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吉田修一の本棚

  1. パレード
  2. パークライフ
  3. 日曜日たち
  4. 東京湾景
  5. ランドマーク
  6. 春、バーニーズで
  7. 悪人
  8. さよなら渓谷
  9. 横道世之介
  10. 平成猿蟹合戦図
  11. 愛に乱暴
  12. 怒り
  13. 森は知っている
  14. 太陽は動かない
  15. 橋を渡る
  16. ウォーターゲーム
  17. 逃亡小説集
  18. 続 横道世之介
  19. 湖の女たち

パレード   幻冬舎
 パークライフで芥川賞を受賞した著者のそれ以前の作品。一つのマンションの部屋で男女が生活を始める話で、いわゆる男女の関係を描いた青春物かなと思っていたら、最後に驚かされた。読了感が最初読み始めたときの感じと全然違ってしまった。この著者侮れない。 
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パークライフ 文藝春秋
 第127回芥川賞受賞作品
 これといって大きな事件も起こらず、ただ平日の昼間、東京のど真ん中、日比谷公園でわずかな時間を共有する主人公とスターバックスのコーヒーを持った女性を描いた作品である。そんな出会いの中で、次第に主人公が相手の女性に引かれていく様子が描かれていく。最後に初めて公園の外で別れようとしているとき、去っていく女性に対し、主人公が「明日も公園に来て下さいね!」と言うが、果たしてこの話の続きはどうなるのであろうか。、今までどおりに公園で会うことができるのであろうか。それとも、このまま公園外でも交際が始まることになるのであろうか。非常に気になるところである。なぜか、もう彼女が公園には来ないような気が僕にはするのだけど。
 それにしても、この本の中に出てくる「スターバックスの味を覚えた女」というのはどういう女性なんだろう。そういえば、スターバックスをスタバって言うのはこの作品で知ったかな。この本を読んだ当時は僕の地元にスタバはなかったのに、今年になってこんな地方にもスタバ1号店ができた。地方にもスタバの味を覚えた女が増えるのだろうか。
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日曜日たち 講談社
 「パレード」で山本周五郎賞、「パーク・ライフ」で芥川賞を取った吉田修一の新作。男と女のそれぞれの日曜日を描いた連作短編集、と僕は思ったのだが、帯には連作長編小説と書いてある。どこが違うんだろう?
 5つのストーリーからなるが、それぞれの主人公は異なる。ただ、どのストーリーの中にも同じ幼い小学生の兄弟が登場しており、主人公たちとわずかな関わりを持っては姿を消す。いったいこの子たちは何だろうとの疑問は最後の「日曜日たち」で明らかにされる。しかし、「日曜日たち」においても、あくまでも主人公は別の女性であり、それまでの4話で果たしてこの子たちの何だろうと期待していたほどの種明かしではなかった。この子たちの話に限って言えばちょっと期待外れであった。
 僕としては、5つの話の中では、「日曜日の新郎たち」が一番印象深かった。特に最後の主人公の父親が話す言葉。「忘れようとすればするほど忘れられん。」、「忘れよう忘れようと努力して・・・」  このあと続く言葉は「覚えておく」ということかな。
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東京湾景 新潮社
(物語の結末に言及しています)

 僕が住むのは東京ではないが、今年は春には友人と、夏には娘と新橋からゆりかもめに乗ってお台場に行く機会があった。二回とも休日とあって、すごい人出であった。都内有数のレジャータウンと言ってもいいのではないだろうか。そんなお台場も舞台となっている作品であり、つい手にとって購入してしまった。もちろん、吉田修一氏の新作ということもあったが。
