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島田荘司の本棚

  1. 占星術殺人事件
  2. 龍臥亭事件
  3. 上高地の切り裂きジャック
  4. 異邦の騎士
  5. 奇想、天を動かす
  6. 最後のディナー
  7. セント・ニコラスのダイヤモンドの靴
  8. ロシア幽霊軍艦事件
  9. 夏、19歳の肖像
  10. 魔神の遊戯
  11. 帝都衛星軌道
  12. 最後の一球
  13. リベルタスの寓話
  14. 追憶のカシュガル
  15. 幻肢
  16. 新しい十五匹のネズミのフライ
  17. 屋上の道化たち
  18. 鳥居の密室
  19. 盲剣楼奇譚
  20. ローズマリーのあまき香り

占星術殺人事件  ☆ 講談社文庫
 島田荘司のデビュー作にして名探偵御手洗潔のデビュー作である。フランス帰りの画家が残した手記には六人の処女から肉体各部を切り取り、星座にあわせて新しい人体を合成する夢が語られていた。その画家が密室状態のアトリエで殺され、その後六人の若い女性が行方不明になり、バラバラ死体で発見された。それから40数年後、この事件に関係した警察官の娘から真相の解明を依頼された占星術師御手洗潔は、意外な犯人を指名する。この作品のトリックについては、ある人気少年漫画において、全く同じトリックが使われ、問題になったこともある。この本を読んで僕は以後島田作品、そして島田が推薦する新本格派の作品にのめりこんでいくようになる。
 新本格派としての忘れられない作品である。 
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龍臥亭事件 カッパ・ノベルス
 御手洗潔が日本を去って1年半。石岡は、突然訪ねてきた二宮という女性の頼みで、岡山県まで悪霊祓いに出かけた。2人は霊の導くままに、ある駅に降り立ち、龍臥亭という奇怪な旅館に辿り着く。そこで石岡は、世にもおぞましい、連続殺人事件に遭遇する。
この作品では、昭和13年に起こった実際の事件「津山30人殺し」を背景にしているが、これはかの横溝正史「八つ墓村」のモデルになったことでも有名な事件である。
 御手洗シリーズではあるが、御手洗は海外にいて出てこない。石岡の手記を見て電報、手紙をよこすだけである。したがって、いつもはワトソン役の石岡が名(迷)探偵として獅子奮迅の働きをする。御手洗の活躍の陰に隠れている石岡の魅力溢れる作品といえるかもしれない。
 島田荘司の別シリーズである吉敷シリーズの通子が登場しているのも、ファンとしては見逃せない。 
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上高地の切り裂きジャック 原書房
 上高地で腹を切り裂かれ、内臓がない女優の惨殺死体が発見された。彼女は上高地での撮影を終え、横浜に帰ったはずだった。(「上高地の切り裂きジャック」)横浜の住宅地の地下室からその家の前の持ち主の餓死死体が発見される。地下室の入り口は現在の持ち主が引っ越してきた際に、釘付けされて開けられないようになっており、また前の持ち主も引越しの日以後に町中で見かけられていた。(「山手の幽霊」)
 御手洗潔が活躍する2編の中篇であるが、前者では御手洗は海外にいるため、電話でワトソン役の石岡から話を聞いて推理するのみのところが残念である。両編とも中篇のためか、「暗闇坂の人喰い」等の長編のようにあっと驚くようなトリックを見事に解きほぐすという訳にはいかなかった。特に「山手の幽霊」の方は、実際あんなことができるのかという思いが強い。やはり、島田荘司氏には長編を期待したい。
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異邦の騎士  ☆ 講談社文庫
 御手洗潔が登場する第1作目の作品。もちろん「占星術殺人事件」が島田荘司のデビュー作ではあり、御手洗潔も登場しているが、話の時間的経過からすると、この作品が、御手洗潔の最初の事件といえる。
 記憶を失った男が主人公。彼が自分は誰なのか調べていく中で、自分が妻子を殺したのではないかという事実と直面し悩む。本当に彼は、妻子を殺したのか。果たして彼は誰なのか。それ以降の御手洗潔シリーズを読む上での重要な作品であり、ファン必読である
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奇想、天を動かす  ☆ カッパ・ノベルス
