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月村了衛の本棚

  1. 機龍警察
  2. 機龍警察 自爆条項
  3. 機龍警察 暗黒市場
  4. 機龍警察 未亡旅団
  5. 機龍警察 火宅
  6. 土漠の花
  7. 影の中の影
  8. ガンルージュ
  9. 追想の探偵
  10. 機龍警察 狼眼殺手
  11. 東京輪舞
  12. 暗鬼夜行
  13. 白日
  14. 非弁護人
  15. 機龍警察 白骨街道
  16. ビタートラップ
  17. 十三夜の焔
  18. 香港警察東京分室

機龍警察   ハヤカワ文庫
(ちょっとネタばれ)
 大量破壊兵器の衰退に伴い台頭してきた近接戦闘兵器体系・機甲兵装という軍用有人兵器が犯罪者たちにも使用されるに至り、警察は警視庁内に特捜部を設立し、「龍機兵(ドラグーン)」という最新式の機甲兵装を導入、搭乗要員として、寡黙な元モスクワの警官、ユーリー・オズノフ、常に冷静で感情を出さない北アイルランドIRFのテロリスト、ライザ・ラードナー、白髪で軽い雰囲気の日本人の傭兵、姿俊之を雇い入れる・・・。
 シリーズ3作目の「機龍警察 暗黒市場」でこのミス第3位、吉川英治文学新人賞を受賞し、そのシリーズの評判がいいのは知っていましたが、SFロボット小説だろうと思って、食わず嫌いで今まで手に取りませんでした。今回ちょっとしたきっかけで読み始めたら、機甲兵装同士の戦いは最初と最後くらいで、あとは、登場人物がそれぞれ抱える過去や犯人を追う特捜部員の捜査、そして特捜部を嫌悪する警察内部の争いが描かれるなど、警察小説として十分読み応えがありました。
 姿ら3人の搭乗員だけでなく、外務官僚でありながら特捜部長となった沖津、さらには各地の警察から特捜部にピックアップされた夏川らの刑事のキャラも個性的で読んでいてわくわくします。ページを繰る手が止まらずいっき読みです。
 今回外国の地で傭兵として働いていた姿の過去は描かれていましたが、ユーリがモスクワ警察を追われた過去や、ライザのテロリストとしての過去、そして今回描かれた事件の真相は明らかとされていません。次作に期待です。
 龍機兵の説明でカタカナ語が多くて、頭の中で龍機兵のイメージを思い描くことができないという点はオヤジだからしょうがないか。
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機龍警察 自爆条項 上・下  ☆ ハヤカワ文庫
 大黒埠頭での機甲兵装の密輸事件の摘発をきっかけに、日本各地で機甲兵装が密輸されていることが発覚する。事件を追っていた特捜部には、警備局や外務省から事件から手を引くよう圧力がかかる。事件の背後には来日するイギリス高官の暗殺を謀るIRFの影があり、そして、密かに来日したIRFの暗殺者は、同時に特捜部の傭兵・ライザ・ラードナーをIRFの裏切者として殺害する目的を持っていた。
 前作では事件の犯人との関係で姿の傭兵時代の過去が語られましたが、今回はIRFの“死神”と呼ばれたライザ・ラードナーの過去が描かれます。それもかなり克明に、彼女の北アイルランドでの少女時代からIRFへの加入、“死神”としての活動、そしてIRFからの離脱が描かれていきます。
 海外での出来事を描いているのに、月村さんのリーダヴィリティの高さ故でしょうか、日本人作家が書いているという違和感がまったくありません。
 今回も、警察組織の中で阻害される特捜部にいることに苦悩する捜査員たちの心情も描かれ、警察小説として大いに読ませます。IRFの個性的な4人のテロリストに、前作でも登場した馮グループの総帥・馮志文とその秘書・關、さらには前作の事件の背後にいた謎の人物(組織?)なども入り乱れて、目が離せません。警察小説好きの人にはおすすめです。ロボットの話かと思って手に取らないのはもったいない作品です。
 ライザを思い描くとき、女優では誰がピッタリかと考えるのですが、金髪美人で人を殺すときにも常に沈着冷静、決して感情の揺れを見せない表情、着古した革ジャンにデニム、愛車はカワサキZZR1400と、あまりに格好良すぎて適任が思い浮かびません。
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機龍警察 暗黒市場  ☆ 早川書房
 日本でブラック・マーケットが開催され、そこにドラグーンらしき機甲兵装が出品されるという情報を掴んだ警視庁組織犯罪対策部は、特捜部と合同でその壊滅を図ろうとする。一方、警視庁との契約を解除されたユーリ・オズノフ警部は幼馴染みのロシアの裏組織の男、ゾロトフに仕事を求めるが・・・
 機龍警察シリーズ第3弾です。第1作では姿の過去が、第2作ではライザ・ラードナーの過去が描かれましたが(姿の過去はそれほど掘り下げて描かれていませんが)、この第3作ではユーリ・オズノフの過去が語られていきます。かつて警察官であった父親のあとを追って、ロシアの民警の刑事となったユーリが、それも汚職がはびこる民警の中で“最も痩せた犬たち”と呼ばれて、誇りを持って刑事として働いていた彼が、なぜ犯罪者として追われる身となったのか、どうしてドラグーンの搭乗員として日本の警察に雇われたのかが描かれます。
