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澤村伊智の本棚

  1. ぼぎわんが、来る
  2. ずうのめ人形
  3. 恐怖小説 キリカ
  4. ししりばの家
  5. 予言の島
  6. ひとんち
  7. ファミリーランド
  8. うるはしみにくしあなたのともだち
  9. 邪教の子
  10. 怖ガラセ屋サン
  11. 怪談小説という名の小説怪談
  12. ばくうどの悪夢

ぼぎわんが、来る  ☆  角川書店 
 第22回日本ホラー小説大賞受賞作です。ストーリーは、祖父の田舎に伝わる“ぼぎわん”という得体の知れないものに襲われる田原一家の恐怖と彼らを助けようとする女性霊媒師比嘉琴子と真琴の姉妹と“ぼぎわん”との戦いを描いていきます。
 “ぼぎわん”が西洋の“ブギーマン”が日本にもたらされて変化したということには、「いくら何でもそれは!?」と思いましたが、それはともかく、デビュー作とは思えないほどテンポ良く読みやすい文章で、ストーリー的にもおもしろくていっき読みでした。各章が
別々の人の視点で語られているという構成もおもしろさに一役買っているかもしれません。巧みな筆致で先の展開を読ませず、読者をぐいぐい引っ張ります。1章のラストは「えぇ~!!」という驚きの展開でしたし、2章になって「真琴の言動の違和感はこういうことだったのか!!」と、作者に見事にミスリードされていたことに気づきます。3章では更に、まさかあの人物があんなことをするのかという驚きの展開もあります。見事なストーリー展開にあっぱれです。
 ホラー小説らしく“ぼぎわん”という妖怪の恐ろしさが物語全体に溢れています。第1章のラストの描写は恐ろしいですねえ。突然、片腕がなくなっているという描写も凄いです。やっぱり、ホラーですから読者にまずは恐怖感を与えないとダメですね。
 警察トップとも交流のある霊媒師の比嘉琴子の人となりは、この作品では細かくは語られなかったし、再登場を期待したいです。 
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ずうのめ人形  ☆  角川書店 
  デビュー作「ぼぎわん」で第22回日本ホラー小説大賞を受賞した澤村伊智さんの2作目です。
 藤間はオカルト雑誌の編集部のアルバイト。ある日、原稿を依頼したライターの湯水から校了間際になっても原稿が届かず、連絡もつかないため、編集長の命令で同僚の岩田と自宅を訪ねた藤間は、そこで血だらけとなり眼球を自分で扶り出した湯水の死体を発見する。その1週間後、藤間は岩田から湯水の死の原因はこれにあると手書きの原稿を渡され、それを読み始める。その内容は「ずうのめ人形」という都市伝説の話であったが、それを読んだ以降、藤間の目に顔を赤い糸で覆われた喪服姿の人形が見えるようになる・・・。
 前作の「ぼぎわん」には怪物と呼ぶに相応しいものが登場しましたが、今回は日本人形。よくテレビの怪奇特集でも、日本人形の髪が伸びるとかやりますし、あの前髪を切りそろえた表情のない日本人形は怪談話には定番です。闇の中で見ると、確かにかわいいと言うより怖いですよねえ。その人形が最初は遠くに見えたのに、しだいに近づいてきて、目を開けたら顔の前にいたとなったら、「ぎゃあ~」と叫んでしまいます。
 物語は、原稿に書かれた「ずうのめ人形」の都市伝説の物語と、それを読んだ藤間たちの話が交互に描かれていくという形になっています。単なるホラーに留まらず、この物語を書いた人物は誰なのかとか、ミステリ的な要素も強い作品に仕上がっています。ラストには予想もしなかった展間が待ち受けていて、ミステリ好きとしてもあっと言わされます。
 藤間が自分の身に迫ってくる怪異から逃れるために、相談した相手が「ぼぎわん」にも登場するライターの野崎とその恋人で霊能力者の真琴です。これはシリーズ化が期待されます。
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恐怖小説 キリカ 講談社 
