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吉永南央の本棚

  1. 萩を揺らす雨
  2. その日まで
  3. 名もなき花の
  4. 糸切り
  5. まひるまの星
  6. 花ひいらぎの街角
  7. 黄色い実
  8. 初夏の訪問者
  9. 月夜の羊
  10. 薔薇色に染まる頃
  11. 雨だれの標本

萩を揺らす雨 文春文庫
 65歳で一念発起して、家業であった雑貨屋を改装し、和食器とコーヒー豆を販売する店「小蔵屋」を始めた杉浦草。そんな草が周囲に起こる事件の謎を解き明かしていく連作短編集です。
 普通、おばあちゃんが名探偵というと、小柄な老眼鏡をかけた人当たりの良さそうなおばあちゃんの安楽椅子探偵ものというイメージがあるのですが、この作品はちょっと違います。家の中にいて謎を解くという安楽椅子探偵ではなく、76歳でありながら行動力があり、自ら歩いて謎を解き明かしていきます。
 作品全体を通して、予想していたようなほんわかとした雰囲気はなく、主人公・草が、世間から老人という事実を突きつけられる場面もあったり、若い頃から―番仲のいい友人が脳梗塞で療養中で認知症の気配もあったり、家族の中に居場所を見つけられない老人が小蔵屋に入り浸ったりと、謎解きとともに辛い現実を描いている作品となっています。
 しかし、草は、ただ老いを待っているだけではありません。65歳でやりたいことを始めるなんて、見習わなくてはならないところですね。
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その日まで 文春文庫
 珈琲豆と和食器を商う70代の老女、杉浦草を主人公にした“紅雲町珈琲屋こよみ”シリーズ第2弾です。
 ちょっとお節介な老女が、近所で起きる様々な事件に巻き込まれていく(というより、自ら進んで巻き込まれていく)様子を描く6話からなる連作短編集です。前作の「萩を揺らす雨」は、オール読物推理小説新人賞を受賞した作品でしたが、今回のこの作品は、謎解きということではなく、草の日常生活の中で起きる様々な出来事を草が解決していく様子を描いた作品です。
 今回の作品では、各編でそれぞれ語られる話の他に、全編を通して、近所に開業した商売敵というべき和雑貨の店の「つづら屋」のあくどい商売に振り回される草やアルバイトの久実の様子や、金に困っている人につけ込んで詐欺まがいに不動産を安く買う悪質な不動産屋のことが描かれ、ラストにその解決策ともいうべき話が置かれるという体裁になっています。
 草の過去が関わってくるとはいえ、老女がここまで顔を突っ込んでは危ないでしょうと言いたくなる最終話です。まだまだ、根本的な解決になったとは思えませんので、この後も草の活躍(?)に目が離せないシリーズです。
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名もなき花の 文藝春秋
 珈琲豆と和食器を商う70代の老女、杉浦草を主人公にした“紅雲町珈琲屋こよみ”シリーズ第3弾です。題名の頭にはには“長月”から“文月”までの旧暦9月から7月までの別名がつけられていることからわかるように、ほぼ1年間の出来事を描いていきます。
 今回も各話でそれぞれる語られる話のほかに、全編を通して、新聞記者の萩尾、その恩師である郷土史研究家の勅使河原、その娘である美容師のミナホらに関わるある事件が描かれていき、ラストの「文月、名もなき花の」で解決を見るという体裁になっています。
 そのほか、冒頭の「長月、ひと雨ごとに」では、珈琲豆の卸元の社長交代により、これまで安価に卸してくれた扱いが代わるのではないかと心配する草が、「霜月の虹」では、近所の八百屋・田中青果店を巡るある事件が、「弥生の燈」では、幼馴染の由紀乃の家の隣に住む元芸者の老女の人生が描かれていきます。
 相変わらず70代といいながらも行動的な草の周囲では様々な厄介事が起きますが、おとなしく黙っているということがありません。ちょっとおせっかいな一面がないとは言いませんが、これくらい周囲に興味を持っていないと、人生を生きるという感じにはなりませんね。羨ましい限りです。
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糸切り 文藝春秋
