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朱川湊人の本棚

  1. 都市伝説セピア
  2. 赤々煉恋
  3. さよならの空
  4. いっぺんさん
  5. かたみ歌
  6. 花まんま
  7. 本日、サービスデー
  8. わくらば日記
  9. わくらば追慕抄
  10. あした咲く蕾
  11. 水銀虫
  12. 太陽の村
  13. 銀河に口笛
  14. サクラ秘密基地
  15. なごり歌
  16. 月蝕楽園
  17. 無限のビィ
  18. 今日からは、愛のひと
  19. わたしの宝石
  20. 主夫のトモロー
  21. 私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿
  22. 幸せのプチ

都市伝説セピア  ☆ 文春文庫
  「花まんま」で第133回直木賞を受賞した朱川湊人さんのデビュー作です。この作品自体も第130回の直木賞候補となっています(この短編集の中の「フクロウ男」でオール読物推理小説新人賞を受賞してデビューしたそうです。)。
 僕にとっては初めて読む朱川作品になります。5編からなるホラー風味の作品集です。お祭りで見たカッパの氷漬けに魅せられた男を描く「アイスマン」、時を遡って死んだ親友を助けようとする「昨日公園」、都市伝説に魅せられた男が、自らが都市伝説の主人公として殺人を犯していく「フクロウ男」、自殺した男に恋をした二人の女性の話が描かれる「死者恋」、電車から見えるマンションの窓に死んだ母を見る「月の石」と、どの作品もラストには読者をアッといわせる作品ばかりです。
 この中では「昨日公園」は秀逸です。昨日にタイムスリップすることができることを知った主人公の少年が、事故で死んでしまう親友をどうにかして助けようと試みるのですが・・・。これだけだと単なるタイムトラベルものの話に終わってしまうのですが、最後の捻りがお見事です。思わず涙が浮かんできてしまうラストでした。最近読んだ短編の中ではラストの見事さでは一番です。
 ホラー小説としては「死者恋」が正当派ホラーとして一番のおもしろさです。淡々と話される女流画家の恋の話がラストで・・・。これもまたラストの捻りが見事でしたね。
 粒よりの作品集で、朱川さんの他の作品も読んでみたいと思わせる作品集でした。
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赤々煉恋  ☆ 東京創元社
 5編からなる短編集です。東京創元社のホームページにある本の紹介には連作短編集とあったのですが、読み終えた今でも、いったいどこが連作だったのかわかりません。登場人物が重なるとか、謎の理由が共通したものであるとかといったこともありません。紹介にあるように“赤々とした炎のように何かに身を焦がし、切望する者たちの行く末”を描いていることが連作という所以でしょうか。今回は「都市伝説セピア」を読んでおもしろかったことから、朱川さんの新作を購入したのですが、おもしろさでは「都市伝説セピア」には及ばなかったというのが正直な感想です。
 最愛の妹を亡くした姉が死んだ妹の写真を撮ろうとしたことから異様な世界に引き込まれる「死体写真師」、出会い系で知り合った女とホテルに入ったときに、渋谷で死んだ同級生を思い出した男が陥った運命を描く「レイニー・エレーン」、街をさまよう女子高生、なんとなくおかしいなあと思って読み進んでいったら、う〜ん、そういうことだったのかという「アタシの、いちばん、ほしいもの」、ようやく知り合った自分を大切にしてくれる男性の奇妙な性癖を知った女性を描く「私はフランセス」、満たされる家庭の中で育った少年がある日出会った青年が育てていたものに惹かれる「いつか、静かの海に」、と5編とも読み終えた後もすっきりしない余韻を残す作品でした。こういう小説は苦手です。
 そんななかで「私はフランセス」が、学校時代への優等生だった友人への手紙という体裁で淡々と自分の境遇を語りながら、最後にあっというラストを持ってきたおもしろい作品でした。
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さよならの空 角川書店
 今まで読んだ朱川さんの作品(「都市伝説セピア」「赤々煉恋」)とは全く異なる雰囲気の作品です。朱川さんの作品といえば、ホラー色の強いもので、イメージとしては暗い夜のイメージを抱いてしまうのですが、この作品は正反対の明るいイメージの作品です。 話の内容がフロンガスによるオゾン層破壊を防ぐために散布された物質の副作用によって夕焼けが見られなくなるというところは朱川さんらしいどこかノスタルジックな雰囲気もたたえています。
