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薬丸岳の本棚

  1. 天使のナイフ
  2. 闇の底
  3. 悪党
  4. 刑事のまなざし
  5. ハードラック
  6. 死命
  7. 逃走
  8. その鏡は嘘をつく
  9. 刑事の約束
  10. 神の子 上・下
  11. 誓約
  12. アノニマス・コール
  13. Aではない君と
  14. ラストナイト
  15. ガーディアン
  16. 刑事の怒り
  17. 告解
  18. ブレイクニュース
  19. 刑事弁護人
  20. 罪の境界
  21. 最後の祈り

天使のナイフ  ☆ 講談社
 第51回江戸川乱歩賞受賞作です。久しぶりにハードカバーで購入した乱歩賞作品です。
 4年前に13歳の中学生3人によって妻を殺された主人公桧山。少年たちへの処分は、刑事責任を問えない年齢のため、児童自立支援施設への入所と保護観察だけにとどまり、やりきれぬ思いを抱きます。今当時赤ん坊だった娘の愛実との二人暮らしをしていますが、そんなある日、3人のうちの一人の少年が殺害されるという事件が起きます。
少年法をテーマにした作品としては、近いところでは、東野圭吾さんの「さまよう刃」がありますが、テーマとしては目新しいものではありません。
 少年法による加害少年の更生と被害者の家族の感情にどう折り合いをつけていくのかという問題は、従来から問題となっているように、非常に難しいものがあります。特に犯罪者の低年齢化、凶悪化の一途を辿る昨今においては、今までのような少年の保護を重視するということでは、犯罪の未然の防止ということは図られないのではないかと思ってしまいます。
 物語の中でも書かれていたように、近年の少年法の改正により、ようやく被害者家族が、加害少年の姓名を知ることができるようになりましたが、それ以前は、名前さえ知ることができなかったのです。いったい被害者家族の気持ちはどこへ持って行けばよかったのでしょうか。
 私的制裁が許されない法治国家においては、それなりに被害者感情の慰撫ということも考える必要があるのではないかと僕は思うのですが。物語の中で主人公は、自分が殺してやりたいと叫びますが、実際問題として、人を殺すなんてことは、普通の人間の精神で簡単にできるものではありません。だからこそ、死刑制度があって、被害者に代わって国家が死という制裁を加えることになっているのでしょう。
 今回の衆議院の解散によって、郵政法案にばかり目がいきがちですが、それ以外にも障害者自立支援法案など重要法案が廃案となりました。その中に「少年法改正案」があります。これは、刑事責任を問えない14歳未満の少年の事件で、少年への調査権を認めるなど警察の関与を強めるものだったようです。昨今の少年による凶悪事件の増加が、“少年の保護”から“厳罰”の方向へ向かっていることを端的に表しています。
 この作品では、犯人の少年たちのその後を訪ねる主人公が、事件の裏に隠された思わぬ事実を知ることになります。ラストにおいても“更正”と“被害者感情”の問題に明確な回答を与えているわけではありません。しかし、思わぬラストに一気に読み進んでしまいました。
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闇の底 講談社
 「天使のナイフ」で昨年度江戸川乱歩賞を受賞した薬丸岳さんの受賞後第1作です。「天使のナイフ」では少年犯罪がテーマになっていましたが、今回は幼児への性犯罪がテーマとなっています。
 少女が犠牲者となった性犯罪が起こるたびに、かつて性犯罪を起こした前歴者が首なし死体となって発見される。犯人の狙いは、前歴者を殺すことによって、性犯罪を抑止することにあった。
 アメリカではメーガン法によって性犯罪前歴者たちの個人情報がインターネット上で公開されています。したがって、近所に性犯罪の前歴者は住んでいるかどうかもわかる仕組みになっているようです。日本でも最近の幼児への性犯罪の増加に対し、作品中でも述べられていますが、性犯罪の前歴者の出所情報を法務省が警察庁に提供する制度が始まりました。しかし、個人のプライバシーの問題もあって、アメリカのように一般の人が前歴者の情報がわかる制度とはなっていません。幼い子供を持つ親にとっては、近所に性犯罪前歴者がいるということに対し、脅威に思うのは無理もない気がします。ただ、性犯罪者の更正を考えると、罪を償ったあとも、性犯罪者というレッテルを貼って見られることは耐えられないことでしょう。今後日本がアメリカと同じ方向に行くのか、興味深いところではあります。
 この物語には、幼いときに妹を性犯罪者によって殺された過去を持つ刑事長瀬や幼い娘が生き甲斐となっている刑事村上、そして幼い娘を持つ犯人が登場し、それぞれの思いを持って性犯罪に向かい合います。
 思いもしない設定にいっきに読んでしまったのですが、犯人がなぜそうしなければならなかったのかという動機はここに述べられているだけではあまりに短絡的で、ラストはちょっとあっけなかった、急ぎすぎという気がします。作者のミスリーディングや犯人もある程度途中でわかってしまいましたし。
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悪党  ☆ 角川書店
