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佐藤究の本棚

  1. QJKJQ 
  2. テスカポリトカ
  3. 爆発物処理班の遭遇したスピン

QJKJQ  講談社 
  第62回江戸川乱歩賞受賞作です。
 「QJKJQ」という、まったく内容を想像させない題名で、これだけ見ただけではミステリ作品とも思えず、内容に関わりのある題名ではあるものの、逆に損しているような気がします。
 主人公、市野亜李亜は、17歳の女子高生。住宅販売員をしている父は自由を奪った相手の腕に針を刺し、チューブで繋いでその先を犠牲者の口に突っ込んで自らの血を飲ませ、母はバーベル用のシャフトで男の頭を殴り、兄は鋼で作られたマウスピースで女の喉を咬みちぎり、そして亜李亜自身は鹿の角を鋭利にしたナイフで男を刺し殺すという、家族全員が猟奇殺人鬼という設定にびっくりです。   ある日、亜李亜は兄の部屋で兄がめった刺しにされ、ハンガーラックから吊されて死んでいるのを発見する。慌てて、父親を呼びに行き、戻ったときには兄の死体は忽然と消え、犯行の痕跡すらまったく残っていなかった。その後、今度は母親の姿が家から消える。果たして、亜李亜の周囲で何か起きているのか・・・。外部からの侵入の跡はなく、亜李亜は父親がやったのではないかと疑い、家を出る。やがて、真実を調査するうちに、自分の戸籍や住民票が閲覧禁止になっている事実を知る・・・。
 ミステリ好きの人なら、兄の死体の消失や母の失踪の原因は想像できてしまうかもしれません。特に冒頭から家族全員がシリアルキラーという江戸川乱歩賞受賞作品としてはとんでもなく特異な設定に、疑いの目を持って読み進むでしょうから。亜李亜のアイデンティティーが問題になってくることにより、次第に頭の中でぼんやりとしていたものが、明らかになっていきます。
 猟奇殺人犯たちの犯行の描写はおぞましいものがあり、これは凄いなあと思いながら読んでいきましたが、それはともかくとして、帯に有栖川有栖さんの「これは平成の「ドグラ・マグラ」だ」とあって、日本探偵小説三大奇書のひとつに数えられている「ドグラ・マグラ」と同じなら読み終えることができるかなあと心配だったのですが、 非常に読みやすい文章でいっき読みでした。冒頭のシーンがどう繋がってくるといった点など、張られた伏線が見事に回収され、意外におもしろく読むことができました。
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テスカポリトカ  ☆  角川書店 
 第165回直木賞受賞作です。直木賞受賞作にして、ここまで凄惨な暴力描写のある作品を知りません。中南米の麻薬カルテルというのは恐ろしいですねえ。
 メキシコの麻薬密売カルテルの一大勢力であったロス・カサソラスは、対立するドゴ・カルテルからの攻撃を受け、4人兄弟のうち3人が死亡、3番目のバルミロ・カサソラだけが敵の追撃を振り切って逃げる。南アメリカからスペイン、そしてインドネシアのジャカルタへと逃亡してきたバルミロは、そこで日本人の臓器ブローカーであり、元心臓外科医の末永と知り合う。やがて、二人は日本に向かい、暴力団と組んで、虐待されている子どもを保護するという名目で日本人の子どもを引き取り、その子どもの臓器を移植手術を待っている海外の金持ちたちに売るビジネスを始める。一方、メキシコ人の母、日本人の暴力団員の父を持つコシモは、13歳のとき、すでに188センチの巨漢であったが、彼を殺そうとした父と錯乱した母を殺害し少年院へと送られる。少年院を出所したコシモはナイフ職人のパブロの下で腕を磨く・・・。
 題名の「テスカトリポカ」は、アステカの神の名前だそうです。これを信仰するバルミロの祖母のキャラが強烈。殺害された息子の胸を切り裂いて心臓を取り出して神に捧げるなんて、彼らにとっては信仰の儀式なんでしょうが、私たちからすると理解ができません。こんな異常な祖母に育てられれば、バルミロらのような異常な男たちが育っていくのもさもありなんですね。