 御手洗潔シリーズと並ぶ吉敷竹史シリーズの1作。吉敷シリーズの最高傑作と評判が高い。
事件の発端は、消費税が導入された平成元年4月、浮浪者風の老人が、消費税を請求されたのに腹を立て、店のおばさんを刺してしまうという、単純なものだった。警察がこの事件にあまり力を入れない中、老人は本当に消費税が払いたくないだけだったのか疑問に思った吉敷は、一人で、事件を調べ始める。
 この作品でも御手洗シリーズと同様、さすが島田荘司というべき奇想天外なトリックで僕らをあっと言わせてくれる。あんなこと考えられないよと思っても、いざ謎解きされると不思議と納得してしまう著者の力量はすごい。
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最後のディナー 原書房
 御手洗潔シリーズ短編集。「里美上京」、「大根奇聞」、「最後のディナー」の3編からなる。
御手洗潔シリーズといっても、3編の主人公は石岡と言っていい。なにせ、御手洗は遙か海の向こうスウェーデンにいるのだから。そもそも「里美上京」などはあの「龍臥亭事件」の関係者の犬坊里美との1年ぶりの再会を描いたもので謎解きなどないし、御手洗も出てこない。里美にほのかな恋心を抱いてあたふたしている石岡がおかしい。「最後のディナー」での里美に英会話教室に誘われた石岡の狼狽ぶりも愉快だ。「英語だけは駄目だ。これはもう理屈だけではない、体が受けつけないのだ。」という石岡は自分を見ているようだ。そのうえ、里美に嫌われるのが怖くて英会話教室に行くことになってしまうなんて。あ~あ不甲斐ないなあと思いながら、僕も強くは言えないなと内心苦笑しています。とはいえ、石岡も40を過ぎていると思うが、いくら何でもこの話し方はないでしょう。石岡のことを自分みたいだと思うこともあるけれど、さすがにここまでの喋り方はしませんね。
 
※蛇足 「大根奇聞」に登場する里美の大学の教授御名木と、「最後のディナー」で名前が出てくる小名木というのは同じ人ではないのでしょうか。著者の誤りかそれとも誤植か?
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セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴 原書房
 「シアルヴィ館のクリスマス」と「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」との2編からなるが、「シアルヴィ館のクリスマス」においては、スウェーデンの大学にいる御手洗が20年前の事件、「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」を振り返るというところで終わり、続けて「セント・ニコラスのダイヤモンドの靴」が置かれている。結局合わせて1つの長編と言える。
 「セント・ニコラスの、ダイヤモンドの靴」は、占星術殺人事件のあと、御手洗潔が有名になってきた頃の話である。突然訪ねてきた老婆の話から、御手洗が誘拐事件が発生していることに気づく。本の発行日が12月25日発行となっているだけに、中の話はクリスマスにふさわしい話である。血なまぐさい話ではなく、また著者お得意の大掛かりなトリックが出てくるというわけでもない。そういう意味では、ちょっと肩すかしを食ったという感じである。
 版型は同じ原書房から出ている「最後のディナー」と同じちょっと変形で、装丁もクリスマスらしい雰囲気のすてきな本である。
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ロシア幽霊軍艦事件 原書房
 御手洗が海外に行ってしまってからは、海外から電話等で石岡に指示して事件を解決していますが、やはり御手洗シリーズは、御手洗潔が直接事件にかかわらなくてはおもしろくありません。この事件は、御手洗が海外に行く前年のこととなっています。
 御手洗と石岡のもとにレオナから届いた手紙にはファンから送られたという奇妙な手紙が同封されていました。元軍人の祖父が涙ながらに語ったという遺言の謎。そこに書かれていた写真を見ようと箱根のホテルまで行った御手洗と石岡は驚くべき話を聞きます。大正8年の芦ノ湖にロシアの軍艦が出現し、大勢のロシア軍人と日本軍人を下ろして一夜で消失したというのです。確かにホテルにあった写真には芦ノ湖に浮かぶ軍艦が写されていました。
 この作品は、芦ノ湖に突如として現れ一夜にして消えた軍艦の謎とともにロシア革命に消えた悲劇のロマノフ家の最後の皇女アナスタシアについての物語です。
