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柚木麻子の本棚

  1. ランチのアッコちゃん
  2. 伊藤くんAtoE
  3. 3時のアッコちゃん
  4. ナイルパーチの女子会
  5. 本屋さんのダイアナ
  6. ねじまき片想い
  7. 幹事のアッコちゃん
  8. BUTTER
  9. さらさら流る
  10. マジカルグランマ
  11. ついでにジェントルマン
  12. オール・ノット

ランチのアッコちゃん   双葉社
 4編が収録された連作短編集です。
 前半の2作は派遣社員の澤田三智子と、派遣先の会社で出会った女性の上司・黒川敦子部長、通称アッコ女史との物語です。冒頭の表題作「ランチのアッコちゃん」では、恋人と別れたばかりで元気のない三智子が、ひょんなことから、三智子の手作り弁当と交換に、1週間アッコ女史が指示するところでランチをすることになります。
 会社の中でのやり手社員のイメージとは異なり、どこのお店でもアッコちゃんは人気者。三智子は、ランチを食べ歩くうちに、次第に元気を取り戻していきます。
 主人公同様、生活に疲れたときに読んでいて元気を与えてくれる作品です。とにかく、アッコちゃんのキャラに惹かれます。身長170センチを超える大柄で“アッコちゃん”という愛称から、どうしてもあの大物女性歌手を連想してしまうのですが、実は意外と美人ということからすると、個人的なイメージとしては、理想の上司、女性N0.1の天海祐希さんがピッタリだなと思います。
 2話目の「夜食のアッコちゃん」では、派遣先の会社での正社員と派遣社員との争いに巻き込まれた三智子が、思わぬ姿のアッコちゃんと出会い、彼女と行動を共にするうちに、打開策を見つけていく様子を描きます。この話では、会社の中では隠されていたアッコちゃんの本当の姿が明らかになります。
 3話目の「夜の大捜査先生」は、合コン参加中の30歳の契約社員が主人公。夜の渋谷の町を遊び歩く後輩女子高生を追いかけるかつての担任教師に遭遇し、一緒に追いかけることになります。かつての自分と今の自分を比べながら自分を卑下する主人公に対し、あんな言葉をかけることができる先生って素敵ですね。
 4話目の「ゆとりのビアガーデン」は、前3作と異なり男性が主人公です。自分がクビにした使えない女性社員が1年後に事務所のあるビルの屋上でビアガーデンを始めます。そんな彼女に苛立ちながら、彼女を見ながら自分の辿ってきた道を振り返る社長を描きます。
 初めて読んだ柚木作品でしたが、これはおススメです。帯で勧めてくれた朝井リョウさんに感謝です。できれば、またアッコちゃんに出会いたいですね。
(※3話目、4話目にも、アッコちゃんはちょこっと登場しています。)
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伊藤くんAtoE  ☆ 幻冬舎
 直木賞候補作となった作品です。“伊藤くん”という男を巡る彼を好きでたまらない女性、彼に言い寄られる女性ら5人の物語が描かれます。
 男性の読者としては、なぜ伊藤くんはこんなに女性にもてるのか不思議だというのが、まずはこの本を読んでの印象でしょう。確かにイケメンで実家は金持ちという、女性にもてるポイントは高いのでしょうけど、伊藤くんの行動はマイナス部分が大きすぎて外見の良さというプラスを消し去ってしまっているだろうと思うのですが・・・。冒頭の「伊藤くんA」を読んでいる途中で伊藤くんの島原さんに対する態度の悪さに腹が立って本を投げ捨てたくなりました(もちろん、図書館の本なので、しませんでしたけど。)。
 「伊藤くんB」では「伊藤くんA」で彼が好きになった塾のアルバイト・修子が、「伊藤くんC」「伊藤くんD」では男を切らしたことのないことで有名な聡子と、その友人で、恋とは無縁で勉学に勤しむ女性であるはずなのに、なぜか伊藤くんに恋している実希が伊藤くんに振り回されます。