 犯罪被害者の家族と加害者の問題をストレートにテーマにした作品です。
 元警官が所長に坐る探偵事務所の所員の佐伯は、かつて警官だったが、加害者に拳銃を突きつけるという不祥事を起こしたことから特別公務員暴行陵虐罪にとわれ、懲戒免職となった過去を持ちます。
 そんな彼が働く事務所にきた依頼は、息子を殺し、刑期を終え社会復帰した男を捜し出して、その男を赦すべきかどうかの判断材料を見つけてほしいというもの。この依頼をきっかけに佐伯は犯罪加害者の調査を行うことになり、さまざまな加害者のその後を見ることになります。佐伯自身、中学生の頃:姉を殺されている被害者の家族であり、そんな佐伯が果たして、どんな報告をするのか。・・。
 犯罪被害者の家族という立場で、犯人を許すことができるのか。また加害者からすれば、何をすれば許されることになるのか。非常に重たいテーマですが、薬丸さんのリーダビリティもあり、いっきに読み終えました。
 犯罪被害者、そしてその家族の心の傷が癒されるときはくるのでしょうか。現在の裁判制度の中でも、刑事裁判への被害者参加制度や法廷での心情や意見の提出、刑事事件を担当している裁判所に対し、損害賠償命令の申し立てなどの犯罪被害者のための制度が設けられています。また、少年審判における被害者家族の傍聴も認められるようになりました。
 しかし、裁判官の言い渡す刑は検察官の求刑の2割減ということがまことしやかに囁かれる中で、被害者側からすればあまりに軽いと思う量刑で許されてしまう加害者に対し、刑の執行が終わったとはいえ、加害者を許すことができるのでしょうか。
 一人を殺したとしても、現在では死刑になることはめったにありません。残された家族としては、加害者が死刑になったとしても、家族を失った気持ちが癒されることはないでしょうが、そうであるがゆえに復讐が許されない法治国家の元では被害者家族に代わって国家が犯罪に応じた罰、被害者側からみれば厳罰を下してくれなければ、家族としてはやりきれない思いが残るばかりです。
 ラストは賛否両論あるかと思いますが、裁判員制度が始まつた今、この物語の重たいテーマは非常に身近なものとなってきました。おすすめです。
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刑事のまなざし  ☆ 講談社
 表題作をはじめとする7編からなる連作短編集です。
 7編すべてに登場するのが夏目という刑事。彼は少年鑑別所で罪を犯した少年たちの心理を調査する法務技官でしたが、娘の身に降りかかった事件をきっかけに刑事に転職したという経歴を持っています。人を信じる立場から人を疑う立場になろうとした過去を抱えた夏目が彼なりの視点で関わった事件の謎を解いていきます。
 「オムレツ」は、第60回日本推理作家協会賞短編部門の候補作に選ばれただけあって、この短編集の中では秀逸です。ラストのどんでん返しがお見事。意表を突く真実でした。いやぁ~怖い。でも、現実に目を向けると、最近は犯人のように考える人が起こす事件が世間を騒がしています。決してあり得ないことではないですね。残念ながら。
 ラストに置かれた表題作の「刑事のまなざし」は、連作集らしい構成となっており、前作までに語られてきた夏目の娘に起こった悲しい事件の結末が明らかとなります。理不尽な犯行理由に僕が夏目だったとしたら、きっと犯人を許さないでしょうし、自分を責めてどうにかなってしまいそうです。
 この2作品だけでなく、どの作品もラストは非常に悲しく、残酷な結末で、やり切れなさで胸が重くなります。それでも前を見ようとする夏目に声援を送りたくなります。続編を期待したい作品です。
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ハードラック 徳間書店
 派遣切りにあい、更には詐欺にあってほとんどのお金を奪われ、明日の生活さえどうしたらいいかわからなくなった相沢仁は、闇の掲示板に仲間を求める書き込みをする。やがて、その書き込みを見て集まった者たちと強盗を計画し、実行に移すが、途中、頭を殴られて意識を失い、気がついたときには強盗に入った家は燃え、仲間の姿は消えていた。
 闇の掲示板で仲間を集い、それまで全く知らなかった者たちが一緒に犯罪を実行するというのは、現実にも起こっている事件です。想像もできなかった世の中になってしまいました。そういう意味では今日的な題材を扱っている作品です。主人公・相沢仁はインターネットで、「裏」「求職」と検索して闇サイトにアクセスしたようですが、実際にこんなに簡単にアクセスできるものなのでしょうか。恐くて、試しにやってみる勇気がありません。
 物語は、自分を罠にかけたのは誰かを捜す仁を描いていきます。いったい誰が彼を騙したのか、犯人捜しのミステリとしてわくわくして読むことができます。ただ、掲示板に集まった見知らぬ者たちの正体を仁のような普通の人間が明らかにすることができるのかというところに現実味を感じることができません。この点、薬丸さんは仁が裏の世界で生きる男・森下の力を借りて真相に近づくことにしており、そのために前もって仁が森下の仕事をすることを描いて、森下への依頼を違和感のないものにしていますが・・・。それにしても、こういう裏の世界ってあるのでしょうか。
