▲トップへ   ▲MY本棚へ

菅浩江の本棚

  1. 永遠の森 博物館惑星
  2. 不見の月 博物館惑星U
  3. 歓喜の歌 博物館惑星V

永遠の森 博物館惑星 ハヤカワ文庫
 第54回日本推理作家協会長編・連作短編集部門賞受賞作品です。
物語の舞台は、地球の衛星軌道上に浮かぶ博物館惑星アフロディーテ。この惑星は、その全体が博物館を構成しており、全世界のさまざまな美術品が収蔵されています。音楽・文芸担当部門は「ミューズ」、絵画・工芸担当部門は「アテナ」、動・植物部門は「デメテル」、そして、それらを統括する部門として「アポロン」が置かれており、それぞれのデータベース・コンピューターを頭脳に直接接続した学芸員によって、研究が進められています。
 主人公は、アポロンに所属する田代孝弘。物語は、田代の元に持ち込まれるやっかいごとを巡る9編からなる連作短編集です。
 理系の頭を持っていない僕にとっては、随所に出てくる理系の言葉が、理解できないところがありました。直接接続という概念がうまく創造できませんでしたし、科学的な単語、例えば黄金率の説明もよくわかりません。でも、わからないで読み進めていっても、それを補って余るほどの素敵な物語でした。
 その中でも一番は、やはり、表題作の「永遠の森」でしょうか。若き頃、交際していた二人。男は彼女を捨てたばかりでなく、彼女のアイディアを盗用し名声を高めていく。残された女は、その後も結婚をせず、彼との思い出を胸に人形作りに専念する。そんな二人が生前残した「エターニティ」と名付けられたバイオ・クロックと「期待」と銘打たれたオルゴール人形が並べられたとたん・・・。
ラストの情景が心の中に浮かび上がりました。
 それぞれの物語は完結するのですが、全編をとおして、その底辺に流れているテーマがあります。それが最後の「ラブ・ソング」で描かれますが、実はそこまでに伏線がそっと置かれていたのに気がつきます。そして、それまでさらっと書かれていたある人物が登場し、素敵なラストを迎えます。ボキャブラリーに乏しくて、こんな言い方しかできませんが、オススメです。
リストへ
不見の月 博物館惑星U  早川書房 
 「永遠の森 博物館惑星」の続編です。前作が刊行されたのが2000年7月ですから、なんと19年ぶりの続編になります。続編が19年ぶりなんて、ちょっと聞いたことがないですね(近いところでは原ォさんの探偵沢崎シリーズの14年ぶりというのがありました。)。前作の主人公であった田代孝弘はこの作品では主人公の上司として登場します。
 地球の衛星軌道上のラグランジュポイント、月の反対側に位置するポイントに浮かぶ巨大な博物館の惑星は「アフロディーテ」と呼ばれ、そこには全世界の美術品や動植物が収集され展示されています。物語は、そこに新人警備員として赴任した兵藤健、同期の総合管轄担当の尚美・シャハムが遭遇する6つの事件が描かれていきます。
 ただ、この作品では、健や尚美が遭遇する事件の解決を描くだけでなく、全体を通して“芸術”というものは何かということへの考察も語られていきます。「手回しオルガン」に登場する手回しオルガンは、年代物であることそのものが工芸品として価値があり保護剤で処置をして収蔵すべきなのか、それともたとえ劣化しても楽器は弾くことに意味があるのかとか、「白鳥広場にて」で描かれる鑑賞者の与える刺激によってどんな形にも変わる自律粘土によるオブジェは美術なのか等々。
 そして、どれもがそこで語られる芸術作品を介して、様々な人間模様が描き出されていきます。「黒い四角形」では大家・楊偉とその弟子であり容姿の端麗さから多くのファンを抱えることとなったショーン・ルース、ショーンを売ろうと強引なまでのプロモーションをする画商のマリオ・リッツォの三人の関係が展覧会場に騒動をもたらしますが、実はそれぞれの行動の裏側、特にマリオの端から見れば金儲け主義の行動の裏にはある思惑があったのが明らかとなります。
 「お開きはまだ」では、目の不自由な評論家のアイリスが、あるミュージカル男優のミスを辛辣に批判しますが、実はその辛辣な批評の裏には彼女が本当に求めていたものが隠されていたことが明かされ、その求めていたものを手にするラストが素敵です。
 「オパールと詐欺師」で語られるのは、アフロディーテに自分の犬の乳歯をオパール化して地球で長い間待たせている恋人への結婚指輪にすることを依頼してきた宝石採掘家ライオネルと彼に同行する元詐欺師のカスペル、そして地球でライオネルを待っている恋人という三人の人間模様です。最後に明らかにされる意外な事実に驚かされます。
 最後に置かれた表題作である「不見の月」では父と娘の関係が語られます。若くして亡くなった二女を愛し、長女には辛く当たっていた父が残した「不見の月 #十八」と題された絵。かつて盗難に遭い、何者かによって武骨な片腕が書き加えられ、更にはその部分レリーフのように盛り上がって戻ってきた「不見の月 #十八」に何の意味があるのかという謎を解くことによって、父の本当の気持ちが明らかになります。
 ミステリ風味と芸術への考察がミックスした作品ですが、最後までひとつ残されたものがあります。「手回しオルガン」から名前が出てくる健の叔父であり、詐欺師の兵頭丈のこと。今回は名前だけで直接登場してきませんでしたが、健がここでの勤務を希望したのは叔父のことも関係していたようであり、今後の展開が気になるところです。 
 リストへ
歓喜の歌 博物館惑星V  ☆  早川書房 
 博物館惑星シリーズ第3弾です。
 今回も地球の衛星軌道上に建造された博物館惑星“アフロディーテ”を舞台にいくつかのエピソードが語られます。
 それぞれのエピソードは独立して読むこともできますが、それら全体を通して描かれるのは、VWA(権限を持った自警団)の兵頭健やアポロン(総合管轄部署)学芸員、田代孝弘らと美術品闇取引をおこなう組織“アート・スタイラー”との攻防です。U「にせもの」でアフロディーテ所有の逸品「片切彫松竹梅」とそっくりの壺が、地球の蔵から発見されるという贋作事件で姿を現した“アート・ステイラー”との戦いが最後の「歓喜の歌」の章で決着を見ることになります。そして、それとともに前作で謎めいた人物として描かれていた兵頭健の叔父である兵頭丈次の正体が明らかとなり物語は大団円を迎えます。ラストを飾るのが、ベートーベンの交響曲第9番「歓喜の歌」というところが大団円らしいところです。
 それぞれのエピソードはUを除くと、違法な遺伝子操作で生み出されたタマムシの外界への逃走による生態系の変化を防ごうとする兵頭らの話(T「一寸の虫にも」)、賞を取った写真は実は加工をしたものであることに悩み、うまくシャッターチャンスを捉えられなくなった“笑顔の写真家”と言われた男の話(V「笑顔の写真」、W「笑顔のゆくえ」)、父親の薬効ある植物の発見に際し、製薬会社の会長が父親を騙したと恨む息子の話(X「遥かな花」)が描かれますが、どれもが人間ドラマとして深い味わいを感じさせてくれます。なかでも、「笑顔の写真」「笑顔のゆくえ」のラストには大きく心を揺さぶられます。そのほかにも、心を持つAIの話等もあり、単にSFにとどまらない作品となっています。 
 リストへ