▲トップへ    ▲MY本棚へ

米澤穂信の本棚

  1. さよなら妖精
  2. 氷菓
  3. 春期限定いちごタルト事件
  4. 愚者のエンドロール
  5. 犬はどこだ
  6. クドリャフカの順番 「十文字」事件
  7. 夏期限定トロピカルパフェ事件
  8. ボトルネック
  9. インシテミル
  10. 遠まわりする雛
  11. 儚い羊たちの祝宴
  12. 秋期限定栗きんとん事件
  13. 追想五断章
  14. ふたりの距離の概算
  15. 満願
  16. 王とサーカス
  17. 真実の10メートル手前
  18. いまさら翼といわれても
  19. 本と鍵の季節
  20. Iの悲劇
  21. 黒牢城
  22. 栞と嘘の季節
  23. 可燃物

さよなら妖精 東京創元社
 東京創元社ミステリ・フロンティアシリーズの第3弾です。
 「アヒルと鴨のコインロッカー」に魅せられて、このシリーズを買うことにしたのですが、この作品を果たしてミステリとして捉えることができるのでしょうか。確かに、時にいわゆる日常の謎が提示され、それに対し、主人公守屋が答えをひねりだすということもあります。そして、最後に全編をとおした大きな謎が明らかにされます。その謎に対しては、途中、さまざまな伏線が張られており、そういうことからすれば、ミステリということができるかもしれません。しかし、その謎にしても殺人事件ではないし、そもそも事件と呼ぶべきものではありません。途中いくつか出てくる謎自体の解決もさらりとしたものとなっています。何か事件が起こって、探偵役の登場人物が解決する本格ミステリということを考えて読み始めると、ちょっと拍子抜けするかもしれません。僕など最初、これは太刀洗がホームズ役で、守屋がワトソン役で事件が解決されていくのかなと思って読み進めたのですが・・・。
 結局これは、本の帯にもあったように、「ボーイ・ミーツ・ガール」の作品だと言った方がいいかもしれません。ユーゴスラヴィアから来たマーヤと主人公たち高校生との関わりを描いた青春小説、あるいは青春ミステリとでもいえるのでしょうか。ただ、そう捉えると逆に主人公とマーヤ、大刀洗の三角関係(?)が、あまりはっきり描かれていず、ちょっと消化不良というところはありますが。
 最後はある程度予想はついていましたが、あまりにせつないラストでした。
リストへ
氷菓  角川スニーカー文庫
 姉に勧められて(強制されて)、部員0で廃部寸前の古典部に入部した主人公の奉太郎。
 一人と思ったところ、すでに部室には隣のクラスの千反田えるが。奉太郎の悪友の里志も入部、さらには里志に恋心を抱いているらしい伊原摩耶花も入部して古典部は4人で活動を開始することとなります。殺人事件という血なまぐさい事件は起こりません。中心となる話は33年前に古典部に所属していた千反田えるの伯父が関わった事件です。
 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」という省エネがモットーの奉太郎が謎を解いていく中で、他の3人に触発されて成長していく青春ミステリといえます。

※どこかの書評で評判だったのを読んで買ったのですが、ちょっといい大人の男が買うには勇気のあるカバー絵でした。まあかわいいですけどね。
リストへ
春期限定いちごタルト事件 創元推理文庫
(ちょっとだけネタばれあり注意)
 小市民であることをモットーとして高校生活を始めた小鳩君と小山内さん。二人は恋愛関係にも依存関係にもないが、互恵関係という何とも不思議な関係にある高校1年生です。この作品は、小市民として生きたいというそんな二人の前に立ちふさがるように現れる日常の謎的事件を描いた5編からなる連作短編集です。
 最初の4編は、二人の回りのほんの小さな日常の謎を小鳩君が解く話です。小市民としては他人の注目は浴びたくない小鳩君でしょうが、そうせざるを得ない状況に追い込まれていきます。
 メインとなるのは最後の「孤狼の心」です。それまでに少しずつ語られていた出来事が大きな事件となって現れてきます。この編だけは日常の謎から少し外れるのでしょうか。小鳩君や小山内さんがこだわる「小市民」でありたい理由も語られています。そして、題名の「孤狼」とは・・・。
 僕としては、小鳩君や小山内さんに何かがあった中学生時代をもう少し描いて欲しかったと思うのです。特に小山内さんの過去は興味深いですね。
リストへ
愚者のエンドロール 角川文庫
 折木奉太郎を主人公とする古典部シリーズ第2作です。
 学園祭で2年のクラスが上映予定のミステリーをテーマにした自主制作映画が、シナリオを担当する女性の急病により、中断を余儀なくされます。映画の撮影は高校生グループが廃村の取材で訪れた古い劇場での鍵のかかった一室で、一人の高校生が腕を切り落とされて殺害されていた場面で終わっていました。そのクラスの“女帝”と呼ばれる女生徒から依頼を受けた古典部の面々は、映画制作に関わった上級生から話を聞きながら、この後の解決編の推理を進めていきます。
 もともとは、角川スニーカー文庫で出ていた作品ですので、いわゆるジャンルとしてはライトノベルですが、読者対象の中高校生でなくても十分楽しめます。
 上級生たちの展開する持論が、本格やホラーで、折木たちはそれを検証しながら彼らの推論を崩していきます。このあたり、ミステリー好き、特にホームズ好きにはおもしろいでしょう。
 古典部の4人が個性豊かに描かれます。“省エネ”がモットーの主人公折木。彼の「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」というモットーが、今回ある人によって変化していきます。そして旧家のお嬢様の千反田える。彼女のどこか普通とズレているところが、また魅力です。そして奉太郎のいつも巾着袋を持ち歩いている悪友の福部里志、里志を好きな伊原摩耶花と古典部の4人みたいな高校生がいたら楽しいでしょうね。
