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山本幸久の本棚

  1. はなうた日和
  2. 凸凹デイズ
  3. 笑う招き猫
  4. 男は敵、女はもっと敵
  5. 美晴さんランナウェイ
  6. 渋谷に里帰り
  7. シングルベル
  8. 幸福ロケット
  9. 失恋延長戦
  10. ヤングアダルトパパ
  11. パパは今日、運動会
  12. 一匹羊
  13. 床屋さんへちょっと
  14. 展覧会いまだ準備中
  15. ジンリキシャングリラ
  16. GO!GO!アリゲーターズ
  17. ある日、アヒルバス
  18. 芸者でGO!
  19. 店長がいっぱい
  20. 誰がために鐘を鳴らす
  21. 天晴れアヒルバス
  22. あたしの拳が吠えるんだ
  23. 神様には負けられない
  24. 花屋さんが言うことには
  25. おでんオデッセイ

はなうた日和   集英社
 「本の雑誌」9月号で北上次郎さんが取り上げていたのに興味を持って読んでみました。 
 物語は、世田谷線沿線を舞台に8人の男女を描いた短編集です。主人公は、会ったことのない父親に会いに行く小学生、不倫相手の死亡から会社勤めを辞めスナックで働く女性、誕生日とともに定年を迎える男性、校閲業の傍ら雑貨店でアルバイトをする女性、恋人が留学してしまった広告会社の営業マン、30歳のグラビアアイドル、テレビの特撮ものに夢中の冴えない製紙会社の営業マン、家の中で居場所のなくなってきた老女と種々雑多です。
 どの話も、主人公は心に悩みを抱えながら、ラストはホッとした感じで終わります。この先、きっとみんなそれなりの解決を考えていくんだろうなあと思わさせられるラストです(最後の「うぐいす」はちょっと違う感じですが)。
 中での僕の一番は、「ハッピー・バースディ」です。かつて社長を殴ったことのある定年間際の男が部下の女性から相談があるといわれて・・・。若い女性に相談を持ちかけられたときの生真面目な男の心情がうまく描かれていて、楽しく読むことができました。所詮、女性の方が一枚上手です。手を握られたくらいで舞い上がってはいけません。胸の谷間に騙されてはいけません。と言いながら、僕もきっと舞い上がってしまうだろうなと思ってしまうところが、男の愚かさでしょうか。同じ愚かな男として折坂くんの行く末を案じないわけにはいきませんね(^^)
 「コーヒーブレイク」もいいです。赤の他人の逃げた犬を探しながら恋人との最後の日を回想する主人公織部くんが魅力的です。
 どの作品も、派手な事件が起きるわけではないのですが、展開がおもしろく、主人公も不思議と共感してしまうような人たちでした。「笑う招き猫」で小説すばる新人賞受賞後の第1作のようですが、なかなか拾いものの1冊でした。オススメです。
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凸凹デイズ  ☆ 文藝春秋
 前作の「はなうた日和」を読んで拾いものの1冊だと書きましたが、今回もなかなかです。すっかり山本幸久さんにはまってしまいそうです。
 物語は、弱小デザイン事務所に働く凪海と、その経営者コンビの黒川と大滝、そしてかつて凹組にいたが、今は別のデザイン事務所QQQのやり手社長となっている醐宮の4人の話です。
 ある遊園地のリニューアルデザインのコンペに勝ち残ったのが凹組とQQQ。最終結果は凪海の考えたキャラクターデザインとQQQのロゴデザインを使用するという両者痛み分けの結果となります。その結果、凪海はQQQに出向することに。
 弱小デザイン事務所の名前が凹組(ぼこぐみ)。変わった名前というか、ふりがなを振らなければ読めませんね。どうしてそんな名前になったかというと、凹組設立の際のメンバー、小柄な醐宮を真ん中にして、大男の黒川と大滝の3人が並ぶと凹の形に見えることから名付けたというのだからユニークです。
 とにかく、主要な登場人物のキャラクターが個性的で、いきいきと描かれています。その中でも主人公というべき凪海のキャラクターがいいです。いつも前向きに頑張る女の子。こんな子が、あんなバカな男と最初同棲しているとは、恋とはわからないものです。
 一方かなり損な役回りの醐宮ですが、僕自身は醐宮のような女性、それほど嫌いではありません。この社会の中で、女性として男に負けずに生きていくのに真剣なんですね。そのためには女性の武器も使うし、人の手柄も横取りしようとする。この社会で男と張り合って生きていくには、そうせざるを得ないところもあるかもしれません。でも、あまりに強烈なキャラクター過ぎて、実際に一緒に働いていると本当に嫌な女だと思ってしまうかもしれませんが(^^;
 天才肌の黒川と、いつも黒川の実力に引け目を感じながらも頑張る大滝。凪海を見守るこの二人もいい味出しています。頑張っても、なかなか黒川に及ぶことができない大滝の気持ちはよくわかりますね。
 とにかく、おもしろいです。次回作にも大いに期待です。
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笑う招き猫  ☆ 集英社文庫
 第16回小説すばる新人賞を受賞した山本さんのデビュー作です。「はなうた日和」や「凸凹デイズ」ですっかり山本作品にはまってしまいましたが、今回文庫化されたこのデビュー作もそれらに負けず劣らずおもしろいです。
 物語は28歳独身女性二人の漫才コンビ“アカコとヒトミ”の漫才にかける姿を描いていきます。身長180センチを超えるヒトミと150センチに満たないアカコとのでこぼこコンビ。見た目対照的な二人のキャラクターが魅力的で、本から飛び出してきて漫才したら、売れるのではないかと思われるほどです。特に二人の即興の歌は最高です。
