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曽根圭介の本棚

  1. 熱帯夜
  2. 沈底魚
  3. 殺し屋.com
  4. 黒い波紋

熱帯夜 角川文庫
 日本推理作家協会賞短編部門を受賞した表題作を含む3話からなる短編集です。
 表題作「熱帯夜」では、訪れた友人の家で、借金の金策に行く友人の代わりに、友人の妻とともに借金取りのやくざに監禁された男の視点で語られる章と、仕事から帰る途中の看護師の視点で語られる章が交互に描かれます。この二つの章がどこで繋がってくるのかがこの作品の見せどころです。曽根さん、見事に読者をミスリーディングします。さらに、メイントリックだけでなく、読者のミスリーディングを誘うちょっとしたトリックもあり、読ませます。いろいろ伏線は張られているのですが、見事に騙されました。
 「あげくの果て」は、近未来の日本を描いたブラックな作品です。日本は、隣国と戦争をしているという設定で、なんと高齢者に徴兵制度があり、“お迎え”と称する召集令状により戦地に赴きます。世の中には、この制度に反対する敬老主義過激派組織「連合銀軍」がいる一方、国が疲弊したのは今の高齢者のせいであると主張する若者たちの廃老主義青年組織「アオ」があり、対立しています。この作品は、こうした世の中に翻弄されるある一家を描いたもので、一家の行き着く先には、あまりに悲しい現実が待っています。切ないです。
 「最後の言い訳」は、ブラックなホラー作品です。市役所の苦情処理係として勤める主人公の現在と小学生の頃の回想、そしてところどころに挿入されるニュースにより、ゾンビが次第に増加し、今ではゾンビの方が多数派という世の中の現状を描き上げていきます。ゴミ屋敷のゴミの撤去に行った先で彼が直面する重要な選択の結果を表わす最後の一行が何とも言えません。これは、悲しいラストですが、ある意味爽やかなラストでもあります。
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沈底魚 講談社文庫
 第53回江戸川乱歩賞受賞作です。
 米国へ亡命した中国の外交官の口から、日本の国会議員の中に“沈底魚”、暗号名マクベスと呼ばれる中国のスパイがいるという情報がもたらされる。警視庁外事二課の不破らは警察庁から派遣された女性キャリアの凸井の指揮の下、“沈底魚”の正体を探るが・・・。
 この女性キャリア凸井が非常に強い印象を与えます。通常こういう作品に登場する女性キャリアは頭がいいのは当たり前、そのうえ美人でスタイルもいいというのが相場ですが、凸井は全く違います。「飛び出た広い額、その下にある小さな目、どんな堅いものでも噛み砕けそうな顎」というあまりに特異な容貌です(文庫の解説の中では、「容姿は原始人的な女丈夫」とまで言っています。)。彼女以外に課内に五味グループという派閥を作り仲間にさえ暴力を振るうという五味刑事もキャラとしては印象的です。
 誰が本当のことを言っているのか、誰が嘘をついているのか、仲間内でさえ疑心暗鬼という状況の中、殺人が起きたり、中国のスパイが登場したりと、国際社会の裏側って恐いなあと思わせる作品ですが、読ませます。とにかく何が真実なのかわからない状況で、主人公ら捜査員が振り回されるように読者も最後まで振り回されます。国際謀略小説や公安警察ものが好きな人にはおススメです。
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殺し屋.com 角川書店
 インターネット上にある“殺し屋.com”のサイト。そこは殺人依頼を殺し屋が入札をする場で、最低価格で入札した殺し屋が、その殺人を請け負うというもの。そのサイトに集まる殺し屋を描く4編からなる連作短編集です。
 冒頭の「佐分利五郎の決断」は、本業は刑事、副業で殺し屋をやっている佐分利五郎の話。嫌な女性上司に命じられて、恋人が続けて不審死している女性を見張るが・・・。「邪魔者」は、本業がホームヘルパーの女性の話。生活のために痴呆症になった殺し屋の名をかたって殺しに手を染めてしまったホームヘルパーのおばさんだったが、商売敵の殺し屋が現れ、なかなか落札できなくなる・・・。「ジャッカルの落とし所」は、ヴェテランの殺し屋ジャッカルの話。殺しに失敗し、組織から逃げようとしたところ、命が欲しかったら入札ではなく“ズイケイ”で仕事をするよう命じられる・・・。“ズイケイ”とカタカナで書くのも言葉としておもしろいですが、“ズイケイ”の仕事には、なるほどなあ〜と思ってしまいます。最後の「小さな依頼人」は他と違って殺し屋ではなく探偵が主人公。友人が行方不明となり、探していくうちにある事実を知ってしまう・・・。
 殺しの入札とは、それもインターネットのサイトでの入札とは、まるでインターネット・オークションみたいで、おもしろい設定を考えたものですが、「熱帯夜」を書いた曽根さんですから、一筋縄ではいきません。殺し屋が主人公でない「小さな依頼人」で、それまでの嫌な気持ちをひっくり返す、あっと驚くラストを期待したのですが、曽根さん、そんな読者の気持ちを裏切るだけでなく、さらに読了感が悪くなるラストを用意しています。
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黒い波紋  朝日新聞出版 
 加瀬将造は元刑事。警察が得た個人情報を売っていたことが発覚して警察を依願退職させられ、今では便利屋のアルバイトで食いつないでいる。幼い頃、母と自分を捨てて家を出て行った父親が死んだという警察からの知らせに金目のものが残っていないかと訪ねて行った父親の住んでいたアパートの天井裏に隠されていたビデオテープと、父親が契約していた民間の私書箱に残されていた現金から、加瀬は父親が誰かの弱みを握って脅迫していたのではないかと考え、自分もうまい汁を吸おうと行動を起こす・・・。一方、かつて運転手をしていた国会議員の妻から息子を脅迫している相手を調べるよう依頼された生方貞次郎は、脅迫者の身元を探り始める・・・。
 二人の、脅迫する側の男と脅迫される側の男の攻防を描く物語かと思っていましたが、そこに二人とはまったく関係のない第三者が登場し、それぞれが勝手に事実をねじ曲げて理解したことから、話はあらぬ方向へと進んでしまいました。あまりに唐突なストーリー展開ですが、最近報道されたある事件を思い浮かべるような事実が描かれていてびっくりです。こちらの作品の雑誌掲載の時期の方が早かったようですが。 
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