 山の中の湖に軍艦が現れ一夜にして消えるなどとは、島田氏らしい相変わらずの壮大な謎ですね。ロマノフ王朝のアナスタシアについては、今でもロシア革命を逃れ、生き延びたのではないかという話が諸説紛々ありますが、この作品のようなことがあり得ないとは言えないわけで、歴史としてもおもしろく読むことができました。
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夏、19歳の肖像 文春文庫
 著者の全面改稿による新装版です。元本は、昭和60年に単行本化され、その後文庫化されています。実は、僕は単行本が発売された際に購入して読み、今でも物置の段ボール箱の中に入っているはずですが、内容はすっかり忘れていました。
 オートバイの事故で入院した青年の楽しみは、病院の窓から外を見ること。特にビルの谷間に見える一軒の家を眺めることでした。その家には美しい娘がおり、彼はその娘に惹かれていきます。そんなある夜、彼は銀髪の父親らしき男に殴られた娘が、包丁を持って向かっていく姿を、さらに彼女は夜中に大きな袋状のものを工事現場に埋めているところも目撃します。
 果たして彼が目撃した出来事は何だったのかという点をミステリ仕立てにしながらも、物語は病室から見た彼女への彼の思いを中心に描かれていきます。読んでいれば、いったいどういう状況なのかは自然にわかってきますので、ミステリというより恋愛小説または青春小説でしょうか。
 それにしても、彼の行動は、今でいえばストーカーそのものですね。この作品が発表されたときは、ストーカーなんて言葉はなかったでしょうが。彼が彼女のことはなんでも知っていると言って、住んでいる場所とか、どこの喫茶店、どこのケーキ屋さんに行くとか話したことに、彼女が怒りますが、それに対し彼はどうして怒ったの?と尋ねます。怒るのがおかしいことだと思わないなんて、完全に異常者ですね。
 そういう点で、今回の再読では、主人公に感情移入することができませんでした。ラストもよくあるパターン。きっと若き頃読んだときは感動したと思いますが、今はまったく感動しません。本には読むタイミングというか年齢があるということがよくわかります。
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魔神の遊戯 文藝春秋
 御手洗潔シリーズです。この作品では、御手洗はスウェーデンの大学の助教授を勤めています。
事件の舞台はスコットランド。あのネッシーで有名なネス湖畔の村で連続女性殺害事件が起こります。殺された女性はみな60代。全員が頭と手足を強大な力でもぎ取られ、それらは、それぞれ木の上、冷凍庫の中、屋根の上、消防車の上、飛行機のコックピット、貨車の上と、それぞれ別の場所から発見されます。
 木や屋根の上に死体があったり、人間の首と犬の体が縫われていたり、看板に切られた足が突き刺さっていたりと、道具立てとしてはいかにも島田さんらしく、「水晶のピラミッド」等の大がかりなトリックが予想されたのですが、謎解きがなされてみると、意外とそれほどまでもないトリックに正直のところちょっと拍子抜けでした。
 被害者をバラバラにしたり、その頭や手足を異なるところに置いたりする必然性はといえば、う~ん、そこまでする必要があったのでしょうか。犯人は、あることのためにそうしたのですが、逆に殺害状況に合わせて、あることの方を変えてしまえばいいと思うのですが。それに、なんといっても犯人の動機がいまひとつ納得できませんでした。
 また、御手洗潔のファンには、島田さんが仕掛けたある重要なトリックはすぐわかってしまうのではないかという気がします。かくいう僕も、最初から確信というまでではないですが、ある程度わかってしまいましたから。
 ただ、途中で挿入されるモーゼの出エジプトの話の中に出てくる荒れ狂う巨人の神の話が、無惨に引きちぎられた殺害死体とどう関係するのか、そしてネス湖という舞台設定は何らかの関係はあるのかと、読んでいてどんどん引き込まれて、あの分厚い本を一気に読ませられてしまいました。さすが、島田さんの読者を惹きつける筆力はすごいです。 
 この作品にはワトソン役の石岡は登場しません。自信満々の御手洗と気弱な石岡のコンビが見られなくなって久しいです。あのコンビの復活を願いたいですね。 
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帝都衛星軌道 講談社
 御手洗潔シリーズではないノン・シリーズ作品です。“帝都衛星軌道”と“ジャングルの虫たち”からなります。