 魅力的なのは二人だけではありません。彼女らを取り巻く人々、特に若い頃水商売をしていたというアカコの祖母頼子、若い頃は自衛隊に勤め、今では筋肉もりもりのメーキャップアーチストの白縫のキャラも強烈で非常に魅力的です。彼らの存在がこの小説を盛り上げているといっても言い過ぎではないでしょう。作品の中で登場人物たちが本当に生き生きと動き回っています。笑いあり涙あり、最後にはコンビの危機を乗り越えて前向きに生きていく二人の姿に爽やかな気分になれます。おすすめです。
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男は敵、女はもっと敵  ☆ マガジンハウス
 6編からなる連作短編集です。作品全体をとおして話の中心となっているのは、36歳、独身のフリーの宣伝マン藍子です。男たちの注目を集めるほどの美貌でスタイル抜群、仕事の能力も男には負けない賢い女性でありながら、不倫をし、その不倫相手に当てつけるために大したこともない男と結婚するという馬鹿なこと(!)をする女性です。物語はこの藍子に関わりのある人たちをそれぞれの短編の主人公に据えながら、女と男の姿をコミカルに描いていきます。
 藍子に対しては最初、当てつけで不倫相手と対照的な男と結婚、そして結婚後も不倫を続けるなんてホントに嫌な女だなと思ったのですが、最後に思わぬしっぺ返し。山本さん、読者をうっちゃりましたねえ。
 そのほか30女の切羽詰まった告白に、ほかに好きな人がいながら結婚をしてしまう湯川。湯川と一度は別れながらも、湯川を忘れられない真紀、不倫相手の藍子と結婚するために式場も予約し妻とも離婚したのに藍子から別れを持ち出された西村、西村と別れても子供を育てながら仕事に打ち込む八重、藍子に思いを寄せながら、コンパで出会った子と関係を続ける映画会社の宣伝マンの吾妻と、登場してくる人たちは、どこか憎めない人ばかり。楽しく読むことができましたが、惜しむらくは短編ということでいささか物足りなく感じたことです。もう少し、藍子のことを知りたいですね。続編を期待します。
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美晴さんランナウェイ  ☆ 集英社
 主人公は中学生になったばかりの少女世宇子。物語は、世宇子の家に同居する27歳、独身定職なしの叔母の美晴と自由気ままな彼女に振り回される世宇子の家族を描いていきます。そんな美晴と世宇子の家族とのドタバタ騒動が、昔テレビでやっていた下町の家族を描いたホームドラマを見るようで、どこか暖かな気持ちにさせてくれます。近所の人たちがお父さんの同級生や先輩、後輩で、みんなが家族のことをよく知っているなんていうのはホームドラマの定番です。
 何かあると行方をくらませてしまう美晴ですから、本当に家族にいたらこれは腹が立ってしまうかもしれません。しかし、いつの間にか彼女はまた家の中の居場所に戻ってきているのですから、どこか不思議な魅力があるのでしょうね。それに、家では女らしさも感じさせないようなかっこをしていますが、ときに世宇子が美晴から女を感じる場面が出てきます。それなりにきちんとすれば美人なんでしょうね。一度会ってみたい女性です。
 楽しく肩肘張らずに読むことができる1冊です。おすすめ。
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渋谷に里帰り  ☆ NHK出版
 やり手の女性営業マン、坂岡の結婚退職に伴なって仕事を引き継ぐことになった峰崎。引き継ぐ営業区域が小学校までを過ごした町だが、いい思い出を持っていないため、これまで行くことを避けてきた渋谷。果たして引継ぎは無事終わるのか。物語は、峰崎と坂岡との引継ぎの様子を坂岡の退職パーティーまでユーモラスに描いていきます。
 喜怒哀楽を顔に出さず、覇気のない男と思われている峰岡と、やり手の坂岡との対比がなかなか愉快に描かれます。二人を取り巻く登場人物のキャラクターも個性的です。特に一緒にタバコを屋上に吸いに行く仲の上司の椎名が最高です。いや~こんな上司だったら仕事も楽しいだろうなあと現実を省みてちょっと思ってしまいます。アクが強すぎて人によって好き嫌いがあるでしょうけど。
 山本さんらしく、ユーモアたっぷりのサラリーマン小説です。ただ、深刻な書き方ではありませんが、さらりと現実の仕事の厳しさも描いているところがいいですね。仕事ですから、のんびりやっていても何でもうまくいくなんてことはありえませんから。そういった意味で意外に峰崎が頑張ってしまう点も好感が持てます。
 山本ファンにとってうれしいのは、「凸凹デイズ」の登場人物が、ある場面で顔を出していること。作品相互にこんなリンクのあるのも読んでいて楽しいですね。実に気持ちよく読むことができる作品です。
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シングルベル  ☆ 朝日新聞出版
 結婚に縁のない子どもたちを持つ親による子どもたちの結婚相手探しのセミナーで幕を開けるこの小説、昨今言われる“婚活"を親もやるのかと導入部ですっかりはまりました。しかし、今の世の中、親まで“婚活"するんですかねえ。婚活で走り回るような親だから、逆に子どもたちが結婚できないのではないのかなあと思うのですが・・・。
 登場人物は、絵画修復師として働く陽一と彼の嫁候補の三人の女性、外資系会社の部長職にあるすみれ、会社の仲間とバンドを組む彩子、ハーフで元モデル、今は母親の事務所でマネージャーとして働くカトリーヌ。誰もが30代の未婚。そんな彼らの背後で彼らの結婚を企む親たち。―族郎党を巻き込んでのコメディタッチの恋愛劇です。