 携帯の出会い系サイトで知り合った亮介と「涼子」と名乗る女性のいわゆるラブ・ストーリーである。会った当日に亮介が彼女を誘うが、拒否される。彼女は出会い系サイトでどういう出会いを期待したのであろうか。僕が男ということもあるのだろうが、このあたりの彼女の気持ちは読み終わったあとでもわからない。
 「涼子」が働くのはお台場というしゃれた街、それに対して亮介が働くのはお台場と東京湾を挟んだ反対側にある品川埠頭という倉庫街。雰囲気が全然違うところで働く二人が果たしてうまくいくのか、興味深く読み進んだ。最後に亮介が彼女に携帯で東京湾を泳いでわたって彼女のもとに行ったら、ずっと好きでいてくれるかと聞く。それに対して彼女は、ここまで泳いできたら絶対にずっと好きでいると答える。電話は切られる。亮介は東京湾に飛び込んだのであろうか。物語では、その後は書かれていない。でも、二人を分かつ東京湾は僕にはとっても広く感じられるのであるが・・・。
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ランドマーク 講談社
 大宮駅の再開発地区に建設されるスパイラルタワー(どういうビルか説明があるのですが、具体的に想像できませんでした。スパイラルということだから螺旋形ということなのでしょうが)の建設に携わる二人の男の話が交互に語られていきます。一人は、隼人という名の建設会社の鉄筋工。彼は、通信販売で男性用の貞操帯を買ってつけている男です。彼がどうして貞操帯をつけようと思ったのか、読んでも僕には理解できませんでした。もう一人はタワーを設計した犬飼という名の男。新婚時代も過ぎ、今では仕事の忙しさを理由に家にもあまり帰らず、会社の若い女の子と不倫をしている男です。
 一人はブルーカラー、一人は高級マンションに住む男と、環境が全く異なる彼ら二人の話が、カウントダウン形式で進行していきます。パチンコ店、中華料理店と二人の接点となるものはあるのですが、関わることなく物語は淡々と進んでいきます。カウントダウンの先には何があるのか、ネタばれとなるのでここには書くことができませんが、え!これで終わりなのという感じでした。帯には村上龍さん絶賛との惹句と最高傑作との言葉が載っていましたが、僕としては、「パーク・ライフ」や「パレード」の方が好きです。
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春、バーニーズで 文藝春秋
 表題作を始めとする5話からなる短編集です。その中の4話は京王線聖蹟桜ヶ丘に住む、筒井という男とその妻・瞳、息子の文樹が共通して出てくる連作短編です。
 主人公の筒井は、文樹という連れ子のある瞳と結婚していますが、その経緯というのはこの短編集では語られていません。最初の「春、バーニーズで」では、10年近く前にオカマと同棲していたことが明らかとされますが、その辺の事情や、別れた理由等も書かれておらず、その点ではちょっと物足りない気がします。
 4話目の「パーキング・エリア」で、ふと通勤途上で別の道に行ってしまうという気持ちはよくわかります。僕自身も朝、車を運転しながら、この道を曲がったら違うところへ行くことができるだろうなあと思うことがあります。この話が終わった後、白紙のページがあります。吉田さんの意図はわかりませんが、この白紙のページがあることによって、この物語の余韻を味わうことができます。

※筒井夫婦が住む聖蹟桜ヶ丘には個人的な思い出があります。大学時代、新宿に出るために京王線の聖蹟桜ヶ丘駅を利用していたことがあります。しゃれた名前の駅でしたが、当時は駅を少し離れると田舎の町並みという感じでした。しかし、なにせ僕が下宿していたところはそれ以上の田舎だったので、都区内に遊びに出た際は、帰りに駅にあるスーパーで買い物をしてバスに乗り込んだものでした。そういえば、樋口可南子の写真集を買ったのも駅にある本屋さんでした。そんな思い出もあり、懐かしく読んだのですが、きっと大きく変わっているのだろうなあ。