 今回はいつもの島田さんの作品のように謎が解けたときに「こんなのあり得るの!!」と驚かせる壮大なトリックというものはありません。謎解きとしては「何だぁ」というのが正直な印象です。ネタバレになるのであまり書くことができないのですが、解決編の後編を読むと、どちらかといえば社会派ともいうべき島田さんの某作品の流れに繋がる作品といった方がいいのがわかります。
 作品の体裁は“帝都衛星軌道”の前後編の間に“ジャングルの虫たち”が挟まれています。前編は身代金が15万円という異様な誘拐事件を巡る犯人と警察との攻防を描きます。後編の前に置かれた“ジャングルの虫たち”がどのように“帝都衛星軌道”に繋がるのかと興味を持って読んだのですが、ひたすら詐欺の様子が描かれていて(なかなか世の中油断がなりません。)、結局話として繋がるのは最後の数ページで描かれている部分だけ。“ジャングルの虫たち”の初出をみると“帝都衛星軌道”より1年半以上も前ですから、元々は関係ある作品として書かれたものではないのではないでしょうか。前後編の間におく必然性はあるのかと思ってしまいました。
 それにしてもかわいそうなのは、誘拐された子供の父親ですね。
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最後の一球 原書房
(ちょっとネタバレあり)
 御手洗潔の元を訪れた青年が依頼したのは、母親が自殺しようとした理由を明らかにすること。御手洗が調べると、実は母親は借金の保証人として莫大な債務を負ってしまったことがわかります。相手は悪徳金融業者で、司法に訴えてもどうにもならず、御手洗としてもいかんともしがたい中で、急に事態は解決に向かいます。
 途中から、人生を野球にかけた一人の男の一人称で話は語られていきます。父親が悪徳金融業者に騙され、多額の保証債務を負って自殺してしまい、母と二人取り残された竹谷。彼は、自分が他の人より野球の才能に秀でていることを感じ、将来のプロ野球選手を目指して頑張りますが、高校生で出場した甲子園で出会ったスーパースターの武智を見て、自分との大きな差を自覚します。一度はプロへの道を諦めた竹谷ですが、紆余曲折を経て武智と同じ球団に入団します。
 自分の実力が一流でないことに気づきながらも、二流なりの努力をし、野球への夢を追う主人公を描きます。物語の大部分が、竹谷の人生を描くのに費やされます。これはミステリーの名を借りた青春小説であって、事件の謎解きはこの物語のメインではありませんね。謎自体については、だいたいどういうことか、読者には予想がついてしまいます。でも、題名の“最後の一球”に込められた思いは泣かせますねえ。
 御手洗潔が出てくるのは初めの75ページと最後の数ページだけ。内容からすれば、別に御手洗潔シリーズでなくても吉敷シリーズでもよかったのではないかと思ってしまいました。御手洗潔シリーズであるなら、あのお好み焼きのおばさんのエピソードに思わぬ謎が込められていると思ったのですが、違いました。あのおばさん、ただケチなだけ?
 事件のテーマは、最近も話題となっている利息制限法を超える利息の問題、貸し付けを渋る銀行が消費者ローンには多額の貸し付けを行っているという問題など、社会問題に目を向ける島田さんらしい作品です。特に以前から司法に懐疑的な島田さんらしく、御手洗に司法に対し痛烈な批判をさせています。
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リベルタスの寓話 講談社
 「リベルタスの寓話」と「クロアチア人の手」の2編の中編からなる御手洗潔シリーズです。といっても、どちらも御手洗は安楽椅子探偵で、捜査の前面で御手洗の手足となって動くのは、「リベルタスの寓話」ではハインリッヒ、「クロアチア人の手」ではおなじみ石岡くんです。
 どちらの作品も、根底に流れるのはユーゴスラビアの内戦、特にボスニア・ヘルツェゴビナの内戦です。民族も宗教も言葉も異なる国をまとめていたチトー亡き後勃発した内戦ですが、それまで隣同士であった者たちが民族等が異なることによって争い、復讐の連鎖によって殺し合ったという、その悲惨な状況は遥か彼方の日本にいても聞こえてきました。
 「リベルタスの寓話」は、そんな現実を背景に頭部切断、男性器切断、内臓が取り除かれた死体という猟奇的殺人事件が起こります。なぜ内臓が取り除かれて違うものが詰められていたのかというところから、中世の伝説が挿入され、おどろおどろしき様相を呈するのですが、その動機は非常に現代的です。へえ~そうなんだと認識を新たにしたしだいです。それに日本も関係するとは驚きです。
