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辻堂ゆめの本棚

  1. あの日の交換日記
  2. 十の輪をくぐる
  3. トリカゴ
  4. 二重らせんのスイッチ
  5. 答えは市役所3階に
  6. サクラサク、サクラチル

あの日の交換日記  ☆  中央公論新社 
 初めて読む辻堂作品です。このSNS全盛の時代に交換日記とはまた古めかしいツールを持ち出したものだと思ったのが、この作品を知ったときの第一印象でした。はがきや手紙を誰かに書くということも少なくなり、というより皆無で、唯一書く年賀状も手書きではなくパソコンで作成するという時代に、僕らの若い頃と違って交換日記をしているという人がいるのかなあと、ふと読む前に感慨に浸ってしまいました。僕らの若い頃は交換日記をしている女の子たちはいましたし、個人的にも高校時代特定の相手とではなく、クラスの班の中で交換日記を回していた経験があります。あれって、班が変わるときにどう処分されたのかなあと思いながら読み進めた1作でした。
 この作品は体裁としては、交換日記をモチーフにした7編が収録された連作短編集です。冒頭の「入院患者と見舞客」では、病院に入院している小学生と先生との交換日記、「教師と児童」では小学生の女の子と担任教師との交換日記、「双子の姉妹」では小学生の双子の姉妹の間で交わされる交換日記、「母と息子」では発達障害のある息子と母親との交換日記、「加害者と被害者」では交通事故の加害者である青年と被害者である女性教師との交換日記、「上司と部下」では交換日記ではありませんが、オフィス家具会社の上司と部下との間で交わされる業務日報、「夫と妻」では切迫早産で入院中の妻と夫との交換日記を題材にストーリーが展開されます。
 一話一話にもそれぞれラストで驚きがあるのですが、連作ミステリーとして、最後の「夫と妻」で、それまでの6話の繋がりが明らかになるという仕掛けが施されています。読後は心温かい気持ちになることができる素敵な物語でした。 
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十の輪をくぐる  ☆ 小学館 
 スポーツクラブを経営する会社で大学時代にアルバイトをしていた縁でそのまま正社員として就職した佐藤泰介は、55歳で役職定年となり、58歳となった今はマーケティング企画部で若い上司の下で慣れないパソコンでの分析作業をする毎日を送っていた。家庭は大学のバレーボール部で知り合って結婚した妻・由佳子と高校のバレーボール部でエースとして活躍し、将来を嘱望されている娘・萌子、そして、くも膜下出血で倒れてから認知症を発症した母・万津子との4人暮らし。ある日、泰介は万津子がテレビのオリンピックCMを見て、「私は東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟くのを耳にする・・・。
 物語は東京オリンピックを目前にした2019年の現在と、前の東京オリンピックの6年前の1958年から始まる過去の時代を交互に描いていきます。題名にある「十の輪」とは、2回の東京五輪のこと、5つの輪+5つの輪=10の輪ということのようです。
 作者の辻堂さんは、これまで唯一読んだ「あの日の交換日記」からミステリ作家と思っていましたが、この作品はミステリではありません。もちろん、万津子が呟いた「私は東洋の魔女」とはどういうことかとか、「泰介に秘密」とは何が秘密なのかという謎はありますが、描かれるのは泰介と万津子、特に万津子の人生であり、それを描くことによって万津子の呟きの謎が明かされるというストーリーになっています。
 現在のパートで主人公を務める泰介という人物、身勝手で短気で思いやりのかけらもありません。上司の仕事の指示には従わないし、遅刻を注意されたのが気にくわないなんて、ここまでよく会社に勤められていたものだと思わざるを得ません。その上、自分が夢破れたバレーボールで大成しようとする娘に嫉妬したりして、家庭人としても社会人としても失格です。自分の意思を通すために地べたに寝転んで泣き叫ぶ幼い子供がそのまま大きくなったような人物です。読んでいるだけで腹立たしくなります。
 一方、過去のパートは母の万津子が主人公となります。集団就職で九州を離れ愛知の紡績工場に就職し、結婚のため地元に呼び戻され幸せになるかと思いきや、夫は今でいうDV夫で、生まれた泰介はきかん気が強く、自分の思い通りにならないと泣き叫んで暴れる子で近所からも疎まれており、決して幸せとは言えない結婚生活を送ります。更には当時の時代背景を反映する三井三池炭鉱争議や炭塵爆発事故という当時の時代背景を反映する出来事が万津子の身に降りかかってきて、更なる苦難を万津子に与え、読んでいるのが辛くなります。
