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横山秀夫の本棚

  1. 半落ち
  2. 第三の時効
  3. 影踏み
  4. 深追い
  5. 看守眼
  6. 真相
  7. 臨場
  8. ルパンの消息
  9. 震度0
  10. クライマーズ・ハイ
  11. 出口のない海
  12. 64(ロクヨン)
  13. ノースライト

半落ち  ☆ 講談社
 警察官の妻が殺害された。二日後、夫が自首をしてくる。アルツハイマーで苦しんでいる妻を見るにみかねて殺したと話すが、自首をしてくるまでの二日間については黙秘をして話そうとしない。果たしてその二日の間に何があったのか。
 警察官が友人にいるので、警察を舞台に描く著者の作品は興味深く読んでいる。この作品は「このミステリーがすごい」で第1位となり、直木賞の候補作にもなったが、選考委員の一人からこの作品が成立するための重要な部分をありえないことと批判されて受賞に至らなかった。著者はそれに対し反論をしたが、明確に説明をしない主催者に嫌気がさし、今後の直木賞選考からの離脱を表明した。たぶん今回駄目でも、いずれは受賞すると目されていた人だけに残念である。そんなことを言った選考委員は確かな根拠を持っていたのだろうか。そうでなければ、選考委員失格と思うが。
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顔   徳間書店
 婦人警官(今では女性警察官というのだろうか。)を主人公にした連作短編集。最近テレビ化され仲間由紀恵が主人公を演じていた。
 主人公は絵が上手で鑑識課で犯人の似顔絵を描いていた。ある事件で主人公の描いた似顔絵により犯人が逮捕されるということから、警察は大々的に記者会見で「婦人警官お手柄」と発表しようとする。しかし、彼女の描いた似顔絵は犯人と似ても似つかず、それを知った上司は彼女に似顔絵を犯人に似せて描き直すよう命じる。これに従ったことから心に痛手を受けた主人公は療養後、広報へと異動となる。
 主人公の瑞穂という名前が、僕の大切な友人と同じ名前(字は異なるが)だったことから、単純に手に取り面白く読んでしまった作品である。まあ本を興味深く読む、面白く読むというのはそんなことから始まるのではないかなあと思う(^^)
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第三の時効  ☆ 集英社
 F県警捜査第一課の刑事たちを主人公にした6編の連作短編集。「青鬼」と称される朽木、「冷血」と称される楠見、「天才」と称される村瀬という凄腕の刑事をそれぞれ班長とした3つの班で構成された捜査一課を舞台に、事件を追う刑事たちのライバル意識、嫉妬、駆け引き等警察内部の人間関係が鮮やかに描かれている。
 もちろん、そればかりではなく6編の物語には、それぞれ、アリバイくずし、謎解き、意外な真犯人等ミステリーとして読むには十分な要素が含まれていて、どれを読んでも飽きるということはなかった。表題作となっている「第三の時効」もおもしろいが、僕としては刑事たちのライバル意識を描いた「密室の抜け穴」の心理戦がおもしろく読めた。
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影踏み  ☆ 祥伝社
 主人公「真壁」は深夜、寝静まった民家を狙い現金を盗み出す「ノビ」と呼ばれる忍びこみのプロ。窃盗罪での服役を終え出所した主人公は、自分が捕まった事件の謎を解くために行動を起こす。彼が忍びこんだとき、その家の妻は夫を焼き殺そうとしていた・・・。
 15年前、真壁は法曹を目指し大学の法学部へ、一方双子の弟は受験に失敗し、窃盗犯へと転落していった。そこには、双子が共に愛した一人の女性「久子」が真壁を選んだことも原因となっていた。窃盗犯となった弟を嘆いた母は、家に火を放ち弟を道連れに自殺、助けに飛び込んだ父も焼け死んだ。これを境に真壁の人生は暗転した。
 前作の「クライマーズ・ハイ」と同様警察小説を書いてきた著者が、警察官でない者を主人公にした小説である。相変わらず、読ませる。主人公の頭に中には死んだ弟の意識が住みついている。それが、多重人格のように主人公の別の人格としてあるのか、それとも、本当に弟の魂が主人公の中にあるのか、それは最後まではっきりとは述べられていない。しかし、そのことはこの小説のおもしろさを全然損なわせていない。
 7つの章に分かれているが、それぞれの章は独立した話として読むこともでき、全体として連作短編集ということもできる。最初の「消息」で「自分がパクられた時のことはちゃんと知っておきたいだろう」というのは、事件の謎を追う動機として僕はちょっと弱いのではないかと思うのだがどうだろう。やはり、家族が焼け死んだという主人公の背景があってのことだろうか。