 仁を騙したのは誰かという謎解きについては、たぶんミステリを読み慣れた読者は真相に途中で気がついてしまうかもしれません。
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死命 文藝春秋
 胃ガンで余命わずかであることを知った榊は、以前から心の奥底に押さえつけていた女性を殺したいという欲望を解き放ち、行きずりの女性を連続して殺害する。一方、こちらも癌の再発で余命わずかであることを知った刑事の蒼井は、殺人犯の逮捕に執念を燃やします。
 先が短い二人の男が殺人犯と刑事としてそれぞれ行動し、ラストに対峙するまでが描かれていきます。どちらも余命少なく、さらに、母の臨終の席にも仕事で来なかった父を恨んでいる娘との確執を抱える蒼井と、幼い頃父親からの日常的な暴行を受けていた榊という、どちらも家族関係がうまくいっていない二人を、追う者と追われる者に置いて描くという、できすぎの感がありますが興味深く読むことができます。
 榊が女性に対して殺人の欲望を持つようになった理由は最後に描かれますが、あまりに衝撃的で読むのが辛くなります。
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逃走 講談社
 傷害致死事件が発生、犯人とみなされた小沢裕輔は、事件現場から逃走し、姿を隠す。裕輔は妹の美恵子とともに幼い頃両親に関わるある事件のために親戚の家に預けられ、そこで虐待を受けて児童養護施設で生活した過去があった。裕輔は逃走の行く先々で警察に居場所を連絡するという不可解な行動を見せる。果たして、彼と被害者との間の接点は何か、なぜ警察を引き回すような逃走を続けるのか。
 物語の展開が早く、読み出したら止まることなくいっき読みでした。近所から評判のいい人格者の被害者。妹を守りながら堅実に生きる加害者。なぜ、そんな二人が被害者となり加害者とならなくてはならなかったのか。また、妹思いの兄が妹に迷惑をかけることをわかっていながらなぜ逃走するのか。しだいに明らかになっていく事実に胸を打たれます。ただ、物語があまりに淡々と進みすぎて感動するまでにいかなかったのが残念です。
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その鏡は嘘をつく 講談社
 エリート医師が、鏡に囲まれた部屋で死亡。彼が直前に電車内での痴漢容疑で逮捕された経緯があったため、事件はそれを悩んでの自殺で終了するかに思えたが、検事の志藤は現場の状況から他殺の可能性を感じ、独自に捜査を進める。その頃、東池袋署の刑事・夏目は医学部を目指す浪人生が失踪した事件に関わっていたが・・・。
 昨年テレビドラマ化もされた「刑事のまなざし」の夏目刑事を主人公にした作品の第2弾です。前作は連作短編集でしたが今回は長編。また、夏目とは別に事件を追う検事の志藤が大きく描かれます。というより、正義感溢れる志藤を描く部分がかなりを占め、夏目の方が脇役といった感じがあります。
 法務技官を辞めて刑事になった夏目を描いた前作の短編集のようなインパクトはあまりなく、志藤のどちらかというと思いこみの激しさに違和感を覚えるばかりです。そもそも題名となっている“鏡”の、この物語の中での存在意味についても理解できませんし(なぜ鏡が必要だったのでしょう?)、失踪した青年の思いについても、そこまで考えるのかと思ってしまいます。
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刑事の約束  ☆ 講談社
 元法務技官であった刑事・夏目信人を主人公とする短編集第2弾です。「無縁」、「不惑」、「被疑者死亡」、「終の住拠」、「刑事の約束」の5編が収録されています。どれも事件の起こった背景に力点を置いて描かれていますが、夏目の家庭事情ということもあってか、「不惑」以外は親子関係に関わる事件となっています。
 万引きをして店員に催涙スプレーをかけて逃げた少年。補導されたあともロをきかないため、身元がわからず、また親からの連絡もない・・・(「無縁」)。しだいに明らかになってくる事情から夏目が選択した結果は、警察官としての職分からは外れているのではないかと思うのですが、そこが少年のことを第一に考える夏目らしいところでしょうか。
 かつて強盗事件の被害者となった婚約音が自殺した過去を持つビデオ撮影会社のディレクターの窪田。たまたま事件の加害者の結婚式でのビデオ撮影をすることとなった窪田は、ある計画を立てる・・・(「不惑」)。加害者への復讐という事実に隠された窪田の心の裡を夏目が鮮やかに浮かび上がらせます。第67回日本推理作家協会賞短編部門の候補となっただけあって、単純な復讐劇とは異なります。
 殺人事件の被疑者が警察から逃走を図って車にひかれて死亡する。被害者に脅迫されていた彼が守ろうとしていたものは何だったのか・・・(「被疑者死亡」)。どうしようもない親でも子を思う気持ちは同じだという1編です。
 認知症を患っている老女が自分を担当するケア・マネジャーを階段から突き落とした事件。―人暮らしが難しい老女を施設に入れようと骨を折ったケア・マネジャーをなぜ突き落としたのか・・・(「終の住拠」)。認知症を患っても子を思う気持ちは忘れない老女の思いが胸に迫ります。
