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佐々木譲の本棚

  1. 制服捜査
  2. 笑う警官
  3. 警察庁から来た男
  4. 警官の紋章
  5. 暴雪圏
  6. 廃墟に乞う
  7. 巡査の休日
  8. 密売人
  9. 警官の条件
  10. 地層捜査
  11. 人質
  12. 警官の血 上・下
  13. 憂いなき街
  14. 代官山コールドケース
  15. 犬の掟
  16. 沈黙法廷
  17. 真夏の雷管
  18. 抵抗都市
  19. 図書館の子
  20. 降るがいい
  21. 雪に撃つ
  22. 帝国の弔砲
  23. 偽装同盟
  24. 裂けた明日
  25. 闇の聖域
  26. 樹林の罠
  27. 時を追う者
  28. 警官の酒場

制服捜査  ☆ 新潮社
 昨年の「このミス」で第2位にランクインした連作短編集です。
 警察官による不祥事に端を発した警察組織の見直しにより、強行犯担当の刑事から地方の町の交番勤務へと異動(飛ばされた?)となった川久保。この連作集で描かれるのは、慣れない交番勤務の警官の職務を全うしようとする川久保の前に立ちはだかるのは、事なかれ主義の所轄署の刑事や田舎町の閉鎖性です。
 交番のお巡りさんといえば、田舎ではいわゆる有力者の一人です。町の行事には必ず町村長さんと肩を並べて出席しますよね。そんな地域が望むのは、地域から犯罪者を出さないで、なあなあで済ませてもらいたいということ。こうした本人の意識と周囲とのズレがこの連作集の根底に流れています。
 第1話の「逸脱」は、駐在所勤務となった主人公川久保の初めての事件です。男子高校生が一晩家に帰らないという単純な事件と思ったところ、翌日に遺体となって発見されます。遺体に残された不自然な痕跡から事件性を感じ、所轄の刑事に進言する川久保の言葉は無視され、所轄の交通係は交通事故として処理します。ラストで語られる事実は、ストレートに描いてはいませんが、衝撃的です。この作品集の中では一番印象的な作品といえます。
 最後の「仮装祭」は、この作品集の中では中編ともいっていい長さの作品です。この作品では、13年前に町で起きた少女誘拐事件の真実が明らかにされるとともに、「犯罪発生率、管内最低」の健全な田舎町の隠された姿が明らかとなります。
 駐在所のお巡りさんにそこまでできるかと思いもしますが、そこは元強行犯刑事だったという設定が生きてくるのでしょう。なかなか読み応えのある作品でした。
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笑う警官  ☆ ハルキ文庫
 裏金問題に端を発した一人の警官の不祥事によって、北海道警では一つの部署に長くいた警官は異動の対象となり、その結果大幅異動によって各部署ともベテラン捜査官がいないという状況となっていた。そんな中で警察がアジトとして確保しているマンションの一室で女性が殺害され、その女性が警官であることが判明すると、所轄署は事件から遠ざけられ、本部が事件を担当することになる。その後被害者が交際していた津久井巡査部長が秘密裏に指名手配され、射殺命令が出される。彼は、翌日道議会で警察の裏金問題について証言を求められることになっていた。射殺命令の裏に謀略を感じとった所轄の佐伯警部補は、思いを同じくする仲間と事件の真相を明らかにすることを決意する。彼らに残された時間は翌朝まで。
 限られた時間内で無実を明らかにするというストーリーはよくありますが、やはりわくわくどきどきですよね。組織を守るために射殺も辞さないという本部に対し、正義を貫こうとする佐伯たち。かっこいいですよね。組織に対し、それぞれのスペシャリストたちが対抗していく姿には憧れてしまいます。
 この物語は、実際に起きた北海道警の事件を下敷きに書かれたようです。それにしても、組織を守るためには非合法なことも辞さないということまで事実を下敷きにしているのでは怖ろしいですが、佐々木さんのリーダビリティにそこまでも事実のように思わせられてしまいます。
 佐々木作品では、今年「制服捜査」を読みましたが、この作品は、それに先行する警察小説です。題名の「笑う警官」といえば、スウェーデンの作家、マイ・シューヴァルとペール・ヴァールの警察小説マルティン・ベックシリーズの1作を思い浮かべてしまいますが、単行本で発売された際は題名は「うたう警官」だったそうです。意味がわかりにくいということから改題されたそうですが、内容からすると「うたう警官」の方がぴったりだと思うのですが。
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警察庁から来た男  ☆ ハルキ文庫
 「笑う警官」(ハードカバーでは「うたう警官」)に続く北海道警を舞台にしたシリーズ第2弾です。
 北海道警に特別監察が入り、警察庁からキャリア監察官の藤川がやってくる。監察の理由は、ススキノを舞台に警察と暴力団との癒着があるのではないかというもの。
 今回も前作に登場した佐伯、新宮、津久井、そして紅一点の小島百合も再登場し、北海道警の中に巣くう悪を追いつめていきます。
 正義感溢れた佐伯と津久井もいいですが、かわいい女性につい目がいってしまうという人間臭い一面も持つ若手の新宮のキャラがいいですね。剣道の有段者で美人、そのうえ頭の切れる小島百合の動向は男性として気になるところです。
 物語の展開が早く、飽きることなく最後までいっきに読むことができます(次が気になってページを繰る手が止まらず、通勤バス、昼休み中とせっせと読んでしまいました。)。事件の詳細が語られず終わってしまったところが、不満といえば不満でしょうか。
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警官の紋章  ☆ 角川春樹事務所
 「笑う警官」「警察庁から来た男」に続く道警シリーズ第3弾です。今回も佐伯、津久井、小島、新宮は健在です。今までは縁の下の力持ち的存在だった小島百合が、得意のパソコンから離れて洞爺湖サミットを前にした警備の結団式に来る女性大臣のSPとして、前面に登場します。
