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小路幸也の本棚

  1. そこへ届くのは僕たちの声
  2. HEARTBEAT
  3. ホームタウン
  4. 東京バンドワゴン
  5. 東京公園
  6. 空を見上げる古い歌を口ずさむ
  7. シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン
  8. カレンダーボーイ
  9. スタンド・バイ・ミー 東京バンドワゴン
  10. モーニング
  11. 高く遠く空へ歌ううた
  12. 21 twenty one
  13. うたうひと
  14. 空へ向かう花
  15. 残される者たちへ
  16. ブロードアレイ・ミュージアム
  17. マイ・ブルー・ヘブン 東京バンドワゴン
  18. COWHOUSE カウハウス
  19. brother sun 早坂家のこと
  20. リライブ
  21. ダウンタウン
  22. オール・マイ・ラビング 東京バンドワゴン
  23. 僕は長い昼と長い夜を過ごす
  24. さくらの丘で
  25. ラプソディ・イン・ラブ
  26. オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ 東京バンドワゴン
  27. 猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷
  28. コーヒーブルース
  29. 荻窪シェアハウス小助川
  30. レディ・マドンナ 東京バンドワゴン
  31. 話虫干
  32. キシャツー
  33. スタンダップダブル
  34. フロム・ミー・トゥ・ユー 東京バンドワゴン
  35. 娘の結婚
  36. 東京ピーターパン
  37. スタンダップダブル!甲子園ステージ
  38. オール・ユー・ニード・イズ・ラブ 東京バンドワゴン
  39. ナモナキラクエン
  40. すべての神様の十月
  41. ビタースイートワルツ
  42. 札幌アンダーソング
  43. スターダストパレード
  44. 壁と孔雀
  45. 東京アンダーソング間奏曲
  46. ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン
  47. ロング・ロング・ホリディ
  48. アシタノユキカタ
  49. 恭一郎と七人の叔母
  50. 札幌アンダーソング ラスト・ソング
  51. ストレンジャー・イン・パラダイス
  52. 小説家の姉と
  53. スローバラード
  54. ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード 東京バンドワゴン
  55. ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン
  56. 猫ヲ探ス夢
  57. ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン
  58. アンド・アイ・ラブ・ハー 東京バンドワゴン
  59. 駐在日記
  60. あの日に帰りたい 駐在日記
  61. イエロー・サブマリン 東京バンドワゴン
  62. 国道食堂 1st season
  63. 国道食堂 2nd season
  64. グッバイ・イエロー・ブリック・ロード 東京バンドワゴン
  65. 明日は結婚式
  66. 君と歩いた青春 駐在日記
  67. 隠れの子 東京バンドワゴン零
  68. ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン
  69. ペニー・レイン 東京バンドワゴン

そこへ届くのは僕たちの声 新潮社
 植物状態の患者を持つ人々のネットワークの中で奇跡を起こす人物として噂される“ハヤブサ”。一方奇妙な児童誘拐事件の中で浮かび上がってきた“ハヤブサ”という人物。二つの全く関係のないと思われるできごとのなかで現れた“ハヤブサ”は同一人物なのか。様々な出来事がジグソーパズルのようにあるべき場所に収まっていき、そして、現れてきた真実とは・・・。
 初めて読むメフィスト賞作家小路さんの作品です。ジャンルとすればファンタジーでしょうか。帯に書かれた「〈見えざる力〉で繋がった者たちの友情と勇気の物語」ということばに惹かれて購入してしまいました。
 二つの話にかかわる「ハヤブサ」の正体が明らかになるところから、物語は急展開を迎えます。ラストは予想どおりになるのですが、最近の荒んだ世の中を見ていると、こういう話も素直に感動したいと思うこの頃です。主人公の子供たちの心意気に声援を送ってしまいます。子供たちにも十分読むことができる作品ですので、図書館においてほしいですね。
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HEARTBEAT 東京創元社
 東京創元社ミステリ・フロンティアシリーズの1作です。
 優等生の委員長原之井が恋した不良少女ヤオ。彼は、ヤオが自分の人生を立て直すことができたなら、10年後“あるもの”を渡そうと約束します。10年が過ぎ、アメリカから約束の日のために帰ってきた彼の前に彼女は姿を見せませんでした。そして、そこに現れたのは、彼女の夫と名乗る男。彼女は失踪したと言うのです。彼は彼女を捜そうと、同級生だった一人の男巡矢に協力を求めます。
 平行して語られるのは、元貴族の屋敷に住む跡取りの少年の話です。一族が住む屋敷の中で少年の亡くなった母の幽霊騒ぎが起きます。
 10年後の再会の約束なんて、高校生くらいの年代でなければ恥ずかしくてできませんよねえ(笑)でも、こういう設定は大好きです。
 物語は、原之井のパートと少年のパートが交互に語られていきます。この関係もなさそうな話がどこで繋がっていくのか、興味深く読み進んでいきました。
 HEARTBEATとは「心音」のことですが、ネットワーク上でコンピューターやネットワーク関係の機材がちゃんと動いていることを知らせるために送る信号のこともそう言うそうです。しかし、この題名がラストであんな大きな意味を語っていたとは想像できませんでした。最後は純粋なミステリということからは外れていきますが、話の始まりのシチュエーションといい、このラストといい、完全に僕のストライクゾーンでした。
 ただ、一つ言わせてもらえば、ある理由のために(ネタばれになるので言えませんが)少年のパートはあるのですが、そのためにわざわざ少年のパートを設ける必要があったのか、その点は、もう少し青年のパートを膨らませることで書くことはできなかったのかと思ってしまったのですが・・・。
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ホームタウン 幻冬舎
 心に大きな傷を持って、故郷をあとにした兄妹。
 兄の行島柾人は、現在デパートの顧客管理部特別室に所属し、大きな権限を持ってデパートの表に出せない仕事をする、いわゆる“デパートの探偵”をしています。そんなある日、妹が失踪したという同居の女性からの連絡を受けて、柾人は妹の行方を捜しますが、その過程で妹の婚約者も同じ頃失踪していることが判明します。彼は妹を探して故郷の旭川に向かいます。
 確かに、あんな事件(ネタバレになるので伏せます)が起きれば、子供は心に癒せない傷を負うだろうし、その後の生活に大きな影響を及ぼすだろうことは間違いないでしょう。しかし、その事件で心に深い傷を持つ柾人ですが、悪夢にうなされながらも、暗い人物には描かれていません。ここが小路さんらしいところでしょうか。きっと他の作家さん(例えば東野圭吾さん)だったら、きっと柾人という人物はもっと暗い笑顔も見せないような人物として描かれたような気がします。
 兄妹の育ての親であり、柾人の上司でもある日本の裏社会にも恐れられている謎の男カクさん、中学生時代のアルバイト先の菓子屋の三代目雄介さん、やくざの大幹部だった草場、そして草場に連れられてきた柾人の小学校の同級生と、柾人の周りに現れる人物たちは、善人ばかりとはいえませんが、みんな彼に対してやさしいです。それがハードボイルドなストーリーでありながら、どこか物語全体を暖かい雰囲気にさせています。
 ネタバレになるので細かいことは書けませんが、兄の失踪した妹探しというハードボイルドなスタイルを取りながら、内容は心の傷から立ち直る兄妹の話でした。
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東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 昨年映画では昭和30年代を舞台に古き良き時代を描いた「三丁目の夕日」が大ヒットしました。この作品もひと昔前のテレビドラマを見ているような雰囲気の物語でした。畳敷きの居間で家族全員が揃っての食事のシーンはまさにそうですよね。僕の世代では、かつてTBSテレビで放映していた「寺内貫太郎一家」を思い起こさせました。
 物語は東京の下町で「東京バンドワゴン」というしゃれた名前の古本屋を営む一家の春・夏・秋・冬が描かれます。古本屋に朝出現し、夕方に姿を消す百科事典の謎を描く春、東京バンドワゴンに突然押しかけてきたお嫁さん、店の周囲に出没するストーカー、猫の首輪に結びつけられた文庫本のページの謎を描く夏、一夜にして消えてしまった古本の山、東京バンドワゴンから借りた本を持って老人ホームから失踪した老女の謎を描く秋、孫息子の結婚を控えて起こった神主さんの浮気騒動の謎を描く冬と、一家の周りには様々な謎が提示され、家族がその謎を解くために奔走します。
 心温まる作品でした。こうしたドラマでは登場人物は皆いい人ばかりですが、それはこの物語も例外ではありません。家族はもちろん、近所の人もいい人ばかり。近所の皆が集まる綺麗な女将さんのいる小さな居酒屋があるのも定番ですね。
 4世代にわたる家族も個性的な人ばかり。家長で東京バンドワゴンの店主の勘一は当然頑固なおじいさん。長男我南人は伝説のロッカーで金髪頭。いつも浮世離れした雰囲気なのに、人の心をすごく理解しているとても格好良い人です。頭に浮かんだイメージとしてはバブルガムブラザースのブラザートムさんという感じですね。お気に入りは孫の紺のお嫁さんの亜美さん。元国際線のスチュワーデスで華やかな笑顔の才色兼備の女性ですが、そんなことは全然鼻にかけていない様子にすっかりファンになりました。物語の話し手が幽霊になった勘一の奥さんサチさんという設定もおもしろいですね。
 謎の背後から浮かび上がってくる哀しい話や、ほのぼのとした話にすっかり引き込まれました。ぜひ、この「東京バンドワゴン」を舞台とする作品をまた読みたいです。オススメです。
※冬に登場の女優は、やっぱり吉永小百合さんですよね。
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東京公園  ☆ 新潮社
 家族写真を撮ることが趣味の圭司は、ある日初島という男から妻を尾行して写真を撮って欲しいと依頼されます。依頼を引き受け、初島の妻百合香が公園巡りをする後をつけ写真を撮っていくうちに、圭司は次第に彼女に惹かれていきます。
 小路幸也さんの公式サイトの日記によると、この作品はある映画へのオマージュだそうです。思い浮かぶのは、主題歌がとても印象的だった、ミア・ファローとトポルが主演の「フォロー・ミー」です。ミア・ファロー演じる妻の行動を探るよう夫から頼まれたトポル演じる探偵が、彼女を尾行するうちに尾行が彼女にバレ、お互いに好意を持つようになるという話。ラストの次のページにTo“Follow Me!”と書いてあるので、この映画なのは間違いないでしょう。
 彼女がなぜ公園を巡り歩くのか、圭司に気がついたはずなのになぜ黙っているのかというミステリ的な謎はありますが、物語自体は特にこれといった事件も起きずに、淡々と公園を散歩する妻とその後を追う圭司が、次第にお互いの存在を認めていく様子が描かれます。そんな彼を見守る、異母姉の咲実、同居人のヒロ、小学校時代の同級生の女の子富永ら、登場人物は心優しき人ばかり。彼女ら登場人物のキャラクターが本当に魅力的です。特に、女っぽくないどこか変わった富永みたいな女の子は好きですね(^^;
 なんだか、こういう小説を読むとホッとします。ラストはとても暖かい気持ちで終わることができました。おすすめです。

 ※それにしても、無性に「フォロー・ミー」を観たくなったのに、残念ながらDVD化されていません。
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空を見上げる古い歌を口ずさむ  ☆ 講談社文庫
 小路さんのデビュー作で第29回メフィスト賞受賞作です。
 みんなの顔がのっぺらぼうに見えると言い出した息子。それを聞いた凌一は、20年前家族の前から姿を消した兄恭一に連絡を取る。兄はかつて凌一に「お前の周りで誰かがのっぺらぼうを見るようになったら呼んでほしいと言って姿を消していた。凌一の元にやってきた兄は“のっぺらぼう”についての驚くべき話を始める。自分も小学生の頃突然のっぺらぼうが見えるようになったこと、それ以後街の中で交番のお巡りさんの自殺や同級生の失踪などの不思議な事件が起きたこと。事件の鍵を握ると思われる白いシャツの男や自分の周りに現れる少年のこと。
 息子がのっぺらぼうに見えるようになったという導入部から、どんどん物語に引き込まれてしまいました。物語の舞台がほとんどの住民が町にあるパルプ工場で働く人という閉ざされた町ともいうべき設定、その町に伝わる「ヤミガコイ」という風習、その町に毎年どこからともなく現れてまた去っていく男等々、どこか不思議な事件が起きてもおかしくないという雰囲気で、ページを繰る手が止まりませんでした。
 事件とともに兄恭一が小学生の頃の生活、子どもたちだけの隠れ家、大人から禁止された場所への立ち入り、子どもたちの間だけに広まる噂などが語られます。、読みながら自分の子供の頃が思い起こされてノスタルジックな気持ちになってしまいました。
 ラストは好き嫌いが分かれるかと思いますが、僕自身はOKです。きっと、いつかすべてが明らかになるのでしょう(続編といわれる「高く遠く空へ歌ううた」は、パルプ町が舞台とはなっていないようですね。)。
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シー・ラブズ・ユー 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京下町にある古本屋「東京バンドワゴン」を舞台に、4世代の家族のドラマを描いた「東京バンドワゴン」シリーズ第2弾です。前作のときも書きましたが、読んでいて、昔テレビで放映していた「寺内貫太郎一家」のようなホームドラマを見ているような感じでした。