 オゾン層破壊を防ぐ化学物質ウェアジゾンを発明したテレサ。日本にやってきて彼女が夕焼けは嫌いだというトモルと出会い、そこにキャラメルボーイと名乗る青年が現れて、三人がそれぞれの思いを抱いて、テレサの目指すある場所を訪ねることになります。誰もが夕焼けにいい思いを抱いているのに、それに嫌いだというトモルの気持ちが痛々しいですね。
 三人のほかにテレサを狙っているらしいイエスタデーという人物やトモルと同じアパートの伊達のおじさんのドラマも描かれていましたが、もう少しそれぞれをドラマを掘り下げて描いてくれたらという気がしないでもありません。とはいえ、それぞれのドラマは十分読ませましたが。
 夕焼けがなくなるということを自殺をもって抗議するという人が現れるというのは、ちょっと理解できませんし、イエスターデーの行動も短絡的な気がしてしまいます(もう少し描かれれば違う感想も持ったかもしれませんが)。う〜ん、実際そういう現実の中では、そうせざるを得ないところに追い込まれてしまうのでしょうかね。
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いっぺんさん 実業之日本社
 表題作を含む8編からなる短編集です。いつもどおりのホラー系や不思議系の話です。
 なかでは、やはり表題作の「いっぺんさん」が秀逸です。どんな願いでも1回だけなら絶対に叶えてくれるという“いっぺんさん” 読者の涙を狙っているなとはわかるのですが、わかっていながらもジ〜ンとさせられてしまいました。朱川さん、うまいですねえ。
 この「いっぺんさん」と「小さなふしぎ」がノスタルジックな話であとはホラー系の話。「小さなふしぎ」に登場する“傷痍軍人”は、僕が幼い頃のお祭りでもよく見かけました。どういう人かもわからず、ただ幼い心にはちょっと怖くて、そばには近づけず遠回りしたものでした。
 ホラー系の中では「逆井水」は、昔話のように言われたことは守らないと大変なことになるぞという話。男としては、ついついと思うけれども欲張ってはいけません。「蛇霊付き」、これは昔少女漫画で見たヘビ女の話みたいです。夢の中まで顔が少女のヘビが出てきて怖かった思い出があります。
 他もどこかで読んだこと(あるいは聞いたこと)のあるような作品でしたね。「いっぺんさん」の印象が強すぎたせいか、あとの作品はちょっと不利でした。 
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かたみ歌  ☆ 新潮文庫
 東京の下町、アカシア商店街を舞台に起こる7つの不思議な話を描いた連作集です。
 朱川さんらしい昭和40年代の雰囲気が溢れたストーリーで、その時代を子どもの頃過ごした僕にとっては、読んでいると、その頃の町の雰囲気というか時代の匂いが記憶の奥底から浮かび上がってくるようでした。ただ、物語は単に懐かしさを描いた話ではなく、すべて“死”というものが描かれている悲しく切ない話ばかりです。
 7編の中では、「夏の落し文」が切なさという点では一番です。弟を命がけで守ろうとする兄、そんな兄に隠された出生の秘密。朱川さんはこれでもかというように切なさを畳みかけてきます。ラストの1行には思わずグッときてしまいました。
 それから好きなのは「栞の恋」です。決して実らぬ恋を描いたこれも切ない話です。古書店の古本の中に挟んだ栞で恋する男性と文通をしていた女性が、ある日文通相手を勘違いしていたことに気づきます。気づいてもどうにもできない辛さ。涙もろい身としては、このラストにも参ってしまいます。
 7編の主人公はそれぞれ異なりますが、それぞれの話には、古書店・幸子書房の店主が登場しています。最後の「枯葉の天使」で、それまで心の片隅に引っかかっていたことが、ああ、そうだったんだと明らかになります。連作集らしいラストです。おすすめです。
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花まんま  ☆ 文春文庫
 第133回直木賞受賞作品です。いつもの朱川作品らしい昭和30,40年代を舞台にした6編からなる短編集です。
 子ども時代をその年代に過ごした身としては、いつも朱川作品を読むとノスタルジックな気持ちになってしまうのですが、今回は今まで読んだ作品のようには、物語の中に入っていくことができませんでした。どうしてなんでしょう。すべてが大阪を舞台にしたもので、自分の子ども時代とは、どことなく雰囲気が違っていたからでしょうか。とにかく大阪の匂いが強い作品でした。
 特に、死んだ叔父の遺体を載せた霊柩車が火葬場を前にして急に動かなくなってしまうドタバタを描いた「摩訶不思議」などは、それが一番感じられた作品です。完全に大阪のお笑いですよね。最後に女3人でそうめんを食べるところは愉快です。今まで読んだ作品ではホラーや感動の作品が多かったのですが、笑いが中心にある話というのは初めてではなかったでしょうか。