 結局最後の「伊藤くんE」においても、伊藤くんは自分を正当化することばかり言うだけ。そのくせ切れてしまうという最低の男。こんな男に1度でも惹かれたり、関わり合いを持ってしまう女性たちがいることが不思議でなりません。そのうえ、一度懲りて、伊藤くんと別れようと思っても、彼にちょっと言われるとまた彼を恋しく思ってしまうなんて、もっとほかにいい男いるだろう!と言いたくなります。そんな女性たちも伊藤くんと離れて新たな一歩を踏み出して行くことになることで、イライラしながら読んでいた気持ちが落ち着きました(笑)
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3時のアッコちゃん  ☆ 双葉社
 強烈なキャラで人気を博した「ランチのアッコちゃん」の続編です。4編が収録されています。
 派遣社員から高潮物産の契約社員となった澤田三智子。彼女が同棲相手の経営する古書店の留守番をしていたときにアッコちゃん登場。イギリスでティーについて学んできたアッコちゃんは、三智子が携わるシャンパンのキャンペーンの企画会議が停滞していると聞き、ティーサービスの業者として会議の席に出席することとしてしまう。最初は不満たらたらの出席者もアッコちゃんの出す飲み物とお菓子にすっかり魅了され、会議の進行も変わっていく・・・(「3時のアッコちゃん」)。
 大手フード企業・イタワグループのオペレーター部門で働く榎本明海。毎日がパワハラ上司と苦情の電話の応対で精神的に倒れそうな状況の中、通勤途上の地下鉄の駅のホームにあったジューススタンドの売り子をしているアッコちゃんに呼び止められる。自分のすべてに自信が持てず、どうにか入社した会社にしがみついている明海の職場にもアッコちゃんは顔を出してくる・・・(「メトロのアッコちゃん」)。
 東京から神戸に転勤となった塔子は、なぜか六甲山から下りてくるイノシシのベティに気に入られてしまう。どこに行っても塔子の前に姿を現すベティに塔子は腹を立て・・・(「シュシュと猪」)。
 11月になっても就職が決まらない大学生の佐江は、東京での就職を諦め、大阪の会社の試験を受けにやってくるが、迷路のような梅田駅で迷って面接時間に遅れてしまい、担当者から冷たくあしらわれてしまう。気落ちして喫茶店の席に座っていた佐江の目に入ったのは、自分と同様リクルートスーツを着てあっちへ行きこっちへ行きしている女性・・・(「梅田駅アンダーワールド」)。
 おかっぱ頭の大女のアッコちゃんが直接登場するのは前半の2編だけ(3話目はアッコちゃんのお店の名前が、4話目にはお店の中にアッコちゃんらしき人がチラッと登場しています。)。4編を通して共通しているのは、主人公の女性たちが現在いる場所から一歩を踏み出す勇気を持つようになることです。前半2作は、主人公がそれをするのに、アッコちゃんのかなり強引な後押しが加わっているのですが。どれも読後は非常に爽快です。オススメです。
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ナイルパーチの女子会  ☆  文藝春秋 
 第28回山本周五郎賞受賞作です。
 これは怖い話です。この本のジャンルはと問われたら、ホラーですと答えます。霊やゾンビは出てきませんが、それらに負けないくらいの怖ろしいものが登場します。
 題名にある“ナイルパーチ”とは、表紙カバーの折り返しのところに、“淡白な味で知られる食用魚だが、一つの生態系を壊してしまうほどの凶暴性も持つ。要注意外来生物”と説明がありますが、この作品に登場する女性は、まさしくナイルパーチです。
 主人公は大手商社に勤める総合職の志村栄利子と専業主婦の丸尾翔子。栄利子は美人で仕事もやり手という、いわゆる才色兼備の女性。しかし、彼女は友人と呼ぶ相手がいないことに心の中では負い目を感じている。一方、栄利子同様に友人のいない翔子は家事をあまりせず、毎日近所のファミレス等で「おひょうのダメ奥さん日記」というブログを更新している。このブログの愛読者であった栄利子が、ある日、翔子と出会ったところから恐ろしい物語が始まっていく・・・。