 物語が進んでいくうちに、ユーリがロシア民警を追われることになった過去の事件と特捜部が追うブラック・マーケットの事件が複雑に絡み合っていくところが明らかになっていき、今回もページを繰る手が止まりません。単なるロボット同士の戦いを描いたものだと思ったら大間違いです。もちろん、クライマックスは姿、ライザ、ユーリの3人が乗るドラグーンと機甲兵装との戦いが描かれ、それはそれでドキドキ感たっぷりですが、それ以上に、そこに至るまでのユーリの過去の事件が人間ドラマとして大いに読ませます。
 この作品でも、第1作からの謎は明らかになりませんでした。果たして警察内部の敵は誰なのか、この後の展開が気になります。おすすめです。
 最近NHKテレビでロボット兵器が戦争を変えるという番組を放送していましたが、この作品のような人型ロボットが治安や戦争に導入されるのも夢物語ではないようですね。
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機龍警察 未亡旅団  早川書房
 機龍警察シリーズ第4弾です。今回、特捜部が立ち向かう相手は、ロシアのイスラム武装勢力への攻撃を容認した日本をテロの標的とし、日本に潜入したチェチェンの女性メンバーのみで組織された「黒い未亡人」です。特捜部を始め警察は「黒い未亡人」のメンバーを追うが、彼女らの自爆テロにより警察は多大な犠牲を強いられます。
 女性だけのテロリストなんて、この小説の中だけのものだと思っていたら、テレビで「黒い未亡人」のテロリストがオリンピック会場であるソチに侵入したらしいという報道がなされているのを聞いて、実在の組織だったんだとびっくりしました。
 この作品では子どもを自爆テロに使う「黒い未亡人」に対し、どう対処するか苦悩する特捜部の面々を描きます。自分自身が10代からテロリストとして働き、いつもは表情を出さないライザまでもが、その事実にわずかながらも感情の揺れを見せます。自分たちの未来のために戦いながら、未来を作るはずの子どもを自爆テロに使うなんて、どこかおかしくなっていると言わざるを得ません。
 前作まではドラグーンの搭乗者として日本警察に雇われた3人の過去が描かれましたが、今回は捜査員の由紀谷警部補の生い立ちや城木管理官の家族関係が描かれ、それらが大きく事件に関係してきます。特に由紀谷と「黒い未亡人」の一員であるカティアの関係は、この物語の重要なポイントとなります。組織内部の敵についても、いよいよその一端が明らかとなってきており、これからも目が離せません。
 それにしても、チェチェン紛争は僕らにとっては「それはどこ?」という程度の認識しか正直ありません。この作品は、日本の平和な土地でのほほんと暮らす僕らの眼前にシビアな世界情勢を突きつけます。ラストは救いのある終わり方で、ちょっとグッときてしまいました。
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機龍警察 火宅  ☆   早川書房
 8編が収録された機龍警察シリーズ初めての短編集です。1編を除いてどれもが二文字の仏教用語の題名となっており、その二文字に沿ったストーリーとなっています。
 冒頭の「火宅」は、由紀谷が癌で余命幾ばくもない元上司の家に見舞いに行った際に見たあるものから、部下であったときには気がつかなかった元上司の心の裡を知ってしまう様子を描きます。
 「焼相」は、児童養護施設に人質を取って立て罷もった機甲兵装に対し、龍機兵(ドラグーン)が出動します。事件解決後に鈴石緑の語る“死神”といわれるライザ・ラードナーの姿が印象的です。
 「輪廻」は、ウガンダの反政府軍の幹部が日本の企業に買い付けにきた“もの”を巡る物語です。最近イスラム過激派が少女たちを自爆テロに使うという事件が起きていますが、ここで描かれるストーリーも根は同じです。題名が意味するあまりの悲惨な事実がアフリカの現実を読者に突きつけます。
 「済度」は、ライザ・ラードナーが特捜部に入る直前の話です。謎の男Xを待つまでの間にライザが行ったあることを描きます。「済度」とは、“菩薩が迷いの境界にいる衆生を教え導き、悟りの彼岸へ救い渡すこと”だそうですが、この物語では誰が“菩薩”で、誰が“衆生”でしょうか。
 「雪娘」は、これだけが仏教用語とは関係ないロシアの民間伝承からとられた題名となっています。ロシア人の武器商人が殺され、娘が一人取り残された事件に臨んだユーリ・オズノフが、かつて自分がモスクワ民警の警官だった頃に扱った事件との相似に気づきます。
 「沙弥」は、由紀谷が高校生だった頃の話を描きます。生活が荒み、母親が自殺した中で、後に由紀谷が警察官の道を進み始めるきっかけとなる出来事を描いていきます。
 「勤行」は、警察庁警備局から国家公安委員長の国会答弁の作成を押しつけられた宮近と城木の奮闘ぶりを描きます。いつも上しか見ていないと思っていた宮近の家庭人としての姿が描かれ、意外にいいやつかもしれないと思わせる作品に仕上がっています。
 「化生」は、これからの機龍警察シリーズの行方に関わってくる作品です。これまでのシリーズの中でも語られていた警察内部の敵が改めて想起されます。今後どういう展開になっていくのか、次作が大いに気になります。
