカデールは少なくて悩んでいたけれど」リセラが再びそう問いかけ、
「かもしれないな。それが精霊様のお呼出しと関係するのかは、わからんが」と、ディーがかすかに苦笑しながら答えていた。
 
 ナラーダの町を出てから二日目の夕方、一行はフェイカンの首都、ダヴァルに到着した。この街は他の国の首都と同様に大きく、赤土を固めて積み上げたような高い塀に囲まれていた。ロッカデールの首都カミラフ同様、四角形に町は広がっているようで、外壁もまた直線状だ。広い門のところには、警備の兵が二人立っていた。
「通行証を見せろ。それがなければここには入れない」
 一行を見るや、兵の一人が即座に口を開いた。
「これでいいのか?」
 ディーが服の内側から再び神殿の紋章が入った金属片を見せると、やはり相手の顔色がさっと変わった。
「やむを得ない。ただし、この門はディルトやよそ者は通れない。その横に、バギタに直接通じる門があるので、そこを通るといい。おまえは、ここの者のようだからそのまま通っていいが」警備兵はフレイに目をやりながら、そう付け加えている。
「俺は指示席にいるんだぜ。どうやって俺だけ通るんだよ。そっちへ行くさ」
 フレイは顔をしかめ、駆動生物たちに行き先を指示した。大きな門から少し離れたところに、錆びた金属製の扉があった。そこにはやはり二人の若者が両側に立っていたが、正門にいる警備兵たちとは違い、岩の入ったディルトのようで、着ているものも着古したようなオレンジ色の半そで上衣に、グレイの半ズボン姿だ。二人は頭を下げると無言で門を開け、一行はそこを通って街へ入っていった。
「あの人たちも奴隷なの?」
 しばらく進んでからリセラがそう問いかけ、フレイは頷いていた。
 
