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辻村深月の本棚

  1. 冷たい校舎の時は止まる 上・中・下
  2. 子どもたちは夜と遊ぶ 上・下
  3. 凍りのくじら
  4. ぼくのメジャースプーン
  5. スロウハイツの神様 上・下
  6. 名前探しの放課後 上・下
  7. ロードムービー
  8. 太陽の坐る場所
  9. ふちなしのかがみ
  10. ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ
  11. ツナグ
  12. 本日は大安なり
  13. オーダーメイド殺人クラブ
  14. 水底フェスタ
  15. 鍵のない夢を見る
  16. 島はぼくらと
  17. 盲目的な恋と友情
  18. サクラ咲く
  19. 家族シアター
  20. 朝が来る
  21. きのうの影踏み
  22. 図書室で暮らしたい
  23. かがみの孤城
  24. 噛みあわない会話と、ある過去について
  25. クローバーナイト
  26. ツナグ 想い人の心得
  27. 闇祓
  28. レジェンドアニメ!

冷たい校舎の時は止まる 上・中・下  ☆ 講談社ノベルス
 第31回メフィスト賞受賞作。時が止まった校舎に閉じこめられた男女8人の高校生。不可解な謎を探る中で彼らは2ヶ月前の学園祭最終日に起こった自殺事件を思い出す。しかし、彼らには自殺した級友が誰かを思い出すことができない。果たして自殺した者は誰なのか。
 僕はいわゆる青春ミステリーというジャンルが大好きです。それは、高校時代が僕の記憶の中では大学受験ということはありましたが、楽しい思い出がいっぱいで(もちろん、長い年月の中で記憶が美化されているかもしれませんが)、もう一度あの時代に戻りたいと思っているからでしょう。ただ、現実には戻ることができないから、その時代を舞台にした物語の中に自分を置いて、せめて本を読んでいる間だけでも高校時代の心を取り戻したいと思うのです。
 物語は変則的ないわゆるクローズド・サークルの中で自殺したクラスメートは誰なのかという謎を中心に進んでいきます。一人また一人と姿が消えていくところは、クリスティの「そして誰もいなくなった」みたいな感じです。事件前後の状況がそれぞれの登場人物の視点で代わる代わる語られていきます。なかには、こんなこと、この物語には関係ないのではないか、これを書く必然性があるのか、余計なことが多すぎてあまりに冗長すぎやしないかと思ったのですが、作者には計算があったのですね。いろいろな伏線が張ってあり、振り返ると、なるほど、そうかと思わされました。しかし、あの結末であるなら、最初はかなり読者をミスリードしていて、ちょっと狡いのではないかなと思ってしまうのですが。
 高校時代といえば、生活の全てが大学受験中心の中で、勉強はもちろん、恋愛、友人関係に悩むことも多い時代です。この作品でもそんな高校生の心の闇がそれぞれの歯車を狂わし、思いもかけない事件へと繋がっていきます。しかし、読んでいてうらやましくなってしまいますね。友人のいじめにあって、拒食症にまでなった深月をみんなが、それもクラスを引っ張るいわゆる優秀な生徒から、髪を染めて、進学校からははみ出しているような生徒までが、一緒になって支えあっていくのだから、こんな素晴らしい関係はないですね。現実はそんなに簡単ではないのでしょうが、僕らはやっぱりもう一度そんな時代に帰りたいと思ってしまうのです。 

 最後の方で本格ミステリのように読者への挑戦らしきものが挿入されています。これがテストの答案用紙みたいになっているのが高校を舞台にしているこの作品らしいですね。
 
 ある作者インタビューの中で、辻村さんは「今のおじさま世代の方が高校生だった頃、きっと好きだったような女子高生も登場してきますよ(笑い)。」と言っていますが、おじさんの僕としては深月以外の女性三人はそれぞれ個性的で、好きになれるかなと思いますが、深月はちょっと僕には手に余るというか鷹野たちのようには支え切れませんね。
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子どもたちは夜と遊ぶ 上・下 講談社ノベルス

(ちょっとネタバレ)


 デビュー作は、登場人物が高校生でしたが、今回は大学生(あるいは院生)です。
 アメリカの大学への留学をかけた論文コンテストに挑戦したD大学の狐塚と浅葱。どちらかが受賞するとの予想でしたが、最優秀の評価を受けたのは、「i」と名乗る匿名の者による論文でした。それから2年後、ともに大学院に進んだ狐塚と浅葱。狐塚を追って大学に入った月子、大学時代から狐塚と同居する恭司。そんな彼らの周囲で殺人事件が起こります。ある事情から幼い頃に別々に生きることとなった「i」と「θ」という双子の兄弟による連続殺人事件。
 読者には「θ」が誰であるのかは最初から明らかとされます。彼の苦悩、なぜ彼は殺人を犯すのかを読者は知っています。したがって、物語の焦点は、果たして「θ」の双子の兄とされる「i」は、いったい誰であるのかにあります。
 事件の中彼らの関係はどうなっていくのか。月子の指導教授である秋山も、謎めいた人物として登場します。
 中心となる謎は、最初から「これってもしかしたらあれだよなあ」と思ったら、結局そのとおりになってしまいました。こういうトリックはありふれているので、読者に最初から予断を抱かせるようでは、今一つかなという気がします。
 もう一つのサプライズも、狐塚があまりに聖人君子でありすぎて、なんか変だなあと思っていたら、○○だったんですね。辻村さん、かなり読者をミスリードしていましたよね。こちらは、違和感があったのですが、はっきり指摘できるほどわかっていませんでしたけど。
 最後はなんだか「羊たちの沈黙」のレクター博士みたいになってしまいましたね。あの部分は余計だったのではないのかなあと思うのは僕だけでしょうか。
 また、2年前の秋山教授を巡る事件についても、尻切れトンボのようにはっきり事実が明かされないままになっており、読者としては消化不良です。

 ところで、上巻53ページに「すげぇな。あの女」という浅葱のことがばありますが、これはいったいどういうことなのでしょうか。いくら考えてもわかりません。その後の文章に続かないと思うのですが・・・。
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凍りのくじら 講談社ノベルス
 地元在住の作家ということで、応援している辻村さんのデビュー第3作です。前作までと同様に主人公は若者(今回の場合は女子高校生)です。
 外面的には周りの人とうまくやっていながら、心の中は醒めている女子高校生理帆子。藤子・F・不二雄の「ドラえもん」が大好きな彼女の遊びは、周りの人の個性をみんなSF、スコシ・ナントカで言い表すこと。そんな彼女の父親は彼女が幼い頃失踪し、今は病気で入院している母親との二人の生活です。
