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下村敦史の本棚

  1. 闇に香る嘘
  2. 叛徒
  3. 生還者
  4. 真実の檻
  5. 難民調査官
  6. 失踪者
  7. 告白の余白
  8. サイレント・マイノリティ 難民調査官
  9. 緑の窓口
  10. サハラの薔薇
  11. 默過
  12. 悲願花
  13. 刑事の慟哭
  14. 絶声
  15. コープス・ハント
  16. 法の雨
  17. 同姓同名

闇に香る嘘  ☆ 講談社
 腎不全で透析をしている孫のために腎臓を提供しようとしたが、移植に適さなかった村上和久は、兄に提供を求めるが拒否をされてしまう。兄の頑なな拒否の態度から、村上の心の中には、中国残留孤児で30年前に帰国した兄が実は兄に扮した別人ではないか、それゆえ検査でそれが判明することを恐れているのではとの疑いが芽生える。さらには実家の物置にあったヒ素が入った小瓶を見つけたことから、兄が母の殺害も企んでいるのではとも疑い、兄の身元を探っていくが、そんな和久の周辺で不審なことが起き始める・・・。
 第60回江戸川乱歩賞受賞作品です。この作品の特徴は、真相を探る主人公が全盲という障害者であること。古いところでいえば、エラリー・クイーンの「Yの悲劇」等に登場する探偵・ドルリー・レーンが聴覚を失った障害者でしたね。とはいえ、主人公は名探偵ではありませんから、ドルリー・レーンのように見事に推理をしていくわけではありません。盲目であるが故に疑心暗鬼に陥ったり、危険な目に遭ったりします。目が見えないことによる恐怖は幾ばくのものがあるのでしょう。特に以前は見えていたということは、その恐怖に拍車がかかる気がします。自分の隣に自分を殺そうとする人が密かにいるのを知ったときや、道路際で後ろから突き飛ばそうとする人がいるのではないかという恐怖は計り知れません。こうした主人公が感じる恐怖は、この作品が一人称で書かれていることで、読者自身にも真に迫って感じとることができます。
 最近のミステリではあまり見られなくなった暗号も登場します。点字を使った暗号なので、点字をまったく知らない僕にとっては解読できるものではありませんでしたが、「へぇ〜そういうことか」となかなか楽しむことができました。
 中国からの不法入国者、不法入国を手引きする中国のマフィア・蛇頭、入国管理局らも入り乱れ、盲目である和久にとっては誰が本物なのかがわかりません。そして中心となる謎である兄が本物なのかどうか。それまでに見えていたものがいっきに逆転するラストは作者に見事にやられたなあという感じです。読み応えのある作品でした。
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叛徒  講談社 
 第60回江戸川乱歩賞受賞後第1作です。今回の作品は警察小説です。といっても主人公は普通の警察官ではなく、外国人の取り調べや事情聴取をするときに通訳をする“通訳警察官”と呼ばれる警察官。最近の国際化で外国人犯罪が多発する中、通訳は専門の人を依頼しているのだろうと思っていました。中国語等を通訳する警察官がいるとは知りませんでした。
 七崎は新宿警察署の通訳警察官。彼はかつて同じ通訳警察官だった義父の不正を密告し、それが原因で義父が自殺したという過去を持っていた。それゆえ、同僚からは身内を売った裏切り者だという恪印を押され、肩身が狭い日々を送るとともに、家では父を自殺に追い込んだ夫を許そうとしない妻とうまくいかず、息子も登校拒否を続けていた。ある日、歌舞伎町で中国人の他殺死体が発見され、七崎は加害者が着ていたというジャンパーが血まみれになって息子の部屋にあるのを発見する。学校でいじめに遭ったことから、息子がそのうっぷんを中国人へと向けていることを知った七崎は、息子が犯人ではないかと悩む。息子の逮捕を恐れた七崎は、目撃者による犯人が日本語を話したという証言を中国語を話していたと捜査員に通訳してしまう。
 物語は、正義のために義父を告発した男が、息子のために正義を曲げてしまう苦悩を描いていきます。血の繋がっている息子を助けようとする気持ちは父親としてはよくわかるし、その点ではよくあるパターンのストーリーですが、以前に自分が正義のために家族である義父を告発しているという点が、主人公の苦悩を大きくし、ストーリーに深みを与えます。
 前作「闇に香る嘘」は中国残留孤児の問題や不法入国の問題が背景にありましたが、今回は外国からの研修生問題(技術を学ぶための研修生とは名ばかりの実態は単純労務者として安い賃金で働かせるという問題)が描かれており、日本の恥部に迫った作品ともなっています。