 相手に過大なものを期待して、相手がそれに応えないと相手が悪いと一方的に攻撃する栄利子。翔子のブログを端から端まで読み込み、彼女の行動を予測して行きそうな店に先回りしていたり、彼女の家を見つけて会いに行ったりなど、どう考えても異常な行動をとります。これは関わらない方がいい女性だと誰もが思いますよね。一方、そんな栄利子に恐怖のどん底に突き落とされた翔子が、しだいに栄利子と同じことをしていくというのも何とも言えません。自分を理解してくれる友人が欲しくて、そこまでやるかと思ってしまいます。
 物語には二人の他に、高校時代に栄利子の被害に遭った圭子、栄利子の会社の派遣社員、真織という女性が登場しますが、この真織も怖い女性です。表面上はかわいい女性を装っていますが、実は生きるということに貪欲で(ある意味自分の気持ちに正直なのでしょう)、自分の人生を邪魔する人は徹底的に叩くという女性です。こういう女性は敵にすると栄利子以上にやっかいかもしれません。栄利子も自分より強い真織には許しを請い、そのために常識では考えられない行動に走ります。
 そんな女性に対し、この作品に登場する男性もあまり褒められたものではありません。真織と結婚することになる杉下という栄利子の同僚社員は真織に蔑まれても仕方ない男ですし、女性にすべて自分の思うとおりにやってもらうのが当然と考える翔子の父も女性からすれば嫌な男の典型ですね。
 これまで読んだ柚木さんの作品とはまったく毛色の違う作品です。「ランチのアッコちゃん」のようなユーモアのかけらもなく、ひたすら人間関係の難しさや異常な思考をそうと思わない人間の恐ろしさが描かれていきます。そんな怖ろしい話でしたが、ラストは未来を感じさせる終わり方でホッとしました。 
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本屋さんのダイアナ  ☆  新潮社 
 これまで女性向けの作品だなと思って読まず嫌いだった作品ですが、たまたま図書館で借りようとした本がなく、せっかく来たのだからと思って借りたら、これは大当たり。女性に好評なのはもちろんですが、男性としてもおもしろく読むことができます。
 最近、いわゆる“キラキラネーム”と呼ばれる子どもの名前が多いですが、なんとこの作品の主人公の名前はダイアナ、それも漢字で書くと“大穴”と書くのですから、彼女が名前に劣等感を抱くのも無理もありません。そのうえ、母親によって髪は金髪に染められているのですから、いじめの標的になるのは避けられません。物語はそんなダイアナと彼女がからかわれているのを助けた彩子の二人を主人公に、彼女らの小学校3年生での出会いから、誤解からの別れ、そして10年後の再会までをダイアナと彩子の交互の語りで描いていきます。
 ダイアナは16歳でダイアナを産んだキャバ嬢のシングルマザー、ティアラとの二人暮らし、一方、彩子は編集者の父と家で近所の主婦たちに料理を教える元編集者の母との三人暮らしという、生活環境は大きく異なります。そんな二人が友だちとして付き合っていくことができたのは、ダイアナを受け入れた彩子の両親の懐の深さによるところが大きいのでしょう。実はここには後で明らかになる大きな理由があったのですが。
 そのあまりに個性的なキャラに、娘に大穴と名付けるどうしようもない母親と思えたティアラですが、「実は・・・」という過去もあり、自分の考えを持ったしっかりとした女性だということが読んでいく中でわかってきます。
 物語の中で重要な役割を果たしているのが、『秘密の森のダイアナ』という児童書。自分の名前を、そして自分自身を否定していたダイアナと、両親の温かい庇護の下から出て世間のの辛さを知った彩子が、『秘密の森のダイアナ』に書かれているように、それぞれ自分にかけられた“呪い”を自分で解こうとする感動の物語です。 
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ねじまき片想い  東京創元社 