 機甲兵装が戦うシーンを描くのは「焼相」だけで、あとはシリーズの登場人物たちを主人公に、彼らの過去や彼らが関わった事件が描かれているのですが、長編で埋められていない登場人物たちの過去や人となりが明らかになり、シリーズファンとしては嬉しい1作となっています。どの作品も読み応え十分です。 
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土漠の花  ☆   幻冬舎
  舞台となるのは東アフリカのジブテとソマリアとの国境地帯。墜落したアメリカのヘリの救助に向かった陸上自衛隊第1空挺団の部隊の野営地にソマリアの部族の族長の娘が助けを求めてくる。しかし、後を追ってきた他部族の部隊によって攻撃を受け、隊長以下何人かが殺されてしまう。残った隊員たちは族長の娘を連れ、基地目指して逃避行を続けるが・・・。
 集団的自衛権の問題がクローズアップされる中、あまりにタイムリーなストーリーです。海外に自衛隊が派遣されれば、たとえ目的が海賊からの護衛ということであっても、相手はそんな目的を考慮してくれるわけではありません。当然、この物語のように部族間の抗争の中で攻撃されるということもありうると考えざるを得ません。そういった点で非常にリアリティーがあります。
 ストーリーの中心はお姫さまを守って逃避行を続けるという冒険小説にはありかちなパターンの話となっていますが、そこに今まで実戦経験のない自衛隊という存在を置いたことがまさに現在を描いているといえます。
 冒頭すぐに敵の攻撃を受けたところから始まり、逃避行中の戦闘、そして最後、敵の大部隊に囲まれたたった6人での戦いというスピード感溢れる展開にいっき読みでした。
 アメリカのパワーゲームの結果、救援部隊が来なかったり、何人もの自衛隊員の死を出した戦いが表面上はなかったことにされたりということは、現実にもありそうなことです。ラストは月村さん、ちょっとズルいです。あんなこと書けば、グッときてしまいますよ。
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槐  ☆   光文社 
(ちょっとネタバレ)
 野外活動部の合宿でキャンプ場に出かけた部長の弓原公一ら7人の中学生と2人の引率教諭。彼らがキャンブ場に到着したとたん、武装した半プレ集団「関帝連合」がキャンブ場を襲い、居合わせた客達を端から射殺する。「関帝連合」の目的は、キャンブ場に隠された振り込め詐欺で騙し取った金40億。果たして公一たちは無事に逃げることができるのか。彼らに危機が迫る中、何者かが半グレたちを次々と倒していく・・・。
 月村さんの作品は前作の「土漠の花]でもそうでしたが、日本人に世界ではこんなことは当たり前だぞと警鐘を鴫らすもの。今回もショットガン等で武装した半グレ集団や青竜刀を振り回すチャイニーズ・マフィアが登場し、日本の国では考えられない虐殺行為を行うのですが、世界ではともかく、日本ではこんなことは起こらないと思うのは平和惚けなんでしょうか。
 でも、ランボー(詩人ではなく、シルベスター・スタローンが演じていたヒーローです)のように半グレ集団をひとりで次々と倒す救世主のような人物はさすがにありえないでしょう。凄すぎます。ちなみにこの人物の祖母のモデルは、僕らの年代ではすぐわかるあの人ですね。
 ストーリーは、出かけるまではバラバラだった中学生たちが、力を合わせて危険に立ち向かっていく姿を描いていきます。自分の身に置き換えて考えると、虐殺の現場を見ただけですくみ上がって何もできないだろうに、公一や進太郎、そして早紀や茜ら勇気ある少年少女の行動に拍手です。中でも、不良と言われていた隆也の予想外の行動にはびっくりです。公一たちを裏切って半グレの仲間になるか、足手まといになるかのどちらかだと考えていたのですが。
 彼ら中学生だけでなく、何と言っても、日頃の言動からは想像もつかなかったある人物の行動には胸が打たれます。最後の戦いに臨む彼の胸の内にジ~ンときてしまいます。
 ちょっと読んでいて引っかかったのは、最初、ガキは殺すなとリーダーの溝淵に言われたので、半グレたちは捕まえた公一たちは殺されずにすんだのに、その後の溝淵の言動からすると、そんな優しい男とは思えません。公一たちが当初簡単に殺されなかったのは説得力ないかなという気もします。
 中学生が主人公にしては凄惨な描写が多すぎるので、学校の図書館には積極的には入れてもらえないかな。 
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影の中の影  ☆  新潮社 
 仁科曜子は裏社会に精通するフリージャーナリスト。今回、彼女は中国政府のウイグル族に対する圧政問題をテーマにしようと考え、ウイグル人コミュニティーの有力者に取材をしようとしたところ、彼女の目の前でその人物が中国の暗殺者によって殺害される。「カーガーに助けを求めよ」という今際の言葉を聞いた順子は、「カーガー」の意味を探るが、懇意にしている暴力団・菊原組の組長から「触ったらあかんで」と忠告される。そんな曜子に元新華社通信の記者の袁から会いたいとの連絡が入る。彼の口から曜子は中国政府によるウイグル族に対する恐ろしい生体実験を生き残った者たちがアメリカに亡命するため日本に密入団しているという話を聞く。彼らと別れ際、曜子らは中国人によって拉致されるが、曜子を密かに守っていた菊原組の若頭・新藤と、更に現れた一人の男によって、窮地を救われる。アメリカ大使館が保護に来る明朝までの一晩、果たして曜子らは中国の暗殺者から身を守ることができるのか・・・。
