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瀬尾まいこの本棚

  1. 図書館の神様
  2. 卵の緒
  3. 天国はまだ遠く
  4. 幸福な食卓
  5. 優しい音楽
  6. 強運の持ち主
  7. 温室デイズ
  8. 春、戻る
  9. あと少し、もう少し
  10. そして、バトンは渡された
  11. 傑作はまだ
  12. 夏の体温
  13. 掬えば手には

図書館の神様 マガジンハウス
 主人公は高校時代バレーボール部のキャプテンとして試合後のミーティングで、ミスをして敗戦のきっかけを作った同級生を叱責したところ、その同級生が自殺してしまうという過去を持っています。もともとは真面目で一生懸命生きていた主人公が、そのことをきっかけに打ち込んでいたバレーボールもやめ、今は高校の国語講師として何となく生き、そして不倫もしています。
 そんな主人公が、高校の文芸部の顧問となり、たった一人の部員である垣内くんと部活動をいていくなかで、前向きに生きるようになっていく話です。
主人公の弟が言います。「きっぱりさっぱりするのは楽じゃん。そうしてれば正しいって思えるし、実際間違いを起こさない。だけどさ、正しいことが全てじゃないし、姉ちゃんが正しいって思うことが、いつも世の中の正しさと一致するわけでもないからね」 そんなふうに考えれば世の中肩肘張らずに生きていけるかもしれません。
最初は、「なんだ、この主人公は! なぜこんな男と不倫するんだ」と憤りながら読んでいましたが、最後はホッとしました。
 それにしても垣内くんはかっこよすぎます。高校生なのに主人公よりずっと大人で、スポーツができるのに文芸部なんて、「こんな高校生いるわけない」となかばやっかみながら思うのですが。
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卵の緒  ☆ マガジンハウス
 瀬尾まいこさんのデビュー作であり、第7回坊ちゃん文学賞受賞作です。表題作である「卵の緒」と「7's blood」の2編からなります。
 「卵の緒」は「僕は捨て子だ」と考える主人公育生とその母君子とのお話です。捨て子かどうか確認するために、育生が君子にへその緒を見せて、と言ったら、卵の殻が入った箱を出してきます。そして、言います。「母さん、育生は卵で生んだの」と。まあ、それはそれで楽しい会話なんですが、素敵なのはその後の君子の言葉です。「親子の証なんて、物質じゃないから目に見えないのよ」と。こんなかっこのいいことをさらっと言えるなんて子供を持つ身としては、とてもうらやましいですね。(捨て子かどうかについては、最後に明らかとなりますが、それは問題ではありません。)君子の育生への接し方は僕自身親として見習わなくてはと思うことが多いですし、そんな君子だからこそ育生自身もあんなに素直な子供に育つのかなと考えてしまいます。登校拒否(?)をしている育生の同級生池内君も君子の恋人である朝ちゃんも、とにかく、この物語に出てくる人たちはみんないい人で、読んでいてほっとする作品です。おすすめです。
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天国はまだ遠く 新潮社
 生きることに疲れ、自殺をするつもりで、とある寂れた民宿に辿り着いた主人公の千鶴。睡眠薬を飲んで自殺を図りましたが、死ぬことはできず、一日中眠り続けて目覚めます。その後、死ぬ気がすっかり失せた千鶴は、その民宿に滞在しながら、民宿の経営者(?)の青年や地元の人々との交流の中で、生きる勇気を見つけていきます。
 一度死ぬことを決心した人が、こうまで簡単に立ち直ることができるのかとちょっと不思議です。そもそも死ぬほどまでのことではなかったのではないのかと思ってしまいます(人が死にたいと思う原因なんて他人がとやかく言えるものではないのですが・・・)。それに、読んでいると、とても自殺を考えるような主人公の性格には思えません。かわいい感じの女性で、世間の荒波にもまれて、自殺を考えたにしては、世間知らずという気もします。普通、同じ屋根の下に若い男女がそんなに長く一緒に生活できないでしょう? 結局、登場人物がいい人ばかりなんですね。
 この話は僕から言わせてもらえば、いわゆるファンタジーです。
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幸福な食卓  ☆ 講談社