 覚醒剤使用で刑務所に入った過去のある女性が殺され、20歳になった娘が自首をしてくるが・・・(「刑事の約束」)。前の短編集「刑事のまなざし」に収録されている「オムレツ」の前田裕馬が登場し、その続編ともいうべき1編となっています。あまりに悲しい親子の関係と、それと対照的な光が見える出来事が印象的な1編です。
 さて、あることが起こりひとつの区切りがつきましたが、シリーズはどうなるのでしょうか。
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神の子 上・下  ☆ 光文社
 上・下巻合わせて900ページを超える大作でしたが、ページを繰る手が止まらずあっという間に読了しました。薬丸作品の中で一、二を争う作品になるのではないでしょうか。
 物語の主人公は殺人罪で少年院に入るまで無戸籍だった町田博史。戸籍制度のしっかりしているこの日本で無戸籍なんてことがあるのかと思ったのですが、最近の児童虐待問題が表出する中で、日本でも戸籍を持だない子どもがいることが明らかとなってきました。町田も父親が誰かわからない子を産んだ母親が、教育を受けさせるには金がかかるということで、出生届を出さずに18年間戸籍のなかった青年です。もちろん戸籍がないのですから、義務教育さえ受けたことがなく、母親と暮らす男の虐待に耐えかねて男を刺して母親のもとから出奔、―人で生きてきました。ただ、彼の場合ぱ直感像記憶”という特殊な能力を持っていたため、本を開けばその内容がすぐ記憶できるうえ、さらにはIQ161という高い知能を備えていたことが一人で生きることを可能にしたのでしょう。
 町田は室井という男の元で振り込み詐欺のシナリオを書いていたが、町田が面倒を見ている知的能力が低いミノルを彼に殺させろという命令を室井から受けた男をミノルが殺してしまった罪を背負い少年院に入る。室井は、少年院にミノルに似た男・雨宮を潜り込ませ、仲間に引き込もうと画策するが失敗する。少年院を出てから、町田は教官の内藤の世話で内藤の亡くなった親友の妻・前原悦子が経営する工場に住み込みながら、彼の能力に気づいた大学教授の勧めで大学を受験し、大学生となる・・・。
 第1章では無戸籍で特異な能力を持った少年が果たして少年院を出てからどうなるのか、室井という正体のしれない男との関係がどうなるのか、その展開が気になってページを繰っていたのですが、ところが一転、第2章では、彼は大学生となり、全国で500店舗を展開する薬局チェーンのオーナーの息子・為井や変人と呼ばれる発明家の学生・繁村らと出会い、会社を立ち上げる話が描かれます。おっと、室井はどうしたと思ったら、再び雨宮を使って町田を捕まえる算段をしています。このあたりは雨宮が主人公と思えるほど、姉への思いを胸に室井を裏切ろうとする雨宮が描かれます。それとともに、雨宮の周りでは室井の組織と日本の裏社会を牛耳る者の組織との戦いがサスペンスタッチで描かれていきます。
 3章に入ると、為井らが興した会社の成功と思わぬ危機、信頼していた者の裏切り、室井を探す内藤とミノルを探す悦子の娘・楓、為井の弟が後を継いだ薬局チェーン会社のゴタゴタとその原因となる女性など盛りだくさんの話が語られ、いったいどういう着地点を薬丸さんは考えているのか先がわかりませんでした。
 為井らの会社はどうなるのか。町田はいったい何をしているのか。雨宮とその姉はいったいどうなるのか。そして、一番大きな謎である室井とはいったい何者なのか。下巻も後半に近づくにつれ先のページを早く読みたくて仕方がありませんでした。ラスト、町田と室井の対峙は思わぬ展開になります。正直のところ、ここまで怒濤の展開だったのに、これはちょっと肩すかしという結果になってしまったというのが正直な感想です。ネタバレになるので書けませんが、目的のために用
意周到に相手の組織に自分の手の者を忍ばせておく室井の組織からすれば、あっけない終焉です。室井の人となりについて、風呂敷広げすぎてしまったのかなあ。
 結局簡単に言えば、この物語は、その生い立ちから人を信じるということができず、闇社会で孤独に生きてきた青年が、やがて友人を得て社会の中で生きていく姿を描いていく、ひとつの青春物語です。ただ、町田の心の中が語られないので、彼がどう変わっていくかがまったくわからないところが(最後まで他人のことを想う感情があるのかわからないところが)不満でしたが。
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誓約  幻冬舎 
(ちょっとネタバレ)
 やくざから命を狙われ逃げ回っていたときに偶然出会った女性から、現在刑務所にいる二人の男を出所後殺してくれたら金を払うと言われた高藤文也。彼は彼女の申し出を受け、受け取った金で痣のあった顔を整形し、戸籍を買って向井聡という別人として生きていくこととする。それから15年、彼は今では落合という男から誘われてレストランバーを共同経営し、妻と娘と幸せに暮らしていた。ところがある日、「あの男たちは刑務所から出ています]という一通の手紙が届いたことから、彼の幸せな人生は狂っていく。昔の約束の履行を迫り、違えた場合には娘を傷つけると脅された向井は男の一人が住む岡山に向かうが、殺すことはできずに戻る。しかし、翌日彼が殺そうとした男が殺害され、彼は殺人犯として警察に追われることとなる・・・。