 4世代が同居する家なんて、現実にはありそうもないのですが、こんな暖かな家があったらいいなあと思ってしまいます。登場人物がみんないい人ばかり。特にこの家の女性陣はとても魅力的です。我南人の妻の秋実が亡くなった後の堀田家の嵐を収めた亜美、若くて元気なすずみ、そして未婚の母でマードックが恋する藍子と、この家の女性だったらどの人を恋してもいいと思うくらいです。女性の読者にとっても堀田家の男性陣に対して同じ気持ちを持つでしょうね。男性陣の中でも、60歳にしてロックンローラーの我南人のキャラクターはいいですねえ。ふらりと家から出て行き、何をしているかと思えば思わぬ素敵な行動を取っています。前作を読んだときも感じたのですが、我南人は僕の頭の中ではブラザートムさんですね。印象が似ていると思いませんか。決まり文句の「LOVEですねえ。」というセリフを言うときなどトムさんそのものです。
 そうそう大事な人を忘れていました。この物語の語り手、勘一の亡くなった妻、幽霊のサチさんです。彼女のおっとりとした語り口が、読んでいて心地いいです。
 今回も堀田家には様々な謎が飛び込んできます。中身がくり抜かれた古本とカフェに置き去りにされた赤ちゃんの謎を描く「冬」、自分で東京バンドワゴンに売った本を変装して買い戻しに来る老人の謎を描く「春」、転校生の家の幽霊騒ぎと研人が渡された古本がもたらした思わぬ人との出会いを描く「夏」、そして堀田家に伝わる「呪いの目録」の謎と新しく加わる家族を描く「秋」と、堀田家の四季折々が描かれます(春夏秋冬でないんですよね。)。堀田家の過去が明らかにされたり、ある登場人物の過去も明らかになってきて、ファンとしてはワクワクしてしまいます。どれもが素敵な物語です。オススメです。
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カレンダーボーイ ポプラ社
(ちょっとネタバレあり)
 これはもう僕ら中年にはたまらない作品でした。タイムパラドックス、そんな難しいことは忘れて素直にノスタルジックに浸りましょう。
 突然、意識だけが2006年の現在と1968年の過去の世界を行き来するようになってしまった三都と安斎の幼馴染みの中年男の話。彼らはこれを奇貨として三億円事件をきっかけに一家心中をしてしまったクラスの女の子を救い、それとともに三億円を奪うことを考える。30年間、女の子を見殺しにしてしまったと後悔していた男、家族を守るために三億円の金が必要な男。彼らの目的は達成されるのか。
 普通のタイムトラベルものと違って、中年男の姿で過去に行くのではありません。48歳の大人の意識だけが小学生だった頃の自分の身体に入り込むのです。小学生の身体に中年の心。何だか疲れそうですねえ。
 主人公たちと同年代ということもあって、1968年の世界にはスッと入っていくことができました。帯に“ノスタルジックタイムトラベル小説”とありましたが、そんなジャンルがあるかはともかく、まさしく僕らの年代の読者にはノスタルジーを感じさせる作品です。三億円事件や日本で初めての心臓移植なんて、40歳前の人では知らない人が多いでしょうね。
 ウェブサイトで連載されていたためか、各章が短めで読みやすく、あっという間に読了しました。ただ、逆に短め故か、彼らの68年の世界での協力者のホームレスの思わせぶりな過去も中途半端にしか語られませんでしたし、彼らのように意識が未来から来たが、そのまま過去に留まってしまった人についても深く語られていません。そして、不思議な能力を持った三都の祖父についてもです。
なにより、三億円事件と女の子の救出劇の結末が、あっさり語られすぎているところはちょっと残念です。帯に書かれた“三億円をふんだくれ”という惹句からは、三億円事件についての小路さんの解釈が語られるかとも思ったのですが。「え!なに!これだけ」という描写で終わってしまいました。ちょっと正直消化不良です。
 しかし、小路さんとしては、この物語の主眼はそこにはなかったのでしょうね。“何かを得れば何かを失う”ことがわかっていながら、一家心中したクラスメイトの女の子を助けるために奮闘した二人の中年の姿が描ければよかったのでしょう。ラストは、やっぱり中年男としては感動してしまいました。 
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スタンド・バイ・ミー 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京下町にある古本屋“東京バンドワゴン”を舞台にしたシリーズ第3弾です。相変わらずほのぼのとした雰囲気で、読んでいて穏やかな気分になります。最後のページに作者からのホームドラマへの献辞があるとおり、僕の年代で言えば昔懐かしいホームドラマ「寺内貫太郎一家」や「時間ですよ」を思い起こさせる作品です。
 とにかくこのシリーズの人気はその登場人物のキャラクターによるところが大きいといえます。一家の大黒柱の堀田勘一。強面で頑固だけど家族思いのホームドラマで描かれる典型的な一家の主です。今回も年齢に合わず元気に活躍します。そして個性的なキャラクターの集まりの中でもひときわ飛び抜けているのが長男の我南人。伝説のロッカーで、常に口から出る「LOVEだねえ」は最高のセリフです。以前も書きましたが(しつこい!)、読んでいるとどうしてもブラザー・トムさんが頭に浮かんでしまいます。映像化するなら絶対彼ですね。
 古本の裏表紙に書かれた“ほったこん、ひとごろし”のことばと並び替えられる本の謎、アメリカの友人から託された貴重な本の行方、ある人物の過去と恋、幼い恋が引き起こすできごと等々東京バンドワゴンを舞台に起こる様々な出来事が語られていきます。謎解きも解かれてみればよかったと思わせる解決へ。本当に素敵なシリーズです。おすすめ。

※ 堀田家を取り巻く人々が多くなってきて、相関図がなければわからなくなってきてしまいましたね。今回もいつもの登場人物に加えて、これまた個性的な人物が登場します。
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モーニング  ☆ 実業之日本社
 交通事故で亡くなった大学時代の友人の葬儀に集まったダイ、淳平、ワリョウ、ツヨシの中年の男たち。彼らは大学時代バンドを組み、同じ屋根の下で生活していた。葬儀が終わって帰るとき突然淳平が、「これから帰るときに自殺する」と言い出す。自殺を決意した理由がわかったら自殺するのをやめるという淳平の言葉に、ダイたちは淳平に自殺を思いとどまらせるため車に乗り込み帰路に向かう。
 簡単に言えば、ただ車に乗って淳平が自殺する理由をあれこれ考えるという話ですが、これがいいんですよねえ。原因が大学時代にあると考えたダイたちは大学時代を振り返ります。彼らと彼らの中に入ってきた年上の女性、茜との思い出。彼らの思いは20数年前へと遡ります。
 彼らと同じような年代になると、ふと若き頃を振り返りたくなりますよねえ。どうも男というのはノスタルジーに浸りたくなる動物のようです。自殺の理由の謎が明らかになったときは、ちょっと拍子抜けという気がしないでもなかったのですが、でも淳平の気持ちはよくわかります。
 この物語に惹かれたのは彼らの関係が羨ましかったからです。この歳になって、友人が亡くなって彼らのように号泣できるだろうかと考えてしまいます。確かに社会に出ると学生時代のようにいつも集まってワイワイ騒ぐということはできなくなります。それぞれ社会の中で自分の場所を築き、その中で責任を負っていかなければなりません。学生の頃のようにちょっとくらい無責任でも大丈夫というわけにはいきません。しかし、何年ぶりかで出会っても若き頃のように気の置けない友人として話せるのが本当の友人でしょうね。中にありましたが、「沈黙が何の邪魔にはならない友人関係を築けた人間は、幸せなのではないかと思う。・・・話すだけ話し合った後に訪れる沈黙に心地よさを感じることができる友人はどれくらいいるだろう。」納得ですね。
 とにかく、僕ら中年世代の男性におすすめです。
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高く遠く空へ歌ううた 講談社文庫
 昭和40年代頃の、とある町で起こっている殺人事件。主人公のギーガンは、幼い頃片眼を失い、その時から感情表現もうまくできなくなっていた。片眼であることからギーガンという渾名された少年は、なぜかいつも死体の発見者となっていた。
 この物語は「空を見上げる古い歌を口ずさむ」の続編ですが、舞台となる町は前作のパルプ町とは異なった別の町です。“解す者”が登場することによって、続編ということがわかりますが、こちらを先に読んでも大丈夫でしょう。何せ“解す者”とはこの物語を読んでも、何かは相変わらずよくわからないのですから。
 犬笛の音を聞くことができる特殊な才能を持つルービーとギーガンとの関係が切ないです。自分の過ちによって片眼をなくしてしまったギーガンに罪悪感を持つルービー。そんなルービーを責めることなく変わらず友人として付き合うギーガン。いいですよねえ。ギーガンの父親がこれまた素敵な人物です。許しを請うルービーに対する彼の態度は、父親として、いや一人の大人としてこうありたいと思わせます。そして、柊さん。上級生として威張ることなくギーガンを見守ります。そのほか、鎌倉のばあちゃんや同級生のケイトなどギーガンの周りは個性的ないい人ばかりです。
 “解す者”“違い者”については、今回もまだよくわからず物語は終わりました。続きがありそうですね。
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21 twenty one 幻冬舎
 21世紀に21歳になる21人のクラスメート。中学生になった生徒たちの前で担任の先生が話した言葉がクラスに強い連帯感を生み出す。別の高校に行き、高校卒業後にそれぞれの道を歩み始めても、21人の仲間は変わらないと信じていた。しかし、21歳を過ぎ、25歳になったある日、クラスメートの一人晶が当時の中学校の教室で自殺をしたという連絡がクラスメートたちに入る。
 晶の自殺の報を聞いて、その理由を考えるクラスメートたち。中にはその原因が自分にあるのではないかと考える者も現れます。果たして自殺の真相は・・・。
 21人の人間が、いつまでも担任が言った言葉を拠り所にして繋がりを持ち続けるなんて、うらやましいことですが、でも実際にそうできるのかは疑問です。人それぞれ個性がありますから、馬が合う合わないということは当然あるでしょうし、作品中に登場してくる限られた人数ではともかく21人という大人数では無理でしょうねえ。こんな風に考えるのは嫌な大人になったせいでしょうか。
 なぜ21歳ではなく25歳の時なのか、どうしてそんな理由で死ななくてはならなかったのか、その死の理由については残念ながら理解することはできませんでした。自殺した友人のことを考えるという点では前作「モーニング」と同じですが(「モーニング」では自殺を宣言した友人のことですが)、「モーニング」のような共感は得られませんでした。
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うたうひと 祥伝社
 音楽に携わる人々を主人公にした7編からなる短編集です。ラストは心が温まるという表現がピッタリなハッピーエンドの作品ばかりです。仕事で疲れた心をホッとさせてくれますね。

 事故のショックで自分の殻に閉じこもったギター弾きの前に現れた若い女性インタビュアー・・・「クラプトンの涙」
 15年ぶりにステージに立つ男が待つのはかつてデュオを組んだ幼馴染・・・「左側のボーカリスト」
 バックバンドのトランペット吹きとアイドル歌手との恋を後押しするメンバーたち・・・「唇に愛を」
 引退を決意した盲目の女性歌手の自叙伝を書くこととなった作家だったが・・・「バラード」
 歌手になるため都会に出て行った恋人を待つ女性、約束の日を迎えたが・・・「その夜に歌う」
 たいした実力のないハワイアンバンドが米軍キャンプでの演奏を頼まれ、腹をくくって笑いをとってやれとやったらこれが大うけ・・・「明日を笑え」

 ラストは予想がついてしまうのですが、でも、そうであってもジ~ンときてしまいますね。特に「左側のボーカリスト」のラストシーン。ピン・スポットがあたる主人公の左側のスタンドマイクに向かって歩んでいく男・・・。これはもう映画のラストシーンという感じです。大団円。大きな拍手。フェード・アウト・・・。いいですねえ。
 ただ残念だったのは、ラストの「明日を笑え」が、ビートルズの来日公演のときに前座を務めたドリフターズのことをモデルにしたものだということ。最近ではあまりに知られていることなので、単なるモデル小説にしか読むことができませんでした。この短編集の中では違和感があります。
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空へ向かう花 講談社
 自分が起こした行為により、一人の少女を死に至らしめてしまった少年・春之。誰が悪いというわけではないが、少女の死という結果によって多くの人の心の中に影を落とした事件。このあたり、事件の詳細が描かれていないので、読者としては物足りないと感じるところもあるかもしれません。
 少年が悪意で行ったことではないと心では理解していても、娘を亡くした悲しみをどこかにぶつけなければならず、結局春之の親に多額の賠償を求める少女の両親。同じ人の親として、少女の両親の持って行き場のない悲しみ、怒りというのは理解できます。一方、事件の重圧に耐えきれず、事件に正面から向き合わずに、他のものに逃避する春之の両親。彼らの苦しみは理解できますが、親としては最低だと言いたくなります。当事者として一番苦しみながら生きている春之があまりにかわいそうです。
 物語は、春之が出会った少女の友だちの花歩、自分自身も何らかの辛い過去を持つ井崎原 、そして花屋でバイトをしている大学生の桔平の4人の出会いが、事件に苦しんでいた人たちが新たな道を歩み始めるきっかけとなるまでを描いていきます。たまには、こんな人の善意を真っ正面から描いた作品を読むのも、なんだかほっとします。
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残される者たちへ  ☆ 小学館
(ちょっとネタばれ)