 角川書店の主催するホラー小説大賞を受賞することとなった澤村電磁こと香川隼樹。本の出版を目指して改稿等を重ねる中で、嫌がらせの手紙やメールが自宅や職場に来たり、無言電話がかかってきたりするようになる。香川はその犯人がフェイスブックに作品に対する自分よがりな解釈を書き連ね、自分が香川をプロデュースすると考えている同じ「小説書くぞ会」仲間の副島ではないかと疑う。やがて、嫌がらせはエスカレートし、別れた妻であった女性まで襲われるが・・・
 スティーヴン・キングの「ミザリー」に挑む作品とあったので、「ミザリー」の登場人物アニー同様、常軌を逸したファンが自分の望むように香川に作品を書かせるために、嫌がらせをエスカレートさせていくのかと思いましたが、第2章の香川の友人である梶山あてに届いた香川の妻・霧香のメールからとんでもない事実が明らかになってきます。
 「ぼぎわんが、来る」でホラー小説大賞を受賞するなんて、主人公の作家、澤村は著者の澤村さんそのもの。自分自身のことを題材にした作品です。授賞式の様子とかある程度事実が描かれているのでしょうね。選考委員の綾辻さんに比べ、貴志さんはあまり好意的に描かれていないかも。
 作中で受賞作の題名を決めるのに苦労しているシーンがありましたが、今回のこの題名だとある程度のネタバレになっていないでしょうか。
 前2作では“ぼぎわん”とか“ずうのめ人形”という怪異な物が登場しましたが、今回の怪物は“人間”です。殺人シーンの描写は目を覆いたくなるような残虐さで、映像ではないのがよかったものの、頭の中に血が飛び散るシーンが浮かびます。ラストは一瞬ほっとさせながら、ひっくり返しましたからねえ。読後感は最悪です。
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ししりばの家  角川書店 
(ちょっとネタバレ)
 「ぼぎわん」、「ずうのめ」ときて、何とも聞き慣れない名前の霊を描く第三弾は「ししりば」です。澤村さんの造語でしょうけど、この語感だけで何となく怖そうです。
 小学校3年生の五十嵐哲也は、お化け屋敷として噂のある、夜逃げをして誰も往んでいない元級友の家に、友達の純と功、そして先生から一緒に遊ぶよう頼まれた比嘉さんの4人で入り込むが、そこで、恐ろしい体験をして以来、次第にまともな社会生活を送ることができなくなる。一方、夫の転勤先の東京で幼馴染みの平岩と再会した笹倉果歩は、彼に招かれて自宅を訪れるが、家の中は砂が床に積もっているにも関わらず、平岩はそれをおかしいと思っていないらしく、果歩はその様子に怖ろしさを感じる。しかし、平岩の妻から助けを求められ、果歩は再度平岩家を訪れるが・・・。
 物語は、果歩の視点と哲也の視点で語られていきますが、平岩家と元級友の家が同じだということは早い段階で明らかにされます。果たして果歩の物語と哲也の物語がどこで交錯するのかと思いながら読み進めていきましたが、ちょっとミステリのような仕掛けが施されていました。
 今回、哲也の同級生として登場する比嘉さんは「ぼぎわん」、「ずうのめ人形」にも出てくる霊媒師の比嘉琴子です。それまでの2作では語られていない、そもそも彼女が霊媒師となったきっかけがこの作品で語られます。
 その家に住む人を守るのではなく、戦争による爆撃の影響でちょっとおかしくなったのか、“家族という外形”を守る霊というなんとも不思議な霊が登場しますが、その苦手なものが“あれ”とは、ちょっと拍子抜け。比嘉さんがとった最終的な除霊の方法も「霊に爆弾?」と何となく違和感がありました。残念ながら「ぼぎわん」、「ずうのめ人形」ほどのインパクト、怖ろしさは今回の「ししりば」にはありません。 
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予言の島  角川書店 
 ブラック企業での勤務に疲れて自殺未遂をした幼馴染の大原宗作を元気づけるために、同じ幼馴染の岬春夫の発案で旅行に行こうと瀬戸内海に浮かぶ霧久井島にやってきた天宮淳たち。その島はかつて一世を風靡した霊能者・宇津木幽子が死ぬ前に20年後の8月25日から26日の未明にかけて6人が死ぬという予言を残した島だった。島に着いた淳たちは宿泊予定だった旅館になぜか宿泊を断られ、別の民宿に泊まることとなったが、そこには宇津木幽子に心酔する虚霊子、20代の青年・遠藤伸太郎とその母親の晶子、船に乗り遅れそうなところを淳が助けた女性・江原数美が宿泊することとなっていた。その夜、春夫が部屋にいないことに気づいた淳と宗作は彼の行方を探すが、やがて台風が近づき荒れる海に浮かぶ春夫の遺体を発見する。