 自殺した父親の復讐をするため勤務中に失踪した若手警官を追う津久井、以前捜査を止めさせられた盗難車輸出事件の真相を追う佐伯と、みんなで力を合わせて事件を解決ということではなく、それぞれが別の仕事をする中で、ある一つの事件へと向かっていく姿を描いていきます。そもそも部署が違うのですから「笑う警官」のように警察の組織に隠れて皆で行動するならともかく、いつも一緒に力を合わせてでは現実的ではありませんね。
 それにしても、第1作の「笑う警官」の思わせぶりなラストは、読んでいるこちらとしては、いささか消化不良だったのですが、今回の作品によってようやくすっきりとすることができました。佐々木さんが今回の続編の構想があって、第1作をああいう形で終わらせていたのであれば見事と言わざるを得ないし、そうでなかったとしても、第1作とのストーリーの整合性をここまで取るのはやはりすごいとしか言えません。
 ところで、小島が護衛する女性大臣は、どう考えても元テレビキャスターの某女性議員を想像してしまいますよね。
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暴雪圏 新潮社
 「制服捜査」に続く川久保巡査部長を主人公にした作品の第2弾です。北海道の警察を舞台にしていますが、佐々木さんの同じ北海道を舞台にする「笑う警官」等のいわゆる北海道警シリーズがチームによる事件解決という形をとっているのに対し、こちらは駐在所の警察官川久保巡査部長が一人で奮闘します。
 今回は前作のような連作短編集ではなく、一つの話となっています。といっても、川久保一人に焦点が当たるのではなく、何人もの登場人物それぞれが描かれる群像劇というスタイルをとっています。暴力団事務所に強盗に入った男、出会い系サイトで知り合った男との不倫から逃れようとする人妻、自分を暴行した義父のもとから逃げるために家出した女子高校生、勤務先の会社の金庫から金を奪った男等々どこかに逃げなければならない人々が行く手を塞がれて、あるペンションに集まります。
 雪が積もるとしても年1回くらいという場所に住んでいる身としては、北海道の吹雪というのは実感できませんし、ましてやこの作品に描かれる暴風雪などまったくわかりません。山ならともかく、市街地で立ち往生している人がいても救助に行くことができない雪というのは想像できません。そんな点が、それを知る人とこの作品に対する感じ方が違うかもしれませんが、それはともかくとして、ページを繰る手を止まらせないおもしろい作品でした。いっき読みです。
 ただ、一つ不満があるとすれば、群像劇として登場人物たちのそれぞれの物語が描かれるため、それだけでかなりのページ数になっており、その反面メインの事件である強盗殺人事件が解決するラストがあっという間でちょっとあっけなかったという印象が残ったところでしょうか。
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廃墟に乞う 文藝春秋
 このところの佐々木さんの警察小説と同じく舞台が北海道の6編からなる連作短編集です。最近オーストラリア人の居住が増えてきたといわれるニセコ、夕張に近いかつての炭鉱町、オホーツク沿岸の漁港、札幌、競走馬生産地の日高地方、帯広と北海道のそれぞれの土地で起こった事件が描かれていきます。
 ユニークなのは、ある事件によってPTSDになって休職中である北海道警捜査一課の仙道が、休職中に警察手帳も拳銃も持たずに事件を探っていくことです。休職中の警察官が探偵役なんて、新しい設定ですが、はっきりいって、休職中の警官が管轄区域外の事件にこれほど顔を突っ込むことができるのか疑問です。まあ、逆に休職中であるがゆえに管轄外の事件を捜査できるのかもしれませんし、作者の佐々木さんとしてはそれを狙っているかもしれませんね。そういう意味では警察小説というより、権力を持たない警察官が探偵の私立探偵小説といえます。ただ、やはり事件の関係者が、こんなに簡単に管轄外の知り合いの警官に事件の解決を依頼してくるのもあまり納得いかないところです。
 6編の中で一番面白かったのは、最後の「復帰する朝」です。かつて事件に協力してくれた女性からの依頼により、殺人事件の容疑者とされたその女性の妹の潔白を探っていく仙道を描いていきます。浮かび上がってくる真実は意外ですし、人間の内面の怖さを感じさせてくれます。表題作の「廃墟に乞う」は、仙道自身にとって辛いラストとなる作品です。このラストで仙道はPTSDが再発しなかったのかのでしょうか。
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巡査の休日  ☆ 角川春樹事務所
 北海道警シリーズ第4弾です。前作の「警官の紋章」で小島巡査が逮捕した強盗殺人犯・鎌田が病院から脱走して1年。彼が襲った女性・村瀬香里のもとに、脅迫メールが届きます。鎌田からと考えた警察は、小島を香里の護衛につかせます。
 作者のブログによると、「組織対現場警察官というテーマは第三作目で一応完結。この作品は、三作までの登場人物たちによる、いわば道警シリーズ第二シーズンの第一作目という位置づけ」だそうです。そのためか、今まで組織と戦っていた主人公・佐伯警部補は今回は脇役に回り、メインの話とは別のところで組織との戦いに自分なりの決着をつける様子が描かれています。
 代わって今回主役となるのは、小島百合巡査です。前作で国会議員のSPとなって活躍した小島が、今回も“婦警”ではなく“刑事”として大活躍です。フジテレビで放映していた「SP」の真木よう子さんという感じですね。佐伯と小島の仲もその後発展しているようには思えませんが、いい感じは続いているようです。ストーリーとは別に、二人の関係もファンとして気が揉むところです。
 各所に張られた伏線が最後にすべて回収されて事件が解決していきますが、ちょっと贅沢な事件解決となりました。佐伯が脇役に回ったために目立たなかった新宮も最後に思わぬ活躍になりましたし。
 このところ、佐伯たちは個別に事件に取り組んでいますが、またチームを組んで活躍してもらいたいです。今後第二シリーズはどういう形になっていくのでしょうか、気になります。やはり、佐々木さんの警察小説はおもしろい。
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密売人 角川春樹事務所
 北海道警シリーズ第5弾です。シリーズは10冊の予定だそうなので、ちょうど折り返し点にきました。
