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恒川光太郎の本棚

  1. 夜市
  2. 秋の牢獄
  3. 草祭
  4. 雷の季節の終わりに
  5. 竜が最後に帰る場所
  6. 滅びの園
  7. 白昼夢の森の少女

夜市 角川書店
 第12回日本ホラー小説大賞受賞作です。受賞作の「夜市」と書き下ろしの「風の古道」の2編が収められています。
 ホラー小説大賞ということですが、ホラーという言葉から想像する恐ろしさより哀しさ溢れる作品でした。
 余計なものが書かれない文章で、なぜ祐司はいずみを夜市に誘ったのかの説明も(いずみを売るためではないとは言っていますが)、そして唐突に出てくる永久放浪者の説明も何もありません。しかし、読みやすい文章で書き出しの1行目から読者はあっという間に異世界へと導かれていきます。かつて野球の才能と引き替えに弟を売った兄が弟を買い戻そうとする前半と、そして思わぬ事実が明らかとなる後半。見事に世界が転換します。ネタバレになるので書くことができないのが残念です。デビュー作とは思えないうまさです。
 ラストは“買い物をしないと、ここからは出られない”という「夜市」のルールが上手くいかされていて、思わずジーンときてしまいました。
 続く「風の古道」も異世界に迷い込んだ少年の物語です。こちらもあまりに切ない物語です。永久放浪者が登場しますので、「夜市」と同じ異世界を描いた話といっていいのでしょう。少年が主人公ですが、物語は彼に同行する異世界に住む青年の話がメインとなっています。彼の出生を巡る謎解きとともに、異世界の様子が描かれていてなかなか楽しめます。
 「夜市」「風の古道」の世界にはすっかりはまりました。ぜひ、この世界に繋がる次作を期待したいですね。 
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秋の牢獄 角川書店
 表題作を始めとする3編の中編からなる作品集です。登場人物、設定は異なりますが、3作品とも、表題作の題名が端的に示しているように、どこかに閉じこめられてしまった主人公の運命を描いています。
 表題作の「秋の牢獄」は、11月7日を何度も繰り返すことになってしまった女子大生の話です。作品中にも登場しますが、ケン・グリムウッドの「リプレイ」のような話ですが、リプレイをする理由は何ら説明されず、また「北風伯爵」と名付けられた正体不明の存在が登場するなど、SFというよりは幻想小説(ファンタジーという言葉より日本語の幻想小説という方が恒川さんの作品にはお似合いです)といった方がいい作品です。ラストで主人公は運命を静かに受け入れようとしますが、このあとどうなるか余韻が残ります。3作品の中で一番好きな作品です。
 「神家没落」は、公園に続く道に突然現れたわらぶき屋根の家に足を踏み入れたため、その家から出ることができなくなってしまった青年の話。そこから抜け出るためには誰か別の者を身代わりにしなければならない男が、身代わりを見つけながらその家に愛着を感じてしまうという心情が、何となく理解できます。異界の家での淡々とした生活が、最後は思わぬ展開を見せるところが見事です。
 「幻は夜に成長する」は、幻を操る能力を持った老婆によって連れ去られた女の子が辿る運命を描きます。3作品の中では一番ホラーの雰囲気が強い作品です。彼女の異常なまでの強大な力によって、彼女は自らを解放するのか。今後どうなるのか強烈な印象を残します。
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草祭 新潮社
 不思議な異界を描く恒川さんの新作です。今回は、美奥という不思議な町で繰り広げられる物語を描いた5編からなる連作短編集です。相変わらず恒川さんらしい異界の匂いぷんぷんの作品となっています。
 「けものはら」は失踪した友人を探す雄也が主人公。友人がいたのは、かつて子どもの頃に二人が迷い込んだこの世とは思えない場所。そこで友人は、次第に別の生き物へと変身していきます。次の「屋根猩猩」は「けものはら」で名前だけ出てきた少女・美和が主人公。彼女の前に突然現れた少年は、地区の守り神だといい、彼女のファンだと言ってあることを始めます。この初めの2作を読んだところで、これは学園物なのかなと思ったら、なんと次の「くさのゆめがたり」は、いっきに時代が遡ります。武士という身分があった頃、この土地が“美奥”と呼ばれるようになった悲しい物語が描かれます。
 「ダ・ヴィンチ」1月号に掲載されている恒川さんのインタビューを読むと、2作目で学園物に飽きてしまったそうです。学園物が好きな僕としては、これ以降の発展がなかったことが残念でなりません。雄也や同級生の愛の物語をもっと読みたかったですね。
