主人公の藤原道長(平安時代の関白太政大臣として栄華の頂点を極めた人と同姓同名です。)は大手銀行の副支店長。彼は、銀行が不正融資をしようとした金を有効に使おうと、他の企業やNPOに勝手に貸し出したため、銀行から背任・横領で告発される。それを見越した彼は、事件の発覚前に、銀行員の地位を捨て、家族にも黙って失踪、ホームレス生活へと入っていく。
題名にある“ニッチ”とは、「隙間」のこと。生物学上は、ある生物が生態系の中で得た最適な生息場所や条件のことだそうです。物語は、身を隠す場所を求め、隅田川沿いや上野公園、多摩丘陵等を歩き回る道長を描いていきます。
理不尽な上司に楯を突く銀行員ということでは、流行の半沢直樹と同じですが、真正面から上司と戦う半沢と異なって、道長は正面から戦わずに上司の知らない間にやりたいことをやって、あとは逃げに逃げます。これもまた、ひとつの反抗の方法でしょう。
銀行員というお堅い職業でありながら、道長が、ホームレス生活にあまり悲惨さを感じず、自らホームレス生活に入っていくところに彼の性格の強さが感じられます。特に、ホームレス生活に入るに当たり、豪華ホテルで女性も呼んで一夜を過ごすところは道長のナイーブとは思えない大らかな性格によるものでしょうか。そのため、追われる人物を描いている割には、物語にあまり悲壮感はありません。
作者の島田さんは、道長が辿る道筋を実際に歩き、「失踪ガイドブックとしても使えることを目指した」としています。現実にあるお店が描かれているので、その点はガイドブックとして参考にできますが、さすがに道長のようにホームレス
としてのガイドというには、道長のようにホームレスの友人ができたり、一時住む場所を提供してくれる人がいたりと幸運がなければ無理でしょうけど。
ラストはちょっと駆け足で終わってしまった感があります。もう少しドラマティックな展開を期待していたのですが、残念。とはいえ、サラリーマンとしてはなかなか興味深い作品でした。おすすめです。
※“ニッチ”も、最近では、マーケット用語(大企業がターゲットとしないような小さな市場や潜在的にはニーズがあるが、まだビジネスの対象として考えられていないような分野をいう。)としての方がなじみ深いです。 |