 結婚相手探しに奔走する親たちの中でも、陽―の伯母たちがすごい。まさしく三人の魔女ですねえ。彼女らの暗躍が愉快で、そんな姉たちに手玉に取られる陽―の父親、恵のあたふたする姿に思わず笑ってしまいます。そしてもう一人、重要な登場人物である、陽―の従兄弟の子である小学6年生の美和子。子どもながらも密かに陽―に思いを寄せているようで、12歳といいながらすでに小悪魔的雰囲気を漂わせています。
 そんな愉快なキャラの人々に囲まれて、果たして、陽―が選ぶのは誰か。やっぱりなあと思う納得の選択ですね。気軽に読める1冊。おすすめです。
 ところで、カトリーヌの友人として登場するヘアメイクの白縫は「笑う招き猫」にも登場していましたよね。
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幸福ロケット  ☆ ポプラ文庫
 小学生の女の子が主人公の作品ですが、大人でも十分楽しめる作品です。読みながら、自分は小学生の頃どんな生活を送っていただろうと思い返していました。
 小学5年生の香な子は、塾帰りの電車の中で母親の入院先から帰るクラスメートのコーモリと出会い、どことなく気になり始めます。しかし、コーモリを好きなクラスメートの町野さんに頼まれ、二人の橋渡しをしなくてはならないハメになるという、恋愛小説にはよくあるパターン。物語は板挟みになりながら、しだいにコーモリの存在が大きくなっていく香な子が描かれていくとともに、恋だけではなく人間として成長していく彼女の姿が描かれます。
 大人の登場人物たちも、エリートサラリーマンから妻の実家の工務店に転職した父、売れない漫画家で香な子の家に時々ご飯を食べにくる叔父、元モデルで通勤の車がジャガーという担任の先生等々個性豊かな人ばかりで、読んでいて楽しくなります。さて、肝心な恋の行方はどうなることかと思いましたが、爽やかな決着を見せてくれます。
 文庫化により書き下ろされ、最後に加えられた「月食」は、香な子のクラスメートであった日下が中学三年生になったときの話です。別の人物を主人公にした後日護という体裁になっていますが、ある人物のその後の姿を見ることができて、これがまた本当に素敵な作品になっています。

※話の中に、とある女性漫才コンビのことが出てきますが、これは、「笑う招き猫」の主人公の二人のことですよね。
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失恋延長戦  ☆ 祥伝社
 同級生の大河原くんを好きになった主人公の真弓子。クラスは違うが同じ放送部でいい感じだと思っていたら、いつの間にか彼には東京から転校してきたお嬢様の彼女・るいがいた。大河原くんを諦めきれず、片思いに苦しむ真弓子だが、人がいいのか大河原くんの気を引こうとするるいの頼みを断り切れない。
 恋敵に対し、心の中では彼女の不幸を願い、自分の方がましだと思ってしまうという、こういう気持ちよくわかります。でも人が良すぎてつい彼女の頼みを聞いてしまうというのもよくあるパターンです。そんな彼女の恋愛関係の中に登場するのが、藤枝美咲。彼女のキャラクターが、よくある女の子の失恋物語に、大きなメリハリをつけています。この美咲と真弓子との、お互いにいけ好かない嫌なやつだと思いながら、離れきれない仲というのも何となくわかります。心の奥底ではお互いに魅かれあっているんですよね。
 時々挿入されるベンジャミンのことばが、本当に真弓子だけに聞こえるのか、それとも彼女の思いこみなのかがわからない書き方をしているところが山本さんのうまいところです。読者がどう捉えるかにまかせているんですよね。
 でも、ラストに書き下ろされた章は、完全にベンジャミンの独白です。この前飼い犬を亡くした者にとってはグッときてしまいます。山本さん、ズルいですよ。
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ヤングアダルトパパ 角川書店
(あまりの腹立たしさにネタばれなので未読の人は注意)

 読了感がよくありません。中学生の男の子・静男が年上の女性との間にできた赤ちゃんを一人で育てようとする、あらすじだけからすれば感涙ものの話なのですが、彼が一所懸命になればなるほど、腹立たしさが大きくなってきて、放り投げたくなりました。
 とにかく、彼の周りの大人が自分勝手。特に子どもを産んだ女性・花音。自分の欲望を満たすために中学生を相手にしたかと思えば、その子との間にできた子どもを何も考えずに産み(その当たりのことは何も書かれていませんが、話の流れからいってもそう結論づけざるを得ません。)、その世話も静男に任せきり。静男に学校を休ませて赤ちゃんの世話をさせ、自分は外出してしまうという無責任さ。挙句の果て、子どもを置いて失踪してしまうという無責任の極みです。
 山本さんのことだから、花音の失踪は何かの理由があって、ラストはそれが明らかになり、花音が帰ってきてハッピーエンドとなるかと思ったら、結局最後まで花音は戻ってきません。独りよがりでストーリーを作って、ラストはきっと!と思いながら読んでいました。
 今まで読んだ山本さんの作品の中で一番僕には合わないストーリーでした。はっきり言わせてもらえば読まなければよかったと思ってしまった作品です。 
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パパは今日、運動会  ☆ 筑摩書房
 これはもう本当に楽しい1冊です。とにかく、サラリーマンの皆さん、読んでください。仕事でささくれ立った気持ちも、この本を読めばすっきり気分爽快。やっぱり、山本さんの会社小説はおもしろい!