 久保寺健彦さんの作品に、団地の中から出ることができなくなってしまった男の話がありましたが、団地というのはある意味閉ざされた空間ですね。大きな団地となるとその中にスーパーや医者もあって、生活すべてが団地の中で賄えてしまうのですから。大学生になって東京に出てくた時、広大な団地群を見て、その大きさにびっくりしましたが、高度経済成長時代に建てられた団地も住民の高齢化と建物の老朽化による空室の増加が増えてきたようです。今回、小路さんが描くのは、そんな団地を舞台にした物語です。
 廃校になってしまった小学校の同窓会で親しく声をかけてきた同級生だという押田の記憶が全くない川方。一方、交通事故で母を失ったみつきは、覚えのない記憶があることに気づく。川方は幼馴染であり、みつきの主治医である未香とともに彼らが生まれ育った片野葉団地へと向かう。
 SF映画のような出だしにいっきに物語に引き込まれました。設定としては、ジャック・フィニイの某作品やジョン・カーペンター監督の某映画と同じか、はたまた、みつきのことを考えると、某人気作家のある作品の亜種かなという気がしながら読んだのですが、どちらも違いましたねえ。よかった、ホラーにならなくて。
 最後まで読んで、前に戻って再びプロローグを読んだとき、思わずグッときてしまいました。読後感は最高です。
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ブロードアレイ・ミュージアム  ☆ 文藝春秋
 1920年~30年代のジャズとギャングの時代のプロードウェイを舞台にした作品です。
 日本人作家が描く日本人が出てこないアメリカを舞台にした作品はどうかなあと思って読んだのですが、これがいい雰囲気が出ていて、違和感なく読むことができました。
 華やかなプロードウェイの小路を入ったところにあるプロードアレイ・ミュージアム。そこに新人キュレーターのエディがやってくることから物語は始まります。珍しい収蔵品はあるが、入場者は原則予約客と注文客だけという不思議なミュージアム。そのうえ、各階の責任者ブッチ、バーンスタイン、モース、メイベルは誰もがどこか裏がありそうな者ばかり。
 さらにミュージアムの屋上に住むこれまた謎の少女フェイ。彼女は物に触れただけで映画を観るようにその物に関わる悲劇を観てしまうという能力を持っています。彼女の口からその事実を聞いてしまうと、どんなに事件を防ごうとしても防げず、逆にそれ以上の悲劇を生んでしまうため、プッチたちは力を合わせてフェイの見た事件を推理して未然に事件の発生を防ごうと飛び回ります。
 何キロあるかわからない巨体に、ビア樽よりも太い胴回り、濃い髭にもじゃもじゃ頭のブッチ、ベビーフェイスの伊達男のバーンスタイン、うねるような銀髪に銀色の口髭、めったにしゃべらないモース、赤毛の掛け値なしの美人でスタイル抜群のメイベルというキュレーターたちが、個性豊かで良いんですよね。脇役の“さえずり屋"グッディやギャングのボス・ララディも良い味出しています。直接は登場しませんが、ベーブルースもブッチの友人という設定になっており、なんだか、古き良きアメリカという時代を感じさせます。
 連作短編集の形を取っており、事件のたびにブッチたちキュレーターの秘密が明らかにされていきます。そして最後にはフェイの正体も明らかとなります。ラスト、彼らはフェイを守るためにすべてをかけます。このあたリファンタジーですよ。おすすめです。
※そもそもエディの仕事、キュレーターとは何かと思って、ウィキペディアでみると、「キュレーターとは、欧米の博物館(美術館を含む。)、図書館、公文館のような資料蓄積型文化施設において、施設の収集する資料に関する研究を行い、学術的専門知識をもって業務の管理監督を行う専門職、管理職を指す。」そうです。
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マイ・ブルー・ヘブン 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京バンドワゴンシリーズ最新作です。今回は今までのような連作短編と異なり長編となっています。また、時代は遡って第二次世界大戦終結直後のこととなります。まだまだ焼け野原の東京の中で空襲から免れた下町の古本屋・東京バンドワゴンを舞台に物語は繰り広げられます。
 登場人物は、若き頃の勘一にサチ、それに勘一の父・草平や母美稲も存命です。シリーズの中では幽霊として語り手役を務めていたサチが実は子爵の家の出であるとか(帯に書いてあるからネタバレではないですよね)、そもそもサチと勘一との出会いや堀田家の出自とか、これって今までのシリーズの中で出てきたっけというような、びっくりするような事実が次々と飛び出してきます。
 シリーズは、下町情緒たっぷりの心温まるホームドラマですが、今回は最初からちょっと心ドキドキさせられる展開になります。サチが父親から託された箱を巡って、サチはGHQ等から追われます。そんなサチを助ける勘一親子や個性的な人物たち。混血の貿易商・ジョー、元陸軍情報将校の十郎、その美貌と歌声で男たちを魅了するマリアなど、そのキャラは誰もが魅力的です。彼らに守られ、果たしてサチはどうなるのか、サチの両親の行方は?と、ページを繰る手が止まらず、いっき読みです。
 もちろん、心温まる話というところは今までと変わりありません。シリーズのファンにとっては、たまらない1冊です。
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COWHOUSE カウハウス ポプラ社
 理不尽な役員を殴ってしまったことにより、本社勤務から会社が所有する広大な家の管理人として左遷された青年畔木朋が主人公。現実としてはいくら相手に非があっても、社会人として暴力をふるったらおしまいなんですが、そこは小説。あまりに好人物で、その後の主人公の奮闘ぶりを温かく見守りたくなりますよ。
 主人公に限らずいい人ばかりが登場する物語です。直属の上司の坂城部長にしろ、庭のテニスコートでテニスをしていた老人と少女にしろ、恋人の美咲にしろ、それぞれ心の中に悩みを抱えていますが、それでも一所懸命生きています。  丑年の人が集まった家だから「COW HOUSE」。そこで繰り広げられるそれぞれの再生の物語。人間関係に疲れたときに読むとホッとしますよ。
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brother sun 早坂家のこと 徳間書店
 あんず、かりん、なつめの早坂家の三姉妹。幼い頃母親を亡くした三姉妹を男手一つで育てた父は、彼女たちが成長してから19歳年下の女性と結婚し、女性との間に彼女たちと歳の離れた弟をもうけた。そんな三姉妹の前にある日、伯父と名乗る人物が現れる。今まで父から聞いたこともなかった伯父と父との関係は?
 三人のそれぞれ個性的な仲の良い三姉妹に、彼女たちを支える恋人たち。早坂家に関わる人たちはみんないい人ばかりで、読んでいてほっとするのは、先日読んだ有川浩さんの新作と同じです。作品の雰囲気としては東京バンドワゴンシリーズのようです。二番煎じと思われるのも仕方ないかもしれません。でも、僕自身はこうしたパターンは大好きです。
 最後に書き下ろしの「陽のこと」が加えられています。その前にも男女関係の難しいところが描かれていますが、わざわざこの後日談を書く必要があったのかは疑問です。三姉妹のその後(果たして今の恋人と結婚するのか等)は気になりますが、なぜに読後感を悪くするような話を加えたのでしょうか。いつもと同じパターンだと思われるのを嫌ったのでしょうか。例え二番煎じであっても、ホッとするまま読み終えたかったのに(何だかんだ言ってもいつもの小路さんが好きなんです)、このラストはちょっとなぁと思ってしまいます。
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リライブ  ☆ 新潮社
 死を目前にした人に囁きかける"バク"。"バク"は、その人が人生をやり直したいと思う時点に戻してくれるという。その時点から生きてきた今までの思い出と引き替えに・・・。
 こういう話を読むと、自分だったらどうするだろうと考えてしまいます。このまま、良い人生だったと死を迎えるのか、それとも、“あのとき"に帰って人生をやり直したいと思うのか。人生も折り返し点を過ぎると、若い頃考えもしなかった“死"ということも考えざるをえないので。
 この連作短編集の中では7つのやり直しの人生が描かれます。やり直した人生が再び終わるとき、自分が人生をやり直したことを思い出すのですが、これってどうなんでしょう。彼らは人生をやり直したことに後悔はないようですが、自分だったら果たしてそこでどう考えるのでしょう。やっぱり、どこかに後悔はあるような気がします。
 最後に、どんでん返しというわけではありませんが、ちょっとした構成の妙もあり、単なる人生のやり直しの物語に留まっていないところもまたいいです。おすすめです。
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ダウンタウン 河出書房新社
 1970年代末の女性がマスターを勤める喫茶店を舞台に、ある理由から、常連客の中に迎え入れられた高校生の少年が、年上の人に囲まれ様々な経験をする中で成長していく様子を描いていく物語です。
 高校生くらいだとだいたい親には反発し、なかなか素直になれない年代です。そんなとき、この作品のような喫茶店があったら本当に居心地がいいでしょうね。周りが大人だからなんとなく自分も大人になった気にもなれますし。
 しかし、最近は喫茶店といえば、スターバックスに代表されるセルフサービスの店が主流です。ゆっくりとコーヒーの味を楽しむための喫茶店というのは少なくなりました。ましてや、マスターと気軽に話をしながら、おいしいコーヒーを時間の許す限り楽しむ店というのは、ほとんど見なくなりました。この作品のように常連さんがいて、その人たちとの間で店以外での交流ができるというのは、希なことでしょう。ましてや、何か事件が起きて、それを常連たちみんなで解決するということは、小説の中でのことだと思わざるを得ません。小路さんが舞台を1970年代に設定したのも無理からぬところですね。
 それにしても、周りがほとんど年上の(それも美人の)女性という、主人公がうらやましい話でした。
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オール・マイ・ラビング 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京バンドワゴンシリーズ第5弾です。今回の題名はビートルズの歌から取られています。
 下町情緒を感じさせるホームドラマは健在です。今回も東京の下町で古書店"東京バンドワゴン"を経営する堀田家を巡る事件が4つ描かれます。いつものように冒頭、幽霊の堀田サチによる堀田家の紹介がなされているので、初めてシリーズを読む人でも、大丈夫です。ただ、登場人物が一段と多くなってきたので、目次の次に掲載されている登場人物相関図がますます重要になってきました。下町ホームドラマには欠かせない美人のおかみさんがやっている小料理屋もあって、ホームドラマファンにはこたえられません。
 最初の"夏"は、紺の妻・亜美の弟・修平の恋物語と99話しかない百物語の謎の話。"秋"は、玄関先に置かれた捨て猫と書かれた段ボール箱に入っていた猫の本の謎と東京バンドワゴンの周囲を歩きまわる新聞記者と文化庁の役人の怪しげな行動の話。"冬"は、紺の恩師の不可思議な行動の話となかなか心を伝えられない男女の恋愛の話。"春"は、新たな旅立ちを決意する人々とそれをおぜん立てする堀田家の人たちの話。
 いつものように、堀田家の面々が力を合わせ謎を解き明かし、そして堀田家を巡る人々を幸せにしていくお話です。相変わらず読んでいてホッとさせてくれます。おすすめ。
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僕は長い昼と長い夜を過ごす  ☆ 早川書房
 主人公は50時間起きて20時間寝るという、医学的には「非24時間睡眠覚醒症候群」という病名を持った青年・森田明二。これだけでも人生は生きにくいのに、明二が幼い頃に父親は強盗殺人の被害者となって死亡、母親はその1年前に失踪したままで、どこで生きているのかわからず、彼とその兄妹は、父の会社の従業員たちに育てられたという、あまりに悲しい過去を背負っています。
 彼はゲーム制作会社の契約社員として働き、時々、不眠の50時間を利用して、社長のバンさんからまわされてくる“監視”のアルバイトをしている。ある日、大手企業に勤める男の浮気調査をしているとき、急に倒れた男を病院に運んだあと、ついそこにあったキャリーバックを持って帰ってしまうが、そのバックの中には大金が・・・
 大金を手にし、追われたことから、次第に過去の事件の真実が浮び上がってくるという、「現実ではそんなにうまい具合にいくわけがない!」という話が、小路さんの手にかかると違和感を感じさせない話となって、すらすら読めてしまいます。
 ハードボイルドなストーリー展開でありながら、どこか温かい雰囲気で話が進むのは、彼を取り巻く人々、明二の前に突然現れた“種苗屋”のナタネさん、ネット仲間のリロー、会社の同僚の安藤、そして時効直前の父親の事件を追う刑事・新島など皆がいい人ばかりだからでしょう。最後に明らかにされる過去の事件の裏側にあった真実や謎の人物“種苗屋"のナタネさんの正体など、それらのピースがあるべき場所へと収まり、全体像が明らかとなっていくところは、ちょっと感動モノです。

 ※明二がこんな不思議な病気を持っているところが、早川書房から出る本らしい。
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さくらの丘で 祥伝社
 亡くなった3人の祖母たちが、それぞれの孫娘に遺した土地とその上に建つ1軒の西洋館。孫娘たちは祖母から渡された鍵を持って、なぜ祖母たちが彼女らに西洋館を残したのか、鍵は何を開けるものなのか、孫娘たちはその謎を明らかにするため、西洋館へとやってくる。
 物語は、謎を探る孫娘たちの現在と祖母たちの若き頃を交互に描きながら、なぜ子どもではなく孫娘たちに家を遺すことになったのかを描いていきます。祖母たちの若き頃とは、第二次世界大戦が終わった直後のこと。爆弾は落とされなかったにしろ、村には老人と女子供しかいないというところが、戦争の爪あとが田舎の村にも残っていることを表しています。
 あまりにあっけなく悲しい事実が明らかとなります。え~それはないでしょう!と思ったのですが、今なら考えられないことも、戦後再び戦争(朝鮮戦争)が始まった時代の中では起こりえたかもしれないですね。悲しい物語ですが、ラストでは温かな気持ちにさせてくれます。
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ラプソディ・イン・ラブ PHP研究所
