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雫井脩介の本棚

  1. 犯人に告ぐ
  2. クローズド・ノート
  3. 殺気!
  4. つばさものがたり
  5. 犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼
  6. 望み
  7. 犯人に告ぐ3 紅の影
  8. 霧をはらう
  9. クロコダイル・ティアーズ

犯人に告ぐ 双葉社
 今年(2004年)の「このミス」で第8位になった作品です。
 主人公巻島史彦は、かつて県警のエリート警官だったが、誘拐事件で犯人逮捕に失敗し、被害者を殺された過去があります。それから6年後、再び連続誘拐殺人事件が起き、捜査が行き詰まったとき、所轄に飛ばされていた巻島に、事件の指揮を執るよう命令が下ります。
 今年、奈良で女児誘拐殺人事件が起き、犯人はまだ逮捕されていません。そればかりではなく、警察をあざ笑うかのように、女児の携帯から親に「次は妹だ」というメールが送られてきました。子供の親として許せない犯罪です。
 物語は、こうした劇場型犯罪に対し、警察がテレビに捜査官を出演させ公開捜査、いわゆる劇場型捜査を行うことを描いています。今の日本ではありえない捜査方法でしょうが、テレビに出ることによる世間の反響等非常におもしろく読むことができました。ただ、そこまでの過程に比べ、最後の犯人逮捕はあまりにあっけないし、犯人像というのも読者にははっきり知らされません。結局、この物語は劇場型捜査の過程を楽しむものなのでしょう。
 それにしても、本の帯の「犯人よ、今夜は震えて眠れ」は強烈に目を引きますね。
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クローズド・ノート 角川書店
 雫井さんといえば、「犯人に告ぐ」が一昨年の“このミス”で8位に入ったことからもわかるようにミステリ作家だったはずですが、この作品はそれまでの作品とはまったく趣の異なるいわゆる“恋愛小説”です。「犯人に告ぐ」のような硬派な作品を書いた雫井さんが、こんな甘い小説を書くなんてあまりの落差に驚いてしまいます。主人公の女子大生が、バイト先の文具店に来る客に心惹かれる様子が男性作家が書いたとは思えない印象を与えます。それにしても携帯サイトで連載された際になんと100万アクセスを突破したそうですから、多くの人たちの共感を呼んだのでしょうね。
 物語は、バイトとマンドリンクラブに精を出す普通の女子大生香恵が主人公です。彼女はある日、自分の部屋のクローゼットの中に前の住人が置き忘れていったノートを見つけます。バイト先に来る客へのほのかな恋心や、友人の彼からの告白等に揺れる中で、彼女は教師らしい持ち主がノートに書いた日記に惹かれ、書いた内容に自分の気持ちを重ね合わせるようになります。
 主人公の香恵が、好きな男性が女性と歩いているのを見て焼き餅焼いたり、親友の彼に告白されて戸惑いながらもはっきり断れない様子がとてもかわいい(こんな子、いますか?と思ってしまいますけど)。嫌らしいところがなく、友人の彼が好きになってしまうのも無理がないですねえ。
 ラストは実は・・・であることがわかって感動で終わります。ただ、この点は最初から読者にはわかっていましたし(たぶん、作者も隠しているわけでもなかったでしょう)、ミステリのような捻りもなかったので登場人物ほどの感動にはなりませんが。
 とにかく、ストレートな恋愛小説で、ほのぼのとした気持ちになるには一番の本です。素直に感動したい人にはおすすめです。
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殺気! 徳間書店
 女子大生のましろは、小学生の頃、何者かによって拉致監禁された過去を持つ。事件は未解決のままだったが、事件後ひどいPTSDを抱えたため、催眠療法によって事件は記憶の奥底に閉じこめられた。そんなある日、ましろは自分に他人の“殺気”を感じとることができる能力があることに気づく。その能力によって、強盗事件の解決に尽力したましろだったが・・・。
