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佐藤正午の本棚

  1. ジャンプ
  2. 永遠の1/2
  3. リボルバー
  4. アンダーリポート
  5. 身の上話
  6. 鳩の撃退法
  7. 月の満ち欠け
  8. 冬に子供が生まれる

ジャンプ  ☆ 光文社
 恋人に連れられていったカクテル・バーで奇妙な名前のカクテルを飲んで酩酊した主人公は恋人と恋人のマンションに向かう。しかし、恋人はマンションの入り口でリンゴを買いに行くといったまま姿を消してしまう。ミステリー仕立てではあるが、れっきとした恋愛物である。男としてこの物語のとおりに恋人が消えてしまったらどうするのか。また、その理由が分かったときに、その事実を受けいれることができるのか。たぶん、僕はこんなに探さないけど、理由をあれこれ考えて悩んでしまうのだろう。そしてその事実は許すことはできないだろうな。
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Y  ☆ 角川書店
 ある青年がかねてから思いを寄せていた女性と電車の中で知り合うチャンスを得たが、電車が駅に着いたとき、下車をするはずが彼女はまた電車に乗り込んでしまう。数分後駅を出発した電車は大きな事故に見舞われる。この物語はその瞬間を後悔し、再度やり直せたら考えた男の物語である。
 Yという題名は、分かれ道、分岐点を表しているのだろう。誰でもやはり人生の分かれ道というのはあるだろう。あ~あ、あの時ああしていればと考えることは多い。人ってそうやって後悔ばかりしながら生きているのだろう。それとも、そんな後悔ばかりしているのは僕だけだろうか。そんな後悔の中でも一番思うのは異性とのことだ。あの時、もし彼女に好きだと言うことができたらとか、あの時、もし彼女が帰るというのを無理にでも引き止めていたらとか、あの時もし・・・と思うことは多い。でも、今こうして生きている人生も一つの選択の結果なんだから、納得しなければいけないのだろうが、人間というのは欲が深いものだ。なかなか割り切れない・・・
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永遠の1/2  ☆ 集英社文庫
 仕事を辞めて失業保険で暮らしている主人公田村。退職の翌日には婚約者に去られ、再就職もせずに競輪三昧の生活をしていたが、ある日、競輪場の接待所で働く良子とつきあい始めるようになる。
 そんな頃、田村は人違いをされるようになる。自分と似た男が同じ町にいるらしい。その男に間違えられて殴られたり、プロレスラーもどきの男に脅されたりと大変な目に遭う。そのうえ、その男は、妻を捨てて女と逃げ出したり、女子高校生とつきあって捨てたりと女癖が悪いらしい。

 第7回すばる文学賞受賞作で、佐藤正午さんのデビュー作です。ハードカバーが出版されたときに読みましたが、今回20年ぶりに文庫本にて再読しました。物語の中では主人公が野球好きということから、野球中継を聞いている場面が出てきますが、そこでは長嶋が巨人の監督で、怪物江川がすったもんだのあげく巨人へ入団して2年目という、遙か昔の時代が舞台です。
物語は田村と良子の話が淡々と語られていきますが、二人の生活に田村に似た男が関わることによって、普通の男と女の日常に波風が立っていきます。果たして田村と田村にそっくりな男は出会うのか、ちょっとミステリっぽい雰囲気が漂う作品となっています。
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5  ☆ 角川書店
 「ジャンプ」以来7年ぶりの長編です。それにしても「5」とは変わった題名です。それも“ファイブ”ではなく“ご”と読むそうですから、単純といえば単純な題名ですが、逆になんだかわからない題名だというのが手に取ったときの感想でした。
 今回は超能力の話です。超能力と言わざるを得ない不思議な能力を持った女性がいる。なんでもすぐに記憶してしまうという記憶術。そして、彼女と片手を合わせることによって、彼女が持っている能力が相手に受け渡されるという。物語は妻への愛を失った男、中志郎が海外旅行先のバリで超能力を持つ女性、石橋に出会うところから始まる。彼は、故障して止まったエレベーターの暗闇の中で彼女と手を合わせたことによって、妻を愛していた記憶が甦る。(この片手を合わせるのが5本の指ということから、題名の「5」ということに繋がるようです。)
 主人公の作家津田伸一は、本当に嫌な人物です。この男をどう捉えるかによって、この作品の好き嫌いが出てくるのではないでしょうか。出会い系サイトで知り合った人妻たちとの奔放な付き合い。ハードボイルド探偵でもあるまいに、聞いていると歯が浮くようなセリフを平気で言います。「必ずさめるもののことをスープと呼び愛と呼ぶ。」「必ず消えるもののことを虹と呼び人の記憶と呼ぶ」「時間は無駄には過ぎていかないと思うよ。人が時間を無為に過ごすことはあっても。」・・・。こんな言葉を向かって言われておとなしく聞いていられますかねえ。僕だったら、間違いなく鼻持ちならないヤツだと、友人になりたいとは思わないでしょう。
 しかし、そんな嫌な登場人物が出てくるのに、不思議とページを捲る手は止まりませんでした。これは佐藤さんの文章のリーダヴィリティの高さにあるのでしょうね。愛の記憶というのも、中志郎のその後を見ると結局何だったのだろうと今では思うのですが、佐藤さんの語りのうまさに読んでいるときはすっかり引き込まれていました。
