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寺地はるなの本棚

  1. タイムマシンに乗れないぼくたち
  2. カレーの時間
  3. 川のほとりに立つ者は
  4. わたしたちに翼はいらない

タイムマシンに乗れないぼくたち  文藝春秋 
 初めて読む寺地作品です。7編が収録された短編集です。題名を観たときはSFかなと思って読み始めたのですが、内容はSFとは全く違っていました。どれも孤独な主人公の話ですが(最後の「対岸の叔父」だけは異なりますが)、最後には落ち込まずに前向きな思いを抱かせてくれる作品となっています。
 3か月前に引っ越してきた草児。転校してきたその日の挨拶をしている時のクラスメートの言葉を聞いてから、クラスに馴染めないでいた。そんな草児が心を休めることができるのは博物館。彼はそこで30代の男と出会い話をかわす。(「タイムマシンに乗れないぼくたち」)
 南優香は楽器店で経理を担当する女の子。彼女はいつも何かの役を演じて現実をやり過ごしている。今の彼女の設定は“殺し屋”。そんな“殺し屋”の設定で毎日を生きる優香のことを理解してくれる人が現れる・・・。(「コードネームは保留」)
 兄嫁が病気のため、保育園に通う姪の送迎の“迎”の部分を担当することになった初音。自分のアパートの裏手のアパートに住む女性を見て、ああはなりたくないと思っていた初音だったが・・・。(「口笛」)
 明日実は46歳で亡くなった夫がパソコンの中に残した小説ともいえないような物語に登場する夫の理想の女性である“サエリ”の幻想と話をすることで夫のいなくなった毎日をやりすごしていたが・・・。(「夢の女」)
 学校にも家にも居場所がない“きみ”。きみが思いを寄せるのは小学校の修学旅行のバスの中で見た映画に出てきた少年。その日からきみはずっと彼を追い求め続ける・・・。(「深く息を吸って、})
 不動産会社に勤める鳥谷芽久美。同級生のユキトとマリが同棲するにあたって部屋をあっせんするが、それ以来二人に振り回されっぱなしで、喧嘩の仲裁係として呼び出され・・・。(「灯台」)
 妻の叔父であるマレオは親戚からも鼻つまみ者扱いされる、敬遠される町一番の嫌われ者。とにかく、奇妙奇天烈な行動をするマレオにぼくも翻弄されるが・・・。(「対岸の叔父」)
 個人的には最初の「タイムマシンに乗れないぼくたち」と「コードネームは保留」が好きです。特に後者の何かの設定で毎日を過ごすって僕自身もありますよ。  
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カレーの時間  実業之日本社 
 カルチャースクールに勤める佐野桐矢の25歳の誕生日に、一人暮らしの祖父・小山田義景の今後を相談しようと母と住む彼の家に集まった、2人の伯母と2人の従姉。そこに現れた祖父は、桐矢とだったら一緒に住んでもいいと言う。がさつで横柄、二言目には「男なら」と「男らしさ」を持ち出す義景に閉口する桐矢は断るつもりだったが、祖父の家の近所に住む生田葉月に心惹かれ、試しに同居をすることになってしまう・・・。
 物語は過去の義景と現在の桐矢を主人公にして交互に祖父の人生と桐矢の今を描いていきます。
 娘たちからはもちろん、孫たちからも疎まれているというおじいさん。普通は祖父なんて孫たちからは親しまれるのが普通でしょうけど、孫に対しても無神経で横柄、男尊女卑といった悪口しか見つからない典型的な昭和の男というおじいちゃんでは疎まれるのは無理ありません。私自身にこんな祖父がいたら、近づきたくはないなあと思います。
 そして、この物語、桐矢が同居することによって、祖父の性格が変わるわけではありません。そんな、ハッピーエンドな物語ではありませんでした。しかし、桐矢のカルチャースクールに通うある女性との出会いによって、祖父がそれまで娘たちにも隠していたある事実が明らかになっていき、横柄な祖父の顔の裏にある別の顔を知っていきます。
 冒頭に描かれたエピソードがその後の義景の生き方を決めます。戦後間もない頃に余りの空腹から橋の下に住む男の雑嚢の中の缶詰を盗もうとして見つかったが、男の「こんどはお前が腹を空かした子どもに飯を食わせてやれ」との約束を守って生きていくのですが、そんな事情を義景は娘たちに話そうとしません。昭和の男ですね。
 カレーといえば、嫌いだという人を聞いたことがありません。祖父の義景は現役のころはレトルトカレーを作る会社の営業マンということもあってか、桐矢と二人でカレーを食べる時間だけは、価値観が異なる二人が距離を縮めます。さすが、カレーです。 