 この人が担当すると事件が迷宮入りしてしまうとして“オミヤ”とあだ名される刑事の田丸のキャラが印象的です。 
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生還者  講談社 
 世界第3位の高峰カンチェンジュンガで大規模な雪崩が発生、日本の登山パーティーが巻き込まれ、増田直志の兄、謙一が命を落とす。4年前に婚約者の遭難死で登山をやめたはずの兄がなぜヒマラヤにいたのか。直志は兄の遺品のザイルが人為的に切断されていたことを知り、何者かに殺されたのではないかと疑う。一方救助され帰国した男・高瀬は単独登山中に遭難しているところを兄のパーティーに助けを求めたが見捨てられ、その後パーティーの一員で行方不明となっている加賀谷が戻ってきて助けられたと証言する。しかし、遅れて救助された兄のパーティーの一員だった東は、「高瀬には会っていない、加賀谷は自分たちの食料等を持ってひとりで逃げた男だ」と非難する。果たしてどちらが言っていることが正しいのか。増田は週刊誌記者のハ木澤恵利奈とともに真実を追う・・・。
 登山をやめた兄がヒマラヤに行ったのはなぜか、兄のザイルが切られていたのはなぜか、兄の手帳に残されていたメモは何を意味するのか、更に芥川龍之介の「藪の中」のような高瀬と東のまったく異なる言い分はどちらが正しいのか等々様々な謎を抱えながら物語は進んでいきます。
 恋をしていた兄の婚約者の死に対し、理不尽だとわかっていながら兄を強く非難したことを後悔する気持ちが兄の死の真実を知ろうとする直志の背中を押します。
 カンチェンジュンガでの遭難の謎が過去の事件に関わってくることは読んでいて予想が付くのですが、ラストで明らかとなる事実は、そこまでに描かれたある人物のキャラを「あれ!?」と思わせるかなりショックを与えられるものでした。
 謎解きだけでなく、登場人物たちの登山への思いが語られているところも興味深いです。特に恵利奈がなぜ単独で登山をするのか、そしてその考えがラストで変わっていくところは読ませます。
 また、危機的な状況の中で心を通わせた男女は普通の生活の中ではうまくいかないと言いますが、直志と恵利奈との仲がどうなるのか、直志は恋人の葉子と別れてしまうのかも謎解きとは別に気になるところでした。
 登山の趣味があれば、過酷な雪山でのシーンについて臨場感を得ることができたのに、まったくの素人には装備や技術の用語も理解できないし、そこはちょっと残念でした。 
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真実の檻  角川書店 
(ちよっとネタバレ)
 癌で亡くなった母の遺品整理をしていた石黒洋平は、天井裏からアルミ製の小箱を見つける。中からは母親と父ではない男が親しげに写る写真と赤嶺信勝という差出人の手紙が出てくる。母の看護に疲れたという身勝手な理由で離婚した父の元を訪ね、写真と手紙のことを尋ねると、父は調べるなと警告する。ネットで「赤嶺信勝」を検索すると、「赤嶺事件」と呼ばれる殺人事件のことがヒットし、赤嶺信勝は元検事でその事件の犯人として死刑の判決を受け、刑務所にいることを知る。手紙の内容から、自分が赤嶺の子どもだと考えた洋平は、冤罪事件を扱う雑誌記者の夏木涼子とともに「赤峰事件」を調べ始めるが・・・。
 物語は、実の父の事件が冤罪ではないかと疑って調べ始める洋平が、その過程で痴漢事件や覚せい剤使用事件、ヒ素混入事件など冤罪の疑いのある事件の関係者に会い、冤罪事件の実態を身をもって感じていく中で「赤嶺事件」の真相に追っていく様子を描いていきます。
 電車内の痴漢事件で、加害者とされた男性に無罪判決が下されたというニュースを聞いたことかおりますが、映画「それでもボクはやっていない!」でも描かれたように、男性にとっては混雑した電車内は非常にリスクが高いです。いつ、自分が痴漢の加害者にされてしまうのではないかと、実際、両手でつり革に捕まったりしてある意味自己防衛をしています。いったん警察に連れて行かれれば、無罪釈放は難しいのが痴漢犯罪の実情のようですから。そのうえ、作品の中でも述べられているように、起訴されれば有罪率は9 9.9%ですからね。
 ただ、作品中では、この有罪率の高さが逆に起訴して無罪になったら検事の資質が疑われてしまうというプレッシャーを検事にもたらすということが描かれます。