 ※内容とは別に、知っている町が出てくるのはうれしい。 
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リボルバー 光文社文庫
 拳銃強奪犯が捨てた拳銃を拾った吉川少年。彼は自分を理不尽な暴力で傷つけた男に仕返しをするために彼を追って北海道へと向かう。一方、拳銃を奪われ警官を辞めた清水は、少年が拳銃を持っていることを知り、少年を追って北海道に向かう。彼と行動を共にするのは少年のガールフレンド直子。そんな三人とは別に競馬場で知り合った二人の男蜂矢と永井は蜂矢の恋する女性の誕生日にライラックの花を送るために、ライラックを求めて北海道に向かう。
 理不尽な暴力に痛めつけられた吉川少年は、暴力をふるった相手の男に対してだけでなく、何もできなかった自分自身に怒りを感じているんですね。通常はそんな怒りも時間の経過の中で忘れていくのでしょうが、相手の暴力より力の強い拳銃を入手したことにより、怒りを暴力をふるった男に向けることになるのも、若い頃だったら「気持ちわかるよなあ。」と思ったことでしょう。
 それにしても、蜂矢と永井のふたりの男がこの作品の中でどんな位置を占めるのか最後までわかりませんでした。蜂矢たちが吉川少年や清水に関わるのはほんの少しのことですし。吉川少年と清水の物語だけでよかったのではないかと思うのですが。
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アンダーリポート 集英社
(ネタバレあり)
 検察事務官の主人公が15年前に隣室の住人の殺人事件を、被害者の娘の訪問をきっかけに振り返っていく物語です。主人公の性格にもよるのでしょうか、物語は淡々と語られ、盛り上がりというものも感じられずに終わります。真相もはっきりとはせず、主人公の推理が語られ、あとは読者がどう思うかに委されています。そんなところも強い印象を残さない理由でもあるでしょう。したがって、ミステリとしての謎解きというよりは、主人公が推理したとおりだったとしたら、二人の女性はどんな気持ちでそれを行い、そしてどんな気持ちでこれまで生きてきたのかを考える方に重点があるのかもしれません。そして何といっても、主人公がいなければ二人の女性が出会うことはなく、そして事件も起きることはなかっただろう中での主人公の思いを描くことに物語の中心があったのでしょうか。
 冒頭の書き出しはハードボイルド風。何も説明もされずに物語は進んでいきます。ラスト、最終章に至って第1章に戻るという、このあたり、さすが佐藤さん、うまいですねえ。盛り上がりもなく、何だかよくわからないうちに、その語り口に物語の中にぐいぐい引き込まれていきます。

※ それにしても、あの主人公の無神経さには苦言です。いくら自分は何とも思っていないといっても、そしてどんな事情があるにせよ、恋人がいるのに人妻を自分の部屋に上げてはまずいでしょう。女心がわからない男ですね。
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身の上話  ☆ 光文社
 物語は、最初から最後まで主人公ミチルの夫を名乗る男の独白で構成されます。
 ある地方都市で書店員をしていたミチルという女性が、昼休みに外出し、そのまま失踪します。結局、失踪の理由は不倫相手を追って東京に出たことにあったのですが、高額宝くじの当選というとんでもない出来事が彼女を思わぬ事件に巻き込んでいきます。
 ミチルの行動に対して共感がまったくもてません(宝くじの当選金を独り占めしようとする心理はわからないでもありませんが。)。登場人物に共感がもてないとなると通常は物語の中にのめり込むことはありません。でも、ページを繰る手が止まらなかったのは、あたかもミチルの行動をその場で見ていたかのような夫の語りの見事さのせいでしょうか。
 このミチルという女性、いい歳をして、やることがまるで子どもです。自分の起こす行動が周りの人にどんな迷惑をかけるのかということも想像できず、思うまま行動してしまいます。読んでいて、なんだこの女は!とイライラしてきてしまいました。糸の切れた凧のようにフラフラと行動してしまう女が(もちろん男であってもですが)、部下や同僚、ましてや恋人だったらたまりません。
 こんなミチルの性格が彼女を事件に巻き込む理由になっていたのは間違いのないところです。いや、巻き込まれたというより、彼女自身が引き起こしたといっていい部分も大きかったのではないでしょうか。
 読み始める前には、まさかこの作品がミステリ的な展開になるとは思いもしませんでした。そもそも語り手の夫とは誰なのかもラスト近くまで明らかになりません。その夫が誰に向かって、何のためにミチルの身の上を語っているのかがわかるラストは重いです。
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鳩の撃退法 上・下  ☆ 小学館
 物語の主人公は、佐藤さんが以前書かれた「5」の登場人物であった津田伸一。この物語は自分が関わりを持った事件をきっかけに再び小説を書き始めた津田の作品という入れ子構造のようなかたちで進んでいきます。