 超能力を持った若い女性が主人公ということで、読む前には宮部みゆきさんの「クロスファイア」みたいなSF作品かなと思っていたのですが、ちょっと違いました。SF色は強くありませんし、「クロスファイア」の主人公のように超能力を持つことによる主人公の悲しみや悩みというものはあまり描かれません。まあ、彼女の能力というのが、“殺気”を感じるだけであって、こちらから積極的に何かできるという能力ではないということもあるのでしょう。
 物語は、当然、彼女の幼い頃の事件の真相が明らかにされるところへ向かっていくのですが、途中で話の筋が予想できてしまうのが、期待していただけに残念でした。
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つばさものがたり 小学館
 君川小麦は、パティシエとして有名洋菓子店で働いていたが、過去に患った乳がんが再発したことをきっかけに、故郷に戻って夢だったケーキ店を開店する。そんな小麦に対し、天使が友達だという兄の息子・叶夢は、天使がこの店は流行らないと言っているという。死への恐怖を抱えながらケーキ店の成功に力を注ぐ小麦に対し、小麦を励ます兄、そして店を手伝う母と兄嫁だったが、叶夢の言うとおり、店は次第に客足が引いていく。
 雫井脩介さんといえば、「犯人に告ぐ」の大ヒットで、サスペンス作家あるいはミステリ作家の印象が強いのですが、実は「クローズド・ノート」のような恋愛小説も書くという、引き出しの多い作家さんです。
 この作品は、どちらかといえば、「クローズド・ノート」の系列の話ですが、それ以上のコテコテのファンタジーです。なにせ、天使が登場するのですから・・・。 はっきり言って、この作品は読者を選ぶかもしれません。ファンタジックな話が嫌いではない僕自身も、正直のところ最後まで読むのが辛いものがありました。感動があらかじめ用意されているような感じなんですね。僕のようなひねた読者には向いていません。もっと、素直に感動できればと思うのですが。
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犯人に告ぐ2 闇の蜃気楼  双葉社 
(ちょっとネタバレ)
 豊川悦司さん主演で映画化もされた前作が刊行されたのは2004年ですから、11年がたっての第2弾です。もうほとんど、前作のことは忘れてしまいましたが、今回は前作と異なり、劇揚型犯罪の犯人にテレビを通して対峙するというシチュエーションはありません。
 物語は大学卒業時に内定していた企業で不祥事が発覚したため実質上の内定取消となり、その後振り込め詐欺のグループに入るまでになってしまった砂山知樹と、前作の主人公、神奈川県警刑事特別捜査隊を指揮する巻島の二人を中心に、知樹らが行った誘拐事件とその解決に奔走する巻島らが描かれていきます。
 冒頭は知樹らの振り込め詐欺の様子が描かれます。最近も多くの手口が報道されますが、この作品でも、「そんな手口で騙すのか!」という驚きの実態が描かれます。
 この振り込め詐欺の指南役が淡野という正体不明の男。警察の検挙から逃れた知樹と弟の健春は淡野の誘いで誘拐事件を企てます。ここでの淡野の警察や被害者の心理の裏の裏を読んだ計画が凄いです。果たして淡野と巻島の攻防がどうなるのか最後まで予断を許しません。そんな淡野ですが、巻島と頭脳合戦を繰り広げる人物としては、とらえどころのないキャラで強烈な個性は感じられませんでした。ラストに巻島の口から出た「それまでお前は震えて眠れ」に対して、「巻島・・・レスティンピース」と答えた淡野との今後の戦いが期待できます。
 ひとつ気になったのは、池野たちが最初の身代金の受け渡しに失敗したあとのプランAの実行です。このプランAというのが、オレオレ詐欺の特技を活かしたもの。そんなにうまくいくものなのかなあという疑問が拭えませんでした。 
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望み  ☆  角川書店 