 10月の北海道で同時期に3つの死体が発見される。津久井は機動捜査隊の遊軍として、ダムの近くで発見された焼死体の事件を追っていた。一方、小島巡査は、幼児連れ去り事件を追っていたが、親が連れて行ったことがわかり、事件性はなくなったものの、不穏な様子に親子の動向を探ろうとする。彼らから事件のことを聞いた佐伯は、死体となった者が警察の協力者であったこと、姿を隠した親子の父親が自分の協力者であることから、警察の協力者が狙われているのではないかと、捜査を始める。
 このところ、なかなか協力して捜査をするということのなかった佐伯たちが、今回は力を合わせて悪に立ち向かいます。シリーズの特徴としては、第1作目で描かれていたように、警察という巨大な組織に対し、それぞれでは力が及ばない個々の警官が協力して対抗していくところにあります。「組織対現場警察官」という図式は第3作目で一応区切りが付いたようですが、今回もまだ道警の事件の余韻は残っているようです。
 実力がありながらも組織に反抗したために、組織の中枢から外された男たちが、その中でも腐らずにその場所なりに力を発揮しているところが読んでいて爽快です。リーダーとしての佐伯、片腕となる津久井、紅―点の小島、そして若手でどこかつかみ所のない新宮といった具合に、それぞれの個性がはっきり書き分けられていて、集まると力を発揮する見事なチームワークとなっています。安心して読むことができるのですが、折り返しを過ぎた次の1作は、新たな展開になることを期待したいです。
 それにしても、佐伯と小島の関係がなかなか進まず、気を採むファンも多いことでしょうね。
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警官の条件  ☆ 新潮社
 2008年版の“このミス"で第1位になった三代に亘る警察官の親子を描いた「警官の血」の続編です。
 「警官の血」を読んでいなくても(かくいう僕がそうですが)、十分楽しく読むことができます。でも、できれば、読んでおいたほうが、少なくとも第三部の「和也」の章だけでも読んでおいたほうがより楽しめたのかなという気がします。
 警務課からの命令で上司の加賀谷を内偵していた安城は、加賀谷の覚醒剤所持を警務課に報告し、そのため加賀谷は依願退職の形で警察を辞めることとなる。それから9年後、安城は警部に昇任し、組織犯罪対策部の係長に抜擢される。そうした中、覚醒剤取引の動きがおかしいということで、部全体が全容解明に動く中、潜入捜査をしようとした部下の正体がばれ、大けがを負うとともに、同じく潜入捜査をしていた他係の捜査員が殺される。加賀谷の裏社会との情報収集能力を欲した警察上層部は、加賀谷に警察への復帰を働きかけ、加賀谷は捜査員の殺害事件をきっかけに警察に復帰する。
 警察内部の功名心の争い、復帰した加賀谷と安城との間はどうなるのか興味津々の序盤がスタートします。前作の「警官の血」は、父と息子、文学のテーマとしての「父殺し」をテーマにしていましたが、今回も、佐々木さんのインタビューによると、加賀谷と安城という“擬制の父と息子”でこのテーマを描きたかったそうです。法に忠実であろうとする安城と法をはみ出してもより大きな悪を追おうとする加賀谷、果たしてラストどうなるのか気になってページを繰る手が止まりませんでした。ラストはいいですよ。泣かせます。
 覚醒剤所持容疑のかかった元アイドルが姿を消した、誰もが頭に思い浮かべる現実の事件が物語の中にも登場します。そういう点では読者は物語の中に入っていきやすいですね。
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地層捜査 文藝春秋
 アメリカのテレビドラマで永らく未解決になっている事件(コールドケース)を扱う捜査官の話がありましたが、今回佐々木さんが新たなシリーズとして手がけることとなったのは、日本版「コールドケース」です。
 日本でも刑事訴訟法の改正により、公訴時効が撤廃され、改正後の2010年4月以降に起こった事件だけでなく、その時点で時効を迎えていなかった事件については、時効というものがなくなりました。そのため、建前上はいつまでも捜査が続けられますが、実際刑事の人数にも限りはあるでしょうし、すべての未解決事件について専属の刑事を置いて捜査を続けていくということはたぶんできないでしょう。この作品も、たまたま警察に影響力を持つ有力者からの依頼があり、さらにたまたま上司に意見して謹慎を喰らっていた刑事がいたという状況が重なったために捜査が始められたという設定になっています。
 捜査が始められた事件は15年前に起きた元芸妓の老女刺殺事件です。当時、まだバブルの余韻が残っていた時代で、土地を所有していたことから土地取引に絡んだ暴力団員による事件として捜査がされましたが、未解決となった事件です。捜査を担当することとなったのは、キャリアに楯突いて謹慎となっていた水戸部と警察を退職し、相談員となった加納の二人。時間の経過により新たに浮かんできた事情等から、事件の姿を組み立て直していくことにより、真相に迫っていきます。
 でも、捜査開始段階では大量の人員が投入され、それでも未解決になったものが、たった二人の捜査で解決するというのは、小説としてはおもしろく読むことができますが、現実的かと考えると、実際はそううまくはいかないでしょうね。
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人質 角川春樹事務所
 北海道警シリーズ第6弾です。
 小島百合が友人と待ち合わせたピアノ・バーに二人の男が入ってきて、居合わせた客を人質に、自分はかつて富山県で起きた冤罪事件で犯人とされた者であり、当時の富山県警本部長、現警察庁刑事局長に対し、ピアノ演奏者として店にいた局長の娘を通し、謝罪を要求する。
 物語は、事件発生前にある国会議員のもとに、裏金問題を暴露するという脅迫があったことを描いており、読者に対しては、人質事件と脅迫事件が何らかの繋がりがあることを最初から明らかにしているので、読んでいても驚きの展開というものがありません。そのうえ、人質の中に国会議員の娘がいるとなれば、事件の様相が想像できてしまいます。
 機動捜査隊として直接事件に関わる津久井はともかく、小島百合の危機を知り、佐伯と新宮も現場にやってきて事件解決に尽力するというのはいつものパターンです。部署が異なる彼らがどうやって同じ事件に関わっていき、事件解決までに至るのかが佐々木さんの腕の見せ所ですが、今回はいまひとつでしょうか。だいたい一般人(店で待ち合わせた女性)を事件現場に連れて行く必然性が感じられませんでした。