 また、犯人らしき人物はいるのにDNA鑑定で犯人と特定できないトリックは、前例があるようですが、それを知らなかった僕としては、そんなことあるのかとこれまた驚きでした。挿入される中世の物語と民族紛争、そしてあまりに現代的なオンライン・ゲームの現実社会への浸食など、盛り沢山の1作です。
 「クロアチア人の手」では、日本を舞台に俳句国際コンクールで優秀賞を獲得し、日本に招かれた二人のクロアチア人が、一人は密室状態の部屋でピラニアの水槽に顔を突っ込んだ状態で、ピラニアに顔と手を喰われて死んでおり、一人は爆死するという事件が描かれます。最初に一人が見た、ちぎれた腕に追いかけられるという夢が事件の様相を暗示しています。
 顔を喰われていることから、当然身代わりが疑われますが、島田さんらしく一筋縄ではいきません。メイントリックがそんなにうまくいくのかという疑問はありますが、これまた島田さんらしい突拍子もないトリックでした。相変わらず、石岡くんがスウェーデンの御手洗に尻を叩かれながら頑張っている姿が愉快です。
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追憶のカシュガル 新潮社
 久しぶりに手に取った島田作品です。御手洗から渡されたヴィックス喉スプレーによって過去の年上女性への淡い恋心を思い出させる最初の「進々堂ブレンド 1974」を除くと、他は京都大学そばの珈琲店「進々堂」で、浪人生活を送るサトルが京大生の御手洗から聞く物語という形で構成されています。
 御手洗が世界を旅する中で経験した話が語られますが、帯に書かれているような「数奇な四編のミステリー」ではありません。御手洗潔シリーズといって、大がかりなトリックがあると思って購入すると、肩透かしをくいます。何らかの事件が起き、御手洗が推理をして謎を解くという物語ではなく、あくまでも御手洗は脇役です。
 「シェフィールドの奇跡」では知的障害のあるイギリス人青年のために御手洗が力を貸しこそしますが、それだけであり、その他の2つの話、「戻り橋と悲願花」では戦時下に日本の軍事工場での強制労働のため日本に連れてこられた韓国人の男性が、表題作の「追憶のカシュガル」では東西文化が交差するカシュガルに暮らすウィグル人の老人が、それぞれ御手洗に語った話を御手洗がサトルに語るというだけです。ミステリではありませんが、どの話も人種差別、宗教、戦争などについて考えさせるところが、島田さんらしい作品といえます。
 4編の中では「戻り橋と悲願花」が、やはり太平洋戦争下の日本での出来事を描いていることもあって、一番印象に残ります。ラスト、日本人によって不幸な人生を送った主人公の目に広がった風景は感動的です。あんなことあるはずないと思いながらも、あったんだろうなぁと思いたくなります。
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幻肢 文藝春秋
 久しぶりの島田作品です。現在上映中の映画のために書き下ろされた物語ですが、映画では主人公は女性ではなく男性になっているそうです。この作品の前に読んだ法条逢さんの「忘却のレーテ」と同様、“記憶”がテーマの作品です。
 交通事故によって重傷を負い病院に運び込まれた糸永遥。事故が原因で一時的に記憶を失ってしまった遥は、恋人の神原雅人が事故で死んだと知り、うつ病を発症する。最新の技術「経頭蓋磁気刺激法(TMS)」によって治療を試みるが・・・。
 幻肢とは、事故等で手や足を失った人が、存在しない手足がまだそこにあるかのように感じること。物語は、この“幻肢”と同じように、その人物にとってかけがえのない人の命が失われた際も、脳がその人物の精神の崩壊を恐れて、緊急避難的な防御機能を発動させ、大切なものを失った人にそれが今でも存在しているように見させるとして、恋人を失った遥が雅人の姿が見えるようになる様子を描いていきます。
 僕が読んだ島田さんの作品といえば、大がかりな、あるいは奇抜なトリックの殺人事件を描く作品が多いのですが、この作品では、殺人事件はもちろん、そもそも犯罪が起きません。謎は、明らかにされない交通事故の状況だけです。周囲の関係者は事故の内容について遥に語りません。いったい、事故には何が隠されているのか。なぜ皆は遥に真実を語ろうとしないのか。
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新しい十五匹のネズミのフライ  ☆  新潮社 