 死期を知った俳優が、かつて自分が家族と暮らした家を舞台に最後の映画を撮ろうとする話です。
 登場人物として呼ばれたのは、別れた妻である元女優、その妻との間にできた長男である男優、二番目の妻との間にできた二男である男優、そしてその恋人である女優という4人の俳優。彼らが家族として過ごす様子をカメラが淡々と撮っていきます。家族であり、俳優である者たちが演じる家族の物語です。読者はカメラの回っていないところでも、いわゆる神の視点で彼らの言動を見ていくことになります。
 ただ、それだけで映画になるのかなという気がしますが、それはさておき、それぞれが、心の中に大きな隠し事をもっており、撮影が進む中でそれが“爆弾”としてみんなの前に落とされます。そのときの彼らの反応が俳優としての演技であったり、家族としての素のものであったりというところが何とも言えませんね。
 なかでも、老俳優とその妻であった元女優の“爆弾”はあまりに衝撃的です。あえて家族の前に明らかにしなければならないものだったのか。そのあたりに、この映画の制作意図みたいなものがあったと思うのですが、よくわかりません。
 衝撃的ということでは二男の恋人の抱える“爆弾”もひけをとりません。それに比べれば、息子二人の抱える“爆弾”はたいしたことではなかったですね。
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オブ・ラ・ディ オブ・ラ・ダ 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京バンドワゴンシリーズ第6弾です。
 今回も下町ホームドラマのテイストはたっぷり。今までの登場人物たちが総登場の上に、思わぬ関わりのある人も新たに登場してきます。また、別の作品の登場人物も顔を覗かせており、小路ファンには嬉しい作品となっています。
 今回も、あまりの登場人物の多さに「あれっ?この人誰だっけ?」と、このところ度忘れの多い僕でも、登場人物相関図が付いており、冒頭で語り手であるサチさんによる簡単な人物紹介があるので、大丈夫です。ただ、初めて手に取られた方は、できればシリーズ最初から読まれた方が楽しめます。
 さらに、今回は初めて悲しい別れも描かれます。小路さんも述べられているように今後もシリーズが続いていくそうなので、これからも出会いがあれば、別れも当然あるのでしょう。だいたい、堀田家の主である勘一自身も82歳という高齢ですからね。悲しい別れがあったためか、小路さんも気を効かせてラストはお目出度い出来事が二つ描かれます。これでまた、近い将来新たな登場人物が加わることになりそうです。
 家族の中でも、花陽が医学部を目指して猛勉強を始めたり、研人が祖父に似てギターに夢中になったりと、今後の堀田家がどうなるだろうということも芽生え始めています。これからも楽しみです。
 我南人は、還暦過ぎというのに、今作ではワールドツアーに出ていっています。時々いいところで帰ってきて、「LOVEだねぇ」と言って、ごたごたをうまく纏めるのは相変わらずです。
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猫と妻と暮らす 蘆野原偲郷 徳間書店
 時代ははっきり書いてありませんが、大正から昭和にかけての時代といったところでしょう。人々に災厄をもたらすものを“事を為す"という形で退ける力を持った一族の長筋(長の家系だが、長にならずに蘆野原から出てきた者を言うそうです。)の和野和弥とその妻、優美子、幼なじみで“事を為す"とき和弥を助ける家系の幼馴染、泉水や蘆野原の人々を描いた作品です。
 いわゆる陰陽師のような能力を持っているということでしょうが、災厄をもたらすものを退けるといっても、不思議な言葉を唱えながら印を結び、印を切るだけ。この言葉が韻を踏んでリズム感あるものとなっており、ちょっとおもしろいです(内容はよくわかりませんが。)。
 各章に厄の名前が冠されていますが、それらとの派手な戦いのシーンを期待していると拍子抜けです。何よりも一番のインパクトは、優美子が何故か猫になってしまうこと。優美子はずっと猫のままでいるわけではなく、猫になって和弥が“事を為す"手助けをした後はまた人間に戻ります。優美子自身にこのことの自覚はなく、変身のメカニズムは明かされないまま。優美子には何か隠されたものがあるような感じなのですが・・・。
 さらに、軒先に捨てられていた子猫を拾ってきたら、今度はその子猫が人間の子どもに変身し、妻の猫と共に“事を為す"手助けをするという摩訶不思議なファンタジーです。
 暗い世相の中で、淡々と時間が進んでいくという感じがします。そんな中、猫になってしまう優美子との緩やかな生活や蘆野原の人々との交わりが印象に残ります。
 不思議な力を持った―族ということから、思田陸さんの「常野物語」を思い出してしまいました。ただ、蘆野原の一族は、当時の日本の中においてはその存在が隠されてはいなかったようですが。
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コーヒーブルース  ☆ 実業之日本社
 先に刊行されている「モーニング」に登場する弓島大を主人公とした作品です。「モーニング」では、40代と20代のダイが描かれていましたが、この作品では30歳になったダイが描かれます。
 弓島大は、交際していた同僚の女性が知らないうちに麻薬に手を出し、過剰摂取で死亡してから、勤めていた広告会社を辞め、自宅を喫茶店に改装してマスターに納まっている。そんな彼のところに、幼い少女からいなくなった姉を捜して欲しいという依頼が持ち込まれる。ときを同じくして、彼の周りに不穏なことが起き始める。ダイは店員の丹下さんや常連客の力を借りて少女の姉の行方を探すが・・・。
 小路さんには珍しく、今回はハードポイルドタッチのミステリーです。少女の失踪、娘を死に追いやった男を殺そうとする父親の行動、姿を消した元同僚女性の行方、ダイを陥れようとした麻薬事件がどう関わってくるのか、想像がつかないまま話が進んでいきます。もうあと少しでページが終わってしまうぞというところまで引っ張っての謎解き。素直におもしろかったです。
 作品のおもしろさの理由は、ダイの周りに集まる魅力的なキャラクターのせいです。主人公のダイもなかなかのキャラですが、元女子プロレスラーという丹下さん、最後まで正体がよくわからない町内の防犯安全委員会会長の苅田さん、高校時代の同級生で正義感溢れる先生の小菅、そして忘れてならないのは、ダイの家に下宿している刑事の三栖さんなど濃いキャラばかりです。ダイ一人の活躍というより、「オーシャンズ11」みたいにチームワークで解決したといっていい事件でした。
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荻窪シェアハウス小助川 新潮社
 主人公の沢方佳人は19歳。中学1年生のときに父を亡くしてからは、働く母に代わり家事をし、双子の弟妹のめんどうをみてきた。高校卒業後も酒屋でアルバイトを行いながら家族を支えている佳人を案じ、母はこの家から巣立つよう、近所に完成したばかりのシェアハウスに入居するよう勧める。そこは2年前に廃業した小児科医院であり、佳人は不動産会社の担当者である建築士の相良から、大家である医師の小助川と入居者との橋渡し役を依頼される。
 最近テレビでもやっていましたが、シェアハウスというのが注目を浴びているようです。近所との人間関係が薄くなった今、同じ屋根の下で生まれも育ちも違う人々が暮らすことを選択するというのは、単に家賃が割安というだけではないような気がします。トイレもキッチンも一緒というプライベートが完全には保てない場所での生活というのは、日中の会社や学校と同様に人間関係に気を遣わなければならないところもあり、家に帰ってからも疲れると考えてしまうのですが。そこには、あえて他人との関わりを持ちたいという気持ちもあるのではないでしょうか。
 この作品では、それぞれ心に様々な傷を抱えた人が、シェアハウスの住人や大家のタカ先生との関わりの中で、しだいに前向きに生きていく様子が描かれており、心温まる作品となっています。佳人以外の5人の住人もみんないい人ばかり。特に恵美里みたいな常に周りを明るくする女性は素敵です。あんな雰囲気のシェアハウスなら住んでみたいと思いました。
 後半、ある大事件が起きるのですが、それ以降の展開が少し駆け足すぎた嫌いがあるのは残念。
 ちょっと気になったのは、この作品では入居者が男性と女性なので、なおいっそう気を遣うのではないかということ。物語の中でもトイレ掃除は男性にさせたくないということがありましたが、女性としては赤の他人の男性にプライベートの面を見せたくないという気持ちは強いのではないかなあ、この物語のようにうまくいくのかなあとふと思ってしまいました。
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レディ・マドンナ 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京バンドワゴンシリーズ第7弾です。東京の下町で古本屋“東京バンドワゴン”を構える堀田家の1年を描く下町ホームドラマも7作目となりました。毎年この時期に新しい作品を読むのが楽しみとなっています。登場人物も徐々に増え、巻頭にある登場人物相関図を時々見ながら読まないと覚えきれなくなってきました。今回も堀田ファミリー総登場のうえ、新たな人物の登場もあり、またまた賑やかな1作になっています。
 “冬”では、東京バンドワゴンを頻繁に訪れるようになった池内百合枝の先輩女優の奈良勢津子が勘一に気があるのではないかと周囲が気をもんだり、訪れるたびに本棚の同じ一区画にある本を全部購入していく客や稀覯本を1冊ずつ売りに来る客の謎が描かれます。
 “春”では、研人が我南人を馬鹿にしたクラブの先輩を殴りつけた騒動と、我南人の音楽仲間が自分を社長だと偽り続けてきた娘と10数年ぶりに会うのに力を貸す堀川ファミリーが描かれます。
 “夏”では、東京バンドワゴンの倉からの古書の盗難騒動とこのシリーズの語り手である勘一の亡き妻サチの父親の蔵書の発見を巡る様子が、“秋”では、我南人の亡き妻である秋実の友人である智子が経営する児童養護施設の窮状と我南人の音楽仲間の龍哉とくるみの恋愛騒動が描かれます。
 どの話も最後は堀田家の暖かさに包まれて、めでたしめでたしのストーリーとなっています。読んでいてホッとします。毎回書きますが、下町ホームドラマのファンにはおすすめのシリーズです。
 堀田家の一員はみんな素敵なキャラの持主ですが、今回一番印象的だったのは、亜美さんです。研人の母親として、学校に乗り込んだときに見せた姿は、芸能人にも負けない容姿もあって、かっこよすぎですね。
 さて、次回は番外編だそうです。どんな話になるのか、来年といわず早く読みたいですね。
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話虫干 筑摩書房
 今回の小路さんの作品は、ちょっと不思議な物語です。題名となっている『話虫干』とは、本の物語内世界に入り込み、図書館所蔵の稀覯本などの物語をいつの間にか作り替えてしまう力を持つ『話虫』によって作り替えられた物語を元に戻すことをいい、馬場横町市立図書館員の仕事とされています。
 夏目漱石の「こころ」の初版本が話虫によって書き換えられているのを知った馬場横町市立図書館の榛副館長と糸井は、「こころ」を元のストーリーに戻すため、物語世界に入っていきます。
 「こころ」といえば、私と“先生”の交流を描き、後半は“先生”の遺書で成り立っている作品です。下宿の娘に恋していた先生が、同じく彼女に恋した友人・Kの気持ちを知り、先んじて下宿の奥さんに娘をくれるよう迫り了承を得る。それを知ったKは自殺してしまう。それを引きずった先生も明治天皇の崩御を機に自殺してしまうという話ですが、小説の重苦しさと違って、糸井らが入り込んだ世界はどこか明るい雰囲気です。Kである桑島の性格が失恋だけでは自殺しそうもない人物に描かれていますし、“先生”である圖中にしてもそんな悩みを心に溜めるような人物には見えません(ここのところが、ラストの伏線となっているのでしょうか)。
 話虫は下宿の娘・静子のほかに桑島の妹や英国人の女性まで登場させ、先生と静子が結ばれないように画策します。果たして糸井らは圖中が無事下宿の娘・静子と結ばれ、友人Kを自殺に追いやることができるのか(これって、すごいですよね。)。物語世界には、実際には「こころ」には登場しない作者自身の夏目漱石やラフカディオ・ハーン、さらには名探偵ホームズまで登場して、話虫と糸井たちとのバトルが繰り広げられます。
 ラストは話がちょっと急転回過ぎた気がしないでもありません。物語世界での話虫が誰なのかもあっけなく明らかにしてしまったのも残念。最後まで登場人物のうちの誰だろうとミステリー色豊かにした方がもっと楽しめたのでは。
 なかなかおもしろい設定で、「こころ」だけではもったいない、糸井たちの活躍がまたあるのではと期待してしまいます。
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キシャツー 河出書房新社
 題名の「キシャツー」とは電車通学のこと。「デンシャツー」ではないかと思ったのですが、舞台となる北海道の町では、かつて汽車が走っていたこともあって、未だに「キシャツー」と言っているとのこと。
 通学途中の電車の中から浜辺に立てられた赤いテントに気づいだキシャツー”のはるか、このみ、あゆみの“ひらがな三人組”たち。テントの持主の高校生・宮谷光太郎と知り合ったはるかたちは、彼が姉を捜しに東京から彼らの住む街にやってきたことを知り、光太郎の姉捜しを手伝うこととなります。
 将来自分が何をするのかも、まだはっきりしていない高校時代。そんな中で、考え、悩み、辿るべき道を探していく、そんな不安定ではあるけれど、様々な可能性を考えられる時代に生きる高校生たちを描いていきます。そこに生きる少年、少女たちのなんて輝いていることでしょう。もうあんな時代には戻れないと思うと、うらやましい限りです。読後感爽やかな1作です。
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スタンダップダブル 角川春樹事務所
 地元の北海道の支局に異動になったスポーツ欄担当の新聞記者の前橋絵里の目に止まった神別高校の野球部。彼らの守備は素晴らしく、特にセンターはヒット性の当たりも当然のように落下点に待ち受けてキャッチしてしまうし、外野に抜けた打球も外野ゴロとしてしまう。不思議なものを感じた絵里は、神別高校の取材を始めるが・・・。