 また、作品の中では一般人の常識とは異なる裁判官の常識にも言及されています。確かに作中で引用されている判決文を読むと、おかしいと思わざるを得ないのですが、それをおかしいと思わない裁判官の常識があると思うとちょっと恐いですね。
 更に警察でも、作品中で言及されているような取り調べがなされるなら、罪を犯していない人でも罪を犯したと言ってしまいそうです。最近問題になっている取り調べの可視化は必要なことかもしれません。また、組織を守るためには正義を曲げる警察の実態や権力に対抗しなければならないマスコミが、権力からの情報を鵜呑みにして報道するだけになっているという点も考えさせられます。
 こうした様々な司法が抱える問題点が物語の中で語られていきますが、もう一つ大きな柱が子どもへの愛です。この子どもへの愛が「赤嶺事件」の解決を妨げていたといってもいいでしょう。
 ラストで明かされる真犯人については、あそこまでの悲惨な事件を起こした犯人の犯行動機がいまひとつわかりません。そこまでする者とその後のその者の行動の食い違いが大きすぎます。 
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難民調査官  光文社 
 つい先頃もシリアからのヨーロッパ諸国への難民問題が大きくクローズアップされました。また、イギリスのEU離脱の国民投票ではイギリスヘの移民問題が投票に大きく左右されたとされています。他の国と陸続きではない日本では、ヨーロッパ諸国ほど移民や難民問題が切実ではありませんが、世界からすれば、日本は難民を受け入れないとの批判も多くあるようです。
 この作品は、クルド人、イスラム国、シリア難民と世界が今抱える問題を根底に難民調査官がクルド人の難民申請の裏に隠された事実を明らかにしていくミステリです。
 如月玲奈は、東京入国管理局で働く“難民調査官”。難民申請者が本当に母国で迫害される恐れがあるのか、“難民”として認定するに当たって調査するのが彼女の仕事。ある日、ムスタファというクルド人の難民申請者が、トルコから合法的に来日しながらパスポートを処分し、なぜかイラクからの不法入国者を装っていたと発覚する。果たして彼はいったい何を隠しているのか・・・。一方、会社をリストラされ、家族とも別れ、せっかく見つけた仕事も不法滞在者のために奪われた西嶋耕作は、仲間に誘われて不法滞在者を入管に通報する運動に参加していた。ある日、ムスタファらを通報した西嶋は、彼と妻子を引き裂いたことを悔いて妻子に関わるようになる・・・。
 物語は、ムスタファに関わる如月玲奈と西嶋耕作の視線で語られていきます。不法滞在者を助けるために法を犯し弁護士資格を剥奪された父親を持つ調査官補の高杉に難民問題に対する理想論を吐かせることで、読者に対してもこの大きな問題を考えさせます。調査官個人ではどうにもならないトルコと日本の関係など政治の論理が語られ、ミステリというよる世界の今を語るような作品でした。一人の難民調査官が解決するには問題が大きすぎるだろうという感じです。
 ラストに明らかになる、ある人物の正体は予想がついていましたし、大きな問題が片付いたあとの付け足しに終わってしまっています。 
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失踪者  講談社 
 2016年、山岳カメラマンの真山道弘は、10年前に登攀している最中にクレバスに落ちた友人の樋口友一の遺体を引き上げるために、南米ペルーに聳えるシウラ・グランデ峰を登っていた。しかレクレバスに残っていた樋口の遺体を見て真山は驚く。極寒のクレバスに閉じ込められ、凍りついているはずの樋口の遺体は明らかに10年前より歳を取っていた。果たして、樋口は生きていたのか。だとすれば、なぜ生還したことを明らかにしなかったのか。また、なぜ再び同じシウラ・グランデで死んでいるのか。真山は謎を追ううちにある事実に気づくが・・・。
 「生還者」に続く山岳ミステリです。山に登るという趣味がないので、山登りの用語や道具の名前が理解できないところがあり、書かれていることを頭の中に思い描くことができないのは残念です。人形の髪が伸びるというホラーがありますが、死んだはずの友人の死体が氷の中で歳を取っていたという設定はミステリの謎としては惹きつけるものがあります。
 スター登山家を撮る山岳カメラマンとしての樋口に、真山が抱いた違和感の正体については、読んでいるうちに気づくことができます。でも、やはり樋口が行ってきたことは山男としての経験がないと、なかなか理解できないかもしれません。僕白身、謎が明らかになったときには、そんなものかなぁと思っただけでしたし。 