 南米の麻薬密売人、バルミロ・カサソラの逃亡の話と日本でのメキシコ人の母と日本人の父との間に生まれた青年、コシモの話がどこで繋がってくるのかと思ったら、それを繋ぐのは“家族”というキーワード。アステカの神の下で強く結ばれた家族を失った男と、両親からネグレクトと暴力を受けることによって家族の温かさを知らなかった少年が、やがて“家族”として繋がっていきます。でも、このコシモという青年があまりに痛ましい。読み書きがまったくできないため友達もできず、やがて学校にも通わなくなり、高身長でバスケットをするのが好きなのに選手になるなんて夢にも思えず、また、手先が器用で、いったんはカスタムナイフの職人のもとで才能を開花させたのに。結局はバルミロによって殺し屋にさせられてしまうなんて、悲惨としかいいようがない運命を辿ります。でも、ラストは・・・。 
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爆発物処理班の遭遇したスピン  ☆  講談社 
 8編が収録された短編集です。SFからホラーテイストの作品まで様々なジャンルの作品が収録されています。
 表題作である冒頭の「爆弾処理班の遭遇したスピン」は、鹿児島市内の小学校に爆弾を仕掛けたとの電話があり、県警の爆発物処理班が出動、無事解除したと思ったとたん爆発し、処理班の一人が大けがを負ってしまうところから物語は始まります。時を置かずに今度は市内のホテルのリラクゼーションルームの酸素カプセルに爆弾を仕掛けたとの電話が入り、処理班が出動する。カプセルの中には睡眠中の官僚がいて、カバーを開ければ爆発するという。一方、同時刻に沖縄の米軍基地にも爆弾が仕掛けられていることが判明する。果たして犯人の目的は・・・。
 二つの爆弾事件を繋ぐのは量子力学ということで、物語内で量子力学のことが素人である警察官にもわかるように説明されてはいるのですが、正直のところ理解できず。また、2つの爆弾が量子力学によってどちらかが爆発するというのですが、そのどちらかが爆発するということが、国家間の関係にも影響を及ぼすという非常に難しいストーリーでした。
 「ジェリーウォーカー」は“怪物もの”のB級映画のような話です。CGクリエイターのピート・スタニックは独創的な造形で世界に知られていたが、彼の生み出したクリーチャーは実は彼の想像の産物ではなく、友人と秘かに作っていたキメラをモデルにしたものだった。ある日、そのキメラが友人を殺害し逃走してしまう・・・。自分の犯した禁忌の結果が自分に降りかかってくるという話です。
 「シヴィル・ライツ」は一転して日本のヤクザの時代遅れの指詰めの話です。指詰めをカミツキガメにさせるということ自体異様ですが、それ以上にラストの白滝の行動も恐ろしい。
 「猿人マグラ」は夢野久作の「ドグラマグラ」にオマージュを捧げたもののようです。「マグラにされてしまう」という都市伝説を辿ったところ、一人の男の狂気にたどり着くという話です。
 「スマイルヘッズ」はシリアル・キラーの描くアートの収集コレクターの話です。長年探していたシリアル・キラーのアートを売りたいというメールでアメリカに売主を訪ねていった先でのコレクターの悪夢が描かれます。。
 「ボイルド・オクトパス」は退職刑事のその後の生活を取材するライターが取材対象であるサンフランシスコ市警の刑事だった男を訪ねていって恐怖の体験をすることになる話です。
 「九三式」は古本屋で見つけた江戸川乱歩の本を買う金が欲しくて、米軍関係の仕事をすることになった男が現場で目にしたものに驚愕してあることを決意する話です。果たして、彼が見たものは彼の幻覚又は妄想だったのかどうか。九三式は、拳銃の型式かと思ったのですが・・・。
 「くぎ」は保護観察処分となり塗装会社に勤めることとなった男が、塗装の仕事で出かけた家の家人の様子を不審に思い、夜確かめに出かけていくと、そこには・・・、という話です。他の話と異なり、ラストはホッとする話でしたが、この後、彼はくぎを使ったのでしょうか。そこが気になります。 
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