 この作品で描かれるような残虐な犯罪であっても一人を殺しただけでは死刑にはならないのが実情です。娘を惨殺された母親が、犯人に対し復讐したいと思うのは(現実に行うかどうかはともかく)無理からぬところがあります。それは時が経過しても決してなくならないだろうと子どもを持つ親としては思います。しかし、彼に殺害を依頼した女性は癌で亡くなっているはず。ストーリーは、向井を脅して殺人をさせようとするのは誰なのかという謎を中心に進んでいきます。
 冷静になって考えれば、彼が出所した犯人を殺さなければ家族に危害を加えるという脅迫はおかしいと思うはずです。彼の家族に危害を加えるくらいなら、憎むべき犯人を直接殺害すればいいのですから。読んでいて、これは向井自身を憎んでいる者が犯人だろうとわかってきます。ただ、あんな事実があったことは明らかとされていなかったので、動機は分かりませんでしたが、何となく犯人は見えてきてしまいます・・・。それにしても、15年がたった今、突然彼を脅迫し始めた理由がちょっと希薄すぎます。するなら、もっと前でしょうし、復讐の手段が回りくどすぎます。 
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アノニマス・コール  角川書店 
 題名の「アノニマス・コール]とは、「匿名電話」のこと。
 ある日、元警察官の朝倉の携帯電話に無言電話がかかってくる。切れる直前に「お父さん」と呼ぶ、今では別れた妻の元で暮らす娘の声が聞こえたと思った朝倉は、悪い予感から元妻の奈緒美に電話をする。友人とディズニーランドに行ったはずの娘は姿を消しており、その後娘を誘拐したという電話が奈緒美の元にかかってくる。3年前、身に覚えのない贈賄容疑で逮捕され、警察を辞めた朝倉だったが、そもそもその裏には警察が被疑者死亡で決着のついていた事件を、朝倉が情報提供者からのネタでおかしいと洗い直していたことに原因があった。逮捕時の取り調べで情報提供者の名前を言うよう求められて、最後まで言わなかった朝倉は罪に問われて警察を辞め、妻子を危険に晒さないよう離婚もした。それ以降、警察という組織に不信感を持つ朝倉は、警察に連絡しようとする奈緒美を止め、自分で娘を助け出そうとするが・・・。
 警察内部の悪は誰なのか、誘拐犯の正体は誰なのか、そもそも朝倉が警察を辞めるきっかけとなった事件の裏には何かあるのか、様々な謎を包含しながらストーリーはテンポ良く進んでいきます。
 警察に助けを求めることができず、逆に警察に自分が追われるという状況の中で、朝倉がいわくありげな元探偵や少年院上がりの青年とともに誘拐犯を捕まえようとする展開にハラハラしながらいっき読みでした。
 ただ、実際に謎が明らかになってみると、警察が過去の事件の真相を隠す理由が、2時間ドラマによくある理由となってしまっており、ちょっと拍子抜け。警察内部の悪にしても、誘拐犯の正体についても、このストーリーの流れから予想がついてしまうような、どこかで読んだパターンに留まったのは残念です。
 妻子を守るために、妻に心にもない冷たい言葉を投げかけて別れていくなんて、朝倉というキャラがちょっと格好良すぎますね。格闘技にも長けているようですし。「たとえ名誉を失ったとしても、家族との絆を取り戻すことができたら、それだけで生きていけます」なんていうセリフは恥ずかしくて口にできません。 
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Aではない君と  講談社 
 吉永は建設会社の企画室勤務。美術館建設に対する自分が率いるグループの企画が採用され、順風満帆の人生を歩んでいた。しかし、そんな彼に中学生の息子が同級生を殺害した容疑で逮捕されたという連絡が入る。息子に面会をしたが、彼は吉永に何も話そうとしない・・・。
 殺人容疑をかけられた息子の無実を明らかにするために、父親が少年法に規定する“付添人”となって奔走する話だと予想して読み始めました。予想は大きく外れました。話はそんなハッピーエンドに終わるものではありませんでした。
 自分が慈しんで育ててきた子どもが犯罪、それも殺人を犯したと聞かされても、大半の親は「うちの子に限って、そんなことはあり得ない!」と思うに違いありません。薬丸さんは、そんな子どもを持つ親に対して、大きな問題を突きつけました。「うちの子は親に何でも話してくれるから大丈夫と言い切れますか?」「あなたが思うほど子どもはあなたのことを信頼しているでしょうか?」と、この物語の中から、薬丸さんの問いかけが聞こえてきます。
 また、たとえ“少年A”であってもプライバシーはすべて晒されてしまうネット社会の中で、事件を起こしてしまった子どもの親として何ができるのか等々いろいろ考えさせられる作品です。もう一度自分と子どもの関係を振り返ってみるいい機会になりました。子どもを持つ親は必読です。
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ラストナイト  実業之日本社 
 顔にはヒョウ柄の刺青、左手は義手という外見から人を寄せ付けない片桐達夫。彼は32年前、そんな外見ではない普通の人だった頃、時々通っていた居酒屋で店主の菊池の妻を脅迫したヤクザと傷害事件を起こし服役。それがきっかけで妻子とも別れることとなる。その後、顔に刺青をし、刑務所を出所するたびに犯罪に手を染め、一度だけ働き出した工場では事故で左手を失い、結局刑務所を出たり入ったりの人生を過ごしてきた。何度目かの服役をした仙台の刑務所を出所し、菊池の店を訪ねてきたが・・・。