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川のほとりに立つ者は  双葉社 
 カフェの店長をしている原田清瀬は恋人の松木圭太が意識不明の重体だという連絡を受け病院に駆けつける。目撃した女性によれば、松木は友人である岩井樹と歩道橋で争いになり、二人とも転落したとのことで、現在二人は意識不明だった。清瀬は松木とは5か月前に松木の隠しごとを巡って言い争いになって以来お互いに連絡を取り合っていなかったが、松木の母親に連絡するとけんもほろろの対応に、清瀬が病院に通うことになる。岩井樹の母からも二人の転落の事情を聞くが、その際に同席していた岩井の恋人だという菅井天音は松木が一方的に岩井を殴ったと話す。清瀬は彼女が顔を隠しながら笑みを浮かべたのを見た清瀬は何か違和感を覚える。意識の回復を待つ間、彼の部屋を訪れた清瀬は3冊のノートを見つける。そこにあったのは、子どものような拙い字と、手紙の下書き。それを読んだ清瀬は、松木とのすれ違いの理由を知ることになる・・・。
 いったい二人の争いの原因は何なのか。本当に松木は岩井に手を出したのか。天音の笑みはいったい何を意味するのか。松木が清瀬に隠していたこととは何なのか等々、物語はミステリータッチで進んでいきます。
 転落事件の真実を知ることとともに、清瀬が店長を務めるカフェの使えない店員、品川と清瀬の関係はこの物語のもう一つの重要なエピソードです。品川への清瀬の対応に彼女が返した言葉に、寺地さんが語りたいことが現れている気がします。
 自分が普通だと思っていることから外れている人に対し、適切に対応するということは難しいですね。もしかしたら、自分の思う「普通」がズレているかもしれないですし。きっと私自身も品川に対しては清瀬と同じ対応を取ってしまうでしょうし、松木が隠していたことにもうまく対応はできなかったに違いありません。 
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わたしたちに翼はいらない  新潮社 
 物語は、ある地方都市に住むシングルマザーの佐々木朱音、専業主婦で娘が朱音の娘と同じ幼稚園に通う中原莉子、そして莉子の中学校の同級生で不動産管理会社に勤める園田律の3人の視点で進んでいきます。不動産管理会社で広報に携わっていた園田は広報部門が本社から園田が生まれた町にある支社に移ったため、故郷に戻ってきたが、彼にとっては故郷は中学生の頃にいじめに遭っていたいい思い出のある地ではなかった。故郷に戻った園田は仕事先でいじめの加害者であった中原大樹に出会うが、彼の苦い思い出とは異なり、大樹はいじめをしたとは露ほども思っていない様子だった。園田は死にたいと思うが、死ぬ前に大樹を殺そうと決意する。莉子は幼い頃から女の子は可愛くなくてはと母から育てられ、人気者だった中学の同級生の大樹と結婚したが、自分が王様でなければいられない自分勝手な大樹に浮気もされ、次第に嫌気がさしていたが、他人からの評判はいい夫に対し、何も言えずにいた。朱音は同じ敷地内に住む母親に給料を渡すような夫と離婚し、娘と二人暮らしを始める。ある日、具合が悪くなった園田に通りすがりの朱音がハンカチを貸したことから、三人に関わりが生ずることとなる。
 園田も朱音も教室内のヒエラルキーでいえば、下層の部分に属していたと言えますが、一方、それに対し莉子は上位に属していたといえるでしょう。でも、莉子の場合は美人であるというだけで、人気者の大樹と一緒にいることで自分の価値が上がっていると誤解していただけにすぎませんね。
 よく言われるように、いじめは加害者は忘れても、被害者は忘れられないというのが実際のところでしょう。園田の上司も彼に「いつまでも引きずらないほうがいいよ」と言いますが、そんなに簡単に割り切れるものでもないでしょう。この本の題名は、朱音がいじめられて校舎から飛び降りたときに学年主任の先生が「飛び降りるのではなく、飛びなさい」「きみには翼があるんです」と言ったことに対し、それでいじめられていた者が頑張って幸せになれば、いじめた側はいじめていたことに対し、誰一人責任を取らないと考えた朱音が「どれほど醜くても愚かだと笑われても地べたを歩いていこうと決めた、私に、翼はいらない」と決意したことからつけられています。この朱音の生き方、かっこいいですね。
 この話どこに行くのだろうと思いましたが、冒頭のエピソードがラストに繋がり、ほっとする終わり方になったのはよかったです。友達ではないといっても、思いやったり尊重したりすることはできるのですね。 
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