リストへ
犬はどこだ 東京創元社
 原因不明のアトピー性皮膚炎になって東京からUターンしてきた主人公紺屋は、迷い犬探し専門の紺屋S&R(サーチアンドレスキュー)を設立します。ところが、友人からの紹介で現れた二人の客の依頼は、行方不明になった孫娘を捜すことと、地区の神社に奉納されている古文書の由来を探ること。予定外の依頼に戸惑いながらも、紺屋は、探偵に憧れて押しかけた後輩ハンペーを助手にして捜索を始めます。
 主人公の紺屋が探偵というイメージとは懸け離れた存在です。順調といえる人生から転落し、すべてを捨てて故郷に戻った紺屋ですが、故郷に戻ったとたん、原因不明のアトピー性皮膚炎は完治。抜け殻のような生活から脱出しようと犬探しの事務所を始めたのですから、しょせん探偵なんて似合いません。あまりにミスマッチです。本人にしてみれば、犬探しが専門なんだから、人間捜しの探偵とは違うんだと言いたくなるでしょうが。
 一方助手となったハンペーは、優秀なんだかどうなのかとらえどころのない青年です。探偵に憧れているのですが、しだいに泣く泣く現実に合うように行動していかなければならなくなるところが、何ともおかしいです。
 最初は、いわゆるハードボイルドといった雰囲気の物語でなく、ユーモアがそこかしこに顔を覗かせるライト感覚の物語だったのですが、ラストはそれまでの軽いタッチのストーリの流れとはうって変わって、重苦しい雰囲気になりました。犬はどこだと探していた方が気が楽でしたね。
 ネタ晴れになるので細かいことは書くことができませんが、サイトを運営している者にとって、いろいろ考えさせられる物語でした。
リストへ
クドリャフカの順番 「十文字」事件  ☆ 角川書店
 古典部シリーズ第3作になります。舞台は高校生活最大のイベントといっていい学園祭です(懐かしい!)。
 古典部はちょっとした手違いから、文集を30部印刷するところを200部印刷してしまい、折木たち部員は、これをさばこうと知恵を絞ります。“やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に”をモットーとする折木は単に店番を買って出ただけですが(笑)。
 文集をさばこうと部員たちが奔走しているとき、学内では奇妙な盗難事件が起きます。占い部からなくなったタロットカード、囲碁部からなくなった碁石、お料理部からなくなったおたま等々学園祭に参加しているクラブから盗まれた品々とあとに残された犯行声明らしきグリーティングカード。
 相変わらずの省エネがモットーの折木奉太郎、どこかおっとりとしてズレた感覚のお嬢様千反田える、責任感の強いしっかり者の伊原摩耶花、お調子者のように見えて、彼らを気遣う福部里志と、個性豊かな4人がこの奇妙な盗難事件に挑戦します。物語はこの4人の視点で交互に語られていきますが、それぞれの心の内が読めて楽しめます。
 省エネがモットーの折木らしく、今回も部室で店番をしながら動きません。いわゆる安楽椅子探偵の役どころです。好奇心旺盛で何でも顔を突っ込んでしまう千反田えるとのコンビは相変わらずです。この二人を後ろで支える摩耶花と里志もいいコンビです。
 とある人物が、突然ヒントを与えていったりして、ちょっと謎解きとしては都合良すぎるところがないではありません。でも、いわゆる“青春ミステリ”というジャンルが好きな僕にとっては、飽きることなく読めた作品でした。
 シリーズ第1作の「氷菓」、第2作の「愚者のエンドロール」のことは、この話には直接には関係ありませんが、ときどき話の中に出てきますので、この2作を読んでからこの作品を読んだ方が楽しむことができます。
リストへ
夏期限定トロピカルパフェ事件 創元推理文庫
  「春期限定いちごタルト事件」に続く「小市民」シリーズ第2弾です。
 余計なことに口を挟み、探偵よろしく知恵を働かせて、多くの人に嫌な思いをさせる「狐」こと小鳩常悟朗と、小柄で見かけはかわいらしいが、復讐が生き甲斐の「狼」である小佐内ゆき。二人は、その狐と狼を封じ込め、小市民として日々を平穏に過ごそうとしていますが・・・。
 今回物語は、小山内さんの夏の計画、町のお菓子屋さんの「スイーツ・セレクション制覇」に小鳩くんがつき合わされ、引っ張りまわされることから始まります。第1章は、小鳩くんが小山内さんの計画に付き合うきっかけとなる二人の知恵比べ、推理合戦がおもしろいです。全体の中の1章として位置づけられていますが、読み切り短編として「ミステリーズ」に発表された作品だけあって、それだけで十分読み応えのある作品になっています。
 その後、二人がお菓子の食べ歩きを行う中で、ちょっとした謎にぶつかり、解き明かしていくのですが、このまま、日常の謎ミステリあるいはほのぼの青春ミステリとして終わるのかと思いきや、中盤から様相は一転します。なんと小山内さんが誘拐されてしまうのです。
 ラストは予想外の結末で、え?このシリーズも2作でこのまま終わってしまうのかと思わされましたが、春ときて夏ですから、やっぱり秋と冬は当然あるのでしょうね。
 それにしても、この結末から米澤さんは「秋」をどう展開していくのか非常に楽しみです。今回小山内さんの中学時代が垣間見えましたが、まだまだ謎の少女です。「秋」ではどうなるのでしょう。それもまたこのシリーズを読む楽しみの一つです。
リストへ
ボトルネック 新潮社