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悪人  ☆ 朝日新聞社
 今までの吉田さんの小説とは一味違うサスペンスタッチの作品です。
 物語は、県境の峠で長崎市内に住む土木作業員清水祐一が、福岡市内に暮らす保険外交員の石橋佳乃を殺害した容疑で警察に逮捕されたことが語られ、そこから事件の始まりへと遡っていきます。
 事件に関わった様々な人の視点から、祐一、佳乃、祐一と行動を共にする光代、そして彼らの家族の心の中が描かれます。「出会い系」サイトでしか、人とのつながりを持つことの出来ない若者たち。自分が他人にとっては存在するかどうかさえ気にかけてさえもらえないという寂しさ。そんな孤独感を持った者たちが、「出会い系」サイトで異性を求めるという現在。こんな不器用な生き方しかできない主人公たちになぜか共感を覚えてしまいます。もちろん、祐一の行った殺人には何の同情も感じないのですが。
 殺された佳乃自身も祐一たちと何ら変わらない存在というのも悲しいです。付き合ってもいない男と付き合っていると友人たちには見栄を張り、実際は出会い系サイトで出会った男たちと遊び歩いている。彼女も孤独を空想の世界で埋め合わせて生きている寂しい女です。登場人物たちが、みんなそんな男女であり、読んでいて非常に辛い小説でした。彼らが生きていくことの先に待っていた悲しい結末にはやりきれない思いを感ぜざるをえません。このところ、こういう小説を読むのは苦手になってしまいました。
 他人から頼られる、大切な人と思われるというのは、人生を生きていくうえで自分の生きる価値というか、存在する意義を与えてくれるものですね。この作品のように、こんな形でしかそんな相手にめぐり合えることができなかった祐一と光代の人生は、あまりに悲しいです。
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さよなら渓谷 新潮社
 物語の出だしは、実際に東北で起こった母親による子どもの殺害事件を想起させる事件から始まります。「あれ?何だ!単なる実際にあった事件をモデルにした小説かぁ。」と、ちょっと読む意欲を失いかけたのですが、類似していたのは最初だけ。逮捕された女性の口から、隣家の男、尾崎俊介との関係が語られ、その妻、かなこからもその事実を裏付ける証言がされたことから、話の中心は尾崎夫婦の関係へと移っていきます。
 ここからが吉田さんの真骨頂。ミステリ仕立てで夫婦の過去を描いていきます。夫婦が隠していた大きな謎は途中で想像がついてしまうのですが、それであっても読ませるところが吉田さんのすごいところです。
 吉田さんというと、芥川賞を受賞した「パーク・ライフ」や「東京湾景」「春、バーニーズで」など都会的雰囲気を感じさせる作品が多い作家さんというイメージが僕の中では強いのですが、これは評判のよかった「悪人」と同じ系統の作品です(「悪人」を凌ぐというのは言い過ぎでしょうけど。)。都会的な爽やかさとは異なる、読んでいて非常に重い作品です。ラストはホッとすると言っていいのでしょうか。
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横道世之介  ☆ 毎日新聞社
 長崎から大学に入学するために上京してきた横道世之介という名前の若者の1年を描いた作品です。世之介という名前は井原西鶴の「好色一代男」の主人公から父親がとった名前ですが、読んだことはないとはいえ、その題名からしてとんでもない名付けられ方をしたことがわかります。もっと責任を持って名付けて欲しいですよねえ。
 世之介の大学生活は、大きな事件が起きるわけではありません。サンバサークルに入り、アルバイトに精を出し、友人ができ、恋もし、といったどこにでもいる呑気でお気楽な大学生の生活が淡々と描かれていくだけです。ただ、中途中途に世之介と出会った人々の20年後が挿入されるという構成になっているところが、吉田さん、さすがだなあと思わせます。