 6編の中では、自分が他人の生まれ変わりだという妹を一生懸命守ろうとする兄を描く表題作「花まんま」が一番心に残った作品です。この兄の健気さには思わず頑張れと声援を送りたくなってしまいます。
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本日、サービスデー  ☆ 光文社
 表題作を含む5編からなる短編集です。
 朱川さんの作品といえば、時代でいえば昭和の、それも昭和30、40年代の匂いを感じさせるもの、時間でいえば夕暮れ時あるいは夜をイメージさせるものが多いのですが、表題作は、これまで読んだ朱川作品とはガラッと変わった雰囲気のユーモアのある明るい作品です。サラリーマン風の天使と蠱惑的な悪魔が登場し、思わぬことから人生のサービスデーを知った主人公とドタバタ劇を繰り広げます。笑ってしまいました。ラストもほのぼの。朱川さんがこんな作品も書くんだと、再認識させられた作品です。
 「東京しあわせクラブ」は、ちょっとブラックな一編です。話の先の展開が読めてしまうのが残念なところ。「あおぞら怪談」は、幽霊話ですが、怖くはない、どちらかというと喜劇みたいな話です。 
 後半に収録された、ザリガニ釣りに夢中になる少年を描いた「気合入門」と、自殺した女性と三途の川らしき川の渡し舟の船頭とのやりとりを描いた「蒼い岸辺にて」も、おもしろく読めたのですが、この作品集を作るために取って付けたような感じがするのが否めません。
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わくらば日記 角川文庫
 昭和30年代前半を舞台に不思議な能力を持った女性を巡る事件を描いた連作短編集です。
 朱川さんらしいノスタルジックな時代を背景に、人の記憶を読み取ったり、ある場所で以前に起こった出来事を見ることができるという超能力を持った病弱な姉とちょっと勝ち気な妹の日常を描いていきます。その不思議な能力によつてひき逃げ事件の犯人を教えることで刑事と関わることになり、以後能力を使って事件の解決に助力しますが、ミステリとしての色合いはあまり強くありません。それよりは、特異な能力を持つことによる辛さ、悲しさの方がより強く描かれています。
 人の秘密をのぞき見たいという気持ちがないといったら嘘になります。姉のような能力を持っていたらきっと使いた<なりますよね。ただ、知らない方が良いということは往々にしてあるものです。知ることによつて姉のように苦しむことも多いでしょう。さて、果たしてこんな能力があっていいものか・・・。

※ちなみに“わくらば”とは、草木の若葉を意味する「嫩葉」と、病気に冒された葉を示す「病葉」という正反対の意味があるそうです。
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わくらば追慕抄 角川書店
(ちょっとネタバレ)

 「わくらば日記」の続編です。昭和30年代を背景に人や物の持つ記憶を見ることができる能力を持つ鈴音とその妹、和歌子の姉妹が遭遇する事件を描いた連作短編集です。
 今回は、鈴音と同じ能力を持つ女性、薔薇姫・御堂吹雪が登場します。彼女はその能力を使って、人の秘密を暴き恐喝を働いたりしています。同じ能力を持ちながら鈴音とはまったく異なる使い方をする薔薇姫を登場させ、鈴音と対比させることにより、その不思議な能力を持つがゆえの鈴音の悲しみ、苦しみを浮き彫りにしていきます。
 薔薇姫は鈴音のことを憎んでいるようですが、果たして彼女と鈴音の過去にどんな繋がりがあるのか、残念ながら本作ではその点は明らかにされません。う〜ん、消化不良です。朱川さん、もったい付けますねえ。
 前作で登場した駐在所の警官秦野、鈴音の能力を知って事件解決に彼女の協力を求める刑事の神楽が今回も登場するほか、新たな登場人物として女性新聞記者の南田蓮子や近所の米屋の店員幸男くんが登場し、事件に関わってきます。
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あした咲く蕾  ☆ 文芸春秋
 朱川さんらしい過去を振り返って子どもの頃等を描いた作品が7編収録された短編集です。
 朱川さんの描く過去は、僕の子ども時代と重なっているせいか、この作品集の中でも、「大阪万博」や「巨泉・前武ゲバゲバ90分」、「伊賀の影丸」、「フランシーヌの場合は」などという懐かしい話が出てきて、それだけで話の中にスッと入っていくことができます。ただ今回はそんな昭和時代のことばかりでなく、「カンカン軒怪異譚」のようにバブルの頃を舞台にした作品も収録されています。
 今回の作品集は、帯に「世界一、うつくしい物語」と謳ってありますが(これは朱川さん自身が考えられたそうです。)、読後感がいい作品が並んでいます(ただ、「湯呑の月」のようにあまりに悲しい話もありますが。)。そのなかで一番好きなのは、「虹とのら犬」です。内容はといえば、不思議な力とかは関係のない本当に普通の話です。チョコレートを盗んだ犯人にされたことから、しだいに孤立化していった少年がある少女によって立ち直っていく様子を描いたものですが、ラストが秀逸です。こんな素敵なラストに拍手したくなりました。