 「天化の宿」は再び現代に戻り、最後の「朝の朧町」は「けものはら」の十数年前の話になっています。
 時代が遥か昔の「くさのゆめものがたり」はともかく、他の作品はそれぞれ登場人物がリンクしており、読み終わってから「あれ?この人って「○○」の中に出てきたあの人のことかな?」と気がつくのも楽しいです。思わぬところに名前だけそっと出ている人もします。(ちょっとだけネタばれを恐れずに言うと、“太鼓腹の男”などは、そこかしこに顔を出しています。)
 登場人物のリンクということからみても、物語は最後の「朝の朧町」を読み終わって、また最初の「けものはら」に戻るという構成になっています。
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雷の季節の終わりに 角川書店
 「夜市」の恒川さんのデビュー第2作です。購入してから今まで積読状態のまま、その後発売になった「秋の牢獄」や「草祭」を先に読んでしまいましたが、発売から3年がたち、そろそろ文庫化される前に読まなくてはと思って読み始めました。
 物語は、“穏(おん)”という現代の日本とは別の世界にある村で暮らす少年賢也の語りで始まります。“穏”というのが、閉じられた世界ではなく、壁を隔てて死者の世界と繋がっていたり、現代の日本とも繋がっており、時には商人たちもこの世界からやってくるという設定がこの作品の要となっています。
 前半は、“穏”での賢也の生活を描いていきますが、中盤以降は身を守るために殺人を犯した賢也が、“穏”を逃れ、現代の日本という世界に向け旅立つ冒険譚になります。また、中盤以降の章で語り手として現代の日本に住む茜という少女が登場してきますが、この茜の章と賢也の章とがどのように関わりがあるのか、このあたりミステリ的な面白さもあります。
 単なる不思議な世界の話だけではなく、茜の章では現代の日本でのいじめやDVなど現実的なことが語られるほか、賢也に憑依している風わいわいなる存在や茜に絡む男との闘い等々ファンタジックな部分もあったりで、ワクワクしながらいっき読みでした。ファンタジーファンなら大いに楽しむことができる作品です。
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竜が最後に帰る場所 講談社
 5編からなる短編集です。
 幻想的な作品集という雰囲気の強いこの短編集の中で、「風を放つ」だけは、一番現実味のある話となっています。現実的ということではないが、話として一番わかりやすかったのは「迷走のオルネラ」です。自分の母を殺した男に対する復讐の方法というのがすごいです。
 「夜行の冬」以降の3話は、どれも説明のないファンタジー作品となっています。パラレルワールドをさまよい歩く男を
描く「夜行の冬」では、その不思議な現象も、そして彼らを導く女性の正体についても何ら説明がなされません。ただ、夜になると歩き、後ろからついてくる死霊らしきものたちに捕まらないよう落伍せずに歩き切り、朝を迎えると新たな世界へと入っていくだけ。雰囲気としてはこの短編集の中で一番好きな作品です。
 「鸚鵡幻想曲」は、あるものが集まって別のものに化けている擬装集合体を解放することを人生の目的とする男の話です。やはり、擬装集合体についての何らの説明もありません。ある擬装集合体を男が解放する場面でのあっと驚く展開で話が終わるかと思ったら視点が変わって後半は解放されたものの話となります。後半は余分、“あるもの”を解放するシーンの見事なまでの世界の逆転は十分おもしろかったのですが。
 最後の「ゴロンド」は、表題となっている“竜が最後に帰る場所”を目指す竜の一生を竜の視点で描いたものです。正直のところ、ちょっとおとぎ話っぽいこういう作品は苦手です。
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滅びの園  ☆  角川書店 
 ブラック企業で過酷な毎日を送っていた鈴上誠一は、ある日、出張途上の電車で見かけた女性を追ってふらふらと途中下車してしまい、ふと気が付くと、見知らぬ街の中にたたずんでいる自分に気づく。そこは童話の世界のような街で、親切な人々に囲まれて誠一はその街で暮らし始めるが、やがて彼のもとに妻や総理大臣からという手紙が届く。それによると、地球の上空に“未知なるもの”が到来して以来、地上にはその影響で、“ブーニー”と名付けられた謎の生物が増殖していること、地球は“ブーニー”を焼くための火によって、火災が広がり多くの人が命を落とすだけでなく、“ブーニー”を口にした人は“ブーニー化”してしまうこと、また、“ブーニー”に耐性のない人は、やがて精神に異常をきたして死に至ってしまうことが記されていた。更には、実は誠一は“未知なるもの”の中に取り込まれており、地球を救うためには、誠一に“未知なるもの”の核を破壊してもらわなければならないとして、次元移動装置によって男が送られてくる。その世界で妻を得、子もなした鈴上は果たして核を破壊するのか・・・。