 「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」というちょっと衝撃的なことばで始まる物語。もうこの言葉だけで、「え!どういうことなの?」と読者を物語のなかに引きずり込んでしまいます。父親である僕自身はなおさらです。瀬尾さん、うまいですねえ。
 高校教師で自殺未遂を起こしたことのある父、そんな夫の世話に疲れて別居をする母、幼い頃から天才と言われながら、大学進学を辞めて農業に従事する兄、そして語り手である私の4人家族。外形的にみれば、家族としては崩壊していると言えるかもしれません。しかし、兄、妹の中はとてもよいし、外に出た母にしてもときに家に来ては食事を作ったり(作っても一緒に食べて帰らないのはちょっと変ですが)、私の相談にのったりと普通の家族と何ら変わりません。いや、それ以上にほのぼのとしたものを感じてしまいます。
 この4人の家族だけでなく、基本的にこの作品に登場してくる人たちは善意の人ばかりです。私の変わりに私が食べられない鯖を変わって食べてくれる(本当は自分が嫌いにもかかわらず)坂戸くん、私の彼氏である大浦くんはもちろん、恋人の家に来るのに、もらい物の油の缶を持ってくるような、がさつな兄の恋人である小林ヨシコさんも、ラストのある大きな事件のあと、さりげない優しさを見せてくれます。読んでいて本当に心が温かくなる作品です。おすすめです。
 それにしても、そもそも父親の自殺未遂はいったいどういう原因だったのでしょうか。あまり深くは描かれていませんが、こんな家族のなかでも自殺を考えてしまうのでしょうか。
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優しい音楽 双葉社
 表題作を始めとする3編からなる短編集です。
 表題作の「優しい音楽」は、突然駅で見知らぬ女の子に声を掛けられ、いつの間にかその子に惹かれていく男の話。声を掛けられた理由を知ったあとでも、怒るどころか、せっせとフルートの練習に励んでしまうなんて優しすぎます。まあだから「優しい音楽」なんでしょうけど。
 「タイムラグ」は、不倫相手が夫婦で旅行に行くため、その子供を預かる女性の話。普通、不倫相手に子供を預けますか?こんな男がいるとは思えません。また、それを預かってしまうのも不自然でしょう。そのうえ、不倫相手とその奥さんとの結婚を反対していた父親に対し、奥さんを一生懸命擁護してしまうのですから。話としては絶対(たぶん絶対だと思いますが・・・)あり得ない話です。でも、なんとなく話に引き込まれてしまいます。瀬尾さんのうまさですよね。3編の中では一番のおすすめです。
 「ガラクタ効果」は、同棲中の女性が、突然ホームレスの男性を家に連れてきたのを、受け入れてしまう男の話。普通は同棲相手がいるのに男性を連れてきて同居をする女性なんていませんよねえ。これもまた、実際にはあり得ない話です。 
 3編の物語の主人公が3人ともあまりに人がよすぎる人たちです。「もっと怒りなよ!」とか、「そんな男(女とは)別れてしまえ!」と、読んでいてイライラしてしまいました。でも、この物語の主人公のような人は現実にはいるわけがないと思いながらも、読み終わるとなぜかホッとする自分にびっくりです。
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強運の持ち主  ☆ 文藝春秋
 元OLのルイーズ吉田を主人公とする4編からなる連作短編集です。
 上司との折り合いが悪くて会社を辞めて、何の経験もなく(占い師の経験なんて普通の人があるわけないけど)占い師にぽっとなるなんて、本当の占い師が聞いたら怒りそうですね。でも、人を見る目がある人なら占い師ができそうなのは主人公のいうとおりです。僕自身は占い師に占ってもらったことはないのですが、たぶん来る客は心の中に自分なりの答えを持っているのですよね。それを師匠のジュリエ青柳が言うように、占い師に自分の背中を押してもらいたくてくるのです。ジュリエ青柳のこのことば、すごく納得できます。
 主人公ルイーズの占いは、客のその人となりをみて判断するのですから、とても人間的です。でも、これって占いといえるのでしょうか。「ファミリーセンター」の女子高校生への占いなどは、占いというより人生相談をしているみたいです。占いというには何ともいい加減ですが、憎めません。
 話の中でおもしろかったのは、物事の終わりが見えるという武田くんとの絡みがある「おしまい予言」です。武田くんのおしまい予言におろおろする占い師というのも笑ってしまいます。
 
 瀬尾さんが描く今回の作品は、難しい教訓は何もないけど、さらっと読めて楽しくなる作品です。気分転換にオススメ。
