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真保裕一の本棚

  1. 最愛
  2. 追伸
  3. デパートへ行こう!
  4. 正義をふりかざす君へ
  5. ローカル線でいこう!
  6. ダブル・フォールト
  7. 赤毛のアンナ
  8. 暗闇のアリア
  9. 遊園地に行こう!
  10. オリンピックに行こう!
  11. こちら横浜市港湾局みなと振興課です
  12. お前の罪を自白しろ
  13. シークレット・エクスプレス
  14. 英雄

最愛 新潮社
 姉が危篤状態だとの連絡で病院に駆けつけた主人公の小児科医押村。幼い頃両親を事故で亡くした二人は、親戚に離ればなれに預けられたが、姉は親戚の家を飛び出し18年間押村とは音信不通の状態が続いていた。姉はサラ金の事務所で拳銃で撃たれたらしい。さらに姉は事件の前日に結婚したばかりであったが、結婚相手はかつて殺人を犯した男で、行方不明となっていることがわかる。姉はなぜサラ金の事務所にいたのか。義兄が行方不明なのはなぜなのか。押村は、姉の空白の過去をたどる。

 購入してページをめくっているうちに、いつの間にか物語の中に引き込まれ、あっという間に一気読みしてしまいました。ある人の過去をたどる中で謎が次第に明らかになっていくというパターンは、どこかで読んだことがあるありきたりのストーリーといえるかもしれません。しかしそこは真保さん、その筆力でぐいぐいと読ませられます。
 押村がしだいに明らかにしていく姉の生き方は強烈です。これでは生きるのが辛くないかなあと思うような生き方です。人生平穏に生きることはできないでしょうね。そう生きざるをえない原因となった事実がラストに読者の前に明らかにされますが、あまりに重いものがあります。この事実自体も設定としてはありふれたものかもしれませんが、なんだつまらないと感じさせないのは、さすが真保さんです。巧いです。ただ、最後は納得できませんねぇ。これでは、本当にありふれた終わり方になってしまいます。慟哭できません。
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追伸  ☆   文藝春秋
 二組の男女の往復書簡で構成される物語です。手紙なんて最近何時書いただろうと思い出すことさえできないほど手紙を書いていません。若い頃はよく書いたのですけどね。
 携帯電話が普及し、メール全盛の時代に手紙文だけで構成される作品は新鮮な感じがします。同じような作品で思いつくのは、井上ひさしさんの「十二人の手紙」(中公文庫)や宮本輝さんの「錦繍」(新潮文庫)です(最近では東野圭吾さんが、そのものズバリ「手紙」という作品を書いていますが、これは未読)。どちらも大好きな作品ですが、井上さんの「十二人の手紙」が様々な人たちの人生が手紙(中には手紙ではなく出生届などの公式書類)によって浮き上がり、最後にある事件によってこれらの人々が一堂に集まるというおもしろいアイデアの作品であるのに対し、宮本さんの「錦繍」は別れた夫と妻の往復書簡で成り立っている作品ですので、「錦繍」の方が「追伸」に近い作品です。
 仕事でギリシャに赴任している悟に対し、日本から突然離婚の電話をしてきた妻の奈美子。。奈美子は悟とともにギリシャに行く直前の交通事故により、治療後にギリシャに来ることになっていた。納得いかない悟の元に、奈美子は祖父母の間で交わされてた手紙のコピーを送ってくる。
 理由もわからず突然離婚を突きつけられるなんて納得できないのは無理ありません。理由を知りたいと思うのが人情。それがなぜ祖父母の往復書簡の話になるのか。訝しく思いながら読んでいくうちに、すっかり物語にはまり込んでしまいました。
 殺人容疑で逮捕された祖母の元に送られていた祖父の手紙。ひたすら祖母を励まし、祖母が実は・・・と言ったことに対し、それは自分が悪かったのではないかと思い、祖母を責めようともしない祖父。こんな理解ある男がいるでしょうか。こんなに妻を愛せる男がいるのでしょうか。すぐ自分に置き換えてしまうのですが、僕自身はきっと駄目でしょうね。この愛は凄すぎますよ。