 どの章も読ませるが、特に「使徒」、「遺言」が素晴らしい。
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深追い  ☆ 実業之日本社
 敷地内に庁舎、家族宿舎、独身寮が建つ三ツ鐘署。警察職員の間では「三ツ鐘村」と揶揄され、できれば赴任したくない所轄の一つに数えられている。その三ツ鐘署を舞台とする7編からなる短編集。
 職住一体ということで、署員ばかりでなくその家族としても生活する上で息苦しいことこのうえないだろう。誰だって、仕事で嫌なことがあっても家に帰ってホッとするものだ。少なくとも仕事場とは関係ない環境の中で衣を脱ぐものである。ところが、ここではそうはいかない。誰と交際しているかも筒抜け、子供たちも親の上下関係を見て、自分たちの上下関係を決める・・・。警察を舞台にしているが、これはどこの会社の中にもあることだろう。
7編の中では幼い頃おぼれかけて救助してくれた人が亡くなるという過去を持つ警察官を描く「又聞き」と、中学時代の苦い記憶から少年係からの配転を願う警察官を描く「締め出し」が僕としてはおもしろかった。
 相変わらず警察小説を書かせると著者はうまいとしか言いようがない。
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看守眼 新潮社
 表題作ほか6編からなる短編集です。表題作は刑事を目指しながら結局留置場看守で定年を迎えることになった警察官を広報課の女性事務官の目を通して描いたものです。刑事としての眼を養うために刑事になる者はその前に留置場の担当をするという慣例があり、この物語の警察官は刑事になりたいがために、異動があっても常に留置場の看守を希望していましたが、結局刑事にはなれなかったという現実があります。その警官が定年を迎えるに当たり、警察が逮捕しながらも釈放せざるを得なかった者を犯人と目して追う話です。
 いつもの警察官を主人公としているのはこのほか「午前5時の侵入者」だけで、あとの4編はそれぞれフリーライター、家裁の調停委員、新聞記者、県庁職員が主人公です。様々な立場にいる人にスポットを当ててその生き様を描いていますが、相変わらずうまいです。特に自分のミスを隠すべく保身に走る新聞記者、上司(それも県庁職員としては一番上の上司である知事)の顔色を窺う県庁職員としての主人公たちの心の動きを読むと、自分自身のことを振り返ってしまいます。 ただ、捜査一課の強烈な個性を持つ係長たちを描いた短編集の「第三の時効」から比べると今ひとつという感じはしますが。
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真相 双葉社
(ちょっとネタばれあり注意)

 表題作を始めとする5編からなる短編集です。相変わらず横山さんは読ませます。ただ、今回の物語は、どこかで読んだことがあるかなという印象の作品が多いですね。「被害者が実は・・・」とか、「犯罪の発覚を恐れた犯人がどうにか切り抜けたとほっとしたところ・・・」とか、最後の作品のラストとか、こういう物語は他にもありますよね。
 それにしても、どの作品も軽い気持ちでは読むことができません。最後の「他人の家」など、刑を終えて出所してきたが、世間の目は厳しくなかなか普通には暮らせないという、どうにもやるせない話なのに、ラストがあれではなあと思ってしまいます。「花輪の海」の最後でようやくメールの返信があったのがわずかな救いでしょうか。
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臨場 光文社
 横山さんお得意の警察を舞台とする短編集です。相変わらずうまいとしか言いようがないですね。
 臨場とは、警察組織では事件現場に臨み、初動捜査に当たることをいうそうです。この短編集では、その初動捜査の要である検死官倉石が関わる8つの事件を描いています。
 やくざな態度、上司を上司とも思わない物言い、一匹狼でありながらその検死の眼の鋭さから若手の警官からは校長と呼ばれ、終身検死官なる異名が与えられている男。横山さんの作品では、「第三の時効」に登場している捜査一課の各係長も特色ある人物でしたが、この倉石という人物も魅力あるキャラクターです。シリーズ化して欲しいと思いますが、無理でしょうかね。
 各作品は、主人公は倉石自身ではなく、倉石の上司、部下、新聞記者等それぞれ別の人物が演じています。倉石が顔をちょっと出すだけだった「眼前の密室」が一番ミステリ風味が強く僕としては一番おもしろく読みましたが、それ以外の作品では、「黒星」が倉石の人間味が一番出ている作品といえます。