 首都ダヴァルの隔離地区は他の町より比較的広いが、やはり手入れがされていない感じで、道は相変わらずでこぼこし、建物は少し傾いでくすみ、夜の照明は少ない。暮れかけてきた薄暗い通りを一行は進み、一件の宿屋に腰を落ち着けた。そこも少し錆びた鉄製の寝棚とすりきれた毛布、粗末なテーブルと椅子しかない部屋だ。十二人が滞在できる部屋はないので、八人と六人部屋に、男女に分かれて泊まっていた。
 一行が広い方の部屋に集まってポプルと水の夕食を取り終えた頃、宿の主人が来た。
「失礼します、お客様。タンディファーガ様のお使いの方が見えております」
「タンディファーガの使い?」何人かがそう反復した。
 ついさっきまで、どうやってタンディファーガ家に行くか、それを話し合っていたところだった。場所はフレイが知っていたし、またみなで隔離地区から出て行くと、余計な騒ぎになるだろうが、やはりこればかりは全員で行く必要があるだろうな、とも。
 入ってきたのは、茶色の髪に一部赤が混ざった、オレンジ色の肌をした女性だった。見開いた眼は茶色で大きく、髪の毛は長く伸ばして背中に垂れている。
「ヴェイレル・タンディファーガ様よりの、ご伝言を持ってまいりました」
 女性は口を開き、両手に持っていたものを差し出した。薄い金属の板のようなもの――ロッカデール神殿から渡された、火の神殿の紋章よりもかなり大きく、そこから薄いオレンジ色の煙のようなものが立ち上っている。
「カラナだな。これに触れなきゃならないのか」フレイが顔をしかめた。
「それは何?」
「フェイカンの通信手段の一つだ。連絡鳥は相手の居所がわかっているか、前に連絡した場合しか使えないが、これは相手のところに直接持っていくことで伝える。技がいるんだがな。奴は使えるんだろう」
 リセラの問いかけに、フレイはそう説明し、そして続けた。
「これを受け取るには、火のエレメント持ちで対応技が使える奴がいる。俺はできるんだがな。まあ、あまりやりたかねえが、やるしかねえか。俺に貸せ」
 フレイは手を伸ばして、使いの女性からその板を受け取った。両手で捧げるように、身体の正面に持ってくると、他のみなに見えるような位置に移動し、何かを呟いた。その肩から腕、手に薄赤い光のようなものが走り、その板から立ち上っている煙と一体化する。と、その前に一人の男の姿が現れた。燃えるような赤い髪、大柄で恰幅の良い身体を真っ赤な上着とズボンに包み、腕と首にたくさんの稀石をあしらった金色の鎖をかけている。その眼は小さくて赤く、鼻はフレイよりなお大きく高かった。
『ディルトやよそ者どもにこの街を、ましてや俺の家になど、入ってきてほしくはないからな』その男は尊大な口調で言っていた。
『だから、ここで伝える。ロッカデールから買った娘を返してほしければ、“炎の花”を取って来い。その娘を買った代金などはいらん。その花が欲しい。それを枯らさないように、俺の家に、純粋な火の民にだけ持ってこさせるならば、娘を返してやろう』
 ふっと男の姿が、かき消すように消えた。フレイは再び顔をしかめ、その板を使いの女性に返した。そして首を振った。
「“炎の花”か。厄介な要求だな」
「知っているのか?」ディーの問いかけに、赤髪の若者は頷く。
「話に聞いただけだがな。この国の辺境にある火山、ミガディバ山の山頂に咲くと言われている。それを手に入れたものは、強大な火のレラを手に入れられるらしい。ただ、そこには攻撃的な動物や、花を守る番人もいると聞く。何人かが挑戦して、みな失敗したという話も聞いている」
「これまで以上の無理難題だな」
 ブルーはむすっとした顔で、首を振っていた。
「なぜそんな理不尽な要求ができるのかしら。元はと言えば、ロッカデールから違法に売られた娘さんを取り返すだけなのに。神殿同士で話を通じ合って、対価を払えば戻してくれそうなものじゃない」ロージアが憤慨したように言い、
「そうよね。現に他の子たちは戻っているのに。あ、死んでしまった子たちは別として」と、リセラも憤った表情で同調する。
「タンディファーガに、そういう理屈や道理は通じないんだろうさ。ロッカデールなんてフェイカンの属国のようにしか考えていないだろうし――ああ、実際は違うんだがな。お互いの産業のためになくてはならない、対等な国同士のはずなんだが、気を悪くするなよ、ローダガン。だがこの国の連中は、そんな奴らが多いのさ。それでもまあ、他の子たちは帰ってきたんだが、たぶんそれは神殿の権威だろうな。だがタンディファーガは、それももしかしたら、あまり重きを置いていないのかもしれない。親戚筋が神官長なんだが、任命されるまでは見下していた傍系らしいしな」
「そんな男にさらに強大なレラを持たせるとしたら、仮に成功したところであまり喜べないだろうが……我々には、他に選択肢はなさそうだな」ディーが苦い顔で首を振り、
「すまない」と、ローダガンは顔の色を濃くして、みなに頭を下げていた。
「あなたのせいじゃないんだし」と、リセラは微かな笑みを浮かべて若者の腕に触れ、
「そう。まずは妹さんを救出することだ。ただ、そのために一つ確認しておきたいのだが、我々がその炎の花とやらを持っていったとして、フレイ一人に持たせるわけだな。強大なレラの力を手にしたら、強引に約束を反故にしないか、それだけが気にかかる。信用できるのかどうか、それだけを確かめたい。我々には精霊様の後ろ盾もついているはずだから、約束は必ず守ってもらいたい。それが保証できるなら引き受けた、と伝えないとな」
 ディーの言葉に、フレイも「もっともだ」と頷き、ブランから紙と書くものを受け取って、そこに何かを書きつけた。それを使いの女性に手渡す。
「俺はカラナをかける技は持っていない。受け取るだけだ。だから、これをあんたの主人に持っていってくれ」
「はい」女性はどことなく怯えの色をその眼に浮かべながらも、受け取っていた。そして一礼すると、宿を出て行った。
「あの娘も奴隷だろうな。奴に当たり散らされなきゃいいが」
 その後ろ姿に目をやりながら、フレイは少し心配げだった。