 爽やかな高校野球小説です。無名校である彼らが甲子園出場、そして優勝を目指しますが、それは単に野球が好きというだけでなく、ある目的があることが次第に明らかにされていきます。
 双子のピッチャーとセンターが凄すぎという嫌いはありますが、感動のラスト(想像できてしまいます)に向かってストーリーはまっしぐらです。登場人物もいい人ばかり。唯一、途中、暗い影を落としそうな人物が登場します。ただ、登場させたのにこれでは中途半端な描き方だなと思ったのですが、そこは続編で描かれていくのでしょう。まだまだこの先楽しめそうです。
 ※スタンダップダブルとは、すべりこまずに楽々と塁に達する二塁打のこと。
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フロム・ミー・トゥ・ユー 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 3編の書き下ろしを含めた11編が収録された東京バンドワゴンシリーズ番外編です。
 これまでに語られていなかった様々なエピソードが、いつものサチの語りではなく、それぞれの登場人物の語りで描かれます。どの話も当然堀田家とそれを取り巻く人々を知っていることが前提となっているので、そういう点では、シリーズを読んでいない人にはわかりにくいかもしれません。
 堀田家の人々の出会いを描いた作品が4編。冒頭の「紺に交われば青くなる」では堀田家に青がやってきたときの様子を紺が語り、「愛の花咲くこともある」では紺と亜美との出会いを亜美が語り、「会うは同居のはじめかな」では青とすずみの出会い、そしてその後の紆余曲折を青が語ります。シリーズファンとして、一番嬉しかったのは「野良猫のロックンロール」です。これまであまり名前が出てこなかった我南人の奥さん、秋実さんと我南人の初めての出会いが秋実の語りで明らかにされます。秋実さんが“野良猫”とは、驚きです。今回は、掌編でしたが、小路さんは、この秋実さんのことをいつか書かれるようなので、期待していたいです。
 そのほか、「忘れじの其の面影かな」では、常連の木島が噂話の中に出てきたマードックの名前を聞いて、あれこれ気を揉む様子が描かれ、「縁もたけなわ味なもの」では、同じく常連のIT会社の社長・藤島が初めて東京バンドワゴンにやってきたときのこと、そして買った本の感想文を書いたら次にまた1冊買えるという取り決めがされた経緯が描かれ、「言わぬも花の娘ごころ」では、腹違いの姉のすずみが紺のお嫁さんとなって戸惑う花陽に小料理居酒屋「はる」の真奈美が藍子とすずみの父のことを教える様子が描かれるなど、これまでに描かれた話の裏側で起っていたことが語られていきます。
 ラストは、サキの語りで締めくくる「忘れものはなんですか」です。やっぱりサキの語りで終わらないと、据わりが悪いですよね。シリーズファンにとっては、楽しい1冊となりました。
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娘の結婚   祥伝社
 娘から結婚したい相手と会ってくれと言われたらどうするか、世の父親が悩むところですが、この作品は、そんな父親を描いた作品です。僕にも娘がいるので、さてさて、父親はどうするのだろうなあと興味深く読みました。
 さだまさしさんの「親父の一番長い日」という、娘を嫁に出す父親を描いた歌の中にありましたが、娘をくださいという男に対し一発殴らせろというのが、娘を大事に育ててきた父親の偽らざる心境でしょう(本当に殴ると、娘に軽蔑されるのでしないでしょうけどね)。ましてや、妻を亡くし、自分1人の手で育ててきたこの作品の父親にとっては。娘の結婚を祝福しないわけではないが、幸せになれるのかどうかと、いろいろ気に病んでしまう気持ちはよくわかります。
 ラスト、娘を愛するが故に、あることを気にかける相手の男に対し、父親が述べた言葉はあまりに格好良すぎです。同じ立場に置かれても、こんな格好いいこと言えそうもないなあと思いながら読了です。
 さて、何年後かに娘が結婚相手を連れてきたらどうしましょう・・・
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東京ピーターパン 角川文庫
 登場人物は、かつてプロのミュージシャンだった初老のホームレス、学生時代バンドを組んでドラムを担当していた警官、高校時代バンドでボーカル担当だった印刷会社の社員、主要メンバーの脱退でバンドが解散し、今はつけ麺屋でバイト生活のミュージシャン、そして引き寵もりの高校生とその姉の6人。
 物語は、冒頭の深夜の交通事故の場面から始まり、時間はその日の朝へと遡り、そこから時間を追いながら登場人物が紹介されていきます。物語は、言ってみればファンタジー。音楽の経験がある人物たちが出会って起こる一夜の出来事を描きます。
 偶然に集まった人たちがみんな音楽の素養があったなんて、そんな偶然あるわけないのですが、直前に読んだ宮部さんの「ペテロの葬列」の読後感が相当悪かったので、こんなほっとする話もあっていいかなとあっという間に読了。
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スタンダップダブル!甲子園ステージ 角川春樹事務所
 「スタンダップダブル!」の続編です。甲子園出場を果たした神別高校。果たして彼らは優勝をして、全国に散った今はない児童養護施設・そよ風学園の仲間たちのために、そよ風学園の旗を掲げることができるのか。感動のスポーツ小説です。
 前作ではコーイチとケンイチの双子の不思議な能力によって勝利を得てきましたが、今回はその能力は基本的には封じて、みんなの力で勝ち進んでいきます。試合中の打者心理、投手心理が書かれていますが、「ふむふむ、そう考えるか」などと本当に試合中の駆け引きをやっているようで楽しみながら読むことができます。そのあたりは、ある程度というか、かなり野球を知っていないと書くことができないではないでしょうか。
 優勝に近づくにしたがって彼らの前に立ちふさがる塩崎というルポライターが、何を仕掛けてくるのか、どきどきの展開です。最終的には予定調和のストーリーとなっているので、感動の大団円を迎えることができます。途中で登場するある人物の正体が、実は・・・という点にも感動です。小路さん、登場人物にあることを言わせて、うまく読者をミスリードしましたね。
 素直に感動を楽しみたい人にどうぞという作品です。
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オール・ユー・ニード・イズ・ラブ 東京バンドワゴン  ☆ 集英社
 東京バンドワゴンシリーズ第9弾です。
 毎年恒例の4月に出版されるこのシリーズもついに9作まで来ましたが、まだまだ続いていくようです。今回もまた新たな人物が登場していますので、冒頭の登場人物相関図に書き加えられる人々も、これまたまだまだ増えそうですね。
 いつものとおりに秋から始まり、冬、春、夏の堀田家を巡る1年間の出来事が描かれていきます。今回は東京バンドワゴンに絵本を売りに来た小学生の女の子、それを見て急に涙ぐんだ青の出演した映画の脚本家の女性、花陽が連れてきた同じ塾に通う女子高校生、サチの実家である五条辻家について探るノンフィクションライターの女性、40歳も年の離れた女性と結婚した藤島の父親、カフェでコーヒー代に古銭を出す老女、東京バンドワゴンで中古レコードとCDを売ってほしいと言ってきた研人のガールフレンドの芽莉依等々東京バンドワゴンを訪れる様々な人の謎を堀田家の皆が明らかにし、彼らの悩みを力わ合わせて解決する、まさしく下町ホームドラマのテイストいっぱいの作品です。
 そんな中、堀田家にも勘一の突然の盲腸や研人の「高校に行かずにイギリスに行く」宣言があって、大騒ぎ。みんないい人ばかりで、この世界にいられたら幸せだろうなあと思える東京バンドワゴンの世界。厳しい現実の中、この物語の世界にひとときだけでもどっぷりはまって優しい気持ちになれます。
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ナモナキラクエン 角川文庫
 母親が異なる4人の子どもと父親で暮らす向井家。ある日、父親が急死し、4人の子どもはそれぞれ自分の母親に父の死を知らせに会いに行く。
 4人の母親の異なる子どもの名前が「山紫水明」から取られていることを考えると、最初から子どもは4人と決めていたことがわかり、子どもが4人できるとは限らないだろう、ちょっとご都合主義だなと思っていたら、そういう理由だったんですね。
 母親たちがなぜ子どもたちを置いて出て行く必要があったのか、結婚してすぐに出て行ったのか、何年かは父と暮らしていたのか、そのあたりが母子との出会いのシーンでも語られていませんので(末っ子の場合は出会いのシーンは描かれもしていません。)、何の感想も持つことができません。割と母親たちに対しては冷たい感じに描いていると捉えたのですが、いったい小路さんは何を描きたかったのか。血のつながりはなくても家族は素晴らしいという単純なことではないでしょうし・・・。読み終わって思ったのは、父親はもちろん、家政婦役を担っている、かつて父と男女の関係にあった朝美さんの人の良さばかりです。
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すべての神様の十月  ☆ PHP研究所
 神様と人間の関わりを描いた連作短編集です。登場する神様は、死神、福の神、貧乏神、疫病神、道祖神、九十九神。
 死神といえば死をもたらす神だとか、貧乏神といえばその人を貧乏にする神だとか、疫病神といえば人に病をもたらす神だとか一般には言われますが、神様には人間が常日頃考えている役割とは異なる役割があることが描かれる6話が収録された連作短編集です。どの話も小路さんらしい優しさに溢れた話になっています。それほど厚くないのでいっき読みです。
 どれもほんわかとしたストーリーの中でも一番なのは九十九神を描いた「ひとりの九十九神」。九十九神といえば長い年月を経て古くなった道具や長く生きた生き物に、神が宿ったものとされますが、お釜とは愉快です。このお釜でご飯を炊いていた家族に九十九神がしてあげたことを描くエピソードは、温かい気持ちにさせたうえにホロリとさせるストーリーとなっています。ラストの落ちには笑顔が出てしまいますね。
 神様の中では死神がちょっと異色です。死神以外の神様には人間と関わるために人間界での名前があるのに、死神は死んだときにしか現れないので、名前が必要ない。そんな死神に名前を与えてくれた女性との交流を描く冒頭の「幸せな死神」は素敵な話でした。福の神の話での再登場もよかったです。それにしても、死神の名前は気になります。
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ビタースイートワルツ 実業之日本社
 弓島珈琲店を経営する弓島大(通称ダイ)を主人公にした「モーニング」、「コーヒーブルース」に続くシリーズ第3弾です。
 前作から9年が過ぎ、ダイも40歳となりました。今回、ダイが関わる事件は、離れに住む刑事の三栖の行方不明事件です。「ダイヘ」とだけ書かれた三栖からのメールを受け取った彼の同僚刑事・甲賀が、ダイに協力を求めるため、弓島珈琲店へやってくるところから物語は始まります。
 前作で活躍した苅田は入院中でしたが、元女子プロレスラーの丹下や純也は健在。さらに前作の事件の被害者・あゆみやダイの恋人・夏乃が亡くなった原因を作った橋爪が三栖の行方を協力して探します。なぜ、三栖は消えたのか。甲賀に送られてくるメールは三栖からのものなのか。また、思わせぶりのメールはいったい何を指しているのか。事件は部屋に閉じこもったままのあゆみの友人・梨香とも関係が出てくるなど、思わぬ展開を見せていきます。
 事件はなんだか読んでいてややこしかったのですが、相変わらず、キャラクターで読ませる作品です。いつもの丹下や純也だけでなく、特に今回は罪を悔いて福祉施設で働く橋爪のキャラがいいですね。前作までの彼がどういう人物だったのかまったく覚えていないのですが、寡黙でダイのためならやるべきことはやるという、悪人からすっかりいい男に変身してしまいました。てきれば彼の活躍をもっと読みたかったです。
 それと、今回は三栖が行方不明ということがあって、三栖の人となりや過去が浮き彫りにされています。本当の顔はちょっと怖いくらいです。
 前作からの9年で、あゆみがすっかり大人になってダイとの結婚を望んでおり、今後の二人の関係をはじめシリーズの行く末も気になります。
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札幌アンダーソング 角川書店
 道警捜査―課の刑事・仲野久とその相棒・根来康平が捜査を担当したのは、全裸で雪の中死んでいた男の事件。男の肛門からゴーヤが発見され、それ以前に事故死として処理されていた中年女性と初老の男性からはダイコンとゴボウが発見されていたことから、事件は変態あるいは変質者の犯行の様相を見せてくる。
 彼らがこの異様な事件を解決するに当たって助力を求めた人物が、変態とか変質者とか、その手の類いの世の中の、特に札幌の闇の部分を全部知り尽くしている“天才”。この天才のキャラがすごいです。大学の法医学教室教授である志村秋奈の20歳の弟・春であるのはともかく、見たものを全部記憶できる“記憶の天才”でもあり、それより何より、4代前からの先祖の記憶をそのまま受け継いでいるという特異な人物です。
 こんな人物あり得ないと思ってはだめです。そもそもこの作品はそういう特異な人物がいることを前提に成り立っている話ですから。
 そんな天才の敵になるのが、フリーメーソンみたいに綿々と続いている組織で、現在それに属する者は社会の中枢にもいるという設定です(もちろん警察にも)。それを率いている男は弱点などまったくないと豪語する、こちらも天才といっていい男。物語は、この天才同士の戦いを描いていくのですが、小路さん、もともと続編を考えていたのでしょうか、結局事件は解決しないまま。読み手としては非常に消化不良の終わり方となってしまいました。
 ここで描かれる、他者に対して恒常的に恋愛感情も性的要求も抱かない“無性愛者”というのは、誉田哲也さんの“ジウシリーズ”でのジウと同じでしょうか。
※それにしても、ゴーヤやダイコン、ゴボウを性器に突っ込むなんて、どんな変態秘密クラブなんだ!?と思ってしまうのは僕だけでしょうか。
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スターダストパレード 講談社
 元暴走族のヘッドをやっていた福山マモル。彼は刑務所を出所する日、自分を逮捕した刑事・鷹原から不審死を遂げた女性の幼い娘・ニノンを鷹原の別れた妻もいる三重まで連れて行って欲しいと頼まれる。そんな彼らを一人の男が追う。
