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佐藤多佳子の本棚

  1. 一瞬の風になれ 1
  2. 一瞬の風になれ 2
  3. 一瞬の風になれ 3
  4. しゃべれども しゃべれども
  5. 明るい夜に出かけて
  6. いつの空にも星が出ていた

一瞬の風になれ 1  ☆ 講談社
 ネットでの好意的な書評を読んで、初めて佐藤さんの作品に挑戦してみました(既刊の「黄色い目の魚」は購入したまま積読本となっています。)。
 短距離に青春をかける男子高校生たちの話です。主人公新二は中学時代はサッカー部に所属していたが、同じサッカーをする天才肌の兄と比較して、これ以上大成しないとサッカーを諦め、中学時代からその才能が注目されていた幼馴染みの連とともに陸上部に入部します。
 サッカーの天才で、注目を浴びる兄を持ちながらも、ひねくれず、自分を見つめる新二のキャラクターが素晴らしいです。普通こんなできる兄と脳天気な母親を持てば、暗い性格の男になってしまいそうなものですが、しっかり陸上に打ち込む姿が描かれます。
 そして、この新二のライバルが連。青春といえば友情です。この作品でも、なんでも一生懸命頑張る青春ど真ん中の新二と、才能に恵まれながらも努力を惜しむ連との友情が描かれます。対照的な二人だからこそ友情が長続きするのかもしれません。
 また、いつもニヤニヤしながら二人を見守っている同級生の根岸くんや彼らの行動を理解する顧問の三輪先生など二人の周囲の人々も素敵な面々です。
 現在高校生ならばもちろん、遙か昔に高校生時代を過ごした人にとっても、胸躍らせながら読むことができる作品です(高校時代帰宅部だった僕自身でさえ、楽しく読むことができたのですから)。主人公の青臭さが気に入らない人がいるかもしれません。青春しすぎだと思う人がいるかもしれません。しかし、その時代は多かれ少なかれ誰もが青臭いところを有していたはずですし、青春したいと思っていたはずですものね。
 全3巻の予定で、今回は、高校1年生の秋までが描かれています。副題に「イチニツイテ」と書かれていますので、2はきっと「ヨーイ」でしょうね。この先、新二と連がどう成長していくのか楽しみです。
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一瞬の風になれ 2  ☆ 講談社
 「一瞬の風になれ」三部作の第二弾です。サブタイトルは、1が、“イチニツイテ”でしたが、今回の2は予定どおり“ヨオイ”ときました。
 2では彼らも高校2年生となり、後輩が陸上部に入部してきます。相変わらず熱心に練習する新二に、連もマイペースながらも次第に陸上に打ち込むようになります。前半は、3年生の引退試合の大会を目指して頑張る新二たちを描きます。今まで他人のことなど関係ないという態度の連が3年生最後のインターハイ予選に向けて思わぬ態度を示すのが感動です。また、三輪先生の意外な過去も感動を倍加させました。
 後半は、3年生からバトンタッチをした新二たちが、新しい体制のもとインターハイ目指して頑張る様子を描きます。新二にも恋心が芽生え、青春だなあと思ったところに、思わぬ事件が起きます。事件に直面した新二が果たしてどうなるのか、苦難を乗り越えることができるのかが第2部最大の見せ場です。
 いやぁ〜いいですね、こういう小説。僕自身高校生時代は体育系クラブではなく文化系クラブ。それも名前だけの幽霊部員で、実際のところ帰宅部でしたが、それでもこの作品を読んでいると高校時代が思い起こされて懐かしい気分になってしまいます。
 “スポーツ選手は爽やか”とよく言われます。そんな人間ばかりではないとは思うのですが(嫉妬も含めての意見です。)、この作品に登場する高校生は皆いいやつばかり。こんな高校生ばかりならクラブ活動も楽しいだろうなあ。さて、最後を飾る3は、いよいよ“ドン”です。ゴールはどうなるか、大いに楽しみです。
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一瞬の風になれ 3  ☆ 講談社
 3か月連続で刊行された「一瞬の風になれ」もいよいよ最後となりました。“イチニツイテ”“ヨーイ”ときてラストは当然のことながら“ドン”です。3では、インターハイ出場を目指して頑張る新二たちの関東大会までの道程を描きます。
 物語はクライマックス。新二たちも高校3年生となり、1年生には有望な新人が入ってきます。傍若無人な有望新人が部に争いの種をまき散らす中を、部長として奔走する新二。そして連はといえば、以前のちゃらんぽらんの態度が影を潜め、陸上に真剣に取り組むようになってきています。
 いや〜おもしろかったです。青春だなあ。主人公の新二や連ばかりでなく、他の陸上部員、根岸も溝井も入江も登場人物はみんないいヤツばかりです。最初は反発しながらも次第に心を通じ合って、最後には皆で何かをやり抜くというのは、直球ど真ん中の青春ストーリーです。新二と谷口との恋も盛り上がります。「いいなあ、青春って」と思ってしまいます。
 今回は、かなりのページが県の記録会から関東大会までのレースの描写に費やされています。執筆前に何年かの綿密な取材をして書いているだけあって、レースのシーンなど迫力がありますね。最後は中途半端な終わり方かなとも思ったのですが、あの終わり方の方が未来をいろいろ想像できて、かえって余韻が残りますね。本当に素敵な物語でした。
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しゃべれども しゃべれども  ☆ 新潮文庫
 とにかく、おもしろくて感動します。オススメです。文庫化されて6年たちますが、来年映画化されるということで増刷されたようですね。今年は「一瞬の風になれ」が評判を呼んだ佐藤さんですが、この作品は、それに負けず劣らず、というより僕としてはそれ以上おもしろかった作品でした。
 ひょんなことから、話すことが苦手な人たちのために、二ツ目の若手落語家が落語を教える集まりを作ったことから展開するおもしろおかしい、感動たっぷりの人間ドラマです。
 登場人物たちのキャラクターが個性的で、読んでいて彼らの人となりが鮮やかに目に浮かんできます。主人公の二ツ目の落語家今昔亭三つ葉、三つ葉のいとこで内気なテニスコーチの綾丸良、美人だが口数が少なく、話すとなったら攻撃的な若い女性十河五月、大阪から転校してきて阪神好きと関西弁がたたっていじめに遭っている小学生村林優、代打専門の一匹狼だった引退した野球選手湯河原太一。さらにはこれらの主要登場人物の周りにいる三つ葉の師匠の今昔亭小三文やお茶の師範をしている三つ葉の祖母たちもそろいそろって個性派揃いときているのですから、読んでいておもしろくないわけがありません。これだけ多くの人たちを生き生きと描くことができるのは佐藤さんの筆力でしょうか。
 人間関係がうまくいかなくなっていた4人だけでなく、落語に自信を失いかけていた三つ葉自身も、落語教室をとおしてそれぞれ次第に自信を取り戻していく様子が描かれます。クライマックスは、十河と村林が友人たちの前で催す「まんじゅうこわい」の東西対決です。一気に予定調和的なラストへとなだれ込みますが、わかっていながら心はすっきりし、とてもいい気持ちになれます。読後感最高です。
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明るい夜に出かけて  新潮社 
 「接触恐怖症」が原因で、ある出来事を起こした富山一志は、プライバシーをネット上で晒されたことで、大学を休学し、家を出て一人暮らしを始め、今はコンビニの深夜バイトをしている。彼は高校生の頃から深夜のラジオ番組に投稿を重ね、リスナーの間では有名な人物だったため、ネットでの晒しがより酷くなり、事件のあとは投稿もやめ、好きな毎週金曜日深夜のラジオ番組「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」などを聴くだけだった。そんなある日、彼の働くコンビニに「アルコ&ピースのオールナイトニッポン」で投稿ネタが最高とされたもののみに与えられるノベルティ・グッズの“カンバーバッ千”をリュックに2個も付けたハガキ職人の“紅色ギャランドウ”が現れたことから、彼の生活は大きく変わっていくことになる・・・。
 物語は、「接触恐怖症]で、かつ、「女性恐怖症」でもあった大学生の富山一志が、人との関わりを避ける生活から、やがて“紅色ギャランドウ”やコンビニのバイト仲間の鹿田、高校時代の同級生の永川と関わっていくことで前向きに生きていこうとするまでを描いていきます。
 富山が変わるきっかけとなる“紅色ギャランドウ”こと佐古田愛のキャラが強烈です。ピンクのジャージの上下に裸足で便所サンダルを履き、あちこちピンピンはねた中途半端な長さの髪の女子高校生なんてちょっと想像できません。でも、ある意味純粋な佐古田の行動が富山を変える大きな原因になります。
 作品中で描かれる深夜のラジオ番組といえば、高校生の頃、受験勉強をしながら電波状態の悪い中「オールナイトニッポン」や「セイヤング]を夢中で聴いていたものです。あのときは谷村新司さんとばんばひろふみさんの「セイヤング」が最高に面白かったなあと、ついつい昔を振り返ってしまいました。
 パーソナリティとして登場する“アルコ&ピース”のことは残念ながら存在すら知らなかったし、もちろん彼らの「オールナイトニッポン」も聴いたことがありません。なので、富山の生活の中で重要な位置づけをされており、彼にとっては神ともいうべき存在のお笑いコンビですが、富山の思いを身近に感じることができませんでした。“アルコ&ビース”と彼らの「オールナイトニッポン」を聴いたことがあれば、もっと作品を楽しめたのかもしれません。