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警官の血 上・下   新潮文庫
 第二次世界大戦後の昭和の時代から平成にかけて、親子三代にわたって警察官となった3人の男の警察官人生を描きます。
 2007年の日本冒険小説協会大賞を受賞したほか、受賞はしませんでしたが第138回直木賞の候補となり、「このミス」では国内編第1位を獲得しています。文庫化されたときに購入したものの、何年も積読状態でしたが、いざ読み始めたら、これがおもしろくて、上下巻をいっき読みでした。
 戦後直ぐに警官となった安城清二は、手柄を立て、希望どおり天王寺駐在所勤務となる。しかし、駐在所の隣の天王寺の五重の塔が火災になった際、姿を消したまま、翌日、跨線橋から落ちた死体となって発見される。息子の民雄は父の同僚の3人の警察官の援助を受けながら、父の跡を継ぎ警察官になる。しかし、駐在所の警官になることを希望した民雄が命じられたのは、正体を隠して大学に入学し、当時吹き荒れていた学生運動の動向を探ることだった。赤軍派の大菩薩峠事件の渦中にも身を投じる中で、自分を偽る生活から、民雄は次第に精神を病んでいく。治療をしていた施設で出会った女性と結婚し、ようやく駐在所勤務となったが、父の死の真相に関わるある事実を知った日、人質を助けようとして撃たれて殉職してしまう。孫の和也も父や祖父と同じように警察官となるが、希望とは異なり、彼に下された命令はある刑事の身辺調査だった。
 簡単にあらすじを書きましたが、物語は清二の時代の未解決のまま終わった「男娼殺害事件」と「国鉄職員殺害事件」や火災現場を離れて亡くなった清二の死の謎を引きずりながら、息子の民雄、孫の和也が、それぞれ自分の父や祖父の警察官としての背中を追い求めながら生きていく様子を描いていきます。特に、駐在所勤務を望みながら警官の正体を隠して過激派の動向を探るために身近な人まで騙さなければならず苦しむ民雄の章は、3人の中で一番読ませます。
 最後に語られる、上司をスパイするという役目を背負いながら、警察組織の中で生き抜こうとする和也の生き様が、祖父や父の生き方とは異なる力強さを感じさせます。3人の中で、和也がある意味、一番したたかだったのでしょう。
 単なる警察小説、ミステリ小説にとどまらないスケールの大きい、いわゆる大河小説です。今更ながら、おすすめです。
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憂いなき街 角川春樹事務所
(ちょっとネタバレあり)
 北海道警シリーズ第7弾です。強盗事件の容疑者を逮捕に行ったホテルのラウンジでピアノを弾いていた女性・安西奈津美と「ブラック・バード」で偶然再会した津久井は、彼女に惹かれる。サッポロ・ジャズ・フェスティバルに人気アルトサックスプレーヤーの四方田のバンドに参加する予定の奈津美だったが、四方田の遊び相手の女性が殺される事件が起き、奈津美にも容疑がかかる・・・。
 今回は津久井が主人公です。話は、事件の捜査よりも、津久井の愛する女性が殺人事件の容疑者となったことにより、警官としての職務と愛する女性との間で津久井が苦悩する様子を描くことが中心になっています。どうして津久井はこんなにモテるのでしょうかねえ。男女の仲になるのが早過ぎです。羨ましくなります。ただ、こういう話ですと、結果はあるパターンになるのではないかと思ったら、やっぱりそのとおり。作者は、登場人物をなかなか幸せにはしてくれません。
 佐伯や小島、新宮は一応津久井に協力はしますが、ほんの脇役程度の登場です。でも、シリーズファンとしては、事件に臨むメンバーの活躍もですが、それより佐伯と小島の関係がどうなるのかも気になっていたところです。そういう意味では、ファンとしてはホッとしたところでしょう。
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代官山コールドケース 文藝春秋
 神奈川県警の管轄内で起きた強姦殺人事件の遺留物のDNAが17年前に代官山で起きた殺人現場に残された遺留物のDNAと一致。代官山の事件は被疑者死亡という解決になっていたが、このままでは神奈川県警に警視庁の失態を暴かれてしまう恐れがあるとして、特命捜査対策室の水戸部に隠密裡での事件の捜査が命じられる。水戸部は新しく捜査―課
に配属された朝香千津子巡査部長と共に捜査を進めていくが・・・。
 特別捜査対策室の水戸部を主人公に未解決事件の再捜査を描く「地層捜査」に続くシリーズ第2弾です。17年前に起きた事件にそうそう新たな事実が出てくるものかと思ったら、水戸部らの捜査でいろいろなものが出てきます。ちょうど事件の起きたときはオウム真理教の事件で警察が忙殺されていたときという背景が、同時期に起きた事件で犯人を示すものが出てきたら簡単に警察が飛びついてしまい、慎重な捜査がなされなかった理由としていますが、確かにあの当時は警察庁長官の狙撃事件もあったし、それどころではなかったでしょうね。あの当時でなかったらコールドケースとはならなかった事件です。
犬の掟  新潮社 
 暴力団・小橋組の幹部・深沢が射殺死体で発見される。所轄の蒲田署の波多野と門司は深沢と対立していた半グレ集団の捜査に当たる。一方、警視庁捜査一課の松本と綿引は管理官の伏島から、深沢の死体にスタンガンの火傷跡があったことから、同じ火傷跡のあった2
年前の暴力団準構成員の溺死との関連が考えられ、更に二人ともかつて殺人事件の重要参考人でありながら逮捕を免れていることから、それを快く思わない警察内部の情報を知っている関係者が関わっているのではないかと、極秘捜査を命じられる。
 物語は、波多野らの捜査と松本らの極秘捜査が並行して語られていきます。波多野と松本は警察学校の同期であり、かつて波多野が事件で危機に瀕していたところを松本が助けたという過去が冒頭で語られます。そんな関係のある二人の捜査がどこで交錯するのか。松本らは半グレ集団、公安が関わるNPO法人、かつての殺人事件を担当した警察官を事情聴取しながら真実に迫っていきます。
