2009年の本屋大賞で第2位となった作品です。文庫化を機に読んでみました。
時は豊臣秀吉の天下統一直前のこと。秀吉の関東征伐に際し、北条方の支城でありながら秀吉に内通し、生き残りを図ろうとした武州・忍城城主。しかし、城主が北条氏の小田原城に入っているうちに、思わぬことから城代がそれを反故にして豊臣方と戦いを始めてしまいます。豊臣方は石田三成率いる2万の大軍に対し、忍城方はわずか500人。この圧倒的な兵力の違いの中で忍城方が石田軍を押し返す戦いが、読んでいて胸躍ります。時代小説はあまり読まないのですが、これは評判どおりおもしろい作品でした。
戦いを始めた城代が“のぼう様”こと成田長親。武士でありながら刀術、槍術など武士としてのたしなみは苦手で、農作業の方が好きだという人物。しかし、これとて不器用のため農民からは手伝いを嫌がられるという始末。こんな長親を皆はバカにしながらも愛すべき人物として、でくのぼうの“のぼう様”と呼んでいたんですね。
普通、こうした物語の主人公になる人物は、農民とともに働き、彼らに好かれ、武士は嫌いだと言いながらも剣術等の名人で、いざという時にはその技量がものをいうという人物ですが、この“のぼう様”は、田植田楽の踊りを除けばまったく何もできません。だいたい、豊臣方の降伏勧告に対し、「戦いまする」とかっこよく宣言した割には、そのあと腰を抜かしてしまうのですからねえ。決して、その才能を隠しているわけではないでしょう。ただ、「悪人になる」といって、一人で敵陣の前で田植田楽踊りを踊ったりという豪傑な面もあり、文庫版のあとがきで松田哲夫さんが書いているように「のぼう様とは単なる馬鹿者なのか、類い稀な名将なのか、ますます判然としない。」という感想は、多くの人が持つところではないでしょうか。こんな男が総大将として戦うのですから、ちょっとこれまでとは違った戦国時代小説になったといえます。
長親の周りにいる正木、柴崎、酒巻らの家臣団のキャラもそれぞれ特徴的に描かれており、この家臣あっての長親だったのではないかと思えるほどです。
一方、忍城を攻めた石田三成は、これでは関ヶ原でも負けるなという武将に描かれており、ちょっとかわいそうですね。彼より、三成の盟友である大谷吉継の方がいい味出しています。 |