 物語がかなり進んだところで、萌子の言葉から泰介のこれまでの生き方を考えるある事実が明らかとなります。泰介の欠点を裏でカバーしながら家庭を守ってきた妻の由佳子と父親のことをしっかり見ている萌子がいなければ、昔の知人が言うように、泰介はまともな人生を送ることはできなかったでしょう。熟年離婚もやむを得ないと言わざるを得ない泰介の行状でしたからねえ。
 果たして、万津子が呟いた「私は東洋の魔女」「泰介には、秘密」とはどういう意味なのか。その意味が明らかになったとき、万津子の泰介への大きな愛を読者は知ることになります。途中までは泰介にまったく共感することができず、投げ出したくなりましたが、ラストは大きな感動です。
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トリカゴ  東京創元社 
 蒲田署管内で男が刺されてケガをする事件が起きる。現場に急行した蒲田署刑事課の巡査部長・森垣里穂子は、現場から逃げようとした女性を逮捕する。叶内花(ハナ)と名乗った女性は、無戸籍者だと話す。やがて、警察署での自白を翻し否認に転じた花は処分保留で釈放される。彼女のあとをつけた里穂子は彼女が食品工場の倉庫で兄のリョウや十数名の同じ無戸籍者と暮らしていることを知る。里穂子は、リョウとハナが25年前に起こった“鳥籠事件”の被害者である兄と妹ではないかと考える・・・。“鳥籠事件”は母親の育児放棄で鳥と一緒に部屋に何日も閉じ込められていた幼い兄と妹が発見され、児童養護施設へ送られたが、1年後に何者かによって施設から誘拐されたまま行方不明という事件で、里穂子が警察官になるきっかけとなった事件だった・・・。
 最近も時に話題となる無戸籍者をテーマにした作品です。戸籍によって家制度を保っている日本において戸籍のない子どもがいるのは、民法改正のきっかけにもなった嫡出子推定規定により、(前)夫以外の者との間の子を出産した女性が, この制度によって,その子が(前)夫の子と扱われることを避けるために出生届を提出しないことが無戸籍者を生ずる一因となっているとの理由が言われます。それ以外にも様々な理由があるのでしょうが、子どもにとっては、無戸籍であることによる生きることの難しさは戸籍を持つ私たちには想像できないものがあるのでしょう。何といっても、この物語でも描かれる子どもへの虐待です。戸籍がないゆえに、行政からも置き去りされ、虐待の事実さえ明らかになりません。
 ラストで明らかになる事実は、虐待以上に人を人と思わない所業であり、人間はそこまでできる生き物なのかと思わざるを得ません。 
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二重らせんのスイッチ  祥伝社 
 システムエンジニアとして働く桐谷雅樹は、ある日、会社に来た刑事に任意出頭を求められる。松濤の高級住宅地で起こった強盗殺人事件の現場の防犯カメラに写っていた人物の映像を公開したところ、捜査本部に桐谷雅樹ではないかという情報が殺到したという。現場に血が残されたと聞いた雅樹はDNA鑑定を求めるが、結果は雅樹のものと一致し、雅樹の容疑は深まる。しかし、事件が起きた時間、雅樹が喫茶店にいたことが証明され、雅樹は釈放される。会社を休職になった雅樹は、一人っ子の自分に、もしかしたら双子の兄弟がいるのではないかと考え、戸籍を調べると・・・。
 カバー絵に同じ顔の二人の男が描かれており、DNA鑑定の結果が同じということで、一卵性双生児だなとすぐ分かるのですが、果たしてこの双子の話がどう展開していくのかが読みどころです。雅樹の両親がなぜ双子であることを隠したのか、雅樹を監禁してモトキは何をしようとしているのか。まあ、考えれば双生児の片割れが何を考えるのかは想像はできますけどね。 
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答えは市役所3階に  ☆  光文社 