  富田宝子はおもちゃメーカーの商品企画室勤務。彼女は5年前からフリーのグラフィックデザイナーの西島に片想いをしており、向かいのビルに給水塔ができたためスカイツリーが部屋から見えなくなったと嘆く西島のために給水塔を撤去しようとしたり、西島に新たにできた彼女が怪しげな行動をしているのを探ったり、アニメーターになることが夢だった西島に販促会場で流すアニメの製作を頼んだり、そのアニメのデータが入ったUSBがカラになっていた謎を解いたり、更には西島が掬られた大事なテレフォンカードを取り戻すために刑事の財布を盗もうとしたりと、とにかく西島のためなら東奔西走、罪になることもやってしまうという女性です。
 確かにスラスラと読み進めることはできたのは、柚木さんのリーダヴィリティのなせるところですが、残念ながら主人公に共感することができません。片想いの男のために報われなくても頑張る宝子に想いが叶えばいいなあと最初は声援を送っていたのですが、盗みまでしようとするに至って、これはもう馬鹿としか言いようがないと思ってしまいました。
 だいたい、西島という男、宝子には目もくれずに違う女に恋するし、挙げ句の果てには宝子のルームメイトの玲奈を好きになってしまうという、はっきり言って女性にはだらしないし、更には女性との関係も二、三ケ月しかもたないときているのですから、そんな男を好きになるなんて蓼食う虫も好き好きですね。そのうえ、宝子に甘えていつの間にか同居生活で宝子がご飯を作って出すのも不思議と思わないのですから、こんな男のどこがいいのと思ってしまいます。
 というわけで、そんな西島に惚れる宝子の行動にイライラしてしまった作品でした。
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幹事のアッコちゃん  ☆  双葉社 
 “アッコちゃん”シリーズ第3弾。4話が収録されています。前2作の短編集では、アッコちゃんが登場するのは4編のうち2編だけでしたが(他の2編でもいわゆるカメオ出演はありましたが)、今回は4編すべてに登場です。
 忘年会の幹事役を任された澤田三智子と同じ課の新入社員・久瀬涼平。プライベートな時間を削ってまで社内の人と飲み会などやりたくないと思う冷めた男だったが、今回課の忘年会の幹事を仰せつかってしまう。月曜日に三智子と飲みに行ったなぜかビルの屋上にあるおでん屋でアッコちゃんと出会った涼平は金曜日まで魔に血アッコちゃんの忘年会に参加することになってしまう(「幹事のアッコちゃん」)。冒頭に置かれた表題作は、アッコちゃんの忘年会に参加することによって、涼平がしだいに幹事はどうあるべきかを学んでいきます。僕自身も涼平同様、幹事となれば参加者に楽しんでもらわなければというプレッシャーがあって、幹事役は避けたいところです。自分が楽しむことができれば、他の人もというのはどうなのかなあ・・・。
 アッコちゃんにインタビューを申し込んできた憶測ばかりの下品なゴシックサイトとして世間から忌み嫌われているネットサイト「ジベタ」で連載を持つ赤井温子。同世代でアッコちゃんに憧れて起業したが失敗した温子はアッコちゃんに対し敵意を見せる。そんな温子をアッコちゃんは風邪を引いたからと自宅にしているビル屋上のプレハブに呼びつける(「アンチ・アッコちゃん」)。誰でもがアッコちゃんに引っ張り回されながらその魅力に参ってしまうのに、今回は“アンチ・アッコちゃん”が登場。アッコちゃんを批判しますが、でも、やっぱり・・・という話です。
 アッコちゃんと出会ったときは派遣社員だった三智子も今では大手商社の営業部で販促チームのリーダー。プライベートの時間もなく働く彼女をアッコちゃんは毎日習い事に連れ歩く(「ケイコのアッコちゃん」)。この作品の中の三智子はどこにでもいる働く人の典型です。仕事が忙しくて何もできないという人は多いですが(というか、そんな人がほとんどですが)、中には仕事が忙しくてもメリハリつけて自分の時間を作り出し、自分の趣味の時間に費やしている人もいます。まあ、なかなかアッコちゃんのようにはできませんけど。