 物語は、居酒屋の店主の菊池、片桐の事件を担当した弁護士の中村、片桐の娘・ひかり、売春婦の絢子、そして、菊池の店の常連である荒木の視点で、彼らと片桐との関わりと彼ら自身が胸の内に抱える思いが描かれていきます。
 なぜ、片桐は出所すると再び罪を犯すのか、顔にヒョウ柄の刺青をしたのはなぜなのか。単なる累犯者の物語と思いきや、彼が罪を犯す理由の裏側には、想像もできなかった真の理由があることが、次第に明かされていきます。人間たる者、そこまですることができるのかと、理由が明らかとされたときには、驚きを禁じ得ませんでした。
 ただ、読了後気になったのは、片桐が菊池の店でいざこざを起こすこと。菊池の店は、彼にとって唯一心休める場所だったのに、その場所でいざこざを起こしてしまうのは、ある目的を持った彼には似合わない気がします。周りからの注目を気にせず、寡黙に飲んでいるのが彼らしいと思うのですが。 
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ガーディアン  講談社 
  学校内に教師も親も知らずに存在する生徒たちの自警団“ガーディアン”によって平和が保たれている石原中学校。4月に他の学校から転任してきた教師の秋葉は、この中学校が荒れているという噂とは異なって、校内で問題を起こす生徒がいないことに気づく。
そんなある日、秋葉は“ガーディアン”のことを聞き、顧問をしている演劇部の部員である日下部が突然休んでいる原因に“ガーディアン”が関わっているのではないかと考え、“ガーディアン”の正体を探ろうと奔走する。
 物語の語り手となる人物だけで10人以上いるうえに、生徒、教師、親等相当数の人物が登場するため、「この人誰だったかな?」とわからなくなって、時々ページを戻って確認しながらの読書でした。登場人物一覧があれば良かったですね。
 教師に話しても何の解決にもならないと知った生徒たちが始めた“ガーディアン”によって学校の平穏は保たれますが、それは表面的なものです。いじめの加害者である生徒に言うことを聞かせるために、生徒の親の犯罪をネタにしたり、幼い弟への加害を匂わせた
り、目的のためには手段を選ばないのは、やっぱりどう考えてもおかしいです。“ガーディアン”のやっていることは、力に対してそれ以上の力で対処しようとするもの。最初は正義のために行っていても、自分たちが思わぬ力を持つようになると、しだいにどこかに軋みが生じ、その軋みがだんだん大きくなって、そこから顔を覗かせた思いは当初の思いとはまったく違う暴走を始めるものです。
 ラストでは頑張っていた秋葉が滑稽に感じてしまうほどの事実が明らかになりますが、それでいいのでしょうか。生徒の教師への信頼がないという状況も、また、荒れる学校の中での教師の無力感もわからないではないですが・・・。
 生徒の事件に関わる錦糸署の刑事として薬丸さんの他の作品「刑事のまなざし」や「刑事の約束」の主人公を務めている夏目信人が登場するのは薬丸ファンとしては嬉しいところです。
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刑事の怒り  ☆  講談社 
(ちよっとネタバレ)                    
 元法務技官だった刑事、夏目信人シリーズ第4弾です。
 前作で、意識不明だった娘の意識が戻るという私生活での大きなターニングポイントがありましたが、今作では夏目が人事異動により新たな部署に異動するという展開か待っています。
 日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した東池袋署最後の事件を描く「黄昏」、異動となった綿糸署での最初の事件を描く「生贄」、留学という名の出稼ぎで日本に来た外国人の事件を描く「異邦人」、夏目の娘と同じ状況の患者の死の真相を描く「刑事の怒り」の4編が収録されています。
 「黄昏」では、親離れができない子どもと、いくつになっても子どものことを一番大切に思う親の悲しい関係が描かれます。3年前に亡くなった母親の遺体を自宅に隠していると娘から警察に電話が入ります。なぜ、母親の死を隠していたのか、なぜ、今になって告白したのか・・・。
 「生贄」では、男性の欲望に人生を台無しにされた女性の激しい思いが描かれます。公園のトイレで下半身を晒した男性の刺殺体が発見されます。女性が暴行されそうになってナイフで刺したと警察に出頭しますが・・・。異動先の錦糸署の同僚刑事として、夏目同様転職して刑事になった本上が登場します。28歳まで裁判所の事務官をしながら、ある思いから女性刑事となった本上は、かなり個性的な孤高の刑事というキャラです。娘の加害者に対しても冷静な夏目にかなり批判的で、今後の2人の関係がどうなるのか興味深いところです。
