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宇佐美まことの本棚

  1. 夜の声を聴く
  2. 羊は安らかに草を食み

夜の声を聴く  ☆  朝日文庫 
 書評家である北上次郎さんの書評を読んで、初めて手に取った宇佐美まことさんの作品です。
 主人公の堤隆太は18歳。IQ138の頭脳を持つがゆえに、同級生や教師ともうまくいかず、中学2年生のときに校舎の3階の教室の窓から飛び降り、命は助かったものの、それ以降学校には行かず、引き籠りとなったが、そんな隆太を元中学の数学教師だった祖父や、普通のサラリーマンだが郷土史家だった父は理解できず、家の中でも居場所がなくなっていた。ある日、公園のベンチに座っていた隆太の目の前でリストカットをした加島百合子を、隆太は自分と同じ種類の人間だと感じ、彼女に興味を持って彼女が通う定時制高校に入学する。やがて隆太は定時制で出会った重松大吾に連れられ、彼が住み込みで働く70歳代の女性である野口タカエが経営するリサイクルショップ“月世界”に出入りするようになり、「よろず相談」も商売に掲げる“月世界”に持ち込まれる様々な相談に関わっていくことになる。
 物語は、木工所のおが屑の中で生育していたカブトムシの幼虫が全滅したのはなぜか、病床にいる老人の元に息子に化けてやってくるタヌキは何を言いたいのか、両親の離婚で離ればなれに暮らしていた妹が姉に会おうとしないのはなぜかという“月世界”に持ち込まれる相談を隆太が解決していく様子が連作小説のように描かれていきますが、それとは別に全体を通して、大吾とタカエに関わる11年前に起きた一家4人が殺害され、幼い子供だけが助かった強盗殺人事件の真相に辿り着いていくというストーリーになっています。
 ミステリですが、それとともに他人との関係を築くことができなかった隆太が、やがて定時制の生徒である大吾や百合子、大槻、一ノ瀬、そして教師である浅見先生、更には相談事の関係者であった倉本節子や比奈子との交流を通して成長していく姿を描く作品でもあります。ラスト、16年ぶりに地元に戻ってきた隆太の横に妻と子どもがいるのに温かな気持ちになります。 
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羊は安らかに草を食み  ☆  祥伝社 
 この作品に登場する持田アイは80歳、須田富士子は77歳、都築益恵は86歳の老女。三人は俳句教室を通じて知り合い、20数年間交流を続けてきたが、最近益恵は認知症を患い、夫の三千男は足が悪く益恵の世話をするのも大変になってきたため、益恵を施設に入れることを決心する。その前に三千男は益恵の心の中の“つかえ”を取り除いてやりたいと、アイと富士子に益恵を旅に連れて行って欲しいと依頼する。三人は、益恵がかつて暮らしていた大津、松山、佐世保、國崎島を巡る旅に出発する・・・。
 物語は旅先で益恵を知っている人々と出会うことによってアイと富士子が今まで益恵から語られることのなかった益恵の壮絶な人生を知ることになることに加え、読者には戦争中、満州開拓団にいた益恵が敗戦によって日本に戻ってくるまでの凄惨としか言いようのない道のりが語られます。更にアイと富士子の隠していた秘密も明らかとされていきます。
 物語の中で語られる戦争中の日本軍が満州で中国人等に対して行ってきたこと、そして益恵たちが日本に辿り着くまでに彼女たちの身に起きたことは、戦争というものに加害者も被害者もなく、普通に暮らしていた人々を不幸のどん底に落とすことを改めて教えてくれます。読むのがあまりに辛いですが、これが戦争というものの本当の姿なんですよね。
 認知症になった益恵が、時々口にする”カヨちゃん”は、満州からの引揚げの途中で知り合い二人で苦難の道を乗り越えた女の子だと読者は知ります。果たして益恵は”カヨちゃん”と出会えるのか・・・。 
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