「ぼぎわんが、来る」や「ずうのめ人形」を著わした澤村伊智さんによる霊能力者が死を予言した島を舞台にした物語ということになれば、どんな恐ろしいホラーになるのだろうと思ったら、これが予想外のミステリーでした。霊能力者、怪しげなことを言う老人、呪い除けの“くろむし”等ホラー要素はたっぷり盛られていたのですが・・・。
 ネタバレになるので詳細は語れませんが、文章を丁寧に読んでいけば、仕掛けられたトリックに気づく人もいるのではないでしょうか。少なくとも何か変だなという違和感を持つ人はいるのではと思います。僕自身も何かおかしいなあと思ったのですが、真相にはたどり着けず、すべてが明らかとなった後に、ページを前に戻って、再度読んでみて「なるほど!」と唸ってしまいました。でも、このトリック、明らかになってみれば、どこかで先行作品を読んだ気がします。 
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ひとんち  光文社 
 8編が収録されたホラー短編集です。冒頭が「ひとんち」でラストが「じぶんち」という、題名だけみれば繋がりのあるような構成になっていますが、実はその内容は様々でホラー以外の共通性はありません。
 「ひとんち」は、大学時代の友人だった三人の女性が一人の家に集まったときの話です。あるものについてその家の女性が話すことに違和感を持った残りの二人が恐ろしい事実に遭遇するのですが、これで終わりではなくもうひと捻りあるところに怖さが増します。
 「夢の行き先」は、小学5年生の健吾が主人公。彼は毎晩、薙刀を持った老婆に追いかけられるという恐ろしい夢を3日続けて見る。やがて、友人たちも同じ夢を見ていたことがわかるが、その夢は教室の廊下側からの席順に3日ずつ見ていることがわかる。すると、今度は窓側の生徒たちがやはり席順に別の恐ろしい夢を見ていることが判明する。廊下側と窓側の席順で夢が続くと、教室の真ん中の席で夢がぶつかることになるが・・・。真ん中の席の生徒がどうなるのか、ドキドキさせます。この作品集の中で個人的に一番のお気に入りの作品です。
 「闇の花園」は、常に全身黒づくめでクラスメートと会話もしない孤立した少女の話です。体調不良で休職した担任教師に代わってクラスを受け持つことになった臨時教員の吉富は、どうにかして彼女をクラスに馴染ませようとするが・・・。所々で挿入されるモノローグが恐ろしいです。類型的にはゴシック・ホラーといっていい1編です。
 「ありふれた映像」は、スーパーで流れる販促ビデオに、写ってはならないものが写っていたという話です。街中に様々な映像が流されている現在、よくよく目を凝らして見れば不可解なものが写っているかもしれないという恐怖を感じさせます。
 「宮本くんの手」は、異常なまでの手荒れに悩まされる宮本くんの話です。彼の手が荒れる時期にはあるルールがあると気づいた宮本くんの取った行動は・・・。久しぶりに宮本くんに会った語り手がその姿から感じ取った宮本くんの決意があまりに痛々しい。
 「シュマラシ」は、UMA(未確認生物)の話です。ひょんなことからUMAをモチーフにした食玩のコレクターと知り合った男が、食玩のモデルとなったUMAの元ネタ探しに出かけたまま消息を絶った上司の行方を辿って行った先で出会う恐ろしい出来事が語られます。彼が迷い込んだ動物園の檻に書かれたUMAの名前がおどろおどろしい。
 「死神」は、祖父が危篤で実家に帰らなければならないという友人から、植物とハムスターとカブトムシの蛹、そして金魚を預かった男の話です。冒頭に置かれた“不幸の手紙”は僕が幼い頃に流行りましたが、その後チェーン・メールの時代となりました。この作品で描かれるのはその変形のストーリーです。