 「竜が最後に帰る場所」以来、久しぶりに読む恒川作品です。異世界に迷い込む主人公という設定は恒川作品にはお馴染みのものですが、今回はそれに宇宙から来た(?)未知なるものが関わってくるというSF作品となっています。上記のあらすじはこの物語の第1章部分に当たりますが、最初のファンタジックな雰囲気が次第に影を帯びてきます。第2章では“見知らぬもの”が到来した後の日本に住む中学生の相川聖子を語り手にして、第4章ではプーニーへの耐性値が極端に高い大鹿理剣を語り手にして物語は進んでいきます。いよいよ世界を救うため理剣率いる突入部隊が片道切符で“未知なるもの”の中に突入していくこととなりますが、果たしてその運命は、ということでページを繰る手が止まりません。
 ブラック企業で精神的に疲れ、妻はホストにのめり込んでいる現実世界と、優しい妻と可愛い娘に囲まれ暮らしている想念の世界のどちらを選択するのかは、誠一にとっては必然だったのでしょう。ラストはあまりに哀しいです。 
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白昼夢の森の少女  角川書店 
 これまで単行本に収録されなかった作品やアンソロジーに収録されていた作品を集めた10編が収録された短編集です。どれもが恒川さんらしい幻想的な作品です。
 「古入道きたりて」は、戦場で出会った男から釣りに行った際に雨宿りをさせてもらった民家の窓から見た古入道の話を聞いた男が、戦後、古入道を探しに行く話。「和菓子のアンソロジー」に収録された和菓子をテーマにした(ここでは老婆が作ってくれた“おはぎ”)作品です。、
 「焼け野原コンティニュー」は、記憶を失い、気づいた時には焼け野原の中にいた男が辿る物語。“コンティニュー”とは、ゲームの世界でゲームオーバーになった際にやり直す行為だそうですが、男の“コンティニュー”の決断はあまりに切ないです。
 表題作である「白日夢の森の少女」は、ある地域で突然家の中に侵入してきた蔦と一体化してしまった人々の行く末を自分自身も蔦に絡めとられたひとりの少女・ミエの語りで描いていきます。意識を共有することとなる“緑人”と名付けられた人々が、ある少年が“緑人”になったために辿る未来を描きます。
 この短編集の中で一番長いのが「銀の船」。子どもの頃、夢で見た空に浮かぶ“銀の船”が来るのを待っていた少女の前に、ある日“銀の船”が出現します。19歳までの者しか乗船することができないという条件の中、19歳の彼女は乗船を決断します。そこには生きる時代も国も年齢も違う若者たちがいました。一度乗船した者は、永遠に乗り続けるか、精神も身体も変化することを覚悟してどこかの地で降りるか、または飛ぶ船から飛び降りるしかありません。少女は永遠の時を過ごすうちに、苦しかった現実世界から逃れて船に乗ったものの、そこはユートピアではないことにやがて気づきます。それにしても、船の存在理由が実はあんなことだったなんて、知りたくはなかったでしょうね。乗船代が20万円というのは、ファンタジーながらあまりに現実的。
 「海辺の別荘で」は、桃から生まれた桃太郎ならぬ、椰子の実から生まれた女性が育ての父の仇を討った帰りに海辺の別荘にたどり着く話、「オレンジボール」は、保健室のベッドで目を覚ました少年がボールになっていたという話です。ボールである“ぼく” の視点で描かれたストーリーです。
 「傀儡の路地」は、この短編集の中で、一番ホラー色の強い作品です。ある日突然現れたドールジェンヌという人形を抱いた女性が言うがままの行動をとってしまう男が、これはまずいとネットで検索すると、同じような被害者がいることが分かる。被害者みんなで集まって対抗策を考えているところに女性が現れ・・・という話です。
 「平成最後のおとしあな」は、好奇心が身を滅ぼしてしまう話です。読了後、冒頭の受話器での会話のシーンがうまいと唸ってしまいます。よく家にかかってくる電話アンケートの日常から始まるのかと思いきや、まさかの展開でした。内容とすれば、どちらかといえばホラー系に分類できますが、何より主人公が置かれた状況が見事に一変するのに拍手です。この短編集の中で、個人的にはこれが一番です。
 「布団窟」は、布団の中が異世界に繋がっているというホラー。作者の実体験だそうです。
 「夕闇地蔵」は、時代設定としては江戸時代のような感じですが、明治から大正時代の寒村の話のようです。他の人とは物の見え方が違う不思議な能力を持った少年の物語です。地下の洞窟での大蛇の登場はまるで「ハリー・ポッター」のようです。 
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