▲トップへ    ▲MY本棚へ

若竹七海の本棚

  1. ぼくのミステリな日常
  2. 心のなかの冷たい何か
  3. 暗い越流
  4. さよならの手口
  5. 錆びた滑車
  6. 殺人鬼がもう一人
  7. パラダイス・ガーデンの喪失

ぼくのミステリな日常  ☆

東京創元社
 若竹七海さんのデビュー作品です。
 建設コンサルタント会社で社内報を編集することになった若竹七海(著者名と同じです)。この作品は、毎月その社内報に掲載されることになった短編小説(七海の先輩から紹介された匿名作家によるもの)から成り立っています。各編の前にはその月の社内報の目次が掲載されているという、しゃれた(!)作りです。各編は日常の謎あり、ホラーありという、ちょっと内容的にはバラバラですが、その中で、ある一言によってそれまでの世界が反転してしまう、12月の「内気なクリスマス・ケーキ」が好きです。最後に「ちょっと長めの編集後記」と「配達された最後の手紙」でそれまでの短編小説に隠された謎が明らかとなります。思うに、僕はこの作品で連作短編集のおもしろさを知ったのかもしれません。
リストへ
心のなかの冷たい何か 創元推理文庫
若竹七海さんのデビュー第2作であるこの本が東京創元社から刊行されたのが1991年のこと。あれから14年たって初めて文庫化されたのを機に再読しました。人間の記憶というのはいい加減なものですね。まったく内容を忘れていて、真相も覚えていなかったので、改めて楽しむことができました。
 七海が箱根旅行への車中で知り合った奔放気ままなOL一ノ瀬妙子。旅行から帰ったあと、妙子からクリスマスイブに会いたいとの電話がかかってきたが、その日がくる前に謎の自殺未遂を起こし植物人間状態となってしまいます。そんなとき七海のもとに妙子から“手記”が送られてきます。それは毒殺を繰り返す人独白から始まっていました。妙子の自殺未遂に不審を抱いた七海は、事件の真相を探ろうと、彼女の友人たちから話を聞き回ります。
 この作品も前作に引き続き作者と同じ名前の若竹七海が主人公です。物語は毒殺魔の手記を中心とする第一部と七海の活躍を描く第二部とに分かれています。この第一部にどんでん返しが用意されていて、正直のところミステリとしてはこの第一部の方が衝撃的です。第二部は一転、七海の探偵行を描くのですが、どうしてこんなに七海が犯人捜しにのめり込んでいくのかがちょっと理解しがたいです。それにしても、登場人物たちがみんな哀しい人たちで、謎は明らかとなりましたが読後感はよくないですね。
リストへ
暗い越流  ☆ 光文社
 5編が収録された短編集です。
 冒頭の「蠅男」とラストの「道楽者の金庫」が若竹作品ではお馴染みの女探偵・葉村晶が主人公となった作品ですが、あとはノン・シリーズものです。葉村晶ものより、ノン・シリーズの3作の方が強い印象を残します。
 中では2013年の日本推理作家協会賞(短編部門)を受賞した表題作の「暗い越流」が秀逸です。ストーリーは、5人を殺した死刑確定囚に送られてきたファンレターの差出人の素性を調べるよう依頼された雑誌のライターが、調査を進めるうちに驚愕の事実が浮かび上がってきてしまうというものです。気をつけて読んでいないと、読んでいるうちに若竹さんによってミスリーディングされてしまうという作品です。ラストに「えっ?」と思って、どこで自分はそう思うようになってしまっていたのかと、もう一度ページを前に戻って読み直してしまいました。浮かび上がる真実の驚き以上に、若竹さんにやられたなあという部分が大きい作品となっています。それに加え、ラスト二行の余韻が大きく残ります。
 「幸せの家」は、失踪した雑誌編集長を殺したと思われる犯人を探す編集者を描きますが、この作品も事件が解決した後の方が怖い作品となっています。
 「狂酔」は、ミステリというより結果的にはホラー系といっていい作品です。こういう終わり方はどこかにありましたよね。
リストへ
さよならの手口  ☆  文春文庫 