 パート・派遣も含めて従業員150人のカキツバタ文具の運動会の一日が描かれます。最近の不況の中で、福利厚生費は削られていますから、運動会を行っている会社も少ないでしょう。社員にしても貴重な休日がつぶされるとなれば運動会などない方がいいというのが本音、でもやっぱりそこは運動会。やっているうちに不思議とヒートアップしてくるものです。 そのうえ、会社の中には日頃から嫌な奴と思っている同僚や上司がいるのはサラリーマンなら当然、この際、運動会にかこつけて日ごろの憂さを晴らそうと考えるのも、これまた当然のことです。そんなことを考える人を始め、皆それぞれの思いを抱いて競技に臨むのですが、思わず噴き出してしまうおもしろさです。
 150人の中小企業の中にユニークなキャラクターがいっぱい。何といっても、抜きんでているのは、40近くになっても学生気分が抜けず、コスプレ趣味の、この運動会の発起人の武藤。彼がいなくては、こんなユニークな運動会は始まらなかったですね。そのほか、社長ヨイショが命の社内の嫌われものの千葉、義父に頭が上がらぬ女癖の悪い額賀、片思いの女性のために一念発起する泣き虫社員の三好、今は退職した妻が会社のヒット商品を次々と開発し伝説の女と言われた渡辺、この機会に娘との触れ合いを求めようとして、逆に娘に嫌われる強面の広川、工場のおばちゃんたちに大人気の弓削など、こんな人たちばかりで、この会社大丈夫かなと思うのですが、みんな相手の違う面を見つけてハッピー・エンドのラストへ。
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一匹羊  ☆ 光文社
 事件が起きるわけでもなく、どこといって盛り上がりのあるわけでもない物語ばかりの表題作ほか7編からなる短編集です。
 主人公たちは、引っ越していった好きな男の子に深夜バスで会いに行く女の子(「狼なんてこわくない」)、居酒屋でバイトをしている父親と二人暮らしの青年(「夜中に柴漬け」)、ひょんなことから近所のプータローに塾の送り迎えをしてもらうことになった少年(「野和田さん家のツグヲさん」)、島の唯―のキャバクラで年齢を偽って働く女性(「感じてサンバ」)、退職してすることのない夫を尻目にボランティア活動にいそしむ女性(「どきどき団」)、会社が運営する資格取得教室に元プロ野球選手の同級生が現れて戸惑う男性(「テディベアの恩返し」)、デパートに出店する家具会社で働く女性(「踊り場で踊る」)、得意先から無理難題を押しつけられた縫製工場で働く中年男性(「一匹羊」)の、どこにでもいそうな7人の男女。何か大きな事件が起きるわけでもなく、日常の出来事を描いているだけですが、これが読ませます。さすが山本さん、うまいなあと思わせる短編集です。
 中で特に好きなのは「どきどき団」です。ラスト、夫のやる気を出させようと(たぶん、日頃の鬱憤晴らしを兼ねてだと思いますが)、妻が考えたことは愉快痛快です。妻の奮闘に声援を送りたくなります。同級生によって、昔諦めた夢に再度挑戦しようとする姿を描いて終わる「テディベアの恩返し」も素敵な話です。
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床屋さんへちょっと  ☆ 集英社文庫
 お菓子メーカーの二代目社長だったが会社を倒産させ、その後入った繊維会社も退職し、そろそろ自分が入る墓の心配をしなくてはならない年齢になってきた宍倉勲の人生を描いた連作短編集です。冒頭の「桜」が老齢の勲を主人公にし、それ以降は時間軸を現在から過去へ遡って少しずつ若い勲が描かれていくという、ちょっと変わった体裁になっています。
 最後から二番目(単行本ではこれがラストの話でした。)の「床屋さんへちょっと」では思わぬ展開が読者を待っています。最後の「歯医者さんへちょっと」は、文庫化に際し書き下ろされたもの。勲の孫の勇が主人公の作品となっています。
 勲の人生を遡ることによって、会社を倒産させてしまったけれど、決して駄目人間だった訳ではない、不器用であるけれど、誠実に人生を歩いてきたその姿に、頑張ってきたじやないかと褒めてあげたくなります。
 今は孫を連れて実家に帰ってきた娘との仲もぎくしゃくしていますが、過去に遡るという構成の妙によって実は娘との繋がりも厚かったことを描き出しているのも見事です。
 山本さんはこうした暖かくてユーモアのある、そしてちょっとほろりとさせる作品を書かせると本当にうまいです。勲というキャラだけでなく、奥さんのキャラがまた素敵です。彼女が勲のものまねをするシーンには微笑んでしまいます。二人でテクノカットにするなんてあり得ない!と思いながらも想像すると笑いがこみ上げてきてしまいました。
 おすすめの1作です。
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展覧会いまだ準備中  ☆ 中央公論新社
 今田弾吉は東京郊外の小さな公立美術館に勤める学芸員。身長2メートル近く、学生時代は応援団という学芸員のイメージには似合わない風貌・経歴の持主です。この作品は、そんな弾吉が、先輩学芸員たちを始め、応援団の先輩OBである白柳や美術品運送に携わる丙午運輸の従業員・サクラなどの様々なキャラクターと関わる中で、自分の仕事に邁進するいわゆるお仕事小説です。