 好きだったノゾミが転落死をした東尋坊を訪れた主人公リョウは、ふとめまいを起こして崖から転落しそうになる。気づいたときには東尋坊から遥か離れた金沢の河川敷のベンチに座っていた。家に帰るとそこには見知らぬ若い女性がいて、ここは自分の家だという・・・。
 自分が存在しないパラレルワールドに迷い込んだ少年の話です。僕の好きなパラレルワールドもので青春小説ということで大いに期待をして読んだのですが、予想とはまったく異なる展開で、始めから終わりまでトーンの暗い悲しい話でした。
 二つの世界はほとんど同じ。大きな違いは自分が存在しない代わりに姉が存在していること。そして自分の世界で崩壊していた家庭は、こちらでは危機を乗り越えており、死んだ兄も元気で暮らしていること。さらにはノゾミが生きていること。
 姉の助けを借りて、元の世界へ戻ろうとする旅の中でノゾミの死の謎が解かれていきますが、それよりはもっと大きな謎解きがあります。ラストでそれが明らかとされますが、リョウの目の前に突きつけられた事実はあまりに衝撃的です。というよりリョウにとっては残酷すぎる事実です。最後の一行のことばによって、果たして運命はどちらに転ぶことになったのでしょうか。読んでいて本当に辛い小説でした。青春小説というと、どうしても明るいイメージがありますが、この作品では帯にも書いてあるように「若さとは、かくも冷徹に痛ましい。」ものでした。

※「ボトルネック」とは、システム全体の効率を上げる場合の妨げとなる部分のこと。全体の向上のためには、まずボトルネックを排除しなければならない。
リストへ
インシテミル 文藝春秋
 求人情報の誤植と思われるような高額のバイトによって集められた12人の男女。彼らは7日間、地下の暗鬼館という施設で人文科学的な実験のモニターとして生活することとなる。
 これは、いわゆるクローズドサークルものです。12人が暗鬼館のラウンジに入ったとき置かれていたインディアンの人形。ミステリー好きにはすぐわかりますよね。アガサ・クリスティの「そして誰もいなくなった」です。となると、当然これから起こるのは、この閉ざされた空間の中での連続殺人です。綾辻行人さんの館モノを夢中で読んだ僕としては、久しぶりの館モノということで、楽しく読みました。館の見取り図が掲載されているのにはワクワクしてしまいます。それに、12人に与えられた古今のミステリー作品にちなんだ凶器などミステリー好きにはたまらない設定でした。久しぶりに頭を捻って考えてしまいました。
 ただ、こういう作品というのは、設定を深く追求しない方がいいですね。だいたい、時給が10万円以上なんて本当だったらうさんくさくて応募しないでしょう(誤植なら応募を受けた段階で訂正しますよ。)。そのうえ、○○○とツッコミどころはいろいろあります。おっと、そんなふうに考え始めると話が面白くなくなりますね。
 殺人者の動機の背景も描かれていないので、単純に犯行の可能性から犯人を推理していくことになります。米澤さんとしては動機の背景など二の次、純粋なパズルの解法の方を優先したのでしょう。しかし、おもしろいのは、主人公の結城に「必要なのは、筋道だった論理や整然とした説明などではなかった。どうやらあいつが犯人だぞという共通理解、暗黙のうちに形作られる雰囲気こそが、最も重要だった」と言わせていること。確かに実際に館に閉じこめられれば、名探偵の論理的解決よりは、あいつが犯人ではないかという多数決で決まってしまいそうですね。

(以下ちょっとネタバレ)

 それにしても、物語は終わっても謎は残るばかりです。いったい、須和名の正体は何なんでしょう。彼女はなぜ参加したのでしょう。参加の理由を聞かれた時に話した滞っているものとは何のことだったのでしょうか。キャラクターとしてはインパクトはありましたが、正体不明の人物というだけで、ストーリーの中では重要な役目を担ってはいませんでしたね。また、見学者はだいたい一番近いところから見ているというのが定番ですので、参加者の中にいる彼女が主催者かと睨んでいたのですが、この点も当初の予想がすっかり外れました。

 題名の「インシテミル」とは、いったいどういう意味でしょうか。英題が「THE INCITE MILL」とわざわざ書いてあるので辞書を引くと、「INCITE」は、“刺激する。扇動する。”ですが、形容詞はないですね。「MILL」は、“製粉場 製造工場”ですが、俗語としては“殴り合い”という意味もあるそうです。というと、「刺激製造工場」とか「殴り合いを扇動する」というような意味ですかねえ。
リストへ
遠まわりする雛  ☆ 角川書店
 「やらなくていいことならやらない。やらなければならないことは手短に」という省エネ主義をモットーに生きてきた主人公の折木奉太郎。なんとなく入部した古典部で千反田えるの「気になります」のことばに、やむを得ず探偵役を務めて、これまで氷菓事件、女帝事件、十文字事件を解決した奉太郎ですが、この作品は、それらの事件が起こった高校1年生から2年生に進級する直前の春休みまでの間に奉太郎たち古典部の面々が遭遇した事件(といっても殺人事件とかではなく、日常の謎系事件です)を描いた連作短編集です。この短編集だけでも十分楽しむことはできますが、文中で今までの事件に言及するところがありますので、先にそれらを読んでいたほうがなお楽しめます。
 単純に謎の解明に徹した「心あたりのある者は」を始めとして、ミステリとしての“日常の謎”の解明もそれなりに楽しむことができました。しかし、この作品は謎の解決以上に折木たち4人の関係を描いた青春小説の要素が強い作品です(帯にも「青春ミステリの傑作登場!」と書いてありますように)。それが強く表れていたのが最後の3作、「あきましておめでとう」、「手作りチョコレート事件」と表題作の「遠まわりする雛」です。「あきまして~」なんてミステリの要素などほとんどない青春ものストーリーですし、「手作り~」では、福部里志と伊原摩耶花の、「遠まわり~」では奉太郎と千反田えるとの関係が今までより踏み込んだ形で描かれます。特に「遠まわり~」では、省エネがモットーの奉太郎がいつもと違った行動を見せます。奉太郎の心境も語られ、そしてラストは・・・。恥ずかしくなるほどこれが青春だなあという雰囲気がいよいよ強くなってきました。高校二年生となった彼ら4人の関係が今後どのように変化していくのか気になります。