  「プレゼント」、「依頼人は死んだ」、「悪いうさぎ」に続く女性探偵・葉村晶シリーズ第4弾です。1昨年11月に発売後すぐ購入したままでしたが、ようやく読むことができました。「このミス 2016年版」の第4位にランクインしています。
 勤めていた長谷川探偵事務所が廃業し、今はミステリ専門の本屋でアルバイトをしている葉村晶。思わぬ怪我をして入院した葉村は、病院で同室となった元女優の芦原吹雪から20年前に失踪した娘の志緒利の行方探しを依頼される。
 冒頭で描かれる床下にあった白骨死体事件の謎をさらっと解き明かすことから物語は始まるのですが、志緒利の行方を探る中で様々な謎が葉村の前に提示されます。シングルマザーだった吹雪が産んだ志緒利の父親は誰か、20年前に調査を依頼された元刑事の探偵はどこに消えたのか、芦原家から姿を消したばあやとお手伝いさんの娘の行方は等々本筋の謎解きとともに、葉村が個人的に関わった人物を巡っての警視庁刑事からの圧力がかかるなど、葉村は大忙しです。こうした関係のないと思っていた出来事が、しだいに繋がりを見せていくところは、見事なストーリー展開と言わざるを得ません。さりげなく伏線も張ってありましたし。
 葉村晶もこの時点ですでに40歳を過ぎ(正確な年齢は明かされていません。)、人混みの中でも目立たないという探偵向きの特質を持った女性ですが、女性刑事の場合にはありがちなスタイル抜群で美人というキャラではないようです。今回、冒頭の白骨に頭をぶつけるから始まって、散々な目に遭いますが、これも美人キャラではないせいでしょうか。
 私立探偵小説としてのハードボイルドなタッチの中に、ユーモアを感じさせるところもあって、個人的には樋口有介さんの柚木草平の女性版という気がします。オススメです。
 リストへ
錆びた滑車  ☆   文春文庫 
 葉村晶は、吉祥寺のミステリ専門書店のアルバイト店員をしながら、本屋の二階が事務所の「白熊探偵社」の調査員(といっても、唯一人の)として働いている。ある日、いつも仕事を回してもらっている「東都総合リサーチ」の桜井からの下請け仕事で、石和梅子という老女を尾行中、彼女が訪れたアパートの大家・青沼ミツエとの喧嘩に巻き込まれ、怪我を負ってしまう。老人のブレーキとアクセルの踏み間違い事故で息子を亡くし、大怪我を負った孫のヒロトと暮らしていたミツエは、シェアハウスを出ていかなければならないことになっていた葉村にアパートに住むよう申し出る。一方、事故でその前後の記憶を失っていたヒロトは、葉村になぜ自分が事故の現場に父親といたのか調べて欲しいと依頼する・・・。
 探偵・葉村晶シリーズ第6弾です(葉村が2作品に登場する短編集「暗い越流」を含めると第7弾ということになります。)。昨年の「このミス」国内編で第3位にランクインした作品です。
 若竹さん、相変わらず葉村に厳しすぎです。40代の女性でありながら、今回も冒頭で顔から血を流す怪我を負い、火事から逃れるためにアパートの2階から木に飛び移るという派手なアクションもさせています。そして、ラストでは犯人との立ち回りで再びアパートの2階の階段から転げ落ちて満身創痍の状況に。いくらタフでもそろそろ寄る年波には勝てなくなりそうな葉村にここまでの仕打ちはかわいそうです。もう少し、配慮をしてあげてもと思うのですが。
 最初は、単なる老婆の行動確認だったはずが、交通事故で記憶を失った青年の行動を探るうちに、殺人事件や麻薬の横流し事件など様々な犯罪が湧き出てきます。盛りだくさんの出来事と登場人物に、「この人誰だったかな?」と思うこともありましたが、最後は張られていた伏線が見事に回収されていきます。これで解決かと思いきや、更なる謎解きもあって、これはやられたなあという感じです。 
 リストへ
殺人鬼がもう一人  光文社 
 20年ほど前に“ハッピーデー・キラー”と呼ばれた連続殺人事件があったきり、事件らしい事件もない都心まで一時間半の寂れたベッドタウン・辛夷ヶ丘を舞台にした6編(「黒い袖」だけは舞台とは言えませんが)が収録された連作短編集です。