  島田荘司さんの描くホームズもののパスティーシュです。
 ホームズものは小学校の図書館にあった子ども向けにリライトされた作品を友だちと競って借りたものですが、振り返ってみると、中学生になってからは興味が創元推理文庫のエラリー・クイーンやヴァン・ダイン、アガサ・クリスティヘと移り、ホームズものの原典をきちんと読んだことがない気がします。
 この作品で元になるのは有名な「赤毛組合」です(確か、小学生の頃読んだときは「赤毛連盟」という題名でした。)。
(このあと、「赤毛組合」のネタバレをしているので、「赤毛組合]を未読の人は読まないでください。)

 「赤毛組合」の物語は、『赤毛の質屋の主人が店員から“赤毛組合”というところで赤毛の人を高給で探していると聞き、応募したところ採用されるが、仕事は毎日昼間の4時間事務所に来て「ブルタニア大百科事典」を書き写すことだけ。ところがある日、事務所の扉に「赤毛組合は解散した」との張り紙がされており、あっけにとられた質屋の主人はホームズに相談に来る。ホームズは質屋の店員が主人がいない間に質屋の地下から裏の銀行の金庫まで穴を掘って金庫にある金貨を盗もうとしていることを推理し、銀行の金庫で待ち伏せをして、穴から出てきた犯人たちを見事に逮捕する。』と、ここまでは原典通りに話が進みます。しかし、読者は質屋の主人と銀行の頭取が共謀して金貨を盗もうとしており、また、自分たちが疑われないためにホームズを利用しようとしていることを知っています。実は「赤毛組合」の事件にはホームズの推理とは異なる事実があり、後日譚があったというのが島田さんの描くパスティーシュです。
 ホームズが麻薬中毒者だったのは有名な話ですが、この作品ではホームズは中毒も中毒、自分を見失い類人猿のような振る舞いで部屋の中をめちゃくちゃにし、ワトソンにも怪我を負わせてしまい、遠方の精神病院に入院してしまいます。一方、赤毛組合事件で逮捕された3人の犯人はプリンスタウンの刑務所に移送されたが、翌日忽然と姿を消します。犯人のひとりが残した“新しい十五匹のネズミのフライ”とは何を意味するのか。ホームズがいないワトソンにはまったく理解できません。そんなワトソンに亡き兄の妻だった愛する女性・ヴァイオレットから助けを求める手紙が届きます・・・。
 副題に「ジョン・H・ワトソンの冒険」とあるように、麻薬中毒でまったくあてにできないホームズを残し、ワトソンはヴァイオレットを助けに向かいます。この辺り、ワトソンは孤軍奮闘の活躍を見せます。
 精神病院で暴れてホームズが落ちた小さな池のながれの段差が“ライヘンバッハの滝”ど呼ばれていたり、精神病院の衛生夫長の姓がモリアーティーだったり、“まだらの紐”のストーリーが麻薬中毒のホームズが見た幻想の話であったり等々、ホームズもののファンには嬉しくなるようなエピソードがあちこちに散りばめられています。それを見つけるだけでホームズファンには楽しいかもしれません。もちろん、最後にはホームズが登場し、“新しい十五匹のネズミのフライ”が意味するものを鮮やかに解き明かすので、ホームズファンとしても裏切られることはありません。
 久しぶりに読んだ島田作品で、500ページ近い大部でしたが、読みやすくて、何十年ぶりこホームズものを読んだ気分になりました。ホームズファンにはオススメの1冊です。
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屋上の道化たち  講談社 
 御手洗潔シリーズ最新作です。大部でしたが、内容のコミカルさもあってあっという間に読了です。
 神奈川県T見市にあるU銀行T見支店の3階建てのビルの2階部分屋上から、女性行員が墜落して死亡する。直前まで上司に結婚間近で婚約者の写真を見せてのろけていた彼女に、自殺する理由は見当たらないが、事件当時、屋上には他に誰もいなかった。更に、同じ屋上で、行員の第2、第3の墜落死が続く。どの行員にも自殺の理由は見当たらなかったが・・・。
 神奈川なのになぜ関西弁?と思うほど関西弁が登場です。これは最初に自殺した女性行員の影響を受けて他の行員も関西弁を使うようになったとのことですが、普通ありえないでしょう。この本の感想が書かれたサイトによると、そもそもその関西弁もちょっとおかしいようですし、日頃関西弁を聞き慣れていないので、ここまで関西弁だと何だかなあ~という気になってしまいます。