 いやぁ~、これはおもしろかったです。読む者を圧倒するアクションシーンにわくわくドキドキのいっき読みでした。
 何と言ってもこの作品の魅力は“カーガー”こと景村瞬一という人物の生き様にあります。元キャリア警察官僚で国際政治の駆け引きの中で婚約者を殺され、自分自身も存在しないことになった過去を持つ男。この男がロシアの格闘技“システマ”と日本の抜刀術で暗殺者に立ち向かいます。
 それと、ヤクザを称賛してはなんですが、自分たちとはまったく関係のないウイグルの人たちを命がけで守ろうと中国人民解放軍の暗殺部隊と戦う菊原組の新藤たちの姿も印象的です。妻子に逃げられた和久井がウイグル人の母子を守るために壮絶に戦う姿に思わず目頭が熱くなりますし、須永が老人を背負って戦う姿にも胸がジ~ンときてしまいます。月村さん、ヤクザをこんな格好良く描いてはダメでしょう。
 景村の最大の敵も生き残ったままですし、またその活躍を見てみたい、続編があってもいいなあと思わせる作品でした。 
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ガンルージュ  ☆  文藝春秋 
 温泉街の外れにある別荘に武装集団が押し入り、滞在していた韓国の政治家を護衛を皆殺しにして連れ出す。それを目撃した中学1年生の秋来祐太朗と神田麻衣は武装集団に見つかり拉致されてしまう。元公安の刑事である祐太朗の母・律子は息子を助けるために途中で偶然出会った息子の担任教師である渋矢美晴とともに武装集団に戦いを挑む・・・。
 スピード感のあるストーリー展開にページを繰る手が止まらず、いっき読みでした。武装集団は韓国情報部の特殊部隊。それに女性二人で戦いを挑むのですから、荒唐無稽な話ですが、いやぁ~おもしろいです。
 とにかく、女性二人のキャラがいいですよねぇ。律子は元公安の刑事でFBIで研修も受けたというエリート。かつてスパイを追っていた同僚である恋人の死に警察内部の裏切り者が関わっていたのではないかとの疑いから警察を辞め、今は旅館の清掃係をしながら恋人との間にできた祐太朗を育てている。一方美晴は日本体育大学体育学部武道学科出身の元ロッカー。メジャーデビュー寸前に仲間割れでグループが解散した後、伯父の紹介で中学校の教師となったが、荒っぽい性格でPTAから暴力教師の烙印を押されている。彼女の元恋
人は新宿署の刑事で元公安のキャリア。とくれば、当然頭に浮かぶのは大沢在昌さんの「新宿鮫」ですよね。新宿署のキャリアの刑事とロッカーの恋人という関係は鮫島と晶の設定そのものです(ただし、晶に比べて美晴はかなり荒っぽくて態度も口調も男勝りです)。その上、彼は警察の根幹を揺るがす文書を持っているというのですから新宿鮫と同じです。今回、元恋人の刑事は登場しませんが、こんなそのままの設定で大沢さん、怒らないか気になります。
 銃と包丁で敵に立ち向かう美晴と、金属バットを振り回し、元恋人から教わった格闘術で戦う美晴のコンビに、男たちが次々に倒されていくシーンに胸がスカッとします。
 この強烈な個性の二人がこの作品限りはもったいない気がします。特に美晴のキャラはインパクトありすぎです。再登場を期待したいです。 
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追想の探偵  双葉社 
 テレビや映画の特撮ものを内容とする雑誌、「特撮旬報」の編集長である神部美花を主人公とする6編が収録された連作短編集です。彼女は、特撮作品の中の“一番興味を惹かれるが行方不明”という人物を絶対に探し出すことを信条とし、これまでも実際に探し出していることから“人捜しの神部”という異名を持っていた・・・。
 帯では“日常のハードボイルド”と謳っています。「はて?“日常の謎”ならぬ“日常のハードボイルド”とは?」と思ったのですが、月村さんが言うには犯罪が関わるではなく、普通に仕事として人捜しをすることが、「本格派のサブジャンルである〈日常の謎〉に対する〈日常のハードボイルド〉と言えるのではないかと。」だそうです。とはいえ、“ハードボイルド”という言葉の持つ印象とは、今回の作品はまったく異なる感動のストーリーとなっています。
 特に、フィルム喪失のため欠番となっている特撮テレビシリーズの関係者を探す「封印作品の秘密」で作品が封印された理由が明らかにされたときと、今までどんな媒体にも掲載されたことのない映画のメイキング写真に写っている人たちを探す「最後のひとり」で最後に残ったひとりの正体が明かされたときは、ちょっとグッときます。 
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機龍警察 狼眼殺手  ☆   早川書房 