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告白の余白  幻冬舎 
 主人公の北嶋英二は高知で父母と農業を営む青年。4年前に自由に生きたいと家を飛び出していた双子の兄・英一が突然帰ってきて、自分の相続分を生前贈与してもらいたいと話す。英一が戻ってくるならばと、父母は生前贈与に同意するが、手続きが終わった正月に、英一は突然自殺をしてしまう。残された遺書には京都から清水京子という女性が2月末までに訪ねてきたら、贈与された土地を彼女に譲って欲しいと記されていた。英二は兄の気持ちを知るために京都に京子を訪ねるが、英一に間違えられ、そのまま英一のふりをして事情を探ろうとする・・・。
 殺人は起こりませんし、犯人捜しのミステリではありません。なぜ兄の英一が突然帰ってきて、自分の贈与分の土地を京子に譲渡してくれという遺書を残して自殺してしまったのかを探っていく作品です。謎解きよりも人間の心の奥深くに隠されたそれぞれの真実の
思いを明らかにするストーリーといっていいかもしれません。
 読んでいると、京都の印象が悪くなります。京都の人と話すには、口から出てくる言葉そのまま素直にとってはいけないとはねぇ・・・。もちろん、人は誰でも争いを避けるために嘘もつきますが、京都の人はストレートに口に出さないまでも、うまく皮肉をオブラートにくるんだ形で口に出すんですね。作者の下村さん、こんなことが京都では一般的だという感じで登場人物に話をさせてしまって、京都の人に怒られないのか読んでいるこちらが気になってしまいます。ストーリー以上にそんな京都の人の気質が強く印象に残ってしまいました。
 また、兄に間違われてそのまま兄のふりをするという設定は無理があるのでは。僕にも双子の友人がいましたが、一卵性といっても、考え方はもちろん、見た目もどこか違いはあるものです。一度出会っただけならともかく、何ケ月間も交際のあった相手が別人であることをわからないわけはないと思うし、英二が間違えられて兄のふりをするという考えも理解できません。そんなこんなで、最後までストーリーの中に入っていくことができませんでした。 
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サイレント・マイノリティ 難民調査官  ☆  光文社 
(ちょっとネタバレ)
 東京入国管理局の難民調査官・如月玲奈を主人公とするシリーズ第2弾です。
 シリア人父娘から出された難民申請の調査のため、玲奈と高杉は父娘から聞き取りを行ったが、帰国すればアサド政権に迫害されると難民認定を訴える父に対し、娘は「シリアでは平和な生活をしていた。難民ではない。父は嘘をついている。」と、父親とは逆の話をする。果たして嘘を言っているのはどちらなのか、なぜ嘘をつく必要があるのか・・・。
 シリアの内戦、それにともなう難民問題、更にはISISなどのテロの問題という今ある世界情勢の問題に正面から取り組んだ第2弾です。
 玲奈と今回登場するジャーナリストの山口との会話を通し、難民問題以外にも、今国会で採決がされようとしている共謀罪にも関連する話、マスコミの論調に対する批判等々様々な現在の日本が抱える問題が語られるなど、270ページほどの長さながら内容は盛りだくさんです。
 父と娘の話が異なる理由だけでなく、プロローグで語られるシリア人が被害者となった殺人事件の真相も、ミステリーとして読み応えがありました。また、この作品では難民申請を調査する玲奈のパートと、かつて玲奈の同僚で今はジャーナリストとなっている長谷部のシリアでの活動が描かれるパートがありますが、こちらは死と背中合わせの戦場のシーンもあり、ドキドキ感満載です。
 全体を通してミステリーとしての作者の下村さんのある仕掛けがなされています。わかったときには、やられたなぁ、どうも違和感があったんだよなぁと、ページを戻って確認してしまいました。
 嫌なマスコミの典型と思った山口ですが、意外に自分の非を認めたりして、本当の悪役にはなりきれなかったですね。シリーズの再登場もあるかも。 
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緑の窓口  講談社 
 6編が収録された連作短編集です。これまでの下村さんの作品とはまったく雰囲気の異なる“日常の謎”系の作品となっています。