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ルパンの消息 カッパノベルス
 15年前に起こった女教師自殺事件は実は殺人だという情報が警察幹部よりもたらされる。時効まであと一日、溝呂木を初めとする刑事たちにより事件の再捜査が始まる。その中で浮かび上がってくる重要参考人たちの高校生時代。そして彼らが実行した「ルパン作戦」とは・・・。
 平成3年サントリーミステリー大賞の佳作賞を受賞しながら、今まで出版されなかった作品です。今回出版するに当たって手が入っているようですが、いや〜おもしろかったです。
 読んでいて、これは映像化されそうな作品だなあと思ってしまいました。取調室で対峙する警察官と重要参考人。重要参考人の口から15年前のルパン作戦のことが語られ始める。場面は一転して喫茶店「ルパン」の店内。そこには三人の高校生が・・・という具合に、脳裏に映像が浮かんできます。
 内容は盛りだくさんです。時効前日にもたらされた、自殺で片づけられた事件が殺人だという情報。警察幹部にその情報をもたらしたのは誰なのか。15年前に高校生3人が実行したルパン作戦というのは何なのか。時効直前の事件を追う中で、さらには、あの三億円事件も関わってきます。
 物語は、今まさに時効を迎えようとしている現在と重要参考人の供述によって明らかとなる15年前が交互に描かれていきます。現在の部分は、迫り来る時効との戦いに臨む、横山さんお得意の警察官を描いていきますが、15年前の部分は、重要参考人3人の高校生活が描かれ青春ミステリーといった雰囲気です。
 さらにはそこに三億円事件で、かつて、犯人ではないかと確信を持ちながらも、時効のため逮捕ができなかった男が、15年前、高校生3人がたむろする喫茶店のマスターとして溝呂木の前に登場するという、先の読めないストーリーが展開されます。

 疑問に思う点は多々あります。ネタばれになるので、詳しくあげることはできませんが、一番の大きな疑問は、あの程度の事実で、自殺が殺人だとして時効直前の事件が再捜査されるものなのでしょうか・・・。
 しかし、それらの点を補ってあまりあるストーリー展開で、時間が過ぎるのを忘れて読んでしまいました。それにしても、高校時代つるんで行動していた友人たちも、大人になるとともにそれぞれの道を歩んで、今では共通項を探すことすら難しいという現実は、ちょっと心寂しいですね。
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震度0  ☆ 朝日新聞社
 横山秀夫さんお得意の警察を舞台とした作品です。
 阪神大震災の起こったその日、県警の筆頭課長である警務課長が失踪。蒸発か、事件か? それぞれの思惑の中で、県警幹部たちは対立します。
 中央からくるキャリア組と地元のたたき上げとの確執というのは、よく描かれる話です。だいたいあのキャリア制度というのは通常考えればおかしいでしょう。国家公務員上級職試験を通れば、わずか20歳代で警察でいえば署の課長クラスに、30歳代で本部の部長、そして40歳代で県警最高位の本部長に就任ですから、地元採用の巡査から昇任試験を1つ1つ受けながら上がってくるたたき上げに取っては、やりきれないですよね。これは警察に限らず、県庁などにも総務省を初めとする中央省庁から国家公務員上級職試験を通った人たちが出向して、20代後半くらいで課長職についているようです。腰掛けで若いのに上級の席にいる人たちと、そこにずっといる人たちとの対立があるのは当然な気がします。
 とはいえ、勢力争いというのは、単にキャリア対非キャリアだけではなく、保身と野心の錯綜する中で、キャリア間、非キャリア間にもあります。この作品でも、キャリアの本部長と同じキャリアのナンバー2の警務部長との対立、そして地元出身部長同士の思惑が事件の解決を複雑にします。ここに書かれている話は、横山さんだから警察を舞台にしていますが、たぶんどこの会社にもある話ではないでしょうか。
 幹部公舎の中での幹部の妻たちのそれぞれの思惑もおもしろいですね。これもよく社宅だと、どうしても会社での夫の地位が社宅での妻たちの関係に影響を及ぼすということは聞きますが、奥さんたちもたまらないですよね。
 失踪事件は思わぬ解決をみますが、さてこのあとどうなるのでしょうか。
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クライマーズ・ハイ  ☆ 文藝春秋
 日航ジャンボ機墜落事故が起きてから、今年(2005年)で20年がたちました。各テレビ局では、事故に関するドキュメンタリーやドラマを放映しています。20年前のお盆直前の時期に起きた事故については、520人の死者を出した未曾有の事故であり、僕自身も記憶に残っています。当時事故現場から発見された乗客の家族にあてた遺書には、涙がこぼれてしまいました。また、歌手の坂本九さんが、乗客として乗り合わせていたことも記憶に残る一因だったでしょうか。