 警察官の中に殺人者がいるのではないかというストーリーは、警察小説の一つのパターンですが、ミステリを読み慣れた人なら、ストーリーの構成上、早い段階で動機はともかく犯人が誰かは予想がついてしまうかもしれません。それもあってか、ラストは急展開で、あっという間に犯人が特定されてしまいます。ちょっと急ぎすぎという気がしないでもありません。犯人の動機、心の中の思いはもう少し詳細に描いて欲しかったなというのが正直な感想です。 
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沈黙法廷  新潮社 
(ちょっとネタバレあり)
 赤羽署の管内で一人暮らしの初老の男が首を絞められて殺されているのが発見され、不動産会社から支払われた300万円の行方がわからないことから強盗殺人事件として捜査が開始される。捜査の中で男の元に通っていた家事代行業の女、山本美紀が浮かび上がり、赤羽署の伊室は、彼女の事情聴取に向かうが、いち早く埼玉県警大宮署が別の老人の不審死事件で彼女に任意同行を求めていた。その後、処分保留で釈放された美紀を赤羽署は強盗殺人犯として逮捕する。裁判が始まり、無実を訴える美紀は、素直に検事・弁護士の質問に答えていたが、あるとき突然質問に答えることを拒否する・・・。
 物語は捜査をする刑事の視点、彼女とネットカフェで知り合い、結婚まで考えながら突然姿を消された高見沢弘志の視点、更には彼女の弁護士・矢田部の視点が交代しながら、美紀が本当に婚活殺人の犯人なのかが描かれていきます。
 各所で紹介されているこの作品のあらすじを読んで、このストーリーのメインとなるのは、美紀が裁判で黙秘をしたのはなぜかという点かと思ったのですが、そのシーンが登場するのは全部で557ページあるこの作品の487ページのところで、かなり後半です。それも弁護士の説得でころっと黙秘するのを止めてしまいましたし、ちょっと肩すかし気味でした。
 それよりは、そこまでに描かれる功名心に走るそれぞれの警察の思惑や検事の様子を描いた部分の方がおもしろかっかです。あんなことで逮捕され、起訴されてはたまったものではありませんが、実際にそんな理由で逮捕されてしまうのかと思うと恐ろしいです。
 裁判になってからはほとんど傍聴をする高見沢の視点で描かれますが、現在の裁判員裁判の手続きの流れを丁寧になぞっていきますので、読んでいてちょっと退屈になってしまう部分もありました。
 ラストは弁護士の最後陳述により美紀の無実が明らかになるといった盛り上がりを見せるわけではなく、淡々と裁判の流れどおりの進行が捕かれていくだけです。感動の大団円を期待すると拍子抜けとなります。まあ実際の裁判はこんなものでしょうけど。
 現実に一人暮らしの老人から貢がせた上殺害したという事件が起きていますし、昨年には大竹しのぶさん主演で「後妻業の女」という映画も公開されましたが、これらから考えると、男というのはどうにも寂しがり屋のようですね。あんまり男女が逆の事件は耳にしません。 
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真夏の雷管  角川春樹事務所 
(ちょっとネタバレ)
 道警シリーズ第8弾です。
 北海道警大通警察署生活安全課少年係の小島百合巡査部長は、工具を万引きした少年・大樹を補導するが、署で事情を聞いている最中に逃げられてしまう。一方刑事三課盗犯係の佐伯と新宮は園芸店からの窃盗事件の通報に現場に赴くが、そこで盗まれたのが爆弾製造に使用される硝酸アンモニウムだとわかり、犯人の行方を追う・・・。
 もともとこのシリーズは実際に起こった北海道警の裏金問題を背景にして始まっていますが、今回も実際にJR北海道で2014年に発覚した保線担当部署の7割でレールの検査データ改ざんが日常化していたという事件を背景に、トカゲのしっぽ切りで事件の責任を負わされて首になった梶本が、その後再就職しようにも再就職先からの照会へのJR北海道の心ない回答により再就職できないことに対し怒って復讐をしようとするストーリーです。
 今回も佐伯、新宮、小島に津久井という、いつものメンバーがそれぞれ部署が異なりながらも、爆破事件を未然に防ぐために力を合わせます。
 描かれるのは僅か2日間のことなので、ストーリー展開が早く、読むのもあっという間でした。このあたりは佐々木さんのリーダヴィリティによるものなのでしょう。
 おもしろく読んだのですが、ただ、母親からも見捨てられた状態の大樹と、JR北海道から見捨てられた梶本がどのように気持ちを通わせ、大樹が梶本のJR北海道への復讐に手を貸すようになったのかが、事件解決後も詳細には語られていないのが、個人的には物足りないと思ってしまいました。単に2人とも世間から見捨てられた同じような境遇ということだけでは、大樹が犯罪である爆弾製造に手を貸したことの積極的理由としては説得力がない気がします。そこのところの少年の心を、もう少し描いて欲しかったです。また、梶本も冒頭と最後に登場するだけで、あとは知人の印象で語られるだけだったのですが、そこで描かれる梶本と復讐のため駅で爆弾を爆発させようとする梶本との人物像の間にギャップがあったような気がします。この物語が、捜査側の佐伯と小島の側からしか描かれていないので、その点深く描くことができなかったかもしれません。 
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抵抗都市  ☆   集英社 
 日本が日露戦争でロシアに敗れた世界を舞台にした警察小説です。
 東京の水道橋近くの日本橋川で、身元不明の死体が発見され、警視庁刑事課の特務巡査・新堂は、管轄の西神田署の巡査部長・多和田と組んで捜査を開始する。しかし、物取りの犯行かと見られた事件に警視総監直属の高等警察とロシア統監府保安課が介入して来たり、死体のポケットにあったメモ書きの人物を訪ねる過程で新堂が暴漢に襲われたり、更には新堂に捜査を止めるよう脅迫がなされるなど、新堂は事件の裏に大きな謎が隠されていることを知る・・・。
 日露戦争といえば、乃木希典による旅順要塞の攻略や日本海海戦において東郷平八郎率いる連合艦隊がロシアのバルチック艦隊を殲滅したことで日本の勝利に終わりましたが、ヨーロッパの遥か東にある小さな島国が、大国である清に続いてロシアも破ったことで、世界での日本の存在感を示した戦争でしたね。
 しかし、この物語では、日本はロシアに破れ、ポーツマス条約によって日本は朝鮮半島から撤退、天皇制は維持されてはいるものの、東京にはロシアの総督府が設けられ、外交権と軍事権はロシアに委ねられている状況下で、第1次世界大戦のヨーロッパ戦線に日本軍が送られ大量の戦死者を出し、日本国内ではロシア、そして現在の状況を容認する政府に対し不満が渦巻いているというパラレルワールドでの日本が描かれます。