 経営戦略室の企業合併セレクションに配属された三智子が担当することとなったのは、アッコちゃんの「東京ポトフ&スムージー」の買収交渉担当。三智子は会社の意思に反してもそうはならないようにとアッコの尻を叩くが・・・(「祭りとアッコちゃん」)。これでシリーズも終了なのかと思わせるストーリー展開です。果たしてアッコちゃんは商社のが仕掛けるM&Aに対してどうするのか。アッコちゃんはある決断をするのですが、こういう決断ができる上司はそうそういないのでは。最近新入社員の選ぶ理想の上司が発表されましたが、女性は“頼もしい”“姉御肌”ということから天海祐希さんが7年連続で第1位となりました。もしアッコちゃんが対象となれば、いい線いくのではないでしょうか。
 さて、三智子もどんどん仕事ができる女性になるし、果たしてシリーズはまだ続くのでしょうか。 
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BUTTER  新潮社 
 出会い系や婚活サイトを介して知り合った40代から70代の独身男性3人から多額の現金を受け取ったすえ、殺害した容疑で逮捕され拘留中の梶井真奈子。事件が注目されたのは、彼女の容姿が決して美人とはいえない男性にもてそうもない太った女性だったということ。どうして、そんな女性が男たちを手玉に取ることができたのか・・・。取材を一切受けない彼女に、週刊誌記者の町田里佳は取材をしようと試み、友人の伶子のアドバイスで彼女が被害者に作ったビーフシチューのレシピを尋ねる手紙を送ったところ、彼女から面会を許可する手紙が届く。里佳は慌てて梶井に会いに行くが・・・。
 内容としては、すぐわかるとおり、世間を騒がせた実際に起こった女性による年配の男性の連続殺害事件がモデルです。女性蔑視だと言われそうですが、男性側の立場からすると、どうしてあんな女性の言うがままになってしまったのだろうと、ワイドショーを見ながら思ったものでした。
 物語は、梶井と面会するうちに彼女の犠牲になった男性のように彼女に手玉に取られていく里佳、そしてそんな里佳に警告しながら自分自身も梶井に絡み取られていく伶子の様子が描かれていきます。里佳がどんどん、梶井にのめり込んでいく様子に、いったい何やっているんだとイライラしながら読み進んでいたので、460ページ、いやぁ~読むのに時間かかりました。疲れました。様々な料理(の仕方)が克明に記されていて、ちょっとその部分は個人的には退屈だったし、共感する登場人物もいませんでした。アクリル板で仕切られた向こうにいるのに、こちら側の人々を操ってしまう梶井真奈子に恐ろしさを感じるだけでした。
 梶井が本当は有罪なのか無罪なのかは最後まで明らかにされません。この物語ではそこは柚木さんにとっては言いたいことではなかったのでしょう。しかし、梶井が里佳や伶子をアクリル板の向こうからでも操ることができたことを考えると、彼女自身が手をくださないまでも、男性たちを死の方向に追いやることは簡単だったのではないでしょうか。
 題名の「BUTTER」は、梶井がバター好きであること、バターにこだわりがあったことからでしょう。このBUTTERということから「ちびくろサンボ」の話がうまく使われていました。
 直木賞候補作でしたが、受賞はならず。 
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さらさら流る  双葉社 
 大手コーヒーチェーンの広報部宣伝課に勤務する28歳の井出董は、ある日、ネットに自分の裸の写真が掲載されていることを見つける。それは、大学時代に交際していた光晴に懇願され、撮った写真だった・・・。
 最近、別れた恋人や配偶者に対する報復として、交際時に撮影した相手のわいせつな写真や映像をインターネットで公開する、いわゆる“リベンジ・ポルノ”が問題となっています。
 一度ネットに上げられた写真等はほとんど無法地帯のネット世界の中で拡散していきます。作品中でも描かれますが、拡散された写真を削除するためには多額の経費が必要となるし、削除といっても完全にできるものでもありません。当然、写真を掲載された女性は大きな精神的苦痛を受けることとなるでしょう。ただ、第三者からすると、もちろんネットに上げた者が悪いのはわかっていますが、どうしても最初に思ってしまうのは、「そんな写真を撮らせた方も悪い」のではないかということ。まさしく、作品中の董の同僚の坂咲さんが菫に気遣いながらも言うのはこのことでしょう。一般的にはほとんどの人がそう思うのではないでしょうか。