 ストーリーは、応援団の先輩OBの家にあった「三匹の羊の絵」の作者である乾福助の展覧会を企画しようと奔走する弾吉を描いていきますが、なぜか彼の前にとんでもないものが登場します。この点については、最後あまりにあっさりした展開だったのは残念ですが、この作品の読みどころは、弾吉と仕事に頑張る先輩学芸員たちとの絡みにあります。
 応援団出身ということもあって、先輩の言うことには絶対服従ということが身に付いてしまっているが故に、先輩学芸員の面々にこき使われる、でもそれが当然と思っている弾吉のキャラが愉快です。それ以上に愉快なのは彼の先輩学芸員たち。なかでも、弾吉が岸田劉生が描く『麗子像』そっくりだと評した窪内なんて、最高です。頭の中に顔かたちがすぐ浮かんできてしまいました。美人だけど眠気覚ましに弾吉が宴会で披露する応援団の形をまねする八木橋とか、いつも弾吉に“膝カックン”をする筧とか、読んでいて楽しくなります。嫌なこともあるけど、仕事頑張らなきゃいけないなあと思わせてくれる作品です。
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ジンリキシャングリラ  ☆ PHP研究所
 先輩の理不尽な言動に腹を立て暴力を振るって野球部を退部することとなった浅間雄大。ひょんなことから知り合った女生徒・珠井由紀とつきあいたいという不純な動機(!)で、彼女に誘われて人力車部に入部する。人力車部という設定(たぶん、こんな部は日本全国みてもないでしょうね。)からして、読む前から、これはなんだかおもしろそうだという予感を抱かせてくれます。
 人力車部という変わった部に集まる部員は、人力車に魅了され、製作チームの大黒柱となっている由紀、雄大と同様由紀に憧れ「珠井由紀ファンクラブ」を作る大月と神谷のコンビ、身長170センチのモデルのような体型に短髪で凛々しい女性ながら人力車を引く阿武。他人にサボっていることを覚らせないサボりの天才・峰、漫画家を夢見る製作チームの伊吹、マネージャーで仕切り屋の女生徒・羽山、なぜか人気があるのに告れば悉く断られる部長倉掛と、ちょっとユニークな人ばかり。そんな彼らと関わる中で相手のことなど知りたくないと嘯いていた雄大がしだいに友人たちの中にいる素晴らしさを感じていくという青春小説ど真ん中のストーリーです。
 恋をして、失恋し、クラブ活動に打ち込んで、友人だちとたわいもない話をすることが幸せだと感じる、やっぱり青春時代っていいなあとつくづく思ってしまう、そんな作品です。青春時代に浸りたいおじさんたちにおすすめの1作です。
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GO!GO!アリゲーターズ  ☆ 集英社
 夫と離婚して息子を連れて実家に戻ってきた茜。どうにか就職できた先は独立リーグに属する“アリゲーターズ”というプロ野球チームの職員。職員といっても何でも屋で、中でも主たる仕事は球団のマスコット“アリーちゃん”のぬいぐるみの中に入ること。物語は選手の気持ちはバラバラで、弱小球団であるアリゲーターズが、やがて一致団結して優勝目指して頑張るというよくあるパターンのストーリーですが、とにかく、登場人物のキャラが個性的で、ページを繰る手が止まりません。
 オーナーからして、地元のスーパーの女性会長である90歳になるおばあちゃん。バツサンで常に全身ラッキーカラーのピンク色で決めている元プロ野球選手のゼネラルマネージャーの芹沢、セクハラ親父の監督の薄井、特撮ヒーロー好きで気が弱くマウンドで号泣してしまうピッチャーの荻野目、芹沢の高校時代からのライバルであり、戦力外通告を受けて始めたタレント業で芽が出ず、一時は死亡説まで出るなか、再度野球選手として復活した笹塚、チアリーダーのリーダー的存在であるが、実は女性ではなく男性というイチゴなど濃すぎるキャラがいっぱいです。
 そんな人たちの中で息子と一緒に住むために一所懸命マスコットのぬいぐるみの中で頑張る茜にも声援を送りたくなります。笑って感動しておススメの1冊です。
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ある日、アヒルバス  ☆ 実業之日本社文庫
 山本さん、お得意のお仕事小説です。いやぁ~うまいです。映像化すれば面白いだろうなあ。誰かに映画化してほしいと思ってしまう作品です。
 ストーリーは、東京のアヒルバスに入社して5年目のバスガイド、高松秀子(通称デコ)の仕事ぶりを描く、笑いあり、感動ありの話となっています。読んでいるだけで笑って大いにストレス発散ができます。デコがビキニパンツ1枚で踊る「板チョコ三兄弟」に照明をあてている冒頭シーンから大笑いです。
 とにかく、主人公のデコをはじめ、同期のバスガイドの亜紀、5人の新人バスガイドたちのキャラが愉快で、読んでいて思わず笑ってしまいます。そして忘れてならないのが、彼女たちの指導役の先輩バスガイドの“鋼鉄母さん”こと戸田さんです。ラストの浜離宮での活劇シーンが頭の中に浮かんでしまいます。デコが彼女を“シガニーウィーバー+リンダ・ハミルトン<あなた”と評する言葉から、映画を観たことのある人には戸田さんが想像できますよねえ。今の仕事に疲れている人におススメの作品です。
 文庫版には書き下ろしの短編・東京スカイツリー篇「リアルデコ」が収録されています。
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芸者でGO!  ☆ 実業之日本社