 若い頃は島田さんの大仕掛けのトリックをわくわくしながら読んでいましたが、歳を重ねるに従って頭の中にトリックの形を思い描くことが難しくなってきてしまいました。今回も、しきりに語られるプルコキャラメルの看板がビルにどんな形で付いているのか、銀行の支店ビルとはどういう位置関係にあるのかが想像できず、謎が明らかになった後も心の中はもやもやしたままです。
 御手洗と石岡が登場するのは200ページ以降で、そこまで下手な笑えない落語を聞いているような会話が続き、これは島田さんもとうとうバカミスに足を突っ込んでしまったのかと思えるほどです。
 痴漢に間違えられて逃げる男、銀行内のトイレに入っていて、閉店後に銀行に閉じ込められたティッシュ配りの男の話が挿入され、これがどう屋上からの転落死事件に関係してくるのか、張り巡らされた伏線が最終的には回収されていきますが、そもそも事件の発端となる停電が起きた際のトリック(というか、偶然に偶然が重なって起こったことですが)は、実現可能なのか疑問です。体操選手じゃあるまいし。結局、銀行員4人が転落死する理由も僕にはあまり説得力があるように思えませんでした。 
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鳥居の密室  新潮社 
 御手洗潔シリーズの1作です。御手洗が登場する舞台となるのは1975年の京都。京都大学医学部の学生であった御手洗が、「御手洗潔と進々堂珈琲」に登場するサトルの予備校生仲間である榊楓が幼い頃経験した不思議な出来事とその日に起きた殺人事件の謎を解き明かします。
 楓が8歳のときのクリスマスの日、目が覚めた彼女は枕元にクリスマスプレゼントがあるのに気づいて喜ぶ。しかし、別の部屋では母親が首を絞められて殺害されており、父親はその日の朝、電車に飛び込んで死んでいた。父親の遺した遺書により、父親が経営する工場の従業員である国丸信二が逮捕される。しかし、 現場となった家はすべて中から施錠されており、密室状態であった。密室の家にプレゼントを持ってきたサンタクロースは誰なのか。密室状態の家にどうやって入り、どうやって出て行ったのか。また、そもそも殺人犯は国丸なのか。同じ頃、事件現場周辺では体調を崩す人が続出し、落ち武者の幽霊を見た人もいたという不思議な出来事が続いていた・・・。
 島田さんらしい大掛かりなトリックはここでは見られません。多くの読者は喫茶店「猿時計」で、特定の時計の振り子だけが動き出すという怪現象のエピソードで、御手洗潔のようにこの作品のメイントリックが想像できたのではないでしょうか。トリックの解明より、明らかとなるサンタクロースのプレゼントに込められた思いの方に感動します。
 それにしても、落武者の幽霊の謎解きがあんなこととは、ちょっと拍子抜けでした。
 事件の舞台となる錦天満宮は実際に京都にある神社だそうで、鳥居の両側が建物にめり込んでいるのも実際の話だそうです。ネットで検索してみましたが、確かに部屋の中に鳥居の先端が突き出していますね。
※この作品は、密室テーマのアンソロジー「鍵のかかった部屋 5つの密室」のために島田さんが書き下ろした短篇「世界にただひとりのサンタクロース」を膨らませた作品だそうです。 
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盲剣楼奇譚  文藝春秋 
 吉敷竹史シリーズ、20年ぶりの新作という謳い文句につられて読んでみたのですが、これって吉敷竹史シリーズである必要性があったのでしょうか。期待が大きかっただけに個人的には期待外れでした。
 通子の金沢の店の大家であり、画家である鷹科艶子の孫が誘拐される。犯人はかつて艶子の母が営んでいた妓楼“盲剣楼”で戦後すぐに起こった復員軍人たちによる立てこもり事件が起こったときに、どこからともなく現れて乱暴狼藉の限りを尽くしていた復員軍人たちを斬り殺した男を連れてくるよう要求する。犯人は、その事件で唯一生き残った男だった。通子から頼まれた吉敷は、単独で犯人の要求する男を探す・・・。
 とにかく、520ページ以上という大部のうち吉敷が登場するのは冒頭と末尾の合わせて120ページほどで、真ん中の400ページは、妓楼“盲剣楼”に伝わる盲目で赤ん坊を背負った美剣士の話が語られます。この話の中に、事件の謎を解く手がかりがあるわけではありません。剣の腕前を持って仕官をしようとする“山縣鮎之介”が太平の世で自分の剣の技量が仕官には全く役立たないことに悩む中で、やくざ者や野武士たちに蹂躙される村を助ける様子が語られていきます。ミステリというより、時代小説といった方が適当です。