 題名が「遠回りする雛」ではなく「遠まわりする雛」であった理由はそんなことだったんですねえ(詳しくは米澤穂信さんのサイトで)。
リストへ
儚い羊たちの祝宴  ☆ 新潮社
 「ラスト1行の衝撃」に徹底的にこだわり抜いた5編からなる短編集です。読んだ感じでは今までの米澤さんの作品の雰囲気とはちょっと異なったブラックな味の作品集となっています。
 各編は話としては別ですが、5編とも主人公が若い女性であることとある大学の読書クラブ「バベルの会」の存在が話の中で語られているという共通項があります。
 最初の「身内に不幸がありまして」は、有力者の娘の世話係となった少女の手記で進んでいきますが、これがラスト6ページで思わぬどんでん返しを見せます。ラスト1行には「やられたなあ!」と唸らされました。
 「北の館の罪人」は、主人として君臨する弟、幽閉される兄、その面倒を見る腹違いの妹という3人の生活が妹の目を通して描かれていきます。さまざまな事実が明らかにされていく中で、当然話の向かう方向はあちらかと思ったところが、これまた思わぬどんでん返し。その上でさらに強烈なラスト1行でした。
 「山荘秘聞」は、スティーブン・キングの「ミザリー」を思わせる展開。あまりにブラックな終わり方です。
 「玉野五十鈴の誉れ」は、新潮社の雑誌「Story Seller」に掲載された際に読んでいました。そのときは、それほどの印象がなかったのですが、今回再読してみると、この短編集の中で「ラスト1行の衝撃」としては一番だと感じました。あの言葉ががラストであんな衝撃的に使用されるなんて、伏線の張り方と共に見事としか言えません。
 最終話の「儚い羊たちの晩餐」は、書き下ろし作品です。ここでは、全編を通してさりげなく語られていた「バベルの会」が、前面に出てきます。成金が雇った天才料理人を巡る話が「バベルの会」と見事にリンクして衝撃的な結末を予想させて終わります。
 最終話はともかく、残り4話は見事にラスト1行に衝撃がありました。それにしても、少女たちは怖い!
リストへ
秋期限定栗きんとん事件 上・下 創元推理文庫
 小鳩くんと小山内さんの小市民シリーズ第3弾です。前作で互恵関係を解消した小鳩くんと小山内さん。今回、小鳩くんには同級生の女の子、仲丸さん、小山内さんには年下の新聞部員の男の子、瓜野くんという交際相手ができます。
 物語は、町の中で頻発する放火事件を追う瓜野くんの話を中心として、小鳩くんと小山内さんそれぞれの交際の様子が語られていきます。瓜野くんの推理したとおりに放火が起きる事件の真相は?小鳩くんと小山内さんはその事件にどう関わってい<のか。
 げに恐ろしきは小山内さん。読むごとに復讐が生き甲斐という彼女の恐ろしさがわかってきます。今回も裏ですべてを操り、自分の思うままに事態を動かしていくという、まことに恐ろしい女の子です。中学生、ひょっとしたら小学生にも見えるという見た目に編されるなかれ。あんなことで復讐されたらたまりません。彼女と互恵関係を保っていた小鳩くんの気が知れません。小山内さんの存在が青春ミステリというジャンルにこのシリーズを位置づけるのを躊躇させます。
 二人ともあまりに頭がよすぎるので、普通の人では満足できないのでしょうか。さて、高校生生活もあと少し。二人の周囲で事件はまだ起きるのでしょうか。次は順番どおりであれば“冬”の事件になりますね。
リストへ
追想五断章 集英社
(ちょっとネタバレあり)
 家業が傾いたため、大学を休学し、伯父の古本屋を手伝っている菅生芳光。彼は報酬に惹かれて、店を訪れた女性・北里可南子の依頼を引き受けます。それは、彼女の父親が生前に書いた5つの小説を探して欲しいというもの。調査をするうちに、菅生は、可南子の父親が容疑者とされた“アントワープの銃声"と名付けられた事件に行き当たります。
 父親が書いた小説は、物語の結末をわざと伏せて読者の想像にまかせるリドルストーリーと呼ばれるものでした。有名なのは「女か虎か?」という話ですね。残されたリドルストーリーと可南子のもとに残るその結末の一行を手がかりに事件の真相を明らかにしていくという話です。
 このところの“古典部シリーズ"や“小市民シリ‐ズ"のような高校生を主人公にした作品とは雰囲気が異なります。一つ一つのリドルストーリーはなかなかおもしろく読むことができますが、非常に地味な作品です。主人公はさえない男ですし、アルバイト仲間の女子大生や可南子との恋の話もありません。謎解きがされても、ああそうなのというだけで、今ひとつ爽快感はありません。主人公といっても、この物語の中ではあくまで第三者であり、謎解きによって主人公の生活が劇的に変わるということもな<、物語は終わります。菅生の伯父についても中途半端な描き方という感じでした(逆にそれが狙いか?)。“古典部~”等のファンは戸惑うかもしれません。
リストへ
ふたりの距離の概算  ☆ 角川書店
 米澤穂信さんと言ったら、やっぱり古典部シリーズを措いては語れないでしょう。この作品は、その古典部シリーズ第5弾です。ミステリという枠組みの中の作品ですが、殺人など事件は起きません。いわゆる“日常の謎”系ミステリですが、青春真っ只中の古典部員たちの生き方を描く青春ストーリーでもあります。