 ちょっと好奇心旺盛の70代の草さんが遭遇する事件を描く、「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ第4弾です。5話が収録されていますが、各話が完結しているわけではなく、全体を通しての1つの話になっています。
 紅雲町にある時間が止まったような商店街「ヤナギ・ショッピング・ストリート」で“帰っておいで”と書かれた手紙を拾った草は、あやうく黒い外車にひかれそうになり、倒れて電器店の店先にあったマニア垂涎のマスコット人形“ドリ坊”を壊してしまう。電器店から弁償を求められた草だったが、その後、小蔵屋にいたずらが繰り返されるようになり、電器店の主人かと疑うが・・・。
 商店街「ヤナギ・ショッピング・ストリート」を舞台にして、手芸店の女主人・千景とその義母、電器店の店主・五十川、古家具・古雑貨店の店主・工藤に加え、「ヤナギ」の改装を設計した有名な女性建築士の弓削や草を轢きそうになった車の運転手などが登場する中で、改装を計画している「ヤナギ」を巡ってそれぞれの思惑が交錯します。
 “帰っておいで”と書かれた手紙の持ち主は誰なのか、誰に対して出された(あるいは出そうとした)手紙だったのか、小蔵屋にいたずらをするのは誰なのか、車の所有者が改装に関わろうとするのはなぜなのか、運転手はただの運転手に過ぎないのか、手芸店の女主人の義母が壁を壊すことに反対するのはなぜなのか等々様々な謎が次々と出てきます。
 相変わらず好奇心旺盛な(端から見ればちょっとお節介な)“お草さん”がこれらの謎を解いていくのはいつものとおりです。ただ、冒頭からすると“帰っておいで”と書かれた手紙の謎が中心になるかと思ったら、それはささいな謎で大きな謎は別のところにあったのは予想外。
 70代になって自分とは関係ない話に首を突っ込むのはなかなか大変だと思うのですが、それゆえ、70代になっても「小蔵屋」を切り盛りしていく才覚もあるのでしょうね。
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まひるまの星  文藝春秋 
 コーヒー豆と和食器の店「小倉屋」を営む草を主人公とする“紅雲町珈琲屋こよみ”シリーズ第5弾です。物語は紅雲町の祭りの山車を保管する山車蔵の移転問題から始まります。
 現在行政書士の山上の敷地にある山車蔵を草が商売を引退した後に小倉屋の敷地に移転するという合意がなされていたが、山上の事情で山車蔵の移転が早まってしまう。そのため、草は別の移転場所を探し、今は空き地となっている元工場跡地の所有者からいい返事がもらえるが、土地の向いにある鰻屋の清子は草が絡んだ話というだけで強行に反対する。実は清子と亡くなった草の母親は実の親子のように仲が良かったのに、20年ほど前に突然仲違いをして行き来が途絶えたという事情があった・・・。
 清子の息子・滋とその妻・丁子との離婚問題、彼らの娘・瞳の結婚問題等を絡めながら物語は進んでいきます。草の母親と清子との確執は何が理由だったのか。浮かび上がってくるのは、日常の謎とはいえない非常に重く暗い事実でした。草が歩き回ることで、紅雲町の中で隠されていたものが明らかになってしまうのですから、清子が草に「正義を振りかざして、さぞいい気分でしょうね。」と言い捨てる気持ちもわからないではありません。しかし、誰もが納得する解決方法というものはなかなかないものです。人から嫌われることがあっても誤っていることは捨てておくことはできないとして行動する草に見習わなければなりませんね。
 今回、草が具合が悪くなる場面が出てきます。70歳を超える身体ですから、そうそう無理もできません。今後、このシリーズの行く先はどうなるのかも気になるところです。 
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花ひいらぎの街角  文藝春秋 
 紅雲町珈琲屋こよみシリーズ第6弾です。
 コーヒー豆と和食器の店「小蔵屋」を営むお草が今回も関わった事件の謎解きに奔走します。
