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辻堂ゆめの本棚

  1. あの日の交換日記
  2. 十の輪をくぐる

あの日の交換日記  ☆  中央公論新社 
 初めて読む辻堂作品です。このSNS全盛の時代に交換日記とはまた古めかしいツールを持ち出したものだと思ったのが、この作品を知ったときの第一印象でした。はがきや手紙を誰かに書くということも少なくなり、というより皆無で、唯一書く年賀状も手書きではなくパソコンで作成するという時代に、僕らの若い頃と違って交換日記をしているという人がいるのかなあと、ふと読む前に感慨に浸ってしまいました。僕らの若い頃は交換日記をしている女の子たちはいましたし、個人的にも高校時代特定の相手とではなく、クラスの班の中で交換日記を回していた経験があります。あれって、班が変わるときにどう処分されたのかなあと思いながら読み進めた1作でした。
 この作品は体裁としては、交換日記をモチーフにした7編が収録された連作短編集です。冒頭の「入院患者と見舞客」では、病院に入院している小学生と先生との交換日記、「教師と児童」では小学生の女の子と担任教師との交換日記、「双子の姉妹」では小学生の双子の姉妹の間で交わされる交換日記、「母と息子」では発達障害のある息子と母親との交換日記、「加害者と被害者」では交通事故の加害者である青年と被害者である女性教師との交換日記、「上司と部下」では交換日記ではありませんが、オフィス家具会社の上司と部下との間で交わされる業務日報、「夫と妻」では切迫早産で入院中の妻と夫との交換日記を題材にストーリーが展開されます。
 一話一話にもそれぞれラストで驚きがあるのですが、連作ミステリーとして、最後の「夫と妻」で、それまでの6話の繋がりが明らかになるという仕掛けが施されています。読後は心温かい気持ちになることができる素敵な物語でした。 
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十の輪をくぐる  ☆ 小学館 
 スポーツクラブを経営する会社で大学時代にアルバイトをしていた縁でそのまま正社員として就職した佐藤泰介は、55歳で役職定年となり、58歳となった今はマーケティング企画部で若い上司の下で慣れないパソコンでの分析作業をする毎日を送っていた。家庭は大学のバレーボール部で知り合って結婚した妻・由佳子と高校のバレーボール部でエースとして活躍し、将来を嘱望されている娘・萌子、そして、くも膜下出血で倒れてから認知症を発症した母・万津子との4人暮らし。ある日、泰介は万津子がテレビのオリンピックCMを見て、「私は東洋の魔女」「泰介には、秘密」と呟くのを耳にする・・・。
 物語は東京オリンピックを目前にした2019年の現在と、前の東京オリンピックの6年前の1958年から始まる過去の時代を交互に描いていきます。題名にある「十の輪」とは、2回の東京五輪のこと、5つの輪+5つの輪=10の輪ということのようです。
 作者の辻堂さんは、これまで唯一読んだ「あの日の交換日記」からミステリ作家と思っていましたが、この作品はミステリではありません。もちろん、万津子が呟いた「私は東洋の魔女」とはどういうことかとか、「泰介に秘密」とは何が秘密なのかという謎はありますが、描かれるのは泰介と万津子、特に万津子の人生であり、それを描くことによって万津子の呟きの謎が明かされるというストーリーになっています。
 現在のパートで主人公を務める泰介という人物、身勝手で短気で思いやりのかけらもありません。上司の仕事の指示には従わないし、遅刻を注意されたのが気にくわないなんて、ここまでよく会社に勤められていたものだと思わざるを得ません。その上、自分が夢破れたバレーボールで大成しようとする娘に嫉妬したりして、家庭人としても社会人としても失格です。自分の意思を通すために地べたに寝転んで泣き叫ぶ幼い子供がそのまま大きくなったような人物です。読んでいるだけで腹立たしくなります。
 一方、過去のパートは母の万津子が主人公となります。集団就職で九州を離れ愛知の紡績工場に就職し、結婚のため地元に呼び戻され幸せになるかと思いきや、夫は今でいうDV夫で、生まれた泰介はきかん気が強く、自分の思い通りにならないと泣き叫んで暴れる子で近所からも疎まれており、決して幸せとは言えない結婚生活を送ります。更には当時の時代背景を反映する三井三池炭鉱争議や炭塵爆発事故という当時の時代背景を反映する出来事が万津子の身に降りかかってきて、更なる苦難を万津子に与え、読んでいるのが辛くなります。
 物語がかなり進んだところで、萌子の言葉から泰介のこれまでの生き方を考えるある事実が明らかとなります。泰介の欠点を裏でカバーしながら家庭を守ってきた妻の由佳子と父親のことをしっかり見ている萌子がいなければ、昔の知人が言うように、泰介はまともな人生を送ることはできなかったでしょう。熟年離婚もやむを得ないと言わざるを得ない泰介の行状でしたからねえ。
 果たして、万津子が呟いた「私は東洋の魔女」「泰介には、秘密」とはどういう意味なのか。その意味が明らかになったとき、万津子の泰介への大きな愛を読者は知ることになります。途中までは泰介にまったく共感することができず、投げ出したくなりましたが、ラストは大きな感動です。
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