いつか深い穴に落ちるまで | 河出書房新社 |
2018年、第55回文藝賞受賞作です。 リオデジャネイロ・オリンピックの閉会式で、日本にいる安倍首相が、ドラえもんが四次元ポケットから出した土管の中に入ると、リオデジャネイロの式場に置かれた巨大な土管からマリオ姿で現れるというパフォーマンスがありました。日本の裏側がブラジルだという認識の下での演出ですが、この作品では「日本・ブラジル間直線ルート開発計画」で日本からブラジルまで通じる穴を掘ろうとするプロジェクトに広報係として携わることとなった男の一生が描かれていきます。 現実は映画の「ザ・コア」でも描かれていたように地球の内部には高熱のマントルがあり、核を貫いて穴を掘るなんてことは絵空事なのでしょうが、この作品ではその点をどうするかなんてSF的発想はまったくありません。ただ単に、戦後の混乱期に通産省の官僚だった男が焼き鳥屋で食べていた焼き鳥の串から思いついたという突拍子もないきっかけから始まります。技術的に不可能ということは何ら言及されず、物語は進んでいきます。 主人公は、事業を請け負うために設立された大手建設会社の子会社に勤めることとなった鈴木一夫。彼は大学では土木工学を学んだが、広報係として採用された人物がマスコミに入社することとなったため、横滑りで広報係となってしまう。その業務は秘密裏に行っている工事の、来たるべき完成時のプレスリリースのために穴の存在理由についての広報記事を用意すること。いつ来るのかわからない時のために、鈴木はポーランドからやってきたスパイ、作業員として働く日系移民やアジアからの技能実習生らと穴を掘って湧き出した温泉につかりながら、はたまた日本を訪れた某国の要人の秘書とディズニーランドで遊びながら(これって近くの国の殺害された跡取りのことがモデルですね。)、そして地球の反対側のブラジルの広報係の女性・ルイーザ想いをはせながら、記録を続けていく・・・。 穴が開通したとき、鈴木は最初の通行者として水泳パンツ一枚で穴に飛び込んでいきます。50歳代の男が、水泳パンツ一枚なんて、あまりに滑稽な姿なのに笑いはこみ上げてきません。ラストはあまりに悲し過ぎます。ただひたすら20代で会社に入ってから初老になるまでの間、山梨の山の中で発表されない記録を書き続けてきた鈴木の存在はいったい何だったのでしょうか。 |
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