 お草は、半世紀ぶりに会った友人が書いた小説を本にしようと相談に行った印刷会社で個人情報の漏洩事件を小耳に挟む。最終的に活版印刷での本の作成を依頼した小さな印刷会社・萬來印刷もその事件に下請けとして関わっているらしい。元請けの印刷会社の社長と義兄弟の関係にある萬來印刷の社員・晴秋の不審な行動を目撃したお草は、気になって調べ始めるが。一方、萬來印刷の若社長の萬田豪は小蔵屋の従業員の久実に気があるようで映画に誘うが、久実としてはタイプではなく、別の人とのお見合い話に心が動く・・・。
 物語は、個人情報の漏洩事件を中心に、3年前の萬來印刷の晴秋の妻の飛び降り自殺事件、そして久実の結婚問題が描かれていきます。今までのシリーズの中では、お草さんの過去は離婚や息子の死など辛いことばかりが語られていましたが、楽しい青春時代もあったことが今回は描かれます。
 前作では具合が悪くなったお草さんですが、今回はそんなこともかく、いつものように自らの足で事件の現場を歩きます。お節介だと思われながらも、まだまだお草さんの引退は考えられないようです。 
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黄色い実  文藝春秋 
 紅雲町珈琲屋こよみシリーズ第7弾です。
 草は店の客である大学教授の妻・佐野百合子から、女性問題で会社を辞め、実家に戻ってくることになった彼女の息子・元の再就職先の紹介を依頼される。やがて、元は草の依頼を受けた小蔵屋の常連客の紹介で地元の会社に再就職する。そんなある日、元アイドルで今は地元の旅行会社に勤める平緒里江が小蔵屋に来た際に駐車場で元にレイプされたと警察に訴える事件が起きる。本人の証言以外に確たる証拠がなく、元が大学教授の息子であることもあって、緒里江に対して、合意があったとか、アイドルに戻るための売名行為だと中傷がなされるようになる。一方、小蔵屋の従業員である久実はふとしたきっかけで知り合った山男の一ノ瀬公介と交際するようになったが・・・。
 今回は長編。杉浦草の周囲で身近な人を巻き込んだ強姦事件が起きます。暴力で女性の尊厳を冒す犯罪に対して、毅然として訴えた女性が、逆に世間から白い目で見られてしまうというのは、よくある話。今はネットというツールが、逆に匿名ゆえの無責任の発言を昔よりも助長してしまっているといえます。そんな世間の目に晒されたくないと被害を訴えない女性たちに、犯人を罰に与えるために訴えるべきだとは軽々しくは言えません。草も被害者を増やさないためには犯人を告発すべきだと思いながら、心は揺れることとなります。
 つい、先頃も娘を暴行した父親に対し、娘は抵抗できたはずと無罪判決がなされましたが、裁判官の常識がこんなものなら女性はたまったものではないでしょう。勇気を出して訴えても、抵抗できただろう、合意があっただろうと男の目で言われてはかないません。今作では、いい方向に物事が進みましたが、なかなか難しい問題を抱えた作品でした。 
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初夏の訪問者  文藝春秋 
 紅雲町珈琲屋こよみシリーズ第8弾。前作に引き続き長編です。今作では草が若い頃、婚家を追い出された際に婚家に残してきて、その後3歳で川で溺れて死んだ息子・良一だと名乗る男が草の前に現れることから物語が始まります。
 ある日、小蔵屋にやってきた男は草に自分は草の息子の良一だという。川で溺れたが死なずに、後妻との間に子が生まれる草の元夫によって、乳母役だったキクに託され実子として育てられたという。その後、キクから草という母親のことを聞いており、今回会いに来たという・・・。
 このところ、草の周辺で起こった事件や人間関係を描くことが多かったですが、今回メインは草自身の人生の話となります。さすがに今の時代に死んだはずの人間が別人として生きているはずはないと思いながらも、様々な証拠を突き付けられると心穏やかでいられない草の様子を描いていきます。
 そんな草自身のことと共に語られるのは、いつもどおりの草周辺の人間模様です。老人たちを集めて商品を売りつけるいわゆる“催眠商法”に自分の店舗を貸し付ける寿司屋の夫婦の話や、アル中の薬剤師の弟と、その弟の尻ぬぐいをする眼科医の兄との話が語られます。小蔵屋のアルバイト,久実の恋愛も新たな展開を見せていきそうです。 
 
月夜の羊  文藝春秋 
 “紅雲町珈琲屋こよみ”シリーズ第9弾です。