 機能警察シリーズ第6弾です。「このミス」第3位を獲得しただけあって、読み始めたらぐいぐい物語の中に引き込まれていきます。
 フォン・コーポレーションと経済産業省が合同で進めている国家的プロジェクト“クイアコン”を巡り、関係者が連続して殺害される。被害者のもとにはキリスト教の護符が前もって送られていた。日頃、特捜部を目の敵にしている刑事部捜査一課、二課との合同捜査本部が立ち上げられる。
 今回は、ドラグーンでの戦闘シーンはありません。姿もユーリもライザも生身で立ち向かいます。そういったこともあって、SF的な要素が少なくなり、警察小説といった方が相応しい作品となっています。
 毎回、登場人物の誰かに焦点が当てられよすが、今回はライザ・ラードナーと技術主任である鈴石緑です。元IRFのテロリストだったライザとIRFのテロによって家族を殺害された過去を特つ鈴石の関係がクローズアップされます。そして、そこに1冊の本が関わってくることにより、IRFのテロリストで“死神”と怖れられたライザが因縁のある殺し屋と対峙することで警官として生きていくことを決心するターニング・ポイントとなる作品です。
 いつも葉巻のシガリロをくゆらせ、沈着冷静な沖津特捜部長、官僚というシステムの中で特捜部にいれば出世のコースから外れることで心に鬱屈を抱える城木と宮近の理事官コンビ(今作では今までと2人の立ち位置が違う点が興味深いです。)、他部署の同僚から嫌われながらも自分たちの使命を全うしようとする夏川、由起谷の警部補コンビなど、相変わらず登場人物たちのキャラが立っています。更に今回は、財務のプロである財務捜査官の仁礼や国税庁の魚住という一癖も二癖もあるようなキャラも登場しており、人間模様が賑やかになっています。
 また、シリーズを通して特捜部と対峙するフォン・グループの総帥の秘書である關の存在は今回も凄いです。關とはっきり敵対した由起谷はどうなってしまうのか心配です。
 いよいよ物語も核心に迫ってきたようで、今まではっきりしなかった“敵”の姿がおぼろげながら浮かんできます。今までの登場人物の中で“敵”側の人物だと断定される者も出てきました。いやが上にも“敵”との戦いに期待をさせられます。早く続きが読みたい!できれば次はドラグーンの出動もお願いしたいですね。 
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東京輪舞  ☆   小学館 
 巡査として田中角栄総理大臣の私邸の詰所に勤務していた際、暴漢を取り押さえたことをきっかけに公安刑事となった砂田の目を通して、昭和から平成にかけて世間を大きく騒がせた事件の隠された事実を描いていきます。
 それらの事件で優先されるのは“組織の論理”であり、それによって、国民の目に見える事件の様相は真実から大きくかけ離れてしまいます。それは、現在のモリカケ問題でも同じこと。時代が変わっても、考え方はまったく変わっていません。
 取り上げられている事件は、昭和の時代の「ロッキード事件」、「東芝COCOM違反事件」、そして平成に入ってからの世界の歴史に残る事件である「ソビエト連邦の崩壊」、「地下鉄サリン事件」、「國松警察庁長官狙撃事件」という、同時代を生きてきた者にとっては記憶に大きく残っている事件ばかりで、平成の終わりを前に非常に興味深く読むことができました。
 僕らにとっては、マスコミで報道されることが事件の全てであり、情報はそれ以外に入ってこないのですから、それが真実であると考えざるを得ないのですが、この作品を読んでいると、実は目に見えていたものの裏にはここに描かれる他国の情報機関と公安との戦いや警察内部の抗争が本当にあったのではないかと思えてしまいます。実際にこの物語の中で描かれているように「國松警察庁長官狙撃事件」の起こったときには、国会で事件の裏で警察内部の派閥争いがあるのではという質問もあったそうですね。また、ディズニーランドに遊びに来るなんて、なんて能天気な後継者だと思っていた金正男の日本入国の理由とか読むと、いかにもこちらが真実ではないのかと思えてしまいます。そう思わせる月村さんの筆力は凄いです。
 昭和、平成の大きな事件とともに、砂田の個人的なことも描かれます。そこに登場するKGBのクラーラ・ルシーノワという女スパイは、砂田が若き頃から彼を翻弄し、公安刑事としてあろうことか砂田は彼女に好意を持つようになってしまうのですが、この作品の中でも突出してキャラが立っています。砂田を巡るクラーラと砂田の部下である眉墨圭子との関係も一人の男を巡る女の駆け引きとして読むと非常におもしろいです。 
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暗鬼夜行  ☆  毎日新聞出版 