 この3月13日からはマスクの使用が個人の判断に任されるようになり、ゴールデンウィーク明けの5月8日からは新型コロナウイルス感染症も季節性インフルエンザと同様に5類感染症に位置づけられることが決定されました。これでようやく日常が次第に戻ってくるようになるでしょうか。3年続いたコロナ禍の中で、多くの人が亡くなったという不幸がありましたが、それ以外にも私たちの生活は大きな影響を受けました。中高校生たちは入学してから卒業するまで同級生のマスクした顔しか知らなかったり、修学旅行や学園祭などの行事が中止になったり、大学生は入学からずっとリモート授業で学校に行かないので友人はできないし、サークル活動もできないという状況で、楽しいはずの青春時代を満喫できなかったでしょうね。人の動きが制限されたため、社会活動も停滞し、飲食業などの閉店が相次いだり、各企業が採用を止めるなど、就職をするのも大変でしたね。
 この物語は、そんなコロナ禍の中、市役所に設けられた「こころの相談室」を訪れる5人の男女を描く5話からなる連作短編集です。
 訪れるのは、コロナ禍で自分が就職を希望したブライダル業ばかりでなく、そもそも求人票が学校に来なくなり、進路に悩む女子高校生、発熱外来の看護師ををしている恋人に看護師を辞めるよう頼んだところ、別れを切り出されてしまった青年、コロナ禍で出産の立会も面会もなく、一人で出産したが、夫は他の女性と浮気しており、一人で子どもを育てようと決心する女性、コロナ禍で仕事が減少し、寝泊まりしていたネットカフェも休業で、ついにホームレスになったが、誰かに命を狙われているという中年の男性、何者かによって名前を騙られて「こころの相談室」に面談予約を入れられた青年の5人。
 コロナ禍の中、訪れた5人はカウンセラーの晴川あかり(臨床心理士)と正木昭三(認定心理士)に自分の思いを吐き出します。そうすることで、何らかの回答を出していく、そんな心温まる話かと思いきや、辻堂さんは各話の最後に「立倉市役所 2020心の相談室~〇〇のひととき」という章を設け、話の風景を一変させます。実は相談に来た人には晴川らに重要なことを隠しているんですね。それをラストで晴川が解き明かすという体裁になっています。
 そして、連作短編集らしく、冒頭の話の登場人物である白戸ゆりが自作したお守りを通してそれぞれの登場人物に何らかの関りを持たせ、更にラストで「実は・・・」という驚きの登場人物の関係性を明らかにします。 
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サクラサク、サクラチル  ☆  双葉社 
 主人公は同じ高校3年生の染野高志と星愛璃嘉。東大合格を目指す染野は、幼い頃から優秀な姉と比較される生活を送っていたが、姉が東大入試に2年連続で失敗し引きこもり状態となってから、親の期待は染野が一身に受けていた。毎日寝る間も惜しんで勉強することを強いられ、学年1番の結果が出ないと、東大卒の父親からは怒鳴られるだけでなく暴力も振るわれ、夫から成績が振るわないのは短大でのお前のせいだとなじられることを恐れる母親からは辛く当たられるという、虐待とも言って状況に甘んじていた。一方、星は母親との二人暮らし。まともに働かない母親に代わってアルバイトで生活費をねん出するため学校も休みがちだった。ある日、パニック障害を起こした染野に星が声をかけたことから、二人はお互いの生活を話し合うようになり、ある復讐計画を立てる・・・。
 精神的にだけでなく肉体的にも両親から暴力を振るわれる染野。病気でもないのに働かずに生活費を子どものアルバイト代に頼り、それだけでなく男に貢ぐ母親という、読んでいることが本当に辛くなります。染野の父親としては自分と同様に東大に行ってもらいたいと思うのでしょうけど、それは子どもの幸せを思ってのものではなく、自分の見栄のため。そのために子どもの人格を貶めるような言葉による暴力や肉体的暴力を振るっていいわけがありません。高校生くらいになれば、そんな親に反発して逆に暴力を振るうということも考えられるのですが、染野の父親は大学時代ボート部だったそうだから、肉体的にも圧倒されていたのでしょうか。星の母親も最近よく聞く恋人に夢中になってネグレクトによる我が子を死に至らせる母親と同じですね。
 いったい二人がどんな復讐計画を実行するのかとともに、染野にSNSでの嫌がらせやカンニングの疑いをかけさせたのは誰なのか、また、冒頭のプロローグで包丁を振り回したのは、そして刺されたのは誰かというミステリとしての要素もあり、その謎解きも読みどころとなっています。
 でも、この復讐計画、彼らを助ける人がいたからこそ実行できたと言えます。その人がいなかったら、そもそも実行できなかったのではと思ってしまいます。  
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