 物語は、漫画の「ドラえもん」に出てくるいろいろな道具を材料として進んでいきます。このあたり、物語への道具の使い方が深月さん、なかなか見事です。違和感がありません。各章も「ドラえもん」に出てくる道具の名前となっています(名前まで知っていたのは「どこでもドア」1つだけでした)。
 この作品はミステリというよりは、女子高校生の心の内面を淡々と描いた作品です。今までの2作のようにミステリと思って読み始めても、事件は起きてきません。ようやく事件らしきものが現れてくるのは100ページを過ぎてから。といっても殺人とかの事件ではありません。「ドンキ・ホーテ」の黄色いポリ袋が郵便受けに入れられていたことです。学園ミステリと思って読むと期待はずれになりますから、ご用心を。
 テーマは夫と妻、親と子の家族の繋がりでしょうか。ラストに、ミステリではありませんが驚きの事実が目の前に現れます(伏線は張ってありましたね。)。でも、最後まで主人公が気がつかないわけはないと思いますが。
 サイトでこの作品の感想を読むと女性には人気が高いようです。ただ僕としては、もう少しミステリ色の強い作品を期待したいですね。  
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ぼくのメジャースプーン 講談社ノベルス
 地元出身の作家、辻村深月さんの4作目の作品です。
 不思議な能力を持つ小学4年生の“ぼく”。ある日、学校で飼育していたウサギがある大学生によって斬殺されるという事件が起き、それを目撃した同級生のふみちゃんは、ショックから心を閉ざしてしまいます。ふみちゃんのことが好きな“ぼく”は、彼女の復讐のために自分の不思議な能力を犯人に対し用いることを決心します。息子が特殊な能力を有していることを知った彼の母親は、その能力を適正に使うことを学ばせようと、同じ能力を持つ大学教授の“先生”の元に通わせます。
 悪という存在に対し、人はどう対峙すべきか。特に悪に対し対抗できる能力を有しているとしたら、どうすべきなのか。罪に対する罰をどう考えるべきなのか。辻村さんが読者に問いかけます。
 ネットで割と評判の良かった前作の「凍りのくじら」が、僕自身にとってはいまひとつだったので、今回はどうかなと思ったのですが、良い作品でしたね。狭い意味でのミステリという範疇からはだいぶはずれ、今回も謎解き主体の作品ではありませんが、ページを繰る手が止まりませんでした。メフィスト賞受賞作で期待して読んだデビュー作「冷たい校舎の時は止まる」以上の作品でした。
 主人公の少年が思慮深いすごく良い子です。好きな女の子のために悪に対して立ち向かっていこうとする姿には感動します。反省の色も見せない犯人に対し、どう対処すべきか。彼のような能力を持っていれば、当然それなりの復讐を考えてしまうのでしょうが、ラストに彼が取った行動は想像できませんでした。あれが、罪に対する彼の回答(罰)だったのですが、意外でしたね。

 人が犯した罪に対して罰はどうあるべきかという“ぼく”と“先生”との問答を読みながら大いに考えさせられました。この本を読んだときには折しもテレビでは、少年時代に母親を殺して刑に服した後、姉妹を殺害した男の初公判のニュースが流れていました。驚いたことに姉妹を殺した動機が、母親を殺したときに人を殺すということに快感を覚えたということ。信じられないですね。母親殺しの罪で罰を与えられたことは全然応えていないのです。この男に対して罰はどうあるべきか、司法の判断が興味深いです。

 ※「子どもたちは夜と遊ぶ」の登場人物が再登場していますので、辻村さんの作品を続けて読んでいる人はうれしいですね。
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スロウハイツの神様 上・下 講談社ノベルス
(ちょっとネタバレ)
 冒頭、作家のチヨダ・コーキ作品が契機となって大勢の人が殺し合いを行うショッキングな事件の話が語られます。さて、この話がどう繋がって事件が起きていくのかと思ったら、前半は漫画家が集まって暮らした“トキワ荘”のような物語が続きます。
 人気脚本家の赤羽環の所有する家に彼女の友人の漫画家の卵、映画監督の卵、画家の卵等が住み込みます。その中に冒頭で語られたチヨダ・コーキもいるのですが、前半は事件らしきことも起こらず、彼らの日常生活が描かれる“スロウハイツ”物語というような青春ストーリーです。そんなわけで前半は読んでいる方からすればミステリなのか青春ものなのかわからず、正直なところちょっとダレ気味でした。
 ところが、後半は一転、“コーキの天使”と名付けられた少女の謎、チヨダ・コーキ作品の盗作騒動、そして大人気漫画の原作者が住人の中にいるのではないかという様々な謎がスロウ・ハイツの住民たちを襲います。そして最終章「二十代の千代田公輝は死にたかった」で、それまでの一番の謎が明らかにされます。すべてが収まるところに収まったという感じです。ここに至って読者は、前半の何も起こらない部分にもさりげなく伏線が張られていたことに気づきます。なかなか見事でしたね。“コーキの天使”の謎は予想はつきましたが、明らかとなった事実は優しさに満ちています。このあたり辻村さんらしさが出ているかなという感じがします。
 さまざまな謎が明らかになっていく中で若者たちがしだいに成長していき、新たに旅立っていくラストを迎えます。結局、この本は謎が解き明かされるという部分はありますが、ミステリというよりは、ラストで正義が言っているように愛がテーマの物語だったのですね。納得。これからも期待したい郷土の作家です。
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名前探しの放課後 上・下  ☆ 講談社
 突然3か月前の過去にタイムスリップした高校生のいつか。彼はタイムスリップする前に同級生が自殺したことを聞いていた。しかし、いつかは自殺した同級生の名前を思い出せない。彼は名前のわからない同級生の自殺を防ごうと仲間たちに助けを求める。
 タイムスリップに学園ものが大好きな僕にとっては読まないわけにはいかない作品です。そのうえ、作者が地元出身の辻村さんとなればなおさらです。
 物語は、未来に自殺するはずの同郷生探しから始まります。これについては、可能性のある人物として、よくあるイジメの対象となっている同級生がすぐに見つかります。いつからはイジメのきっかけとなった彼の水泳のフォームを直すために水泳のコーチをしたりと、彼が自殺を考えないようにと奮闘します。このあたりミステリというよりは学園青春ものを読んでいるようで楽しめます。
 ただ、あまりにべたな青春物語すぎて、読み始めからどことなくおかしいという違和感を感じます。そもそも、それまでそれほど親密だったといえない同級生たちが、タイムスリップという非現実的な現象をそう簡単に信じるのかなあと思ったりもしたし、唐突にストーリーの流れからしては余計な話が挿入されたりしていて、最後までどうもおかしいという感じを拭い去ることができませんでした。ラスト、蓋を開ければ「ああ、だからなのか。」とすべての違和感の正体が明らかになり、胸がすっきりします(このあたりネタバレになるので伏せますが。)。
 ラストにすべてが明らかとなったときの読了感は爽やかなものがあります。「ああ、青春っていいなあ」というありふれているけれど、僕からすればたまらない気持ちになります。