 今回奉太郎が解こうとする謎は、古典部へ入部するはずだった新入生が、突然入部を取りやめた理由です。
 折木奉太郎ら古典部の面々は高校2年生となり、古典部にも1年生の大日向友子が仮入部します。ところが、本入部直前、彼女は急に入部しないことを告げます。どうやら千反田えるとの会話が原因のようでしたが・・・。奉太郎は理由を解き明かすべく入部締切日のマラソン大会に臨みます。
 「やらなくてもいいことなら、やらない。やらなければいけないことなら手短に」をモットーの奉太郎が、マラソンの方はモットーどおりに手を抜きながら、理由を突き止めようと走ります(歩きます!)。
 回想シーンを交えながら、ところどころに伏線を張り巡らしながら話を進めていくところは、相変わらず米澤さん、うまいですよねえ。いつの間にか物語の世界に入っていました。伏線も、読み終わった後に元に戻ってみると、なるほど~ここにさりげなく書いてあったのかぁ~と脱帽。
 ただ、今回は超個性的な千反田えるの活躍があまり見られなかったのが、残念でしたが。
リストへ
満願  ☆ 新潮社
(ちょっとネタばれ)
 米澤さんの“古典部シリーズ”や“小市民シリーズ”とは趣がまったく異なる6編が収録された短編集です。全体の雰囲気としては「儚い羊たちの祝宴」系の作品でしょうか。ラストに謎が解き明かされても、明るくはならず読後の気持ちは重いままです。単純なミステリではなくホラー風味もまぶされた作品集になっています。
 夫から暴力を振るわれている通報で現場に向かった警官が夫を射殺したが、自らも刺殺される。その事件の裏に隠された驚くべき事実が明らかとなる「夜警」。この作品集の中では一番ミステリ的要素が強く、僕としては一番のお気に入りです。
 突然姿を消した恋人の行方を捜しやってきた温泉宿で、若女将となった恋人から自殺をしようとしている客を探すよう頼まれた男を描く「死人宿」。彼を試すかのような問いかけをする彼女を見ていると、結末よりも二人が今後どうなるかの方が気になります。
 生活能力のない夫との離婚を決意した妻。二人の娘が離婚調停に当たってとった思わぬ行動の裏にあるものを描く「柘榴」。女というのは怖ろしいとありきたりの言葉では言い表せない女性の心を描いた作品です。
 「万灯」は、この作品集の少し前に刊行された「Story Seller annex」にも収録されていた作品です。天然ガス田開発のために罪を犯したエリート営業感が陥る八方ふさがりの状況を描きます。
 三流雑誌の都市伝説の記事のネタに使おうと、先輩から聞いた事故が多発する峠に取材にやってきたルポライターが辿る怖ろしい結末を描く「関守」。この短編集の中で一番ホラー色が強い作品です。
 ラストに置かれた表題作の「満願」は、女はなぜ金貸しを殺したのか、そしてなぜ控訴を取り下げたのかの驚きの事実が明らかになる一編です。ただ、種明かしされても、そこまでやるかという気がしますが・・・。
リストへ
王とサーカス  ☆   東京創元社 
 「このミス」国内編第1位、週刊文春の「ミステリーベスト10」国内部門第1位など、昨年の主要なミステリベスト10で第1位を獲得した作品です。主人公・大刀洗万智は「さよなら妖精」で女子高校生として登場していますが、あれから10年がたち、ジャーナリストとして再登場した万智は28歳となっています。
 舞台は2001年。同僚の自殺をきっかけに新聞社を辞めた大刀洗万智は、フリーとなり月刊誌の観光特集の事前取材のため、ネパールを訪れる。そこで彼女は皇太子が国王夫妻を含む王族を射殺する事件に遭遇し、事件の取材を開始する。宿屋の女主人の紹介で事件の日に王宮にいた軍人、ラジェスワルと会って話をするが、彼からはマスコミの取材姿勢を糾弾されただけで何の情報も得られず別れる。しかし、その後ラジェスワルは背中に“密告者”と傷つけられた死体となって発見される・・・。
 この作品のテーマとなるのは作者の米澤さんもインタビューの席で話していましたが、ラジェスワルが大刀洗に突きつける「知ること」と「伝えること」です。彼が大刀洗に言う「自分に降りかかることのない惨劇は、この上もなく刺激的な娯楽だ」という言葉は平和な世界にいる僕たちの胸に突き刺さります。題名の「王とサーカス」の意味がここでの大刀洗とラジェスワンとの会話の中で明らかになりますが、そういうことだったのですね。
 物語は、殺人事件の謎とともに、ラジェスワンからの、報道することに対する質問に答えられなかった大刀洗が自分を納得させる回答を得るまでを描いていきます。ラジェスワンを殺害した犯人については、読み進むうちに予想がつくのですが、殺人事件の謎の裏側に隠されていた、ある人物の悲しいまでの切実な叫びは大刀洗に対するラジェスワンの辛辣な言葉以上に読む者の心を揺さぶります。主要ミステリベストテンで第1位を獲得しただけのことがある読み応えのある作品でした。今更ながらオススメです。
 なお、ネパールの皇太子による国王殺害事件は実際にあった事件です。 
 リストへ
真実の10メートル手前  ☆  東京創元社 
 「王とサーカス」に続く太刀洗万智を主人公にした6編が収録された短編集です。
 とはいえ、表題作と書き下ろしの「綱渡りの成功例」以外は「王とサーカス」以前に発表したものです。冒頭に置かれた表題作は当初「王とサーカス」の前日談として「王とサーカス」の劈頭に置くつもりだったものを独立の短編としたものだそうです。収録作の中でこの表題作だけが太刀洗が新聞記者時代の話で、「王とサーカス」同様、彼女の一人称の語りになっており、その他の5編は新聞記者を辞めた後の話で太刀洗以外の人の語りとなっています。