 「じぶんち」は中学2年生の卓也が主人公。学校行事のスキー合宿から深夜に帰ってきたが、両親は迎えにも来ず、帰った家の中には誰もいない・・・。これはよくあるパターンのSFホラーといえる作品です。 
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ファミリーランド  早川書房 
 6話が収録された近未来を舞台としたSF短編集です。澤村伊智さんとなれば、ホラー小説大賞を受賞した「ぼぎわんが、来る」を始めとするホラー小説の書き手という印象が強かったのですが、SFも書いていたんですね。ただ、ホラーとSFというジャンルが異なりますが、この作品集のテーマは「ぼぎわんが、来る」でも描かれていた“家族”です。
 「コンピューターお義母さん」では、遠隔地からスマートデバイスによって嫁の行動を逐一監視する姑とそんな姑についに爆発した嫁が描かれます。これはやっぱり、姑の勝ちですねえ。
 「翼の折れた金魚」では、コキュニアという薬を飲んで子作りをすることによって、金髪、碧眼、頭脳明晰な子どもが生まれる世界で、薬を飲まずに生まれた黒髪、黒目の子ども“無計画出産児、デキオ・デキコ”が迫害される様子が描かれます。教師である主人公にもデキオたちを嫌悪する気持ちがあり、そんな主人公が迎えたラストはあまりに皮肉な結末です。
 「マリッジ・サバイバー」では、友人から勧められた婚活サイト・エニシで出会った女性と結婚した“俺”だったが、指輪型ウェアブルデバイスにより、夫婦で互いの居場所や体調を常に確認しあうことに、妻から常時監視されているという強いストレスを覚えたことによる結末を描きます。夫婦であっても、やはりある程度のプライバシーは必要です。こんなにすべてが知られているのは、主人公と同様愛情を覚えるよりも逆にストレスになります。
 「サヨナキが飛んだ日」では、母より看護ロボットに頼る娘と対立する母親の姿を描きます。この作品に登場する鳥の姿をした看護ロボットの「サヨナキ」ですが、「サヨナキドリ」という鳥がいて、その別名が「ナイチンゲール」なのを初めて知りました。
 「今夜宇宙船の見える丘に」では、病に倒れた父親を介護しなくてはならない無職の息子と父親の関係を描きます。生活が苦しい中で介護をしなくてはならない息子の取らざるを得ない手段がこの作品で描かれているものでは、あまりに悲しいです。ラストは父と子にとって救いかと思ったら、これでは厳しい現実は変わらないままです。
 「愛を語るより左記のとおり執り行おう」では、葬儀という儀式が未来のデジタル技術によって手間のかからない簡素な形になった世界で、昔の方式で葬儀を行ってもらいたいと希望する父親と息子夫婦、それをドキュメンタリーとして撮る男を描きます。確かに、この作品に描かれる葬儀では、通り一遍のもので本当の個人への思いなんて表すことはできないのでしょう。この作品集の中では唯一温かさの感じられる作品です。 
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うるはしみにくしあなたのともだち  ☆  双葉社 
 四ツ角高校3年2組一番の美女といわれ、スクールカーストの頂点に君臨していた羽村更紗が突然自殺する。葬儀で彼女の両親は頑なに彼女の顔を見せるのを拒んだが、流れてきた噂によると、美しかった彼女の顔は老婆のようにしわくちゃだったという。更に更沙の次のナンバー2の座にあった野島夕菜が授業中に突然顔中に吹き出物ができ、それが破裂し血だらけとなるという事件が起きる。やがて、生徒たちの間でそれらの出来事が、学校に伝わる「ユアフレンドのおまじない」という呪いのせいだと囁かれ始める・・・。
 恐怖に慄く女生徒たち、それとは対照的に自分たちは呪いには関係ない、次の犠牲者は誰だと女生徒をランク付けして予想する男生徒や無責任な教師たちなど、事件を巡る人々を描きながら物語は進みます。自分に関係なければ、こうした事件も楽しむ対象という人間の心の中を描くのが澤村さん、うまいですよねえ。それにしても、この学校の教師たちは最低ですねえ。
身体的に魅力的でないと考えられる人々に対する差別的取り扱いのことをルッキズムというそうですが、「ユアフレンドのおまじない」という呪いはそれに対する大きなしっぺ返しです。