 また、物語の中にチヨダ・コーキの名前が出てきたりして辻村さんの他作品とのリンクもあり、ファンとしてはうれしいですね。何といってもある人物が思わぬ形で姿を見せているのはビックリです(最後まで気づきませんでした。)。ある意味メインストーリーの謎解きよりも、こちらの方に驚かされました。
 その上、地元ファンとしては、この遊園地はあの遊園地をモデルにしているなとか、あの池はあそこだろうとモデルになった場所等を思い浮かべることができて楽しむことができた作品でした。
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ロードムービー  ☆ 講談社
 辻村さんの新作は、デビュー作「冷たい校舎の時は止まる」にリンクする3編からなる短編集です。
 「冷たい校舎~」よりかなり先を描いたもの、卒業後すぐを描いたもの、「冷たい校舎~」の時より前のことを描いたものです。
 このところの辻村さんの作品はミステリというより、普通の文芸作品という雰囲気が強くなってきましたが、表題作の「ロードムービー」も、内容はミステリというわけではありません。ただ、辻村さんらしいラストで読者をあっと言わせる仕掛けがあります。読んでいるとあれっと気になるところがあるので、注意深く読む人には辻村さんの仕掛けがわかるかもしれません。でも、仕掛けは二の次。辻村さんがこの作品で描きたかったのは、色々な困難にぶつかりながら成長していくトシとワタルの姿でしょう。児童会長選挙のワタルの応援演説のシーンにはグッときてしまいました。そして、父親という立場でいいなあと思ったのはトシの両親です。いじめに耐えて頑張るトシに対して「もう頑張るな」と言えるというのは、素敵な親ですよ。見習いたいです。「冷たい校舎~」とのリンクがわかりずらい作品ですが、わかるとなるほどなあと思います。
 「道の先」は、塾の講師のアルバイトをしている大学生が主人公。彼に恋する周りから女王様のように扱われている中学生の女の子との話。女王様然としながらも心は寂しい女の子に対し、あまりにやさしすぎる主人公にもどかしさを覚えながらも、彼女が彼を評する言葉に自分が言われているようだと妙に感心してしまいました。
 「雪の降る道」は、この短編集の中で一番幼い子どもたちを描いた作品となっています。それとともに、この短編集の中で一番「冷たい校舎~」との繋がりがわかる作品となっています。「ロードムービ」もそうですが、辻村さんは子どもたちの心を描くのがうまいですねえ。
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太陽の坐る場所 文藝春秋
 10月に「ロードムービー」が発売されたばかりなのに、早くも12月に新作が発売され、ファンとしてはうれしい限りです。
 クラス会や同窓会の類には参加したくない。当時好きだった女の子の現在の姿を見て、いっきに心の中で大事にしていた思い出が崩壊してしまうことになりそうだから。どうして皆は同窓会を開きたがるのだろう? なんて閑話休題
 この作品は、冒頭20代後半を迎えた男女が集まった高校の同窓会のシーンから始まります。そこで話題となったのは女優になっている同級生の“キョウコ”のこと。彼女に同窓会に来てもらおうとする同級生たちそれぞれの思いが章ごとに語り手を変えて描かれていきます。
 高校時代から演劇部に所属し、現在もOLをしながら小さな劇団で活動を続けている者。女子特有の群れることを厭い、仕事に生きていると思われながら実は不倫をしている者、普通に地元で専業主婦として生活している者。故郷にUターンしフリーのウェブデザイナーをしている者。女性に人気の大手アパレルメーカーで働く者。地元の銀行に就職し、長年クラス会の幹事を務めてきた者等々クラスメートたちの高校生のときの思い、そして現在の友人たちには言えない思いが描かれ、このあたり、「この小説ってミステリではなかったのかな?」と思うほど、普通の小説を読んでいるようでした。
 ただ、読んでいると違和感を感じる部分があり、釈然としないまま読み進んだのですが、それがラストで「あ~そうだったのかあ」とすっきりするのが、いつもの辻村さんらしいところでしたね。この部分はミステリなんでしょうが、ミステリ的手法をとったのは一つの手段であって、辻村さんが描きたかったのは、大人になったクラスメートたちのそれぞれの思いだったのではないでしょうか。
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ふちなしのかがみ 角川書店
 表題作を始めとする5編からなる短編集です。
 「踊り場の花子」は、学校の怪談といったら定番の“花子"さんを描いた作品。ただ、定番の花子さんは“トイレ"の花子さんですが、この作品では“踊り場"の花子さんとなっています。踊り場で一人で掃除をするいじめられっ子から一転夏休みの教員室で日直をする教師へと場面が転換。“花子"さんの話がしだいにいじめられっ子の話へと繋がっていく一番ホラーらしい作品です。
 「ぶらんこの足」を読んで、小学校時代思い切リプランコをこいで遠くに飛ぶ競争をしたことを思い出しました。飛び出す角度が難しいんですよね。コックリさんは、そんなことあるわけないだろうと口では言いながらも内心はキツネ憑きとか怖くて当時絶対やりませんでした。ハイジのプランコの話はよくよく考えると確かにそうだよなあと怖くなリます。
 「おとうさん、したいがあるよ」は、事実としては恐ろしい話でありながら、まったくその恐ろしさが感じられない話です。認知症が進んだ祖母の家の掃除に出向いたら、死体があちこちから見つかるが、警察に届けるという選択肢なしに家族揃って死体を隠してしまおうとするところからおかしな話に。悲壮感漂うことなく、沈着冷静に、死体を埋めようとするのだから、この家族おかしいんじゃないと思いながら読み進めていくと、さらに訳のわからない展開になっていきます。死体を片付けても片づけても出てくるところはホラーというよりお笑いです。最後に出てくる日捲リカレンダーがこの物語の鍵ですね。それにしてもどう理解したらいいのかよくわからない物語です。
 表題作の「ふちなしのかがみ」は、好きな男の子に恋人がいたことから、おかしくなってしまう主人公が描かれます。単なるホラーではなく、辻村さんらしいラストでのどんでん返しが見られる作品となっています。騙されることなかれ。
 「八月の天変地異」は、この作品集の中では唯一のファンタジーといっていい作品です。自分の想像の中だけの存在だった“親友"が、ある日本当に目の前に現れるという話。いじめられっ子をかばったことから仲間はずれにされてしまった男の子の気持ちが描かれたこの作品集の中で一番今までの辻村さんらしい作品です。嘘を重ねていく子どもの心が読んでいてよくわかります。
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ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ 講談社