 しかし、撮ったときは好きな人に懇願されて断り切れなかったとか、そのときの勢いでとかいろいろな理由があったかもしれませんが、今となれば写真を撮らせたことを十分後悔しているに違いありません。それなのに、傷口に塩をすり込むように「撮らせたあなたが悪い」と糾弾されてはたまったものではないでしょう。
 この作品では、菫がどうにか心析れずにいたのは、「あなたも悪い」とは言わない家族と友人の百合がいたから。彼らが一緒に事に当たってくれたからこそです。そして何より董自身の強さでしょう。現実にはなかなか難しいでしょうけど。
 それにしても、光晴という男、菫の写真を他人に見せることで自分か優位に立った気でいる、男性から見ても最低のヤツです。彼の言葉はいちいち言い訳にしか聞こえません。
 キーワードは冒頭で董と光晴が歩いた「暗渠」。自分は地下を流れる暗渠で、菫は陽の当たる緑道だと思っていた光晴は、ラストで誰にでも心の中に暗部はある、菫は自分の奥底でわだかまっていた淀みから目を逸らすことをしなかっただけだと気づきます。遅すぎだよ。 
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マジカルグランマ   ☆ 朝日新聞出版 
 元女優の74歳の池田正子。売れない女優業に見切りをつけて映画監督だった夫と結婚して50年近くが過ぎたが、夫とは今では敷地内別居状態で口もきいていない。そんな正子が生活費を稼ぐため女優復帰を目指しオーディションを受けるがなかなか受からない。ところが先輩女優の北条紀子のアドバイスを受け、髪を白く染めたところ、CMのおばあちゃん役に採用され、“理想のおばあちゃん”として人気が出て、その後順調に仕事が入るようになる。そんなある日、別棟に住んでいた夫が死後何日か経って発見される。夫の葬儀の時に記者たちの質問に夫との疎遠を何気なく答えたことが騒ぎを呼び、正子は世間から叩かれてしまう。仕事もなくなった正子に、夫が残した借金2千万円と、期待していた自宅の売却が困難な事実が突き付けられる・・・。
 題名の「マジカルグランマ」は、アメリカの映画で白人の主人公を助けるために現れる黒人のキャラクター(例えば、「グリーン・マイル」でマイケル・クラーク・ダンカンが演じた「コーフィー」)を指す“マジカルニグロ”をもじったものだそうです。正子は自分が理想の可愛いおばあちゃんであることを他から求められていたことに気づき、やがて、自分は自分と開き直っていくところが素敵です。
 とにかく、70歳を過ぎてから女優に復帰しようという心意気も凄いですが、一時可愛いおばあちゃんキャラとして人気を得ながらどん底に落とされた後でも、再び頑張ろうと前を向く正子に、僕らは見習わなくてはいけません。メルカリでどんどん物を売ることに喜びを感じてしまったり、家をお化け屋敷にして稼ごうと考える正子についつい笑いながらも凄いなあと思ってしまいます。
 正子の周囲に集まるキャラも愉快です。正子の夫の大ファンで居候となった杏奈、妻が亡くなって以来ゴミ屋敷と化した家に住んで物を集め歩く野口さん、夫が引き籠りの隣人の主婦・明美さん、そして彼氏と住んでいることが分かった一人息子の孝宏たちが正子の思いつきに協力します。
 ラストは、頑張ってきた正子さんについにやってきたチャンス、ハッピーエンドかと思わせておいて柚木さん、足元を救いましたねえ。それでも、まだめげない、したたかとも言える正子に大きな拍手です。 
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ついでにジェントルマン  文藝春秋 
 7編が収録された短編集です。帯にも書かれているように、独立短編集ということで、横のつながりはありません。しいて言えば、冒頭の「Come Come Kan!!」では文芸春秋社の1階サロンにある菊池寛の銅像が話し始める話であり、ラストの「アパート1階はカフェー」では舞台が昭和初期で菊池寛が登場する話ということくらいでしょうか。