 祖父母の往復書簡が離婚ということにどうかかわってくるのか、祖母の殺人容疑事件の真相はどうなるのか、と物語はミステリの様相も見せて進んでいきます。ただやはり、テーマは男女の愛です。ミステリの要素は言ってみれば刺身の妻に過ぎません。
 正直なところ、あれほどまでに祖母への愛を貫いた祖父はすごいとは思いますが、祖母にしろ、奈美子にしろ、女性たちは勝手すぎないかと思ってしまうのは私が男性だからでしょうか。特に奈美子の行動には理解を示すことはできません。ああいった気持ち(ネタバレになるので伏せます)はわからないでもないですが、自制できないのでしょうか。このあたり女性の読者はどう考えるのでしょうか、気になるところです。
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デパートへ行こう!  ☆ 講談社
 深夜のデパートに集まった(侵入した?)人々の一夜の騒動を描いた作品です。
 失業し、妻と娘に捨てられ、子どもの頃の楽しい思い出のあるデパートヘやってきた男。やくざに追われ、デパートの中に逃げ込んだいわ<ありげな男。勤務しているデパートから貴金属類を盗もうとする女。昇進を拒み、デパートの一警備員であり続けようとする男とその部下。デパートの社長の座から引き摺り下ろされようとしている創業家の男。デパートの関係する事件で逮捕された父親の敵を討とうとする少年とその彼女。それぞれの関係が複雑に絡み合っていることも知らず、彼らはデパートの暗闇の中で行き会います。
 今まで読んだ真保さんの作品とは雰囲気が違って、軽いタッチで読みやすく、いっきに読了です。
 デパートといえば、子どもの頃は親に連れて行ってもらうのが楽しみな場所でした。屋上が遊園地になっており、コーヒーカップや観覧車に乗ったりして、そのあとには食堂でお子様ランチを食べるという、子どもにとっては楽しい一日を過ごしたものでした。ところが、今の地方のデパートといったら、客を郊外型ショッピングセンターに取られ、すでに何件も閉店しています。残っているデパートも、たまに平日に行ってみても閑散として客より店員の方が多い状況です。この作品で舞台となるデパートは、都会にあるデパートのようですが、デパートヘの思いというのは同じように変わってきてしまっているんでしょうね。子どもの頃の思い出を大切にしてデパートを訪ねた男の気持ちはよくわかります。
 集まった人々がそれぞれ複雑に絡み合った関係であったことが明らかになっていくところは、なかなかおもしろかったのですが、特に、一警備員にこだわった男のデパートを巡るエピソードには思わず涙ぐんでしまいます。
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正義をふりかざす君へ 徳間書店
 元新聞記者の不破。長野県下に展開するホテル、タクシー会社等の企業グループの娘婿となったが、7年前に起きたホテルでの食中毒事件、そして責任者である従業員の自殺事件で企業が世間の批判を浴びる中、自分を信用しない義父や妻に落胆し、離婚し東京へ戻っていた。ところが、元妻の友人から、元妻に市長選への立候補を考えている男との不倫の現場を撮られた写真が送りつけられてきたので、送りつけた相手を探して欲しいとの依頼があり、7年ぶりに長野に戻る。ところが帰った途端、何者かによって襲われる・・・。
 冒頭、そもそも不破が長野に向かう理由が理解できません。事件の決着を前にして逃げ出したという負い目からやってきたとのことですが、それは、義父や元妻が彼を信用しなかったことにも原因があるのですから、元妻のために、それも不倫をしている元妻のために嫌な思い出のある地に戻ってくるとは普通は考えられません。
 また、戻ってきた彼が、襲われたり、罠にかけられたりした理由がラストに明らかにされますが、これって、犯人の考えすぎからの行動ではないでしょうか。いくら不破が元新聞記者だといっても、表に現れていたあの事実だけで、その裏に隠されていた真実に気付くとは思えません。犯人が余計なことをして墓穴を掘ってしまったのではないでしょうか。その点が読んでいて説得力がなかった気がします。それに、不破とある人物との出会いも納得いきません。最後の数ページは、「ほら!だから見たことか!」と、読んでいて腹が立って、読後感もいっきに悪くなりました。