 読みやすくてあっという間に読了しましたが、ストーリー的には、正直のところ、がっかり感が強いです。冒頭のワクワク感が後半一気にしぼんでしまいます。出だしのフランス人女性の不審な死、口を聞けない彼女の娘、娘を保護するよう鷹原に電話をかけてきた男、そして彼らを追う一人の男といった流れに、いったいどういう謎が明らかになるのだろうと期待したのですが、何とまあ都合よくいろいろなことが納まってしまったものだという感じです。あまりにさらっとし過ぎです。
 それに、無実の罪で服役したマモルと、彼を逮捕した鷹原、そしてその妻との関係がしだいに明らかにされるのですが、そうした中で今もこういう関係でいられるのかなあとも思ってしまいますし。
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壁と孔雀 早川書房
 SPとして大臣の警護中に大臣を狙った男に撃たれて負傷した土壁英朗は、療養のための休暇を利用して母親の墓参りに北海道の来津平町に行くこととする。母親の実家・篠太家には二回りも歳の離れた異父弟がいたが、彼は母親が死んだ責任は自分にあると、座敷牢の中で生活していた・・・。
 山奥の村の旧家で起きる事件といえば横溝正史さんの作品を思い起こします。煉瓦塀に囲まれた大邸宅、元は旧藩主の家柄、元町長は家老の家柄、家には死にそうな当主、ため池で事故死した娘、下働きの女性と青年といった具合に舞台の設定は十分横溝ワールドといった感じでしたが、この作品は横溝作品のようなおどろおどろしい雰囲気がまったくありませんでした。そもそも座敷牢なんて、わざわざ出す必要性があったのかなあと思います。
 墓参りから帰る途上で車のブレーキがきかなくなったり、同様に寺にいた元村長の車もブレーキがきかずに崖から転落炎上したり(元村長は飛び降りて無事でしたが)、土壁が来てから静かな村に事件が起きます。しかし、殺人事件は起きませんし、何が謎なのかが読者にはなかなか提示されません。
 最終的には様々な事柄に繋がりがあるのが明らかとなるのですが、篠太家が隠そうとしていたものには唖然としてしまいました。いくら幕末の殿様の家柄とはいえ、それってありですかねえ。あまりに荒唐無稽という気がします。
 いろいろとはっきりしない中で終わるかと思ったら、ラストにあっと驚く推測が土壁のロから語られます。これまた、なんだか都合がいいように繋がりをつけたという感じがしないでもありません。
 小路さんもお話しされているように、土壁の母親の実家がある来津平はエラリー・クイーンの後期作品でおなじみのライツヴィラからとっているそうですが、果たして作風としては似ているのでしょうか。後期作品を読んでいない僕にはわかりませんが・・・。
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東京アンダーソング間奏曲  角川書店
 札幌アンダーソング第2弾です。
 雪堆積場に死体を埋めたという手紙が警察に届く。道警捜査一課の刑事である根来康平と仲野久はその裏に山森がいるのではないかとと、春に協力を求めるが・・・。
 この“春”というキャラクターがどうも好きになれません。先祖4代の記憶を持った天才という点はともかく、“変態”であり、何もかも経験しなくては済まない(快楽を追求するためには、はっきりと書いてないですが姉たちともセックスをするのでは。)というキャラに、好きになれないというより嫌悪感を覚えます。それに、何もかも見透かされてしまう相手を友人にしたくはないです。人の心を持たないと自分で言う山森も怪物ですが、春も変わるところはありません。というより、同類と言っていいのでは。ただ、山森の方が自分の思い通りにならないと地団駄踏むようなところもあるし、そういった点ではよほど春より人間らしい。自分では認めないでしょうけど。それに、小路さんはさらっと書いていますけど、志村家はかなり異常な家族ですよ。
 「間奏曲」とは劇やオペラの幕間に演奏される小曲、または組曲などの器楽曲で曲と曲とをつなぐ経過的な部分を言うそうですが、今回の題名に「間奏曲」と付けたのは、前作の山森という怪物の登場と今後の彼との決着がつくまでの間の話ということでしょう。終盤になって山森が登場し、「実は・・・」という話をしますが、それが結局「間奏曲」たるところだったのでしょう。
 それにしても、このカヴァー桧どうにかならないでしょうか。おじさんが図書館で借りるときに女性の図書館員さんに出すには気後れしますし、カヴァーをかけないと持ち歩くこともできません。なんだか誤解されそうなイラストです。 
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ヒア・カムズ・ザ・サン 東京バンドワゴン  ☆  集英社 
 シリーズ第10作目です。冒頭に堀田家を巡る人物相関図が掲載されていますが、回を重ねるごとに、ますます堀田家に関わる人物が大勢になってきました。今回の作品でも新たな人物が登場してきますが、シリーズも10年目を迎えると、新たな出会いと共にシリーズから退場する人も出てきます。そんなちょっと悲しい10作目です。
 従来どおり、夏から始まって堀田家の1年が描かれていきます。夏では堀田家に現れる幽霊騒ぎと遺品整理業の男性が持ってきた東京バンドワゴンの値札が貼ってある本を巡る話が描かれます。秋では図書館の開架書架に置かれた持ち主不明の本の謎、「はる」でご飯を食べながら本を読むおばあさんの正体、更には堀田家の庭の写真を密かに撮っている怪しげな若い女性の謎が描かれます。謎が解けてみれば、またまた懐かしい人物との再会と新たな恋の始まりというシリーズらしい話となります。冬では堀田家の蔵に皇族関係の書籍があることを知った宮内庁の要請をはねつける勘一に対し、宮内庁に恩を売りたい官僚の横やりにより藤島らの事業へ圧力がかかる様子を描いていきます。強大な権力者に対して決して引かない勘一ら堀田家に拍手です。春は研人の高校受験の結果とガールフレンドの芽莉依との関係が描かれます。ここでは花陽がかっこいいですよ。フラフラしているようでここぞというときには頼りになる我南人は相変わらずいいキャラですねえ。
 相変わらず堀田家には様々な問題や謎が持ち込まれますが、今回も勘一を筆頭に堀田家の面々の尽力によって、めでたしめでたしとなっていきます。そんなに悪い人は出てこないし、出てきたとしても堀田家の面々によってやり込められますし、そういう意味でも読んでいて安心です。下町ホームドラマで育ってきた身としては、アットホームなストーリーにホッとします。 
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ロング・ロング・ホリディ  PHP研究所 
 1981年、大学2年生のコウヘイは「D」という喫茶店でアルバイトをしている。ある日、そんな彼の元にあることから父を嫌悪し、家を出て東京で就職したまま一度も実家に戻ったことのない姉の美枝が訪ねてきて、そのままコウヘイの部屋に住むようになる。
 物語は、コウヘイとバイト仲間との交流を描く中で、「D」の常連客である女子高校生のヒロコの問題、「D」の社長と店長との確執問題をコウヘイや「D」のバイト仲間たちが協力して解決していく様子を描いていきます。更にはそんな中で、姉の帰って来た理由を知
ったり、ある女性との恋に落ちたりなど、コウヘイ自身の成長が描かれます。
 ひとことで言えば、青年の成長物語というストーリーです。ただ、なぜ、1981年を舞台にする必要があったのかと思うのですが、ストーリー的には1981年でなくてはという理由はまったく感じられません。ただ、1961年生まれの小路幸也さんからすれば、1981年は20歳の頃ですから、自分の学生時代を振り返るという小路さん自身のノスタルジーみたいなものがあったのでしょうか。そういえばコウヘイは一晩で書いた作品が地元新聞社の小説公募の佳作に選ばれるなど、文章を書くことに才能があるということですから、小路さん自身を反映しているのでしょう。
 父親を嫌うことを自分もしたという姉の苦しみは、ちょっと安直なストーリーという気がします。さらっと読むことはできましたが、残念ながらただそれだけで終わってしまったという感じです。 
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アシタノユキカタ  祥伝社 
 札幌で暮らす片原修一の部屋に小学生の女の子・あすかを連れたキャバ嬢の三芳由希が訪ねてくる。由希は片原に10年前に高校教師である片原の教え子だった鈴原凜子の元に、娘のあすかを届けて欲しいと頼み込む。片原はあすかだけでなく、何かいわくありげな由希
も連れて、凜子が入院しているという熊本の病院に向けて車で出発する。
 いわゆる“ロードノベル”というジャンルに入る作品なのでしょう。札幌から熊本まで車で向かう途中で色々な出来事が起きるということを期待していたのですが、札幌から熊本までの2000キロという長い道程にも関わらず、たいした出来事もなくあっさりと熊本に着いてしまったという感があります。
 冒頭から違和感を覚えていた部分についても、すぐ種明かしがされてしまうので、「実は・・・」という開けてびっくりという驚きもありません。
 相変わらず、小路さんの作品はいい人ばかりで、たとえ悪役であっても嫌な感じを読者に与えません。そのせいか、これといって深く考えさせられることもなく、また、登場人物たちの言葉に「そのとおりだな」とは思っても、ただそれだけで深い感動を覚えることもありませんでした。読みやすいせいもあっていっき読みでした。 
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恭一郎と七人の叔母  徳間書店 
  題名どおり、7人の叔母を持つ更屋恭一郎が7人の叔母のことをある人に語っていくという形をとった作品です。
 7人の叔母はお堅い教師になった人から水商売をしている人まで、それぞれユニークなキャラの持主であり、恭一郎が彼女らの子どもの頃からのエピソードを紹介していくという、ただ、それだけのストーリーですが、叔母たちの特異なキャラがエピソードをおもしろく読ませます。小路さんらしく、相変わらず悪人が出てこない、登場人物全員が善人です。
 ちょっと引っかかったのは、何だか時代設定がおかしいのではないかということ。読んでいる中では、そのエピソードからは叔母さんたちは戦前の生まれのように感じてしまいますが、恭一郎の年齢から推測すると、みんな戦後生まれでしょう。特に末娘の末恵子は恭一郎と7歳しか離れていないのですから、昭和も終わり頃の生まれですね。それからすると、一番上の姉である恭一郎の母にしても、僕より下の年代くらいなのに、それにしては、家の仕事のために住み込みで男の人たちがいたとか、土地が広くて子どもがその一角で釣り堀を作って経営するとか、まるで明治・大正時代を感じさせる時代錯誤のような状況が描かれています。今の時代とはあまりにかけ離れていますね。
 叔母さんたちのエピソードの他には、恭一郎が語っている相手はいったい誰なのかが大いに気になるところですが、そこは最後になるまで明かされません。
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札幌アンダーソング ラスト・ソング  角川書店 
 札幌市内でキュウちゃんこと仲野刑事にそっくりな人を見かけるという話があった中、仲野刑事の同級生で最近デートもした女性がマンションの屋上から墜落死する事件が起きる。更には時を同じくして主婦が殺され、連絡が取れない被害者の夫が仲野刑事そっくりだということが判明する。被害者の部屋の中からは仲野刑事の指紋が発見され、仲野刑事が疑われる中、これは山森の企みではないかと考えた根来刑事は春に相談する。
 生まれたときから先祖4代の記憶を受け継いで生まれてきた少年・志村春。彼は人間の感情や欲望をすべて研究し尽くしたい、その身と心で経験したいと考え、それが唯一の生きる糧となっており、志村家の家族はそんな春を命さえ懸けてサポートするために生きています。そんな春と根来、仲野が札幌のアンダーグラウンドでうごめく“変態クラブ”の“山森クラブ”の主催者である山森との戦いを描いてきたシリーズも3作目となり、これで最終話となるようです。
 いよいよ、今回、山森との最終対決に、これまでの2作の登場人物が集合するほか、根来の友人である、これまた強烈なキャラの人物が登場するなど(初登場にして、これで終わりではもったいないキャラです)、ラストらしい賑やかさです。総登場の中、春の母親の志村慶子が登場しないのは不思議です。
 春と山森という天才同士の戦いにしては、ラストはちょっとあっけない気がします。これで、終わりなの?という感じでした。 
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ストレンジャー・イン・パラダイス  中央公論新社 
 小路さんの作品らしい善人ばかりが登場する作品です(悪人もいますが、最後まで表舞台には登場しません。)。
 東京の有名IT企業で広報をしていたが、結婚を約束した恋人である社長に捨てられ、過疎で限界集落化している生まれ故郷“晴太多”に戻った土方あゆみ。同級生である役場に勤める今田から頼まれて“晴太多”再興の手伝いをすることになるが・・・。
 最近、インターネット環境さえ整っていれば田舎でも仕事ができるとして、IT企業が山深い田舎に営業所を設けるという話が実際にありましたが、作品中でベンチャー企業・スリーフィンガーが晴太多にサテライトスタジオを作る話は、これをモデルにしているのでしょう。正直のところ、実際にある話を小路さんなりに小説にしただけのストーリーで、ラストも予定調和のめでたしめでたしで終わりです。
 土方を始め、離婚して晴太多に戻ってきた綾那にしろ、スリーフィンガーの3人や正体不明の自称ニートの春本も、それぞれ心に傷を持っているのですが、ここで語られるのは表面だけです。読者としては深く考えることもなく、予定どおりの着地点に向かって進んでいくストーリーを追うだけ。あっという間の読了でした。まあ、爽やかな気持ちで読み終えることができたのは、よかったかな。 
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小説家の姉と  宝島社 
 大学時代に文芸誌の新人賞を受賞した朗人の姉は家を出て一人暮らしを始めるが、朗人が大学に入ったときに、自分と暮らさないかと申し出る。大学に近いからと姉の申出を受けて姉と一緒に暮らし始める朗人だったが・・・。