 市役所に新たに設けられた“木に関する相談なら何でも承る「緑の窓ロ」に配属となった主人公・天野優樹と彼がふとしたきっかけで知り合った樹木医の柊紅葉が、樹木に関する謎を解くことで、複雑に絡み合った人間関係も解きほぐしていくストーリーとなっています。
 「症例1」では庭に生える杉を巡っての嫁姑の確執を、「症例2」では空き地に生えていたクヌギの本が倒れて通行中の自動車を破損した事件を、「症例3」では庭のモッコクの木を巡る認知症となった老人とその妻、そして息子の関係を、「症例4」では桜の木の下に埋めたはずのタイムカプセルを見つけることにより親と娘の関係を、「症例5」では少女が病室の窓から見える元気な姿に励まされていたチャボヒバが何者かによって切り倒された事件を、「症例6」では確執のある母の依頼で灌漑設備を設置するため桜を切る切らないでもめている村人たちの争いがそれぞれ描かれますが、それら自体は直接は樹木医が解決できる問題ではないだろうと思うようなことを、それぞれ“全ては樹木が語ってくれました”と言って解決していきます。
 とにかく主人公の天野くんが“超”がつくほど真面目。「緑の窓口」に異動になったのもケースワーカーの仕事に身を入れすぎてこのままだと身体を壊しそうだと周囲に判断されたからというもの。それとは対照的なのは、天野くんと一緒に「緑の窓口」に異勣となった先輩の岩波大地。イケメンで口もうまいというモテ男。 ところがこの男、物語が進んでいくうちに軽い外見だけど実は人の心の中を思いやることのできる顔だけではないことがわかってきます。天野くんと柊の間に立った岩波くんのキャラが絶妙です。
 柊は樹木のことになるとそればかりになってしまい、ちょっと社会的生活をしていくには大変な性格ですが、天野くんとの関わりにより、しだいに変わっていきます。でも、この2人の交際はどうなるのだろうと心配です。やっぱり、岩波くんに頑張ってもらわなければ。 
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サハラの薔薇  角川書店 
 峰隆介は考古学を研究する大学の准教授。エジプトで発掘調査に当たっていた峰は王家の墓の中から石棺を発見するが、中に入っていたのは古代のミイラではなく、胸に宝剣が突き立った死後数ヶ月のミイラ化した遺体だった。その後、武装グループにより遺物保管所から峰の発掘した石棺が盗まれ、ホテルに強盗が入るなど峰の身辺が慌ただしくなる中、彼はフランスの博物館から公演を依頼されフランス行きの旅客機に乗り込む。しかし、フランスに向かっていたはずの旅客機はなぜかサハラ砂漠に墜落してしまう。生き残った乗客のうち峰たち6名はオアシスを目指すこととするが・・・。
 石棺に入っていたミイラは何なのか、なぜ峰が襲われるのかの謎を抱えながら、美貌のベリーダンサーのシャリファ、飛行機オタクだというエリック、呪術師の老人、電気技術者だという永井、アラビア系のアフマドとともにサハラ砂漠でのサバイバル行が繰り広げられます。
 これまでの社会派ミステリー作家というイメージとは一転して、今回下村さんが描くのは冒険小説です。砂漠の蛇に襲われたり、砂嵐に遭遇したり、盗賊団との銃撃戦があったり、ハラハラドキドキ感満載です。峰が二者択一を迫られるときは自分に置き換えてどうするだろうなあと考えながら読み進みました。
 一行の皆が抱える秘密がしだいに明らかになっていくにつれ、サスペンス感が増してきます。主人公を助ける人物(砂漠の民のカリーム)が登場するのも、こういった小説には定番です。
 ラストの謎解きはまったく想像もできませんでした。そのうえ、更にどんでん返しがあるとは。いっき読み必至です。 
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默過  ☆  徳間書店 
(ちょっとネタバレ)
 題名の「黙過」とは、知っていながら黙って見逃すことだそうです。
 この作品は、4話目までは、臓器移植、安楽死、動物愛護等をテーマにしたそれぞれ独立した別の話だと思って読んでいたのですが、最終話である「究極の選択」の題名の裏に「前知識が必要なので必ず他の四篇の読了後にお読みください」と作者の言葉が書かれており、実はそれぞれの話が最終話に収斂されるという構成をとっていることがわかります。それぞれの話を読み終えたときにはラストがどうも尻切れトンボのような終わり方だなと思ったら、こういう仕掛けだったんですね。
 交通事故で肝臓を損傷し、移植しか助かる道のなかった意識不明の患者が、運び込まれた病院から忽然と姿を消してしまう。新米医師の倉敷は患者が保険証の裏面に臓器移植の意思表示をしていたことから、臓器移植を期待する准教授の進藤がどこかへ運び出したのではないかと疑うが・・・(「優先順位」)。