 端から見ていると異常なほどベッタリだった母子関係でありながら、母を殺して姿を消した小学校時代の友人、チエミ。あんなに仲の良かった二人の間に何があったのか。みずほは、チエミの行方を追って、同級生たちから話を聞いて回ります。
 物語のテーマは、ズバリ母子関係です。チエミの対角線にみずほと異常なまでにみずほに厳しいその母の関係を置き、母と子の関係を浮き彫りにしていきます。
 この題名は何なの?と誰でも思うでしょう。辻村さんが、「ゼロ、ハチ、ゼロ、ナナ」の題名に仕掛けた事実が明らかとなったときにはグッときます。
 ただ、今ではほとんど付き合いのないみずほが、チエミの行方を追う必然性については最後まで疑間の残るところです。自分の母親と比べて優しいチエミの母親が好きだったというのでは弱すぎ。同級生の起こした事件であるし、ルポライターとしての興味からと言った方が素直です。
 「太陽の座る場所」では、いわゆるアラサー世代の男女を描きましたが、今回もアラサーの女性たちが主人公です。都会で幸せな結婚をしたみずほと山梨の田舎で未婚の契約社員のチエミというまったく別の人生を歩む二人の女性を描く物語でもあります。作者の辻村さん自身が29歳ということですから、そんなことも今回の主人公たちの年齢に影響しているかもしれません。
 今回は、辻村さんの故郷である山梨が舞台となっていることも同郷人として楽しいです。「ああ、あれはあそこをモデルにしているのかなあ」と、いろいろ思い浮かべながら読んでいました。
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ツナグ  ☆ 講談社
 郷土の作家ということでデビュー以来応援していた辻村さんですが、このところの作品はいまひとつ。前作の「光待つ場所へ」も途中で投げ出したままになっていますが、今回のこの作品は、久しぶりに僕好みのど真ん中の作品でした。どうも“幽霊もの"は点が甘くなりますね。
 死者との再会の物語です。死者と会えるのは1度だけ。死者も生者と会えるのは1度だけ。この条件のもと、死者と生者との再会を仲介するのは“ツナグ"と呼ばれる人。この連作集は、最初の「アイドルの心得」と「長男の心得」は生者と死者との物語、「親友の心得」で、生者と“ツナグ"が関わりのある話となり、ここから物語は“ツナグ"の物語へとシフトしていきます。このあたりのストーリーの転換がうまいですよね。
 生者と死者との話だけでも十分読ませますが、それまで第三者的な立場であった“ツナグ"が前面に出てくる「使者の心得」は、みんなが優しすぎるが故の悲劇が描かれ、これは読ませます。意外な真相が明らかになり、ミステリとしても十分堪能できます。
 死者と生者の物語というと、だいたいファンタジックな物語を想像するのですが、単なる甘いファンタジーに止まらないストーリーとなっているところが辻村さんのうまいところです。なかでも、二人の仲のいい女子高校生が生者と死者となっての出会いを描いた「親友の心得」の思いもよらないラストに脱帽です。
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本日は大安なり  ☆ 角川書店
 大安の日の結婚式のため、結婚式場「ホテル・アールマティ」に集まる人々を描く群像劇です。限られた時間と場所でそれぞれ異なる人生ドラマが並行して描かれる、いわゆる“グランド・ホテル形式”の作品です。
 わがまま三昧な花嫁とつきあいながらどうにか式の当日を迎えることになった式場のウェディング・プランナー。姉妹が入れ替わっても花婿が結婚相手を間違わないか試す双子の姉妹。大好きな叔母の結婚相手が何かを企んでいるらしいと心を痛める甥っ子。妻がいるとはいえずに、浮気相手と結婚式の日を迎えることになってしまった男。それぞれの思惑が交錯する中、大安の一日が過ぎていきます。
 大安の日をリアルタイムで描きながら、ちょっとミステリーぽいタッチで人間関係をしだいに明らかにしていきます。最初のドタバタした印象と異なる意外な展開に心温かくなる作品に仕上がっています。ただ、女性読者としては登場する男性、特に、浮気相手と結婚式を挙げることになってしまった男にはに賛否両論あるのでは?このラストでいいのかなぁという気がするのですが・・・。
 最近は結婚年齢が上がるばかりか、結婚そのものをしない人も増えています。また、結婚式を単なる儀式と考える人もいるでしょうし、憧れや願望の実現と考える人もいたりして、結婚式に対する認識はそれぞれです。それでも結婚式といえば人生の中でのある意味最大のイベント。そこにはいろいろな人間模様を見ることができるでしょう。この作品のように当日、式が行われる4組の結婚式がどれも問題を抱えているなんてありえないだろうとは思いますが、そこは小説の世界です。どっぷり、世界に浸った方が楽しく読むことができます。
 辻村作品には他の作品とのリンクが多いのですが、今回も以前の辻村作品に登場したキャラクターが出てきて、そのうえ、重要な役回りを演じています。辻村ファンにとっては嬉しいところですね(とはいえ、僕自身はすっかりそんな人物いたかなぁと忘れていましたけど)。
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オーダーメイド殺人クラブ 集英社
 中学生の女の子を主人公にした作品です。このところ「ツナグ」、「本日は大安なり」と僕好みの作品が続いていたのですが、今回はいけません。中年のおじさんが読むのは辛い作品です。
 文章自体は読みやすいのですが、途中から読み進むのが苦痛になりました。“死"というものに憧れ、殺人や自殺の記事を集め、同級生の男の子に自分を殺してくれと頼む主人公。今の僕には彼女の気持ちに共感はできません。また、この作品で描かれる、友達を無視したり、友達から無視されたりというあまりに殺伐とした中学校生活に、記憶を美化しているわけではないけれど、自分の中学校時代はこんなことはなかったと考える僕もいて、なかなか物語の中に入っていくことはできませんでした。本当は、当時と今の中学生がそんなに違っているわけではないでしょうけどね。
 題名からミステリーだと思って読み始めたのですが、結局何の事件が起きるわけでもなく(もちろん、学校生活での様々な出来事はありますが)、ただちょっと変わった(それとも、これが普通?)女子中学生の学校生活を描いていくだけ。“死″への憧れは、もしかしたらその年代にはあるのかもしれませんが、理解は難しいです。同性の女性の読者からすると、また違った感想を持たれるかもしれません。
 ラストのそれまでの曇り空のような雰囲気の作品が、曇り空から太陽が顔を出すような明るさで終わるのが救いです。
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水底フェスタ 文藝春秋
 市町村合併しようにも、応じてくれる相手がいないほどの過疎の村だったが、大規模なロックフェスティバルを招いてから、財政は豊かになり、合併はせずに単独で存続している睦ッ代村が舞台。
 ある日、村も母親も捨てて東京に出てモデル・女優となった織場由貴美が突然戻ってくる。村長の息子である高校生・広海は、ロックフェスで彼女を見かけてから、しだいに魅かれて行ったが・・・。果たして彼女の目的は。