 “正義”について、主人公の考えが述べられていますが、これには納得です。、正義をつらぬくには確かに覚悟が必要です。正義だとわかっていても、目を背けてしまうのが常ですから。
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ローカル線でいこう!  ☆ 講談社
 JRの赤字路線のため、JRから切り離され、生活路線として存続を望む地元の第三セクターの経営となった「もりはら鉄道」。車社会の中、人口減の田舎を走る路線は、毎年赤字となり、国の支援による基金もあと1年で底をつく状況。そこに現れたのが、新幹線のアテンダント、いわゆる車内販売のカリスマ売り子だった篠宮亜佐美。会長の推薦により、社長となった亜佐美は次々と改革のアイデアを打ち出していくが・・・。
 赤字故にぎりぎりまで削減された人員の中、やる気のない社員、彼女の行動に目を光らせている出資者である県から出向している副社長の鵜沢哲夫らだけでなく、住民たちも亜佐美の行動をみて変わっていく様子を描いていきます。もちろん、順調にものごとが進むのではなく、山あり谷ありの困難が待ち受けており、そこをどうやって解決していくのかも読みどころとなっている、ある意味お約束のストーリーです。
 いわゆる“お仕事小説”にとどまらず、中盤以降は、もりはら鉄道の好調さを邪魔する事件が起き、犯人は誰かという謎解きも加わり、わくわくしながらいっき読みでした。
 現実問題として、第三セクターの鉄道の実情は明るいものではありません。車内販売の売り子が社長に就任するという設定はともかく、作品中で亜佐美らが打ち出すアイデアは、それほどあっと言わせるようなものでは正直ありません。これで現実に活性化することができるのかは、難しいところでしょうけど。
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ダブル・フォールト 集英社
(ちょっとネタバレ)
 加害者・戸三田は、金属加工業を営む工場の経営者。被害者・成瀬は街金を営む男。戸三田はかつて成瀬の顧客だったという関係にあったが、ある日、成瀬の会社の社長室で、戸三田が成瀬を近くに置いてあったベーパーナイフで刺殺してしまう。戸三田は翌日警察に出頭し逮捕されたが、裁判の争点は戸三田に殺意があったかどうか、正当防衛なのか過剰防衛なのかに絞られる。初めて殺人事件の弁護を任された新米弁護士の本條務は、被告人の減刑を勝ち取ろうと、法廷で被害者の悪評を次々と暴き出すが、被害者の娘が傍聴席から「裁かれるのは父さんじゃない。あいつのほうだ」と叫ぶ・・・。
 弁護士の仕事といえば、被告人が犯した罪に見合う適正な罰を受けるために弁護活動を行うこととなるのでしょうが、実際は被告人の有利に、たとえ有罪だとわかっていても少しでも刑が軽くなるよう、あわよくば無罪となるよう弁護活動をすることにあると一般の人は思っているでしょう。よくテレビの法廷ものでもあります。本当は被告人は有罪なのに、あの手この手で無罪を勝ち取る悪徳(!)弁護士という役柄が。実際のところ、弁護士の皆さんは、有罪だと自分も思っている被告に対し、どういう弁護活動をするのでしょうか。
 この作品では、被告人の罪を軽くするために、本條は被害者の人柄を貶めるような事実を法廷で暴いていきます。よく裁判は加害者の人権は配慮するのに、被害者の人権は蹂躙すると言われますが、このようなことは被害者側家族からすればたまったものではないでしょう。娘が法廷で叫んでしまったのも無理のないところです。
 事件の真相にひとひねりが加えられていたところにミステリとしての謎解きのおもしろさがありましたし、また、弁護士としてのあり方が本條の思いとしてストレートに語られているところは興味深く読むことができました。