 翌日の朝、同じ女性が再び宿を訪ねてきた。その眼の怯えの色は昨日より濃く、むき出しの腕と左の頬に、赤茶色のあざができていた。
「タンディファーガ様よりのご返答です」
 おずおずとした動作で、昨日と同じ金属片を差し出す。フレイがそれを受け取り、技をかけると、昨日と同じ男の姿が浮かび上がった。
「バカにするな! 俺の誠意を疑うとは、どういう了見だ。もちろん約束は守るに決まっているだろう! これ以上無礼を働けば、神殿がどうあろうと、知ったことか。おまえらは俺を怒らせたから、こっちからも条件を付けてやる。今日からから十二日間、猶予はそれだけだ。それまでに俺のところに炎の花を持ってこなければ、ファリナは殺す」
「なんだって!?」ローダガンが声を上げた。
「ふざけるな! そんなことをしたら……」
「この馬鹿はロッカデールに喧嘩を売る気か? 神殿にもな」
 フレイは板を女性に返すと、あきれたように天井を仰いだ。
「タンディファーガの野郎。ここまで腐った奴だとは思わなかったぜ」
「あたしたちが約束を疑ったのが、いけなかったのかしら」
 リセラが当惑気味に言ったが、フレイは首を振る。
「いや、このタンディファーガ相手だ。ハナから破る気満々だったのかもしれないぜ。それで図星を刺されて、逆上した可能性もあるからな」
「そうだろうな。こいつはとことん信用ならない相手のようだ。俺たちがもし首尾よく成功できたとしても、それでレラを強大にして、フレイ一人をあしらうことはできるだろうからな。そのつもりだったのだろう。それを見抜かれたと感じて、腹立ちまぎれに、そんな条件を付けたんだ」ディーも重々しい顔で頷いていた。
「それはエフィオンの力かい?」と、アンバーは聞き、ディーが頷くと、「じゃあ、本当なんだなあ」と、当惑したような表情をした。他のみなもお互いに顔を見合わせている。
「ナラーダの男以上に、とんでもない奴ね」
 ロージアが低くうなるように言い、
「だからタンディファーガは厄介な奴だと言ったんだ」
 フレイは首を振ると、使いの女性に声をかけていた。
「あんたも災難だったな。ひどく殴られたのかい?」
 女性ははっと驚いたように目を見開き、首を振った。
「怖がることはない。ここでのことは、奴にはわからないだろうさ」
「はい。でもみなさまとは、お話ししてはいけないと……」
「それも、黙っていればわからないだろうがな。だがまあ、あんたには芝居は無理なんだろう。気をつけて帰れよ」
「ありがとうございます……」
 女性は消え入るような声を出し、微かに目を潤ませながら帰っていった。