 何が起きるわけでもない、本当に普通の日常を描いただけの作品です。題名どおり、小説家になった姉とその弟の話が弟・朗人の視点で描かれていきます。姉が作品を書く出版社の編集長からは朗人の才能が買われて他の作家のゲラ読みを依頼されたり、姉を担当する美人の編集者とはお茶したり、朗人を理解する賢い恋人がいたり、彼のことを気に懸けてくれる同級生がいたりと、小路作品らしく悪人は登場せず、みんないい人ばかりで繰り広げられる物語です。こんな人たちばかりの中で暮らして行けたら楽だろうなあと思うばかり。ラストは姉が同居を求めてきた本当の理由が明かされて、めでたしめでたしで終わります。サラッと読了。 
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スローバラード  実業之日本社 
(ちょっとネタバレ)
 「モーニング」「コーヒーブルース」「ビタースイートワルツ」に続くシリーズ第4弾で、これが最終話のようです。
 「モーニング」では45歳のダイが大学時代の親友の死をきっかけに大学区時代の友人たちとの日々を振り返り、「コーヒーブルース」ではダイが30歳、「ビタースイートワルツ」ではダイが40歳の頃の事件を描きましたが、この作品で描かれるのは50歳を超えたダイです。
 物語は、大学時代のバンド仲間のヒトシの息子・智一が書き置きを残して失踪したことから始まります。同時期に智一の高校の女生徒の家で起こった傷害事件、更には同じバンド仲間で俳優をしている淳平の妻である花凜へのストーカー事件が起こります。何の関連もないと思われた事件に、共通の登場人物がいることが明らかになってきたことから、これらの事件の裏に、大学時代にダイたちが行ったあることが関係しているのではないかという疑いが出てきます・・・。
 前作以降、ダイはあゆみと17歳という年齢差を乗り越えて結婚しており、さやかという娘もいるという設定になっています。今回はこれをもってシリーズが終了ということもあってか、ダイの大学時代のバンド仲間たちとその子どもたち、また、「弓島珈琲」の店員である元女子プロレスラーの丹下さんに純也(あゆみの妹のみいなと結婚しています)、刑事の三栖(彼もかつては部下だった甲賀芙美を妻にしています)など、今までの登場人物が総出演で賑やかな様子を見せてくれます。
 苅田さんは既に鬼籍に入ってしまっていましたが、一番残念だったのは、橋爪が登場しないこと。やっぱり、ダイの人生に大きく影響を与えた橋爪にも最後登場して欲しかったですね。
 事件に関わる重要な人物として歌舞伎町でゲイバーを関くディビアンが登場します。頭の中に浮かんだのはミッツ・マングローブ。マツコの顔もらょっと片隅に浮かびましたが、元高校球児にしては太すぎかな。
 読了後は、題名の元となった忌野清志郎さんの「スローバラード」をじっくりと聞きました。 
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ザ・ロング・アンド・ワインディング・ロード 東京バンドワゴン  集英社 
 東京バンドワゴンシリーズ第11作目です。今回も春から1年に渡って堀田家に起こる出来事が語られていきます。
 “春”では、東京バンドワゴンが持つ“呪いの目録”を探し回る不審人物が現れます。また、裏に住む会沢玲井奈からは、今は真面目に働いている夫が昔悪い連中と付き合っていた頃の仲間・ケンジが近所を歩き回っていたと相談されます。果たして東京バンドワゴンの周囲をうろつく人物の正体は?ケンジはなぜ近所をうろついているのか?というのが“春”の話です。         `
 続く“夏”では、昔、イギリスに留学中の勘一の父・草平が留学先で元情報部員から譲られた彼が書いた英国王室のスキャンダルが書かれた私家版の本を巡ってイギリスの情報部が暗躍。堀田家とその仲間たちが情報部員たちと対峙します。ここでは勘一がイギリスまで行くという展開になります。
 “秋”は、研人がかんなちゃんと鈴花ちゃんの幼稚園の同級生・りっかちゃんのおばあちゃんの家におじいちゃんの幽霊が出て困っていると相談される話です。
 “冬”は、バンドや作曲ですっかり有名になった研人と研人の彼女である芽莉依に対する嫌がらせを一気に解消させようとする話です。シリーズファンにとってはある悲しい話も語られます。
 今回の話の中では、何といっても“夏”が一番でしょう。 007が所属するイギリスの秘密情報部MI6のスパイが私家版を奪いにやってくるという、下町ホームドラマにしてはあまりにスケールの大きな話が語られます。そこは下町ホームドラマの展開として、無事何事もなく一件落着になるのですが、情報部員が勘一たちにやられてしまうという、ある意味おとぎ話のようです。 
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ラブ・ミー・テンダー 東京バンドワゴン  ☆  集英社 
 東京バンドワゴンシリーズ第12弾です。今回は番外編で、我南人の亡き妻・秋実が我南人と結婚するきっかけとなった事件を描きます。
 コンサートから帰る途中、我南人ら“LOVE TIMER”のメンバーは、男たちに追われていた女性を助け、堀田家に連れてくる。女性は鈴木秋実と名乗り、自分と同じ養護施設出身者である現在売れっ子アイドルの冴季キリを助けるために施設を抜け出してき
たという。キリは歌手の三条みのると愛し合い、駆け落ちをしようとしたところを事務所に止められたという・・・。
 芸能界の古いしきたりの中で恋を成就できない若い二人のために堀田家とその周辺の人たちが総出を挙げて駈け回ります。今回は我南と秋実の若い頃の話なので、まだまだ堀田家は大人数ではありません。というより、勘一・サチ夫婦に我南人の3人家族という少なさです。その少なさを補うために、近くのアパートの大学生たちに食事を提供したりしています。大学生たちの中には、我南人を好きな子もいるようですが、読者としては秋実と結婚するのがわかっているので、傷つかないように諦めることができればいいなあと黄泉ながら思うばかりでした。
 相変わらずの下町ホームドラマの雰囲気は変わりません。物騒な人たちも登場しますが、ホームドラマですから安心して読むことができます。我南人の「LOVEだねぇ」の由来も明らかとなるなど、シリーズファンにと手は嬉しい1冊です。 
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猫ヲ探ス夢  徳間書店 
 災いを為す様々な厄を祓うために“事を為す”蘆野原の一族の話。シリーズ第2弾です。とはいっても登場人物は異なっています。今回は前作で登場した和弥と優美子の息子の正也と、泉水と百代の息子である知水の話です。和弥は戦争に行ったまま行方不明となっており、物語は戦後の時代を描きます。
 前作では正也の母親が猫になってしまいますが、この作品では正也の姉も猫になることができ、猫になったまま行方不明という設定になっています。正也は幼馴染みの知水とその母親の百代と暮らしながら、行方不明となった姉を待ち、閉ざされてしまった蘆野原の里の入口を探しています。何か大きな事件が起きるわけではありません。災いを為すものの兆候を感じると、正也は前作の和弥同様不思議なリズムの言葉を唱え、知水はそんな正也の横で印を結ぶだけ。それだけで災いを為すものは消え去り、派手な戦いが繰り広げられるわけではありません。後半、ようやくある少女の登場でストーリーは動きを見せますが、それでも読者の心に大きな波風を立てるわけではありません。物語は淡々と静かに流れていきます。 
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ヘイ・ジュード 東京バンドワゴン  集英社 
 毎春に刊行され、13弾ともなると相撲取りではないですが安定感が増してきたという感じです。シリーズが進むにつれ、次第に登場人物も増え、冒頭の相関図も細かくなってきましたし、物語をまず始めるに当たっての恒例のサチの登場人物紹介も長くなってきました。今回も従来どおり、1年を通して堀田家に起こる出来事を描いていきます。
 冒頭の冬では藤島の有名な書家の父親が亡くなり、そこで持ち上がった相続問題とともに、研人のバンドメンバーの父親の再就職に勘一、我南人が尽力します。
 春では、医学部を目指していた花陽の受検の結果が描かれます。もちろん、このシリーズですからその結果は誰もが想像するとおりです。また、以前シリーズに登場した(すっかり記憶からは抜け落ちているのですが)春野のぞみが、小学生の高学年になって再登場。その美貌から芸能界入りを目論む義父との間で悩むのぞみを堀田家の一同が手助けします。
 夏では、研人のガールフレンドである芽莉依の家庭事情を巡って、これまた堀田家一同が尽力します。研人が男らしい行動を発揮するところに拍手です。とはいえ、高校生なのにあんなにしっかりした考えを持つ研人にびっくりです。そして、もうひとつ、買い取りをした雑誌の中に挟んであった写真の謎が描かれます。これについては、「冬」の中に伏線が張ってありましたね。
 秋では花陽の恋模様が描かれます。あることを気にする花陽の交際相手である我南人のバンド仲間・ボンさんの息子・麟太郎に紺がある事実を語ります。表題の「ヘイ・ジュード」はボンさんの病室で我南人たちが歌い上げるご存知ビートルズのナンバーです。このシーンはちょっと胸が熱くなります。  
 堀田家の一家だけでなく、堀田家を取り巻く人たちも皆良い人ばかり。それぞれの人生は順調ですし(研人なんて、高校生にして既に芸能人ですからねえ。)、羨ましい限りです。こんな善人ばかりの世の中なら住みやすいのでしょうけどねえとちょっと嫌味も言いたくなるけど、きっと来年の14弾も読むのだろうなあ。 
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アンド・アイ・ラブ・ハー 東京バンドワゴン  集英社 
 勘一は86歳となってまだまだ元気です。シリーズ第1作からは8年が経ち、毎回様々な人物との出会いがあるため、巻頭に掲げられている人物相関図も掲載される人が増えるばかりです。また、出会いとは逆に、大切な人との別れも語られる1作となっています。
冒頭で幽霊である語り手のサチによる舞台となる東京バンドワゴンの紹介があるのはいつもどおり。季節に分かれた4話に大家族での賑わいのある朝食シーンがあるのもいつもどおりです。
 研人の後輩であり写真好きの水上くんが高校生に絡まれているのを茅野が助け、東京バンドワゴンへ連れてきます。元刑事の茅野が言うには、途中何者かに後をつけられていた気配がするとのこと。いったい、誰が何のために(「秋 ペンもカメラも相身互い」)。
 藤島ハウスの様子を窺っている人たちがいると新しく管理人になった玲井奈より報告があります。藤島ハウスに住む池沢百合枝のことを探っているのではと皆が考えたとき、東京バンドワゴンに映画監督の田山がやってきて、ある依頼をします。また、この話の中で、いよいよ一本の悲しい電話がかかってきます(「冬 孫にも一緒の花道か」)。
 研人も高校三年生になり、自分は進学せずにバンドを続けると決めているものの、バンド仲間の将来に悩みます。そんな時、サチの実家である五条辻家の父親の蔵書を巡って勘一と因縁のある山端文庫の醍醐名誉教授が東京バンドワゴンを訪ねてきます(「春 花咲かすかその道の」)。
 白内障と緑内障を患って、目が見えなくなってきたかずみは介護付きの老人ホームに入所することを決めます。また、独身を貫いてきた藤島にも女性の影が・・・(「夏 アンド・アイ・ラブ・ハー」)。 
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駐在日記  中央公論新社 
 病院で外科医をしていた花は、患者の家族から逆恨みされて襲われ、右手を怪我をし、メスが握れなくなってしまう。事件の聴取で花の元を訪れた刑事の周平とその後結婚することとなるが、周平が刑事を続けることによって花に事件のことを思い出させたくないと、周平は花の療養を兼ねて交番勤務を希望し、雉子宮駐在所に赴任してくる・・・。
 村に若い男女がやってくる。折しも本部からは逃走した強盗の生まれ故郷が雉子宮だという連絡が入る。果たして彼らは強盗なのか・・・「日曜日の電話は、逃亡者」。
 嵐の中、村の寺から70年に1度しか開帳しないという秘仏が盗まれる。犯人は最近村に来たばかりの男ではないかという噂が流れるが・・・「水曜日の嵐は、窃盗犯」。
 炭焼きをしている男が山の中で化け物を見たり、山道に蛇が大量発生し、少女が噛まれるという事件が起きる・・・「金曜日の蛇は、愚か者」。
 川原で男性の死体が発見される。花の見立てでは病死と思われたが、釣り人の格好をした男は身元を証明するものを何も持っていなかった・・・「日曜日の釣りは、身元不明」。
 元刑事だった簑島周平と、元外科医だった花の新婚夫婦が山の中の雉子宮駐在所に赴任してくることから始まる4編が収録された連作短編集です。物語は花の視線で、花が書いた日記という形で語られていきます。管内の人口が500人程度の集落で、お互いに助け合って生きていかなければならない中で、村に波風立たないように、花の日記に書かれる事実に対し、周平の書く駐在日報の内容がちょっと変更されるという話です。いいのでしょうかねえ。軽いタッチで描かれているのでそんな深刻な雰囲気にはなっていませんが、中には犯罪に目をつぶってしまうものもあるのですけど。 
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あの日に帰りたい 駐在日記  中央公論新社 
 「駐在日記」の続編です。
 簑島周平と花が雉子宮にやってきて9か月が過ぎました。二人もすっかり村の生活に馴染んでいます。収録されているのは冬から秋までの1年の間に起きた、子どもたちが校庭に作った雪だるまが一夜のうちになくなった事件(「冬 日曜日の雪は、落とし物」)、落ちたら死体が上がらないと言われる滝に指名手配中の連続企業爆破事件の犯人らしき男が落ちて行方不明となった事件(「春 木曜日の滝は、逃亡者」)、姉弟の仲がよくないと言われる村の神主さんの姉が仕事を辞めて村に戻ってきたが、神社とは相容れない霊能者としての活動を始めたわけ(「夏 土曜日の涙は、霊能者」)、妻と弟との仲を疑った兄が猟銃を持ちだして家に立てこもった事件(「秋 火曜日の愛は、銃弾」)の4つの事件や謎が語られます。
 中には、警察官として通報しなくてはならないのに、周平は目をつぶってしまうものがあります。誰のためにもならないと周平は自分で判断しますが、「相棒」の右京さんが知ったら、絶対許しませんよね。周平のような融通はきかしませんから。というより、周平が勝手に一人で判断するのはおかしいでしょう。まあ、それがこの物語の売りである人情ドラマという点なんでしょうけど。物語の舞台を昭和50年代初めに設定してあるのは、こうした展開の話を書くために小路さんが意図したものでしょう。昭和50年代初めは、まだ田舎の駐在さんは、警察官である前に村の一員としての存在に重きが置かれていたのでしょうか。今だったら、隠しても絶対SNSで拡散してしまいますよね。