 表題作の「あした咲<雷」は、不思議な能力を持った叔母の思い出を振り返る話ですが、人間はここまでできるのかという切ないラストとなっています。僕がこの叔母の立場だったら、あんな行動を取るのは躊躇しますけど。
 そのほか、母親に好きな人ができてから、雨の日に寂しい人の心の声が聞こえるようになった少女が大人になっていく様子を描く「雨つぶ通信」、子どもがおなかにいる間に交通事故で亡くなった夫に妻が語りかける「空のひと」など、読んでいてホントに温かい気持ちにさせてくれる作品でした。おススメです。
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水銀虫  ☆ 集英社文庫
 すべてが「〜の日」と題された7編の作品が収録された短編集です。この前に読んだ「あした咲く蕾」とは異なって、この作品集はホラー系です。どの作品も非常に後味悪いラストとなっており、また、グロテスクな雰囲気も漂う話となっています。
 共通しているのは、主人公の身体をはい回る甲虫という描写。これは「はだれの日」の中で述べられている表題作ともなっている「人の魂の中に入り込んで這いずり回り、やがて無数の穴をあけてしまう」“水銀虫"のことでしょうね。
 7編の中では、水銀虫の出てくる「はだれの日」が一番のお気に入りです。姉思いの主人公が納得して取った行動がラストで一転します。主人公が決意して行ったことがああいう結果で終わってしまったことを知ったときの主人公の叫びは切なすぎます。
 その他では「薄氷の日」が印象的です。自らが行った行為に対して罪悪感も感じないという酷い女が主人公です。あまりに嫌な女であるが故に主人公の行く末には同情もおぼえません。因果応報です。
 他の作品と比べて異色なのは、鬱の妻を抱えた男が主人公の「病猫の日」です。ラストの先に主人公からすれば思いどおりの未来が待っていることを感じさせて終わります。そういう点では賛否両論のラストでしょう。
 どの作品も「このあと、いったいどうなるのだろう?」と、読者にラストの先を想像させる終わり方となっています。読後に余韻を持たせる当たり、朱川さんうまいですよね。おすすめの短編集です。
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太陽の村 小学館
 作者の名前を隠して、この作品の作者はと聞かれて、朱川さんの作品と答えることができる人がどれだけいるのでしょうか。とにかく、いつもの昭和30年代、40年代を描き、ノスタルジックな雰囲気の漂う朱川作品の影は微塵もありません。どちらかといえば、荻原浩さんの作品に似ている雰囲気の作品といったらいいでしょうか。
 父親の退職記念のハワイ旅行の帰り、飛行機事故に遭遇し、気づいたときには現在の日本とは思えない電気もガスも水道もない村に流れ着いたオタク系のデブ男である坂木龍馬の物語です。なんと大層な名前だと思ったら、桃太郎や金太郎、寝太郎などというふざけた名前の子どもたちがわんさか登場、さらには妖術使いの仮面の男まで登場してきて、朱川さん、ふざけすぎ!と思いましたが、意外とおもしろく、ページを繰る手が止まりませんでした。いっき読みです(この作品、あまり細かい点をああだこうだとつつかないで読むのが楽しめる秘訣です。)。
 ラストで登場人物の一人が語ることは、いつも30年代、40年代を描く朱川さんらしいメッセージと言えるでしょうか。ひとつ残念だったのは、最後が急ぎすぎという点です。龍馬が今後の生き方の決断をするところはちょっとあっけなかったという感があります。それにしても、朱川さんにはすっかりやられましたね。
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銀河に口笛 朝日新聞出版
 朱川さんらしいノスタルジック溢れる作品です。作品が描く時代は昭和40年代。
 ある日、モッチこと望月直人たちのクラスに一人の少年林田智樹が転校してくる。彼は前日、流れ星が落ちた場所に駆けつけたときに出会った少年だった。ウルトラマリン隊という探偵団を結成した彼らは、友人たちから依頼される事件の解決に奔走する。いろいろなものに熱中していた子どもの頃。そんなとき出会った不思議な少年。楽しく遊んだ彼との別れは唐突にやってくる。
 物語は、中年になったモッチが少年の頃を振り返るという形で描かれていきます。若い頃はまったく思い出しもしなかった子ども時代の出来事が、時間が早く過ぎるようになった中年になって、ふとしたとき心の奥底から浮かび上がってきます。今はほとんど交流もない友人たちですが、その思い出はしっかり心の片隅に残っているようです。モッチと同年代としては、作品中に出てくるテレビ番組など非常に懐かしく思いながら読んでいました。これは僕らオジサン達のための物語と言っていいですね。