 この作品、ホラーですが、呪いをかける人物は誰だというミステリーの要素のほうが大きい作品です。この謎に挑むのは、母親に醜いと言われつづけて育ち、容貌に自信が持てない3年2組の担任教師の舞香、美しい更紗に崇拝の念を抱き、真犯人を見つけ出そうとする鹿野真実、不幸な事故によって顔に怪我を負い、授業中でもマスクを外さない九条桂という、いわゆる“美しい”ということからは距離のあった女性たち。この謎解きが意外に難しいです。個人的には、登場人物が出そろったところで、絶対この子だろうなあと予想したのですが、結果は外れ。ものの見事に澤村さんにミスリードされました。予想もしない人物が真犯人でした。 
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邪教の子  文藝春秋 
 前半は母親が新興宗教にのめりこみ、虐待をしている娘・茜を助け出そうとする同級生の女の子・慧斗、そして祐仁、朋美の行動を慧斗が書き綴るという形で描かれていきます。注意深い人であれば、この慧斗が書く物語の中に違和感を覚える人もいると思います。私自身も読んでいて、なんだかおかしいなあと、はっきり言えないまでも違和感を覚えていました。前半の最期にこの慧斗が書いた日記風のものがどういうものだったのかが書かれていますが、ここで読者はびっくりです。そして、それが後半のストーリーに大きく関わってきます。
 ネタバレになるので、詳細は語れませんが、後半は一転して、自分の母親が新興宗教にのめりこんで自分を捨てて出て行ってしまった過去を持つ東京ローカルテレビ局のディレクターである矢口弘也が、その新興宗教の実態に迫ろうと、取材をする様子が矢口の視線で描かれていきます。
 前半での慧斗が後半になると、なぜか「え?」と思う立場になっているのに驚きますが、やがて前半で違和感を覚えていたことの正体が明らかにされます。基本的にオウム真理教を始め新興宗教(というか他への寛容がない宗教)には近づきたくないと思っている私にとっては、前半で慧斗に助けられた茜がなぜこうなるのか、というより慧斗がなぜこうなるのかがまったく理解できません。ラストでは更なる驚きが明らかにされますが、結局、宗教は怖いですね。 
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怖ガラセ屋サン  幻冬舎 
依頼されて人を怖がらせることを仕事とする(といっても金をもらっているかどうかは不明です。)“怖ガラセ屋サン”という正体不明の女性が登場する7編からなる連作短編集です。
“怖ガラセ屋サン”による怖がらせの対象になる人たちは、それぞれ恨まれるような行為をしており、怖がらせられても自業自得といっても仕方ありません。ただ、“怖ガラセ屋サン”は人を怖がらせるだけかといえば、それにとどまりません。冒頭の「人間が一番怖い人も」では、手を下さないにしても間違いなく殺人が起こることを容認しており、殺人罪の共犯です。
 “怖ガラセ屋サン”が怖いのはこれだけではありません。「子供の世界で」はいじめをしていた子どもに“怖ガラセ屋サン”の“怖がらせ”が行われるのですが、これが子どもだからだといって容赦しません。死んだって手加減などしません。これは子どもには(もちろん大人であっても)恐ろしいです。
 一方、「恐怖とは」は、依頼主が母親だったせいか、怖がらせるというよりは後悔させるといった方がいいかもしれません。ミステリーのような仕掛けもあり、怖さの程度という物差しで測るのでなければ、個人的には7編の中で一番好きです。
 「見知らぬ人の」は、恐ろしいと思っていたことに説明がついて何でもなかったことがわかったときの先に実は恐怖が待っていたという土俵際でうっちゃられたような話です。冒頭のシーンがラストに繋がるところが澤村さん、うまいです。
 “怖ガラセ屋サン”という正体不明の女性、物語の中では安藤郁、うえすぎえいこ、尾羽加奈子、木下久美子という名前で登場しますが、苗字と名前の頭文字が登場順に「あいうえおかきく」と並んでいるということをネットで知りましたが、これに気づいた人はすごい! 