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温室デイズ 角川書店
 小学生の時に経験した学級崩壊、そして優等生へのいじめ。中学3年生となった主人公みちるは再び学級崩壊の気配を感じる。小学生の時のようにはなりたくないと思ったみちるはホームルームで発言する。「今、この学校ってちょっとやばいって思うんです。・・・そろそろうちらのクラスだけでも、ちゃんとしたらいいんじゃないかなって気がするんです。・・・」翌日から、みちるへの執拗ないじめが始まった。
 物語はいじめに遭うみちると、彼女の友人でそれを見ていられずに相談室へと逃げる優子の章が交互に綴られます。
 自分の中学生時代を振り返ってみて、この作品のようにみんなで標的を決めていじめるようなことはありませんでした(と、思う)。確かに喧嘩もあったけれど、授業中に勝手に外に出て行くような生徒はいなかったし、ワルといわれていた生徒も、きちんと学校に来ていましたからねえ。いったい、どうしてこんなになってしまったんでしょうね。現実にこの作品のような学校の状態であれば、当事者としてはたまらないですね。いじめられる方としては楽しいはずの学校生活が、地獄のような日々を送ることになってしまいます。みちるのように行動することは勇気のいることですし、いじめにも負けないで登校することを当事者に強いることは、あまりに酷なことです。
 この作品には担任の先生も描かれていますが、その存在感はありません。作者の瀬尾さんは実際の教師ですから、実際にも教師がこの状況に対応できないことを瀬尾さん自身わかっているからではないでしょうか。教師も大変でしょうけどね。この作品がある程度現実の教育の現場を描いているのは間違いないでしょう。
 登場人物の中に斉藤くんというパシリが登場します。彼は言います。「単なるパシリは情けないけど、有能な使えるパシリなんだぜ。逆にちょっとかっこいいだろ?」周りに流されることなく、自分で何かを選択していく。それって、重要なことなんではないでしょうか。
 ラストを迎えても、明るい未来がやってきたわけではありません。そのなかで、少しは誇りに思うと感じるみちるにエールを送りたいですね。
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春、戻る  ☆ 集英社
 結婚を控えた36歳の女性・さくらの前に、突然「兄」だと名乗る明らかに年下の男の子が現れる。その男の子はさくらの兄として、おせっかいにもいろいろな世話を焼き始める・・・。
 いったい、「兄」の正体は何者なのか。最初はSF的な設定なのかと思って読み進んでいきましたが、どうもそうではない、となれば、年下なのに兄だと言って近づいてきた男を不審に思いながらも受け入れていってしまうなんて、「おいおい、人がいいにもほどがある!」とイライラして忠告してしまいたくなりますが、これは小説の世界。そんなイライラ感を持って読むと、この本は最後まで読むことはできません。この世知辛い現実の世界でこんなことを信じるお馬鹿さんは、まずいないでしょう。
 この作品世界では主人公のさくらのみならず、結婚相手の山田さんやその両親、さらにはさくらの妹もこの状況を受け入れてしまうという、みんないい人ばかりの物語です。そんなほんわかした物語ですが、終盤浮かび上がってくるものは、かなり辛い、人生での挫折という事実でした。でも、「兄」と名乗ったことの理由が明らかになったとき、その辛い現実が和らぎます。読み進めた人の心を温かくするラストです。「春、戻る」という題名が何となくわかりました。
 ときどき、こんな心和らぐような物語を読みたくなるんですよねえ。
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あと少し、もう少し  新潮文庫 
 今はシーズンではありませんが、駅伝を見るのが大好きです。駅伝はマラソンと異なり、ただ自分ひとりで走るだけでなく、仲間と共に襷をゴールまで繋がなければいけないという競技であり、そこにドラマが生まれます。映画化も舞台化もされた三浦しをんさんの「風が強く吹いている」は箱根駅伝を目指す大学生の話でしたが、この作品は駅伝の地区大会に臨む中学生たちを描きます。