 パーキンソン病を発症し、厚生労働事務次官を辞職した父親の介護を仕事を休職して行っていた兄・賢から父がいなくなったという連絡を受けて久しぶりに家に帰ってきた総司は、やがて戻った父が実は詐病ではないかと疑う・・・(「詐病」)。
 父が経営する養豚場で働く千石聡美は、ある朝、妊娠豚舎にいた出産間近の豚10頭の腹から子豚が全部消えているということに気づく。やがて、母豚たちも全てPED(豚流行性下痢)で死亡してしまう。聡美は最近働き始めた清水を疑うが・・・(「命の天秤」)。
 有名大学の細胞研究所に勤める准教授・柳谷が自殺した。6歳の娘が重い心臓病で、心臓移植手術が成功し喜んだのも束の間容体が急変して亡くなったのを悲観しての自殺だと誰もが思う。医療ジャーナリストの真崎とともに自殺の謎を追った友人の小野田は彼の死がある不正に関わっていたからではないかと考えるが・・・(「不正疑惑」)。
 そして最終話の「究極の選択」は、ネタバレになるのであらすじは書きませんが、前4話で描かれていた事実が実はこういうことだったんだということが、明らかにされていきます。ここでいっきに前作までを読み終えた時のもやもやが消えていきます。しかし、最後に作者が読者の前に提示するのは、“生命倫理”という難しい問題です。簡単に答えが出せません。 
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悲願花  小学館 
 主人公・山上幸子は幼い頃、父母が図った無理心中で一人生き残った過去を持つ女性。町工場の事務員として働く幸子は、友だちに誘われて参加した婚活パーティーで隆哉という男性と知り合い、交際を始めるが、一家心中の生き残りであるという過去は話せずにいた。ある日、隆哉の部屋で料理をしようとした幸子は、コンロの火を見て、一家心中のときの火事を思い出し、パニックを起こしてしまう。これではいけないと、過去に決別するために両親の墓を訪ねた幸子は、墓地で倒れ込む女性を助ける。彼女は雪絵と名乗り、自分は子どもたちを乗せた車で海に飛び込み、生き残った母親だという。幸子は雪絵に自分の母親を重ね合わせ、彼女に接近していくようになる。やがて、幸子は世間で話題になっている貸金業者の郷田が、かつて自分たち家族を無理心中にまで追い詰めた男だと知り、彼に復讐をしようと考える・・・。
 無理心中の生き残りという立場に置かれたことがないので、幸子のことを本当に理解するのは難しいです。単に同情するならいくらでもできますが、彼女はいくら同情されても心に安らぎなど得ることができないのでしょうから。幸子が雪絵に両親の姿を反映して憎むということは無理ないことかもしれません。しかし、復讐のため郷田を陥れることは、彼女のそれまでの自分を押し殺して生きてきた性格からして、そこまで極端になれるものなのかという疑問を感じてしまいます。
 そんな幸子に読者として次第に共感はおろか、同情さえできなくなってきます。終盤のどんでん返しも「それ、見たことか」と思ってしまいました。何だか、ラストもハッピーエンドに強引に持って行った感が強いです。 
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刑事の慟哭  双葉社 
 「叛徒」に登場していた、この人が担当すると事件が迷宮入りしてしまうとして“オミヤ”とあだ名される刑事・田丸を主役に描く作品です。時系列的には「叛徒」より以前、なぜ田丸が“オミヤ”とあだ名されることになったのかが明らかにされます。
 物語は、冒頭、電車事故による遅延で会社に遅れそうになる男がビルの爆破事件に出くわす様子、裁判員の候補者として裁判所に呼び出しを受けた男が呼び出しを無視しようとする様子が描かれます。更に、主人公の田丸が、かつて警察が逮捕した犯人の無実を主張し、上司に逆らって再捜査をした結果、真犯人を逮捕して警察に連行したが、ちょうどそのとき、警察が逮捕していた被疑者が飛び降り自殺をし、上司がその釈明会見を開いているときだったため、マスコミからはヒーロー扱いされたものの、身内からは組織に歯向かった者として批判され、警察内での居場所をなくしていることが語られます。
 これらを背景に、OL殺人事件の捜査をする田丸が描かれていきます。その後、更にホストが殺害される事件が起き、田丸は捜査の結果、OLとホストが連続企業爆破事件の裁判員候補となり、その落選者だったことを知ります。爆破事件の犯人は逮捕されていたが、犯人は裁判で警察の取り調べで自白を強要されたと無罪を主張しており、田丸は殺人事件がこの裁判に何らかの関わりがあるのではないかと考え、捜査を進めます。
