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打海文三の本棚

  1. ハルビン・カフェ
  2. されど修羅ゆく君は
  3. 愛と悔恨のカーニバル
  4. 時には懺悔を
  5. ぼくが愛したゴウスト
  6. 裸者と裸者 上
  7. 裸者と裸者 下

ハルビン・カフェ 角川書店
 日本海に面した福井県の架空の都市・海市を舞台とするいわゆる犯罪小説。書評で絶賛されているのを読んで、初めて買った打海の本である。海市はロシア、中国、朝鮮、三民族のマフィアが跋扈する犯罪都市であった。凶悪犯罪の多発により、警官の殉職率が東京をはるかに超えるようになったとき、警察官の有志はPという組織を結成し、マフィアたちに報復テロを行うようになる。多人数の視点で現在と過去を描いているため、ちょっと複雑ではあるが、読み応えはたっぷりである。僕は他の打海作品を読んでいないが、きっと彼の最高作ではないのだろうか。
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されど修羅ゆく君は 徳間書店
 「ハルビン・カフェ」を読んで以来、読みたいと思っていた打海さんの作品です。
 登校拒否をしている13歳の姫子は、自殺をしようとかつて住んでいた山の中にやってきましたが、そこで一人の男と出会い、彼の家で死体らしきものを見つけ逃げ帰ります。その男、阪本は元探偵。その後、女性の死体が発見されますが、彼女は彼の元恋人でした。探偵仲間の鈴木ウネ子と野崎は姿を消した阪本を捜しますが、なぜか彼らに公安の圧力がかかります。
 姫子は13歳ですが、とても13歳とは思えない口ぶりです。ただ、背伸びをしている様子がよくわかり、ちょっとほほえましいです。とはいえ、13歳であっても、やはり女性は女性なんですね。60歳のウネ子と阪本を奪い合ってしまうのですから。
 自分の容貌にコンプレックスを持っている野崎というキャラクターもいい味出しています。野崎が姫子とウネ子の両方に言い寄られながら、弱り切っている姿がおもしろいですね。
 それにしても、阪本です。全ては彼の責任だと僕は思うのですが。確かに正義感のある男には違いないのですが、女性たちがなぜ彼に惹かれるのか僕にはわかりません。女性はああした男性に魅力を感じるのでしょうか。 
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愛と悔恨のカーニバル 徳間書店
 「されど修羅ゆく君は」の続編です。前作では13歳だった姫子が19歳の女性となって登場します。物語は姫子が町の中で小学校時代の友人の翼と出会うことから始まります。姫子と翼は交際を始めますが、ある日翼が姿を消します。そして、佐竹という探偵が現れ、翼の行方を問いただします。翼と同棲していた女性が行方不明となり、佐竹は、彼女の行方を捜していたのです。そして始まる連続猟奇殺人事件・・・。
 この物語の根底を流れる問題については、たぶんそうかなと、最初の方で気づくことができましたが、しかし、そのために翼があんな行動を起こすのでしょうか。残念ながらその動機は僕には理解できませんでした。
 「されど〜」に登場した鈴木ウネ子は今回の作品でも登場していますが、野崎は残念ながら出ていません。その代わりといっては何ですが、アーバンリサーチの探偵たちが何人も出ています。姫子はその誰からも好かれています。詳細がこの作品ではわからないのですが、「されど〜」とこの作品との間にまだ作品があるのでしょうか。