 ストーリーは本條対被害者の娘・成瀬香菜という様相を見せていきますが、二人の関係が結局こうなってしまうのかというところに落ち着いたのが、予想どおり過ぎて天邪鬼としてはちょっと残念です。
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赤毛のアンナ  徳間書店 
 (ちょっとネタバレ)
 児童養護施設の寮長、寺尾奈津子の元に警察から志場崎安那が傷害事件を起こして逮捕されたという連絡が入る。安那は母親と二人暮らしをしていた8歳の時、母親が交通事故死したため、奈津子のいた児童養護施設にやってきたが、自分を「赤毛のアン」のアン・シャーリーに投影して「カタカナ名前のアンナに聞こえるように呼んでください」と挨拶をし、施設で懸命に生きてきた少女だった・・・。
 「赤毛のアン」は、ちょっと前にNHKの朝ドラで訳者の村岡花子さんの人生が描かれたので、多くの人が「赤毛のアン」の大まかなストーリーを知っていると思います。“腹心の友”という言葉も身近になりましたよね。そういう点では、ストーリーに割と入って行きやすい作品です。
 物語は、赤毛のアンと同じように親がいなくても明るく、他人のことを常に思いやって生きてきたアンナが人を刺すなんて、何か深い事情があるに違いないと、施設で一緒に暮らした仲間や、高校時代のクラスメートたちが彼女のために行動する姿を、それぞれの時代のアンナとの関わりを描きながら進んでいきます。アンナはラストで登場してくるだけ。それまでは、施設で指導員をしていた奈津子や仲の良かった青山こずえ、そして高校時代のクラスメートだった内藤理世、アンナの元恋人の庭山宏昌によってアンナの人となりが描かれます。
 物語の中では、それぞれがアンナと関わる中で起きた出来事の別の面が明らかになったり、そもそものアンナの人生を決めたというべき幼い頃の事件の謎が明らかとなるミステリ的な要素もありますが、それはすべて悲しいまでに他人を思いやるアンナという女性を浮き彫りにするものとなっています。ただ、そういうアンナが傷害事件を起こしたこと、それもあんな男のためにという点は残念でなりません。
 それにしても、アンナの恋人となる庭山も小野塚も結局彼女を支えきれない男であったことが、男性読者としては忸怩たるものがあります。
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暗闇のアリア  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 経済産業省のキャリアの富川が山中で首をくくって自殺する。娘に自殺を仄めかす電話があったことや、本人名義の口座に企業から金が振り込まれていたことから、収賄発覚を恐れての自殺だとされたが、出版社の編集兼ライターである妻の真佐子は、夫は自殺ができるような男ではないと、他殺を疑って自分で調べ始める。妻が自殺して以来刑事職から離れている井岡は、知人から紹介されて来た真佐子の訴えに最初は相手にしていなかったが、同様の事件が起きていることに気づき捜査を始める・・・。
 自殺に見せかけて人を殺す男とそれを追う刑事と殺された男の妻とを描く物語です。舞台が目本に留まらず、中東を思わせる紛争地帯にも及び、非常にスケールの大きな話だと思ったのですが、最終的に明らかとなった犯人の勣機はといえばありふれた復讐というものでした。しかし、不幸な生い立ちの中で、人の役に立ちたいと使命感を持っていた男がどうして復讐へと駆り立てられていったのかがよくわかりません。例えば、人を殺すにしても、女性を弄んだ男を殺すという、ある意味過剰な正義感故の殺人だったり、苦痛から死を望むものに薬を与えて殺したりという、自分のエゴからではない殺しを行ってきたのに、なぜ自分の正体に迫る人物たちを容赦なく殺せるまでになったのか。イメージが違いすぎる気がします。紛争地帯での経験が彼をそう変えたというのでは簡単すぎます。
 必殺仕事人みたいな殺し屋が、実は単なる復讐者に過ぎなかったということで、読み始めの期待感が終盤に進んでからしぼんでしまいました。ちょっと残念。 
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遊園地に行こう!  ☆  講談社 