 中学校で国語の教師をする汐野。大学生の頃は小説家になることを夢見ていたが、一度文芸誌に掲載されただけで芽が出ず、夢を諦めて教師となり、やる気もなく教師を続けていたが、次期県知事を目指す有力な政治家・浜田の娘・紗紀と出会うことにより、彼女の夫となり将来は浜田の跡を継いで政治家になるという野望を抱くようになる。そんな汐野の勤める中学校は読書感想文に力を入れており、汐野も国語教師として生徒の指導に当たっていた。今年の読書感想文で市の代表となり県の選考に進んだのは市教育長の娘・藪内三枝子の作品だったが、ある日、生徒のSNSに彼女の作品が盗作であるという噂が流れる。発信した生徒は自分がやったことではないと否定し、行方不明となったその生とのスマホが三枝子と甲乙つけがいほどの感想文を書いた演劇部の美少女の鞄の中から派遣されたことで大騒ぎとなる。更に、盗作の元になったという昔の感想文の存在が再びSNSで流され、図書館にあったその感想文の掲載誌が行方不明となっていたことから真偽が確認できず、噂が独り歩きを始める。いったい告発者は誰なのか。盗作は本当なのか・・・。
 中学校を舞台とするミステリーです。昨今、教員は残業手当も出ず、休日も部活の指導で休みが取れないなど過酷な労働環境にあることがクローズアップされています。この作品では、そんな過酷な労働の中でも真摯に生徒に向き合う教師、校長のご機嫌だけを気にしている教師、そしてただ授業時間を費やすだけの事なかれ主義の教師など、様々な教師がいることが描かれますが、これが現実なんでしょう。また、そんな教師の姿だけでなく、子どもから大人に移行する年齢にある中学生との関わりの難しさ、更には学校統合問題で対立する親たちの問題や政治、行政の腐敗問題など盛り沢山の事柄が描かれ、それらが複雑に絡み合った作品となっています。
 ミステリ好きの読者なら、最初の段階でこの盗作騒動の裏にある告発者の意図に気づいてしまうかもしれません。ただ、それは想像できても、では誰が、いったいなぜという点はなかなかわからず、最後まで楽しむことができました。主人公である汐野自身、まったく共感できる男ではありませんが、それ以上に最後に明らかとなる“暗鬼”のおぞましいまでのその姿には恐ろしさを感じざるを得ません。 
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白日  角川書店 
 千日出版の教育事業局で課長を務める秋吉は、現在大手進学塾との間で引きこもりや不登校の生徒を対象にした通信制高校を設立するという巨大プロジェクトに携わっていた。そんなプロジェクトで毎日が忙しいある日、プロジェクトの責任者である梶原局長の息子・幹夫がビルから転落死するという事件が起き、事故か自殺かはっきりしない中で幹夫が不登校だったという噂が流れてくる。しかし、秋吉はかつて秋吉の娘・春菜がいじめに遭い不登校となっていた時に、幹夫が優しく声をかけてくれたことが、彼女が立ち直るきっかけとなったことから、そんな幹夫が不登校で自殺を図ったとは思えないと、死の原因を探ろうとする・・・。
 今までの月村作品のような激しいバトルや殺し合いを描く訳ではなく、幹夫の死の謎といったミステリーの要素はありますが、その謎解きよりは、事件によってプロジェクトの行方が不透明になる中で、会社の派閥抗争に翻弄されながら、秋吉がどう行動していくのかを描いていく作品です。そういう点では池井戸作品にも通じる企業小説とも言えますね。
 同期入社で人事課長であり、悪役を務める「ゲシュタポ」の綽名を持つ飴屋のキャラが強烈な印象を残しますが、最後に行くとよくあるキャラになってしまったと、変な意味残念な気がします。それより、秋吉の部下であり、強烈な上昇志向を持ち、それを隠そうともしない女性・前島のキャラに惹かれます。 
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非弁護人  徳間書店 
 主人公、宗光彬は元検事。政権に繋がる与党政治家の贈収賄事件を捜査する中で、政治家と繋がる上司たちの策略により、自らが受託収賄罪で逮捕され、3年の懲役刑を受ける。一緒に捜査をしていた同期の篠田は上司からの圧力を受け宗光を裏切り検事として生き延びたが、今ではさすがに検察に居辛くなり弁護士事務所を開業していた。実刑を伴う前科があると10年間は弁護士登録ができず、例え10年が過ぎても検察人脈に目をつけられた宗光は弁護士会から登録拒否される可能性が高いとして、宗光は裏社会から高額の報酬と引き換えに不可能とも思える仕事を請け負う“非弁護人”となる。
 ある日、宗光はたまたま入ったパキスタン料理店の店主の息子・マリクから突然姿を消した同級生の韓国人の女の子の行方を捜してほしいと頼まれる。少女とその家族の行方を追う中で、宗光は元やくざや外国人など社会的マイノリティが集団で姿を消していること、そして、その事件の裏には同一人物と思われる一人の男が関わっていることを知る。宗光は姿を消した人々の悲惨なその後を知って、東西の大物やくざの力を借りて、犯人の男を追い詰めていく・・・。
 法廷の傍聴席に普通は敵対する東西の大物やくざの組長が並んでその推移を見守るなんて、読んでいてドキドキしてしまうのですが、実際はあり得ないですよねえ。だいたい犯人の標的になったのはやくざ社会からも使い物にならないと見捨てられた元やくざですから、いくら彼らが悲惨な状況に追いやられても、やくざは自分たちが捨てた者たちを助けないでしょうと思ってしまいます。しかし、そこは考えずに読むのが一番です。犯人の男の狡猾さにイライラした気持ちもラストで宗光たちが逆転するシーンですっきりします。 