 日露戦争で日本が負けたその後という状況設定に興味深く読むことができました。また、物語の舞台となる地域は、大学時代を過ごしたこともあって、冒頭に置かれた地図を何度も見返しながら、二人がいるのはあの辺りかと記憶と比べながら読むのも楽しいものでした。 
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図書館の子  光文社 
 前作「抵抗都市」に続くSFジャンルの短編集です。今回はタイムトラベルがテーマとなった6編が収録されています。
 1937年、隅田川に全裸で浮いていた意識不明の男が病院に運び込まれる。男は意識が戻ったものの、名前以外のことは覚えていないと言う。退院した後担当医師を訪ねてきた男は、医師に3月9日は家族と東京を離れるよう言う・・・(「遭難者」)。
 戦時中の防空壕から地下にあるという廃駅を目指して冒険に出たわたしと俊夫の二人だったが、抜け出た先は15年前の空襲で焼かれた昭和20年8月の東京だった。そこで不良に絡まれ、俊夫を人質に金目のものを持って来いと言われ家に戻ったわたしだったが、恐ろしさから俊夫を見捨てて戻るのをやめてしまう・・・(「地下廃駅」)。
 母から仕事が遅くなるので学校が終わった後は図書館で待つようにと言われたクルミだったが、吹雪になり、クルミがトイレに行っている間に誰もいないと判断した図書館員はクルミ一人を残して帰ってしまう。クルミはそこに現れた男と一晩を過ごすこととなるが・・・(図書館の子))。
 かつてメディチ家が保有していた磁器の伝説を確認するため所有者、美術品関係者が集まっていた。500年前の今日、殺人事件が起こり、磁器の制作者が雇い主を殺したとされるが、雇い主の死体はなく、その事件の際、制作者は雇い主に対し、500年後に送ってやると言ったという・・・(「錬金術師の卵」)。
 クラシック・ホテルを泊まり歩くことが趣味の大貴と亜紀子は、中国・大連にある旧ヤマトホテルに宿泊に来て、壁にかかっていた85年前にこのホテルで世界的に有名なピアニストの演奏が行われたときに撮られた写真に気づく。ホテルのレセプショニストから85年前の今日泊まることができると聞いた二人は・・・(「追奏ホテル」)。
 好きな男から大連からハルピンまで向かう列車の切符を渡された千春は、彼が後から来ると信じて列車に乗り込む。何か事件が起きたらしく各駅は兵士が集まり緊張していたが・・・「傷心列車」)。
 タイムトラベルがテーマということだったので、期待して読んだのですが、ちょっと期待していたものとは違いました。冒頭の「遭難者」は、男は未来からタイムトラベルしてきたのだろうとはわかりますが、いったいなぜ、どうしてかは語られません。主人公自らがタイムトラベルをすることとなってしまう「地下廃駅」と「追秦ホテル」ですが、どうしてタイムトラベルができるのかという点にはまったく説明はされず、それを前提に物語は進みます。「図書館の子」にしても同じ。タイムループを描いているのでしょうけど、それがどうしてかは語られません。「錬金術師の卵」は5編の中では少し変わった雰囲気の作品です。16世紀のイタリアと現代日本が舞台となります。錬金術師はタイムトラベラーだったのか・・・。ラストの「傷心列車」では未来から来た者が過去の改変を図るストーリーですが、語り手がその時代の女性のため、どういうことがなされたのかが読者には説明されません。これはもうSF小説ではなく恋愛小説ですね。 
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降るがいい  河出書房新社 
 13編が収録された短編集です。
 その中で、一番印象に残ったのは「分別上手」です。高級マンションで清掃を担当する75歳の女性が傲慢な入居者に見事なしっぺ返しをするストーリーです。「ゴミの扱いにはずいぶん習熟してきた」いう彼女のことばに拍手を送りたくなりました。
 「ああ、こういうこと自分にもあるなぁ」と読んでいて思ったのは、「迷い街」です。海外旅行中に偶然見つけた美しい中庭を再度訪れようと思ったが、なかなか見つからないという話ですが、普段でも確かこの辺りだったなあと思っても目当ての場所になかなか辿り着けないということってありますよねえ。
 本番当日に急病で舞台を降板した元女優と数年ぶりに再会した脚本家を描く「不在の百合」ですが、自分が推した女優が本当の降板理由を言って謝るのを聞いても、心の中で考えていたことは・・・。これを知ったら彼女があまりにかわいそう。
 かつて部下だった男の自堕落な様子に、最後の決断をする「反復」も印象的です。果たして、元部下が彼の行動を理解してくれるかですねえ。
 大学時代の女性の友人の葬儀に来た男が、友人たちの参列の少なさに、皆から慕われていたと思っていた女性の悪意を知ることとなる「遺影」もインパクトがあります。こういう女性ってどこにでもいそうですよね。
 「3月の雪」は、人もこない店のママとギターを弾かせてくれとやってきた男を描く話で、「終わる日々」は、ある理由で長い間会わずにいた父親が倒れて長くないと妹からの連絡を受けて、東京から故郷の北海道へ向かった男の話ですが、両方とも新型コロナの流行下での話となっています。 
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雪に撃つ  角川春樹事務所 
 道警シリーズ第9弾です。
 翌日から雪まつりを迎える札幌。北海道警察本部大通署管内で自動車窃盗事件が起こり、佐伯は部下の新宮とともに臨場する。更に発砲事件の通報により、機動捜査隊の津久井が現場に向かう。一方、少年係の小島百合は、釧路から家出して札幌に向かった少女の行方探しに奔走する。やがて、彼らが追う事件はひとつの事件へと収斂していく・・・。
 冒頭、北海道長万部で工事現場から逃げた二人のベトナム人技能研修生の逃亡を、通りかかった祖父母と孫娘が助けるというエピソードが描かれていることから、この後に佐伯や津久井たちが関わることになる事件には、この冒頭の逃亡劇が関わっていることが読者には知らされます。