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怪談小説という名の小説怪談  新潮社 
 7編が収録されたホラー短編集です。
 その内容は、帰省する交通費を節約するため一台の車に同乗した5人の男女で話される怪談話を描く「高速怪談」、家族3人が散歩途中で見かけた廃屋に惹かれていく様子を描く「笛を吹く家」、国際的映画祭でグランプリを獲得したホラー映画の主演男優が自殺し、母親が映画の中の暴力描写はすべて息子が実際に受けていたものだと告発してから次々と関係者が殺害されていく「苦々陀の仮面」、山奥にできた評判の高級ホテルに新婚旅行で来た夫婦が山中で男女に出会ってから起こる恐ろしい体験を描く「こうとげい」、気がつくと中学校の校舎に閉じ込められた生徒たちが学校の怪談で語られていた浦見先生に追い回される「うらみせんせい」、作家の“ぼく”が引退する西村という作家から渡されたUSBに入っていた「涸れ井戸の声」という小説にまつわる話を描いた「涸れ井戸の声」、かって一世を風靡しながら姿を消した霊能力者に取材をしようとする男の話と、小中学生が親から離れて泊まって飯盒炊飯やオリエンテーリングをする「こども自然荘」での肝試しの話が交互に語られる「怪談怪談」となっています。
 7編の中で個人的には「高速怪談」と「うらみせんせい」が好みです。「高速怪談」の知人から紹介されて同乗した男が実は知人の紹介した男ではないのではないかという疑心暗鬼がやがて恐怖となる様は読んでいても恐ろしいです。そして更にホッとしたところでもう一撃ですからねえ。「うらみせんせい」は題名のひらがなの“うらみせんせい”に見事に作者にミスリードされました。ラストにアッと言わされます。
 同じミスリードでも、「笛を吹く家」のミスリードは最初からわかってしまいました。「苦々陀の仮面」の母親の死の原因は何だったのでしょうか。殺害されたのであれば、誰にという謎が残ってしまいます。また、「こうとげい」の今里さんはどうなったのか気になります。
 なお、題名は都築道夫さんの「怪奇小説という題名の怪奇小説」へのオマージュでしょうか。 
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ばくうどの悪夢  KADOKAWA 
 「ぼぎわんが、来る」「ずうのめ人形」「ししりばの家」と続く比嘉琴子、真琴姉妹シリーズ長編第4弾です。“ぼぎわん”“ずうのめ”“ししりば”と毎回想像もできない怪異の名前が付けられますが、今回は“ばくうど”です。「ししりばの家」から5年以上が過ぎたので、比嘉姉妹のことも忘れてしまいそうでした。
 冒頭に、ある病院の産婦人科病棟に暴漢が侵入して、多数の妊婦や生まれたばかりの子どもや胎児を殺害し、逃走するという事件が描かれます。事件後の第1章では田舎の中学校に転校してきた「僕」を語り手にして、「僕」の父親をリーダーとする幼馴染の親たちの集まりである「片桐軍団」の人々のことが描かれていきます。
 「僕」は田舎にやってきてから異様なものに追いかけられる悪夢を何度も見ていたが、片桐軍団のほかの子どもたちも夢を見ていることを知る。やがて、その中の一人彬が死ぬ。「僕」の父はこうした怪異の分野に詳しい「片桐軍団」の野崎とその妻の真琴に相談する・・・。
 比嘉姉妹シリーズですが、琴子は前半ほとんど姿は見せず、わずかに出てきたと思えば予想外の行動に出て、あっという間に姿を消して現れません。真琴は「僕」の悪夢と戦ってくれますが、思わぬ結末になります。
 ところが、幕間を挟んで後半、ストーリーは大きく転換。ああ、ここまでは澤村さんにものの見事に騙されていたのかと気づきます。前半登場した琴子の行動はこういうことだったからなのかあと納得します。355ページで明らかにされる事実にもびっくりです。そこまで、その事実には何ら思いもしませんでした。いやぁ~澤村さん、見事です。
 悪夢を題材にした話は怖いです。夢から覚めたと思ったらそれも夢だったなんて、この作品でもありましたが、いったいどこが現実の世界かわからないというのは恐ろしいですね。
 500ページ近い大部ですが、ページを繰る手が止まりません。澤村作品の中では個人的に1,2位を争う作品です。さて、このラストで比嘉姉妹の復活はあるでしょうか。 
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