 「デパートに行こう!」、「電車で行こう!」に続く“行こう!”シリーズ第3弾です。舞台となるのは人気テーマパークである“ファンタシア・パーク”。冒頭、廃園寸前だったこのテーマパークが、ひとりの漫画編集者によって立て直しが図られ、今があることが語られます。
 物語はまず、ここで働く3人の男女のことを描きます。
 北浦亮輔は好意を寄せていた女の子を助けようとして交通事故にあい、顔に大きな傷を負う。ある日、その傷をからかった男と喧嘩になり大学を中退し、着ぐるみなら顔の傷を隠せると考え、“ファンタシア・パーク”のアルバイトに応募する。採用されたが、配属は希望をした着ぐるみ担当ではなく、インフォーメーションだった。そこで彼は“魔女”と呼ばれる及川真千子に指導を受けることとなる。
 新田遥奈はショーに出演するダンサー。いつかはダンサーとして認められたいと外部のコンテストに応募しながらパークのショーに出演していたが、ある日、ケガでパークを辞めるという主役の女性に代わって彼女に主役の座が転がり込んでくる。
 前沢篤史は大学でロボット工学を学び、ロボット技術で定評のある工作機械メーカーに就職したが、希望の開発部門ではなく現場担当に回される。次の異動を期待しながら頑張っていたが、やがて会社が業績不振で他社に吸収合併されたとき首となり、妻とも離婚して今では鉄道会社の子会社であるパーク運営会社で電気設備の保守管理部で働いていた。
 最初はパークで働く北浦たち3人の人生模様を描いていくのかと思いましたが、途中、電気設備の火事騒ぎが起きてから、パークの労働環境を調べる者や、及川真千子のことを調べる者が出てきて、話しはしだいにきな臭いものになってきます。
 事件の内容についてはあっけない展開でしたし、“魔女”の“正体”についても、だいたい予想がついてしまいますが、北浦たちがパークの中で成長していく様子は、いわゆる“お仕事小説”として、楽しく読むことができます。 
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オリンピックへ行こう!  講談社 
 真夜中のデパートに集まった人々を描く「デパートへ行こう!」、廃止寸前のローカル線を立て直そうと奮闘する人々を描く「ローカル線で行こう!」、テーマ・パークで働く人々を描く「遊園地へ行こう!」に続く“行こう!”シリーズ第4弾となります。内容は3編のスポーツを題材にした作品です。
 冒頭は3編の中でも一番長く、中編ともいっていい「卓球」を題材に描く作品です。以前は“卓球”といえば地味なスポーツの代名詞でしたが、今の日本では男女とも若手の選手が台頭してきて、世界一の中国を脅かすまでになっていることから、昔とは逆に世間の注目度が高い競技となっています。
 主人公は大学4年生の成元雄貴。小さい頃は注目されていたが、年を重ねるに従って伸び悩み、今は一般企業に就職するのか競技者としてオリンピックを目指すのかという岐路に立たされているという状況で、大学生活最後となる全日本大学総合卓球選手権大会にその将来をかけていた・・・。
 真保さん、卓球をやっていたことがあるかと思う程、試合シーンの描写が詳細です。サーブやスマッシュを撃つ際の技術的なことや、球を撃ち返しながらも心の中ではこんなこと考えているのかという点を細かく描写しており、その点非常におもしろかったのですが、ただ反面、卓球に詳しくない僕としては、その描写を頭の中で思い描くことができず、長い試合シーンに飽きてしまうところもありました。卓球経験のある人なら、もっと楽しむことができたのでしょうけど。
 「競歩」はオリンピック代表の席を決めるレースを描いたもの。3編の中では一番「オリンピックへ行こう!」という題名に相応しい作品です。直接オリンピックの出場がかかったレースを描いているので、緊迫感があります。ここでも、真保さん、競歩選手の気持ちをよく理解して描いていますね。読み進みながら自分が主人公になって歩いているような気になってしまいます。