 舞台となった1980年代と現在とを対比させるこの構成が、どこか憎めない世之介と彼を慕うお嬢様キャラの祥子をはじめとする個性豊かな友人たちとを描く青春物語だと思って読んでいた僕を、いっきに物語の中に引き込みました。そして、当の世之介自身はどうなったのか、気になってページを繰る手が止まりませんでした。おすすめです。
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平成猿蟹合戦図 朝日新聞出版
 今回の作品は、吉田修一さんの作品の中では、「悪人」のようなシリアスなものより、「横道世之介」のような雰囲気の作品となっています。
 長崎の離島からホストになるため東京の歌舞伎町に来た朋生。朋生を追って乳飲み子を抱え歌舞伎町にやってきた美月。朋生に会えずに途方に暮れていた美月に手を差し伸べた韓国クラブで働く純平。その韓国クラプのママ・山下美姫。純平が目撃したひき逃げ事件の犯人の弟であり世界的に有名なチェリストの湊圭司とそのマネージャーである園夕子。ひき逃げ事件の犯人の娘である岩淵友香。秋田で一人暮らしをする友香の曾祖母のサワ。いろいろな人が登場し、群像劇のようにそれぞれの人生が語られていきますが、純平と朋生がひき逃げ事件の真犯人を脅迫しようと考えたことから、多くの人を巻き込んで話は思わぬ方向へと進んでいきます。
 前半の暗い雰囲気が後半は一転。朋生、美月ら普通の人々が力を合わせてある目的の達成に突き進んでいく驚きの展開になります。
 「猿蟹合戦」といえば、誰もが子どもの頃に聞いたことがあるでしょう。ずるがしこい猿に親を殺された蟹の子どもたちが、栗、蜂、臼の力を借りて猿に復讐をするという話。題名が“平成猿蟹合戦図"ですから、話の結果は予想がつきます。爽快な気分にさせてくれる話でした。
 この作品のテーマに繋がる園夕子のことばがあります。「人を編せる人間は自分のことを正しいと思える人間なんです。逆に蝙される方は、自分が本当に正しいのかといつも疑うことができる人間なんです。本来ならそっちの方が人として正しいと思うんです。でも、自分のことを疑う人間を、今の世の中は簡単に見捨てます。すぐに足を掬(すく)われるんです。正しいと言い張る者だけが正しいんだと勘違いしてるんです」
 本当にそのとおりです。そんな世の中に対し、純平たちは戦いを挑んだのでしよう。
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愛に乱暴  ☆ 新潮社
 「愛に乱暴」とは、吉田さんも不思議な題名をつけたものです。普通、「愛に乱暴」なんて言葉は使いませんから。どういう意味なのか、読了後もわかりません。
 読書のサイトで、『読んでいて「騙された!」』と、ある意味評判がよかったので、発売当初は「なんだこの題名は!?」と思いはしたものの、読む気にはならなかったものを、今回読んでみました。
 「騙されないぞ!」と思って、気をつけて読み進めましたが、見事に吉田さんに騙されました。物語は、愛人らしき女性の日記、主人公の女性・初瀬桃子を語り手とする話、そして桃子の日記という形で交互に描かれていきます。何を書いてもネタバレになってしまって、未読の人の興趣をそいでしまいそうなので、内容に触れるのは最小限に留めますが、とにかく、主人公の桃子のキャラが凄すぎます。床下が気になったからといって、チェーンソウを買ってきて床板切断した上、地面を掘ろうと考えるでしょうか。もう、それだけでこの女性、既に精神のバランスを崩しているのではないかと思ってしまいます。ゴーグルを付けてチェーンソウを構える姿は、映画の「悪魔のいけにえ」のマスクを付けたレザーフェイスを想像してしまいました。これは怖いですよ。もうてっきり、このまま夫はバラバラにされて床下に埋められるのかと想像してしまいました。
 もちろん、愛人を作る夫にも大いに問題はあります。後半で、あるびっくりが明かされた以降は、なおいっそうこの夫の自分勝手さに呆れかえります。物語が終わった以降、いったいこの夫婦、あるいは桃子はどうなるのでしょうか。気になります。