「とりあえず、フェイカンの地図を買ってきたぞ」
 その日、一人で出かけたフレイは昼の五カル過ぎに再び戻ってきて、テーブルの上に薄い本を置いた。地図を扱う本屋はバギタ地区にはなく、必要以上に摩擦を起こしたくはないという全員の意向を受けて、火の民のみが出入りを許されている区域に、一人で出て行ったのだ。
「それと植物図鑑とな」
 そう付け加えながら、もう一冊を同じように置く。
「ご苦労だったな」ディーはそうねぎらいの言葉をかけ、
「じゃあ、読もうか」と、さっそくブランが手を伸ばしている。そしてしばらく手をかざして内容を読み取った後、口を開いた。
「ミガディバ山と言ったね、その花があるところは。ここからだと、四日はかかるね。南東の果てだ」
「そうだな……この国の突端だな。海に面していて、その海の東側はアーセタイルとロッカデールの境目あたりだ。だが、港はないようだな」
 ディーも手をかざしながら、考え込むように見ていた。
「しかも途中に深い森はあるし、町も村もほとんどねえ。一番近くて、エデューか。でもそこから三日は何もないな」フレイも内容を読み取りながら、首を捻る。
「タンディファーガが出してきた期限が十二日間なのよね。でも往復で、最低でも八日かかるのね」リセラが心配そうな表情で首を傾げ、
「しかも今回は手掛かりもからくりも、何もわからないんだぞ。アーセタイルやロッカデールの神殿の用とは違って」
 ブルーも眉をしかめ、ますます口をゆがめた。
「今から出発するか? もうあと五カーロン半で日が暮れるが、駆動生物は夜も走れる。エデューに着くのは夜中だろうが」フレイが首を振り、
「そうだな。その時間に宿が空いていればな。時間はたしかに惜しい」
 ディーも考えこむような表情を見せていた。
「バギタの宿は閉まるのは早いが、宿の管理奴隷を起こすことは可能だ。そうすれば泊まれる」
「そうか。まあ、夜中に起こすのは気の毒だが、仕方がないな。出発は昼頃になるだろうが、明日の朝ここを出るよりは良さそうだ」
 フレイとディーのやり取りを聞いて、全員が荷物をまとめ始めた。
「慌ただしいな」と、ブルーはぼやいていたが、
「仕方ないわよ。期限付きだもの」と、リセラに言われ、「わかってるさ」と、頷いていた。
 そして一行は宿をあとにした。

 エデューの町に着いたのは夜中すぎだったが、宿の管理小屋の扉を叩いて起こし、宿泊することができた。普通の宿屋なら、夜の五カルを過ぎると宿泊できないのだが、隔離地区にあるそれは管理者が奴隷のためか、眠そうながらも一行に部屋を用意してくれた。
「こんな夜中に悪かったな」と声をかけると、「とんでもございません」と、卑屈な笑みを浮かべる。一行はいつもより遅い時間まで部屋で眠り、お昼ごろに出発した。
「ここからしばらく、宿屋では泊まれないな。あと三日か。いや、帰りもあるから、たっぷり一シャーランの間は」ディーが頭を振り、
「そうだね。野営に適した場所を探して行かないと」
 ブランは地図の上に手をかざしながら、首を傾げていた。
「途中森を通ると言っていたけれど、森の中では野営は無理だね」
 アンバーが横から手を出して同じように読み取りながら言い、
「そうだな。一日で通れる森ならいいが」と、ディーも頷いている。
「そもそも森の中に道はあるのか?」
 ブルーが怪訝そうにそう問いかけ、
「なかったら困るだろ? たぶんあるさ。細いだろうがな」フレイは顔をしかめる。
「パルネッサ大森林……か。相当広いようだね。十二、三カーロンかかって通過できるかどうか、というところくらいだ」
 ブランがなお地図を読みながら、考えるように続けた。
「そこに到着するまでに、この車のこの速度で走ると、十カーロンほどだ」
「それならそこに入る手前で、野営をした方がよさそうだな。そして朝出発して、森を抜ける。抜けたところでもう一度野営をしよう。その森の先はどうなっているんだ、ブラン」
「この地図によると、そこから先はまた平原みたいだ。ただミガディバ山までの途中には川があって、もう一度小さな森も抜ける。山のふもとで、また夜という感じだろうか」
「それなら、そこで最後の野営をして、翌日山に登る感じだな」ディーは頷き、
「本当に長いな」と、ブルーはあくびをしながら、首を振っていた。
 
 アーセタイル神殿から贈られ、それからずっと乗っている車には、十二人が座る空間はあったが、荷物もあるので、全員が身体を伸ばして寝ることはできなかった。車の中に七人、外に敷物を敷いて三人、残りの二人は見張りを務める。サンディは見張りを申し出ていたが、数が半端になるからと、ミレア王女と一緒に車の中で眠っているように言われた。今回はローダガンがその役を『ぜひ参加させてくれ』と、強く買って出たからだ。それゆえ十人で五組、二カーロンで交代しながら、その夜の見張りを務めた。辺境のエデューからも遠く離れたこんな場所で盗賊の心配はあまりないだろうが、何が起きるかわからないために、用心しておいた方が良いという、全員の合意だった。




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