 「真実の10メートル手前」では、経営破綻した会社の広報担当の女性の失踪を追う太刀洗が、女性が妹にかけてきた電話の内容から居場所を推理し、彼女の後を追います。「真実の10メートル手前」という題名とラストの状況が重なります。
 「正義漢」では、ある人物によって電車への飛び込み事件とその場に居合わせた太刀洗の取材の様子が語られます。やな女だなあと読者に思わせながら、ある場面で状況はいっきに反転します。短いけれど、見事な1作です。
 「恋累心中」では、高校生の心中事件を取材する記者のサポートをする太刀洗が描かれます。若い男女の悲恋の故の自殺かと思った事件を太刀洗が遺言が書かれたノートに見つけた“助けて”という言葉から真実を明らかにしていく1編です。語り手によって太刀洗の人となりが語られる作品でもあります。
 「名を刻む死」は、孤独死をした老人が残した言葉の意味を探るとともに、ある出来事から、老人の死を自分の責任だと苦しむ少年の呪縛を太刀洗が見事なまでに解き放つ1編です。
 「ナイフを失われた思い出の中に」は、「さよなら妖精」とリンクする作品です。「さよなら妖精」に登場したマーヤの兄が太刀洗に逢いにやってきます。最初はマーヤの語る太刀洗とは異なる印象を持ったマーヤの兄でしたが、幼い姪を16歳の少年が殺した事件を取材する太刀洗について行く中で、太刀洗がマーヤが語るとおりの人間だということに納得する姿を描きます。「さよなら妖精」を読んだ読者にとっては、ある事実が明らかになるのが、あまりに悲しい作品です。
 「綱渡りの成功例」は、大雨と崖崩れで閉じ込められた老夫婦の救出劇を取材する太刀洗が描かれます。敢えて明らかにする必要がないと思う真実をなぜ太刀洗は明らかにしようとするのかを描く1編です。
 どの作品も、太刀洗という女性の生き方を感じさせてくれる作品となっています。これらの作品で描かれる「伝えるということ」のあり方を問う集大成が「王とサーカス」となっていくのでしょう。 
 リストへ
いまさら翼といわれても  ☆  角川書店 
 表題作ほか5編が収録された古典部シリーズ第6弾です。
 冒頭の「箱の中の欠落」では、高校の生徒会長選挙において投票箱に入れられた投票用紙が生徒数より多かった謎を福部里志の依頼で奉太郎が解き明かします。
 「鏡には映らない」では、中学の卒業制作で各班で分担して製作された鏡のフレームの図柄を奉太郎がまったく無視して彫ったことから、みんなの批判を浴びた事件について、伊原摩耶花が調べます。
 「連峰は晴れているか」では、中学時代の担任が、ある日の授業中に校舎の上を飛ぶヘリコプターを見て「ヘリが好きなんだ」と言ったことばが気になった奉太郎がその理由を探ります。
 「わたしたちの伝説の一冊」では、麻耶花が所属する漫画研究会が“漫画を読みたい派”と“漫画を描きたい派”とに分かれて反発し合っている中で、ネームが描かれた麻耶花のノートが隠された謎が描かれます。
 「長い休日」では、奉太郎が「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」をモットーにするようになった理由が描かれます。
 ラストの表題作「いまさら翼といわれても」では、市主催の合唱祭でソロパートを歌うことになっていた千反田えるが当日会場から姿を消してしまった謎を奉太郎が解き明かします。
 「やらなくていいことは、やらない」がモットーでありながら、投票用紙の謎解きも、手を抜いたと言われるフレーム製作も、教師の言葉の謎解きも、そしてえるの捜索も、奉太郎が「やらなければいけないこと」ではないのに、行います。「長い休日」でも描かれましたが、基本的に奉太郎は頼まれれば嫌とは言えない優しい男です。「やらなくていいことなら、やらない。やらなければいけないことは手短に」と言いながらも、本当は誰かのためになることなら、「やる」男です。決して省エネの高校生ではありません。特にある人物のために行った手抜きのフレーム製作に、そのことがはっきり表れています。
 麻耶花がマンガを描く決意を固める経過が描かれたり、このシリーズで最も重要な奉太郎のモットーの理由が語られたり、千反田えるの悩みが語られるなど、単なる謎解きに留まらず、ミステリーという体裁を取った青春小説です。 
 リストへ
本と鍵の季節  ☆  集英社 
 6話が収録された連作短編集です。最初の4話はそれぞれ完結しますが、ラストの2話は併せてひとつの話となっており、予想外の展開になっています。
 暇を持て余していた図書委員の堀川次郎と松倉詩門は、図書委員の先輩の浦上麻里から、祖父が亡くなってダイヤル番号がわからず開けることができなくなった金庫を開けて欲しいと依頼される。手がかりを探そうと浦上の家を訪れた二人が目をとめたのは祖父の部屋の本棚にあった他とは毛色の変わった4冊の本(「913」)。
 堀川が行きつけの美容室でもらった割引券で松倉を連れて美容室に行く。そこで二人は店長から荷物はロッカーに、貴重品は手元に持つよう言われる。どうしてわざわざそんなことを言うのか。二人はその理由を推理する(「ロックオンロッカー」)。
 堀川と松倉は図書委員の植田から、兄にかけられた試験前の職員室の窓を割って試験問題を盗み出そうとしたという嫌疑を晴らしてくれるよう頼まれる。二人は当日の兄のアリバイを調べるために植田の家に行ってアリバイ探しをする(「金曜に彼は何をしたか」)。
 自殺した同級生が死ぬ直前に読んでいた本を探して欲しいと3年生の長谷川が図書館にやってくる。同級生がその本に何か挟んだのを目撃したからだという。堀川と松倉の二人は長谷川が見たという本のことを聞き、推理を巡らす(「ない本」)。