 テレビを見ていて、積読ままだった横山秀夫さんの「クライマーズ・ハイ」を思い出しました。さっそく、探し出してきて読み始めました。
 物語は、ジャンボ機墜落事故を背景にしていますが、描かれるのは事故の取材をする地方新聞の社内の派閥の確執や、それぞれの記者たちの欲や思惑など、社内の人間ドラマです。それに事故の全権デスクに任ぜられた主人公悠木の過去に新人記者を死に追いやったというトラウマや息子との問題も絡めながら話は進んでいきます。
 御巣鷹山での惨状を目の当たりにした記者の心情、事故原因をスクープするかどうかの緊迫の場面等には圧倒されました。すっかり引き込まれて一気に読み進んでしまいました。
 それにしても、会社内の派閥の争いというものは、あんなにドロドロとしたものなのでしょうか。あんなに露骨な争いをしていて、よく会社が成り立っていけるなと変な意味で感心してしまいます。それに、功名心、嫉妬心等、人間なら誰しも持っているものですが、登場人物たちのようにストレートに人間の嫌らしい部分を出すものなのでしょうか。真剣に仕事をしようとすれば、議論を戦わせて口角泡を飛ばしながらということもあるのでしょうが、ここで対立するのはそれぞれの欲のためであり、保身のためです。しかし、これが普通の会社であれば当然だとすれば、僕自身はホントにのんびりとした会社にいるなあと思ってしまいますね。
 男たちのドラマというには、ちょっと男らしくない男たちのドラマと言った方がいいでしょうか。または、これが本当に人間らしい(?)男たちのドラマでしょうか。

 気になったのは、亡くなった記者の従妹の投書をごり押しして掲載させるところです。確かに投書によって提起された問題は考えさせるものがありますが、あの時期に載せる必要があったのでしょうか。遺族から抗議がないことでほっとしたようですが、当たり前です。遺族はそんなことにかまっている心の余裕はなかったでしょうから。主人公のあの行動は全く理解できませんでした。
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出口のない海 講談社文庫
 甲子園の優勝投手並木は、期待された大学野球を故障のため棒に振っていた。彼は魔球を完成して復活を遂げようとするが、そんな矢先戦争の悪化によって学徒出陣が行われ、並木も海軍へと仕官する。敗戦濃くなった戦況を打開しようと海軍が考えたのは人間魚雷回天による特攻作戦だった。並木もこの回天への搭乗を決意する・・・
 神風特攻隊というものは知っていても、人間魚雷回天を知っている人はどれくらいいるでしょうか。僕自身はまだ小学生の低学年の頃、叔父に連れられて、人間魚雷回天の映画を見に行った記憶が残っています。今となっては題名も覚えていませんが、潜望鏡から見た波間に漂う船の映像のシーンを不思議と今でも鮮明に覚えています。この作品も9月には市川海老蔵主演で映画が公開されることになっていますが、単にお涙頂戴の映画でないことを祈ります。
 この作品で描かれるのは、いつか死ぬことがわかりながらその日を生きる主人公たち回天の乗組員です。でも、死ぬことを目的に生きるなんてことができるのでしょうか。果たして自ら志願して死地に赴くことなどできたのでしょうか。ものを考えることが許されない軍隊という世界の中では、宗教と同じようにみんながひとつの考えに染まってしまうものなのでしょうか。恋人を残して死ぬ決心をすることができるのでしょうか。もっと苦しみ、悩むのが本当なのではないのでしょうか。「どうして?」「なぜ?」という疑問ばかりがわき上がります。結局その時代を知らない僕らには理解はできないかもしれません。しかし、なんにせよ軍隊に戻る主人公に弟が「お国のために立派に死んできてください。」と言うのはなんと悲しいことでしょう。「生きて帰って来い」ではなく「立派に死んで来い」という戦争にどういう未来を託すことができるのでしょう。
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64(ロクヨン)  ☆ 文藝春秋
 題名の「64(ロクヨン)」とは、天皇崩御のためわずか7日しかなかった昭和64年に起こった幼女誘拐殺人事件の警察の符丁のことです。
 昭和64年の正月明けに幼女が身代金目的で誘拐され、身代金は奪われたうえに、幼女は死体となって発見されるというD県警史上最悪の事件があった。交通事故の加害者の匿名報道問題で県警広報と県警詰め記者との間で騒ぎになっているときに、警察庁長官がD県を視察に訪れ、この誘拐殺人事件の被害者宅に立ち寄るという日程が発表されたことから、県警内部での刑事部と警務部との対立が表に出てくる。
