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豊島ミホの本棚

  1. 檸檬のころ
  2. 神田川デイズ
  3. 東京・地震・たんぽぽ

檸檬のころ 幻冬舎文庫
 高校時代クラブをやっていたわけではなく(一時世界史研究部などというなんだかわからない部に所属していたことはあったけど)、帰宅部だった僕は、まったく普通の高校生でした。しかし、作者の豊島さんのように「高校生活は暗くて無様なものでした」ということはなく、今振り返ると懐かしいと思う気持ちでいっぱいです。受験という大きな壁を前にして、きっと辛いこともあっただろうに、長い時間の経過は、そんな辛い思い出を削ぎ落とし、あるいは美化して、今ではもう一度あの頃に戻りたいなあという気持ちにさせます。この物語を読んで、僕が高校時代を振り返ってしまったように、この物語は、未来を見据えて過去なんて振り返る余裕のない若い人たちよりも、僕のような高校を卒業してウン十年という、もう若いとはいえない人の方が読んでいてグッときてしまうかもしれません。本当におすすめの作品です。
 物語は、コンビニもないような田舎の町にある高校を舞台にした7編からなる連作短編集です。その高校に通う高校生だけではなく、高校生相手の売店の息子で司法試験浪人中の青年や、高校生下宿の娘、その高校の教師なども主人公にして、高校生の気持ち(あるいは高校生だったときの気持ち)を描いていきます。
 7編の中では「ルパンとレモン」が一番好きです。中学時代に幼い恋心が芽生えた西と秋元の二人だったが、高校に入学して新たな出会いがある中で二人の距離は次第に離れていきます。彼女への思いを心の中に抱きながら何もできない西。そのうちに友人の佐々木が彼女のことを好きになってしまいます。積極的で誰にでも好かれる佐々木と自分とを比較してしまう西の気持ちが痛いほどよくわかります。好きな女の子の気持ちが友人に傾いていってしまうのを見るのは辛いというより、苦しいです。
 「ラブソング」は、他人と関わりを持たないでいた女の子が、同じ音楽好きの男の子を好きになってしまう話。彼女にとってはちょっと辛い現実を味わうことにはなるけど、いいラストでしたねぇ。
 最後の「雪の降る町、春に散る花 」は、「ルパンとレモン」の続編というべき話。ここでは西は舞台から去り、交際するようになった佐々木と秋元の別れが描かれます。好きな人よりも東京での生活を選択する秋元を非難することはできません。彼女にはこれから先の未来が待っているのです。それをわかって、彼女を見送らざるを得ない佐々木の気持ちを思うと辛いですね。泣かせます。
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神田川デイズ 角川書店
 神田川デイズという題名から連想してしまったのは、かぐや姫の「神田川」という歌。僕らの年代であれば、ほとんどがそういう連想をするのではないでしょうか。一世を風靡した四畳半フォークの代表作です。そんなことから、てっきり60年代後半から70年代の青春を描いた作品かと思ってオンライン書店に注文したら、これが違いました。青春小説ですが、舞台は現在。とある大学に通う学生たちを主人公にした連作短編集です。
 「見ろ、空は白む」で描かれるのは、さえない男三人のさえない大学生活。そんな彼らが何かをやろうと考えたのがお笑い。とにかく何もせずにぐずぐずしていた三人が最初の一歩を踏み出そうとするところが偉い!何かしなくてはと、いつも思いながら踏み出せない自分が恥ずかしい。
 「いちごに朝露、映るは空」は、世間知らずの田舎の優等生の女の子が、凛々しい女子学生に惹かれて学生運動のサークルへと入ってしまうという話。ありえそうな話ですねえ。遙か昔の学生生活の頃にも授業前に学生運動の活動家が入ってきて演説していました。今でも同じことやっているんだなあと変なところで感心(?)してしまいました。そのうえ、この時代に中野道子のような世間知らずの女の子がまだいるんだなあと、これまた変なところで驚きも。確かに誰も知り合いのいない都会の寂しさにつけこむ輩はいるのでしょうが、最近は新興宗教とやらの方が多いのではないでしょうか。
 期待に胸膨らませて入った大学生活。そんな大学生活を満喫する学生もいるのでしょうが、この作品で描かれる主人公たちは、上記2作品以外も彼女を作って楽しく過ごしたいともがく学生、口で言うほど自分たちの思いが真剣でなかったことに気づく学生、友だちも彼氏もいない学生、大手出版社の新人賞を受賞しながら後が続かないことに焦る学生といったどこか満足いく生活が送れていない学生たちです。しかし、そんな中でもどうにか前向きに生きていこうとするところが素晴らしいです。
 それにしても、こんな学生たちが実際にもいるとしたら、今も昔もあんまり学生たちって変わっていませんね。
※最終話の「花束になんかなりたくない」のラストの主人公のつぶやき(?)はグッときます。
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東京・地震・たんぽぽ 集英社
 防災の日を前にして地震をテーマにした14編からなる短編集の刊行です。あまりにタイムリーな時期の発売です。ただ、この作品は地震をテーマにしていますが、地震そのものの恐怖を描いたものではありません。豊島さんも、しょせん現実を上回る小説を書くことは難しいということは十分わかっているのでしょう。
 14編の中で、直接地震により死に瀕する状況を描いたのは、倒壊した東屋の下に閉じこめられた主婦を主人公にした「くらやみ」と、学校で被災し、火事に巻き込まれ病院に運ばれた女子高校生を主人公とする「だっこ」くらいです。それ以外は、地震が起きた中で、あるいは起きた後で登場人物たちが何を思い何をしたかを描いた物語です。地震によって日常の中に隠されていたものが浮き上がってきたという話が多いですね。そのためか、内容は暗い雰囲気のものが多いです。
 また、夫婦、姉弟、同級生のそれぞれが別の作品で登場しているケースがあります。そのため、てっきり、連作短編集としてラストの作品でそれまでの主人公たちが顔を揃えてというような構成になるのかなと思ったのですが、違いました。
 全体が暗いトーンで描かれる14編の中では「パーティーにしようぜ」が一番ホッとさせられる作品です。神戸の震災で父親を亡くした主人公の「ここで震災から立ち直ったことがあるのは、俺しかいないかもしれないから。人がまたちゃんと元気になるんだぞってことを示すには、俺が動くしかないかもしれないから。」という気持ちには、ちょっと感動しました。
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