 市野中学は山間にある全校生徒150人余の小さな学校。毎年駅伝で県大会へ出場していたが、今年度、顧問であった教諭が他校へ異動となり、替わって顧問となったのが陸上などまったく未経験の若い美術の女性教諭の上原。更には長距離を走る選手は部長の桝井ほか3年生の設楽と2年生の俊介の3人だけとなり、大会出場が危ぶまれる。桝井らは出場選手を確保するため、吹奏楽部の渡部、いわゆる不良の大田、人から頼まれると嫌と言えないバスケ部のジローを勧誘し、県大会出場を目指すが・・・。
 物語はプロローグと「1区」「2区」と章名のついた6章からなり、それぞれ6区間の各区間を走る者が各章の語り手となって進んでいきます。誰もがみな心の中に他人から見られる自分とは異なる様々な思いを抱えながら次の走者に棒を繋ぐために走ります。不良の大田や、他と相容れない渡部が次第にチームの中の一員として馴染んでいくところは感動します。
 顧問の上原も少しズレた感覚の持ち主と思われながら、実は生徒たちの個性をよく見ている先生だったというのが次第に分かってくるのも楽しいところです。
 各章のラストが襷を次の走者に繋ぐ場面で終わっていくのもうまいです。 
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そして、バトンは渡された  ☆   文藝春秋 
 森宮優子は高校3年生。現在彼女は父との二人暮らしだが、彼女が「森宮さん」と呼ぶ父はまだ30代で優子にとっては義理の父親。実は優子には母親が二人、父親が三人いた。
 物語は、優子と森宮さんとのちょっと普通とはズレた愉快な日常生活を描きながら、これまでの彼女の家族関係の変遷が語られていきます。
 母親が二人、父親が三人という設定からすれば、なんとなく不幸な生い立ちなんだろうなあと考えてしまいますが、優子自身は不幸なんてまったく感じていないし、逆に幸せだと思うくらいです。それは、彼女の二人目の母親である梨花さんはもちろん、義理の父親たち、泉ヶ原さんも森宮さんも、みんなが優子のことを第一に考えてくれていたからです。最近親の折檻で子どもが死ぬという事件が多く発生していますが、被害者となった子どもは母親の連れ子だったというケースが多いです。この作品では義理の母親も父親も実の親以上に優子に愛情を注いでくれます。現実世界があまりに悲惨なので、こうした作品を読むとホッとします。
 年配ということもあってか懐の深い泉ヶ原さん、東大卒という高学歴で一流企業に勤めており、どこかズレているけど優子の幸せを第一義に考える森宮さん、二人の義理の父親が最高です。そして、そんな父親を優子にもたらしてくれたのが梨花さんです。ちょっと考えが自由奔放なところがあるけど、優子のことを考えて、再婚相手を選ぶ梨花さんが、それでいいのかなあとは思うけど素敵すぎます。
 優子が結婚相手を母や父に紹介して歩く中で、優子の知らなかった彼らの優子への深い愛情が明らかとなっていきます。そして優子への思いが明らかにされる実の父親である水戸さん。実の父親なのに、ブラジルに行ったきりでその後音信不通はないだろうと思ったら、そういうことだったんですね。
 優子の結婚相手に対し、最後まで反対する森宮さんは現在の優子の一番身近にいたのですから、反対する気持ちは良く分かります。そんな森宮さんに優子が与えたある役目に感動してしまいます。
 いやぁ~、これは素敵な小説です。小説読んで心が温かくなるってこういうことなんですねえ。今年読んだ作品の中でベスト3に入る作品です。これはオススメです。
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傑作はまだ    ☆ ソニー・ミュージックエンタテウメント 
 本屋大賞を受賞した「そしてバトンは渡された」では血のつながりのない父と娘との関係を描きましたが、今作では血のつながりはあるが、生まれてから25年間一度も会ったことのなかった父と息子の関係を描きます。
 加賀野正吉、50歳は、学生時代に文学賞の新人賞を受賞して作家デビューし、そのまま世間とはあまり関わらずに生きてきた男。実家にも父とうまくいかずに飛び出してから何十年も帰っていないという人物。そんな正吉のもとに、ある日、息子だという青年・智がやってくる。正吉は学生時代、恋人でもなく好きでもなかった美月と酔った勢いで一夜を共にし、美月は妊娠。養育費だけ出してくれればいいという美月の言葉に、毎月10万円を払い続けていた。彼女からは月に1回、息子の写真が送られてきたが、正吉が息子に会いに行くことは一度もなかった。「しばらく住ませて」と言う智に押し切られ、正吉は息子と同居生活を送ることになるが・・・。
 ほとんど家に籠って小説を書いているだけで、たまに人と会うといっても編集者くらいで、人と関わることを最小限に生きてきた正吉が、智を窓口にして次第に社会との関わりを持つようになり、次第に変わっていきます。