 物語から目を離すことができずにいっき読みでした。おすすめです。
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怒り   中央公論新社
 ハ王子で自宅内で惨殺された夫婦の遺体が発見される。血まみれの廊下には、犯人が被害者の血で書いた「怒」という文字が残されていた。犯人は目撃証言等から山神一也と判明したが、逮捕されないまま姿を消す。物語は事件の1年後から始まる。房総半島で漁協に勤める男・槙洋平とその娘・愛子の前に田代と名乗る男が、東京で広告会社に勤めるゲイの男・藤田数馬の前には大西直人と名乗る男が、母親とともに沖縄の離島に移り住んだ女子高生・小宮山泉の前には田中と名乗る男が現れる・・・。
 読者にはそれぞれ前歴の明らかでない3人の男のうちの誰が山神だろうと考えさせながら、3つの違う場所で繰り広げられる物語が進んでいきます。
 3人のうち2人は山神ではないが、前歴を隠しているということは、何か人に話すことのできない事情があるということにほかならず、そんな彼らを周りの人たちはどうやって信じたらいいのか。山神ではなかった残りの2人の関係者がとった行動は非難ができるものではありません。愛するが故に信じたいと思う気持ちがとらせた行動でしょうから。
 また、3つの物語の間に山神を追う刑事・北見の物語が挟み込まれます。この、事件とは関係ない北見のプライベートの物語が、終盤で田代・大西・田中を巡る関係者が苦悩するところと重ね合わせられる状況になるところが、吉田さんのうまいところです。
 最終的に、思わぬ展開により、山神が書いた「怒」の意味が、はっきりと描かれなかったのは残念です。僕には何を意味するのか読み解くことはできませんでしたが、少なくとも、身勝手な「怒り」をぶつけられた被害者はたまったものではありません。
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森は知っている  ☆  幻冬舎 
 今まで読んだ吉田さんの作品とは雰囲気が違うなあと思いながら読んでいたのですが、実はこの作品、2012年に刊行された「太陽は動かない」の前日譚だそうです。「太陽は動かない」は未読だったので、まったくわかりませんでした。「太陽は〜」の主人公・鷹野がスパイとして活動を始める直前の高校3年生のときを描いていきます。
 舞台は沖縄県石垣島の南西60キロに浮かぶ孤島・南蘭島。鷹野は同じスパイ訓練生の柳と共に高校生活を送りながら組織の諜報活動訓練を受けていた。ある目、柳が組織を裏切り、任務の途中で大切な情報を持って姿を消す。鷹野は柳の身を案じながら訓練の最終テストとしてある企業の情報を盗み出すためにビルに潜入するが、そこに思わぬ邪魔が入る・・・。
 正式なスパイとなるときに、組織に忠誠を誓うために胸に遠隔操作で爆発する爆弾を埋め込まれたり、親からのネグレクトを受けた子どもに新しい戸籍を与えて別人として組織のスパイとして養成したりするなんて、ちょっと絵空事みたいな気がしないでもありません。また、鷹野が属するAN通信という組織の成立がそもそもNHKの改革からという説明がなされていますが、産業スパイといいながら殺人も厭わぬ組織としての説明としては、あまり納得できるものではありません。このあたり、「太陽は〜」ではどういう説明がなされているのでしょうか。
 ビルの窓から飛び降りたり、ダムの中に車でダイブしたり、スパイとしてのアクションシーンもありますが、今回はそれらのアクションシーンより親からのネグレクトを受けていた鷹野の生い立ちの方に主眼が置かれています。高校生らしい恋模様も描かれますが、相手の詩織とは果たして再会はあるのかも気になるところです。
 「太陽は〜」の重要な登場人物もこちらに顔を出しているそうです。そういう意味では「太陽は〜」から読んだ方がいいかもしれません。