 4編の中で唯一書き下ろし作品である「刑事の怒り」は、夏目の日常とも関わりのある事件が描かれます。自宅で寝たきりの少年の呼吸器が外れて呼吸不全で亡くなるという事件が起き、夏目たちが捜査に乗り出します。一方、娘を担当する看護師から、事故で何年も寝たきりだった自分の恋人が突然死亡したのはおかしいとの訴えを受けた夏目は、両方の患者に同じ病院が関わっていることを不審に思って調べます・・・。安楽死の問題を扱った考えさせられる作品かと思ったら、事件の裏には実に邪悪な意思が働いていました。題名の「刑事の怒り」は意識不明の娘を介護していた夏目だからこその怒りです。 
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告解  講談社 
 大学生の籬翔太は、アルバイトの帰りに仲間と酒を飲んだ後、恋人から呼び出されて車を運転して出かける。その途上、横断歩道を渡っていた老女を轢いてしまうが酒を飲んでいることもあって、止まることなく現場を立ち去ってしまう。警察の捜査によって翔太は逮捕され、翔太は人を轢いたとは思わなかった、信号は青だったと裁判で嘘の主張をするが、判決は4年10か月の実刑となり、刑務所に収監される。刑期を勤め上げ、刑務所から出てきた翔太を迎えに来た母は、評論家であった父と離婚し、事件当時結婚話のあった姉は話が壊れ、今では二人で母の実家のある熊本で生活を送っていた。翔太は埼玉にアパートを借り一人で住み始める・・・。
 飲酒運転は絶対しないといえますが、自動車事故は車を運転している限り誰でも起こす可能性はあります。果たして、そのときにどういう行動をとれるのか。たとえ、轢き逃げということではないにしても、人を殺してしまったとなれば、どういう気持ちになるのか想像もつきません。翔太のように轢き逃げで、すぐ対応していれば助かったとなれば、猶更です。嘘をついて翔太のように自己保身に走るかもしれませんが、その後の人生で人を殺したという思いはとても忘れきることはできないでしょう。また、犯罪歴があれば、なかなか正社員として就職できないというのは現実でしょうし、心の重みに潰されそうな中で、生きていくことは非常に大変です。この作品の中では、翔太を支える人がいたから立ち直ることができたのでしょう。
 題名の「告解」とは、キリスト教の幾つかの教派において、罪の赦しを得るのに必要な儀礼や、告白といった行為をいうそうです。 
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ブレイクニュース  集英社 
 この作品のなかにも書かれているように、最近の小学生の将来なりたい職業のランキング上位にユーチューバーが入り話題になりました。芸能人だけでなく一般人がユーチューブに動画を載せ、視聴回数が多いことから広告収入だけで生活するユーチューバーも多いようです。中には、視聴回数を多くしたいがためにやらせや迷惑動画を載せて問題になるユーチューバーも多くいますし、人気ユーチューバーをいいことにもっとひどい犯罪に手を染める者もいます。そういう点では非常に現代的な職業(?)を主人公に物語は展開します。
 物語はユーチューブで“野依美鈴のブレイクニュース”というチャンネルを主宰する野依美鈴が今の世の中で問題になっている“児童虐待”、“8050問題”、“冤罪事件”、“パパ活”、“ヘイトスピーチ”、“個人情報のネットへのさらし”に鋭く切り込んでいく様子を描いていきます。
 ところが、この野依美鈴という女性、こうした現代的な問題に取り組みながら、パンツスーツを着こなす凛とした切れ長の目が印象的な美人で、常にブラウスのボタンを2つ外して胸元を強調しており、それで男性視聴者を獲得しようとしているような感じも受けるという女性です。マスコミの真似事と揶揄され、誹謗中傷も多く、中には相手のプライバシーも侵すような訴えられてもおかしくない過激な動画もアップして、真実を追求しようとします。なぜ、そこまでのことをするのかが、連作短編の形をとりながら全体を通して描かれていきます。
 各話では美鈴が取り上げることによって、救われる人もあり、ホッとします。ラストの美鈴自身に関わる事件については、あれで世間の波が起きればいいとは思いますが、うまくいきますかねえ。権力者というのは、簡単には認めませんから。 
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刑事弁護人  ☆  新潮社 
 ホストの加納怜治がマンションの自室で殺害されているのが発見される。被疑者として逮捕されたのはホストクラブの客であり、現職の刑事であった垂水涼香。涼香は幼い息子を亡くしてから夫婦関係が冷え、ホストクラブへと通いだしたといい、加納が作った曲を聞きに誘われて部屋に行ったが、乱暴されそうになって近くにあった酒瓶で殴ったと申し立てる。弁護をすることになったのは刑事事件の経験がほとんどない望月凛子と、同じ事務所の西大輔。果たして事件の真相は・・・。
 凛子と西のバックグラウンドもこの物語に大きく影響してきます。凛子は法曹一家に生まれ、父は人権派弁護士として有名だったが、ある事件の裁判の際、被害者の母によって刺殺されてしまう。一方、東京地検検事正という父親を持つ西も、結婚を決めていた女性を何者かによって殺害されたが事件は未解決のままで、その事件を契機に大学在学中に司法試験に合格しながら法曹にならずに刑事をしていたという過去を持つ。どちらも事件の被害者側の立場に立ったことがある中で弁護士としてどう被告人と向き合うのかという点も読んでいて興味深いです。人権派弁護士だった父の行ってきたことが正しいと信じてそれを証明するために弁護士になった凛子と、真実を明らかにして、加害者に相応の罰を与えるべきだと考える西という考えの異なる二人がどうタッグを組んでいくかも読みどころです。この辺り、弁護士としてどうあるべきか、その職業倫理が問われていると言っていいでしょう。
