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吉田篤弘の本棚

  1. 天使も怪物も眠る夜
  2. #東京アパート

天使も怪物も眠る夜  中央公論新社 
 伊坂幸太郎さんらによる螺旋プロジェクトの時系列的に最後の時代(未来)を描く作品です。
 ページを開いてまず思ったのは、冒頭に掲載されている登場人物紹介のページに掲載された人物の多いこと。なんとそこには25人が掲載されており、それだけで、圧倒されます。これほどの人数の登場人物を頭の中で整理しながら読むことができるのかと不安になりました。思ったとおり、いざ読み始めると、「この人、誰だったかな?」と、何度も紹介ページに戻って確認することになりました。
 太古の時代からの「海族」と「山族」の争いに、この最終巻でどういう決着がなされるのか。吉田さんに課されたものはかなり大きい課題だったと思います。そんな中で、吉田さんは、螺旋プロジェクトのルール通り、これまでの作品に出てきたアイテムや言葉を今回の作品中に登場させ、張り巡らした伏線を回収しながらゴールに向かいます。
 物語の舞台となるのは、2095年の東京。伊坂幸太郎さんの「シーソーモンスター」に描かれたスーパーコンピューター・ウェレカセリが「争いによる人類の進歩」を目的として築かせた「壁」は、近未来を正確に予測できるまでになった文明の進歩に恐れをなした人類が、「レイドバック」と呼ばれる退行を選択したため有名無実となったが、壁の周囲はいばらが繁茂し“バラ線地帯”と呼ばれ、動物園から逃走した動物たちが隠れ住む立入禁止区域となっていた。また、人々は慢性的な不眠となり、眠りを妨げる面白い小説は禁止、逆に「面白くない眠くなる」小説がベストセラーとなるなど、東西の「ニモ」と「ドリーム8」という二つの巨大な会社による眠りビジネスが隆盛を極めていた・・・。
 描かれるのは、幻の映画「眠り姫の寝台」と幻の酒「ゴールデン・スランバー」を探し求める人々。やがて、物語は「眠り姫」あるいは私たちがよく知っている「眠りの森の美女」のストーリーをなぞっていくことになります。果たして王子さまはお姫様を探し出して、彼女にキスをして眠りから目覚めさせることができるのか・・・。
 ラストはハッピーエンドと言えるのでしょうか。でも、そうであるなら「螺旋」年表の次に置かれた『海と山の伝承「螺旋」より』は、どう考えたらいいのでしょうか。 
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#東京アパート  角川春樹事務所 
 東京のアパートで暮らす人々を描く21編が収録された短編集です。
 何か統一のテーマがあるわけではありません。あえていえば、アパートに住む主人公は親子・姉妹を除けば一人で住んでいますが、そんなアパートに住む人と外の世界とのつながりでしょうか。つながりは人でもあるし、「ストレイ・クリケット」のように姿を見せないコオロギらしき昆虫でもあります。不思議な話もあるし(「幽霊の電話」では、カラスの視点で描かれています。)、単に日常の生活を語る話もあるし、その内容はいろいろです。事件が起きるわけでもありません。どんでん返しがあるわけでもありません。淡々と一話一話が語られていくだけです。
 あまりに淡々とゆっくりと進む話ばかりなので、ささっと読み進んでしまうのですが、その中でも個人的に印象に残ったのは、アパートに住む人に引き継がれるケーキのことを語る冒頭の「天使が焼いた悪魔のケーキ」。あのレシピを作ったのは天使なのか悪魔なのか。「ストレイ・クリケット」で語られる、鳴き声は聞こえるけどどこにいるかわからない昆虫のことは、我が家でもあるあるの話です。結局姿が見えないまま、いつのまにか鳴き声が聞こえなくなるのですよね。「トカゲ式ゴム印会社」で語られるアパートは青山の同潤会アパートがモデルでしょうか。「幽霊の電話」で語り手となるカラスと「走る女」のラストで「先生はどうした?」と聞くカラスは同じカラスなんでしょうか。新築の高層ホテルの横に残った古びたアパートに住む名刺屋を描く「田中アパート」はほのぼのとしたラストになるかと思ったら、急にホラーっぽい終わり方が予想外。
 ふと、ボケっとしたときやちょっと時間が空いた時に1話ずつ読むのに最適です。 
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