※物語は水メジャー企業による日本の水源の買収、その裏にある政治的な目的が描かれます。外国資本による水源の買収ということでは、最近、中国人が日本の森林を買っているという事実があります。吉田さんはこうした現実も参考にして書かれているのでしょうか。 
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太陽は動かない  ☆  幻冬舎 
 先頃読んだ「森は知っている」の時系列的には後の作品ですが、作品の刊行順としてはこちらが先です。「森は知っている」にはスパイとしての訓練を受ける中で鷹野一彦の高校生としての恋心を描くなど青春小説としての一面もわずかながらもあったのですが、この作品は全編を通してスパイアクション小説となっています。「森は〜」以上に吉田さんの作品とは思えないエンターテイメントに徹した作品です。
 この作品では、鷹野一彦はもう一人前の産業スパイであり、田岡という部下もいます。「森は〜」を先に読んだ読者からすれば、その成長にびっくりします。非情な一面を持ちながらも部下を守るやさしさも顔を覗かせます。
 物語はサイゴンの病院での射殺事件から始まります。中国マネーを背景に世界に進出する中国企業、中国政府に反発するウイグル過激派によるテロ計画など今の世界情勢が生々しく描かれる中、新油田開発の利権争いから、次世代太陽光発電と物語はめまぐるしく進んでいきます。
 「森は〜」にも顔を出したデイビッド・キムも登場し、鷹野たちとの情報戦を繰り広げます。謎の美女AYAKOが登場するのもスパイ小説らしいところです。スパイ小説には絶世の美女が似合いますが、立ち位置としては「ルパン三世」の不二子といったところでしょうか。
 危機一髪のアクションシーンや思わぬどんでん返しもあり、いっき読みです。 
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橋を渡る  文藝春秋 
(ちょっとネタバレ)
 4人の主人公による4章からなる作品です。前の3章が現在を舞台に、最後の1章が70年後の未来を舞台にしています。
 「春」の章は、ビール会社の営業課長を務める新宮明良が主人公。部下からも信頼を寄せられる男ではあるが、不倫をしている。妻・歩はギャラリーを経営しているが、その妻が絵の取り扱いを拒絶した画家がストーカーまがいのことをする中、何者かから新宮家に米や酒が送られてくる。更に新宮家で預かっている妻の姉の息子・孝太郎がある問題を起こす。
 「夏」の章は、自分の夫が女性議員に対してセクハラ野次を飛ばした張本人ではないかと疑う都議会議員の妻・赤岩篤子が主人公。夫の行為が、いつ、世間に発覚するのではないかとびくびく毎日を過ごす中で、夫が賄賂を貰っているのではないかとの新たな疑惑が生まれる。
 「秋」の章は、結婚を再来月に控えたTV局の報道ディレクター、里見謙一郎が主人公。香港の雨傘革命やある科学者が進めているiPS細胞から精子と卵子を作る研究を取材する日常の中で、彼は友人から結婚相手の薫子が以前の不倫相手とまだ関係が続いているのではないかと言われ、疑惑が心の中に芽生える。
 現在を舞台にした3つの章で語られるのは、都議会での女性議員へのセクハラ野次、バンコクで代理出産によって生まれた赤ん坊が保護された事件、女性参議院議員がスポーツ選手にキスを強要した事件、香港での学生からの抗議デモなど、どれもが最近関いたことばかり。僕らと同じ空の下で生きている普通の人々のそれぞれの人生が描かれていきます。ただ、どの章も、このあと何かが起きそうと気になるところで終了します。読者としては消化不良ですが、これを解消するのが第4章の「冬」。2085年の時代を描くこの章では、人型ロボットが普通に生活の中で活躍しており、更にサインと呼ばれる第3章で謙一郎が取材していたiPS細胞から作られた精子と卵子から産まれた人間が暮らしています。この未来に起こる出来事から、一見何の関係もないと思われていた各章の話が驚くべき関係があったことが明らかになっていきます。
 吉田さんとSFとは意外な組み合わせでしたが、ここまで読ませるのはやはり吉田さんの筆力によるところ大です。それにしても、謙一郎はあまりにかわいそう。 