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機龍警察 白骨街道  ☆  早川書房 
  日本初の国産機甲兵装開発計画の機密情報を盗んで海外逃亡し、国際指名手配されていた君島がミャンマーで逮捕される。政府からは特捜部の3人、姿、ユーリ、ライザに君島の身柄を引き取りにミャンマーに行くよう命令が下される。その裏には、彼ら3人が死亡すれば彼らに埋め込まれた龍機兵を起動させる唯一のキー“龍髭(ウィスカー)”を手に入れることができるという思惑があった。ミャンマーについた3人はソージンテットを隊長とする警察部隊とともに、君島が収監されている奥地の刑務所へと向かう。一方、国内では特捜部理事官の城木警視の一族が経営する城木グループが今回の事件に関わってることが判明し、城木は表向き捜査から外れ、一族の動向を探ることとなる・・・。
 今作の舞台となるのは、ミャンマーです。かつてビルマと呼ばれたミャンマーでは太平洋戦争の中で最も無謀な作戦と言われた「インパール作戦」が行われ、退却路となった道は、退却する際に飢えやマラリアなどの病気で兵士たちが次々倒れ、ものすごい数の屍が残されたことから「白骨街道」と呼ばれたそうです。今作の題名はここから取られています。
 ミャンマーのシーンでは、姿ら3人とミャンマー警察との確執の中で、加えて内通者がいるらしいという疑いもあって、ハラハラドキドキの展開が待っています。シリーズファンにとって嬉しいのは、前作の「狼眼殺手」ではドラグーンの戦闘シーンがなかったのですが、今回は自分のドラグーンではありませんが、既製の機甲兵装に乗って3人が戦闘に臨むこと。やはり、このシリーズは機甲兵装の戦闘シーンがなくては始まりません。ドラグーンでないのは残念ですが。
 3人のそれぞれのキャラがうまく描かれていますが、個人的にはやはり、“死神”とあだ名されるライザ・ラードナーに一番惹かれます。
 黒社会の大幹部・關が登場しますが、これが予想外の形での登場であり、これは今後も特捜部には深くかかわってきそうです。また、新キャラも登場し、ラストは驚きの展開となります。特捜部としての新たな出発であり、次作が待ち遠しいです。
 今作でも政府、警察部内の“敵”は明らかとなりませんでした。しかし、外部のある人物が“敵”の一員であることが最後判明します。特捜部や協力する捜査二課を手玉に取る恐ろしい人物であり、今後も特捜部の前に立ちはだかるのでしょうか。
 ミャンマーで今年の2月に軍がクーデターを起こして事実上の最高指導者であったアウンサンスーチーを拘束、自宅軟禁したことはまだ記憶に新しいです。長らく軍が政権を握っていたミャンマーで、2015年の総選挙によりアウンサンスーチーの率いる党が過半数を獲得し、彼女が実権を握りましたが、その後国内のイスラム教徒の少数民族ロヒンギャ(ミャンマー政府はロヒンギャを「民族」とは認めていません。)への迫害問題についてノーベル平和賞受賞者であるアウンサンスーチーが最高指導者となっても何ら変わらないと国際的にも非難されていました。そんな中での軍によるクーデターですが、この作品が雑誌への掲載が始まったのは昨年の3月号からであり、月村さんとしてもクーデターが起こるとは予想もしていなかったでしょうか。最後は現実に合わせてクーデターが起こっていますが、もしクーデターが起こらなかったとしたら、ラストの展開はどうなったのでしょうか。興味があります。
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ビタートラップ  実業之日本社 
 並木承平33歳は農林水産省のノンキャリアの係長補佐。3年前に離婚して今は独り身だったが、中国の河北省から留学生として来日し、中華料理店でバイトをしている女性・慧琳と交際していた。ところが、ある日、慧琳から自分は中国のハニートラップで、並木が上司から預かっている中国人から渡された原稿を手に入れるよう言われていると突然告白される。並木の優しさにほだされて黙っていられなくなって告白したと言うが、並木には実感がわかなかった。しかし、やがて日本の公安刑事だという男も並木に接近してくる・・・
 人権は平気で侵害するし、情報も管理する国のことですから、日本の官僚にハニートラップを仕掛けることくらいはするだろうとは思うのですが、そうはいっても、国の言うことを聞かないと何をされるかわからないという恐怖でスパイになった女が男の気持ちにほだされてスパイであることを告白するなんて、ありえないでしょう。もう最初から物語の中に入っていくことができませんでした。そのうえ、近づいてきた公安もあまりにB級映画の登場人物のようで、おもしろくないスパイ映画を見させられているようです。更に、その後に登場する怪しげな中国夫人や日本の政治家など、どこかで見た(読んだ)設定です。これが、「機龍警察」で絵空事のような設定に現実感を持たせた月村さんの書いた作品とは思えません。正直のところ、個人的には月村作品のワーストを争う作品です。 
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十三夜の焔  ☆  集英社 