 この作品中の子どもたちが探偵団を結成したように、僕らも当時テレビで人気のあったドラマの登場人物に扮して遊んでいました。もちろん、喧嘩もなくクラスの一番の人気者が主人公役だったっけ。
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サクラ秘密基地 文藝春秋
 表題作を始め6編が収録された短編集です。
子どもの頃、「サクラ秘密基地」のように友達と一緒に仲間だけしか知らない“基地”を作って放課後に集まって遊んだものです。映画の「20世紀少年」の中でも描かれていましたが、僕らの年代の人には少なからず同じような思い出があるのではないでしょうか。そういう点では、ノスタルジー豊かな作品ですが、決して昔はよかったという懐古主義の物語にはなっていません。その裏側には児童虐待という残酷な親子関係が横たわっています。この短編集の中で僕としては一番印象に残った物語です。
 「飛行物体ルルー」は、二人の少女が、UFOのインチキ写真を撮影したことから始まる騒動を描きます。ある経験が一人の少女の生き方にあんな影響を与えるとはびっくりの作品になっています。
 「月光シスターズ」は、この短編集中唯一のミステリの要素が入った作品です。ミツコという幽霊の存在に怯える母。幽霊が見えることができる主人公。徐々に精神を病んでいく母はある日、首をつって自殺します。成長して、姉との話の中で主人公が恐るべき真実に気がつくという話です。
 最後の「スズメ鈴松」は、この短編集の中で一番の感動作です。周囲からは乱暴者と思われている鈴松とその子と知り合った主人公が、鈴松の武骨ながらも優しい気持ちを知り、自分の生きる道を決めていくまでを描きます。雀のエピソードは泣かせます。
 そのほか、子どもの頃年上の女性に抱いた恋心が手紙に綴られる「コスモス書簡」、主人公の勧めで兄が買った質流れ品のカメラに、撮ったはずのない写真が写っているというホラー風味の作品の「黄昏アルバム」が収録されています。
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なごり歌  ☆ 新潮社
 1970年代の東京郊外の巨大な団地を舞台に描く7編が収録された連作短編集です。
 7編はそれぞれ独立した話ですが、7編の底にはある事件に関わる―つの話が流れており、ラストでその事件に決着がつくという形になっています。
 朱川さんらしいノスタルジック溢れる作品です。今回は下町ではなく、急激な人口増に対応するため建設された団地という、その当時では新しい世界での物語ですが、作品中には当時のテレビ番組(「8時だよ!全員集合」や「コント55号のなんでそうなるの?」なんて、毎週楽しみに見ていました。)や流行歌(「『いちご白書』をもう一度」は今でもカラオケで歌ってしまいます。)、時効直前の三億円事件の話、スーパーカー消しゴムをボールペンで弾くという遊び等々懐かしい事柄が続々登場して、「ああ、そういえばあのとき、あんなことがあったなあ。」と今までの朱川作品同様、当時のことを思い出しながら読んでいました。70年代といえば、僕が小学校から大学までを過ごした時代です。老年間近の中年おじさんにとっては、振り返れば懐かしくて仕方ありません。こういう作品は、それだけで手に取ってしまいます。
 7編の中では、団地に引っ越してきた引っ込み思案の少年に起きる不思議な出来事を描いた「遠くの友だち」。帰宅途中、突然男から自分の妻を帰して欲しいと言われて戸惑う男を描いた「秋に来た男」がお気に入りです。
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月蝕楽園 双葉社
 5話が収録された短編集です。
 朱川さんの作品といえば、僕にとっては懐かしい30年代、40年代を舞台にノスタルジックな雰囲気が漂う作品という印象が強いのですが、今回はノスタルジックなところはまったくない作品となっています。
 冒頭の「みつばち心中」は、入社20年を超えたいわゆる“お局さま”の女性が、同僚の若い女性の指に魅せられたことから、人生を狂わせていく様子を描いていきます。いわゆる“フェティシズム”ということでしょうが、あまりに倒錯した思いにちょっと退いてしまいます。
 「噛む金魚」は、結婚したときの夫とのセックスがうまくいかず、セックスレスで処女のまま20年を暮らした女が、人生を振り返って女性として問題があるのではと考え、夫以外の男とのセックスを考えるようになる様子を描きます。ここに至るまで何とも考えなかった妻も妻ですが、そもそも趣味に没頭している夫が妻の行為を批判することができるのか・・・。