 D県警を舞台に刑事でない者を主人公にした作品を描いてきた横山さんが、今回主人公に据えたのは、県警の広報官です。ただ、この広報官・三上は、警務畑を歩いてきた人ではなく、元々は刑事のエリートの道を歩んできたという経歴の持主というのが、この作品の大きなミソとなります。
 誘拐事件に携わった警官2人が辞めていることから、14年前の事件の際に何かがあったのではないかという疑問が三上の心に芽生え、探っていくうちに刑事部と警務部との争いの中心に身を置くことになってしまいます。刑事部長は地元のたたき上げ、警務部長は国から天下りのキャリア官僚という図式の中で、元刑事である三上が刑事部側につくのか、現在の所在地である警務部側につくのか、悩む様子が描かれます。いったい刑事部と警務部との争いの理由は何か、それが誘拐事件にどういう関係があるのか。気になってページを繰る手が止まりません。
 娘が家出中で行方がわからず、妻は精神的にも不安定な状態の日々を送っているという私的な悩み事も有しながらも、匿名報道問題を巡っての新聞記者たちとのせめぎ合いや刑事部と警務部の対立の中で、三上は自分の広報官としてのやるべきことを理解していきます。本当にかっこいいですよねえ。
 警察の同期であり、高校の同級生で同じ剣道部だった二渡というライバルを配し、高校時代は正選手と控えという立場が逆転し、今では将来の刑事部長候補と言われている二渡へのライバル心から単にかっこいい男ではなく、人間臭さもある男として描いているのも、横山さんうまいです。
 7年ぶりの待ちに待った新作です。期待に違わず、今年のベスト1を争う作品です。警察内部の争いを描くだけでも十分読ませますが、そのうえ、ラストに明らかとなるミステリとしてのおもしろさも見事としか言えません。
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ノースライト  ☆  新潮社 
 横山秀夫さんといえば「64」をはじめとする警察小説の書き手という印象がありますが、この作品は警察小説ではありません。殺人事件はもちろん、警察が捜査を行う事件が起きるわけでもありません。ストーリーの中心は建築士の青瀬稔が自分のすべてを注ぎ込んで完成した家に住むはずだった施主の吉野一家が引き渡し後もその家に住んだ形跡がなく、忽然と姿を消した謎を青瀬が追い求めていくものです。
 バブル崩壊で大手建築士事務所を辞め、やがてインテリアコーディネーターの妻とも離婚し、自暴自棄の生活を送っていた青野稔。そんな青野を大学の同級生だった岡島は自分の設計事務所に招く。ある日、青野の元に輸入雑貨の販売をしているという吉野が現れ、以前青野が設計した家にほれ込んだので、ぜひ信濃追分に持っている土地に建てる自分の家の設計を青野にお願いしたいと言う。「あなた自身が住みたい家を建てて下さい」という吉野の言に、久しぶりに建築家として全精力を注いで設計し、完成した家は、建築雑誌での「平成すまい二〇〇選」にも取り上げられるほど、高い評価を受ける。しかし、住み始めたはずの吉野から何も言ってこないのを不審に思った青瀬が岡島とともに信濃追分を訪ねると、家の中に住んだ形跡がないばかりか、何者かが侵入した足跡があり、ひとつの椅子が残されているだけだった。その椅子を見た岡島は、戦前にナチスから逃れて日本に来たブルーノ・タウトの手によるものではないかと言う。青瀬はブルーノ・タウトの作と思われる椅子を手掛かりに、吉野一家の行方を捜していく・・・。
 物語は、あれほど完成を喜んでくれた吉野がなぜ失踪してしまったのか、何者かが侵入した形跡があったことから拉致されたのではないかと、その行方を追う青瀬が描かれていきます。
 ネタバレを恐れずにいうと、この小説のテーマは“家族”といっていいでしょう。父は型枠工でダム建設の現場を渡り歩いており、そのため転校を重ね親しい友人もできない中で、幼い頃は家族という存在が青瀬にとってかけがえのない大きなものであったという過去に対し、今は妻と別れ、一人娘とは月に1回会うだけの家族関係の青瀬。また、岡島にしても妻との間はうまくいっておらず、更には息子には大きな秘密があるという、決して穏やかな家庭生活を送っているとはとてもいえない状況にあります。そして、青瀬が探す吉野にしても幸せそうな家族の姿の裏にはある事実が隠されていたことがわかってくるなど、“家族”をテーマに驚きと感動のストーリーが展開されていきます。
 ブルーノ・タウトという一般には知られていない建築家の作らしい椅子のルーツを探りながら、それを道案内に感動の物語へとつなげていく横山さんの手腕は素晴らしいです。年末のベスト10の候補となる作品でしょう。 
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