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山白朝子の本棚

  1. エムブリヲ奇譚
  2. 私のサイクロプス
  3. 私の頭が正常であったなら

エムブリヲ奇譚  ☆  角川文庫 
 和泉蠟庵という旅本作家とその荷物持ちとして旅に同行する男・耳彦が遭遇する不思議な出来事を描く連作短編集です。表題作をはじめとする9編が収録されています。
 この和泉蠟庵という旅本作家が特異な人物ということは追々分かってくるのですが、何といっても一番の問題は、彼の“迷い癖”です。彼が先頭を歩いていても、後ろを歩いていても、必ずといっていいほど一行は迷ってしまうのですが、迷うだけならともかく、ときに迷った道の先に様々な怪異が待ち受けているのですから大変です。この“迷い癖”の被害者になるのが、荷物持ちの耳彦です。彼は怪異現象に出会って怖ろしい目に遭い、二度と蠟庵と旅に出まいと思うのですが、この耳彦という男、博打好きの根っからの駄目男で、博打の借金返済のために結局旅についていかざるを得なくなってしまいます。
 9編では、堕胎して捨てられながら生きている胎児(エムブリヲ)の話、持ち主に何度も人生を繰り返させる石の話、夜に入ると亡くなった自分の知り合いに似た者を見る温泉の話、あらゆるものに人間の顔が浮かび上がる村の話、40年前に落ちて多くの人が死んだのに、ときに幻のように川に架かった姿を見せる橋の話、耳彦を死んだ男だと信じる村の話、人を食らう残虐非道な山賊一家の話、どこからともなく現れる長い髪の毛の話、鍵の掛かっている土蔵に入り込んでいる少年の話が描かれていきます。どれもが怪奇話や不思議な出来事ですが、その中での恐怖譚は、だいたいが耳彦が怖い思いをするというストーリーになっています。
 9つの中で一番印象的だったのは「ラピスラズリ幻想」です。何度も人生を生きる主人公の決着の仕方が胸に響きます。4章の最後の1行が余韻を残します。
 多くの話が耳彦の語りで進んでいきますが、ここで描かれる彼の人間性と語り口にどうも違和感があると感じるのは僕だけでしょうか。
 作者の山白朝子さんは乙一さんの別名義です。怪談、ホラー系の作品は山白名義で書いているようで、乙一名義や中田永一名義とはまったく異なる作風です。 
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私のサイクロプス  ☆  角川書店 
 「エムブリヲ奇譚」に続く、旅本作家の和泉蠟庵と荷物持ちの耳彦が遭遇する出来事を描くシリーズ第2弾です。表題作をはじめとする9作が収録された連作短編集です。
 今作では、蠟庵と耳彦に加え、旅の仲間に前作「エムブリヲ奇譚」中の「ラピスラズリ幻想」に登場した書物問屋で働く少女・輪が彼ら二人の旅に同行します。作者が書き慣れてきたのか、あるいは男二人の旅に輪が加わってストーリーに広がりが出てきたせいもあったのか、今回は前作に比較して非常に読みやすくてテンポもよく、いっき読みでした。気が強くて、耳彦にも臆することなく意見を言う輪のキャラが印象的でシリーズにとって欠かせないキャラとなっていますが、今後シリーズが続いた場合、さて、前作の「ラピスラズリ幻想」との摺り合わせはどうなるのでしょう。
 相変わらず、今回も和泉蠟庵の“迷い癖”のために、3人は奇妙な出来事に遭遇します。今回3人が遭遇する不可思議な事件、現象として、輪が出会った一つ目の“だいだらぼっち”の話、海の向こうにあるという国“ハユタラス”から流れ着く翡翠の話、山賊に追われて逃げた山の中の廃村で見つけた四角い頭蓋骨の話、殺した相手の鼻を削いで持ち去る男の話、“河童”のいる村の話、そこで起こる怪異を気にせず素通りしないと出られなくなる山の話、道に迷って泊まらせてもらった家の怪談話をする家族の話、井戸から水を汲み上げてくれる木箱の話、迷い込んだら最後、下ることができない山の話が描かれます。
 ラストの「星と熊の悲劇」では、珍しく耳彦が心を入れ替えたと思ったのに、かわいそうな結果になってしまいました。和泉蠟庵の出生の秘密が窺える話となっているので、このシリーズ、やっぱりまだまだ続きそうです。
 栞の紐が毛髪のように細くて、最初は不良品かと思ったのですが、作品の雰囲気を盛り上げるための演出のようですね。二作目でなかなか気になるシリーズになってきました。オススメです。 
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私の頭が正常であったなら  角川書店 
 8編が収録された短編集。怪談専門誌「幽」を中心に掲載されたものなので、ホラ一色の強い物語となっています(ラストの「おやすみなさい子どもたち」だけはファンタジー系です)。
 「世界で一番、みじかい小説」は、ある日突然、夫婦だけに見えるようになった幽霊の話です。幽霊の正体を夫婦で探っていくところはホラーというよりミステリーです。
 「首なし鶏、夜をゆく」は、首を切られても生きている鶏をかわいがる少女とその子に惹かれる少年の悲しい話です。作中のこういう鶏が存在したという話は事実のようです。
 「酩酊SF」は、酪酎すると時間が混濁してしまう妻からある未来の情景を聞いた男の話です。未来がわかっても意図しないものだったらどうするでしょうか。
 「布団の中の宇宙」は、10年間スランプで作品を書けなかった小説家が、リサイクル店で購入した布団に寝ることにより、再び小説を書き始めた話です。収録作の中では一番ホラー色が強い作品です。
 「子どもを沈める」は、いじめで自殺した女の子と同じ顔の赤ん坊がいじめた女性たちに生まれるという話です。ラストに救いのあるこの作品が収録作の中で個人的にベスト1です。
 「トランシーバー」は、トランシーバーを通して震災で行方不明となった息子と話をする男の話です。これはよくあるパターンの話ですが泣かせます。「メアリー・スーを殺して」にも収録されている作品です。
 表題作の「私の頭が正常であったなら」は、別れた夫が娘を連れて無理心中をして以来、精神を病んだ女性が、散歩中に助けを求める女の子の声を聞く話です。これもまた、救いのあるラストでホットします。
 「おやすみなさい子どもたら」は、船の転覆で亡くなり天国の人口に来た少女が、同乗していた幼い子どもたちの命を救おうとする話です。収録作の中で唯一のファンタジー系の作品で、他の収録作とは雰囲気が異なります。 
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