 かつて賞を取ったこともある作家であった津田は、過去のトラブルで仕事を干され、地方で(ここは佐藤さんが住む佐世保がモデルになっていそうな感じです)派遣型風俗店の運転手となって生活していた。物語は津田がドーナツショップで相席となって、たった一度だけ言葉を交わした男が突然妻と幼い子どもと一緒に失踪したことから始まる。その後、顔なじみにしていた古書店の店主が死に際して津田に残したキャリーバックの中に入っていた札束が、津田を事件の渦中に巻き込んでいく・・・。
 「5」のストーリーは忘れてしまいましたが、自分が書いた感想を読むと津田のことは気障なセリフを平気で言う鼻持ちならないやつ、友だちにはなりたくないと評しています。それはこの作品でも同じです。人を馬鹿にしたような口調にイラッとしてしまうのは作品中でも彼と話をする人が誰でも感じるのですが、なぜかそんな彼でも男女の仲になってしまうという女性がいるのが信じられません。
 作品の中で描かれるのは家族の失踪事件(殺人事件かも)、そしてキャリーバックの中に入っていた現金を巡り世間の裏側で生きる男が登場するという深刻な事態を描いているにも関わらず、津田のとぼけた口調が物語全体に奇妙なユーモアの味付けをしており、さくさく読むことができます。
 家族3人の失踪事件の真相はどうなるのか、同時期に姿を消したデリヘル嬢とその恋人であった郵便局員はどうなったのか、キャリーバックの現金を店主はどこから手に入れたのか、“本通り裏の男”と呼ばれる倉田とはいったい何者なのか、そもそも“鳩”とは何なのか等々様々な謎にラストはどうなるのだろうとページを繰る手が止まりませんでした。
 主人公の津田にはまったく感情移入ができませんでしたが、佐藤さんの文章力でしょうか、ストーリーの中に引き込まれて上下2巻約1000ページを投げ出さずに読むことができる作品です。おススメです。
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月の満ち欠け  ☆   岩波書店 
 第157回直木賞受賞作です。ひとことで言えば、生まれ変わりを描いたストーリーです。
 青森の八戸から新幹線で出てきた小山内が、緑坂ゆいとその娘・るりに出会って再び新幹線で八戸に戻るまでの3時間弱の時間の中で、30数年という時の流れが語られます。
 生まれ変わりの物語となると、SFかファンタジー、あるいはヘタをするとトンデモ本になるのでしょうが、佐藤さんは荒唐無稽な話を普通の物語として読ませます。このあたりは佐藤さんの筆力のなせるところでしょう。
 好きな男に再び出会うために生まれ変わる“瑠璃”という女性(女の子)に関わる恋人、夫、父親という立場の異なる三人の男の思いがそれぞれで、興味深く読むことができました。
 ラストで小山内が「もしかしたら」と考えるところは、ちょっとミステリー的な側面もあり、結末としても面白いと唸ってしまいます。うまいなぁ~佐藤さん。
 最初に三角と瑠璃の恋が始まった時代が1970年代後半ということで、二人の間に交わされる映画の話の中に僕も大好きな映画である「天国から来たチャンピオン」のことやその出演女優であるジュリー・クリスティのことが登場します。これだけで、この作品に惹かれてしまいました。 
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冬に子供が生まれる  ☆  小学館 
 冒頭、何者かからマルユウのスマホに送られてきた「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」というメッセージから話は始まりま
す。何とも不思議な、佐藤さんらしいといえば佐藤さんらしい作品でした。
 物語の中心になるのは同じ丸田という姓を持つ丸田優と丸田誠一郎、そして小学校のときに彼らのクラスに転校してきた佐渡理。一卵性双生児のように雰囲気の似ていた丸田優と丸田誠一郎を佐渡はマルユウとマルセイと呼ぶようになります。小学生の頃UFOを見たということから「UFOの子供たち」と言われた3人は、それから10年後の高校卒業前、記者の依頼でかつてUFOを見たという天神山に向かう途中、彼ら3人を除く記者ら2人が亡くなるという事故に遭い、そこから彼らの人生は大きく変わってきます。
 物語はマルユウに送られてきたメッセージの後に、佐渡がマルセイの訃報の連絡を受け、告別式に出た際に同級生たちは亡くなったのがマルセイなのにマルユウと呼んで話をすることに気づきます。同級生の記憶の中ではマルユウとマルセイがひっくり返っているのです。これがUFOの話と、大学入学の時以来二人が変わってしまったという事実から、読者は、二人に人格の入れ替わりがあったのではと思い、読み進んでいくことになります。
 なぜマルセイは自殺をしたのか。結婚した真秀が自分の中にマルユウを見ていると考えたのか。そしてそのことに絶望したのか。それともメジャーになっているバンド仲間のことを見て、今更ながら後悔の念が生まれてきたのか、その辺り、よくわかりませんでした。そのほかに自殺する理由なんてあったのでしょうか。
 ラスト、マルユウたちがUFOを見たという天神山でかつての教師の杉森が体験したことはまさしくSFですね。先が気になりいっき読みでしたが、結局よくわからないラストでした。消化不良、誰かはっきりさせてほしい。 
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