 いやぁ~おもしろくていっき読みでした。山本さんお得意のお仕事小説です。
 今回、山本さんが描くのは芸者の世界。東京ハ王子の置屋「夢民」を舞台に、大学入試に落ちた高校生の弐々、元女子ブロレスラーの兎笛、元キャバクラ嬢の未以、元OLの寿奈富、元看護師の茂蘭という様々な職業から芸者の遣へ入った19歳から45歳までの5人の女性の恋あり笑いあり、そして時には涙ありのいつもどおり読者を楽しませてくれる品になっています。
 ストーリーは、従姉妹のバスガイドが企画したツアーに参加してきた元恋人に戸惑う弐々、居酒屋で出会った弐々の同級生の10歳も年下の男の子に貢ぐ未以、結婚相手が結婚式の日に事故で亡くなって以来息子を一人で育てている茂蘭、町のお祭りで行う木遣りの師匠役の男性が気になる兎笛、誰もが彼女といると心地よいという雰囲気にさせながら実は自分の本性とはまったく異なる人物を演じている寿奈富、それぞれの女性が芸者の道に進むまでの過去と現在を描いていきます。読後感は爽快、おすすめです。
 こんな景気の良くない時代に芸者さんを呼んで宴会なんてあるのかと思ってしまいますが、こんな芸者さんなら芸者遊びというやつを1度はやってみたいと思わせる5人のキャラでした。
 「ある日、アヒルバス」のバスガイドのデコも弐々の従姉妹として顔を出していますし(顔出しだけでなくかなりの存在感です。)、ラストではデコの後輩の新人バスガイドまで登場しています。こういうあたり、山本作品のファンとしては嬉しいですね。
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店長がいっぱい  ☆   光文社
 他人丼のチェーン店“友々屋”の店長たちの奮闘を描く連作短編集です。山本幸久さんお得意のお仕事小説ですが、相変わらずうまいですねえ。読ませます。
 大手広告代理店を辞め、家業のそば屋を継いだが2年足らずで閉店の憂き目に遭い、土地を“友々屋”に売ってそこに開店した店の店長となった穴山浩輔。アルバイト店員に厳しく接する古参店員に悩まされる女性店長の真野香。父と喧嘩し家を飛び出て足の行くまま着いた先で“友々屋”の雇われ店長となったが、仕事を覚えようとしない老人店員に振り回される海野陸夫。50歳を超えて離婚し、始めた喫茶店もうまくいかず、“友々屋”のフランチャイズ店の店長として再出発した筧重美。二代目社長の考案したクリスマスディナーセットの失敗の責任を取らされて、赤道直下の国の直営店に飛ばされた沢渡佐助。お忍びで店員として働くこととなった二代目社長の世話をすることとなった三好伊佐。奮闘する店長たちの姿に読者としては思わず笑いがこみ上げてしまうのですが、どの話も明るい未来を予想させてくれるラストとなっています。
 最後の「寄り添い、笑う」は、先代社長・真田あさぎの登場です。店は大きくなったが創業当時の気持ちと何か違うと感じるあさぎは、元ヒーローものの主人公をしていた店長がストライキを決行した店に乗り込み、自ら調理場に入って“友々丼”を作ります。最後に相応しく、これまでに語られてきた店長たちのその後も窺える話となっており、見事な大団円です。いやぁ~おもしろかったと拍手したくなります。
 各話を通じて登場するのは、男たちがつい見とれてしまうほどの美人でやり手の本社フランチャイズ営業部の霧賀久仁子。いわば狂言回しとして各話を繋ぐ役割を担っています。それまで沈着冷静だった霧賀が「寄り添い、笑う」では、悔しい表情や焦った様子を見せるのは、彼女の本当の姿を見るようで、かわいいですね。 
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誰がために鐘を鳴らす  ☆  角川書店 
 錫之助は諏那高校に通う3年生。高校受験の際にインフルエンザに罹ってしまい、第3希望までの学校を受験できず、第4希望の男だらけの諏那高校に入学した経緯を持つ。その諏那高校も1年後には廃校が決まっており、現在は全校生徒1クラス42人しかいない。ある日、担任の“ダイブツ”に音楽室の楽器の片付けを手伝わされていた錫之助、播須、土屋、美馬は、楽器の中にハンドベルを見つける。女子校の城倉女子学園のハンドベル部との合同練習を名目に女子高校生に近づこうと考えた土屋は、錫之助たちにハンドベル部の結成を持ちかける・・・。
 あと1年で廃校となる高校で目的もなく毎日を過ごしていた錫之助たちが、ハンドベルの演奏に取り組む中で、話もしたことのなかったクラスメートとの友情を育むとともに、自分の将来や家族との関係を真剣に考えていく様子を描いていきます。
 ストーリーとしてはよくあるパターンです。思い浮かぶのは、シンクロナイズドスイミングに挑む男子高校生たちを描いて大ヒットした矢口史靖監督の映画「ウォーターボーイズ」です。この作品も「ウォーターボーイズ」同様、男子高校生が普通は取り組まない“ハンドベル”に挑戦するところにおもしろさがあります。ただ、それだけでなく、ページを繰る手が止まらないのは、山本さんの筆力のなせるところでしょう。何かに打ち込む人たちをユーモラスに書かせると、山本さん、うまいですねえ。 
 おじさんの世代としては、喧嘩しながらも相手のことを思い、力を合わせて何かを成し遂げていく彼らのような高校時代が送りたかったなあと羨ましくなります。ラストシーンは感動です。拍手です。じ~んときてしまいます。おじさんはこういうストーリーには弱いのです。オススメです。