 作品的には周平の優しさを感じる読者も多いのでしょうけど、個人的には、どうも素直に読むことができません。 
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イエロー・サブマリン 東京バンドワゴン  文藝春秋 
 今年も4月となり、いつもどおり「東京バンドワゴン」シリーズの新作が発売されました。今回、ビートルズの曲からとった題名は「イエロー・サブマリン」です。
 相変わらずの下町ホームドラマテイストです。四季のそれぞれの季節で東京バンドワゴンの周囲で起きる事件や謎をみんなで解決していくパターンはいつもどおり。東京バンドワゴンに卒論を書くために来た女子学生の用件が、我南人の幼馴染の新ちゃんが勘一と祐円に頼みに来たことと関係があったり(「夏-絵も言われぬ縁結び」)、東京バンドワゴンで古本の見返しを見て購入する謎の女子中学生と、かずみが入居した老人ホームで仲良くなった老女との間に関係があったりと(「冬-線が一本あったとさ」)ご都合主義が目立ちますが、まあそれも、このシリーズの定番というかお決まりの展開といえます。
 このシリーズには、ほとんどが善人ばかりで悪人の登場はあまりないのですが、珍しく今回は、まさしく“悪人”と呼んでいい人物が登場します(「春-イエロー・サブマリン」)。でも、大丈夫。頭の切れる紺たちや、元刑事の茅野さんもいるのですから、事件は無事に解決し、懸案事項もめでたし、めでたしとなります。そして今回の一番のメインは、芽莉依の東大入試とその結果。そして前から話のあった研人と芽莉依のこの後が決まります。このシリーズですから、もちろん、悲しい結果になる訳はないですね。 
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国道食堂  1st season 徳間書店 
 冒頭、主人公であるジャーナリストの山峰健次がその後“B”と呼称される謎の男に発見される場面から物語は始まります。男が探していたのは、第2次世界大戦中に負け戦のはずだった日本軍のある作戦を成功に導いたとされ、「悪魔の楽器」「熱狂」と呼ばれたトランペット。トランペットを隠し持っていた山峰は逃走を図るが・・・。
 サスペンスフルに始まった物語は、山峰がトランペットを持つに至るまでに遡り、日本人を祖先に持つヴェトナム人留学生の女性との恋などを描きながら、謎の男たちからの逃走劇を描いていきます。
 やはり中村さんの作品は難しいです。前作同様、この作品でも「神」とか「天皇」のことが語られ、また過去作品でも中村さんがテーマにしていた新興宗教のことも登場します。更には江戸時代から続いたキリスト教への弾圧(明治初期にもキリスト教が弾圧されていたことはこの作品を読んで初めて知りました。)や、ヴェトナムの現代史、戦時中にトランペットの持主であった軍楽隊の兵士“鈴木”の人生などが挿入され、読み易くてどんどんページは繰ることができるのですが、多くの事柄が描かれ過ぎて、結局どういったことだったのか頭の中でなかなか(というよりほとんど)整理できません。
 個人的には、結局あのトランペットはいったい何だったのか、山峰の行方はどうなったのか等々消化不良です。
 最後に唐突に登場する“N”という小説家は中村さん自身のことでしょうか。 
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国道食堂 2nd season  徳間書店 
 国道157号線沿いにある“国道食堂”を舞台に、前作から1年後を描くシリーズ第2弾です。
 今回も多くの語り手を変えながらそれぞれの人生が語られていきますが、ストーリーの中心となるのは“国道食堂”の店主である元プロレスラーの本橋十一と生命保険の外交員である加藤和美との結婚の話です。前作にも登場した久田亜由と篠塚洋人の結婚式を国道食堂で行うに際し、同時に十一と和美の結婚を発表しようと考えます。ところが、二人の結婚に和美の離婚したDV夫の影がちらつく様になります・・・。
 DV夫の妹がトラックドライバーとして国道食堂に寄ったり、DV夫から元妻の行方探しを依頼されていたフォトグラファーが国道食堂を偶然訪れたり、地崎裕の恋人である鈴木みのりの上司がDV夫だったり、更には久田亜由と篠塚洋人の結婚にもDV夫が関わってきたりと、とにかく偶然があまりに重なり過ぎます。現実にはとてもこんなに偶然が重なることは考えられません。まあ、小説世界のファンタジーと思って割り切って読むのが楽しむことができます。
 小路さんの別シリーズである東京バンドワゴンシリーズにも本当の悪人というキャラクターは出てきませんが、それはこのシリーズでも同じ。予定調和的な展開で、次はこうだろうと思った通りにストーリーが進みますが、今の新型コロナの感染拡大でギスギスしている世の中に、読んでいてホッとするストーリーは求められているかもしれませんね。
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グッバイ・イエロー・ブリック・ロード 東京バンドワゴン  集英社 
 研人のバンドが世界的ロック歌手のキースに誘われ、イギリスでアルバムの録音をすることになる。研人らバンドメンバー3人に我南人の4人はイギリスに住む藍子とマードック夫妻の元に滞在することになり、イギリスに向かう。マードックや彼の父母に歓迎されたのもつかの間、警察がやってきてマードックに日本への絵画密輸の件について聞きたいと警察への同行を求めるが、マードックは警察からの帰路行方不明となってしまう。我南人と研人たちは日本にいる木島や藤島たちの力も借り、マードックの行方を探すが・・・。
 毎年春に刊行される“東京バンドワゴン”シリーズも今作で16作目です。今回は春夏秋冬に分かれた4編が収録されている通常のパターンのものと異なり、いわゆる番外編の1作です。
 下町テレビドラマ風味の作品ですから、そうそう悪い結末になるわけがないとわかっているので、マードックが行方不明になっても深刻さは感じません。東京バンドワゴンに集まる人々が協力し合って事態の解決を図っていくのはいつもどおり。悪漢たちも、その正体を考えれば、本当は恐ろしい人たちなんでしょうが、この作品では簡単に捕まってしまうというお決まりのハッピーエンドの決着です。事件を計画した人たちも本当の悪人ではなく、やむを得ず事件を起こしたんだという下町ドラマにありがちな設定です。
 このシリーズ、進むにつれて、我南人をはじめ、東京バンドワゴンに集まる人たちが力を合わせれば何でも解決してしまうという感じが強くなってきて、最初はあんなに発売を楽しみにしていたのに、同じパターンで正直のところ飽きてきてしまいました。深刻にならずに、読後心温かくなれるという点では読むには一番ですけど。
 今回の題名はエルトン・ジョンの曲から。大学生の頃にヒットしてあちらこちらで流れていたことを思い出しました。 
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明日は結婚式  祥伝社 
 「下町ホームドラマ」テイストの「東京バンドワゴン」同様、この作品もお茶の間でホームドラマを見るような雰囲気の作品です。
 結婚式を翌日に控えた新郎・新婦の家族それぞれを語り手として、自分たちの思い、家族のことを語っていきます。悪人は登場しませんし、二つの家族の構成員もみんないい人ばかり。二人は結婚後、パン屋をやっている新郎の家に同居するのですが、絶対嫁・姑の争いはないだろうし、うまくいくことがわかります。片方の祖母ともう片方の祖父に昔関わりがあったなんて、あまりにできすぎです。読んでいて嫌な気持ちになりませんが、まあただそれだけの作品でした。 
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君と歩いた青春  中央公論新社 
 「駐在日記」シリーズ第3弾です。簑島周平と花が雉子宮にやってきて1年と10か月が過ぎました。今回も冬から始まる4つの季節に花の語りによる4話が収録されています。
 今作では前作で雉子宮山小屋で働く坂巻圭吾と雉子宮神社の神主の娘である早稲の夫婦が駐在所の2階に住み始めたことから周平と花夫婦の彼らも加わっての話が進んでいくという形になっています。
 雉子宮で村長と呼ばれる地区の行事の取りまとめ役である高田が脳卒中で倒れる。暴力的だった父と兄から離れて暮らしていた次女が娘と夫を連れて帰ってくるが、実家に行く前に駐在所に寄って、ここに寄ったと父と兄が知れば、帰ってきた次女たちに無体なことはしないだろうと言う(「冬 木曜日の雪解けは、勘当者」)。
 世間が政界の汚職事件や芸能界のマリファナ汚染摘発事件で騒いでいる中、雉子宮山小屋のログハウスに小説家とその秘書がやってくる。ところが小説家は小説を書いている様子がない(「春 土曜日の来訪者は、スキャンダル」)
 山の中に不審な狐火を多くの人が見る。寺の住職の昭憲は見たという老人と山の中の今では廃屋となっている家を訪ねるが、その際、老人は子供の影が山に向かって走っていく姿を見たという。その家ではかつて子供が山で死んだという過去があった(「夏 日曜日の幽霊は、放浪者」)。
 雉子宮のあおい山にTV局の番組で埋蔵金探しが行われることになる。やがて、発掘場所から人間の頭蓋骨が発見される(「秋 木曜日の謎は、埋蔵金」)。
 今回、深刻な事件は発生しません。もちろん、「春 土曜日の来訪者は、スキャンダル」では周平たちにとってはともかく、当事者にとっては悲しい結果だったりもしますけど。「秋 木曜日の謎は、埋蔵金」は、まあおとがめなしでしょうし、「夏 日曜日の幽霊は、放浪者」は、事件ではなく、これはもう夏ならではの話です。 
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隠れの子 東京バンドワゴン零  集英社文庫 
  小路幸也さん初めての時代劇であり、何より“東京バンドワゴン”シリーズの先祖が登場する作品ということで読まないわけにはいきません。“東京バンドワゴン”シリーズといえば、ちょっとミステリ風味のある人情味あふれる下町ホームドラマとされますが、今回のこの作品は趣がまったく異なります。なんと、特殊な能力を持った者同士の戦いを描くのですから。
 作品中では特殊な能力、いわゆる超能力を有する者を“隠れ”と称しています。それから派生する“隠れあそび”とか“ひなたの隠れ”“ひとり隠れ”“闇隠れ”と、この作品だけの造語が出てきますが、それはおいおい読みながら理解していくしかありません。
 主要登場人物は、この“隠れ”たちを自分の店で雇い保護している自らが“隠れ”である植木屋・神楽屋の鉄斎。その鉄斎の店に住み込む、“隠れ”の能力を消滅させることができる力を持つ少女・るう。そして、この人が“東京バンドワゴン”の堀田家の先祖であろう定廻り同心で人並外れた嗅覚を持つ“ひなたの隠れ”の堀田州次郎。更に秣商・遠州屋の主人で“ひとり隠れ”の佐吉と“隠れ”ではないが、堀田の父と以前同僚であった牢屋同心・日下安佐衛門。
 堀田州次郎は心臓の病で死んだ父の遺品の中から、店に入った盗人を始末する“ざりば講”と称す商人たちの集まりの存在を知って調べ始める。堀田はその人並外れた嗅覚で、父が亡くなったその日に父の部屋に入った男女がいることを嗅ぎ取り、父の死が病死ではなく殺害されたのではないかと疑う。やがて、鉄斎、るう、佐吉たちの力を借りて“ざりば講”を探り、やがてそこに闇に引き込まれてしまった“隠れ”=“闇隠れ”の存在に気づき、彼らと戦うこととなる・・・。
 このラストなら、小路さんはまだまだ続編を書く気満々ですね。これからも”闇隠れ”との戦いが続くのでしょうけど、今後どんな超能力を持った者が登場するのか、楽しみです。
 それにしても、東京バンドワゴンシリーズとリンクはないですし、別に堀田州次郎を東京バンドワゴンの堀田家の祖先にする必要はまったくないですね。
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ハロー・グッドバイ 東京バンドワゴン  集英社 
 シリーズ第17弾になります。いつもどおり、ビートルズの歌から取った題名とともに、堀田家の1年が描かれます。冒頭はこれまた、いつもどおりの幽霊である堀田
サチによる登場人物の紹介です。シリーズが長くなるにつれ、相関図に書かれる者も増えてきて、紹介も長くなってきました。
 「春 ここ掘れワンワン迷子かな」では隣家の新築工事に携わっていた女性の行方不明事件が、「夏 一夜一夜にもの語る」では夜の営業を始めたカフェで椅子の上に千円札が挟まれた古本が何度か置かれた謎が、「秋 どこかで誰かが君の名を」ではカフェのアルバイトの女の子が祖母から間かされた童話がカフェの客が忘れていった封筒の中の紙に書かれていた謎が描かれます。最後の「冬 ハロー・グッドバイ」では、事件は起きません。シリーズが長く続く中での親しい人との別れが描かれます。
 今回登場した人物たちが、実は堀田家と何らかの関係があったというところは、ちょっとできすぎ感が強いですねえ。まあ、これが「下町ホームドラマ」なんでしょうけど。 
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ペニー・レイン 東京バンドワゴン  集英社 
 シリーズ第18弾です。今回もまた出会いと別れの物語が語られます。
 増谷家と会沢家の新築工事が終了し、藤島ハウスから両家が新居へ引っ越し、イギリスからは藍子とマードック夫妻が帰ってきます。更には、池沢さんがかずみと同じ施設へ入居することとなり、藤島ハウスから出て行きます。
 我南人の出演で東京バンドワゴン周辺の下町を紹介するテレビ番組が製作されることとなったが、なぜか担当ではないディレクターが挨拶に来ただけでなく、その日に退職していたという謎、東京バンドワゴンの店先に古本とLPが入った発泡スチロールの箱が置かれていた謎、研人が大人の女性の部屋に行く謎、そして放火事件の謎等々堀田家を巡って様々な事件が起きます。
 登場人物はみんないい人ばかりで、新たな登場人物やその関係者が以前東京バンドワゴンと何らかの関係があったり、登場人物の中で次々とカップルが生まれていったりというようなご都合主義的な展開も目につきます。これでは冒頭に掲載されている相関図も2ページではだんだん収まらなくなりすよね。いつものサチの人物紹介も大勢になってきていますし。個人的にはそろそろ下町ホームドラマもマンネリ化してきた感が強いです。 
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