 最後の「ブラインドサッカー」は主人公自身がオリンピックを目指す話ではありません。引退後に人生に目的を見いだせない元Jリーガーが友人の依頼でブラインドサッカーのコーチをすることによって、自分自身を見つめ直していく様子が描かれていきます。
 正直のところ、シリーズ前3作と比較すると、いま一歩という感じでした。 
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こちら横浜市港湾局みなと振興課です  文藝春秋 
 船津暁帆は横浜市港湾局みなと振興課に勤務する20代の女性。横浜港の振興の名のもとに様々な仕事が押し付けられる「みなと振興課」に新人の男性職員・城戸坂泰成が配属される。本庁から離れた部署である港湾局に配属される職員なので、できない男と思ったら配属されてきた城戸坂は国立大出身で仕事もてきぱきとこなす有能な職員だった・・・。
 みなと振興課に持ち込まれる様々な難題、“カンボジアからの研修生の失踪事件”、“フォトコンテストの応募写真を巡る謎”、“豪華客船体験ツアーで起こった幽霊騒ぎ”などを暁帆と城戸坂が解決していく様子が描かれます。それとともに城戸坂の謎めいた行動や弁護士でありテレビのキャスターから市長に当選した神村のもとでの市長派、半市長派の争いの中で過去から浮き上がってきた大きな疑惑に向き合うこととなります。
 物語としては、みなと振興課の仕事でのトラブルだけでなく、過去の政治家も絡んだ問題や犯罪行為に関わる市の職員の存在など様々な問題が盛り込まれているので、ちょっとごちゃごちゃした感じがするのは否めません。
 こんなことで人生を左右する就職を決めるのかという城戸坂への疑問はさておき、問題先送り、あるいはあいまいなままにしておくという公務員お得意の解決方法をとらない暁帆と城戸坂は公務員の鏡ですね。とはいえ、公務員が直接業務と関わらない問題にここまでタッチできるのか、できるとするならやっぱり港湾局は忙しいと言いながら実際は暇に違いありません(笑)。 
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お前の罪を自白しろ  文藝春秋 
 衆議院議員の宇田清次郎の3歳になる孫娘が誘拐され、議員のウェブサイトに「孫を助けたければ、記者会見を開いてお前の罪を自白しろ」という要求が書き込まれる。現在、宇田は地元・埼玉の橋の建設事業で計画されていたルートが変更され現総理の友人の土地がその変更されたルートにあった件で、「総理の友人に便宜を払うため、国交省や県に圧力をかけたのではないか」と、連日マスコミに追われていた。果たして犯人の目的は、宇田への怨恨か、それとも総理の罪を暴こうとするものなのか・・・。
 何だか今の政治状況をそのままモデルにしているような作品です。現実でも総理の友人が理事長を務める大学の獣医学部の設置問題や総理夫人の関わった森友問題が起こっています。これらは忖度なのか、実際に口利きなのかはわかりませんけどねえ。
 実際に犯人が捕まってみれば、犯行の動機はあまりに稚拙。それなのに、犯行の様相は複雑という何ともアンバランスなものとなっています。そこまでの犯人の目的はどこにあるのかと興味津々だったのに、犯行の動機が明らかになったときには拍子抜けしてしまいました。こんな複雑な誘拐劇を企むのであれば、その頭脳を使ってもう少し違った方策が取れたのではないでしょうか。冒頭に犯人の寺中勲が登場しますが、その後ラストまで登場してきませんでした。名前まで明らかにしているのに、最後まで登場して来なかったのはそういう訳(ネタバレになるので伏せます。)があったのですね。
 誘拐事件に絡んで政治の世界が描かれます。政治の世界の渦中にいない者には理解できませんが、誘拐された者の命よりまずは自分たちの権力がどうなるのかの方を優先するという世界は恐ろしいです。宇田一家、総理周辺、反総理である幹事長周辺の虚々実々の駆け引きによりもたらされた政治の世界の結末は、現実からするとちょっと爽快という感じですが、結局は政治というものは変わらないことが最後には示されています。 
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シークレット・エクスプレス  毎日新聞出版 