 石川一登は建築士。仕事も順調で、家で校正の仕事をする妻・貴代美美と高校1年生の息子の規士、中学3年生の娘の雅との4人で幸せに暮らしていた。夏休み明けの9月、怪我でサッカー部を辞めてから夏休み中外泊をするようになっていた規士が、出かけたきり二日たっても帰らず、連絡がつかなくなってしまう。一方、ニュースでは事故を起こした車から高校生の死体が発見され、車から2人が逃走したと報じていた。その後、石川家にやってきた刑事から、被害者は規士が以前所属していたサッカークラブの仲間であり、彼の周囲で現在行方不明となっている少年が規士を含め3人いると聞かされる。逃走したのが2人なら、あと一人はどうなったのか、規士は逃走した2人のうちの一人なのか、一登らは思い悩む・・・。
 作者の雫井さんは、子どもを持つ親に究極の選択を求めましたねえ。息子が加害者であれば、家族は加害者の家族として世間からは非難され、特に一登のように自営業であれば仕事の依頼もなくなってしまい生活の目処がなくなるばかりか、住居だって引っ越さなければならないかもしれません。逆に息子は罪を犯すような人間ではないと無実を信じれば、息子は被害者として死んでいる可能性が高いということになります。あなただったらどう考えると聞かれても、簡単には答えを出すことはできません。
 息子は無実だと信じたい一登の気持ちもわかりますし、とにかく、犯罪者であっても生きていて欲しいという貴代美の気持ちもわかります。特に貴代美が規士が加害者であってもと腹をくくるシーンには、無実を信じながらも、どこかで世間を気にしている一登より母親なりの強さを感じました。でも、そんなに簡単に気持ちがわかるではすまされない問いかけです。読みながら、常に自分だったらどうするという思いを抱きながら読み進まざるを得ない作品でした。「望み」という題名に込められたものがあまりに重すぎます。 
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犯人に告ぐ3 紅の影  双葉社 
 シリーズ第3弾。前作が刊行されたのは4年前になるので、もうすっかり内容は忘れていましたが、この作品では前作で描かれた幼児誘拐事件の実行犯は逮捕したものの、逃げられた主犯格のリップマンこと淡野と巻島との戦を描いていきます。そういう点では、前作を読んでいた方が楽しむことができます。
 幼児誘拐事件で主犯格のリップマンこと淡島は、ほとぼりが冷めるまで、大きな仕事は避け、自身で高齢者相手の投資詐欺を行っていた。やがて、警察に見つかり逃げる中で彼を助けた詐欺被害者であるはずの老女が、淡野が詐欺師であることを知りながら騙されたふりをしていたことに気づき、これを機に足を洗おうとボスであるワイズマンに相談に行く。そこで淡野はワイズマンから最後の仕事として、警察を手玉に取る仕事を持ちかけられる・・・。
 今作で巻島と淡野の戦いの舞台となるのはネットテレビ。画面には視聴者の言葉がそのまま載るというですから、普通のテレビと違って一方向ではなく双方向のものであり、あまりに現代的です。
 物語は巻島より、淡野の視点で多くが語られていきます。前作では明かされなかった淡野のこれまでの人生が描かれており、淡野というキャラクターが主人公といっていいくらいです。
 それにしても、巻島が犯人(淡野)に言う「今夜は震えて眠れ」というのは、ドラマのセリフのようで、一度だけならともかく、毎回決め台詞として言うのは、どうなんでしょう。巻島が自分をヒーロー役の俳優と勘違いして自己陶酔しているのではと思ってしまいます。
 ワイズマンの正体は読者には前半で明かされる中、警察組織の中にいるワイズマンの部下のポリスマンの正体は明らかにならず、雫井さん、完全に次を考えていますね。ポリスマンは誰なのか。今作で名前が出てきた警察官の中にいるのか。う~ん、気になります。とはいえ、シリーズ化してまた同じようにネットテレビにしろ犯人に対して「今夜は震えて眠れ」では、飽きが来てしまう気がしますが。 
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霧をはらう  幻冬舎 