 読者としては、冒頭に置かれたエピソードから、被告である配達員は無実であることはわかっており、また裁判員裁判の呼び出しを無視しようとする男とそれを煽るような新聞記者を名乗る男のエピソードから、事件のその後の展開はだいたい予想がついてしまいます。読みどころとしては、組織の中で嫌われ、居場所をなくした田丸が、それでも事件解決のために自らを犠牲にしていくところでしょうか。自らが嫌われていることを逆手に取って、捜査を正しい方向に向けるところは、読んでいてそこまでやるのかと切なくなってしまいました。 
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絶声  集英社 
 7年前、すい臓がんで余命幾ばくもない状況で自宅から突然失踪した「昭和の大物相場師」と呼ばれた堂島太平。大金を必要としていた三人の子どもたち、株で大きな損失を出していた長男の貴彦、経営するアンティークショップが上手くいっていない長女の美智香、闇金に借金のある彼らの異母弟の大崎正好は、失踪から7年が過ぎ、失踪宣告がなされて相続が始まることを期待していたが、失踪宣告直前になって、更新が止まっていた太平のブログに新たな書き込みがなされる。果たして、太平は生きているのか、生きているとすればどこにいるのか、それとも死んでいるのか、死んでいるとすればブログを書いているのは誰なのか・・・。
 通常、すい臓がんは早期発見が困難で、発見されたときはかなりステージが進んでいると思われ、7年前にすい臓がんだった太平が今も生きていると推測するのは無理があると思います。また、失踪宣告に当たって、本人のブログが更新されているということで、そもそも本人が更新しているかどうかわからないのに裁判所はその事実を判断事由にするのでしょうか。それより、癌ですでに亡くなっている、ブログを更新しているのは他人だと考える方が自然だと思うのですが。また、ブログを更新しているのは他人だと相続人たちが証明する必要もないのでは。相続人たちは、慌てずに粛々と裁判所に失踪宣告するよう申し出ればいいのではと思ってしまいます。
 そんなストーリーの展開に疑問を感じながら読み進めていたので、物語の中にあまりのめり込むことはできず、また、太平のブログ内のA子は、家政婦の佐々原愛子と誤認させるものであることはあの流れでは誰が読んでも明白ですし、そうなれば、登場人物たちはともかく、読者は「A子はあの人だ!」と想像できてしまい、作者が仕掛けたあるトリックについても、それほどの驚きはありませんでした。
 謎解きとは別に、主人公の正好が、最後にコロッといい人になってしまうのは、それまでの彼の行動、思いを考えると違和感があります。 
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コープス・ハント  角川書店 
 題名の「コープス・ハント」の「コープス」は死体のこと。直訳すれば「死体狩り」ということになります。
 物語は二つの話が交互に語られていきます。一つは8人の既婚女性の連続殺人事件のこと。8人の女性を殺害した犯人・浅沼聖悟の裁判で死刑が言い渡されたが、浅沼は被害者のうち1人だけは自分の犯行ではない、その犯人の一人は自分が殺害し思い出の場所に埋めたと叫ぶ。従前から1件の事件は浅沼の犯行ではなく、金田光を始めとする大学生3人組の犯行だと考え、そのうちの一人を取り調べて暴行を加えたとして休職になっていた刑事の折笠望美は、行方不明になっている金田が浅沼に殺害されているのではないかと彼らの再捜査を始める・・・。
 もう一つは引き籠りの中学生の福本宗太が尊敬するユーチューバーのにしやんに誘われて死体探しに行く話。これだけ聞くとスティーブン・キングの小説で映画にもなった「スタンド・バイ・ミー」を思い浮かべます。宗太とにしやん、そしてもう一人のユーチューバーであるセイの三人は、夏休みに千葉へと死体探しの旅に出かける・・・。
 一方はハード・ボイルドな警察小説、一方は青春小説という雰囲気の物語ですが、この二つの話が繋がったところに大きな驚きがあります。勘の鋭い人なら途中で物語の全体像、二つの話の関係がどうなっているのかをわかってしまうと思います。
 物語としてはミステリですが、ネット、SNSの危険性や昨今問題となっている児童虐待のことも内包された盛り沢山の内容となっています。 
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法の雨  徳間書店 