 近所で窃盗事件が起きた時、自営業者だった松倉の父は訪ねてきた偽警官にお金を別の場所に移した方がいいと示唆され、金を移動したが、その直後病死してしまう。松倉から話を聞いた堀川は松倉とともに残された手がかりから松倉の父が動かした金の在りかを探る(「昔話を聞かせておくれよ」「友よ知るなかれ))。
 高校生の図書委員、堀川と松倉の二人がホームズとワトソンよろしく、本に関わる“日常の謎”を解く青春ミステリかと思っていたら、これが単なる“日常の謎”ミステリにとどまるものではありませんでした。本に関係する謎解きは最初の「913」と「ない本」の2編だけで、あとは本とは関係のない謎解きです。それも、かなり苦いラストとなるものばかりです。
 どこか斜にかまえた皮肉屋の松倉と人当たりが良く人の言うことを素直に聞く語り手となる堀川というキャラの異なる二人ですが、当然松倉がホームズ役として謎を解くのかと思いきや、ワトソン役と思えた堀川も松倉に負けず劣らず推理を繰り広げていきます。微妙な距離感を持ちながらも気の置けない関係の二人です。詩門とは個性的な名前ですが、この名前がラストの二つの話に大いに関わってきます。ラスト、すべてを知ってしまった堀川の前に松倉は現れるのか、シリーズ化するのかどうかということもあり、気になるところです。 
 リストへ
Iの悲劇  文藝春秋 
 舞台は、南はかま市の山あいの小さな集落、蓑石。過疎化が進み、住人が次第に少なくなる中で、最後に残っていた老人が自殺しそこなって町の養老院に移って以降、住人は誰もいなくなったが、新しい市長は、蓑石にIターン志願者を住まわせ、彼らをサポートすることで定住を促し、村を甦らせようという一大プロジェクトを打ち出す。担当するのは市の間野出張所の誰が名付けたか「甦り課」の3人の課員、ヤル気の感じられない課長の西山、人当たりはいいが学生気分の抜けない採用2年目の女性職員の観山、そしてこのプロジェクトを成功させることにより、出世を望む、いかにも公務員という万願寺。しかし、プロジェクトを成功させようとする彼らの前に次々と問題が生じてくる・・・。
 少子化で人口の都市への一極集中、地方の過疎化が大きな問題になる中、地方創生の掛け声のもとに、地方の人口増加を図るための様々な政策が各地で実行に移されています。しかし、Iターンで地方にやってくるのは、定年を迎え、老後をのんびりとした地方で過ごそうとする老人ばかりというのが現実です。働き盛りで税金を落としてくれる若者は少なく、年金生活で医療費のかかる老人を地方が抱えるという悪循環を生んでいるだけです。物語の舞台となる「南はかま市」では、夢のようなIターンプロジェクトが実行に移され、老人だけではなく若い夫婦など多くの人が移り住んできます。
 物語は6章からなり、それぞれIターンしてきた住人に起こる問題に対処する万願寺たちが描かれます。ボヤ騒ぎ、魚の養殖池からの盗難、子どもの行方不明、バーベキューでの食中毒、仏像の盗難など起こる事件は多彩。それが終章で思わぬ事実が明らかとされます。
 それぞれの事件は解決しますが、そのたびに住人たちは一人、また一人と蓑石から去っていきます。ラストで蓑石を巡る一連の出来事の裏側にあるものが明らかとされたときは、これもやむを得ないかと思いながらも、周囲の思惑とは関係なく夢を抱いて蓑石にやってきた移住者たちの気持ちはいったいどう考えるのかと、この計画を進めていった者に言いたくなります。
 こういう結果となっても、万願寺は、今後も公務員として生きていくのだろうなあ。 
リストへ 
黒牢城  ☆  角川書店 
  物語の主人公は戦国時代の武将・荒木村重。荒木村重といえば、織田信長方の武将でしたが、織田を裏切り有岡城に立て籠もって1年間織田と戦った武将です。物語は信長の意を受けて村重に翻意を求めやってきた小寺官兵衛(黒田官兵衛)を殺すことも返すこともせずに地下の土牢に幽閉したという有名なエピソード(大河ドラマ「軍師官兵衛」でも官兵衛役の岡田准一くんが幽閉されましたね。)から始まります。
 織田勢を前にして有岡城に立て籠る荒木勢の中で次々と事件が起きます。最初は、人質の射殺事件。納戸に閉じ込めておいた寝返った武将の人質が何者かに矢で殺されるが、御前衆が駆け付けた時には犯人の姿も凶器となった矢もなく、部屋が面していた庭には降り積もった雪の上に足跡がないという典型的な密室殺人です。次は高槻衆と雑賀衆の打ち取った2つの首のどちらが大将の首かと騒ぎの中で、首がすり替えられる事件。3つ目は村重が密書を託した僧と護衛をしていた御前衆が殺害されたが、犯行可能な者が見当たらない事件。そして4つ目は雷に打たれて死んだ武将に雷と同時に銃撃がされていた事件です。
 事件を解決しないと城に立て籠る者たちの不満や疑心暗鬼を引き起こし、ほっておけば城内の結束が弱まり、寝返る者も出てくるのではないかという怖れから、村重は事件を自ら調べ、事件の謎解きのために幽閉した官兵衛の知恵を借りようとします(自らの側近の中に相談できる者がいないのが悲しいですね。)。官兵衛はいわゆる安楽椅子探偵の役割をすることになるのですが、スッキリとした謎解きはせずにヒントになるようなことを言って村重を翻弄するばかりです。
 歴史を知る読者は、結局は村重が家臣を残して城を抜け出すことを知っています。なぜ城内の結束を第一に考えていた村重が家臣を残して城を抜け出したのかという歴史上の謎への米澤さんなりの回答がそれまで4つの謎解きに付き合ってきた官兵衛の真の目的、そしてそれを知った村重の行動ということだったのでしょう。
 架空の4つの事件の謎解きもそれぞれ面白かったですが、やはりそれらが最後の村重の城脱出にまで繋がるというストーリー展開は見事です。今年のミステリベスト10に入ってくるのは確実です。
 リストへ
栞と嘘の季節  ☆  集英社 