 収録作の中で一番異様な作品といえる「夢見た蜥蜴」。物語は一人の男と暮らす蜥蜴の独白で進んでいきます。男と蜥蜴とのセックスのシーンなど、これはちょっとグロテスク過ぎるなあと思ったら、しだいに明らかとなる事実はさらにグロテスク。昔読んだ楳図かずおさんの恐怖漫画を思い出してしまいました。男の行為はあまりに異様。理解できる部分かありません。
 殺人を犯したらしい男の独白で始まる「眠れない猿」。見た目が猿に似ていると言われ、恋愛とはまったく縁のなかった男が、ある女性と愛し合うようになりますが、彼女の過去を知って、苦しむ様子が描かれます。この作品集の中では割と普通の話です。愛する人の過去が気になるというのは多かれ少なかれ誰もが持つ感情ですし、信頼している人から裏切られたことに対する怒りの感情も無理ないところです。ただ、その怒りの感情を行為として表してしまうかは別ですが。
 「孔雀墜落」は、性同―性障害で家を飛び出した弟とその姉の話。家族の中に性同―性障害で苦しむ者がいても、なかなか家族は理解するのは難しいでしょう。逆に家族であるが故、理解できないかもしれません。ラストはあまりに切なすぎます。
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無限のビィ  徳間書店 
 朱川さんお得意の昭和40年代の下町を舞台にした物語です。いつもながら朱川さんの作品には僕が子どもだった頃のテレビ番組や当時の社会の様子が描かれていて、僕らの年代には郷愁を誘う作品となっています。
 物語の主人公は小学生の信悟。10年前に沿線の鉄道で歴史的大惨事となった事故があった信悟が住む町では、最近奇妙な事件が続発していた。ある日、彼の学校に産休代替の綺麗な若い女の先生がやってくるが・・・。
 超能力ともいうべき不思議な力(触らずに物を動かす、いわゆる念動力)を有している信悟は、人間の身体を乗っ取る生命体に対し、その存在を感知する能力を持った友人の姉や発明家である町の時計屋のチクタクさんの力を借りて立ち向かっていきます。雰囲気としては昔NHKテレビで放映していた“少年ドラマシリーズ”の1作のような物語です。
 人間の身体を乗っ取るというと、ジャック・フイニィの「盗まれた町」を思い浮かべます。あの作品では地球外生命体が地球を自分たちのものにしていこうという目的があったのに対し、この作品で、情け容赦なく人間の身体を使い捨てていく“無限のビイ”と名乗る生命体の目的は、違うところにあるのですが、自分の知っている人の身体が乗っ取られているのではと思う怖ろしさは同じです。
 ラストで明らかにされる“無限のビイ”がこの町にやってきた理由には、悲しいものがあります。人間が同じ立場に置かれたならば、相当辛いでしょう。ですから、信悟が大人になった時のあるエピソードには、なんだかホッとしたりもしてしまいました。 
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今日からは、愛の人  ☆   光文社 
無職で住むところもない亀谷幸慈(カメタニユキジ)は、ある日、秋葉原でキャバ嬢のような女にカツアゲされていた青年を助ける。青年は記憶喪失だといい、先はどの女に自分は悪魔で、おまえは元・天使だと言われたと語る。関わりたくない相手だと思ったが、とあるきっかけで二人はデリヘル嬢のシメ子の家に転がり込むこととなる。そこにはシメ子以外に3人の男が往んでいたが・・・。
 いつもの昭和のノスタルジックな雰囲気の朱川作品とは異なるユーモアのあるファンタジー作品です。
 悪魔といえば普通は黒装束の強面の男というイメージですが、ここで登場するのは派手なキャバ嬢のような女性の悪魔(悪魔に性別かおるかは知りませんが)。一方、天使は白装束に羽があるというイメージとは違って、か弱そうなメガネの記憶喪失の男。何だかこれだけで何だか面白そうな始まりです。
 物語は、家主であるデリヘル嬢のシメ子、筋肉隆々で坊主頭で見た目が怖いマロ、スマホ中毒で冗談ばかり言っている奥山、カードゲームオタクのミチオ、そしてユキジと元天使のガブリエル(天使という発想からユキジが名付けた)が共同生活を送っていく中で、次第に相手を思いやり、今までにない温かな気持ちを持つようになっていく様子が描かれていきます。ただ、悪魔と称する女の口からは、ユキジや一緒に住む男たちについての思わせぶりな言葉が発せられ、ここで一緒に暮らし始めた6人には何か隠された事実かあることが示唆されます。
 しだいに明らかになる彼らがここに集まってきた理由は、想像できないものでしたが、ラストの落としどころも予想外でした。いつもと異なるユーモアもまぶされたストーリーから、もっと単純にハッピー・エンドの展開になるかと思いましたが・・・。 
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わたしの宝石  文藝春秋 