 とにかく、出てくる人物がみんな悪人。ネタバレを恐れずに言うと、冒頭の「ゴブリンシャークの目」「丘の上の死神」で主人公を務める辛夷ヶ丘署生活安全課の警察官、砂井三琴と相棒の田中からして、刑事とも思えない行いの数々。捕まえた男が買った当たり馬券を勝手に換金して山分けしてしまったり、犯行現場にある金目の物を懐に入れてしまったり、窃盗犯に脅しをかけて口止め料をそれとなく要求したり等々やることがあくどいです。全編を通じて登場するのが唯一この砂井ですが、この砂井のキャラは強烈です。三白眼で外見上は身長187センチという女性としてはかなりの高身長にもかかわらず、更にヒールの高い靴(それも刑事の給料では買えない高額な靴)を履くのですから、男でも圧倒されます。
 そのほか、「ゴブリンシャークの目」の辛夷ヶ丘一番の名家、箕作一族の最後の生き残り・箕作ハツエ、「丘の上の死神」の市長選候補者の英遊里子、「黒い袖」の妹の結婚式当日に奔走する竹緒、「きれいごとじゃない」の母が立ち上げた清掃会社を経営する向原理穂、「葬儀の裏で」の姉の葬儀を執り行う妹で水上本家のサクラ、「殺人鬼がもう一人」の殺し屋のローズマリーと、登場する女性たちが一癖も二癖もある人ばかりです。これを読むと、世の男性たちは女性の怖さを再認識するかも。
 最後に置かれた表題作の「殺人鬼がもう一人」は、冒頭の「ゴブリンシャークの目」で語られていた20年ほど前の“ハッピーデー・キラー”の真相が明らかになる話です。読み終わって、なぜその題名だったのかに驚かされます。あまりにダークな作品集でした。 
リストへ 
パラダイス・ガーデンの喪失  光文社 
 舞台となるのは神奈川県の海岸沿いにある架空の市、葉崎市。若竹さんは、この架空の葉崎市を舞台に作品を書かれていますが、今回約10年ぶりだそうです。
 そんな葉崎市にある葉崎半島の崖の上にあるパラダイス・ガーデンと名付けられた庭園。ここは兵頭房子の亡くなった両親が土地を借り受けて庭づくりを始め、両親亡き後、房子が後を継いで庭づくりを続けてきた。雑誌やローカル番組に取り上げられるようになった今では見学者が増え、入場料を取ってカフェも始めていたが、コロナ禍でカフェも休業中のある朝、房子は庭のベンチでのどにナイフが刺さっている女性の死体を発見する・・・。
 物語は、このパラダイス・ガーデンでの事件を中心にして、周辺に住む人々の様子が語られていきます。ところが、登場する周辺に住む人々が多いのなんのって。引退したキルト作家の前田潮子、大叔母である潮子の財産をあてにして潮子が死ぬのを今か今かと待っている青年、前田颯平と彼と一緒に住む友人、和泉渉、コロナ禍で働いていた会社は会社更生法の適用を受け、夫の仕事もリモートワークになり、支出を抑えるために葉崎へ家族4人で引っ越してきた女性、熊谷真亜子、夫に当たり散らされ落ち込む真亜子の唯一の理解者である幼稚園のママ友の沙優、房子の母の幼馴染で夫のそば打ちの趣味が高じて夫婦で蕎麦屋を開いた井澤保乃、かつて房子にカフェを開くことを勧めた「お茶と海苔の結香園」の大女将である関瑞希、住民在宅時を狙って盗みに入る、いわゆる“居空き”の泥棒、義成定治、恩人から頼まれ犯罪に手を貸そうとする高校生の榛原宇宙と児嶋翔太郎、御坂地区入口交差点にある「ドライブイン児嶋」を経営する井澤保乃の従姉妹である児嶋布由。名前のある登場人物だけでも20人以上いて、最初は「この人、どういう人物だったかな?」と覚えるだけでも大変です。ところが、それぞれの人物たちの話として語られる様々な出来事が、やがて一つに繋がっていくのですから、簡単に読み飛ばすことはできません。よくもまあ若竹さん、これだけ大勢の人たちを関わるような話にしたものです。
 事件の捜査に当たるのは、葉崎警察署刑事課で総務を担当する二村貴美子警部補。有能だが、関わった事件が軒並みややこしくなるというジンクスの持ち主。コロナ禍でマスクにフェイスシールドをつけるところが、フェイスシールドが足りなくなったので代わりにサンバイザーをつけているところが、ちょっとユニークというか不気味です。 
 リストへ