 技能研修の目的で来日しながら実際は低賃金の労働力として働かされる外国人技能研修生の問題、また、留学という名目で来日して実は働くためという留学生の問題(それを承知で留学生として入学させる学校側の問題でもあります。)は今までも何度も報道されています。利権に群がる者たちがいるのも承知のとおりです。テーマとしては最近よくあるものですし、読者には事件の構造がわかっているので、読みどころは佐伯や津久井たちがどう関わりをもって事件を解決していくかというところですが、残念ながら今回は彼らにそれほどの連携はありませんでした。
 今作で描かれた佐伯と小島との関係ですが、あんな方向へ佐伯が決断するとは、いったい二人は今後どうなってしまうのでしょうか。大いに気になります。 
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帝国の弔砲  ☆   文藝春秋 
 「抵抗都市」に続く、日本が日露戦争でロシアに敗れた世界を舞台にした作品です。ただし、「抵抗都市」はミステリ小説でしたが、こちらは一人の男の人生を描く大河小説です。
 主人公・小條登志矢は月島で漁船の焼玉機関の整備の仕事をしているが、実は25年間、日本に潜伏しているロシアの工作員。物語は、ある密命を実行した小條を描く冒頭から時代は遡り、ロシアの沿海州に入植した小條の両親と登志矢ら子どもたちの生活が描かれます。登志矢は日露戦争時は敵国民として収容所に入れられるが、第一次世界大戦では、ロシア帝国軍の一員として従軍する。ある秘密作戦で重要な役割を果たし、英雄的に扱われるが、今度はロシアに革命の嵐が吹き荒れ、赤軍と白軍の戦いが始まり、登志矢も否応なく戦いに巻き込まれていく・・・。
 日露戦争で日本が破れるという現在の世界の歴史とは異なる世界で、細かいところでは飛行船を思わせる滑空船などというこちらの世界とは異なる兵器も登場させ、佐々木さんは壮大な物語を語っていきます。読んでいてぐいぐいと物語に引き込まれます。
 ロシアでの戦いの中にいた登志矢がなぜ日本へ来ることになったのか。歴史に翻弄された登志矢の人生があまりに辛いです。ラストはこれで良かったのでしょうね。
 現在の歴史とは異なる歴史の中で展開される佐々木さんの歴史改変小説は、前作はミステリ、今回は大河小説風でしたが、さて次作はどんな世界を見せてくれるのでしょうか。楽しみです。 
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偽装同盟  集英社 
 日露戦争で日本が負けた世界を描く歴史改変小説の第3弾です。警察小説ということでは第1作目の「抵抗都市」の続編というかたちになっており、「抵抗都市」に登場した特務巡査・新堂裕作が再び登場しています。
 日露戦争終結から12年たった大正6年、敗戦国の日本は外交権と軍事権を失い、ロシア軍の駐屯を許していた。警視庁の新堂は連続強盗事件の容疑者を捕らえるが、たまたまその場にいたロシアの日本統監府保安課員に何かを叫んだ容疑者を彼らに奪われてしまう。警視総監からロシアの日本統監府に抗議をしてもらおうと考えたが、警視総監はまったく聞く耳をもたなかった。休む間もなく新堂は神田明神下で女性の遺体が発見された事件の捜査に加わることになる。石段を上る軍靴の音を聞いたという証言からロシアの軍人が犯人ではないかとの疑いが出てくる・・・。
 架空の世界での話ですが、この作品でのロシアに何も言えない日本の姿は、現在の日米地位協定の中でのアメリカと日本の関係を想起させます。
 日露戦争でロシアに負けた日本という背景は犯行の動機にも大いに関わってきますが、事件の様相自体には別に変わったところはありません。結局はよくある殺人事件と変わりはありません。犯人自体は割と早く予想がつくかもしれません。
 日露戦争で日本が負けた以外の歴史はこの世界と同じようですから、この作品の中でロシア軍の中に緊張があったのは「二月革命」の影響でしょうか。であるとすると、今後のこの歴史改変の世界の中で、日本がどうなっていくのかが興味のあるところです。 
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裂けた明日  新潮社 
 今からほんのちょっと先の近未来の日本を舞台にした作品です。
 海外では北朝鮮と韓国が統一して高麗連邦という国が設立、日本では南海トラフ地震による大きな災害が起き、バブルの頃の日本がアメリカの不動産を買いあさったように、高麗による日本への経済進出が起きたことから高麗に対する排他運動が沸き上がり、ついには日本から戦争の火蓋が切られる。しかし、国連軍ばかりでなく在日アメリカ軍も日本を攻撃したことから44日間で戦争は終わり、戦後国連による平和維持軍が駐在し、国民融和政府が発足したが、戦争を遂行した旧政権支持者は東北に盛岡国を設立し、日本は二つに分断されていた。妻を病気で、地震で息子家族を失い、市役所を退職して一人暮らしをしていた沖本信也の元に大学時代の同級生の娘と孫が助けを求めてやってくる。二人は盛岡国から反体制派とされ、平和維持軍の統治下にある東京へ脱出する途上で沖本を訪ねてきたのだった。沖本は二人を軍事境界線まで案内しようとしたが、途中で二人を追う民兵の攻撃を受け、結局沖本自身も彼女たちと東京を目指すこととなる・・・。
 佐々木さんには「抵抗都市」らの日露戦争で日本が敗れた世界を舞台にした歴史改変小説がありますが、この作品はこういう未来もあるかもしれないという予想される未来世界での物語です。最初は時代の背景がなかなかよくわからず戸惑いましたが、読んでいるうちに少しずつ事情が分かってきますので、そこまで我慢が必要です。
 主人公・沖本と幼い少女を連れた女性の逃避行が描かれます。果たして、沖本らは無事軍事境界線を突破して東京に向かうことができるのか、彼らの逃亡を助ける仲間の中にもスパイがいて、彼らの逃避行はなかなか終わりません。最後はハラハラドキドキの市街戦の中を逃げます。う~ん、沖本にとってはこれで良かったのでしょうね。 
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闇の聖域  角川書店 