 法廷場面は後半3分の1程度で、そこまでは西の同僚だった刑事、涼香が捜査に携わった誘拐事件の被害者の母親、涼香が飲みに行く食堂の女性たちを通して事件が果たして単なる正当防衛事件かそうでないかの争点だけではなく、その裏に隠されていた事実が次第に明らかになる経過が描かれていきます。
 この凛子と西のコンビ、最初は正反対の考えの相いれない二人かと思いましたが、色々な事実が分かってくる中で意外に名コンビとなってきました。二人のコンビの続編を期待したいです。 
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罪の境界  幻冬舎 
 浜村明香里は小学校の事務員として働く26歳になる女性。明香里の26歳の誕生日に、恋人で出版社で編集者をする東原航平と渋谷のレストランで食事をする約束をしていたが、到着する手前で電話をすると、航平は仕事が入り行くことができなくなったと告げる。仕方なく一人でスイーツの店に向かうが、途中のスクランブル交差点で突然斧を振り回す男に襲われてしまう。彼女を助けようとした男性のおかげで明香里は一命を取り留めるが、彼女をかばった男性・飯山晃弘は死亡してしまう。身体だけでなく心にも大きな傷を負った明香里は航平に別れを告げ、静岡の実家に身を寄せる。しかし、飯山が最後に言った「約束は守った・・・伝えてほしい」という言葉が気になった明香里は、その言葉の意味を調べ始める。一方、風俗雑誌のライターである溝口省吾は、事件の犯人・小野寺圭一の境遇が自分と同じではないかと興味を覚え、彼の取材を始める・・・。
 作者のインタビューでは、この作品は2018年に走行中の東海道新幹線の車内で起こった無差別殺傷事件がモデルだそうです。あの事件も犯人が「刑務所に入りたかった」「無期懲役になりたかった」などと述べ、無期懲役の判決の言い渡しがあった際には万歳三唱をしたようで、世間では犯人が望む判決でいいのかと大きな問題になりました。
 この物語でも、実際の事件と同様に犯人は死刑ではなく無期懲役を望んで、一人殺害なら無期懲役だろうと考え、犯行に及んでいます。更には仮釈放等で刑務所から出れば、また同じことをすると言います。他の事件との量刑を考慮してというなら、殺害された人が一人という被害者の数の問題だけでなく、犯人の犯行に対する考えや、今後改心する可能性があるかなども考慮して検察は求刑すべきですし、裁判官は判決を言い渡すべきです。
 犯人の生い立ちには同情すべき点はあります。しかし、明香里が被害者参加制度によって参加した小野寺の裁判で述べたとおり、だからといって人を殺していい理由になどなりません。ラスト、小野寺が最終的に望んでいた彼を捨てた母への復讐は果たされませんでしたが、これから果たして小野寺は変わるのか、それとも更なる憎しみを募らせるのか、気になります。 
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最後の祈り  KADOKAWA 
 保阪宗佑は交際していた女性の姉・真理亜に会って一日惚れしてしまい、恋人に別れを切り出す。彼女は了承し、宗佑の前から姿を消すが、ある日、一人で秘かに生んだ宗佑との間の娘の由亜を残して自殺したという連絡が入る。そのことがきっかけとなって牧師となった宗佑。娘の由亜は真理亜の養女として育てられ、健やかに成長したが、結婚を間近に控えた日に殺害されてしまう。犯人の石原亮平は逮捕されるが、裁判でも贖罪や反省の色は見せず、死刑判決に「サンキュー」と高笑いし、控訴をせず死刑が確定する。死刑になることを恐れもしない石原に対し、宗佑は娘の復讐のため罪を犯したことを後悔させようと、たまたま病気で交代することになった刑務所の教誨師に代わって教誨師として石原に近づく。しかし、復讐の心を隠し、教誨師として石原と話をすることは徐々に宗佑の心を蝕んでいく。・・。
 先進国と言われる国でいまだに死刑制度があるのはアメリカや中国、日本などで死刑制度廃止国に比べて少数派となっています。私自身はこの作品の中でも描かれるように、被害者遺族の感情という面からは廃止論には賛成できません。特に、この物語の石原のように、まったく反省の色を見せず、被害者遺族の心を逆なでするような発言を繰り返す殺人犯に対し、教育なんてことができるのかと思ってしまいます。しかし、死刑制度はある意味、国家による殺人ですが、実際にそれを行うのは刑務官たちですし、この作品の中で実際に死刑執行に携わった刑務官たちが精神を病み、職を辞めようと思うのは無理のないところかもしれません。私としても、娘を殺した憎い男であっても、自分で殺せと言われたら果たして実際に手を下すことができるのかわかりません。でも、やはり犯人は許せません。
 様々な問題を内包する死刑制度ですが、ストレートにこうだと割り切ることは難しい問題ですね。 
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