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白岩玄の本棚

  1. 野ブタ。をプロデュース
  2. 空に唄う
  3. ヒーロー
  4. たてがみを捨てたライオンたち

野ブタ。をプロデュース 河出書房新社
 第41回文藝賞受賞作で、第132回芥川賞候補作にもなった作品です。
 自分の本当の気持ちを隠して、周りの人に好かれるキャラクターを演じている主人公桐谷修二。修二は、おもしろいやつ、話のわかるやつという「着ぐるみ」を着て学校生活を送ります。クラスメートは、着ぐるみショーのお客様なのです。そんな彼が、オドオドしたデブで、典型的ないじめられっ子タイプの転校生の小谷信太(「しんた」だけど、修二によって「野ブタ」と名付けられます)を、みんなの人気者にプロデュースするというストーリーとしては単純明快な物語です。「野ブタ。」というように「。」がついているところは、「モー娘。」からでしょうね。
 「着ぐるみ」を着た修二のギャグとテンポのよいクラスメートとの会話が続いて、一気に読み終えてしまいました(さすがに、クラスメートとの会話にはついて行けませんでしたけど)。修二のプロデュースでしだいにクラスの中にとけ込んでいく野ブタを描いて笑い満載の前半部分に対し、後半のストーリー展開は予想外でした。ハッピーエンドで終わるだろうと思いましたが。 
 修二が独白します。「言葉は人を笑わせたり、楽しませたり、時には幸せにすることもできるけれど、同時に人を騙すことも、傷つけることも、つき落とすこともできてしまう。そしてどんな言葉も、一度口から出してしまえば引っ込めることはできない。だからこそ俺は、誰にも嫌われないように薄っぺらい話ばかりしてきた。言葉に意味を、意志を持たさぬように、俺は徹底してきたつもりだった。・・・」と。彼自身、すごく臆病だったんですね。自分の本当の言葉で話すのが怖かったから、着ぐるみを着ていたんですね。ちょっと寂しい気がしますが、社会を生きていく上ではもちろん、学校生活でも、多かれ少なかれ、誰もが着ぐるみを着ているのではないでしょうか。
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空に唄う 河出書房新社
 文藝賞を受賞し、芥川賞候補作にもなった「野ブタ。をプロデュース」の白岩玄さんの待ちに待った第2作です。
 高柳海生は新米の坊主。ある日祖父と行った通夜の最中、海生の前に死んだはずの女子大生が現れる。彼女の姿は海生以外には見えず、彼女の声を聞くことができるのも海生だけだった。
 簡単に言うと“幽霊もの”です(ただし、物語の中では、彼女の存在は幽霊だとは言っていませんが。)。ファンタジックな物語を期待して読み始めたのですが、予想は裏切られました。作者の白岩さんは、「え、こんな終わり方?と思う方もいるかもしれませんが、ハッピーエンドを決めて自己満足して終わることはしたくなかった…」と新聞社のインタビューに答えていますが、まさしく、僕もそう強く思った読者の一人です。彼女が幽霊(?)として存在している理由も何ら語られず、彼女自身の悩みも最後まで明らかにされません(まあ、若くして死んでしまったということが本人自身にとっては問題なんでしょうが)。死亡理由も何か隠された理由があるかと思ったら、くも膜下出血という若い女性にはあまり考えられない原因だったのにもあ然です。ミステリ的な展開を予想したのがいっきに梯子を外されてしまった感じです。やはり、彼の作品は直木賞ではなく芥川賞候補作なんですね、なんて変なところで再認識してしまいました。
 海生の父親が病死して、住職の祖父の跡取りは海生だという家族関係も深くは語られていませんね。ちょっと消化不良です。

※「程度によるけど、なんでもかんでも人が望むようにするのは自分を守っているだけだと思うよ。」
※「お前がどう思うかは大事だと思うけどな。それが正しいかどうかはお前が決められないことじゃないんじゃないのか。」
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ヒーロー  河出書房新社 
 高校の演劇部で演出を担当している佐古鈴は、ある日、隣のクラスの新島英雄から突然声をかけられる。学校でのいじめを防止するためにパフォーマンスショーをするので手伝って欲しいという。休み時間にショーをすれば、いじめっ子の関心が虐められる生徒からショーに向けられるのではないかという英雄の言葉に鈴は協力を了解する。鈴の演出で大仏のマスクをかぶってパフォーマンスショーをする英雄にしだいに生徒たちの関心が集まり、アイデアは成功するかに思えたが・・・。
 白岩さんは、デビュー作で冴えないクラスメートをクラスの人気者にしようとする男の子を描きましたが、今回はいじめをなくそうと大仏マスクでパフォーマンスをする男の子とそれに協力する女の子を描きます。
 英雄の行動のきっかけがあまりに純粋です。こんな高校生は現実にはいないだろうなと思ってしまいます。それに対して、いじめをなくすためという大義名分とは別に、自分の演出によってショーに生徒たちが関心を持っているんだという満足感を覚えてしまう鈴は、普通の高校生らしいですね。
 もちろん、そんな簡単に物事が運ぶわけではありません。演劇部でコンビを組んでいた親友だと思っていた脚本担当の玲花から敵視されたり、転校生の美少女・星乃あかりがいじめのターゲットになったりと、二人の前に困難が立ちはだかります。物語は、そんな彼らを助ける者の登場というお決まりのパターンで進みますが、わかっていながら楽しんで読むことができる青春小説となっています。
 後半に掲載された「どうぶつ物語」はおまけ。鈴と玲花の脚本・演出の演劇ショーという形になっています。 
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たてがみを捨てたライオンたち  ☆  集英社 
 題名にある“たてがみ”とは、世間で考える“男らしさ”ということ。このことを主人公の一人、慎一の元妻の葵が「大抵の男の人には「見えないたてがみ」が生えてるの。・・・それは経済力とか、肩書きとか、学歴とか、運動神経、あるいは仕事ができるかどうかだったりもするんだけど・・・」と述べています。この作品ではこの“男らしさ”に悩む3人の男、直樹、慎一、幸太郎が交互に描かれていきます。
 直樹は共働きの30歳の出版社社員。初めての子どもができ、つわりで苦しむ妻に代わって積極的に家事をこなす中、会社では二軍扱いされている雑誌部に異動となる。男である限り仕事で認められなくてはと思う直樹は妻から専業主夫にならないかと提案され悩む・・・。慎一は35歳でバツイチの広告代理店の社員。収入もあり女性にももてるが孤独を感じる生活を送っている。実家では父と母が熟年離婚をする話が進んでおり、自分のことが常に正しいと考える父親のような男になりたくないと思っている・・・。幸太郎は二年前に手ひどい失恋をして以来アイドルオタクとなった25歳の市役所職員。いつの間にか苦情処理係の役目を押し付けられる毎日の中で、周囲にはアイドルオタクを隠しながらコンサートへと足を運ぶ・・・。
 主人公の3人の男の年齢が25歳、30歳、35歳と5歳ずつ異なるのが絶妙。更にそれぞれ3人の人物設定が、妻のことを理解し家事もこなす直樹、妻との家庭生活は破綻したが、相変わらずモテモテの慎一、女性から相手にされずオタクの幸太郎とまったくバラバラでありながら、“男であること”に縛られ悩むのが同じというところに、結局男は誰であってもと同じということですね。
 主人公たちは、それぞれ自分と向き合い、何らかの解決方法を考えていきますが、現実としては、男性が“たてがみ”の呪縛から逃れるのは、かなり厳しい。それは、女性が“女性らしさ”から逃れることと同じです。オススメです。 
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