 うぶな若者が年上の女性の手練手管に翻弄される話と言ってしまえばそれまでですが、どこかで読んだような話をまた読まされているというのが正直な感想です。新鮮さは感じられません。
 閉塞した村という空間の中で生きる若者。今という時代でありながら、村という小さな世界を守ろうとする大人たち。均衡が保たれている世界に、異質な一人の女性が足を踏み入れることにより、大きな波紋が広がり、裏に隠されていた事実が浮かび上がってくるという話です。最後には若者は村を出て、広い世界に出て行くというパターン。辻村さんの作品では初めてでしょうか、濃厚なセックス描写もあって、ちょっと勝手に言わせてもらえば、辻村さんのイメージが崩れてしまった感じもします。
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鍵のない夢を見る 文藝春秋
 5人の女性を主人公にした5話からなる短編集です。5話とも一人称で書かれていますが、冒頭の「仁志野町の泥棒」だけが、主人公から見た第三者(転校してきた友人と盗癖癖のあるその母親)のことを描いており、他とはちょっと異なった感じとなっています。
 デビュー時から少年たちを主人公にしていた辻村さんですが、このところ大人の女性を主人公にした作品を書かれるようになりました。大人の女性を描くからには避けて通れないセックスの場面も「水底フェスタ」同様大胆に描いています。彼女のデビュー時からのファンとしては、このところの作品にはちょっと驚かされます。
 男性である僕からすると、観光で乗ったバスのガイドが小学校の同級生だと気づいた女性が当時に思いを馳せ、彼女のことを描いた「仁志野町の泥棒」はともかく、それ以外の4作品の主人公の女性にはまったく共感できません。
 「石蕗南地区の放火」の勘違い女性については、これは自分でもありうるなあと思うので、それほど嫌な女性とは思わないのですが、「美弥谷団地の逃亡者」「芹葉大学の夢と殺人」の主人公の行動には呆れるばかりです。どちらも最低の男に振り回される女性が描かれますが、どうしてあんな男から離れようとしないのか不思議でなりません。事情が事情である「美弥谷団地の逃亡者」はまだやむを得ないにしても、特に「芹葉大学の夢と殺人」の方は酷すぎます。などと、僕自身は読みながらそう切り捨ててしまうのですが、果たして女性読者はどう感じるのでしょう。
 最後の「君本家の誘拐」は、夫の協力を得られず育児に苦しむ女性を描いているのですが、これは男としても耳が痛いですね。子育てをした女性なら共感できるところもあるかもしれません。
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島はぼくらと 講談社
 辻村さんの初期の作品のように高校生を主人公にしていますが、ミステリではないし、また、学校の中での話でもありません。瀬戸内海の離島に暮らす4人の高校生を主人公に、彼らと周囲の人々との関わりを描く作品です。
 個人的には初期の頃のようなミステリ作品を期待したのですが、主人公は初期の頃のように高校生でも、話はミステリから離れた最近の作品の流れをくんでいます。それでも、こんな嫌な女ばかりが主人公かと思って個人的にはどうも好きになれなかった直木賞作品よりは、読みやすい作品でした。
 また、島に伝わるという有名作家の描いた本の謎やIターンでやってきた本木をそもそも冴島に誘った手紙の送り主の謎など、隠されていた事実が最後に明らかにされていくところは、ミステリのようで楽しめました。
 結局この作品は、端的にいえば、離島の高校生が大人のいいところも汚いところも知って、成長していくという青春物語でしょうか。でも、ありふれている話で、どこかもの足りません。
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盲目的な恋と友情 新潮社
 題名どおりそのままの盲目的な恋と友情の物語です。このところ、辻村さんの作品はセックス描写も凄くて、ドロドロとした男女間の関係を描く作風が多くなっていますが、今回の作品も、物語の雰囲気としては、直木賃を受賞した「鍵のない夢を見る」と同じ感じの作品となっています。「鍵のない夢を見る」もそうでしたが、こういう作品はちょっと苦手です。
 前半は大学のオーケストラに指揮者としてやってきた男に恋する女子大生・蘭花のどう
しようもない(!)恋を描きます。後半は蘭花に親友だと思ってもらいたいと切望する留利絵の蘭花への友情(あくまでも留利絵が思う友情ですが)を描きます。
 男性の目線で読んでいるせいでしょうか。今回、辻村さんの描く蘭花と留利絵という女性にはまったく共感することができません。先日テレビで放映された「ブラック・プレジデント」の主人公ではありませんが、「だから、女ってやつは!」とつい言ってしまって、多くの女性の批判を買ってしまいそうです。
 とにかく、恋に落ちるとなかなか客観的に相手を見ることができないのはやむを得ないでしょうけど、それにしてもあんな男にすがってしまうなんて、蘭花の気持ちはまったく理解できません。また、誰よりも自分を親友だと思ってもらいたいと、蘭花が自分以外の人と話をすることにも嫉妬する留利絵も、友人関係の中ではある程度はこういう気持ちも抱くかもしれませんが、独占欲が強すぎるというのか、ちょっと異常です。派手に遊んでいると蘭花たちが評する美波の方が、ずっと地に足をつけた人生を送っていると言わざるを得ません。
 とにかく、「恋」や「友情」という言葉のイメージからは遠く離れた作品でした。
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サクラ咲く 光文社文庫
 3編が収録されていますが、冒頭の「約束の場所、約束の時間」と次の「サクラ咲く」は、進研ゼミの「中一講座」、「中二講座」に掲載されていたことからわかるように、中学生向きの作品です。特に「約束の場所、約束の時間」は、僕も中学生の頃に夢中になった筒井康隆さんや眉村卓さんの書いたSFジュブナイル風の作品で、当時を思い起こしながら楽しく読みました。今の中学生がこういうストーリーをどう読むのか興味があります。
 「サクラ咲く」は、自分の意見をなかなか言えず悩む主人公が、友人との関わりの中で成長していく姿を描いていきます。主人公が見つけた図書館の本に挟んであった紙に書かれた言葉を書いているのは誰かというミステリの味付けがされた辻村さんらしい作品になっています。
 ラストの「世界で一番美しい宝石」は、高校の映画同好会の主人公が図書館で見かけた先輩に自分たちの製作する映画に出演してほしいと奔走する姿を描きます。前2作の作品の登場人物が思わぬところに登場しており、彼ら、彼女たちはそうなったのかぁとラストを締めくくるにふさわしい作品となっています。
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家族シアター  ☆   講談社
  題名どおり、様々な家族のあり方をテーマに描かれた7編からなる短編集です。