 日課の散歩の途中で“たすけて”と書かれた吹き出し型のメモ用紙を拾った草。その2日後に近所の女子中学生が行方不明になっていることを知った草は、そのメモの主が行方不明の女子中学生ではと心配し交番に届け出るが、女子中学生は母親と離婚した父親のところに行っていたらしく、無事戻ってくる。それでは”たすけて”のメモの主は誰なのか・・・。
 物語はこの“たすけて”のメモを書いたのは誰かという謎がストーリーの中心として語られていきますが、そのほか、草は様々なトラブルに巻き込まれていきます。従業員の森野久美が同棲を始めた一ノ瀬公介との間に起こるさざ波ともいうべき問題、行方不明だった女子中学生・渡辺聖と母親との間に起こる問題、そして、渡辺聖の学校に赴任してきた校長と彼の時代錯誤の方針に反発する在校生ばかりでなく様々な年代の卒業生たちとの問題といった、本当に様々なトラブル。
 草がそんなトラブルに巻き込まれるのも、草のおせっかいな性格に理由があります。巻き込まれるというより自ら飛び込んでいくのですから。昔から住んでいる人ではない住民から草が持っている住民の名簿にクレームが入るのも個人情報を気にする現在では無理ないかもしれません。あまりに他人の関係に踏み込み過ぎるのを嫌う人も多いでしょう。まあ、そんな草ゆえ、命を助けられた人もいたのですけどね。
 行方不明となった女子中学生・渡辺聖のキャラが今どきの中学生のようでいながら、草のような高齢者にも友達気分で接してくれるという、ちょっと素敵なキャラです。今後のシリーズにも登場してほしいキャラです。 
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薔薇色に染まる頃  文藝春秋 
 「紅雲町珈琲屋こよみ」シリーズ第10弾です。今回は長編です。
 一度は売ったものの手放したことを後悔していた帯留めが戻ってきたと、旧知の東京のアンティークショップ「海図」から連絡を受け、受け取りに行った草は、「海図」の近くのバーで人が死ぬほどの出血量が残されていた事件が起きたことを知る。姿を消した被害者と見られる雇われ店長のユージンから以前「おれが死んだら運んでほしいものがある」と頼まれていた草は、事件現場に立ち入って頼まれていたものを届けた後京都に向かう。しかし、新幹線の中で出会った少年と連れの女性が二人組の男たちと争いになり女性が刺されたのを見た草は、少年を連れて逃げることとなる。テレビでは老婆が少年を誘拐したのではというニュースが流れるが・・・。
 いつも、もめ事や争いごとに自ら首を突っ込んでいく草ですが、今回は、殺人も厭わない人物を相手に少年を連れた逃走劇を繰り広げます。70歳の老婆が血だまりが残る事件現場に入っていきますかねえ。着物姿ですから、目撃情報も多いでしょうし、子どもを連れての逃走は素人の70歳過ぎの老婆にはちょっと荷が重いのではないでしょうか。そんな危険な人物を相手にするために、草の側にも元警察官の探偵事務所を営んでいる辺見を出演させていますが・・・。これから、このシリーズはどういう方向に行くのでしょうか。
 同棲をしている森野久美と一ノ瀬公介の関係も何か煮え切らなくて気になります。辺見が今後登場するかも気になるところです。 
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雨だれの標本  文藝春秋 
 “紅雲町珈琲屋こよみ”シリーズ第11弾です。
 今回、草が営む“小蔵屋”が国内外で著名な映画監督・沢田真一の新作映画の撮影候補地となります。ところが、小蔵屋にやってきた沢田はロケ場所の候補地になるかどうかとは別に草にお願いをします。それは、沢田が映画の専門学校に通っていた若い頃に影響を受けた映像を撮ったニセ学生だった男の行方を捜してほしいというもの。映像の中にこの地域に伝わる“三山かるた”が映っていたことから、撮影者はこの地域に住んでいたのではないかと考え、草に相談します。果たして、その男は誰なのか、見つけることができるのか・・・。
 この物語では、上記の人探しを主軸にして、前作で煮え切らない久美と公介の関係がさらに悪化していく中で、公介が谷川岳での遭難者の救助に向かっていく話も語られます。この二人の関係がどうなるのかがもう一つの読みどころとなります。
 今回、新たな人物も登場し、ストーリーに大きく関わってきます。今後も登場しそうです。 
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