 妓楼の出入口は釘打ちされた密室状態で、更に見張りもいる中で、どうやって美剣士は盲剣楼に入ることができたのか、そして出て行くことができたのか、ストーリー展開からその謎ときはともかく、その正体は想像できてしまいます。謎解きも、吉敷が偶然あるものを見たことにより、頭にひらめくというもので、論理的推理でもなし、驚きの謎解きでもありませんでした。
 すっかり吉敷竹史シリーズのことは忘れていたのですが、確か吉敷と元妻、通子との間には事情があって、通子は吉敷を避けていたという記憶があったのですが、この作品を読むと、別々に暮らしているにせよ、非常に良好な関係を築いており、更には二人の間にはいつの間にか娘もいて吉敷と暮らしています。いつの間にこんな家庭生活を築くようになったのでしょう。再婚はしているのでしょうか。シリーズを遡って確認したくなります。
 ただ、休暇を取って個人的に捜査をしている刑事が拳銃を携帯できるわけはないと思いますが。この結末では懲戒免職にはならないまでも、依願退職に追いやられるのではと心配になります。 
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ローズマリーのあまき香り  講談社 
  御手洗潔シリーズです。
 1977年10月、バレエ「スカボロゥの祭り」の公演が行われているウォールフェラー・センターの50階のバレリーナ、フランチェスカ・クレスパンの控室で彼女が頭を殴打され殺害されているのが発見される。死亡推定時間は2幕と3幕の間の休憩時間中だったが、クレスパンはその後の3幕と4幕にも何事もなかったように出演し踊っていた。部屋は内側からカギがかけられ、ドアが見えるところには警備員のボブ・ルッジがおり、部屋に入った者も出て行った者もいないと証言する。ルッジの証言により、密室殺人となることから、警察はルッジを疑い逮捕するが、彼は自供しないまま犯人とされ収監される・・・。
 途中、「スカボロゥの祭り」の原作となるフアンタジーが挿入されており、ケーキを10等分することへのこだわ りや、なぜか不思議の国のアリスのチェシャ猫までが登場する話が長々と語られます。また、御手洗が登場してからは、同じ時間帯に起こった銀行強盗に自動車の爆発、そして飛び降り自殺するかのように高層ビルのテラスで演説する男という無関係に見える出来事も描かれ、いったいこれらの話がどう関係してくるのかまったく想像できないままストーリーは進んでいきます。もちろん、これらの話が事件の謎に関わってくるのですが、それにしても、これだけの枚数を使って事件とは関係もないような話を描くのは島田荘司さんらしいです。おかげで本の厚さはお腹をすかせた高校生が食べるような分厚い弁当箱並みです。
 事件から20年後、事件のことが映画化され、御手洗は滞在しているスウェーデンの地で友人のハインリッヒに誘われて映画を観て、この事件の謎に挑戦することとします。事件を調べる中でユダヤ教、キリスト教、イスラム教の歴史も語られます。また、第二次世界大戦中のナチの人体実験のことも語られます。今のウクライナ情勢や新型コロナウイルスの流行のことも御手洗が予想するなど、事件とは直接関係ないことも語られ、盛りだくさんの内容です。そのおかげで更に本は厚くなります。島田さんの蘊蓄披露ですね。

(ここからネタバレ)

 謎は2つ。1つ目は死亡推定時間後にもクリスパンはなぜ踊ることができたのか。2つ目は密室殺人はどうやって行われたのか。
 1つ目の謎を成り立たせるためには、アーニャのバレエの技量がそれなりでなければならないのですが、いくらアーニャがクリスパンの一卵性双生児の姉だからといって、幼い頃からバレエを習い、世界的なプリマドンナとなったクリスパンと同じ踊る技量があるとは思えません。相手役だって世界的なダンサーであるし、クリスパンに成りすまして踊って、ちょっと疲れているように見えた程度ではすまないのでは。そういう設定にしないとこのス トーリーの一番の謎が成り立たなくなってしまうのでやむを得ないでしょうけど、謎解きがされても、どうもそこがすっきりしません。
 2つ目の密室の謎ですが、「スカボロゥの祭り」の原作の話と更に同時刻頃に起こった3つの出来事の話が密室の謎に関わってくるのですが、わざわざ“ズレた”時間にする必要性があったのかもいまひとつ納得いきませんでした。
 久しぶりの御手洗潔シリーズを楽しむことができましたが、早く日本に帰ってきて再び石岡君とコンビを組んだ話を読みたいです。
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