 無罪判決を多く出すことで「無罪病判事」とあだ名される東京高裁の裁判官が法廷で逆転無罪判決を言い渡したのちに意識を失う。今回で4回目の逆転無罪判決を受けた担当検事の大神は病床にいる裁判官を訪ねる。一方、両親を交通事故で亡くし、祖父母に育てられた嘉瀬幸彦は、目指していた医学部の入学試験に合格したが、喜びもつかの間、祖母から準備していた入学金が払えなくなったと言われる。祖父が病気で倒れ、認知症を患うようになり、祖母は祖父の知人の勧めで後見人制度を利用し、自分が後見人になろうとしたが、裁判所により、弁護士が後見人に選任されてしまい、その弁護士が祖父の預金を入学金に使うことを認めないのだという。果たして、幸彦は大学に入学できるのか。刻々と期限は迫ってくる・・・。
 物語は大神と幸彦のパートが交互に描かれていきます。この二つの繋がりは始まってすぐに「そういうことか」とわかります。大神のパートでは無罪判決を受けた被告が被害者である暴力団組長の組員に殺害されるという事件が起き、事件の裏に何かあると考えた大神が自ら調べ始めます。現在の裁判の中で検事が起訴した99.9%が有罪となる中で、4回も逆転無罪を言い渡された検事の気持ちを思いやるとたまったものではないですね。嘉瀬のパートでは頑ななまでに被後見人の預金の使用を認めない弁護士に幸彦は何かあるのではと疑いを持ちます。やがて、二人のパートがひとつになったところで、意外な事実が浮かび上がってくるというストーリーです。
 読者の想像を二転三転させる事件の真実にミステリとしての面白さもありますが、それ以上に後見人制度の問題点を浮き彫りにした作品という印象が強いです。
 題名の「法の雨」とは、仏教用語の「法雨」からとられています。これは「雨が万物を潤すように、仏法が衆生を救うことのたとえ」とのこと。大神は、では司法は一体誰を救うのか、私たちを救うものとしてあってほしい、と切に願います。 
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同姓同名  ☆  幻冬舎 
 16歳の少年が小学生の少女をナイフで刺殺する事件が起きる。犯人が未成年であったため、名前の公表が行われなかったが、あまりの残虐な殺害状況に、犯人は少年法で守られるべきではないと、週刊誌が実名報道を行う。それにより、SNS等で犯人の実名“大山正紀”が晒され、犯人と同姓同名だった人たちの人生が狂わされていくこととなる。それから7年が経ち、刑期を終え社会に出てくる犯人・大山正紀に再び注目が集まり、同姓同名の大山正紀たちは、また人生を狂わされたくないとネットで呼びかけて集まり、『“大山正紀”同姓同名被害者の会』を結成し、犯人の大山正紀の行方を探そうとするが・・・。
 未成年が犯罪を起こすたびに、少年法を改正して実名を公開すべきだという議論が沸き起こりますが、今のネット社会では実名はおろか、顔写真や住む場所でさえ晒されてしまうのが現実です。匿名性のネット社会では、無責任に根拠もなくあげられた情報に人々は踊らされ、それに基づいて誤ったことを更に書き連ねるという悪循環となり、それについて誰も責任は負いません。誤った情報でネットに晒されてしまった人としては、その対処方法もなくたまったものではありません。
 この作品のように、そうそう何人も同じ名前の人がいるとは思えませんが(自分自身の名を検索したらネットに上がるような同姓同名の人は一人だけでした。)、毎年流行する名前が発表されるように、同じ名前の人は多い訳で、たまたまその名前を付けられた人に同じ姓の人がいることも可能性としてはあり得ないわけではありませんね。
 大山正紀という名前の高校のサッカー選手やコンビニ店員、萌え漫画が好きな高校生等々事件の犯人と同じ名前で不利益を被る人々の様子が描かれていきます。名前が“大山正紀”ばかりなので、今話しているのがどの“大山正紀”かと頭がこんがらがってしまいますが、心して読んでいかないとあとで思わず「やられたなぁ」と叫んでしまうことになります。とにかく、二転、三転、これが真実かと思えば作者にひっくり返され、なかなか真相に辿り着くことができません。特に、これですべて明らかとなったのかと思った後のエピローグでのどんでん返しには驚かされます。
 こんな何人も“大山正紀”はいないだろうと思いながらも、どんでん返しに継ぐどんでん返しの趣向にミステリ好きへのおススメはしないわけにはいきません。 
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