 警視庁を退職して満洲・大連警察署特務巡査となった河村修平は、大連に着いた早々、殺人事件の捜査に携わることとなる。操車場近くで見つかった被害者男性の首には頸動脈を裂いた傷があり、更に事件現場で発見された犬の死体にも被害者と同じような首に傷があった。修平は自分が担当していた東京で起こった殺人事件との類似に気づく。一方、新進画家の中村小夜は街で偶然出会い、手の傷の手当てをしたロシア人青年への思いを深めていくが、高等女学校4年生の時に発症し、小康状態だった病気が最近進行していることに不安を覚えていた。やがて、修平の追う事件とロシア人青年の関りが疑われ、小夜も事件の渦中に巻き込まれていくこととなる・・・。
 このところ佐々木さんは日本が日露戦争で破れた世界を描く歴史改変作品を書かれていたので、この作品もそうかなと思って読み始めましたが、違いましたね。関東軍が張作霖事件を起こした後の遼東半島の大連での殺人事件を描いたミステリです。でもこの作品、普通のミステリと思って読むと裏切られます。そういう私がそうなのですが、佐々木さん、それはないでしょう!と、言いたくなります。ネタバレになるのではっきりと言えないのですが、ラストの展開には唖然。振り返ってみると、それらしき伏線も張られていたのですが、まさか佐々木さんがそちらの話に持っていくとは予想外です。ということで個人的には今ひとつの評価です。 
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樹林の罠  角川春樹事務所 
 道警シリーズ第10弾です。
 母親と離婚し、札幌にいる父親に会いたくて札幌に一人でやってきた小学生の女児を保護した北海道警大通警察署生活安全課少年係の小島百合は父親が以前働いていた林業会社のことで何かを言いたそうにしていることに気づく。一方、轢き逃げの通報を受け、臨場した機動捜査隊の津久井卓は、事故ではなく、被害者が拉致・暴行され解放されたあとに車からふらふらと出てはねられたのではないかと考える。また、刑事課の佐伯と新宮は弁護士事務所への侵入事件を探る過程で、津久井たちが関わる事件の被害者が弁護士とアポイントを取っていたことを知る・・・。
 それぞれ別々の部署で関わる事件がやがて関係のあるひとつの事件へと繋がっていくことがわかり、佐伯らは事件解決のために協力します。広大な土地を有する北海道らしい事件が浮かび上がってきます。
 部署は違いますが、佐伯たちがチームプレイで捜査本部より先に事件の真相に迫るところに爽快感があります。また、佐伯を飼い殺しにしようと道警の幹部たちは考えていますが、佐伯自身は彼に与えられた職場で生きがいを感じて仕事をしているのが何とも皮肉です。
 前作で佐伯が父親の介護のために小島百合と別れましたが、その後どうなるかが気になるところですが、今作でははっきりしないままですね。
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時を追う者  光文社 
 時は太平洋戦争が終わってから4年後の1949年。石鹸工場に勤め、組合の副委員長としてストを指導していた藤堂直樹はスト破りのならず者と争い警察に逮捕される。ところがGHQによって釈放され、東大へと連れてこられる。直樹の釈放の手助けをしたのは、直樹が陸軍士官学校を卒業し入学した陸軍中野学校で近代史の講師をしていた守屋教授だった。守屋は同僚の物理学者・和久田を紹介し、直樹に過去に行って戦争を始めた者たちを排除し、戦争が起こる歴史を変えてほしいと依頼する。和久田の話では古来日本の各地には過去に行くことができる洞窟や大地の裂け目があり、現在分かっている筑紫山地にある裂け日からは計算上21年プラスマイナス2年の過去に行くことができるという。荒唐無稽な話に直樹は断り、工場に戻るが、彼は解雇されてしまう。同様に解雇された永原与志と飲んでいた直樹は、たまたま出会った水村千秋に助けを求められ、進駐軍の兵士に暴行されようとしていた少女を救ったが、その際、兵士を殺害してしまう。逮捕されることから逃れるために3人は守屋らの話に乗り、過去に行くことになる・・・。
 過去を変えれば思ったとおりの未来になるのか。この物語では、柳条湖事件を起こして満州国を建国した関東軍の強硬派の幹部たちを殺害して、日本が太平洋戦争に突入しないように行動を起こす藤堂直樹ら3人を描いていきます。
 しかし、いくら陸軍中野学校出身の直樹がいるからといって、素人の与志と千秋との3人で果たして歴史を変えるようなことができるのか。関東軍の指導的な軍人を何人か殺害できたとしても、それで関東軍の考えが変わるのか、また、そのことが戦争が起きないということに繋がるのか等々、色々なことを考えながら読み進めたのですが、結果は直樹らにとってはまったくの想定外。そうですよねえ、歴史の一部を変えたとしても、そのことによって想定していた方向へ歴史が進んでいくかどうかは、確実ではないでしょう。
 ラストの描写からしても、直樹が戻ってきた世界は、彼が変えようとした世界に繋がる世界ではなかったのでしょう。でも、ホッとしたラストで良かったです。 
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警官の酒場  角川春樹事務所 
 シリーズ第11作、作者の佐々木さんが言うには第1シーズンの最終作だそうです。
 佐伯に道警刑事部長から警部試験を受験するよう下命が下る。道警の裏金事件で組織に逆らって以降、佐伯は警察の中枢から外され、盗犯係として新宮とともにやってきたが、その実績は道警の中でも群を抜いていた。しかし、佐伯は同居している父親の認知症が進んできていることから決心がつかないでいた。そんなとき強盗殺人事件が発生する。競走馬の育成牧場の経営をしている男の家に4人組の男たちが侵入し、家にあった猟銃を奪い、その家の主人を殺害して逃走したという事件だった。機動捜査隊として強盗殺人事件の捜査に当たる津久井はもちろん、盗難車の捜査をする佐伯、盗難に遭った女子高校生のスマホの捜査をする小島も、やがてこの強盗殺人事件の中に巻き込まれていく・・・。
 第1シリーズラストということで、佐伯たちにも大きな転機が訪れます。特に、津久井ですが、今回シリーズ第7作「憂いなき街」で出会ったピアニストの安西奈津美と再会します。果たして彼は述べたとおりの人生を歩むことになるのでしょうか。そして以前からずっと気になっていた佐伯と小島の関係はどうなるのでしょうか。問題だった父親の介護問題も解決の方向に向かいそうな今、二人の間に障壁はないと思うのですが。第2シリーズがどういうスタートを迎えるのか大いに気になります。 
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