 ※錫之助たちを応援する諏那高の卒業生で「友々屋」社員の霧賀久仁子は、「店長がいっぱい」にも登場しています。 
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天晴れアヒルバス  ☆  実業之日本社 
 バスガイドの“デコ”こと高松秀子の奮闘を描く「ある日、アヒルバス」の続編です。
 デコがバスガイドになって12年が過ぎ、デコも30歳代に突入。同期の中森亜紀は結婚して子どもを産んで育休中、新人時代にはデコの手を煩わせていた“おかっぱ左門”、“お手玉パティ”、“クウ”らの後輩バスガイドたちも一本立ちし、それぞれ自分でツアーの企画を立てたりして活躍中。一方、デコはといえば、かつては5回連続で社長賞をもらった企画もツアー催行人員が満たされずに廃止となるなど、後輩たちの勢いに押されっぱなしで、自信喪失気味。そんなある日、デコは社内でも嫌われ者の通訳・本多光太とともに、外国人限定の「TOKYO OTAKU TOUR」のバスガイドをすることになるが・・・。
 今回は、「TOKYO OTAKU TOUR」でデコがコンビを組んだ、やる気がなく、ツアー客やツアー先に対して態度が悪い通訳の本多に対し、デコがどう関わっていくかというところがストーリーの中心となって描かれます。30歳を過ぎても相変わらずデコは変わりません。客が喜ぶことが第一と考え、右に左にと奮闘します。笑わせてくれるし、一所懸命さが伝わってきて、読んでいて元気をもらえます。
 デコだけでなく、彼女の周りの人々、デコが新人教育をした“おかっぱ左門”らの後輩、アヒルバスの梟社長、アヒルバスのオリジナルキャラクター、アルヒくんのグッズを製作する会社の社長の緒方やデザイナーの山田のキャラも愉快です。また、山本さんの作品には、別の作品の登場人物が登場していることがあり、ファンとしては「この人はあの作品の〇〇さんだ」と他作品とのリンクを発見するのも読む楽しみのひとつですが、今回も「笑う招き猫」のお笑い芸人コンビの“アカコとヒトミ”、「凸凹デイズ」の凹組の浦原凪海らが脇役として登場し物語を大いに盛り上げてくれます。
 読むと頑張らなくては!と思わせてくれるお仕事小説です。おすすめ。 
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あたしの拳が吠えるんだ  ☆  中央公論新社 
 かかりつけの歯科医院の待合室で小学4年の橘風花が目にとめたのは女性のボクサーが写ったボクシングジムの勧誘ポスター。そんな風花に受付の女性・戸部小町が声をかけてくる。そのボクシングジムのトレーナーでもある小町は風花をジムの見学に誘う。6年生のいじめっ子・織田公平をいつか殴ってやろうと、風花はそのボクシングジムの練習生となることを決める・・・。
 これまでもバスガイドや芸者や野球選手等々色々なものに一生懸命になる人々を主人公にした作品を山本さんは描いていますが、こういう物語を描かせるとホントにうまいですよねえ。あっという間に物語の中に引き込まれて、いっき読みです。
 今作では、いじめっ子をやっつけたいという思いからボクシングを始めた女の子が、やがてその魅力に取りつかれてボクシングに夢中になっていく様子が描かれていきます。正義感に溢れたまっすぐな性格の風花のキャラクターも魅力ですが、彼女だけでなく登場人物みんなが素敵なキャラの持主です。風花と共にもう一人の語り手である、子どもがやりたいことは必ずやらせるのが方針の風花の母親・陽菜子が素晴らしい。そのほか、いじめっ子と思ったら実は優しい心の持主でもある公平や風花のクラスメートの一路、陽菜子を姉と慕うキャバクラ嬢の星矢、トレーナーの小町、小町に恋する歯科医院のマコト先生、世界チャンピオンを狙うさくら、さくらの恋人である弾吉など素敵なキャラクターが盛りだくさんです。そして突出して強烈なキャラは、星矢の娘であり、風花を慕う未来です。あの言葉遣いは「となりのトトロ」のメイちゃんのようです。そうそう、風花のライバルとなる橋本龍子も忘れてはいけません。
 美人過ぎるチャンピオンとさくらとの世界タイトルマッチ、風花と龍子との試合のシーンは読みながら力が入ってしまいました。こんな状況下に元気になるおすすめの一作です。  
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神様には負けられない  新潮社
 山本さんお得意のお仕事小説です。とはいっても、今回取り上げられたのは「義肢装具士」という普段耳慣れない職業です。義肢装具士は義肢装具士法という法律で、「医師の指示の下に、義肢及び装具の装着部位の採型並びに義肢及び装具の製作及び身体への適合を行うことを業とする者」と定められていますが、実際に今までその職業の人に出会ったことはありません。
 物語は、そんな義肢装具士になるための専門学校に通う女性を主人公に彼女が義肢装具士になるまでの奮闘を描いていきます。ちょっと専門的な用語もたくさん出てくるので、読んでいても想像ができず、そのあたりは読みにくいかもしれません。
 二階堂さえ子は26歳。高校卒業後、内装会社に勤めていたが、あることがきっかけで退職し、義肢装具士を目指して専門学校に入って2年目の女性。周りは20歳ぐらいの人の中で、自分が浮いていると思うことも多い。そんなさえ子が実習で同じ班を組むのは、見た目は派手な色の髪の毛に耳・鼻ピアスでストレートに自分の気持ちを出す永井真澄と実技のスキルが抜きんでているが、人との関わりをあまり持たない戸樫博文という19歳の男女。最初は四苦八苦していたさえ子ですが、学校の授業、臨床実習を通じて多くの人、障害者の人と出会い、傷ついたり、勇気をもらったりしながら次第に成長していく姿を描いていきます。