 家族は助け合いながら生きていくものですが、そうそうアットホームな家族ばかりでもありません。最近でも家族内での殺人事件が新聞紙上を騒がせているように、反面深く憎み合うこともあります。また、アットホームな家族の中でも、ときには波風が立つこともあるでしょう。ここに描かれた家族関係も、理想的なものではないでしょうけど、どれもが家族っていいものだなあと思わせるストーリーになっています。
 外見を気にしない優等生の姉を反面教師にしておしゃれに気を遣う妹。そんな二人が中学生の頃に遭遇したある出来事の裏に隠された事実が姉の結婚式に浮かび上がってくる「「妹」という祝福」。夢中になるものがまったく異なり、言い合いばかりしていた姉と弟だったが、やっぱりどこかで気にしあっていることがわかる「サイナリウム」。どこかズレている母親に我慢ならない優等生の娘が、ある出来事の際の母親の言葉に助けられる「私のディアマンテ」。子育てに自分の時間を割かれるのを嫌う父親とそんな父親を寂しく思う息子。息子のクラスのタイムカプセルが埋められていないことを知った父親が息子のために奮闘する「タイムカプセルの八年」。「学習」を愛読する姉と「科学」を愛読する妹というまったく正反対の姉妹。妹のことがまったくわからないと思っていた姉が、ある日妹のことを誤解していたと気づく「1992年の秋空」。外国帰りの息子夫婦と孫娘と同居することとなった祖父。お互いに相手の気持ちを分かり合えなかった二人がやがて気持ちを通じ合う「孫と誕生会」。
 どの作品も、相手の気持ちがわからないと思っていた家族が実はお互いに相手を気遣っていたことに気づく心温まる物語です。家族っていいなあと再認識させられる作品集となっています。辻村さん、本当にうまいです。家族であるが故に逆に反発してしまうところを見事に描いています。僕自身には直木賞を受賞した「鍵のない夢をみる」よりずっと胸に響く作品でした。おすすめです。
 ラストの「タイマシイム・マシンの永遠」だけは、前作までの家族内の誰かの関係を描くのではなく、赤ん坊を連れて実家に帰省した若い夫婦を描きます。藤子不二雄ファンの辻村さんらしい“ドラえもん”をモチーフにした作品となっています。
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朝が来る  文藝春秋 
 栗原佐都子と清和の夫婦は清和が無精子症で不妊治療をしたが子どもができなかったため、特別養子縁組制度を使って、中学生で子どもを産んだ片倉ひかりの赤ちゃんを養子として育てる。朝斗と名付けたその子が6歳になったとき、生みの母・片倉ひかりを名乗る女性が電話で息子を引き取りたい、できなければお金が欲しいと言ってくる。会って話したいとの夫婦の求めで家を訪ねてきた女性は、朝斗を引き取ったときに会った母親とは違う女性のようだったが・・・。
 第1章、第2章は育ての母である佐都子の視点で、第3章、第4章は生みの母であるひかりの視点で物語が進んでいきます。佐都子の家を訪ねた女性が姿を消すというミステリーかなと思える部分はありましたが、内容は子どもができない夫婦の不妊治療から特別養子縁組を決断するまでの気持ちと、育ての親と子どもとの関係、さらには生みの母である女の子のその後の人生(転落の人生と言っていいでしょうか)を描いていくものです。
 佐都子は会社で責任を持って仕事をしてきた経験もあり、とにかく大人の女性で、行動に責任が伴っています。不妊治療での夫への気遣いを見ても、幼稚園で朝斗が友だちを遊具から突き落としたとされた際に僕はやっていないという朝斗を信じ抜く母としての態度を見ても、佐都子という女性に共感してしまいます。
 一方、生みの母親であるひかりは佐都子とはあまりに対照的。子どもを産んだとしても、精神的に成長するわけでもなく、幼いが故の考えの至らなさにちょっと腹立たしく思うことも。中学生の女の子に対して自業自得と斬り捨てるのはあまりにかわいそうですが、そういう過去を背負った女の子だから、何でもやむを得ないと許されたら、彼女と同じような過去を背負いながら頑張って生きていこうとする女性たちに失礼です。作者の辻村さんが、ひかりに対してどういう思いを持って描いているのかはわかりませんが、親の年齢の立場からすると、同様の子どもを持ったとしたら、やはり理解はできなかったと思います。ただ、中学生の彼女が頼ることができるのは家族だけ。両親の彼女の気持ちに対する無理解に怒りが湧くのは無理もない気もしますが。
 彼女の転落が、彼女を理解してくれる人がいなかったからという理由は、彼女に理解を示す浅見に対してさえ、憎しみを持ってしまうことからすれば当てはまりません。すべては彼女自身の問題だったと思ってしまいます。
 ラストは泣かせます。ただ、あれでは何ら解決のないまま終わってしまった気がします。「え?これからどうなるの?]という感じです。これから先の物語は読者の想像に任せるところというわけでしょうが、そもそもひかりは犯罪者ですからねえ。感動してばかりじゃ済まされません。なんて思うのは興ざめでしょうか。
 第1章、第2章までの佐都子の視点で語られているところまでは、さくさく読み進むことができ、後半を期待したのですが、第3章以降、ひかりの視点で語られてからは、彼女の行動にイライラするところもあって、物語の中に入り込むことができませんでした。 
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きのうの影踏み  角川書店 
 13編の怪談(辻村さんに言わせると、“ホラー”ではなく“怪談”だそうです。)が収録された短編集です。わずか5ページの掌編から46ページの短編まで趣向を凝らした“怪談”が語られています。作家の女性が語り手となる「手紙の主」、「私の町の占い師」、小さな子どものいる女性が語り手となる「やみあかご」、「だまだまマーク」など辻村さんがモデルかなと思わせる作品もあります。実際、この本に書かれている話は、辻村さんが体験したり、夢に見たり、普段の生活の中に種を見つけたものばかりだそうです。
 13編の中で印象的だったのは、次の6編です。
 「十円参り」:嫌いな人、消したい人の名前を書いた紙を十円玉と一緒に賽銭箱に投げ入れると願いが叶うというおまじない。ある日、ミサキとマヤは消えた“なっちゃん”が誰かがおまじないで“なっちゃん”の名前を書いたのではないかと話していたが・・・。それまで見ていた景色が終盤で180度変わってしまいます。ラストの語り手の笑いが何とも怖いです。
 「手紙の主」:先輩作家の元に奇妙なファンレターが届いた話を聞いた女性作家が、以前自分にも同じ手紙が届いたことを思い出す・・・。得体の知れないものがしだいに形になっていく怖ろしさを描く1編です。
 「やみあかご」:夜泣きで起きた子どもを遊ばせて寝かしつけ、抱いてベッドに行ったところそこには・・・。これはストレートに怖いです。顔を下に向けたくない!
 「ナマハゲと私」:ナマハゲを見たいという同級生たちを連れて故郷の秋田に帰ってきた私。見たいテレビ番組があったので一人二階でテレビを見ていると、下にナマハゲが来たらしく、大騒ぎとなったが・・・。この短編集の中で一番怖かった作品です。階段を上がってくるミシミシと鳴る音。振り向きたくない!