 先手弓組番方の幣原喬十郎は外出先からの帰り道で、殺害され倒れている男女の横に血塗られた匕首を手に涙を流す男が立っているところに出くわす。男は「俺じゃねえよ」と言い、捕えようとした喬十郎から逃れて姿を消す。下手人を逃した汚名をそそぐため、喬十郎は男を探すが、やがて男は大盗「大呪の代之助」一味の千吉だと判明するが、町奉行所が「大呪の代之助」のアジトに踏み込んだ時も捕まらずに逃げてしまう。それから10年、先手組組頭となった喬十郎は、相場に関わる事件の探索にあたっていたが、相場の話を聞くために訪れた両替商の銀字屋で、主人の利兵衛が千吉だと知って愕然とする。なぜ、利兵衛は裏の世界から表の世界に出てくることができたのか。喬十郎は火付盗賊改長官・長谷川平蔵の助けを借りて、利兵衛を捕縛しようと策を練るが・・・。
 利兵衛らの罠により先手組組頭を失脚させられながらも、謹厳実直な仕事ぶりが評価され目付になった喬十郎と盗人から今では幕府の財政に大きな影響力を持つ両替商の“行事”にまで上り詰めた千吉との生涯にわたる戦いが描かれていきます。
 どちらも利発な妻と娘を持ち、家庭を大事にすることは同じ喬十郎と千吉の戦いの結果がどうなるのか。途中、喬十郎が失脚する上で重要なカギを握っていた人物は、なぜ喬十郎の失脚に手を貸したのか。そもそも二人の戦いのきっかけとなった殺人事件の犯人は誰なのか。そして、謎の人物、伊丹塔仁の正体は何者かなど、気になる謎が次々と出てきて、先の展開が気になってページを繰る手が止まりませんでした。思わず涙が浮かんできてしまった感動のラストに強くおススメです。
 時代劇ではお馴染みの鬼平こと火付盗賊改長官・長谷川平蔵や遠山の金さんこと北町奉行・遠山金四郎も登場しているのも楽しかったです。 
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香港警察東京分室  ☆  小学館 
  受賞はしませんでしたが、今年の第169回直木賞にノミネートされた作品です。
 従前の捜査共助では対応しきれない国際犯罪のため、日中の警察が協力し合う必要があるという建前のもと、インターポールを仲介役として日本警察と香港警察との間で締結された「継続的捜査協力に関する覚書」に基づき警視庁に新設された部署が警視庁組織犯罪対策部国際犯罪対策課特殊共助係。係のメンバーは日本警察から女性キャリアの水越、彼女を補佐する七村警部、嵯峨警部補、山吹巡査部長、そして一番若手の小岩井巡査部長の5名、香港警察からグレアム・ウォン隊長、彼を補佐するブレンダン・ゴウ副隊長、ハリエット・ファイ見習督察、シドニー・ゲン調査員、そしてエレイン・フー調査員の5名の合わせて10名。彼らの最初の任務は香港から最重要の念押しで要請された、2021年にデモ隊と警察が衝突して多数の死者が出た422デモを扇動した九龍塘城市大学のキャサリン・ユー元教授の逮捕と香港への送還。彼女は逃亡の際に協力者であった助手を殺害し日本へ逃げ潜伏していることが判明していた。嵯峨、山吹、ハリエットの3人は、在日中国人犯罪グループであるサーダーンに匿われているという情報を得て、サーダーンのフロント企業であるアジアン総業の倉庫を訪れるが、そこにサーダーンと敵対する組織・黒指安の襲撃があり、嵯峨らは銃撃戦に巻き込まれる・・・。
 メンバーがそれぞれ個性ある人物として描かれます。特に、女性キャリアでありながら出世コースから外れた「とんでもない変人」と噂されるつかみどころのない人物である管理官の水越真希枝警視のキャラが最高です。のらりくらりしながらいつの間にか自分の考えを相手に認めさせているという実はやり手ですね。そのほか、高校卒業時ヤクザからも勧誘されたという嵯峨秋人警部補、元ヤンの山吹蘭奈巡査部長と日本側のメンバーはキャラが濃いですね。
 一方、香港側の香港が変わっていくことを感じながら、その中で警察官としてしなくてはいけないことをやろうと考えるウォン隊長、デモが暴動化する中で親友である同僚を亡くしたことからデモを扇動したキャサリン・ユーを憎むシドニー、ユーの教え子であり、彼女がデモを扇動したり、ましてや殺人を犯すことを信じられないハリエットなど、香港警察の5人は元教授に対し、そして彼女を逮捕することに対し、それぞれの思いを抱えて臨みますが、そこに1国2制度の建前が崩れ、中国政府の圧力が大きくなっている香港という街で警察官をする彼らの苦しさが表れています。
 中華人民共和国香港特別行政区国家安全維持法(国安法)施行以降、民主はないが自由はあるといわれていた香港も自由とは名ばかりとなっている現在の状況を、作者の月村さんは「香港の民主化運動や移り変わりに主眼を置いてはいますが、日本の読者にはこれを他国の話だと捉えてほしくないという気持ちがあります。デモが敗北し、監視社会化が進んだ香港は、明日の日本の姿かもしれない。そこに気づいてもらえたら作者としても嬉しいです。私たちの自由と人権を脅かす事態が想像以上に進行しているのが現実です。」と言っています。この作者の言葉は肝に銘じなくてはいけませんね。
 共助係は今後も存続されるということですから、続編に期待したいです。
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