 「本と鍵の季節」の続編です。前作のラストの状況では堀川次郎と松倉詩門との続編は難しいかなと思っていましたが、今回、前作から2か月が経過した日から何事もなかったように二人の関係が再開します。何もなかったかのように図書館にやってきた松倉とそれを迎えた堀川の態度が何ともいえず素敵ですよねえ。帯には「図書委員シリーズ」第2弾とあったので、今後もシリーズ化されるのでしょう。前作は連作でしたが、今回は長編です。
 図書委員の堀川次郎は、返却された本の中に押し花をラミネート加工した栞が挟まれているのを見つける。栞を見た松倉は押し花が有毒のトリカブトであることに気づき、人に見つからないよう隠し、持主は松倉・堀川に申し出るよう掲示板に張り紙をする。翌日、松倉からコンクールで賞を受賞した写真にトリカブトが写っていることを聞いた堀川は松倉とともに撮影者の岡地に会い、撮影場所が校舎の裏庭だと聞き、そこに向かう。そこで、墓を掘っていたという瀬野という女生徒に出会うが、彼女が掘っていたという墓を掘り起こすと、そこにはトリカブトが埋まっていた。翌日、図書室に来た瀬尾は栞は自分のものだと言い、松倉から奪い取ると外に出て火をつけて焼いてしまう。そんなとき、生徒指導の教師・横瀬が食中毒症状で救急車で運ばれ、その症状がトリカブトを服用した時と同じだと知った堀川と松倉はトリカブトが再び使用されないよう、事情を知っているらしい瀬尾とともに栞の出所を探す・・・
 堀川と松倉の関係がワトソンとホームズというわけでなく、両者は対等で非常に微妙な関係なのは前作どおり。このあまりべたべたし過ぎない関係が個人的に好きです(でも、自宅の場所を悟られないようにカモフラージュする関係というのもなんだかそれも寂しいなあという気がしますが。)。
 更に今作では瀬川という同級生が登場し、これがちょっと変わった絶世の美少女、「ずばぬけてきれいだけれど性格が悪い」と噂される気になるキャラとして強烈な印象を与えます。瀬川にはぜひ次作にも登場願いたいですね。
 果たして、誰が何のために栞を作ったのか。ラスト、予想外の人物に行きつきますが、ひとつひとつ候補を消していけばこの人に行きつくのは必然だったでしょうか。 
 リストへ
可燃物  文藝春秋 
  群馬県警捜査一課の葛警部を主人公とする5編が収録された短編集です。
 バックカントリースノーボードをしていたグループが行方不明になり、二人が崖下で発見されるが、一人は頸動脈を先の尖った凶器で刺され死亡、もう一人も意識不明の重体で病院に運ばれる。意識不明の人物には殺害の動機があり、周囲の状況から犯人であることは確かだったが凶器が見つからなかった。いったい凶器は何でどこにいったのか(「崖の下」)。冬で見当たらない凶器となれば氷だろうと思ったら、まったくの見当違いでした。
 強盗傷害事件が起き、警察は有力容疑者を尾行していたが、被疑者の自動車は信号のある交差点で追突事故を起こし、病院に運ばれる。被疑者が赤信号を無視していれば危険運転致傷罪で逮捕できると、事故の状況を調べると、目撃者が次々と被疑者側が赤信号だったと証言する。葛は事故が起きて短い時間に目撃者が次々と現れ、一致して被疑者に不利な証言をしたことに疑問を感じる(「ねむけ」)。いくら何でも皆が皆あれでは(ネタバレになるので伏せます)というのは都合よすぎという感がします。
 群馬県でも人気の観光地である「きすげ回廊」で人間の腕が発見される。付近を捜索すると頭、手、足等が次々と発見され、歯形から被害者の名前が判明する。捜査の過程で被害者が金を借りていた人物が浮かび上がり、被害者が以前、その人物と娘が山で遭難していたときに救助をしたことがわかる。逮捕された男は犯行を自供する。しかし、葛は身体をバラバラにしながら人の目につきやすいところに遺棄したことに違和感を覚える(「命の恩」)。動機が問題となりますが、 う~ん、そこまでしなくてはならないのか。
 住宅街のごみ集積場のごみ袋に放火される事件が連続する。容疑者が何人かあがるが、絞り込めないうちに犯行がやんでしまう。いったい犯行の動機は何なのか。なぜ放火は止まったのか(「可燃物」)。いくら何でもその理由のために放火までするのかと思ってしまいます。
 ファミリーレストランで立てこもり事件が発生する。犯人は注文したメニューのことで苦情を言った男で、人質になっている店長の話では女性従業員が殺害されたとのことだった(「本物か」)。犯人は最終的にこんなことが通ると思ったのでしょうか。 
 物語はいわゆる典型的な警察小説、例えば今野敏さんの姫川玲子シリーズのようなチームで協力し合って事件を解決するという展開にはなりません。あくまで、葛警部一人が部下たちの捜査で集まった材料を元に、推理し事件を解決するという点に主眼が置かれています。したがって、葛の部下たちは名前だけで、どんな人物なのかということはまったく分かりません。そういう点では、この葛という主人公に共感を持つということはありません。彼の直属の上司である小田捜査指導官が言うように、「葛班はあまりにも、お前のワンマンチームじゃないかと疑っている。お前の捜査手法は独特だ。どこまでもスタンダードに情報を集めながら、最後の一歩を一人で飛び越える。」という評が、この作品の全ての事件に当てはまります。これではやはり部下は育たないのではと思ってしまいます。今の時代、決して理想の上司とは言えないですね。何も言わずに黙って相手を査定してしまうなんて、パワハラ上司より怖ろしいです。部下に説明せずに、取調べをしていた部下を差し置いて自分が取り調べをしたり、部下が間違っていてもそれを指摘して指導することをしないのですから上司という立場からは失格です。確かに結果をきちんと出すという点では優秀な警察官ではあるでしょうけど、組織人としてはどうかなと思ってしまいます。
 リストへ