 「噂地図」:噂の出所を見つけるための噂地図。それには正確に作らなくてはいけないという約束事があったが、それを破った女子高校生は恐ろしい事態へと陥っていく・・・。これは怖いというより、孤独感に身が苛まれそうな1編です。
 「七つのカップ」: 交通事故の頻発する横断歩道。そこに佇むかつて幼い娘を亡くした女性。いつの間にかそこに置かれるようになったカップは何を意味するのか。最後に置かれたこの話だけが幽霊が怖いものだとは限らないと教えてくれる作品となっています。 
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図書室で暮らしたい  講談社 
 様々な新聞、雑誌等に掲載された辻村さんのエッセイをまとめたものです。
 読書好きの希望を表したような題名が良いですよね。表紙カバー絵の図書室に敷いた布団の上でコーヒーを飲みながら本を読むなんて、読書好きにはたまりません。そういえば、最近泊まることのできる本屋さんができたとテレビで紹介されていましたし、ジュンク堂では宿泊ツアーという催しもあったようですね。
 なぜ、エッセイを読むかといえば、好きな作家さんが日常の生活の中でどんなものに興味を持ち、どんなことを感じているのかを知りたいと思うからでしょうか。時には「え!こんな風に考えるの?」と、自分とは違った考えにぶつかるのも、これまた楽しい瞬間です。
 特に辻村さんは地元出身の作家で、子どもたちの学校の先輩ですから、なおさら身近に感じ(一方的ですが)読みたくなってしまいます。エッセイの中で、知っている場所が登場すると、嬉しくなります。『「岡島」の本屋さん』で語られるデパートの中の本屋さんにある辻村深月書店の棚は見てますよと言いたくなります。
 それにしても、やっぱり作家で名を成す人は、子どもの頃から感想文を書くのにも秀でていたんだなあと納得。 
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かがみの孤城  ☆  ポプラ社 
 中学校に入学直後からいじめに遭い、不登校となった安西こころ。ある日、部屋に置いてある姿見が急に輝き、その中に吸い込まれるように入った先はお城の中だった。そこには同じように鏡を通り抜けてきたこころを含め7人の中学生とオオカミのお面をかぶった女の子がいた。オオカミのお面をかぶった女の子は、7人の中学生に対し、城の中に隠されている願いの部屋の鍵を探し出すことができた人には、願いを一つ叶えると言う・・・。
 600ページ近いファンタジー大作ですが、帯のとおりのいっき読みでした。最近の辻村作品の中では個人的には一番のおもしろさでした。7人はなぜこの世界に呼ばれたのか。願いの部屋の鍵を探し出すのは誰なのか。そしてその願いは何なのか。そもそもこの城の世界は何なのか。オオカミのお面をかぶった少女は誰なのか。そして、そもそも登校拒否となったこころは学校に行くことができるようになるのか。様々な謎が読者の前に提示されます。
 読んでいるうちに、こころ以外の子たちもいじめ等に遭い、学校に行くことができなくなっているらしいことがわかってきます。最初はバラバラだった7人が、城の中で皆と関わることによって、少しの勇気を振り絞ろうと決意する者、それに応えようとする者と、それぞれなくてはならない友だちだと思うようになるところは感動ものです。
 そんな彼らの行動をあざ笑うかのような、この世界のある仕組みには残酷さを感じてしまいましたが、さて、そうなると落としどころはどこだろうと、更にページを繰る手は止まりませんでした。
 ラストは、ものの見事に伏線が回収され、バラバラだったパズルがあるべきところにピッタリ収まるように謎解きがなされます。あの人物とあの人物はこの物語の中でそういう役を負っていたんだと納得。少年、少女たちの物語ですが、大人が読んでも感動します。おすすめです。 
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噛みあわない会話と、ある過去について  ☆  講談社 
 4編が収録された短編集です。
 大学時代のコーラス部の仲間だった“ナベちゃん”から結婚式に招待された佐和。ナベちゃんとは部の女性の誰もが、男を感じさせない男性として仲良くつきあっていた。そんなナベちゃんの結婚相手の女性と会った佐和たちは、彼女がどこかズレている女性であることに気づく(「ナベちゃんのヨメ」)。
 美穂が先生になり立てだった若い頃、担任をしていた生徒の兄で今ではアイドルグループの人気者となっている高輪佑が番組のロケで母校を訪ねてくる。二人きりで話をすることを望んだ佑の口から美穂は思いもよらないことを言われる(「パッとしない子」)。
 引越しを手伝いに行った友人のシミちゃんの部屋で成人式の写真を見つけたヒロ。その写真には藤色の着物を着たスミちゃんが母親と写っていたが、彼女は成人式に藤色の着物は着なかったという(「ママ・はは」)。
 湯本早穂は情報誌のライター。塾の経営者であり、最近はテレビのコメンテーターとしても有名になった小学校の同級生・日比野ゆかりを取材することとなるが、ゆかりに会った早穂は彼女から思わぬ話を聞かされる(「早穂とゆかり」)。
 4編の中ではちょっとホラー的要素が強い「ママ・はは」のほか、「パッとしない子」と「早穂とゆかり」が、もし主人公の立場に置かれたら、これは辛いというか、いたたまれないだろうなあと主人公に同情してしまった作品です。主人公たちが、少しずつ、少しずつ追い詰められていく、こういうのを真綿で首を絞められるというのでしょうか。
 自分が言ったかどうかさえ記憶にないことばが相手を傷つけたりすることがあるのは、長い間生きていればさすがにわかるようになってきました。また、長い年月の中で記憶を自分に都合の良い様に書き換えてしまうこともあったりして(そして、それを自覚していない)、同じ過去を生きてきた者たちの間でも、ひとつの出来事の捉え方が違うのはよくある話です。いじめだって、被害者の辛い思い出に対し、いじめた方からすれば「そんなことあったかな?」と、記憶に残っていないことがあるのもよくある話です(被害者からすれば忘れるなんて許されることではないのでしょうけど。)。機会があればしっぺ返しをしようと考えるのも無理ないですよね。 
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クローバーナイト  光文社 
 「VERY」という女性誌に連載されていた作品だそうです。この「VERY」という雑誌、ネットでみると“経済的基盤のしっかりしたご家庭で、子どもの教育や日々の暮らしに時間とカネをかけつつ、女性としての魅力も維持しようと奮闘する妻たちの会報誌”という、いくらか嫌味の入った説明がありました。読者である経済的には豊かな女性たちに合わせたのか、この作品の主人公鶴峯裕・志保夫婦も、裕は公認会計士、志保はオーガニックコットンの専門ブランドを立ち上げ、今ではマスコミからも取材を受ける人物。彼らの家が経済的に相当豊かな家庭であることは間違いありません。そんな彼らとは生活環境に雲泥の差がある身としては、感情移入して読むことはできませんでしたが、「VERY」の読者の世界を垣間見ることができたといえばいいのでしょうか。 
