腎不全で透析をしている孫のために腎臓を提供しようとしたが、移植に適さなかった村上和久は、兄に提供を求めるが拒否をされてしまう。兄の頑なな拒否の態度から、村上の心の中には、中国残留孤児で30年前に帰国した兄が実は兄に扮した別人ではないか、それゆえ検査でそれが判明することを恐れているのではとの疑いが芽生える。さらには実家の物置にあったヒ素が入った小瓶を見つけたことから、兄が母の殺害も企んでいるのではとも疑い、兄の身元を探っていくが、そんな和久の周辺で不審なことが起き始める・・・。
第60回江戸川乱歩賞受賞作品です。この作品の特徴は、真相を探る主人公が全盲という障害者であること。古いところでいえば、エラリー・クイーンの「Yの悲劇」等に登場する探偵・ドルリー・レーンが聴覚を失った障害者でしたね。とはいえ、主人公は名探偵ではありませんから、ドルリー・レーンのように見事に推理をしていくわけではありません。盲目であるが故に疑心暗鬼に陥ったり、危険な目に遭ったりします。目が見えないことによる恐怖は幾ばくのものがあるのでしょう。特に以前は見えていたということは、その恐怖に拍車がかかる気がします。自分の隣に自分を殺そうとする人が密かにいるのを知ったときや、道路際で後ろから突き飛ばそうとする人がいるのではないかという恐怖は計り知れません。こうした主人公が感じる恐怖は、この作品が一人称で書かれていることで、読者自身にも真に迫って感じとることができます。
最近のミステリではあまり見られなくなった暗号も登場します。点字を使った暗号なので、点字をまったく知らない僕にとっては解読できるものではありませんでしたが、「へぇ~そういうことか」となかなか楽しむことができました。
中国からの不法入国者、不法入国を手引きする中国のマフィア・蛇頭、入国管理局らも入り乱れ、盲目である和久にとっては誰が本物なのかがわかりません。そして中心となる謎である兄が本物なのかどうか。それまでに見えていたものがいっきに逆転するラストは作者に見事にやられたなあという感じです。読み応えのある作品でした。 |