小児科病棟の4人部屋で、入院していた子どもたちの容態が急変し、2人が亡くなるという事件が起きる。警察の捜査で子どもたちの点滴にインスリンが混入されていたことが判明する。インスリンがあったのは、ナースセンターの冷蔵庫の中で、点滴もナースセンターに用意されていたことから、ナースセンターにお菓子を配りに行った4人の子どものうちの小南沙奈の母親、野々花が逮捕される。事件前に死亡した女児の母親といさかいを起こしていたこと、以前からナースセンターに出入りしており、インスリンのある場所を知っていたこと、彼女が以前看護助手だったことがあり、器量器具の取り扱いも知っていただろうこと、そして何より点滴が原因だと医師が気がつく前に自分の娘の点滴を野乃花が自ら止めたこと、更に事前に娘にお菓子を食べさせていたことが容疑の理由となっていた。娘の点滴にもインスリンを入れたのは、代理ミュンヒハウゼン症候群だと検察側は主張する。野々花は一度は犯行を自供するが、弁護士がつくと否認に転ずる。弁護士の伊豆原は野々花の国選弁護人となった同期の桝田に誘われ、また、冤罪事件を多数扱った刑事弁護の雄として知らないものがいないベテラン弁護士、貴島も病気で先が長くない中弁護士として加わると聞き、野々花の弁護人となることを決心する。
 とにかく、野々花のキャラが、私自身もこんな人が周囲にいたら嫌だなあと思うような人物です。自分の考えを他人に押し付け、それを人が嫌がっていることに気づかないし、言い争いをしても少したつとそんなことがなかったようにふるまうという野々花のキャラにつきあうのは大変です。それに逮捕されていてもどこか他人事のようです。これでは、同室の母親たちが疑うのも、無実を主張する伊豆原としても野々花を心の底から信じることができないのも無理ありません。
 しかしながら、野々花が犯人とされたのは、犯行の様子を見た人がいたわけではなく、ナースステーションに出入りしていた野々花にはインスリンを入れる機会があったという状況証拠ばかり。伊豆原がナースステーションでの野々花の行動を秒単位で調べていく過程で新たな事実が明らかになっていくのも面白いです。
 野々花には被害者となった沙奈とその姉の由惟の二人の娘がいます。最初は母を信じられなかった由惟が伊豆原と出会い、彼の弁護活動を見ていく中で次第に変わっていくところは読みどころです。
 それにしても、最後に明らかになる事実を考えると、伊豆原が弁護をしてくれて本当によかったです。実際にこんな弁護士がいてくれることを願いたいですね。 
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クロコダイル・ティアーズ  文藝春秋 
 老舗の陶磁器店を営む久野貞彦・暁美夫婦。遊び好きだった息子の康平も大学卒業後窯業学校に学んで以降、店を手伝うようになり、4年前には結婚して孫もでき、商売は順調で幸せに暮らしていた。そんなある日、息子の康平が妻・想代子の元交際相手・隈本に殺害されてしまう。隈本はすぐに逮捕されるが、裁判で17年の懲役が言い渡された法廷で、彼は夫から虐待を受けていた想代子に頼まれたと叫ぶ。想代子が康平の死の際、涙を流すふりをしていたと姉の東子から聞いたこと、想代子の身体に叩かれたような跡があるのを見ていたこともあり、暁美はもしかしたらと疑心暗鬼になる・・・。
 ラスト、それまで貞彦や暁美の視点で語られていた物語が想代子の視点で真相が語られるまで、想代子は果たして隈本の言うような悪女なのかどうなのかが分かりませんでした。何を書いてもネタバレになりそうですが、ただ言えるのは、言い古されたことですが、嫁姑の問題は難しいということですね。それと、ここで描かれる想代子ですが、暁美の視点で描かれているからとはいえ、彼女の行動は暁美だけではなく、読者としてもちょっとおかしいと思うのではないでしょうか。
 題名の「クロコダイル・ティアーズ」は直訳では「ワニの涙」ということですが、これは英語では「嘘泣き」のことだそうです。ワニは獲物を捕食するときに涙を流すという俗説から「偽善者が悲報に接して嘘泣きをするような偽りの不誠実な感情表現のこと」を指すそうです。ひとつ勉強になりました。 
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