 だいたい友人の子どもが通う私立の幼稚園はともかく、鶴峯夫婦のの子どもが通う区立の保育園がこんなセレブ感満載のところなのかという疑問を抱かざるを得ません。公立といっても、田舎と東京とは違うのでしょうか。
また、“普通”ということに関し「何が“普通”になるのかは誰にもわからない」と帯にもありますが、辻村さんの“普通”は、公認会計士の夫に起業家の妻というお金に困るなんて想像もできない家庭であり、夫も子どもの送り迎えができるし、妻が外国出張しても夫がすべて対応できるという家族生活なのでしょうね。やっぱり、人によって“普通”は違います。
 物語は裕・志保夫婦の周囲のママ友の不倫の噂、就活や婚活ならぬ保育園入園のための「保活(ホカツ)」、有名幼稚園の受験、幼稚園・保育園のお誕生日会のことが、そしてラストの「秘密のない夫婦」では彼ら夫婦と志保の母親との関係が描かれます。とにかく、すごい世界があるなあと、どの話を読んでもびっくりさせられることばかりですが、ラストになってそれまで様々なところに貼られていた伏線が回収されていくところは、さすが辻村さんらしいうまさですね。 
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ツナグ 想い人の心得  新潮社 
 松坂桃李くん主演で映画化もされた「ツナグ」の9年ぶりの続編になります。あれから7年が過ぎ、歩美は大学を卒業し、玩具メーカーに就職して営業に歩き回る傍ら使者(ツナグ)の役目をこなしています。
 冒頭の「プロポーズの心得」では、好きな女性と亡くなったその子の親友を会わせたいと考える男性が使者(ツナグ)に連絡を取ってきます。使者として登場してくるのが8歳の女の子だったので、歩美はどうしたのだろうと思ったら、前作のファンには嬉しいストーリー展開となっています。この女の子、この後の話にも登場しますが、8歳とは思えない話しぶり。こんな子が周囲にいたらびっくりです。
 「歴史研究の心得」は、他とはちょっと毛色の変わった話となっています。会いたいと思う死者が、自分の身近な人ではなく、自分が研究している歴史上の人物。自分が調べたことが本当だったかどうかを確認したいとの思いから、その人物に会いたいと望みます。HPでの辻村さんと松坂くんの対談の中では、松坂くんはこの話が一番好きだったと述べていますが、個人的には一番退屈した話です。まったくの他人に対して大切な機会を行使したくはないなあ。
 「母の心得」では、ドイツに留学して癌で亡くなった娘に会いたい年配の女性・小笠原時子と、海に落ちて亡くなってしまった5歳の娘に会いたい重田夫妻の話が語られます。ひとつの話の中で二つのストーリーは盛り過ぎではと思ったのですが、辻村さんと松坂さんの対談を読むと、幼い子どもの母である辻村さんとしては重田夫妻だけの話では苦しくて書けなかったそうです。まったくのところ、自分より先に子どもを亡くすなんてことは親としては考えたくないですからね。
 「一人娘の心得」には、今後、歩美にとって大切になりそうな女性が登場します。これからの二人の関係の展開が気になる重要な作品です。
 「想い人の心得」でツナグに依頼をしてきたのは、40代の頃から何度も依頼を繰り返したが、会いたい人から断られ続け、85歳になった料亭の主人。ここまで大切に思い続けてきた彼に静かに拍手です。
 さて、9年の間をおいて刊行された続編ですが、次に歩美に会えるのはいつになるでしょうか。 
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闇祓 角川書店 
 “闇ハラスメント”をテーマにした連作集です。
 “闇ハラスメント”とは作者の辻村さんの造語で、巻頭に書かれた意味を読むと「精神・心が闇の状態にあることから生ずる、自分の事情や思いなどを一方的に押し付け、不快にさせる言動・行為のこと」だそうです。
 冒頭の「転校生」は高校が舞台となります。高校2年生の原野澪のクラスに白石要という男子が転校してくる。クラス委員長の澪は何かと世話を焼くが、白石は転校当初からなぜか澪との距離を詰めてくる。恐怖を感じた澪は陸上部の憧れの先輩・神原一太に相談し、彼が下校の際にも同行して白石から守ってくれることになったが・・・。果たして白石の正体は何者なのか。予想外の展開にびっくりです。
 「隣人」は団地が舞台となります。沢渡という若手デザイナー夫婦によって全面リノベーションされた団地に越してきたフリーアナウンサーの梨津の一家。沢渡の妻が主催するママ友の集まりの居心地の悪さにしだいに敬遠していく梨津だったが・・・。これも闇祓を仕掛けるのはあの人だと思ったら実はという話になっています。
 「同僚」は一転、会社が舞台です。鈴井の同僚に鈴井より年齢はずっと上だが他の会社から転職してきたため同僚の立場であるジンさんがいるが、彼は常に課長からパワハラを受けており、鈴井は課長がジンさんを罵倒する様子がいたたまれず、いつも席をはずしていた。ここで描かれるパワハラのシーンは“会社あるある”ですが、まさか闇ハラがあんな形でなされるとは想像できませんでした。闇ハラを仕掛けていた人物に唖然です。
 「班長」は小学校が舞台となります。草太のクラスに転校してきた神原二子はルールを守らない虎之介の家に通い、宿題を一緒にするなど虎之介にルールを守るよう無言の圧力をかける。目的のためにルールがあるはずなのに、ルールを守ることが目的になっていくというよくあるパターンですが、言っていることが正しいのに、行動が常軌を逸しているのが恐ろしい。
 ここまで、舞台を異にしてきたそれぞれの物語がどう繋がりを見せるのかが最後の「家族」で描かれるという構成になっています。家族を補充しながら闇ハラを続けていくこの不気味な者たちの正体はいったい何なんでしょうか。 
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レジェンドアニメ!  マガジンハウス 
 6編が収録された「ハケンアニメ!」のスピンオフ作品集です。
 冒頭の「九年前のクリスマス」は、このスピンオフのプロローグともいえる作品で、残りの5本は、「運命戦線リデルライト」の音響監督を務める五條正臣と12年前に入社する前から注目されていた王子千晴との出会いを描く「音と声の冒険」、母親の教育方針でマンガもアニメも見ることを許されない小学生の冨田太陽が友だちとの喧嘩で落ち込んでいた時にある女性によってアニメの素晴らしさを教えてもらう「夜の底の太陽」、フィギュア会社の広報担当である逢里哲哉と彼の憧れのフィギュアの造形師・鞠野カエデとの出会いを描く「執事とかぐや姫」、今まで一緒に仕事をしてきたベテランのプロデューサーが退職することとなり、長く続く人気テレビアニメの強面の大御所作家に直接対応しなくてはならなくなった若手プロヂューサー・和山和人の戸惑いを描く「ハケンじゃないアニメ」、そしてラストは、人気アニメーターと人気声優の結婚式に招待された有科香屋子と王子千晴を描く「次の現場へ」となっています。
 「ハケンアニメ!」が未読だったので、登場人物の関係性がよくわからず、王子千晴という尖ったキャラの男がどういう人物なのかも理解できないので、いまひとつストーリーを楽しむことができませんでした。これは、やっぱり「ハケンアニメ!」を先に読んでいた方がよかったですね。 
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