 6編が収録された短編集です。
 交通事故の後遺症か、人の首ににマフラーらしきものが見える女性。そのマフラーは人が寂しさを感じているときに見え、更に寂しさが増すごとにマフラーは風に靡いているように見える。そなんな特殊な能力を持っているが故、心の中で宝物になっていた若い頃の恋が破れていくのを見てしまう(「さみしいマフラー」)。
 父親に似て骨太で顔も不細工で“岩石”と渾名される女の子、ポコタン。天性の明るい性格でいじめられても跳ね返してきたが、彼女も年頃になり、好きな人ができるようになるが・・・(「ポコタン・ザ・グレート」)。ある人物がポコタンの人生を語っていくのですが、この人物がわかるラストで、こういう逆転劇があってもいいなと爽快な気持ちになれる作品です。この短編集の中で一番好きな作品です。
 DVの父親から逃れて母とともに「マンマル荘」に住み始めた岸田基樹。彼が45年前を振り返って、「マンマル荘」での生活を語っていきます(「マンマル荘の思い出」)。朱川さんらしいノスタルジー感溢れた作品です。舞台となる時代は戦争が終わってから24年以上が過ぎた頃ですが、確かにその当時、この作品に書かれている傷痍軍人の姿を僕自身もお祭りに行く道で見た覚えがあります。まだ、“戦後”だったんですね。この作品だけは恋愛のことが書かれた他の作品とは雰囲気を異にします。
 女友だちの家のテレビで見た韓国のアイドルグループのひとりに魅せられてしまった三園友和(「ポジョン、愛している」)。ひたすら愛しているという彼の姿は田中英光の「オリンポスの果実」の主人公を思い出しました。
 70年代初めのアイドルだった天地真理の曲・「思い出のセレナーデ」が好きだった幼馴染みで仲の良かった女の子が、不幸な出来事に襲われたときに、彼女に何もしてあげられなかった負い目から次第に彼女を避けるようになった主人公が、ある日出会ったささやかな奇跡が語られていきます(「思い出のセレナーデ」)。この作品は、雑誌「オール読物」で7人の作家が「昭和歌謡小説」というテーマで競演したものの1作だそうです。これはちょっと泣かせます。
 大学時代に憧れていたが自分には不釣り合いだろうと思っていた彩織と卒業後に偶然再会した島崎。彩織はT国での仕事をしたいと希望して入った会社だったが、その美貌故に仕事は受付や役員秘書で、やりたい仕事もできず、役員からセクハラも受けたことをきっかけに、彩織は会社を辞め島崎と結婚する(「彼女の宝石」)。彼女の失意につけ込んだ結婚といわれるのは島崎がかわいそうです。好きな女性なら、彼女の気持ちにつけ込んでもと考えるのもやむを得ません。逆に彩織の方が島崎を利用して失意の気持ちを癒やそうとしたのではないでしょうか。だからこそ、彩織は結局自分のやりがいを見つけたとたんに、変わっていってしまったのでしょう。あんな歌ぐらいで彼女の中に自分がいたなんて優しい気持ちになれるのかなあ・・・なあ島崎。 
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主夫のトモロー  ☆  NHK出版 
 小説家になる夢を持ちながら美術雑誌の出版会社に勤めるトモローは、ある日突然、親会社の思惑から会社が潰れ、仕事を失ってしまう。恋人の美智子は結婚して主夫をすればいいと提案し、トモローは小説を書きながら主夫をすることとなる。やがて、美智子との間に子どもも生まれるが・・・。
 主夫となったトモローの主夫生活を描いていく作品です。主夫として家事や育児をしていく中で彼が直面する様々な出来事が描かれていきます。
 主人公のトモローが優しい人です。優しいが故に出会う人からから悩みを打ち明けられたり、騒動に巻き込まれたりしていきます。しかし、その中でトモローは“主夫”として大きく成長していきます。
 トモローの立場を自分に置き換えてみると、仕事もなく主夫生活をしている自分を他人はどう見るだろうと気になってしまい、トモローのようには主夫業に専念できないと思います。それに、いわゆる公園デビューは女性であってもいろいろ大変だと聞きますが、主夫としての公園デビューなんて、僕にはまったく自信ありません。実際に、長男が幼稚園の頃、妻が二人目の子どもを身籠もっていたので、妻の代わりに遠足について行きましたが、周囲のママ友たちの中に入っていくことができずに、昼ご飯も息子と二人だけでみんなから離れて食べていました。息子はきっと寂しかったでしょうけど・・・。聞くところによると、トモローには朱川さん自身の体験が反映されているようですが、であるとすれば、朱川さんは凄いです。
 トモローを取り巻く人々のキャラも印象的です。若い頃、グレて“イナヅマ☆ゴロー”としてその名を売ったトモローの兄なんて最高のキャラです。そして、忘れていけないのは、仕事をなくしたトモローに主夫をすればいいと言った美智子です。普通、恋人にそんなことは言いませんよね。彼女がいたからこそ、トモローが主夫に専念できたというのが本当のところでしょう。