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ウォーターゲーム  ☆  幻冬舎 
「太陽は動かない」、「森は知っている」に続く、AN通信の諜報員である鷹野一彦を主人公にしたシリーズ第3弾です。
 今回鷹野が関わるのが「太陽はうごかない」でも描かれた水利権を巡っての争いです。日本の水道事業を自由化させようと画策する外国企業やその利権に群がる日本の大物政治家たち、さらには彼らの手先となって動くスパイの暗躍により、ダムが爆破され、死傷者が多数出るなど甚大な被害が生じることから物語は始まります。また、今回は事件に関わる人物としてAN通信のスパイになれなかった若宮真司という青年も登場し、彼を利用してAN通信を潰そうという動きも現れます。
 デイビッド・キムやアヤコというシリーズの常連に加え、鷹野たちAN通信に敵対するリー・ヨンソンやキリギスの水利権を守ろうとするアジスなど新たなキャラクターも登場し、戦いが繰り広げられます。この中では、平気で鷹野たちを危機に陥れるのだけれど、どこか憎めない、まさしく「ルパン三世」の不二子を思わせるアヤコのキャラが強烈な印象を残します。
 鷹野自身も物語後半では飛行中のジェット機の上でトム・クルーズにも負けない派手なアクションも見せるなど負けていません。今後、このシリーズは映像化が予定されているそうですが、「ミッション・インポッシブル」に引けを取らないシーンが描けますかねえ。
 いよいよ鷹野もスパイを引退する35歳に近づき、この作品でも部下の田岡に主体的に行動させていますが、さてシリーズは今後どうなるのでしょうか。もしかしたらと考えていたある人物も登場しましたから、これで大団円でしょうか。 
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逃亡小説集  角川書店 
 4編が収録された短編集です。4編とも何かから逃げる人々を描いています。
 病弱の年老いた母を抱え、雇用契約を切られた福地秀明は、市役所に生活保護の相談に行った帰りに一方通行違反で警官に止められるが、「もう、いいや・・・」と思って警官の制止を振り切って逃走を図ってしまう・・・(「逃げろ九州男児」)。一方通行違反という逃げなければ罰金で済む罪が、人生もうどうなってもいいという一時の心の揺らぎがアメリカ並みのカーチェイスという大事になったしまった哀れな男の話です。このあと、きっと大いに後悔することになるのでしょうねえ。
 かつて恋していた担任教師の西田奈々が男から振られるところを見た潤也は彼女に声をかける。その日から二人は付き合い始めることとなるが・・・(「逃げろ純愛」)。女教師と教え子との恋愛話とは、よくあるテレビドラマのようです。二人の間で交換日記風なノートのやりとりがあるなんて、あまりに純な物語です。
 昼食に立ち寄った食堂で高校生の頃好きだった元アイドル・鮎川舞子の失踪をテレビで知った宮藤康太は、たまたまパンクした車の運転手が舞子だと気づいて、“どっきりカメラ”ではないかと疑う・・・(「逃げろお嬢さん」)。これはもう間抜けな、よく言えば純粋な男の話です。“どっきりカメラ”ではないことが分かったときの彼の反応はどうなるのでしょうか。あまりにかわいそうです。
 元妻の弟で日本郵便の孫請けの運送会社でドライバーをしている春也が、郵便物を積んだトラックと共に失踪したことを知らされた三好幸大は、春也を探すが・・・(「逃げろミスター・ポストマン」)。配達するのが嫌になって郵便物を捨てる配達員や、この話のように荷物を積んだまま失踪する運転手のことが現実にもあって、時にニュースになります。春也は、理不尽なことをずっと我慢してきたのに、つい切れてしまったことで人生を踏み外してしまいました。きっと後悔するのでしょうねえ。
 どの作品の登場人物も、逃げるという衝動を抑えることができたのなら、普通の生活に戻ることができたのに、そうできなかった故の、この後の辛い現実が待っているという話でした。 