※蛇足 この作品には、どうしようもない有名人の息子たちが出てきますが、現実にもこういうことがありましたね。ある女優の息子が自宅で友人たちを集めて、麻薬のパーティーを開いていたという事件。記者会見した女優のあまりの親バカというか無責任さに呆れかえったものですが、全く、この親にしてこの子ありですね。
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時には懺悔を 角川文庫
 探偵事務所を開業する佐竹を主人公とするいわゆるハードボイルドです。物語は佐竹と佐竹が教育係を押しつけられた、探偵スクールを出たばかりの中野聡子が、同業者が殺された現場に偶然遭遇したことから始まります。そして容疑者として浮かび上がったのは、障害を持った子供と二人で暮らす男。この作品は殺人事件の背景に障害者とその親のあり方という実に大きな問題を取り上げています。
 盗聴で二人の生活の様子を知った聡子は、父親がとても殺人を起こした男には思えず、しだいに障害を持った子に感情移入するようになります。ちょっと対象者にのめり込みすぎで、探偵失格ではないでしょうか。確かに、聡子の障害児への思いはそのとおりだと思いますが、現実に生活をしている身にとって、そんなきれい事ですまされるのかという感はあります。一方佐竹は、「探偵という職業に、重い荷物を背負わせようとしても無理がある」「探偵は生き方じゃない」と言いますが、今ひとつハードボイルドに徹しきれない探偵で、新たな事実がわかっても、警察に通報しようとしません。
 「探偵は生き方じゃない」で思い出しました。大沢在昌の「雪蛍」で主人公の探偵佐久間が「探偵は生き方だ」と言います。同じ探偵でありながら佐竹と佐久間は考え方が対局にあるのでしょうか。ただ、佐竹が自分の考えに徹しきれないところはありますが。
 佐竹、ウネ子、聡子はこの後の作品にも登場します。
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ぼくが愛したゴウスト 中央公論新社
 初めて、一人でアイドルのコンサートへ行った帰り、駅で人身事故を目撃してから、世界はどこか今までと違っていることに翔太は気がつきます。家族ばかりでなく、周りの人がみんな卵が腐ったような臭いがする。そして決定的に違ったのは・・・
 物語は、昔NHKで放映していた少年ドラマシリーズの雰囲気で始まります。“パラレル・ワールドへ迷い込んだ11歳の少年。彼と同様にこの世界に迷い込んだ男。彼らはこの世界をどのように生き抜くのか。果たして元の世界に戻ってくることができるのか。”
 少年の冒険譚、打海さんがジュブナイルを書いたと思って読み始めましたが、途中でびっくりしてしまいました。その世界の人は体臭が卵が腐ったようなにおいという違いがあるのはともかく、あんな明確な違いがあるのですから。う〜ん、ちょっと、この設定はなあ。想像して、笑ってしまいました。
 途中から一気に権力の介入があり、容赦なく拳銃を撃ち、警棒を振り下ろす女性が現れたりして、おお!打海さんらしい設定になってきたぞと思ったのですが・・・。翔太と交換日記をしようという変な男も登場してきて、いったいこれは何だと、盛り上がった気持ちが今度は一気に減速してしまいました。
 ラスト近くの、ある登場人物の死の理由も納得できないし、彼を助けた人物の気持ちも理解できませんでした。大好きな設定だっただけに残念です。
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裸者と裸者 上 角川書店
 この上巻では、内乱の日本で、幼い妹と弟を守って力強く生きる少年、佐々木海人の成長が描かれていきます。
 市場経済の行きづまりによる経済恐慌と財政破綻が起き、難民の激増、食糧暴動など治安が悪化する中で応化2年クーデターが起き、日本は政府軍と反政府軍による内乱に突入する。更には地方軍属やマフィアも入り乱れての秩序のない混乱した世の中で、父親を爆撃で失い、母親は侵攻してきた軍により拉致され行方不明、残された海人と恵、隆の3人は魚屋の竹内里里菜のアパートの階段下を住居にして逞しく暮らしていた。日常の危険を乗り越えながら、過ごしていたそんなある日、孤児兵として軍に徴用された海人は、ロシアマフィアのファン・ヴァレンティンや外国人部隊の司令官イリイチ、そして同じ孤児兵たちの力を借りて、次第に頭角を現していく。
 現実の世界でも内乱にある国々で兵力確保のための少年兵の存在がみられます。テレビ画面の中で銃を手にしたまだ小学生くらいの年齢の少年の姿を見たことがあります。実際に日本も内乱が起きると、同じ状況になることは想像に難くありません。幼い妹と弟を抱え、果たして海人は、この世界の中でどうやって生きていくのか。幼いながらも兄以上に世の中のことを理解している恵は幸せになれるのか。彼らに平穏な家族の生活をと願いながらページを繰る手が止まりません。
 伊坂幸太郎さんの感想が帯に書いてあったので購入したのですが、積読まま5年近くが過ぎてしまいました。でも、読み始めたら面白くて、いっき読みでした。ちょっと性的描写が多いので、読む人を選んでしまうかもしれませんけど。
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裸者と裸者 下 角川文庫
 下巻は、上巻で海人が助けた双子の桜子・椿子姉妹が主人公の物語となります。これは意外でした。下巻では、さらに海人の成長を描いていくものだとばかり思っていましたから。
 海人たちと別れ、トラックの運転手となった二人が、やがてパンプキンガールズという女性だけの武力組織を立ち上げ、政府軍やその資金的バックとなっている東京UFに対抗していきます。
 今回、舞台となるのは「九龍シティ」。今の多摩センター駅周辺です。政府軍、反政府軍、地方軍属、マフィアに狂信的宗教団体といったグループがにらみ合う中で、様々な人種が入り乱れ、誰が味方で誰が敵かわからないような混沌とした地域が、かつての香港の九龍城に似ていることからつけられた「九龍シティ」。日常的な戦闘に略奪や暗殺が起こる中、彼女たちは心休むところに身を置くことができません。でも、彼女たちは、戦争を終結させるため、己の信じるとおりに生きていきます。それが、たとえモラルとはかけ離れた行為であっても。その、あまりの逞しさは海人以上かもしれません。
 海人はこの巻では脇役へ回りますが、軍の中で次第に中枢へと駆けあがっていきます。すっかり、指揮者としての立場が身に付いたようですが、残念ながら今回出番は少ないです。
 狂信的宗教団体の軍事組織“2月運動”との戦いの中、ラストに起きた思わぬ事件により、この話がどんな展開になっていくのか、次の「愚者と愚者」が気になります。
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