▲トップへ   ▲MY本棚へ

白石一文の本棚

  1. 一億円のさようなら
  2. 松雪先生は空を飛んだ 上・下

一億円のさようなら  ☆  徳間書店 
 博多の地場化学製品メーカーである加能産業に勤めている52歳の加能鉄平。以前は東京の医療機器メーカーに勤めていたが、41歳の頃、上司の不興を買ってリストラにあい、叔父が会長、従兄弟が社長を務める加納産業に転職していた。ところが、2年前、理由もわからず、肩書は本部長でも部下は2人だけの窓際へと追いやられていた。そんなある日、風邪で休んでいたところ、妻にかかってきた弁護士からの電話で、妻が30年以上前に叔母の遺産32億円を相続し、その一部をカナダの会社に出資したことにより、現在では総額48億円にもなっていることを知る。母親の入院費用や子どもたちの学費、そして自分のリストラなど、金が必要なときにも妻は遺産の存在を鉄平に打ち明けることはなかった。なぜ、妻は今までそのことを黙っていたのか。妻から理由を聞いたが納得できない鉄平に、妻は1億円を持ってどのように感じるか試してみよう、自由に使いたいように使ってくれればいいと1億円を差し出す・・・。
 誰もが大金を手に入れたらどうしようと夢想したことはあるのではないでしょうか。僕なんか、宝くじを買うたびに3億円当たったらどうしようと、あれこれ考えてしまいます(笑)。確かに、妻に30億円以上の遺産があると知らされたら、仕事なんか辞めてしまうかもしれません。あれもしたい、これもしたいと、何に金を使うのかを考えているばかりになってしまうかもしれません。なので、黙っていた妻の理由には納得できるところもあるのですが、ただ、そこまで金を使わないことに頑なにならなくてもよかったのではないかとも思います。母親の個室代が必要な時も金を出さなかったことに鉄平が憤りを覚えることも無理ありません。そのうえ、カナダの会社への投資は弁護士から頼まれたからだと言うだけなのですから、鉄平が妻の考えに不信感を抱くのは当然だと思うのです。
 更には息子も娘も自分の知らないところで勝手なことをして、金だけは貸してくれなんて虫が良すぎて、鉄平が腹立たしく思うのもこれまた当たり前です。それを妻は知っていたというのでは、鉄平が家族としての自分の存在意義に懐疑的になるのも同じ父親という立場で理解できます。1億円あったら、そんなことをすべて忘れて新たな場所で出直す勇気は鉄平のようにはありませんが。
 物語は、そんな妻や子たちへの不信感を抱く家族の話だけではなく、新しく起業した事業が上手くいくのかどうか、更には加納一族の経営する会社の勢力争いに巻き込まれ悩む鉄平も描いており、この先どういう展開になるだろうとページを繰る手が止まりませんでした。
 ラストはちょっと夫の立場からしてみれば、素直に納得できない展開になってしまいましたね。 
 リストへ
松雪先生は空を飛んだ 上・下  角川書店 
 久しぶりに読む白石作品です。
 人名が冠された14話からなります。第一話の主人公は新入社員としてスーパー・パリットストア方南町店の惣菜部に配属された銚子太郎。大きなミスをベテランパートの久世弘子の機転に救われた太郎は、それをきっかけに久世さんと仲良くなる。そんなある日、太郎は、ネコの保護活動をしている久世さんが、屋根から降りられなくなった猫を助けるため空中に浮かぶところを目撃してしまう。そこから、物語は色々な人たちと空を飛ぶ人たちとの遭遇が描かれていきます。
 そして、空を飛ぶ原点が千葉の佐倉にあった「高麗塾」の松雪先生にあり、そこで学んでいた8人も空を飛ぶことに関わっていることが次第にわかってきます。なぜ、松雪先生は空を飛ぶことができたのか、そもそも松雪先生は何者なのか、8人の塾生の中の塾頭の存在だった「泰成にいちゃん」が当時の塾生を探すのは何故なのか等々ファンタジーの要素の中にミステリの要素もあって、この先どうなるだろうとページを繰る手がなかなか止まりませんでした。
 ただ、とにかく、登場人物が多すぎて、更にはこちらの話の登場人物が、あちらの話の登場人物と思わぬ関りがあったりで、「あれ?この人、どこかに出てこなかったっけ?」ということが多すぎて、ページを前に繰ることが頻繁に起きました。しょうがないので、途中からは自分で人物相関図を描きながら読み進めましたが、最終的にはまあ色々な人に色々な関係があったこと。そういう点ではちょっと読みにくい部分があったかもしれません。
 ラストは今を反映するコロナ禍ゆえのラストになっています。白石さん、この物語を書き始めたときは、こういうラストを想定していたのでしょうか。 
 リストへ