 この智が人間関係を構築するのがうまくて、近所の年寄ともすぐに仲良くなってしまうという能力の持主で、それに対し、正吉は全く逆で、これでは親子が逆転しているみたいです。
 最後に智が正吉の元へやってきた理由等が明らかにされてハッピーエンドで終わりますが、美月が正吉が描写したような女性とは全然違っているどころか、これが本当に素敵な女性でした。
 しかし、こんなに社会のことはわかっていないし、人間関係も築くことができなかった正吉が、人の心の奥底に潜む闇なんて描くことができるんですかねえ。 
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夏の体温  双葉社 
 3編が収録された短編集です。
 冒頭の表題作の「夏の体温」は、病院で出会った小学3年生の男の子の友情を描く作品です。足に痣ができて消えない原因がわからず、いくつかの小児科を巡ってようやくたどり着いた病院で血小板が少ないことがわかり、治療で入院している瑛介。この病院に低身長の検査入院でやってきた壮太は気安く瑛太に声をかけ、2人はすぐに友だちになるが、壮太の入院は3日間だけ・・・。これからの2人の未来を予想させる最後の1行が印象に残ります。
 「魅惑の極悪人ファイル」は、大学1年生の時に文学賞を受賞して作家デビューを果たした大原早智が、編集者から「リアリティがない。出てくる人、みんないい人。そんな世の中ないですよ。悪人も書いてみるべきです。」と言われ、大学の同級生に「性格悪い奴探しているなら、ストブラだ」と紹介され、ストブラ(ストマック・ブラックのことだそう)こと倉橋ゆずるの部屋に入り込んで話を聞く。おいおい、性格が悪いと皆から言われている男の部屋に若い女性が入るなよ!とまずは思ってしまいます。でも、このストブラ、言われているような悪人ではなく、早智が彼に関わることによって、現実の世界で生きることを決意するところが何とも素敵なラストです。
 「花曇りの向こう」は、中学入学に合わせて祖母の家に引っ越した宮下明生が主人公の掌編。中学1年生の国語の教科書に掲載されたもののようです。引っ越してきたため小学校からの友だちが一人もいない中で、クラスに馴染めない気持ちは私自身も転校したことがあるのでよくわかります。でも、こうやってだんだん友人はできていくものですよね。 
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掬えば手には  ☆  講談社 
 主人公の梨木匠は大学1年生。彼は勉強にしてもスポーツにしても人より秀でているということがなく、何をしてもいつも真ん中くらい。そんな梨木には中学3年生のとき不登校だった女子生徒が初めて登校してきた際の様子や高校1年生のとき前の席の男子生徒のおかしな様子から彼らの心の中がわかったことから、人の心が読めるという能力があることに気付く。物語はそんな梨木と大学の同級生の河野さん、香山くん、口と態度が悪くバイトが長続きしないバイト先のオムライス店の店長・大竹さん、そして、そんなバイト先にアルバイトとして入ってきた看護学校生の常盤さんとの関わりが描かれていきます。
 人の心を読むことができる能力なんて、瀬尾さんには珍しくSFかと思いきや、超能力を使用しての闘いとかサスペンスな展開はまったくありません。それより、人のことばかり気にする梨木くんが、特にバイト仲間の常盤さんの抱える心の闇を何とか晴らそうとする様子が描かれます。
 大学の同級生の河野さんは、梨木は人の心が読めるのではなく、「相手の気持ちを感じ取って進むことを選べる人、人の気持ちを読んでくれる人」と言います。では、彼がバイト仲間の常盤さんの背中から聞こえてくる声を聴くことができるのは何なのか。河野さんの考えでは説明がつかず、このあたりはちょっとSF的。果たして声の正体は、そして感情を外に出さない常盤さんに何があったのか、こちらはちょっとミステリ的です。
 個人的に物足りなかったのは、河野さんとの関係です。河野さんとの関係が物語の中心になるかと思いましたが、常盤さんのことが中心だったのはちょっと残念。梨木と河野さんの二人の関係はどうなるのか気になります。
 初版本には、口は悪いが本当はいい人の大竹さんの語りで描かれるショートストーリー「掬えば手には アフターデイ」がついていますが、常盤さんに代わるなかなかのバイトが登場して面白いです。 
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