 個人的には7編の中では、冒頭の「Come Come Kan!!」と「エルゴと不倫鮨」がお気に入りです。
 「Come Come Kan!!」は、短編小説の新人賞を受賞したが、その後第二作目は編集者にダメ出しばかりをもらって、なかなか書けない25歳の原嶋覚子が主人公。そんな彼女の前に既に鬼籍に入っている菊池寛が登場し、SNSまでやって1晩にフォロワー数1万とは、愉快。そんな文学界の大御所の菊池寛が悩む覚子に対し「義理人情とか根性論とか、大っ嫌い!・・・苦労もしろ、いい性格にもなれって、辛い目に遭っている人に対して要求きつすぎ。楽できるならそれを恥じずに環境に感謝してどんどん先に行った方がいいし、その分、人を助けた方がいいよ」などと前向きでシンプルながらいささか軽い助言をします。とにかく菊池寛のキャラが愉快なファンタジー作品です。
 「エルゴと不倫鮨」は女性にとっては痛快、一方男性にとってはかなり痛い話です。妻がありながら若い女性をどうにかしようと大人の秘密基地のような高級鮨店に連れて行く男たち。そんな店に現れた灰色のスウェットと母乳らしきシミのあるヨレヨレのカットソーを着た乳児を連れた中年女性。彼女は店の大将にはかまわず、自分が美味しいと考えた料理を注文し、店にいた男たちは彼女に注意をするが、連れの女性たちはそんな男たちに反発するという話です。見事なまでに男たちを蹴散らして去っていく中年女性が爽快です。
 そのほか、夫の浮気に腹を立て、息子を連れて家を出た女性に、舅が一緒に暮らしたいと追ってくる「立っている者は舅でも使え」もユニークな設定ながら面白かったです。
 どの作品も、男が情けないですねえ。 
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オール・ノット  ☆  講談社 
 家からの仕送りもなく、奨学金を借り、アルバイトをしながら大学に通う宮元真央。バイト三昧の生活でサークル活動もできず、恋人はおろか友人さえいない希望を持てない生活を送っていた。そんなある日、真央はバイト先で試食販売をしている女性、四葉から試飲用のお茶を貰い、やがて話をするようになる。四葉のアパートの部屋にも招かれるようになった真央に四葉は宝石箱を渡し、中に入っている宝石を処分して奨学金の返済の足しにするよう話す。コロナ禍で正社員として就職することもできず、真央は四葉から貰った宝石箱の宝石を処分したが、四葉が言っていたほどの金額には到底ならず、結局真央の生活は好転しないまま、コロナ禍の中でしだいに四葉とも会わなくなってしまう。
 ここまで読むと、この物語は年の離れた二人の女性の友情の物語かと思いましたが、そうではありません。コロナ禍で四葉とは会わなくなってしまいますし、四葉が与えた宝石も真央の生活を変えるほどの価値はありませんでした。2章からは四葉は登場せず、真央が四葉から貰った仕立券をもってテーラーの行ったところ、そこの店員が四葉の幼馴染であったミャーコこと郷田実亜子であり、今度は彼女の口から四葉と彼女の家族のことが語られていくという形になります。そこで、金持ちで何不自由なく育ったと思っていた四葉にも様々な苦難があったことがわかってきます。
 真央もミャーコも四葉とは会わなくなっていますが、でも、今の彼女たちが生きていることに四葉との出会いが少しは影響を与えているのではないでしょうか。
 タイトルの「オール・ノット」には二つの意味があることが作中で語られます。一つは、真珠のネックレスのつなぎ方(all knot)で、真珠1粒1粒の間に結び目を作り、切れたとしても簡単にはバラバラにならないつなぎ方であり、もう一つが「全部ダメってわけでもない(all not)」ということだそうです。この物語の四葉と、真央やミャーコとの関係のことみたいです。
 ラストの通販番組の中の四葉の姿に何だかほっとします。 
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