 パソコンで“しゅふ”と打つと、“主婦”だけでなく“主夫”も変換候補に出てきます。時代は変わりました。 
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私の幽霊 ニーチェ女史の常識外事件簿  実業之日本社 
 “ニーチェ女史”こと雑誌編集者の日枝真樹子が遭遇する不思議な出来事が語られる6話からなる連作短編集です。第2話の「きのう遊んだ子」のみ義姉から聞いた話となっていますが、どれもがニーチェが経験した不思議な出来事が“上宮博物学研究所 主任研究員 栖大智”によって解き明かされるという形になっています。
 語られる不思議な出来事は、主人公であるニーチェが自分の幽霊を見てしまう「私の幽霊」事件、自分が女の子と遊んでいることを覚えていない「きのう遊んだ子」事件、失踪した不幸な運命に翻弄された女性作家を探す「テンビンガミ」事件、両方の掌に細い紐を巻き付けた自殺者の謎を追う「無明浄土」事件、豹に変身する能力を持つ女性と関わる「人間豹」事件、そして庭から姿を消した自力で歩き回る紫陽花を探す「紫陽花獣」事件の6つです。
 どの出来事もも現代の常識で解き明かすことができるものではありません。いつものノスタルジー溢れる朱川作品とはちょっと異なるファンタジックなストーリーとなっています。“テンビンガミ”にしても、“人間豹”や“紫陽花獣”にしても、どこか遠野物語的な雰囲気が感じられます。
 “人間豹”となる魅力的なキャラの登場がこの作品限りではもったいない気がします。また、“栖大智”という人物については詳細に語られず謎の人物のままなので、続編を期待したいですね。 
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幸せのプチ  日本経済新聞出版社 
 昭和40年代から50年代にかけて、東京の架空の町、“琥珀町”を舞台にそこに住む人々を描いた6編からなる連作短編集です。朱川さんらしいノスタルジー溢れる作品になっています。
 余命宣告を受けて、35年前に住んでいた琥珀町を訪ねてきた久雄。かつて、久雄はこの町で尚美という女性と暮らしていたが、彼女が急性緑内障となり、失明の恐れがあると知って、彼女の元から逃げ出した過去があった。久雄は彼女が今どうしているか気になって、当時よく通った喫茶店を訪ねるが・・・(「追憶のカスタネット通り」)。
 博と唐沢くんが野良犬に襲われそうになったときに助けてくれた白い犬。博がプチと名付けた犬は時々博たちの前に現れるが、ある日、リードを離された犬から子どもたちを守るために買い主の手に噛みついたため、プチは保健所に居られることとなってしまう。博たちはどうにかプチを助けようとするが・・・(「幸せのプチ」)。
 都電の線路を挟んで道路の南と北にあるパン屋の“こまちのパン”と三橋精肉店。“こまちのパン”の美佐子は時々パンを買いに来る青年にほのかな思いを抱いていたが、ある日、三橋精肉店の和美から自分が好きだから手を出さないで欲しいと宣言されてしまう・・・(「タマゴ小町とコロッケ・ジェーン」)。
 朔はラジオの深夜放送で夜になると町を彷徨うお面をかぶった男の話を聞く。ある夜、弟が熱を出し、スナックで働く母親を迎えに行く途中で、朔はお面の男に出会う・・・(「オリオン座の怪人」)。
 居酒屋のカウンターで、一見の客であるライターだと名乗る男に促されて飲み客たちは琥珀町での不思議な話を語り出すが・・・(「酔所独来夜話」)。
 祖父と二人暮らしの勇治は、働いていた日本料理屋の主人の紹介で大阪の老舗割烹で働くこととなる。旅立つ前にお世話になった町の人々に別れを告げに歩くが、彼にはどうしても会っておきたい人がいた・・・(「夜に旅立つ」)。
 収録された6編も少しずつ時間が流れており、先の話の登場人物のその後が次の話の中で語られるなど(あの高校生が女優になった、あの娘が嫁に行った等々)、各編が繋がりを持ちながら語られていきます。
 6編のうち「酔所独来夜話」だけが他とは毛色の違った不思議系の作品ですが、あとの5編は、ラストにどれも温かな気持ちにさせてくれるストーリーになっています。「夜に旅立つ」は、この作品のラストを飾るに相応しいストーリーになっています。
 「サンダーバード」「太陽にほえろ」「旅の重さ」などの当時のテレビ番組や映画が登場し、あの頃小・中学生時代を過ごした者としては、懐かしさを感じながら読み進みました。嫌ですねえ。この年代を描かれると、ついついノスタルジックな思いに浸ってしまいます。
 プチと名付けられた白い犬が時々顔を見せますが、あの犬は結局何だったのか。正体がわからないままだったのは、すっきりせず、いささか消化不良です。 
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