※それにしても、昔はパーソナルティとの間の橋渡しはハガキかもしくは電話でしたが、今では即応性のあるメールなんですね。それだけでも、やはり時代は変わりました。 
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いつの空にも星が出ていた  講談社 
 作品は冒頭の短編と3編の中編が収録されていますが、どの作品も今の横浜ベイスターズのその時々の球団の様子をバックにファンである登場人物たちの人生を描いており、これはもうホエールズファンのための作品といっても過言ではありません。
 冒頭の「レフトスタンド」は、囲碁同好会の3人の部員が突然顧問の教師に「大洋ホエールズ」の試合に連れていかれるというこの作品集の中で一番短い作品です。このときはまだ大洋漁業(今の「マルハニチロ」)が所有していた頃の「大洋ホエールズ」ですね。
 「パレード」は、ベイスターズが大好きな宏太と彼を好きになった高校三年生の美咲との恋物語が描かれます。舞台となるのは1997年からベイスターズが西武を破って優勝した1998年の2年間。ベイスターズファンにとってはたまらない年だったでしょうね。
 「ストラックアウト」は、ベイスターズファンの町の電器屋の息子である良太郎と、良太郎が家の管理を兼ねて借りることになった家の老夫婦のちゃらんぽらんの息子との同居生活が描かれます。
 「ダブルヘッダー」は、ベイスターズファンで野球少年である小学生の光希と町の食堂を営む父親との親子関係とともに、ベイスターズに熱狂し過ぎて家を出て行って交流のなかった父方の祖父の元への旅が描かれます。
 大洋ホエールズ時代から大魔神・佐々木がいてセリーグ優勝をしたとき、更にCSを勝ち抜いてソフトバンクと対戦する最近までのベイスターズの歴史が語られていくため、ベイスターズファンの読者にとっては読んでいて楽しかったでしょう。ただ、ファンでない読者にとっては、選手たちのことを語られても何のことやらで、登場人物たちの熱狂ぶりに逆に冷めてしまうかもしれません。 
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