 JR貨物に自衛隊から緊急の燃料輸送の依頼が入り、かつて自衛隊の輸送を担当した経験のある元運転士で、ロジスティックス本部戦略推進室補佐の井澄充宏がその担当となる。ルートは青森県の東青森駅から佐賀県の鍋島駅まで、コンテナタンク18両に空の貨車をはさみ27両を4時間ごとに運転士を変えて運航するという大規模な輸送だった。しかし、東青森駅を出て最初の停車駅である秋田貨物駅で、井澄は運転士から運転した感覚から積み荷が液体の燃料とは思えないと言われる。下請けの運送会社の担当者・城山の質問も許さないような居丈高な物言いや、自衛隊の担当者だけでなく警察官まで乗り込んだ状況に、井澄は次第に疑問を覚えるようになる。一方、東日本新聞青森支局の都倉佐貴子は、部下の木月聡からの国家石油備蓄センターの前で県警が交通規制をしているという情報をもとに東青森駅からコンテナタンクの貨物が出発したことを知り、取材を始めるが、警察から圧力がかかる。また、木月からコンテナが東青森駅から出発したことを聞いた原発を監視するグループの先崎優と河本尚美は、国が秘密裏に核燃料リサイクル基地から何かを運び出していると考え、貨物の運航を妨害しようと各地の仲間に連絡を取る・・・。
 物語は3人の視点で語られていきます。一人はJR貨物の井澄。彼は城山たちの態度に疑問を感じながらも、安全運航のために万全の方策を講じようとします。二人目は東日本新聞の記者・都倉。東日本大震災の原発事故以降も新聞がしっかり真実を報道できていないという思いから真実の報道のために単独で突き進みます。三人目は東日本大震災の原発事故により家業の畜産は打撃を受け、金策に走り回っていた夫は交通事故死、それを保険金詐欺と言われて精神に不調をきたし、子どもの親権も奪われたことから原発を恨む河本。
 いったいコンテナの中身は何なのか、井澄は河本たちグループの妨害をかわして無事に目的地である九州の鍋島に到着することができるのか。上司に逆らって単身真実を追求しようとする都倉は真実を報道できるのか。それぞれの思いが緊迫感を高めていきます。
 元首相の小泉総理をモデルにした人物も登場するのですが、最後に描かれる事件の裏に隠された事実の謎解きは、それまでの緊迫感溢れる展開と比べると、いまひとつといった感があります。 
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英雄  朝日新聞出版 
 ある日、植松英美の元に刑事が訪ねてきて、彼女や弟の正貴の1年前の4月12日のアリバイを訪ねる。刑事たちは1年前に荒川の河川敷で銃殺死体で発見された大企業・山藤グループの総帥・南郷英雄の事件を捜査しており、彼が亡き母が黙っていた英美の父親らしいことがわかる。翌日、前日訪ねてきた刑事の一人・岸本が弁護士の深尾円佳と再び英美を訪ねてきて、相続権のある英美に英雄の家族と話す機会を作って警察の知りえない情報を得るよう求める。英美は父である英雄のことを知ろうと、彼と関わりのあった人を調べ、話を聞いて回る・・・。
 刑事が捜査情報を漏らした上、単独行動をとってスパイみたいなことを頼むなんてありえないなあと最初から違和感があり、物語の中にすっと入っていくことができませんでした。そのうえ、結局、英美が警察以上に新たな事実を掴んでしまうのですから、なおさらです。相続人が増えたことにより相続分が減ることになる英雄の後妻や子どもたちがどんな嫌がらせをするのだろうと思ったら、なぜか皆そんな悪人でもないし。ちょっと肩透かし。犯人にしても、それまでに描かれた人物像からは、そこで語られた理由で3Dプリンターで改造拳銃まで作って英雄を殺害するような人物とは到底思えません。
 真相が明らかになった最後の展開はあまりに映画やドラマのようなシンデレラストーリーです。現在から過去にさかのぼって英雄の人となりを他人の口から語らせていく展開は面白かったのですが、最後まで違和感は拭えませんでした。 
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