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島田雅彦の本棚

  1. ニッチを探して
  2. 絶望キャラメル

ニッチを探して   新潮社
 主人公の藤原道長(平安時代の関白太政大臣として栄華の頂点を極めた人と同姓同名です。)は大手銀行の副支店長。彼は、銀行が不正融資をしようとした金を有効に使おうと、他の企業やNPOに勝手に貸し出したため、銀行から背任・横領で告発される。それを見越した彼は、事件の発覚前に、銀行員の地位を捨て、家族にも黙って失踪、ホームレス生活へと入っていく。
 題名にある“ニッチ”とは、「隙間」のこと。生物学上は、ある生物が生態系の中で得た最適な生息場所や条件のことだそうです。物語は、身を隠す場所を求め、隅田川沿いや上野公園、多摩丘陵等を歩き回る道長を描いていきます。
 理不尽な上司に楯を突く銀行員ということでは、流行の半沢直樹と同じですが、真正面から上司と戦う半沢と異なって、道長は正面から戦わずに上司の知らない間にやりたいことをやって、あとは逃げに逃げます。これもまた、ひとつの反抗の方法でしょう。
 銀行員というお堅い職業でありながら、道長が、ホームレス生活にあまり悲惨さを感じず、自らホームレス生活に入っていくところに彼の性格の強さが感じられます。特に、ホームレス生活に入るに当たり、豪華ホテルで女性も呼んで一夜を過ごすところは道長のナイーブとは思えない大らかな性格によるものでしょうか。そのため、追われる人物を描いている割には、物語にあまり悲壮感はありません。
 作者の島田さんは、道長が辿る道筋を実際に歩き、「失踪ガイドブックとしても使えることを目指した」としています。現実にあるお店が描かれているので、その点はガイドブックとして参考にできますが、さすがに道長のようにホームレス
としてのガイドというには、道長のようにホームレスの友人ができたり、一時住む場所を提供してくれる人がいたりと幸運がなければ無理でしょうけど。
 ラストはちょっと駆け足で終わってしまった感があります。もう少しドラマティックな展開を期待していたのですが、残念。とはいえ、サラリーマンとしてはなかなか興味深い作品でした。おすすめです。

※“ニッチ”も、最近では、マーケット用語(大企業がターゲットとしないような小さな市場や潜在的にはニーズがあるが、まだビジネスの対象として考えられていないような分野をいう。)としての方がなじみ深いです。   
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絶望キャラメル  河出書房新社 
(ちょっとネタバレ)
 物語の舞台は、前市長の利益誘導政治により財政が破綻状態となった地方都市の葦原市。寺の住職として故郷に帰ってきた江川放念は、絶望が蔓延する町の惨状を憂い、「原石発掘プロジェクト」と銘打って若い人材を発掘し、彼らの活躍によって町の再生を図ろうとする。放念が目を付けたのは、常人離れした肩を持つ黒川鷹、町で一番の美少女の青山藍、微生物オタクの白土冴子、そして、情報通の緑川夢二の4人の高校生。鷹は野球部のエースとして甲子園を目指し、藍はアイドルとしてスターの道を目指し、冴子はマサチューセツ工科大学への海外留学を目指すこととし、夢二は彼らをサポートする役を引き受ける。
 島田雅彦さんといえば、純文学というイメージがあり、こうした島田さんの青春小説を読むのは初めてです。硬い文章という印象があったのですが、彼ら4人が目的に向かって進んでいく経過は読み易く、特に甲子園を目指す鷹のエピソードの部分は頁を繰る手が止まらないほどのおもしろさでした。××(伏せます)をちびりそうになりながらボールを投げるシーンには思わず笑ってしまいました。
 ただ、高校生が甲子園に出ようと、アイドルになろうと、はたまた海外留学しようと、地方都市が再生することはまず考えられません。正直のところ、放念の考えはあまりに飛躍し過ぎと言わざるを得ません。ちょっと中途半端です。したがって、4人がそれぞれの道を歩み始めても前市長の企みが潰えることはなく、葦原市の方向が変わらなかったのは、それが現実だからでしょう。しかし、この4人にとってみれば、大きくその人生が変わっていったのは確かです。ラストは、そんな現実の中でも、4人により、もしかしたらという可能性を残して終わるところに未来を感じることができます。
 前市長として市政を食い物にする人物の名前が「タケナカヘイゾウ」とはちょっと意味深です。また、鷹のコーチをする黒原清人が元プロ野球選手で薬物で逮捕された人物というのも誰かを想起させます。 
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