 公益社団法人日本義肢装具士協会のHPには義肢装具士は「モノづくりのイメージが強い職業ですが、実は、コミュニケーション・スキルが重要です。患者様一人ひとりに適した義肢装具をデザインするため、患者様はもちろん、他のメディカルスタッフにも、コミュニケーションを通じて様々な情報を収集する必要があります。医学知識や製作技術に加えて、豊かな人間性が求められる職業です。」と書かれています。さえ子が専門学校での経験を経る中で得られたのは、もの作りの技術だけでなく、コミュニケーション能力であり、豊かな人間性を育むことだったのでしょう。スキルでは申し分がないが、人間関係を構築することが苦手だった戸樫が、やがて自分の意見を周りにはっきり言えるようになったのも、戸樫にとっての大きな成長ですね。
 正直のところ、障害を持った人に対し、どう関わったらいいのか迷うことがあります。醐宮が義足でバトミントンをする彼女に「すごい」「えらい」と言ったさえ子を厳しく非難しますが、僕らとしても、さえ子と同じように言ってしまうだろうなと思います。
 この作品にも山本さんの他の作品の登場人物が多く顔を出しています。上に述べた醐宮純子はもちろんお馴染みの凹組の面々、「芸者でGo」の弐々、「店長がいっぱい」の霧賀、「ジンリキシャングリラ」の浅間の登場(浅間は名前だけの登場でしたが)にファンとしては嬉しい限りです。 
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花屋さんが言うことには  ☆  ポプラ社 
  花屋さんを舞台にした8編が収録された連作短編集です。
 君名紀久子は美大のデザイン科で学び、グラフィックデザイナーを目指すも、やっと内定が取れた企業は食品会社で、セクハラ、パワハラ横行のブラック企業。2年間我慢して勤めた紀久子だったが、ついに辞表を提出。辞表を撤回させようとやってきた上司を撃退してくれた、たまたま同じファミレスにいた外島李多に誘われ、彼女が営む花屋“川原崎花店”で働くこととなる・・・。
 店主の李多、同僚のベテランパートで元国語教師の丸橋光代と190センチ近い長身で体格のいい農大研究助手の芳賀泰斗、そして店に花を買いにやってくる様々な客との関わりの中で、やがて自分の夢に向かって進んでいく紀久子を主人公としたお仕事小説であり、彼女の成長(?)物語でもあります。
 客の中でも、自分たちが開発した新品種の“フリル菊”を買いに来た森教授のキャラが何とも言えません。この作品は全体を通して温かな気持ちが溢れていますが、この森教授のエピソードは温かな気持ちを一番感じるファンタジーです。個人的に大好きなエピソードです。それと、もう一人。いつも母親とやってくる常連の6歳の男の子、蘭くん。将来花屋さんになるという蘭くんの言動が何ともかわいいです。特に北極に行く芳賀に対して蘭くんが言った言葉は最高です。
 ラストはどういう結果がもたらされたのでしょうか。吉と出たのか凶だったのか。吉と出れば続編は難しいのでしょうね。
 各話はその話に登場する花の名前となっていますが、ラストで明かされるその花の花言葉が、ストーリーの最後を飾るにピッタリです。さすが山本さん、このあたりうまいなあと唸らせられる構成です。
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おでんオデッセイ  実業之日本社 
  有野静香は33歳。東京の大学を卒業後、大手総合商社に総合職として採用されたが、あまりの激務に30歳を過ぎ身体に不調を生じ、ある朝、とうとうオフィスで意識を失って倒れてしまう。退院後、事務職に異動尾となった静香は会社を退職し、地元の伊竹市で母親が営む練物屋“有野練物”の手伝いをしていたが、市の助成金制度“伊竹市活き活きプロジェクト”に応募し、採用されて実家の練物でおでん屋台を開業する・・・。
 物語は、東京の生活に疲れ、地元に戻った静香が、様々な人と関わり合いながら母の作る練物をネタにしたおでん屋台の経営に奮闘する姿を描いていきます。
 静香に関わる人々のキャラが個性的で読んでいて楽しいです。一番は屋台の常連でつみれを注文して物静かに本を読んでいる、静香が“つみれさん”と名付けた、実は市立美術館の学芸員のすみれ。彼女が仮装でキャットウーマンに扮するなんて、ギャップありすぎです。
 そのほか、将来はゲーム作りを仕事にしたいと考えるジブリの主人公の顔立ちをしている有野織物のアルバイト大学生・早咲、5歳だけど料理作りが大好きで、みんなに仲直りの歌を教える守くん、そして早咲の両親もなかなか愉快です。この物語の中で一番嫌な人物であるキツネ目の上司も20人の女性に見合いを断られているにもかかわらず、週1回デートできる、自分はモテ期だと誤解しているところが笑えます。
 山本さんの別作品「笑う招き猫」の登場人物である漫才コンビのアカコとヒトミも登場しますし、「ある日、アヒルバス」のバスガイド・デコは残念ながら登場しませんが、アヒルバスのバスが登場するのが、山本ファンとしては嬉しいところです。  
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