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続 横道世之介  ☆  中央公論新社 
 「横道世之介」の続編です。
 前作では大学生となった横道世之介の1年が描かれるとともに、彼に関わった人々がその後に彼のことを思うという構成になっていましたが、今回は大学卒業後、バブル崩壊後の就職氷河期の中でどこの企業にも就職できずフリーター生活を送る世之介の1年が描かれ、前作同様彼に関わった人々、大学からの腐れ縁で世之介とは対照的に証券会社に無事就職した小諸ことコモロン、パチンコ台の取り合いから知り合った寿司職人を目指す女性・浜本、コモロンの部屋から覗き見していた部屋のシングルマザーの日吉桜子と亮太親子らとの日々の生活や27年後の東京オリンピックの年の彼らの人生が描かれるという構成になっています。前作を読んだ者にとっては、世之介の未来がどうなったのかはわかっているわけですが、この作品では世之介がその職業に就くことになるきっかけも描かれます。ただし、前作に登場した祥子たちが登場しないのはちょっと残念。
 大学生を卒業しても、押しが弱くて、小心者であるのは変わりませんが、やっぱり世之介を評すれば善人であることは変わりありません。周りの人はそんな世之介と関わることによって、彼が何か特別に彼らにしてあげるというわけではありませんが、何かしら温かいものを感じることになります。世之介みたいな善良な男が実際にいるものかとも思いますが、こんな世の中にもあの世之介みたいな男がいて欲しいというのが僕らの願望なんでしょうね。
 ラストは東京オリンピックとパラリンピックのマラソンのシーンが描かれます。まさか、マラソンが東京ではなく、更には1年先になるとは吉田さんもびっくりですよね。 
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湖の女たち  新潮社 
 琵琶湖畔の介護療養施設「もみじ園」で、市島民男という100歳の男性が人工呼吸器が停止したことにより死亡する。人工呼吸器の故障か、スタッフの過失による事故か、それとも故意の殺人なのか。西湖署の伊佐美と若手刑事の濱中圭介が捜査に当たるが、人工呼吸器メーカーの機器の故障はあり得ないという主張に、濱中らはスタッフに原因があるのではないかと考え、厳しい取り調べをする。一方、1990年代に起きた血液製剤の薬害事件を再調査のためたまたま琵琶湖近くにいた雑誌記者の池田立哉は、薬害事件の関係者の中に亡くなった市島がいたことを知り、死亡事件に興味をもって調べ始める・・・。
 吉田さんの作品では「怒り」のような雰囲気の作品でしたが、とにかく個人的に読んでいて閉口したのは、刑事の濱中と事件が起きた介護施設の介護士である豊田佳代の異常な関係です。刑事でありながら事件関係者を呼び出して異常な性行為を強要する濱中もおかしいい、それに唯々諾々と従ってしまう佳代もおかしい。いくら何でも刑事と事件関係者との間でこんな異常な関係が突然のようにできるものなのでしょうか(時に警察官が事件の関係者との間で問題を起こすこともニュースにはなりますが。)。この二人の関係の異常さになかなか物語の中に没頭することができませんでした。
 また、犯人としてでっちあげることができそうな人物に、取り調べ中だけでなく日常の生活の中でも精神的な圧力をかけて自白に追い込もうとするなんて、今の取り調べの“見える化”からはひと時代昔の話のようです。
 ラストで市島殺害事件の真相が明らかになる余韻を残して物語は終わりますが、犯人の考えはあまりに他人の痛みを感じられない身勝手な考えだと思わざるを得ません。
 池田が調べていた薬害事件の方はとんだ腰砕けになってしまいましたが、遥か過去の事件と現在の事件との間にこんな形の関連性を持たせるのは吉田さんのうまさですね。 
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