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辻真先の本棚

  1. 残照 アリスの国の墓誌
  2. たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説

残照 アリスの国の墓誌  東京創元社 
 ママが夫の介護のため閉店することとなった新宿ゴールデン街にあるバー「蟻巣」。閉店を惜しんで駆けつけた常連客たちは、亡くなった常連客のひとり、マンガ家の那珂一兵が関わった二つの事件の謎を酒の肴代わりに議論し始める。ひとつは、終戦直後の昭和21年、那珂の祖母が大地震のあった朝に墓石の下敷きとなって死んだ事件。もうひとつは、昭和41年、那珂の姉が、テレビ局の制作部長の自宅の鍵の掛かった部屋で毒を飲まされた上に腹を切り裂かれた事件。二つの事件の謎を大家に鍵を返却するまでのわずかな時間に解くことができるのか・・・。
 この作品、バー「蟻巣」を舞台にした作品としては最終話ということですが、残念ながら第35回日本推理作家協会賞を受賞した「アリスの国の殺人」も未読です。というより、辻真先さんの作品は以前に牧薩次名義の第9回本格ミステリ大賞を受賞した「完全恋愛」と、若き頃に名犬ルパンシリーズを何冊か読んだだけです(今回の作品の中にもルパンが登場していました)。それより、辻真先さんといえばアニメの脚本家としても有名です。この物語の中でもマンガの黎明期のことが書かれていたり、懐かしいマンガ家・小説家の名前が出てきたりします。僕より年代が上の人にとっては懐かしいもののオンパレードです。実名の登場人物もいますし、ちょっと楽しいです。
 事件はどちらも密室殺人事件です。ひとつめの事件では、重くて大きな墓石をどうやって部屋の中に入れたのか、ふたつめの事件では那珂の姉がなぜ胸や腹を切り裂かれていたのかが大きな謎となっています。久しぶりに昔懐かしい味わいのあるミステリという雰囲気のストーリーでした。トリックもおもしろく読みましたが、事件の背景にあった人間関係がちょっと哀れです(このあたりも、ひと時代前のミステリの雰囲気が漂っています)。 
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たかが殺人じゃないか 昭和24年の推理小説 東京創元社 
 「本の雑誌」8月号の新刊紹介で書評家の千街さんが今年ベスト級の作品と紹介していたので、読んでみました。題名は作中でのある登場人物の言葉。舞台が戦争直後ということもこの題名に反映しているのでしょう。
 物語は、教育制度が現在の「6・3・3制」に移行したばかりの昭和24年という時代を背景に、作者の辻さん自身が名古屋大学卒業ということがあってか、名古屋を舞台にして描かれるミステリーです。まだ闇市もあり、米兵相手の歓楽街もあり、そして何より男女共学となったばかりという時代背景が色濃く作品の中に描かれています。それまで、“男女七歳にして席を同じゅうせず”だったのが、急に隣に異性がいるようになるのですから、特に男のワクワク感は半端ではなかったでしょうね。
 前年までは旧制中学の5年生で、新制度になって高校3年生となった主人公の風早勝利は、推理小説研究会の活動で顧問の“巴御前”こと別宮操先生、“級長”というあだ名の神北礼子、映画研究会の大杉日出夫と“姫”というあだ名の薬師寺弥生、そして両方の会に入ることとなった上海から引き揚げてきた咲原鏡子とともに、湯谷温泉に一泊二日の旅行に出かけるが、そこで密室殺人事件に遭遇する。更には台風襲来の日に学園祭で展示するためのスチールドラマの撮影中、バラバラ殺人にも遭遇してしまう。推理小説家を目指す勝利は起きた事件を題材に小説を書いて事件の解決に挑むが・・・。
 この作品は戦後間もなくの時代を背景にした青春ミステリーです。作者の辻真先さんは、現在88歳。その歳で青春ミステリーを書かれていることに敬服します。
 密室殺人のトリックは大仕掛けで昔ながらの本格ミステリのようでした(昔の島田荘司作品のようです。実際こんなことできるのかなとも思いましたが。)。ただ、密室にしろ、バラバラ死体にしろ、それをする必然性がこの話からは積極的に感じられませんでした。
 最後に本格ミステリの王道を行く、探偵がみんなを集めて犯人を指摘するというシーンもあります。推理を披露するのは、辻さんの別の作品でも探偵役を務めているらしい那珂一兵です。
ラストがちょっとある意味シャレています。なぜかはネタバレになるので書くことができませんが、拍手です。
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